地上戦艦を落とせ 下
「!」
まかせて! とガッツポーズを作ってから精霊が消える。すぐさま、風の動きが変化する。ここら一体はエアルが支配する領域だ。この程度あっという間にやってくれる。
「滑空兵に連絡! 風を乱したから戦艦の上空を飛ぶな。後方から狙え!」
「……奥方様より連絡! やる前に言ってほしかった! 以上です!」
「ごめんねっていっといて!」
言い訳をさせてもらうと、状況が一分一秒を争っていた。風の守りを発動させなかったら、もっと多くの滑空兵にダメージが入ってたのだ。後で正式に謝るとする。生き残れたら。
混乱はあったようだが、被弾が確実に減った。相手は速射の為に弾を小さくした。重さが減ったという事は、風の影響を受けやすくなるという事。爆発して破片となれば、それはさらに増大する。
……となれば、迎撃にあのレーザーモドキを使うだろうか。いや、噴射口狙いで後方から攻めるから、砲台作れないか? もっというなら……。
「イルマさん。あの赤い光、連射とかしてきてる?」
「いいえ。最初と一発から、威力も速度も変わっていません」
「あいつといえど、増やせるものには限りがあるのか。……あるいは時間がかかるのか」
ゴミ固めてポイよりは、魔法レーザーは手間ががかかるのだろう。……あ、という事はやつを浮かせている魔法も同じか? 先ほどの攻撃でわずかに下がった高度は変わっていない。おいそれと修復もできないのか。これも朗報だな。
状況は進む。噴射口からのぼる煙は多くなっている。速度も落ち始めた。まだ止まってはいないが、このままならいけるだろう。拘束状況は相変わらずよろしくない。ホーリー・トレントは頑張ってくれているし、レンさんは呪文を何度もかけ直してくれている。しかしやはり、あの大質量を止めるには至っていない。いよいよやつの巨体が迫ってきた。
そして、船底攻撃部隊がヤツの先端に到着した。ここからは前に出る必要はない。その場で通り過ぎていく戦艦の底目がけて攻撃を加えていくことになる。次々と生産される殺戮機械を迎撃しながら、である。
「はじまったな」
「ああ。ヤツが倒せるかどうか、ここで決まる」
……俺たちが助かるかどうか、ではない。最悪の場合は、ダンジョンを自爆させてあいつを仕留める。配置転換であらゆるものを遠ざける。死ぬのは俺だけにして見せる。それがダンジョンマスターとしての最後の責任だろう。
もちろん、その後のみんなが無事とは限らないので本当に最悪の場合の対応である。ダンジョン無しでこの大襲撃を凌ぎ切るのは至難の業なので。
攻撃が始まった。部隊を二つに分けて左右に配置。円陣を組んで敵を迎撃しつつ、魔法装置への攻撃を開始した。もちろん、真下には入らない。落とすために戦うのだから、潰されては間抜けすぎる。破片だって降ってくるだろうし、それを避けながらでは効率が悪い。なのでこの配置だ。
攻撃手段は、主に魔法である。先ほども述べたように、上にあるものを弓矢で攻撃するのは重力による運動エネルギーの減衰があるのでよろしくない。そんな悪条件でなお破壊を達成するのは、エルダンさんのようなごく一部の規格外だけである。
そういった遠距離攻撃手段を持たない者は、敵の迎撃をしている。なにせ、その場は敵陣のど真ん中。四方八方敵だらけ。それこそ、敵の死骸で壁を作らないとやってられない状態だ。俺もコアに指示して吸収を止めさせている。
ダンジョンの迷宮部分は接近戦を行うのが当たり前の場所。なのでほとんどの者がそういった技術を修めている。そして、ここに集まっている連中は皆その中の選りすぐりだ。ヨルマの投げナイフはあらゆる敵の行動を確実に止める。それにとどめを刺すのはバラサール。例の骨刀を振り回し、鋼すら切り裂いて蹴散らしていく。
バザルトやポワン、ボルケーノといったトロルやオークはもっと単純だ。鈍器で殴る。怪力で潰す。怪物を殺す超暴力をもって屍を量産している。無敵無双、といいたい所だがあいつらも限界はある。無理のし過ぎは良くない。
それをフォローしてくれるのはハイロウ貴族の面々だ。長い事肩を並べていただけあって、言葉にしなくても察している模様。要所要所で交代し、戦士たちに息を整える程度の時間を与えている。彼ら彼女らがいれば、すぐにスタミナ切れという事もないだろう。
なお、ナイトデュークについては……目立った戦いはできていない。昼間なのになんで表に出たんだあのバカ吸血鬼。勢いだけで突撃したな? エウラリアさんに説教してもらうか。場合によってはキアノス神への御許に送ることも考える。
