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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
一章 ダンジョンはコボルトからはじめよ
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やみのなかにいる

 気が付けば、石の椅子に座っていた。冷たく、硬く、実用性まるでなし。背もたれも肘掛けもあるが、何せ石だから豪華ともいえない。目の前に広がるのは白黒の世界。自分を見ても、色がない。なんだこれ、どうなっている。


 そもそも、俺はどうしてここにいる。俺は誰だ。俺は……。


「俺は、ナツオ。深山( ミヤマ)夏雄( ナツオ)


 二十五歳。日本人男性。身長百六十五センチ。体重たぶん六十キロ。ホームセンター勤務。未婚。家族は……。


「……なんで、思い出せない?」


 記憶が、虫食いのようになっていることを自覚する。自分のことは、大体思い出せる。趣味、学んだこと、好きなこと嫌いなこと。家族や友人、知人といったものを思い出そうとすると、壁に塞がれるように記憶が引き出せない。まともじゃない。


「おい、誰かいないか! 俺に何をした!」


 声が響く。部屋の中にいる。こんな部屋は知らない。そもそもこの白黒はなんだ。まるで暗視カメラを覗いているかのようだ。俺はいつの間に赤外線で物が見えるようになったんだ。サイボーグ手術なんて受けてないし、そんな技術は物語の中だけだ、たぶん。


 唐突に、白黒が強まった。……これは、あれか。光だ。あくまでゲーム知識だが、暗視スコープを明るいところで使ったときに似た感じ。


 目を閉じて、開いた。世界が一変した。暗いが、色がついた。部屋の中は暗いが、薄く赤い光が椅子の後ろから広がっていた。


 何事かと立ち上がり振り返ってみる。そこにあったのは、一抱えもある赤い巨石だった。宝石のようにも見えるが、もしそうであれば一体どれだけの値段が付くのやら。


 俺は、その巨石から目が離せなくなった。異様であることは間違いない。ほのかに赤い輝きを放つとか、まともじゃない。電球やLEDが仕込んであるようにも見えないし。


 しかし、なにより。はっきりと感じたのは、巨石との繋がりだ。自分の中心、根っこの部分がこの怪しい石と繋がっていると理解できてしまう。


「……なんだこれ」


 俺は超能力者などではなかった(はずだ)。超感覚など持ち合わせていなかった。なのにこの異様な感覚を、力を感じ取っている。全身に行き届く、力。さっきの暗視の力もその一端だろう。


 今わかっていることをまとめよう。どこともわからぬ場所に拉致されて。記憶をいじられ。よくわからない石からパワーを受ける改造人間にされた。


「昭和の特撮じゃあるまいし」


 乾いた笑いがこみ上げる。笑うしかない。訳が分からない。誰か説明してくれ。巨石から、現実から目をそらすように視線を移す。気づかなかったが、巨石の下には石の台座があった。その上にはアルバムか辞典のように分厚い本が二冊、その真ん中に小箱が一つ。奇麗に並べられていた。


 いかにも、という感じである。ゲームで言うならチュートリアルへの動線といった所か。自分の中のひねくれた部分がこれを無視しようかという考えで現れるが、頭をふるって改める。


 これは現実だ。ゲームではない。俺をこんなところに放り込んだ誰かの思惑に乗るのは危険とも思うが、今は必要以上のリスクを負うことはできない。


 本の表紙を見る。右の本は『ダンジョンカタログ』、左の本には『モンスターカタログ』と、書かれていた。知らない文字で。少なくとも英語でも中国語でも韓国語でもない。なのに読めるというのが、ひどく気味が悪かった。


 とりあえず、ダンジョンカタログを台に乗せたまま開いてみる。


 光った。


「うおう!?」


 びびった。びびってから気づいたが、それほど強い光ではなかった。巨石の光が弱く、その差があって本の光が強く見えたようだ。あとまあ、自分が思っていた以上に緊張していたようだ。


