地上戦艦を落とせ 上
戦闘は、順調に進んでいる。やってることそのものはいつもと一緒だ。たっぷりと用意した防衛設備を利用して、自分たちに有利な場所を作って戦う。壁に罠、そして数。相手は際限なく戦力を投入してくる。本来ならば絶望的だが、今は別。倒せば倒すほど戦艦は削れていく。それだけ撃破確率が上がるのだ。
「滑空兵、近づきすぎるなよ! 自殺個体でカウンターされるぞ!」
「大丈夫ですわー!」
上空を飛んでいたロザリーさんに叫んで指示を飛ばす。返事が返ってくるとは思わなかったが。流石魔獣の姿だけあって、肺活量が人のそれとは違う。大声も余裕なのだな。……というのはさておき。
やはり上を取れているのは大きい。敵兵撃破に大きく貢献している。殺戮機械に、空を飛ぶものがいないは幸いだった。いたら、負けていただろう。処理が追い付かない。
「だけど、楽ってわけじゃないんだよな……うぉっ」
『マスターあぶねぇ!』
ブッチャー&クラッシャーが飛んできた破片を避ける。当然その中に入ってる俺も無事だ。自殺個体砲弾が、街のすぐ近くで迎撃されたのだ。何人かけが人が出ているが軽傷だ。別の戦士が前に出て、代わりに後方に下げられ治療を受ける。
このように、相手方の火力がとても高い。自殺個体というのはつまるところ移動できる爆弾である。普段は歩いているから、遠距離攻撃で安全に処理できる。しかし今回は砲弾として使用されているのだ。近接信管さながらに、自分の意志で爆発してくる。迎撃が間に合わず、少なからず被害が出ているのが現状だ。
しかし、守れていないわけじゃない。直撃したものは今のところ一つもない。戦闘自体はこちらが優位に進めている。うちのダンジョンの総合力あっての事だと思っている。
「頭上注意! ホーリー・トレントのスイングがーーー!」
兵士の叫びが終わる前に、巨大な根っこが上空を薙ぎ払っていく。破片をまき散らして、数体の自殺個体が爆発する。我らの守護神は、その巨体を生かして砲弾破壊を頑張ってくれている。
戦艦の攻撃はこれだけではない。レーザーみたいな魔法をぶっ放してくる。幸いなことに、光の速さで進んだりはしないので、魔法使いによって防げてはいる。砲弾もレーザーも、直撃したら被害甚大になること間違いなし。しかし、今の所そうなっていない。守り切れている。……もちろん、いつまでも続くとも思っていないが。
「……幸か不幸か。相手の移動速度は速い。あのデカさにもかかわらず」
「うっへえ。こりゃすげえな。あれに勝つ作戦立てるんだからやっぱ大将は流石だぜ」
「ダリオ……防壁にきちゃだめでしょ。もうオジさんなんだから」
「この戦が終わるまでは現役だってきめてんだよ。息子もデカくなったし、俺がいなくてもなんとかなる」
「そうは言うけどねぇ」
健康だし、元気もある。身体だって鍛えている。年齢的には働き盛りといっていいだろう。だけど戦士としての全盛期は過ぎている。こういう場で無理はしてほしくないのだが……聞き入れてくれないのがこの友人である。
息子が成人したから、いざという時は大丈夫とかいうのだ。冗談じゃなく本気で。貴族としては正しい在り方なのだろうけど、残される身の事も考えて欲しいものだ。息子君もあの年でいろいろ投げられたらたまったものではないだろう。まあ、その辺当たりについては今度酒飲みつつ語り合うとして……彼の持ち場はダンジョンの迷宮部分だったわけだが。
「中の避難状況は?」
「順調だぜ。事あるごとに避難訓練やってたのが効いてるな。混乱も少ない。神殿の連中も手際が良かったぜ。大事なものはもう台車に乗ってやがった」
「神様に失礼があっちゃまずいからなあ、助かるよ。……下が順調なら、あとは上だが」
あの速度なら、ここまで到達するまで時間はかからない。こちらが息切れして、砲撃を防ぎきれなくなるという事はなんとか防げそうだ。
「なあ、大将。ちっと思うんだがよ」
「何かな?」
「あいつは、どうやって動いているんだ?」
「うん?」
