近しい者達と集まりながら
後始末の指示を一通りこなしていたら、ひょっこりとミーティアが見慣れたサイズで現れた。
「お前、元の姿に戻れたのか」
「違う違う。あっちが本当、こっちは化けたって感じ。ってわけで、ただいまおはよー」
「遅いわ寝坊助」
変わらずへらへら笑うラミアに、内心安堵する。亜神として覚醒したと方々から指摘を受けた。それがミーティアにどんな影響を与えるのかさっぱりわからなかったが、この様子なら一安心だ。
「ねえボス。この乳鱗はがせるけど欲しい?」
「おばか。さっさと着替えてきなさい。だれかー! 世話焼いてやってー」
「ミーティア様、こちらへ」
「よろしくー」
数名のダークエルフに連れられて退場していく。まったく、若いのがいるんだからもっと自重してくれんかねあのカミサマ。
「ミヤマ殿! 我が本懐果たせましたぞ!」
「ああそれはおめでと……すみませんユリウス殿。そのトロフィーは刺激的すぎるので隠してもらえませんか?」
「おおっと、申し訳ない。はしたない真似をしてしまった」
義父様ったら、顔面が殴り潰されたオルヴォの首を嬉しそうに掲げていらっしゃった。髪の毛がないから髭を掴んでいるので、逆さまだった。グロいものはそこそこ見てきた俺だが、流石にちょっと許容値を越える。
お付きの人が持って来た首桶(異世界にもあるんだね)にそれを放り込むと、返り血を拭いて身だしなみを整える。うん、顔にもついていらっしゃったからね。
「何はともあれ、お疲れ様でした。自分も肩の荷が下りました」
「ミヤマ殿には本当にお世話になりました。あれらの振る舞いで、気分を害される事嵐のごとしでしょう。このお礼は、家としても個人としても必ずさせて頂きます」
「いえ。十分いただいておりますし、個人としては義父孝行ということで。大分血生臭いですが」
まあ確かに、ムルタラ家は最初から横柄だった。ヤルヴェンパーの名家としての扱いをしてもらいます、と辛うじて敬語使っていたが上から目線だったし。大海竜様と公爵様からの『自由に使って良し』の書面を見せて黙らせたけどね。
「皆さまお疲れでしょう。屋敷に準備をさせておりますので、どうかゆっくりしていってください。イルマさん達も待っておりますので」
「むむむ。……ここに長居をしては片付けの邪魔ですな。それでは、お言葉に甘えまして」
ユリウス殿は手勢を率いて移動を開始した。拘束された反乱者や、死体がどんどん運び出されていく。スライムクリーナーがどこからともなく現れ、隕鉄の粉やらヒトの破片やらを掃除していく。トゥモロータウンを元の場所に戻すには、もうしばらくかかるだろう。その間に新人たちの講義を終わらせておこう。
彼らの元に戻ると、皆すっかり顔色を青くしていた。
「どうかしたの?」
軽く尋ねてみたら、一斉に信じられないものを見る目でこちらに顔を向けてきた。
「いや、だって……人が、死んでるんですよ?」
オダケさんの言葉に、俺は首を思いっきり傾げた。確かに死んだが、だからってどうしてそんな血相を変えて……と考えてやっと理解した。
「ああ! 大丈夫大丈夫。全員生き返らせるから、結果的に死人もけが人もゼロになるよ!」
……明るく答えたのだが、絶句されてしまった。ううむ、そこまでか。生き死に蘇生が日常になって長い。どうやら俺もすっかり地球の常識からずれてしまったようだ。
「命の尊厳が……」
「ああ、うん。そういう事ね。……この世界、この大襲撃時じゃあ普通に死ぬのって贅沢なんだよね。ちょっと死ぬぐらいで終わってもらっちゃ困るんだ。戦い終わってないから」
ノザカさんが絞り出した一言が、俺のずれを戻してくれた。その上で説明する。命は限りあるから貴い。次の世代に繋いで託す。全くもってその通り。本来そうであるべきだ。
だが、大襲撃はそれを許してくれない。負ければ絶滅。先はない。繋いで託すとか言ってられない。まずは生きるための場を守らなくてはいけない。死者蘇生という手段を神もダンジョンも用意してくれているのだから、使わないのは手抜きに当たる。
命の尊厳を守るためには、それを投げ捨てても世界を守らなければならない。それがこの世界なのだ。
「俺たちが生きていられるのは、色んな人が大事な物を捨てたからこそなんだ。俺たち自身、自由を奪われているしね」