 ともあれ、本自体が発光してくれるおかげで暗がりでも問題なく読める。目を悪くするだろうか。悪くなるのだろうか、今の俺の目は。ページをめくる。読む。


「……これはひどい」


 うめく。例の知らない文字とわかりやすいイラストに彩られたダンジョンカタログは、このようなことが書かれていた。


『ダンジョンの生活に不便を感じていませんか? よどんだ空気、悪臭、湿気、カビ、虫、害獣! ダンジョンを快適空間に! 基本生活パックはこちら!』

『侵入者への対処が面倒? 簡単に排除する方法はないか? すべての答えがここにある! パーフェクトトラップコレクションをご覧あれ!』

『独創性! ほかの誰もまねできない、自分だけのオリジナル! 様々なギミックが、あなたのダンジョンを輝かせる! 隠し扉、エレベーター、ワープポータル! とっておきのダンジョンテクノロジーをあなたの手元へ!』


 エトセトラ、エトセトラ。イラストと、見出し。カタログのお手本とはこのことか。顧客の購買意欲を掻き立てるため、これでもかと手法を凝らしている。


 すっげーイケメンの兄ちゃんとボンキュボンなおねーちゃんがさわやかに笑いながら快適空間でくつろいでいる絵があったり。重装備の戦士らしき人物が、ボタン一つで落とし穴に落ちていく絵があったり。いかにもな魔法的文様(魔法陣?)で別の場所に移動している絵があったり。


 まあ、それはいい。カタログとはそういうものだろう。問題は別にある。値段……については物価がわからないから何とも言えない。全自動トイレ5コイン、セット価格で割引可能とか書かれていても、1コインがいくらかわからないしそもそもそんなもの持っていない。


 問題とは、この妙に多い広告の事。


『短時間で1コイン! 確実な収入を探してみませんか? ご連絡はこちらまで』

『ワンルームから可能。ダンジョンフロア、貸出仲介いたします』

『新規ダンジョンマスター様専用特別融資。ローン相談承ります』


「あからさますぎる」


 搾取のにおいがする。欺瞞のにおいがする。今日日、架空請求でももっと隠すぞ。鼻先に人参つるして、欲しければ働け借金しろってか。いっそ最初から首輪と鞭で強制労働強いてきたほうがまだ潔さがあるわ。


 ああ、いやな記憶が蘇る。社会人になりたての頃、うっかり引っかかったキャッチセールス。それほどほしくもなかったネックレスをローン組んで買ってしまった思い出。何年もたった今思えば、あれもよく作られていた。高いものを買わせるための手法が。


 ふと、何となしに中央に置かれた小箱を開いてみる。予感があった。それは当たり、中には硬貨らしきものが詰まっていた。


「これが、コイン、か。なんだ、初期資金は支給されるのか」


 すこし警戒しすぎていたかもしれない。五百円玉と同じぐらいの大きさで、色は赤。目の前の巨石と同じ色だ。表裏はわからないが片面には洞窟の入り口らしきものが、もう片方は……これは、歯車か? なんで歯車? まあ、ともかく、その二つの絵柄が刻まれている。


「十……二十……三十…………五十。初期資金五十コイン……トイレで5コイン? やっぱ高くない?」


 基本生活パック。照明、寝床、台所、トイレ、生活物資三十日分でセット価格三十コイン。おい、初期資金半分以上? 無理を言うな。ほかにどれだけ必要になるかわからんのに、生活だけにこんなに突っ込めるか。前言撤回! やっぱ搾取する気満々じゃねーか! 悪意だ。罠だ。他者を陥れて自分たちのいいように使おうとする意思。人生のあちこちで触れたそれが、ここにもある。うんざりする。

 というか。このあからさまな悪意にあてられて目を滑らせていたことが一つ。


「ダンジョン、マスター。何? おれはダンジョンマスターなの? ここ、ダンジョンなの?」


 ダンジョンマスターといわれてまず思い浮かぶのは、卓上遊戯(TRPG)の進行役なんだがそれはさておき。慣れ親しんだライトノベルでの意味はダンジョンの製作者、支配者の事。モンスターや罠を設置し、侵入者を倒しダンジョンを守り成長させるもの。


