ミノリダンジョンでの決戦
それこそハンマーで殴りつけられたような衝撃が、胸を襲った。それは俺だけにとどまらず、戦士たちが次々と倒れていく。
『損傷軽微! 俺たちゃ全然平気だぜマスター!』
「……仲間、達は」
『死亡三、重傷七! こりゃちとやべえぜ!』
あの音。この損害。そしてかすかに漂ってくる火薬の燃えた香り。これらによって導かれる答えは一つ。
「銃、か……こりゃまずい。前に出るぞ、ブッチャー、鎧準備」
『久々にマスターの無茶がでたぜ。りょーかい!』
仲間たちが負傷者と死亡者を後方へ引きずっていく。代わりに重武装の物が前に出る。鎧の呪文はその通り、防御力の強化だ。一瞬で消えるが強力な攻撃を防いでくれる盾よりも、今はこちらの方がいいと判断。
「硬い物で身を隠せ! 鋼鉄を抜いてくるぞ! 呪文で守れ!」
次々と撃たれる。盾を上手く使って守る者。射手を見抜いて回避する者。そして、銃撃をものともしないもの。
「と、か、げぇぇぇぇぇっ!」
ミーティアが、吠えた。この部屋で動ける限界まで巨大化し、抑えがいなくなった蜥蜴女に躍りかかった。当然、ミーティアにも銃撃が行くがものともしない。……再生力が目に見えて上がっている。ヒドラと同じかそれ以上か。
「貴様、蛇かっ!」
相手側も迎撃する。女体が互いの両手を掴んでがっぷり組みあう。力比べは……ミーティアが不利! 押し負けている! いやまあ、相手は立派な四つ足でうちのは蛇体。身体の摩擦だけではしっかりと大地を踏んだ相手には勝てないか。
「やはり生きていたか! ここで会ったが百年目!」
「そんな言い回し、いったいどこで覚えたんだい!」
「テレビの、時代劇じゃぁ!」
ミーティアが、投げられた。何たる怪力。部屋の端まで追いやられる。しかし、アクロバットな動きはあいつの十八番だ。空中で身を翻すと、蛇体のバネを使って着地と同時に受け身を取る。部屋の床が衝撃で揺れる。そのまま地を這い、蜥蜴女へと再び迫る。
銃撃が浴びせられるがものともしない。頭だけは腕で守っている。そして俺たちもそれを黙って見ていない。
「イルマさん、壁っ!」
「グラキエース・パリエース・ファケレ! 立ち上がれ霜の柱、閉じられた棺、とこしえの冬の国よ! 停滞をここに! ウィンター・ウォール!」
一体何度、彼女のこの呪文に救われただろうか。分厚い氷の壁が、蜥蜴女とその仲間を分断する。当然、銃撃も止まる。体制を整える時間を得た。
「ミーティア! その蜥蜴を押さえておけ!」
「あいよぉ!」
「ミーティアじゃとぉ? 貴様も名乗るようになったか!」
「そういうアンタは名無しかぁ!?」
「ラケルタ、じゃ! 冥土に行っても忘れるな!」
凄まじい殴り合いが始まった。野太い前足によるキックと、女体の怪力。丸太のような蛇体による叩き付けと、同じく怪力。なまじ見目がいいだけに余計に迫力がある。しかし見とれている暇はない。
「ミノリ! そこいらの壁を剥がして部屋の真ん中に立てろ! 遮蔽物にする!」
「え、ええ!?」
「配置変更だ、やれるだろう!?」
コインの入った革袋を投げ渡す。フォローは仲間に任せて次の指示だ。治療部隊を率いるアラニオス神の神官、エルフのアドランを呼び出す。
「死者に簡易蘇生は!」
「施しました。三人とも息を吹き返しました。現在、けが人の治療にあたっております」
「よし。知識共有。あれは銃という武器だ。火薬で鉛玉を打ち出す。弓より早く撃てる。あんなものを持ち出した以上、爆発火球のような武器を使ってくる可能性がある」
「それは呪文ですか?」
「これも火薬による武器だ。対抗魔法も効果はない。形状は拳ぐらいのボールだ。投げ込まれたら気を付けろ」
イルマさんの氷の壁が、凄まじい音とともに軋んだ。向こう側にうっすらと見えるのは、ものすごい形相のトロル。己の拳を顧みることなく、何度も何度も殴り続けている。あれでは、長くは持たないだろう。
「ペレン。連中の背面を取れ。狙いは銃を使うやつらだ。火薬の臭いで判別しろ」
「承知」
ダークエルフ達が走り出す。道を聞いている暇もないだろうが、何とか頑張ってほしい。
「ヨルマ、バラサール。壁を使って守りを固めろ。さっき言った爆発するボールに注意だ」
「かしこまりました」
「アドラン、治療部隊と一緒にミノリを守ってくれ」
「は。お任せを」
「……銃を、撃ってくるなんて」
呆然と、床を汚す血の跡を見つめる姪。壁の移動はやってくれたようだが、これはいけない。
「秋! モンスター達を集めろ!」
「え……え?」
「モンスターを、集めるんだ。いざとなったら再度突撃させる。あの蜥蜴がいなければ勝てる。ぜったいにな!」
「は、はい……」
「集中力を切らせるな。お前がここのマスターだ! 仲間の命を預かっているんだぞ!」
俺の言葉に、彼女は後ろを振り返る。治療を終えたジャイアントスパイダーや、破損したゴーレム。涙目のコボルトが彼女を見ていた。
「……うん! わかった。コロタ、みんなを集めて!」
「わんっ!」
顔色はまだ悪いが、やる気は取り戻してくれた。人間やることがあれば、悩む時間は無くなるものだ。
「ゴアァァァァァァァァァッ!」
咆哮と共に、氷の壁が破られた。全員、防壁に身を隠す。さて、壁の前は銃撃が飛んでくる。加えてミーティアが蜥蜴……ラケルタとかいうのと殴り合っている。この状況で無策に前に出るのは論外。
銃への対抗策といえば……?
