新戦力無双と望まれた帰還者
エラノールさんが出発して二日。またもや、新たな襲撃があった。今回は初回と同じくゴブリン。ただし、こちらの方が質も数も上だった。
ゴブリンだけで六十。ホブゴブリンが三。しかし何より厄介なのが、
「ぎゃっぎゃ、ぎっぎ、ぎぎゃぎゃ! ぎゃぎゃ!」
ゴブリン・シャーマンの呪文が飛ぶ。一瞬、全身に痒みが走った。
「ぐぅぅぅぅっあ!」
ほぼ、直感的な対応。胸に感じる、コアとの繋がりを強く意識。怪力を使うときと同じ。すると、全身に走った不快な感覚は消え去った。が、
「キャインッ! キャイインッ!」
周囲にいた、数匹のコボルトが地面に転がって体をこすりつけている。まずい、今は戦闘中だというのに!
「呪文にかかったコボルトを下がらせろ!」
「わんっ!」
手すきのコボルトが、転がっている者たちを引っ張っていく。最前線ではないから、まだこういう余裕がある。最前線を担っているのは、別の者達だ。
「ま”ーーー」
泥だ。ストーン・ゴーレムに勝るとも劣らない体格の泥人形。こいつが二体、ゴブリンたちのただなかに突撃していく。
「ま”っ」
「グギャァ!?」
腕の大振りに巻き込まれたゴブリンが、壁に叩き付けられる。避ける隙間があればこうはならないだろうが、こいつら考えなしに洞窟に突撃してきたから。まあ、そうなるようにおびき寄せたのもあるが。
だが、真に戦場を支配しているのはマッドマンじゃない。
「ゴォァッ!」
ホブゴブリンが手に持った棍棒を思いっきり相手に振り下ろす。乾いた音がダンジョンに響く。棍棒がへし折れた音だ。返礼が放たれる。石のこぶしが、振り下ろされる。骨と肉が一度に叩き潰される。ホブゴブリンの頭が胴体に埋まった。
ストーン・ゴーレムの戦力は見事なものだ。腕の一振り、足の蹴り出しだけで敵が致命傷を負っていく。逃げられると当てづらいが、こいつにはマッドマンを付けている。ストーン・ゴーレムの周囲にいる敵の動きを阻害させているため、順調に処理が進んでいる。うっかりストーン・ゴーレムに殴られても、土が吹き飛ぶだけだ。すぐに元に戻る。
そして、この二種類のモンスターに前線を任せることにより、気兼ねなく投石による支援射撃をすることができる。コボルトたちの投石紐はまだ練習中で命中率はそれほどでもない。だが当たればゴブリン程度なら大ダメージだ。
そして、うっかり地獄の前線を抜けてきた者たちには。
「ふっ!」
「げぎゃっ!?」
俺の大盾と短槍でお出迎えだ。ゴブリンの攻撃なら十分に受けられる。そして、エラノールさん直伝の攻撃方法は、攻撃範囲が短いが手数が多い。ざくざくと二度三度刺してやればゴブリンぐらい簡単に戦闘不能になる。
無我夢中の戦闘も、何度も繰り返せば慣れもする。モンスターたちの大暴れを見れば、心に余裕も生まれてくる。
「ぎぎゃぁ!」
あ、ゴブリン・シャーマンが逃げ出した。二体目のホブゴブリン撃墜で心が折れたか。ほかのゴブリンも我先にと逃げ出し始めた。では、久しぶりに。
「シルフ! と、コボルト・ワーカーズ!」
砂嵐が洞窟に吹き荒れる。マッドマンとストーン・ゴーレムは巻き込まれるが、やはり問題なし。うん、新戦力は問題なく機能している。
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いつもの後始末。砂掃除のためにスライムが体をいっぱいに伸ばして地面を這っている。マッドマンたちがそれをまねしているが、大丈夫なのだろうか? ……まあ、最悪スライムが何とかしてくれると思いたい。
「サーバント。呪文を受けたコボルトたちはどうだ?」
「もう復調しております、マスター」
戦線の後方に待機させておいたサーバント。直接戦闘はできないが、それ以外に使えないわけではない。今回は後ろに下がらせたコボルトの看病をさせたわけだが。
「魔法対策、これからやっていかないとなぁ」
