ラミアかく語りき
開口一番、ダメ出し決めてくれたラミア。彼女の身体に巻いている布はエラノールさんが巻き付けたもの。つまり全裸だったらしい。彼女が慌てるわけである。入り口のドタバタも布を取ってくるためだった、と。まあそれはいいとして。そんな彼女は今どうなっているかというと。
「早贄にしてくれる、このもろ出し女……!」
「ちょっと!? この蛮族エルフなんとかしてよ!」
長槍持ち出したエラノールさんに追い掛け回されていた。いやあ、下半身蛇ということで移動速度はそれほどでもないんだが、動きがとってもトリッキー。エラノールさんの鬼のような連続突きをかろうじて、ぎりっぎり避けている。うん、ぎりっぎり。
ラミアの暴言を聞いた途端、再び洞窟に取って返して槍ひっつかんでリターン。お命頂戴とばかりに突撃してきたわけである。
「エラノールさーん。その辺でー」
「しかし、こやつは!」
「命を取るほどの事じゃあないでしょう」
まあ、気持ちはわからなくもない。自分が連れ帰ったということは、その人物に対して責任を持つという覚悟だったのだろう。変なことをしたらぶった切る、みたいな。でもまあ、そんなことはしないと考えたからこそ連れてきた。
なのに開口一番俺への暴言。まじめな彼女の逆鱗に触れてしまったとまあ、こういう流れか。とはいえ、やはり暴力沙汰はさすがにやりすぎだ。
「うちのものが失礼した。しかしまあ、全く知らない相手に開口一番暴言はケンカ売ってるのと同じだと思うのだけどいかがか」
「そうねぇ。さすがに本音が過ぎたわ」
余裕そうに毒はいているが、めっちゃ肩で息してる。放置したら確実にラミアの早贄ができてたな。
「貴様!」
「はーい、エラノールさんも落ち着こうねー。まだぶった切る時間じゃないからねー、まだ」
どーどー、と落ち着かせる。うーん、これは相性が悪いかなー? 性格的に。物理的にはたぶんこっちが有利だろうが。
「で。エラノールさん。なんで彼女連れてきたの」
「は……実は、件の扇動について心当たりがあると。そして、話すことを条件に取引がしたいと」
「ほおう……そちら、何がお望みで?」
話を振ると、息を整えたラミアが頷く。
「この布、もう取ってもいいかしら?」
「話を聞いていたかもろ出し女! 何のためにわざわざ巻いたと思っている!」
「ステーイ、エラノールさん、ステーイ」
うーん、話が進まない。本当に相性が悪いな。
「目のやり場に困るから、布はそのままで。もう一度聞くが、そちらの要求は何か」
「簡単よ。この大騒ぎが終わるまで、ダンジョンに住まわせてほしいってだけ」
反射的に動きそうになったエラノールさんを手で制止する。
「さすがに情報一つでただ飯昼寝付きは頷けないな。それに、扇動について知っているという事は、ここが襲われているのもわかっているはず。それなのにダンジョンに入りたいと?」
「防衛ぐらいは手伝うわよ? 敵は洞窟入り口から入ってくるんでしょ? そこを待ち構えるだけなんてずいぶん楽じゃない。森の中なんて四方八方どこから敵が来るか常に注意しなきゃいけないんだもの」
「ふうむ。言われてみると確かに」
安全が欲しいからダンジョンに入りたい。それが目的である以上、暴れたりはしないだろう。言葉通りの目的をもっているのであれば、だけど。だとするならば。
「エラノールさん」
「はっ!」
「仮に彼女が敵だったとした場合、勝てるね?」
「もちろん! 必ずや仕留めて見せます!」
「よろしい。では、彼女を迎え入れよう」
目を見開くが、さすがに拒否の言葉は出なかった。対するラミアは機嫌よさげに口角を上げる。
「へえ。そういう顔もできるのね、あなた。いいわ、冴えないって言ったのは訂正しておく」