ダリオは、首をかしげながら戦艦の巨体を睨む。
「いままでデカい敵はそれなりに見てきた。そいつらが歩くと、当然ながら地面が揺れたりしたもんだ。ヤツは妙な音こそたてちゃあいるが、歩いている感じじゃ無え」
冷や汗が体から湧き出た。顔に叩きつけるようにして、再び双眼鏡をのぞき込む。足元を。この激戦で、森の破壊はさらに進んだ。エルフとアラニオス神には悪いが、視界は良好だ。だから見える。……足は、ない。タイヤも、ない。キャタピラも、ない。浮いているのだ。
「……なんだあれ。どうやって前に進んでいるんだ? ……魔法?」
「だと、思います」
迎撃で忙しいだろうに、イルマさんが解説してくれる。
「魔法の中に、フローティングボードというものがあります。駆け出しでも使える術で、重量物を上にのせて運べます。思うに、あれはそれと同じなのではないでしょうか?」
「その術って、あんなにでっかいものを運べるの?」
「いいえまさか。せいぜい平均的な重さの男性を三人程度。そこそこ重いものを運べるので便利ですが、あんなものはとてもとても……」
「ええっと、じゃあ、つまり……」
答えに気づいた俺は、青い顔をしていたに違いない。その結論から結びつく、この期について理解してしまったが故に。俺と同じだったのだろう、ダリオが呻く。
「たくさん並べてるんだろうなあ。あれが浮かび上がるくらい、いっぱい」
「まっずい! 落とし穴開けても、落ちないかもしれない!!!」
計画が狂った。土壇場で組み上げたのだから、思い通りにいかないのは当然としても修正しないと負けて死ぬ。
「イルマさん、対抗魔法で消せない!?」
「あれは一つの呪文に対して一回使用するものです。砲撃を防ぐので手一杯で、とてもそちらには……対抗魔法!」
こちらに迫っていた赤い閃光が消滅する。なるほど、無理だ。防御に集中してもらっていた方がいい。
「じゃあ、呪文そのものを起こしている……マジックアイテムみたいの! それを壊せばいけるかな!?」
「そいつについてはやってみた方が早いねー」
ここで、控えていてくれたラニ先生がローブの下から護符を取り出した。すると目の前に、真っ黒な闇が現れた。……闇、という表現も正しくない。見ていると、本能的に下がりたくなるなにか。俺の命そのものが、これの近くに居ることを忌避している。
「先生、これは一体」
「スフィア・オヴ・ボイド。『なにもない』という球だよ。さあ、いってみよう」
闇は、真っすぐ突き進んだ。下で戦う仲間たちにも、敵にも触れず戦艦に向けて突き進む。それを感知したのだろうか。赤い砲撃が、闇に向かって放たれた。咄嗟にイルマさんが消そうとするが、先生が止める。
そして熱線が、闇に直撃する。……しかし、びくともしない。止まる事すらしない。何も変わらず闇はそのまま前進し、熱線は消しゴムをかけられたかのように消滅していく。
「なんだ、ありゃ……」
「昔々、世界を滅ぼそうとしたわるーい死霊術師が持ってた秘宝さ。ご覧の通り、触れたものはあの有様。竜だろうと亜神だろうと泣き叫ぶ理不尽だよ」
「危なすぎてめったに使えない、俺たちの切り札だな」
レンさんがのんびりとおっしゃる。……あれ、個人で持っていていいものじゃない気がする。が、よくよく考えるとうちのダンジョンにはそういうものがちらほら散見される。琥珀とか、イルマさんの鱗の護符とか。まあこれは普段神殿に奉納されている物だから個人所有とは言えないけど。
「さあて、結果はどうなるか……命中!」
ラニ先生が外見年齢相応にはしゃがれる。遠方なので、闇は黒い点にしか見えない。それが底に命中したようだが。
「……効果、あります?」
「うーん。今、底を削ってるはずなんだけど……あっ!」
「おお! 今ちびっとおちたぞ! やったのう!」
ジジーさんが喝采する。確かに、わずかではあったが船体が下降した。この事でいくつものことが分かった。ひとつ、浮遊の為の魔法装置は船底にある。ふたつ、それは破壊できる。みっつ、壊せば船は下がる。