まあともかく、戦士たちの戦いぶりのおかげであっという間に簡易ながら防衛陣地が出来上がる。流石は殺戮機械。鋼、木材、石材。全てが移動に制限を与えてくれる。動きが鈍った相手ならば容易く仕留められるのはこれまた先ほど述べた通りだ。
円陣の中央に魔法使いたちがいる。守られているから、一切の遠慮なく攻撃を放っている。遠距離攻撃の異能を持つ者達もこれに加わる。ヴェーネとフィアンマの半魔姉妹がその異能を遺憾なく発揮。炎と氷が次々と船底に突き刺さっている。
「落ちてる……落ちてるぞ……!」
ダリオが興奮気味につぶやく。確かに、目に見えて高度が下がっている。ほぼ同時に、ひときわ大きい爆発音が戦艦の後方より響く。こちらに向かってくる速度もがくりと落ちた。滑空兵とラニ先生の頑張りが実ったのだ。
これなら十分何とかなる。そう思った次の瞬間だった。明らかに異常な爆発が、再び船体後方より発生した。攻撃や、誘爆によるものではなかった。戦艦による、意図的な自爆だ。
「滑空兵、負傷者多数! 戦線を離脱します!」
「船体突撃隊、負傷者多数! 防御と治療に入ります!」
やりやがった。今の爆発で、うちの戦力を丸ごと行動不能に追い込んだ。奴のダメージは大きい。噴射口は丸ごと消滅したから速度は見る影もない。だが、進行を留めるものもなにもない。蔦も根っこも押しとどめるには至っていない。それどころか取り込もうとすらしている。
「あとすこし、あとすこしなんだ。こう、なったら……!」
俺は鎧の下の琥珀に意識を集中しようとした。しかしそれよりも早く、巨大な守護神が動いた。ホーリー・トレントが、根を引っこ抜いて立ち上がったのである。巨樹が歩く。地面が揺れる。戦艦を迎え撃つべく、真っ向から立ち向かう。
「バカ! 止めろ! 取り込まれるぞ!」
俺が叫んでも聞きやしない。ここぞとばかりに理力爆発を連打する。神聖な力が荒れ乱れ、戦艦正面が次々と輝く。意外な事に、これが船体を構成するジャンクを次々と剥離している。
ここまでの俺たちの攻撃は、無駄ではなかった。奴に確実な消耗を強いていたのだ。それでも、まだ足りない。巨大なゴミの塊は、今まさに俺たちを押しつぶさんとしている。ホーリー・トレントの頑張りでも、足りない……はずだった。
ひときわ大きい、揺れがおきた。ホーリー・トレントが、力強く一歩を踏み出した。間を置かずさらに一歩。さらに、さらに、揺れは続いていく。巨樹が、戦艦目がけて走っていく。
ここにいる者たちのすべてが、それをあっけにとられて見守った。そして、我に返って何かしらのアクションを取る前に、守護神は空を舞った。端的に表現すると、ジャンプしたのだ。質量には質量を。おそらくこれ以上のものは見ることができない、最大級のフライングボディプレスがさく裂した。
それは、凄まじい衝突音だった。花火が近場で爆発すると衝撃を体に受ける事がある。それと同じで、あまりにも強烈な音が周囲全体を揺らすことになった。エルフなどは耳を押さえている。それほどきついものだったのだ。
俺自身、鎧によって支えられなければ吹っ飛んでいたかもしれない。それを乗り越えて現場を見てみれば、そこには確かな戦果が広がっていた。戦艦が、地面に落ちていた。進行も、止まっている。見事、あっぱれな撃沈だった。
が、それを喜んでばかりもいられない。殺戮機械の塊と接触しているのだ。このままでは食われてしまう。俺は鎧の下に仕込んだダンジョンアイに意識を集中した。
『ダンジョン内の避難状況を報告せよ! 最優先!』
『アーコロージー、全棟避難完了しました。今の衝撃は……』
『トゥモロータウン、避難完了。衝撃により物資が倒れ……』
『訓練所、避難完了。詳しい状況を……』
質問への返答は他のものに任せる。俺はコインの箱に手を突っ込みながらダンジョンコアにアクセスする。必要設備をピックアップ。避難場所に加え、果樹園と転送装置を移動させるために準備する。そして、戦艦が落ちた場所の地面を……。
「わん」
ぺし、と鎧が叩かれる。気にしている暇はない。配置変更は、失敗できないのだ。意識の集中を……
「わんわん」
ぺしぺし。だから、集中……。
「わんわんわん」
ぺしぺしぺし。
「だー! 喧しいよクロマル! 今とても大事なことしてるの邪魔しないで!」
「わん!」
見ろ、と黒毛のコボルトはジェスチャーをしてきた。なにそれ。振り下ろしている? ハンマー? 左手にある、という架空のものを叩いている?