「イルマさん。視界を塞ぐ呪文あるかしら」
「沢山ありますけど、どのようなものお求めで?」
「あの銃という武器は狙わないと当たらない。暗闇……いや、だめだな。暗視装置とかもってそう。ともかく俺たちを狙えないようにしたい。そうしたらみんなで突っ込む」
「ふむ、なるほど。少々お待ちを」
彼女が準備する間、仲間たちはミーティアの援護を始める。巨獣同士の殴り合いだ。生半可な技術では手出しができない。
「ふっ!」
が、訓練を続けたエルフの射術は当然生半可な物なんかじゃない。エラノールの大弓が、蜥蜴の身体に突き刺さる。
「くぅ、横槍とは無粋な!」
「鉄砲撃ってくる癖に無粋もくそもねーわ!」
寝言に突っ込みで返す。わずかでもこっちに注意を引ければ儲けものだ。
「妾がやれといったわけじゃない!」
「よそ見たぁ余裕だねぇ!」
ミーティアの拳が相手の顎を捕らえる。いいのが入った、これは行けるか……と思ったが何事もなかったように殴り返している。まさに怪物的タフネスだ。
「だれか、じゅう、の注意を少しだけ引いてください」
「俺らがやるぞ。一番重装甲だ」
『そういうために俺たちパワーアップしたわけじゃねえんだけどなあ』
「ぐだぐだいうな。いくぞ、鎧だ!」
遮蔽から身を躍らせれば、次々に銃弾が強化した鎧を叩く。槍で何度も強烈に突かれているように感じるが、呪文とアダマンタイト合金のおかげでダメージはない。青あざは山ほどできていそうだが。
弾丸をいくら浴びせても倒れない俺にどのような判断をしたのか、想定した通り丸いものを投げ込んできた。不味い、と俺が動く前に、ヨルマが反応。ナイフを投げて見事命中、相手との中央に落ちた。
「伏せろっ!」
仲間への注意喚起。思った通りそれは手榴弾で、派手な音を立てて爆発。周囲に破片をまき散らした。いくらエンチャントしてあっても、普通の鎧では耐えられないだろう。直撃しなくてよかった。
そして、イルマさんはこの騒ぎを上手く利用した。
「シャッテン・ファルベ・レルム! 交差する光、波打つ波動、うつろう影! 像よ結べ、グレーター・イリュージョン!」
部屋の入口、敵側が闇に包まれた。……闇? いや、違う。これは……幻だ! 幻で、真っ暗闇を作ったんだ!
「サーモセンサー、不良! なんだこれは、何も見えないぞ!」
「注意、注意! 同士討ちを避けろ!」
案の定、相手側が騒がしい。これで銃撃の脅威は去った。あとは、二体の怪物を処理するだけだ。
「つ、か、ま、え、たぁぁぁぁ!」
が、敵もさる者というべきか。ミーティアの尻尾を捕まえて、思いっきり振り回し始めたのだ。あれはいけない、受け身が取れない。壁に床に、叩きつけられまくっている。
「援護っ!」
「その手を離せやぁ!」
バラサールが、二刀で切りかかる。ミーティアに集中していた蜥蜴女はそれを回避できない。代わりに、間に入ったトロルが受け止めた。
「ボス、マモッォォォル!」
トロルは高い再生力を持つ。ただし、火で傷口を焼かれた場合は回復できない。バラサールのボーンナイフは、見てわかるほど赤熱している。己の弱点であると分からぬはずもないのに、トロルは身を挺して守ったのだ。
「てめえ、根性見せやがってよぉ! 上等だ、ガチでやってやらぁ!」
バラサールの身体に、赤い鱗が浮かび上がる。竜の血をさらに活性化させた。戦闘力は高まるが、代わりにスタミナが犠牲になる。短期決戦モードだ。こうなれば、彼一人でトロルを任せて問題ないだろう。
「エラノール、ヨルマ! ミーティアを!」
返事の代わりに、手が動く。狙いすました投げナイフが、蜥蜴女の顔に迫る。流石にそれはもらえぬと、身を翻せばその分バランスが崩れる。打撲だらけのミーティアが身をよじり、巨体が揺れる。そこに更なる矢が放たれる。空気を切り裂いて迫った大矢は、見事蜥蜴女の肩を射抜いた。
「ギャァッ!」
「……いよいっしょぉ!」
その隙を上手く突いたミーティアが、身体を全力でひねった。握力の下がった手では、蛇の全力回転を止められなかった。なんとか、拘束から抜け出るのを確認。その間、俺とロザリーさんは廊下へと走りこんでいた。目の前には闇の幻。流石はイルマさん渾身の幻。ダンジョンコアの加護があっても抵抗できない。