「そりゃどうも、だ。ともあれ、ミヤマダンジョンへようこそ。俺はダンジョンマスターのミヤマナツオ。ミヤマは苗字、ナツオが名前。そちら、名前は?」
「ミーティアよ。いい響きでしょう?」
「かっこよくはある」
と、このようにして、我がダンジョンは予期せぬ客人を迎え入れた。
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「連れてきた私がいうのもどうかと思いますが。私はアレが気に入りませぬ」
「そうみたいだねぇ」
ダンジョン内を歩きながら、エラノールさんの不満を聞く。本人が真後ろにいるというのによく言えるなぁ。
「でもねえエラノールさん。ミーティアはちょっと本音気味なだけで、悪意はない。怒るまでもないと思うけど」
「ミヤマ様は優しすぎるかと」
「いやー、あのぐらいは本当どうってことないよ。本物はね、まずこっちを見下してくるから」
大事な記憶は思い出せないのに、忘れたい記憶ばかりすぐに思い出せる。記憶いじってるやつにクレーム入れたいね本当。
「お客様は神様です、って言葉を自分に都合よく拾ったろくでなしがまあ多いこと多いこと。こっちが強く出られないことをいいことに、好き放題言ってくれるんだ本当。一番いいのを教えろはまだいい。高いからまけろだの、態度が悪いだの、店長出せだの、もうね、本当ね、マジぶっ飛ばすって思うよね」
「ミヤマ様? ミヤマ様ー?」
「挙句の果てにでかい声で騒ぐ、仲間を呼ぶ、暴れる。サルか何かかと。動物園に帰れよと。いつもというわけではないが、来るときは来るんだ、そういう人間以下みたいのが」
「ミヤマ様! お気を確かに!」
おおっと、ちょっと昔のグチを言い過ぎたか。エラノールさんを心配させてしまった。努めて笑顔を浮かべる。
「そういうわけで、ミーティアは全然マシだ。俺は気にしない」
「あ、はい……」
なんで一歩引くのかな? まあいい。振り返る。
「ミーティア。話は聞いていたな? ある程度は許容する。許容限界超えたら相応に対処する。わかるな?」
「はいはいりょーかい。こっちもゴブリンと同じになりたくはないわ」
「ゴブリン? 何が?」
「今のあんたの話よ。ヒトの皮をかぶったゴブリンの話」
……ああ。ああ!
「ぶは、ははは! ゴブリン! そうか、ゴブリンか! ぶはははは!」
「ミヤマ様!?」
「……あんたの主、いろいろ溜まってるみたいねぇ」
何か言われた気もするが、笑いが止まらなくてそれどころじゃない。ひとしきり笑って、やっと発作が治まった。
「はー、笑った笑った。いや、すまない」
「ミヤマ様。何か思うところありましたら、遠慮せずおっしゃってくださいね?」
「え? ああ、うん」
エラノールさんに上目遣いで心配された。そんなやり取りをしつつ、バリケードとマッドマン沼を通り過ぎる。戸板渡りが少々難しかったようなので、手を引いてやった。
ほどなくして居住区に到着。コボルトたちに説明をして、ミーティア用のテントを建てる。お客用に買っておいたのがさっそく役に立った。
ゴーレム・サーバントにお茶を入れてもらい、一息つく。俺たちは椅子だが、ラミアの体では座りづらいということでミーティアは干し草の上に蛇体を置いている。そのうち座布団みたいなものを用意してやらなければいけないだろう。
「さて、それじゃあ聞かせてもらおうか。扇動者について」
「私が見たのはインプだったわ」
インプ。蝙蝠の羽を持つ小さな悪魔。ミーティア曰く、それが複数体、森の中でここにダンジョンがあることを触れ回っていたらしい。
そして、そのインプが騒ぎだした時期なのだが。
「……工務店と話した時期とほぼ一致する、か。隠す気がないのかね」
「もしくは、そう誤認させたい誰かがいる、という線ですが」