「わん」
次に、手を動かしてとある形を作って見せる。えーと? ……円筒? 円筒のなかに叩くものと、ハンマー……。
「薪割り機か! え? 薪割り機が何? この状況で」
「わんわん!」
クロマルは、しっかりと戦艦を指さした。え? 薪割り機とあの戦艦が一体何なの? コボルトはしきりに戦艦を指さし、薪割り機のジェスチャーを繰り返している。……割る。薪。戦艦。ハンマ―。落とす。殴る。
薪割り機の形。薪が割れる理由。戦艦を落とす理由。戦艦へダメージを与える為の方法。ガチガチと、頭の中で音を立てて情報がつながっていく。つまり、クロマルが言いたい事は!
「あいつ落とすときに、尖ったもの置いとけって事だなぁ!?」
「わん!!!」
それだ、とジャンプする我がコボルト。最高によく分かった! 全くもってその通りだ! ダンジョンをサーチする。どうせ崩れるのだから、どこのパーツを使っても構わない。とにかく硬くとがっている岩や建材を用意する。重さに負けるなら沢山用意するまでだ。少しでもダメージが増えればいい。斧のように割る事は出来なくても、肉叩きハンマーのように穴だらけにはできるはず。
若干時間は取られたが、準備は整った。
『これより十秒後に転送する! 総員、衝撃に備えろ!』
きっちり、十秒数える。待たせたなホーリー・トレント。今助けるからな!
「配置、変更!」
用意していたコインが根こそぎ消えていく。同時に、次々と変化が現れる。巨大なビルディング、アーコロジーがプルクラ・リムネーのすぐ近くに現れる。果樹園や訓練場などもその隣に。転送装置はとりあえず街の中に放り込んだ。もちろん、誰もいないのは確認済みだ。
そして、戦艦の下に穴が開く。調整は、した。ゆっくりと、船の先端が滑り落ちて……行ったのだが途中でピタリと止まった。
「は? ……あ、あの野郎、往生際が悪い!」
双眼鏡であわてて確認すれば、なんと穴の淵にアンカーのようなものをぶっ刺しているではないか。あれじゃあ落ちない! 落ちない間に何かしらの対策をされてしまう! ええい、こうなったらと胸元のそれを使おうとしたその時。
『ここはアタシの出番だねぇ!』
巨大化したミーティアが、戦艦の後方に現れていた。突撃部隊に加わっていたのだろう、身体の何か所かを怪我している。しかしそのダメージをこれっぽっちも見せず、まずは蛇体のバネを活かした体当たり。その時響いた音は、およそ生身と器物がぶつかったそれとは思えぬほどに硬質的だった。鋼と鋼をぶつけ合ったかのよう。
その一撃は効果を発揮した。アンカー部分の地面に大きくヒビを入れたのだ。あの巨体を止めておけるほど、地面は硬くないらしい。そりゃそうだ、元はただの森の地面だものな。長く続いた戦闘で多少踏み固められているかもしれないがその程度だ。
『そんじゃあ、もういっちょう!』
ミーティアは、無理をしていた。身体から流れる血でそれがよくわかる。それを止めろとは、この立場では言えない。彼女は地面を両手でつかむと、今度は蛇体のキックを決めて見せた。再び、轟音がボロボロのラーゴ森林に響き渡る。さらに地面がひび割れる。ミーティアの鱗も血を吹き出す。
それを見て、俺は叫ぶ。
「ブチかませ、ミーティア!」
『あいよぉ!』
いよいよ傾いた船体。その船尾を杭に見立て、ハンマーを振るうように。ミーティア必殺の、浴びせ蹴りが叩き込まれた。筋肉と、重さと、速度が加わった亜神の一撃である。これを耐えられるはずもない。地面が、砕け散った。船の先端が穴目がけて滑り落ちていく。上部に乗っているホーリー・トレントが落ちる心配はない。しっかりと調整した。
穴はトレントより小さい。縦に突っ込めば話は別だが、守護神は横に倒れている。心配はない。今も、戦艦が落ちる力により融合された部分が音を立ててはがれていく。……かなりの傷になっている。治療できればいいが。
ミーティアも、その場に倒れ伏している。周囲の怪物が彼女を攻撃しようとするが、無事な滑空兵がこれをけん制している。防壁からの援護もある。短い間なら何とかなるだろう。
仲間たちが、身を挺して事を成してくれた。俺は最後の仕上げに取り掛かる。琥珀に願いを込める。
「偉大なるアラニオス神よ。どうか御力をお貸しください。あの侵略者に、鉄拳を!」
願う奇跡は神の拳。戦艦のケツをハンマーのように思いっきり殴りつけてもらえば、下に到達するときに最高の衝撃となるだろう。
俺はそう願ったのだが。
「……おお、なんと!」
「アラニオス神よ!」
エルフ達が祈りを捧げて見上げるその先。天より落ちてきたのは、輝く脚線美の両足だった。きっちり揃えられた巨大な神の足が、船尾に叩きつけられた。神の両蹴着弾。
神撃の加速を食らった戦艦は勢いよく真っ逆さまに落下。ほどなくして、地面がはねた。下から突き上げる、とてつもない衝撃だった。物資も、人も、殺戮機械のジャンクも。あらゆるものが数センチは軽く飛び上がった。
俺はダンジョンアイの目を借りようとする。が、だめだった。そうだ、俺が全部地上に逃がしてしまったんだった。地下の様子はさっぱりわからん……いや、こんな時こそ非常用手段!