 だが、それはフィクションの話。作家たちの作ったエンターテイメント。現実の話ではない。だが一方で、記憶はいじられるわ暗視能力追加されるわ言語能力もセットだわで、およそ現実的でないことがこの身で起きている。まず、ドッキリ企画ではあるまい。


 だが、事が事だけにおいそれと鵜呑みにもできない。この悪意まみれの本だけで考えるのもどうかと思う。いったん閉じる。もう一冊、モンスターカタログを開く。読む。


 …………おや?


「……まともだ」


 そう、まともなのである。最初に目次があり、次には新人ダンジョンマスターへの注意事項が記載されている。


『これはダンジョンマスターが契約できるモンスターのカタログです。モンスターにはそれぞれ得意不得意があり、多才で強力なものはきわめて高コストです。そのモンスターだけでダンジョンを運営していくことは、極めて難しい試みといえます。新人ダンジョンマスター様におかれましては、初期コインと相談してバランスの良いモンスター雇用を心がけてください。分からないこと、疑問がございましたらお問い合わせ窓口にご連絡ください』


 丁寧である。購買意欲で罠を仕掛けてくるもう一方とは天と地の差がある。比べるのが失礼と思えるレベルである。いい警官、悪い警官のそれのように実はこちらこそが本当の罠、という可能性がなくもないが。ぺらりぺらりとページをめくってみても、ダンジョンカタログのような悪意は全く感じない。注意事項の後には『新人ダンジョンマスター用低コストモンスター一覧』があり。そのあとは種族ごとにイラストと解説付きでひたすら記載されている。変な広告とか一切ない。


「落差がひどすぎる。責任者は何を考えているんだ」


 搾取したいのか、まともに運営させたいのか。一体どっちだ。ともあれ、である。初期資金、罠、モンスター。この巨石は、おそらくダンジョンの命、ダンジョンコアとかいうやつ。ダンジョンマスターであるらしい俺と繋がっているのだから、物語的にはそのはずだ。


 ダンジョンを運営していく基本的なものがそろっている、ように思える。一つひどいのがあるがいったん置いておく。本を照明替わりに、部屋の中を見回してみるが他には何もない。石の椅子の正面に、一本まっすぐな通路があるだけだ。


 さて、どうするか。チュートリアルはダンジョンを運営しろと言っている、気がする。この道を進んでみるか? 行く必要は、あるだろう。ダンジョンを運営するなら自分の家がどうなっているか知っておくべきだ。


 ここから逃げ出して、元の生活に戻ることは可能だろうか? ……まあ、無理だろう。寝ている間に改造人間にしてくるような力を持ったヤツがいる。簡単に連れ込める以上、逃げた俺を戻すのが困難とは思えない。


 ダンジョン運営以外の選択肢はない、と言っていいだろう。ここが日本でない可能性は非常に高い。国交を結んでいるとも考え辛い。基本的人権が保障されない。国外の危険地帯で生き残るすべなど持っていない。


 加えて、ダンジョンマスターなどのファンタジー要素から察するに、ここがいわゆる異世界であると見ていいだろう。剣と魔法と名誉と暴力の世界。よくわからん改造をされたとはいえ、剣一本(持ってないけど)で身を立てる自信もない。


 以上の事から先ほどの結論となる。ダンジョン運営で生計を立て、まずは生存を図る。のちに知識と技術を蓄え、今後について考えていく。日本への帰還は……確実に長くなるだろうし……無断欠勤でクビ。再就職もこのご時世だから……仮に戻れたら、景気良くなっててくれないかなぁ。……悩んでも仕方がないことは置いておく。今は目の前のことをひとつずつこなしていこう。


 とりあえず、今できること。石の椅子の先には、暗闇に包まれた通路が変わらずあった。

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