最高の結果だ。落とし穴計画を成功させるための、大事なピースを手に入れた。
「ラニ先生よ。あのまま、戦艦全部ごりごり削れねえの?」
「無理ー。相手が大きすぎる。これが精一杯だよ」
「いやいや、あれで十分! 引き続きお願いします。エラノール! 予備戦力に伝達、船底攻撃部隊を作る! やつを地面に叩き落とす。かなり危険だから、それを踏まえて……」
「これはいけない。速度を速めたぞ」
その言葉に振り返れば、猛烈な噴煙を背後に背負った戦艦が勢いを増してこちらへ直進してくるのが見えた。ロケットブースター!? そんな立派な物を装備していたのか!? ……いや、よくみたら後方から破片が飛び散っている。自損覚悟の加速とは。船底を攻撃されたのがよほど危機感を煽ったらしい。
「やばい! このままじゃ、船底の破壊が間に合わなくなる! あのまま突撃されたら、街がひき潰されるぞ! ……ラニ先生!」
「いやあ、やってるけどね!? 相手が早すぎて追いつくので手一杯だよ!」
いつもは余裕の彼女も、今回ばかりは焦っている。と、そこに変化があった。無数のツタが地面より伸びてきて、船体に巻き付き始めたのだ。見れば、レンさんが術を使ってくれた模様。しかしその表情は厳しい。
「……ダメだ。すぐに千切られるぞ」
「微力ながら、前に出よう。エウラリア、済まないが露払いをたのむ」
「ええ、もちろんですとも。あのように魂を留めるような輩は、我が神もお許しになりませんからね」
「やれやれ。ほったらかしたら死にかねんな。わしも付き合うよ」
死の神に仕える使徒と恐るべき暗殺者、欲望神の高位司祭が防壁から飛び降りる。ありがたい事だが、あの三人だけではどうにもならない。亜神の首を落とせても、膨大な質量には微々たる力しか発揮しない。
質量には、質量を。つまりここはアイツに頼むしかないのだ。俺は用意させていたダンジョンコインの箱に手を突っ込んで叫ぶ。
「ホーリー・トレント! あいつを止めてくれ!」
「!!!」
コインのパワーを受け取って、ダンジョンの守護神が光り輝く。大振りの枝を大きく掲げてVの字じみたポーズをとると、野太い根っこが次々と地面から飛び出した。レンさんの蔓を補強するように、戦艦に絡みつく。はっきりと、突進速度が弱まった。今しかない!
「滑空兵全員出撃! 背面の噴射口をぶっ壊せ!」
「了解ですわー! ブラントーム、突ぉ撃ぃ!」
渡り鳥が旅に出るように、ホーリー・トレントの枝より羽根を持つ者たちが一斉に飛び立つ。あの強烈な推進力さえ奪ってしまえば勝機はある。
「ミヤマ様、船底攻撃部隊の準備ですが」
「もうできたの?」
「一部の血の気の多い連中がこぞって参加を希望しています。許可をお願いします」
「死んでもいいけど蘇れるようにくたばれっていっといて!」
「承知しました。ではいってまいります」
君もか、血の気の多いエルフ侍め。そう思って見送ろうとしたら、エンナと合流したではないか。
「本当に、頼もしいなあ! 前線指揮、誰が引き継いでくれるのかなぁ!」
「そんじゃ、俺がやっとくわ。流石にアレには混ざれねぇし」
「頼むよダリオ」
持つべきものは可愛い女房と有能な部下、と大昔のラノベで無責任な艦長さんが言っていたが。俺はそれに頼れる友人を加えたいと思う。全部そろっているのだから俺は幸せ者である。
「防壁隊ー、突撃する連中の援護だ。殺戮機械やモンスターをこっちに引きつけろ。戦艦落としの邪魔させんなよ」
「了解しました!」
門扉が開き、一騎当千の戦士たちが走り出す。ヨルマとバラサール、ナルシスとニナ、バザルトとポワン、ナイトデュークとボルケーノ、ヴェーネとフィアンマ。その他ハイロウ貴族、ヤルヴェンパーとブラントームの精鋭。そしてエラノールとエンナ。
ダンジョンの迷宮部分を守っていた、うちのエースたちがほぼ全員参加している。大人しく避難していてくれなかったのか。というか、地上に放り出した後のアーコロジーその他の防衛に支障が出そうである。……まあ、戦艦を止められなきゃ先はないからこの判断も間違いじゃないか。