彼らは黙して語らない。一度は戦う事に前向きになっても、こればかりは早々飲み込めるものではないようだ。俺もかつてはそうだったように思う。最近戦いばかりで思い出すのに苦労するレベルだが。
「まあともかく、連中はこれからながーいお勤めがある。やらかした分だけたっぷり償ってもらうから」
「……具体的には?」
「普通に重労働だね。戦闘とかには使えないから、ハイロウの身体能力を土木工事に使ってもらおうね。疲労すればそれだけ逆らう気力も削れるだろうし」
「戦闘に使えないのは、やっぱり逃げ出すからですか?」
「やる気のない兵士は、味方の足を引っ張るからね。オダケさんも、仲間の士気にはよく気を付けておくように」
「失礼。マスター殿、例のものが見つかったぞ」
ダークエルフの神官さんが、部族の者を引き連れてやってきた。彼らが運んできたのは、鎖で何重にも巻かれて封印された宝箱。
「叔父さん。それは、何なんですか?」
漂ってくる威圧するような気配に、今まで黙っていたミノリさんも口を開いてしまう。
「魔神祭器。強力な悪魔を呼び出す危険物。あいつら反乱者が強気でいられた理由がこれさ」
かつて、ダンジョン背信者が帝都で使用した危険物。使えば悪魔と契約してしまい、それが死ねば召喚者も死ぬ。亜神や竜に匹敵する怪物を呼び出す道具。
「反乱を起こさせるためとはいえ、これをダンジョン内に運び込ませるのを許可するとは。我らがマスター殿は気が大きすぎる」
「俺だって嫌でしたよ神官さん。だけど、切り札持たせないと耐え忍ぶ可能性あったじゃないですか。まあ、ふたを開けてみれば全く杞憂でしたけどね」
たとえ自棄になったとしても、連中にこれを使用する度胸は無かったように思う。……この中身が悪さをして、使用するよう促した可能性は十分にあるが。そんな危険物をいつまでもダンジョンに置いておきたくはない。帝都の大神殿に送る準備はすでにしてある。早速配送してもらおう。
厳重に警護されて運ばれていく宝箱を見送ってから、新人に向き直る。
「さてみんな。今回このように反乱が無事鎮圧できたのだけど、今のような爆弾があった事からもわかる通り一歩間違えればダンジョン壊滅もありえた。でも、実際は大変スムーズに片付いた。理由は、今まで説明したとおりだ」
「事前の準備ですね」
「オダケさんの言う通り。ムルタラ家もシュタインヴォルフ戦団も、本来であれば非常に強力な集団だった。帝国有数の勢力である、ヤルヴェンパー公爵家で長い間処罰を免れ続けられたのも、金と力と政治力があったから。戦団も規模は違うけど同じ。でも勝てた」
武装を解除され縄で縛られ、捕虜となって連れていかれる反乱者達。暴れられない様に、重武装の兵士たちが囲んでいる。
ハイロウを中心とした戦闘集団だ。弱いはずがない。有利な環境を奪い、魔法を封じて四方を囲んで。最初の一手まで潰したからこそのこの戦果。うちのダンジョンの中で無かったら、こんなに上手くいかなかった。
ではどうして、やつらはこんな不利な場所にやってきてしまったのか。
「連中は好き勝手やりすぎた。敵を作りすぎた。結果、地元で袋叩きになって奴らを支えていた金と力を失った。その二つが無ければ政治力、つまりデカい顔もできない。そして勢力の基盤たる地元から逃げ出して、袋小路であるうちのダンジョンに追い込まれた。やつらとしては再起を考えていたようだけど、俺はそれを許さなかった。さんざっぱら悪行は聞かされていたしね」
「諸行無常の響きあり……」
「おごれる平家は久しからず……」
オダケさんとミノリさんが続けて懐かしい言い回しをしてくれる。日本ならではの表現は、こっちじゃほとんど通じないしね。
「事前の準備は、個々の能力差を覆す。天才じゃなくていい。英雄じゃなくていい。今いる戦力が、最大限に能力を発揮できる状態を作る。それができれば立派なダンジョンマスターだ。今回はそれをよく覚えて帰ってほしい。……あとはまあ、敵を作りすぎた末路も覚えておくとなおよい」
「いや、流石に忘れられねぇっすわ」
ノザカさん、トラックの荷台に乗せられる捕虜を頬をひくつかせながら眺めている。まあ確かに、めったに見ない光景だよね。
「それじゃあお疲れ様。うちの屋敷で休んでいきなよ。……そうだ、せっかくだから俺の子の顔を見ていく?」