「ううん……なくはない、レベルの話だね。でも、そうすると工務店と俺の話をどうやって知ったのかって事になるし。しかも、かなり早く知らないと動けない」
割と厳しいラインだ。工務店にスキャンダルを仕込みたい連中はそれなりにいるだろうが……。まあ、この話は今の時点で推測以上にはならない。置いておく。
「それで、森の中の状態はどうなんだ? モンスターたち、みんなここを目指しているのか?」
「まさか。仲良しこよしじゃあるまいし。ここを目指す連中がいれば、その留守を狙って襲撃するやつらもいる。その争いに乗じて別のたくらみをするやつらもいる。そんな殴り合いがあっちこっちで起きてるのがいまの森の状況よ。私みたいな一人身は本当迷惑してるんだから」
「ううむ……そのわりには二日おきに襲撃もらってるんだが」
「それこそ、扇動者が何かしてるんでしょ」
ちょっとややこしくなってきた気がする。まとめてみよう。
・ミヤマダンジョンは二日に一度というありえないハイペースで襲撃を受けている。
・森の中のモンスターたちは、インプによってそそのかされている。
・インプの発生時期はミヤマダンジョンが工務店ともめた後である。
・縄張り争いがあるためインプにそそのかされても高頻度の襲撃はおかしい。
・森からダンジョンへけん引する『なにか』が扇動者によって行われている。
・けん引する『なにか』はシルフとコボルトに見つけられない。姿も臭いもない。
このまとめを仲間と共有する。すると、エラノールさんの手が上がる。
「この『なにか』ですが、やはりインプではないかと。術で姿を隠し、臭い消しの薬剤を体にまぶせば条件は達成されます。扇動は、何かの道具でも持たせればいい。モンスターがやってきた騒ぎに乗じて逃げればばれることもない。人ほどの大きさであった場合、さすがに空気の流れが大きすぎてシルフ殿に見つかります」
「あたしが見たインプも小さかったよ。コボルトのだいたい半分ってところね」
ミーティアからの補足もついて、確度が上がる。ほぼインプで間違いない気がしてくる。
「ちなみに、よくわからないすごい魔法とかでインプ以外が動いている可能性は?」
「そこまで上位の魔法が使えるなら、わざわざこんな迂遠な真似をする必要ないと思われます」
「……ごもっとも」
エラノールさんの冷静な突っ込みにぐうの音も出ない。しかし、逆説的にだが扇動者がそこまで理不尽に強い相手ではないという証明にもなる、か?
ともあれ、けん引しているのがインプだとするならば。
「見えないインプをどうやって発見するかという話になるが……」
「あ、それなら自分ができますぞ」
「なんと?」
俺のつぶやきに、さらりとシャーマンが答えて見せる。
「インプを払う程度の魔除けなら、自分が作れます。それを周囲の樹木につるしておけば十分役に立つでしょう」
「では、私はその周囲にまじない消しの粉を撒いておきましょう。強いものではないので術そのものは消せないかもしれませんが、反応はするはずです」
「まじか。すごいなお前ら」
コボルト術者コンビの言葉に衝撃を受ける。こんな余技までもっていたとは。
「そこまでできるのであれば、捕まえてしまいましょう。インプがどのような契約をしているのかは分かりかねますが、破ることはそう難しくないはずです……ダンジョンコインがあれば、ですが。破ってさえしまえば、扇動者の正体を聞き出せるでしょう」
「わーお、力業ぁ。じゃ、捕まえるのは私がやってあげるわ。金縛りの魔眼あるし」
エラノールさんとミーティアが続く。……瞬く間にインプ捕縛作戦が立案されてしまった。俺は恵まれた男だ。こんなにも優秀なメンバーに囲まれているのだから。
「……よし、それじゃあそれでいこう。迷惑野郎に一泡吹かせてやる。みんな、力を貸してくれ」
反撃の、開始だ。