「どいつもこいつも突撃バカで困るな、マスター」
「ペレン。お前はいかなかったのか」
「こちらで動ける者も必要だろう。それに、ああいうのはダークエルフの流儀ではない」
「そうだな。部族を率いて、防衛に注力してくれ」
「承知」
ダークエルフ達が、迎撃のために散っていく。戦艦にばかり力を注いで、街が守り切れないのでは本末転倒だからな。
戦場を見やる。船底攻撃部隊は順調に進行中。エルダンさん達と合流し、戦艦へ向けてひた走っている。当然、敵がその行く手を阻む。殺戮機械だけではない。どこから流れてきたのか、ペインズやゼノスライムの姿もある。悪魔、巨大獣、アンデッドなど種類は嫌になるほど豊富だ。
しかし、進行は鈍らない。その速度を助けるのは、防壁からの射撃だ。一発で倒せなくても、動きを妨げるだけで十分。その隙があれば、精鋭たちは確実に相手を仕留めて見せる。
そうこうしているうちに、上でも動きがあった。滑空兵たちが、噴射口への攻撃を開始したのだ。呪文やマジックアイテム、爆弾が次々と背面へ放たれる。それらが背面に命中すると、予想以上の爆発が起きた。確かにそういった攻撃を行ったわけだが、想定以上の破壊が起きている。
「……あれは、燃料に引火したのか?」
「みたいだなぁ。雑に油を扱ってたんじゃねえかな。だからあんなに簡単に火が付く」
「安全管理とかしそうにないものなあ」
このロケット推進だって、しっかりとした機能とはいいがたいように見える。であるならば、それに使う燃料もまた適当に集めて蓄えているということかもしれない。ともあれ、俺たちにとってはありがたい。滑空兵が搭載できる火力には制限がある。
狙って誘爆をさせることは無理だろうが、この調子で壊れてくれれば速度低下は達成できるだろう。……しかし当然ながら、相手も黙ってやられてはくれない。
上空に向かって次々と、自殺個体が投射されていく。今までよりも、早いペースで。
「くそ、なんてこった。この状況で性能アップだと!?」
自殺個体が小さくなっている。その分だけ軽いから、早く高く飛ぶ。滑空兵の迎撃を目的に製造されたのは明白だ。そして、それは嫌になるほど的確に効果を発揮した。破片を避け切れない者が次々と出た。高度や速度が落ちるだけならまだいい。真っ逆さまに落下していく者も見える。
幸い、仲間の兵がそれらを回収し撤退しているのも見える。何とか、敵のど真ん中に落ちるという事は避けられたようだ。しかし、攻撃の手が減ったのは間違いない。不味い、間に合わないかも……。
「うーん、船底攻撃上手くできない! 下手に動かすと拘束している蔓や根っこにあたっちゃうよ!」
と、そこで先生が悲鳴を上げる。たしかに、あんなにぐるぐる巻きの状態で、下手に闇が当たったら大変だ。拘束が解けてしまう。……いやまてよ。
「ラニ先生、背後の噴射口はやれますか?」
「え? あー……いける、かな? 少なくとも船底やるよりはましかな」
「おねがいします。……あとは、対空兵器対策」
これ以上の滑空兵の損耗は致命傷になりうる。何としてもアレを止めなくちゃいけない。どうするべきか。空というフィールドに切れる札はほとんどない。魔法。距離が遠すぎる。ラニ先生もイルマさんも手一杯でとてもこちらには対処できない。
物理攻撃。いくらエルフの弓でも遠すぎる。さらにあっちの方が高いから、威力が減衰される。とても破壊には至らない。壊すならそれこそ滑空兵の爆弾の方が使えるだろう。……実際やっているようだが足りていない。
ゴミにエネルギー吹き込んで無理やり武器にしてるのが相手の攻撃だ。弾も発射台もいくらでも作れてしまう。つまり、破壊は対策にならない。
もっと違う方法が必要だ。蜘蛛の巣の呪文……取り込まれてお終いだ。泥もダメだろう。そもそもマッドマンじゃ空には……空。風!
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