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屋敷周辺は、ヤルヴェンパーおよびブラントームの皆様のお迎えで皆が忙しく働いていた。連中を抑え込むために、それなりの戦力が必要だったのだからしょうがない。屋敷で働いている者だけでなく、方々から臨時で人手を募っているから大丈夫だろう。
俺たちの乗った車両は問題なく屋敷の入り口に到着した。ドアは、従僕が開けてくれる。車のドア一つとっても、俺が開けない事に意味が出てくる。俺が楽をするためではない。格を上げるため、ハッタリを効かせる為である。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
入口に入れば、従卒や侍女たちが揃って頭を下げてくる。これもハッタリだ。新人マスターたちは何度か見ているのに、凄まじく恐縮している。よく分かるよ。俺も平気な顔をしているけど、増長しそうな自分を制するのに苦労している。
「お客様はどうなさっている?」
「戦いの後という事もありましたので、お風呂をご用意しました。今はそちらへ。クリスタ様はイルマタル奥様とお部屋にいらっしゃいます」
「俺たちも向かうから、知らせてくれ」
「かしこまりました」
従僕と連絡を終え、新人たちの元へ。彼らはエントランスに設置してあるソファーにいた。
「すまないね。ちょっと時間を貰うよ」
「いえ、お構いなく……っていうか、自宅の入り口にホテルみたく椅子が沢山あるってすごいっすね」
「だよねえ。俺も最初この屋敷買った時はそう思ったもの」
元サラリーマンの青年は、色合い鮮やかなソファーに座って居心地悪そうにしている。野球青年も同じ状態だ。ミノリさんといえば……飾ってある絵を眺めている。在りし日のラーゴ森林を、プルクラ・リムネーの城壁から見下ろす絵だ。鮮やかな緑が映えている。
ホールには他にもたくさん絵がある。精緻な書き込みで描かれた屋敷。これは前に住んでいた家だ。
四つ足で躍動的に走るコボルト。毛が黒のやつはうちのダンジョンに一匹しかいない。 情熱的な筆遣いで描かれたサラマンダー。アグニにこれを見せた時は炎を吹き出すほど喜んだものだ。
「叔父さん。ここの絵なんですけど、全部描いてる人同じですよね?」
「おや、よくわかったね」
「だって、全部同じサインが入ってますから」
よく見ているものだ。青年二人組などは、え、まじで? って表情でこっちを見ているのに。
「これね、全部俺のお嫁さんのイルマさんが描いたんだ」
「絵を描くのがご趣味なんですか?」
「そうなの。初めはこういう感じの、思うがまま好きに描きまくってたらしいの」
指さす先はアグニの絵。本人曰く、子供の頃は色々な事が窮屈でそのうっぷんを絵にぶつけていたのだとか。
「でも、そのうち思うように描くためには技術が必要と気づいて。で、絵の先生にならってこういうのを描くようになったんだってさ」
屋敷の方を見ながら解説する。……ちなみに、ここに飾ってあるものは全部よそ様に見せる前提で描いたもの。本人の趣味全開だともっと弾けている。絵のモデルとなった犠牲者は数多い。俺もそうだし、ダンジョンの仲間たちもそう。エラノール、ロザリー、ミーティアなどは着飾ったり裸にされたり色々大変だった模様。その絵はもちろん外には出せず、イルマさんのアトリエに仕舞われている。
そして、情熱を爆発させた絵は悪い意味で画伯している。つまり下手の領域に容赦なく足を突っ込む。子供の落書き上等で描きまくるのである。まあ、嫁の趣味にとやかく言うつもりはない。モデルを長時間拘束する悪癖だけは注意するが。
ちなみに、俺が一番好きな彼女の絵は手のひらサイズのキャンバスに描かれた太陽の絵である。思いっきり画伯っているのだがとても暖かさを感じる。
あれを見つけた時の彼女の顔といったら、今でも思い出せる。真っ赤だった。何でかと聞いてみれば、俺と初めて会った時に、家に帰って描いたものなんだとか。つまり、思いっきり声が裏返ったあのファーストコンタクトだ。いやあ懐かしい。処分するとかいうから、ダンジョンマスター権限で却下した。めっちゃ叩かれた。