「レケンス! 地下の様子は!?」
水がある限り、この大精霊には状況把握ができる。問えば、すぐさま現れ答えてくれた。
『お望み通りです。アラニオス神の押しつぶしと、着地点の棘によりあの大船は大破しております』
「じゃあ止めだ。水で徹底的に洗ってやれ」
『承知いたしました。エアルにも手伝ってもらう事にしましょう』
繰り返すが、殺戮機械の地上戦艦は形を保つだけでエネルギーを消費する。そんなのが縦にされているのだ。自重だけで下部分が潰れていく。形を組み替えて無理のない状態に戻りたいはずだ。
そんな時に、巨大な洗濯機に放り込まれたらどうなるだろう? パーツの組み換えは当然うまくいかない。回る水流は、部品を引き剥がそうとする。それに抗うのにだってエネルギーを消費する。
燃料による爆発はできない。何といっても水の中だし、ここまでの間に散々使用してしまった。唯一の可能性はあの赤い熱線だが……その発射装置、まだ無事なのかね? たとえ無事だったとして、望んだものに狙いを定めることは可能だろうか? 破れかぶれで発射して、レケンスは倒せるだろうか?
もちろん、レケンスへのケアは万全だ。今もトラヴァーがシャーマンたちを率いて頑張ってくれている。どんだけレーザー撃たれても、フォローして見せる。
「は。こりゃあ見ものだぜ、大将」
ダリオの見下ろす先、大穴から水の竜巻が立ち上っていた。その中ではジャンク品がぐるぐると回っている。早速引き剥がされたパーツがあったようだ。……あの速度で、ジャンク品が船体にぶつかったらさぞかしダメージになるだろう。すでに鈍いながらも、衝突音が聞こえ始めていた。
異変を察知した殺戮機械の兵隊たちが、次々と竜巻の中に入っていく。飛んで火にいる夏の虫、といいたい所だが万が一もありうる。
「防壁隊! 穴に飛び込む連中をぶっ倒せ! もうひと踏ん張りだ!」
「「「おおおーーー!!!」」」
ダンジョンの戦士たちが吠える。船体突撃隊もこちらに戻ってきた。まだ怪我の治療が終わってないだろうに無理をする。仲間に指示して動けない者はこちらで受け入れるよう人を派遣させる。
そしてその時は、案外早くやってきた。水竜巻の中心にあった戦艦が、ついに崩壊した。禍々しく大きな、ダンジョンコアにも似た玉が一瞬見えたがそれも溶けるように形を失った。
俺は、疲れた体に鞭打って声を張り上げた。
「地上戦艦、撃破ーーー!」
「「「うおおおーーー!!!」」」
戦士たちだけではない。プルクラ・リムネー、アーコロジー、ダンジョンのあらゆるところから歓声が上がった。……本当は勝利の余韻に浸りたいが、それを許してもらえないのが現状だ。
「防壁の外に出ている兵を戻せ! 負傷兵の治療を急げ! いまからアーコロジー周辺に壁を作る! 防衛陣地を作るまで休めないぞ! 走れ!」
次に戦艦に似た戦力が来たら流石に耐えられない。耐えられないが、だからといって逃げ出すこともできない。なので援軍が来るまで持ちこたえなければならない。その為には防御を固める。それがダンジョンのやり方だ。
「先輩、うちはもう限界ですぜ。早い所戻ってくださいよ」
ぼやきながら作業を続ける。はるか遠方で、凄まじい轟音が響いている。はてさて、一体だれがはしゃいでいるのやら。
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