ならば、術者に解いてもらえばいいだけの事。俺たちが幻に触れるその瞬間、それがあっさりと消え去る。合図の必要もない。
「な、接敵!」
加速発動。銃を持った一人目目掛けてグレートソードを突き出す。分厚いボディアーマーを着ているが、ブッチャーの刃には無駄の一言。肩口を、装備も肉も骨もまとめて切り裂く。
もう一行動。すぐ隣にいた男に、体当たり。フルプレートアーマーの重量で、肩からぶつかる。その先には別の敵。まとめて素っ転ばせる。
相手側が俺たちに銃を向ける。俺は銃器にそれほど詳しくない。せいぜい、それがサブマシンガンとか呼ばれる類のものである事しかわからない。人を撃つならこれだけで十分だろう。
撃たれることを覚悟したが、引き金が引かれることは無かった。近すぎて、同士討ちになる事を恐れたか。ぬるい。
ロザリーさんが、棒立ちだった一人を押しつぶす。ライオンよりも大きい獣に飛び掛かられて、耐えられる人間などいるものか。勢いよく頭もぶつけていた。ヘルメットをかぶっているから死にはしないだろうが、押しつぶされた胸は骨折の可能性がある。
動かないなら好都合。次の標的に切りかかりながら状況確認。銃持ちがあと数名。それから手持ち武器を装備した者も多数。さらにモンスター二体、大蛇とアンダーワイバーン。
蛇もワイバーンも通路の狭さが仇になって上手く動けてない。ここで銃持ちだけでも切れば楽になる。だが、狭さは俺にとってもよろしくない。グレートソードを思いっきり振り回せるほどではないのだ。
うっかり大上段で掲げたら、天井に当てそうだ。やだよ俺、そんな間抜けな理由で死ぬの。なので、グレートソードの刀身を半ばで握る。ハーフソード。振り回して得られる遠心力の破壊力より、正確な狙いによる命中を取る。なお、当然のことながら手はガントレットを装着しているので刃を握っても傷つく事はない。
相手方は、二体のモンスター以外は全員人間だ。ちょっと刺してやれば十分であると判断する。まず、目の前の男を一刺し。腕で咄嗟に守ろうとしたが、そんなので防げるはずもない。右腕ごと肺をぶち抜く。
「ごぼっ」
血反吐を吐き出す前に刃を抜き、近くの敵へ今度は柄頭で突く。刃ほどではないが、こちらとて十分に尖っている。化学繊維で織られたアーマー程度では守り切れない。エンチャントの力はこちら側にだって有効だ。
「ギャアッ!」
残念ながら、当たりが浅かった。左腕に穴をあけた程度で終わってしまった。まあそれでも、親指程度なららくらく入るぐらいの穴だ。止血しなきゃ死ぬだろう。
俺が加速で二人にダメージを与える間に、ロザリーさんが更に一人を押しつぶした。飛び跳ねて、体重を乗せるだけ。その際のジャンプで、最初の犠牲者はさらにぐしゃりと行くわけだ。
戦意で意識を燃え上がらせた怪物ならば、この程度の手傷では諦めない。だが相手は人間。瞬く間に六名が手傷を負わされた。恐れおののくのがはっきりとわかる。もう一押し、と思っていたのだが。
「お、らぁぁぁぁぁ!」
気合の入ったのが残っていた。黒塗りの金属盾を構えた男が、シールドバッシュを仕掛けてきた。腰の入った、いい体当たりだ。ブッチャーを盾にして受ける。激しい金属音が廊下に響く。
男はさらに、手に持っていたメイスを振り上げた。銃持ち達と違って、本当によく動く。本物の戦士だ。なので、俺も本気で勝負する。相手を受ける際に、俺はわざとグレートソードの柄頭を上にした。刃を握り、下に引く。すると、鍔が相手の盾の淵に引っかかる。そのまま引けば、盾が引き下がり、相手の顔が見える。引っ張っていた力を逆にして、柄頭で顔を突く。
「あああああっ!?」
上手い。ギリギリのところでのけぞった。本来ならば目の一つもいただくのだが、額を削るだけにとどまった。額の切り傷は出血がひどくなる。案の定、相手も目に入った模様。これではまともに見えやしない。
「おらぁっ!」
「がぁっ!」
だから、体当たり。盛大に素っ転んだので、踏みつけて止めを……。
「動くんじゃねえ! 動いたらこのガキの頭を吹き飛ばすぞ!」
このライトノベルがすごい!2024 のアンケートが開始されています。
決戦世界のダンジョンマスター 一巻もエントリーされています。
よろしければ投票していただければ幸いです。