そんな夫婦の話は流石にしないが、絵にまつわるエピソードは尽きない。しばし雑談をしていたら、従卒が呼びに来た。
「お待たせいたしました。イルマタル奥様より、入室しても大丈夫とのお返事です」
「よし、それじゃあ行こうか」
皆を連れ立って、屋敷の廊下を歩いていく。柔らかな絨毯が、足音を立てさせない。普通に清掃したら、手間のかかる設備である。足元だけじゃない。窓ガラスも天井も、塵一つない状態を保つのは一苦労だ。
だが我がダンジョンにはスライムクリーナーがいる! ……というわけにはいかない。清掃を仕事にしている家人がいるのだ。仕事を取り上げてしまう事になる。緊急時に手が足りない時以外は、スライムに屋敷掃除は控えてもらっている。
子供の部屋の前に着く。ここでノックするのも俺ではなく従卒の仕事だ。
「失礼いたします。旦那様のご到着です」
「お伝えします……お待たせいたしました」
中にいる侍女が扉を開く。こうしてやっと俺たちは部屋に入れた。ここは子供のために用意した部屋だ。二十四時間、三交代で常時二名の家人が世話をしている。こういう立場だと、子供を育てるのは乳母の仕事になる。それでも俺たち夫婦は、時間を見つけて毎日この子の所に通っているが……本当、ままならないものだ。
子供部屋らしく柔らかな色彩の壁紙で彩られた部屋に、侍女のほかに二人の女性がいた。一人はイルマさん。もう一人はその母親であるクリスタさんだ。ユリウス殿もそうだが、普段はヤルヴェンパーダンジョンのガーディアンとして働いている身だ。孫の顔を見に来るのもなかなか都合をつけられない。
今回はムルタラ家との決着もあり、大海竜様のご厚意によって久しぶりにこちらに来ることができたのだ。ダンジョンマスターたちに、妻と義母を紹介する。ミノリさんとイルマさんが顔を合わせるのは初だったので、歓迎は飛びっきりだった。具体的に言うと二人に抱きしめられていた。
そして、我が子も紹介する。
「というわけで我が長女のメルヴィだ。二歳になったばかり。メルヴィ、ご挨拶できるかなー?」
イルマさんそっくりの黒髪の幼女はお客様を見て、全力で叫ぶ。
「……やー!」
「いやかー。そうかー」
二歳児である彼女は、赤ん坊をとっくに卒業している。良く歩くし、はしゃぐ。わがままも言う。元の世界なら幼稚園や保育園にいける歳だ。
流石にハイロウであっても、この年齢なら特別な所はない。せいぜい魔力が多すぎる程度だ。これを押さえてやらなければならないが、そういったための品々はしっかり用意してある。というか妻の実家が山ほど送ってくれた。
「こんにちわ。私、秋っていうの。貴女の親戚なの。わかる?」
「やだ!」
「そっかー、やだかー」
ニコニコ笑ってるミノリさん。まあ、笑ってない者はこの部屋の中にいないけど。せいぜい俺がちょっと苦笑いしている程度だ。うちのお姫様、最近ずっとこんな感じなんだよなぁ。そういう年頃だって乳母さんは言うんだけどね。もう一生こんな扱いなんじゃないかと思う昨今である。
……それでもいいかなとも考える。俺は彼女にダンジョンマスターの座を譲るつもりはない。メルヴィをどれだけ愛し甲斐性をもつ男が現れても、ダンジョンを脅かす場合は受け入れることはできない。最悪彼女ごと追放することになるだろう。
育てるための環境を整えることができても、幸せな生活を与えてやることはできないのではないか。そんな風に悩む事が増えた。……時間ができたらソウマ様に相談しようと思っている。
「あの、教官。ちょっといいですか?」
こそっと話しかけてくるのはオダケさん。何かな? とこちらも姦しい女性陣から身を離す。
「ダンジョンマスターになると、モテるんですか?」
「政略結婚という意味では、モテモテだな。一歩間違えると嫁の実家の傀儡になる」
「マジっすかー」
ノザカさんも混ざって男子トーク。しかしその内容は明るいとは言えない。
「異世界なのに夢も希望もないってどういうことですか」
「ダンジョンに異世界無双を求めるのは明らかな間違いなんだよ」
「……じゃあ、美人が寄ってきたら基本警戒っすかね?」
「そうねえ。美味しい話は裏があると思った方がいいねえ。後は相手をよく見ながら根気よくお付き合いしていくしか」