「アルケミスト様に、魔法抵抗の護符を作っていただくのはどうでしょう?」
「簡単に作れるものか?」
「……相応の時間と資金がかかるかと」
小首をかしげながらのサーバントの返答に若干考える。金はまあ、よほど高くなければ考えてもいい。だが、時間か。今は全くないな。
「この騒動が終わってからじゃないと手が回らんな……しかし」
「どうかなさいましたか?」
「俺、割と簡単に呪文破れたからさ……」
自分の胸に手を当てる。コアとの繋がり。多くのものが己のものにと欲するアーティファクト。その力を改めて実感した。ただの日本人であったならば、あの呪文一発で戦闘不能に追いやられていたかもしれない。
「マスターは、ダンジョンマスターであらせられるので」
「……そうだな。まあ、いい。コボルトたちがもう大丈夫なら、片付け手伝ってくれ」
「かしこまりました」
サーバントから離れる。続いては今回のMVPへ。ゴブリン多数、ホブゴブリン二体を殴殺した石の体のタフガイ。と、その周りをぐるぐるしているコボルトへ。
「アルケミスト。ゴーレムの調子はどうだ?」
「はい、主様。破損のようなものは見当たりません」
一回の戦闘でどの程度消耗するか。気になるところだったのでアルケミストにチェックしてもらったのだ。
「一発思いっきり殴られてたし、砂嵐にも巻き込んだがその辺は?」
「打撃に関してはほぼダメージになっていないようです。表面をよく見れば細かいひっかき傷がついたかな? という程度です。私の呪文一回ですべて直せますね」
「じゃ、後で頼む」
「かしこまりました」
ゴーレムについてはこれでよし。次はシャーマンに任せた戦利品回収チームを確認する。やはりゴブリンの戦利品はごみが多い。剣一つとっても錆が浮いてたり、刃がつぶれていたり。とはいえ、金属武器であることに変わりなし。ケトル商会にリサイクルとして引き取ってもらえば多少の足しになる。
使えそうなものは運ばせて、そうでないものは捨てるかスライムの餌にする。
「主様、こちらの棍棒なのですが……」
「ホブの。あー……今までで一番まし、か?」
シャーマンがほかのコボルト二匹と一緒に運んできたそれを見る。強化された俺でやっとという重量物。どんな偶然か、ろくな加工もされていないにもかかわらず、棍棒としての形が成っていた。
「どういたしましょう? これは保管しておきますか?」
「保管というか……アルケミスト! ゴーレムは動かせるか?」
「はい、問題ありません!」
駆け寄ってくるアルケミストを見て、シャーマンの背筋が伸びる。おいコラ、棍棒から急に手を放すんじゃない。コボルト二匹がふらふらしてるじゃないか全く。しょうがないので俺が支える。
「あー……ゴーレム。これ、使えるか?」
俺の声に反応し、ゴーレムがむんずと棍棒をつかむ。そのまま、ゆっくりと棍棒を振る。もともと動きが鈍いとはいえ、ゴーレムの重さが乗った棍棒というのは、それだけで必殺兵器になりうる。ぶっちゃけ、俺自身、盾を構えても受けきれる自信がない。
「……いけそうだな」
「おっかないですね。じゃあ、棍棒も整備しますね」
「棍棒の何を整備するというのだ?」
「ええっと、握り部分に縄を巻いたり、バランスを整えたり?」
「なるほど。じゃあ頼むぞ」
アルケミスト、頼れるやつよ。棍棒を担いだゴーレムと一緒に居住区へ歩いていく彼女を見送る。でもって。
「シャーマン、いつまで呆けている気だ」
「は!? も、申し訳ありません!」
彼女の姿が消えるまで、彫像のように動かなかったヤツに声をかける。しょうがないのでちょっとしゃがんで目線を合わせる。
「しっかりしてくれよシャーマン。コボルト部隊はお前に任せてるんだぞ? 平和な時ならいいが、今はちょっとシャレにならん」
「弁明のしようがありません。私としたことが……」
耳も尻尾もしおれる。うーむ、強く言い過ぎたか?