若い二人に、誘惑から己を守る知識と技術を伝授していく。これも、先達として伝えるべきことだろう。うっかり地雷を踏んだら一発で地獄行だ。結婚は人生の墓場、なんて言葉は真実ではないがありえぬことでもない。恐ろしい事だ。
「ご歓談中失礼いたします。ユリウス・ヤルヴェンパー様ご到着です」
俺は妻と乳母の顔を見る。事この部屋に関しては、彼女たちの判断が優先だ。特に問題ないという事は分かっていたが、それでも彼女たちの意見を聞かないなどという事はしない。俺の考えと同じく、二人は笑顔で頷いた。
「入っていただいてくれ」
「かしこまりました。どうぞ、お客様」
「失礼する。……これは皆さま、おそろいで」
戦いの汚れをさっぱりと落として、義父殿が入室された。そして孫を見るや否や、その端正な顔立ちを笑顔で崩した。
「ああ、メルヴィ。おじい様だぞ、覚えているかなぁ?」
「……じいじ!」
「おお、覚えてたか! そうだ、じいじだぞー」
笑顔で祖父を迎える我が娘。久方ぶりだというのに、彼女の成長中の脳はしっかりと記憶していたらしい。
「……おじいちゃんには、懐いているんですね」
「お母さんともう一人のお母さんとお祖母ちゃんと乳母と侍女と従僕にも懐いているぞ。コボルトやスライムすら」
「……あ、でも、ミノリさんも」
「残念賞。すでに懐いている」
ほんのちょっと前までイヤイヤしていたメルヴィだが、今ではすっかり親戚の袖を握って離さない。
「……お父さんだけ、ダメっすか」
「そうなのよ」
「切ないですね」
「そうなのよ」
ま、俺の事はいいのだ。普段会えない祖父母と交流してくれれば十分だ。と、席を夫に譲ったためか、義母さんがこちらの席に移ってきた。
「ミヤマ様。改めまして、この度はありがとうございました。公爵家の者として、お礼申し上げます」
「義実家の事です。家族として、お手伝いさせていただきました」
正直な所、公爵家とのパワーバランスは難しいものがある。うちのダンジョンのパトロンはブラントームだ。あまり公爵家と近くなりすぎると、色々面倒な噂や動きが増えてしまう。
さりとて邪険にしたら、それはそれで面倒事になる。ムルタラ家ではないが、公爵家の面子の為に強引な事をしてくる輩が現れかねない。
今回の事で大きな貸しを作ったが、リターンはしっかり頂戴する。しかしそれで嫁の実家に負担をかけたくはない。とりあえず、ムルタラ家の持ち込んだ財産と兵はこちらで使わせてもらう。
鎮圧にユリウス殿達が出張った事で面子も立ててもらった。残りは急がなくても大丈夫、なはずである。その辺細かい所はエドヴァルド殿にお願いしよう。大襲撃が終わるまで、手がすくことはない。
「そういっていただけると助かります。私個人としましても、あの家には手を焼かされました。夫はそれ以上でしたが。ですので、何かありましたら是非おっしゃってください。できうる限りお手伝いしますので」
「ありがとうございます。そういう機会がありましたらよろしくお願いします。……とりあえず今日は、孫の事をよろしくお願いします」
「まあ」
ニコニコ笑われる義母。ハイロウは外観の歳をほとんどとらないから困る。二十代後半にしか見えない。それはユリウス殿もそうなんだが。……今は俺もか。
「それにしても……大変驚きました。マスターの姪が別のダンジョンを任されるなど、長い帝国の歴史を振り返っても例がないのではないかしら」
「大襲撃の混乱が原因だと思いますけどね」
苦笑いを浮かべるしかない。意図されたものならともかく、能力で選んだらしいからなあ。義母殿はそんな俺を気遣ってくれたのか、こんな話をしてくれる。
「ですが、見方を変えれば幸運な事。叔父であるミヤマ様は立派にマスターとして成長されています。その後援を受けられるのですから」
「……そう、かもしれませんね」
よかった探しレベルの幸運だが。どん底よりはまし、か。……そうだな。嘆いた所で何も始まらない事は散々理解した。できる事から始めていくしかない。
そして、そうやって続けた結果が目の前の光景だ。少なくとも今は、家族を守り生活できている。これを継続させていく。普通の夫には当たり前の事だ。大襲撃時のマスターには難事だが、やるしかないのは嫌というほどわかっている。
とりあえず、今日の所は新人と義父母の歓迎を続けなければ。……娘にイヤと叫ばれることを耐えながら。