「今は、気張ってくれ。事が片付いたらいくらでも口説いていいから。デートとか誘っていいから」
「く、口説く!? そ、そんな、破廉恥な!」
「お前がたくさんの女に声をかけるチャラコボルトだったら破廉恥かもしれん。だが、そうじゃないだろう?」
「まさか! 私に限ってそんな!」
「だよなぁ? お前のまじめさはよく知っている。なので、アルケミストを口説くのは清い男女交際だ。問題ない」
「そうはおっしゃいましても、どんな言葉をかけていいかもわからないのですが!」
ううむ。男女間の悩み。正直俺もさっぱりだ。仕事上であるなら、いくらでも話ができるんだが……いや、まずはここからでいいのか。
「普通に仕事の話をしろ」
「……仕事の話、ですか」
「まずは話すことに慣れないとスタートラインにも立てん。会話が増えれば話題のとっかかりも見つかるだろう」
「なるほど! やってみます!」
「おう、それじゃ仕事もがんばってくれ」
ふんす、と鼻息強く歩いていくシャーマンを見送る。荷物を運ぶコボルトたちも見送る。そして、一匹のコボルトが残る。いつもの黒毛のコボルトだ。
「どうした? なんかあったか?」
「わう」
指さす先は……入り口?
「ゴブリンたちの生き残りがいるなら、シルフが騒ぐが……違うみたいだ」
軽く手をあげてみる。風の流れは特に変わった様子がない。まあ、行ってみればわかるかと歩いてく。それほど距離はないので、すぐにたどり着く。
木々の影が長くなりつつある。そろそろ夕方だろうか。エラノールさんはどこまで行ったのか。無事なのか。心配である。……と、噂をすればなんとやら。着物姿のエルフが近づいてくる。コボルトはこれを教えてくれたのか……って、うん? 後ろにもう一人いる? そう思ってよく見ようとしたら、エラノールさんがこっちにダッシュしてきた。
「おかえり、エラノールさ……」
「只今戻りましたミヤマ様。そして申し訳ありませんが壁を見ていてください!」
「……はい?」
「すぐに済みますから! お願いします!」
「お、おう」
勢いに押され、洞窟の壁を見る。うむ、いい感じに出っ張りが削れている。汚れもない。ここらは蝙蝠の糞がひどかったからなぁ、などと感慨にふける。それはそれとして、エラノールさんと一緒にいた人影、あれはほっておいていいんだろうか。
などと考えていたらエラノールさん、ダンジョン奥から駆け戻ってくる。早い。サムライではなくニンジャであったか、などと益体もないことを考える。
「失礼しましたミヤマ様! もう結構です」
「うん。それでいったい何がどうなって……」
彼女の方を向き直って、言葉を失う。エラノールさんの隣には、そうさせる存在がいたのだ。
強いウェーブのかかった、豊かな赤髪。対照的に、瞳は深い青をたたえている。布一枚で覆われた身体のスタイルの良さは圧倒的で、その美貌と合わせて女神と錯覚しそうになる。下半身が、緑の鱗をもつ大蛇でなければ。
ラミア。上半身が女性、下半身が蛇というモンスター。視線が合う。口を開いた彼女は、
「何とも冴えない男ねぇ」
「ぐっふぅ」
俺の精神に致命的一撃を叩き込んできた。