厄介者を片付ける
その瞬間、トゥモロータウンは姿を消した。内部にいた反乱者たちが、間抜けな顔で呆然としている。俺が、立てこもられても平然としていた理由がこれである。あらゆる設備はコインがあれば俺の意志で移動可能。彼らがどんな用意をしていたかは分からないが、物資ごと町を移動してしまえばこの通り。
歴戦のハイロウと傭兵であっても、平地で包囲されて勝てるはずもない。さらに加えて、もうひとひねり。彼らの頭上から、次々と小樽が落ちてくる。
子供でも持てる小さなものだから、当たっても怪我程度。実際的に命中したのは少数で、大部分はその中に入っていた粉に面食らう。
「っぺ、なんだこりゃ! 目つぶしか?」
「いや、これは! 不味いぞ!?」
「ヤルヴェンバー、突撃ッ! 恥さらしに死をッ!」
混乱が落ち着く前に、ユリウス殿が突撃する。目と鼻の先まで近づいていたから、反乱者共も即座に対応する。しかし。
「ま、魔法が使えない!?」
「隕鉄の粉だ!」
魔法封じのアイテムを、上空から投下した。これで異能や魔法は効果を失う。切れ味や防御力強化のそれはそのまま機能するが、特殊能力は発動しない。ともあれ、これで相手側は貴重な一手を消費した。
乱戦が始まる。混乱しまともな防衛戦のできない反乱者。浸透し傷口を広げようとする攻撃側。もちろん、ダンジョンの戦力も使っている。今日も大襲撃は続行中なので主戦力は動かせない。でも予備戦力はある。
「バルコ、前進!」
「バルコ! バルコ! バルコ!」
後方で指示を出すのは国王ジルド・カリディ・バルコ。豊かなひげを蓄えて、貫禄の付いた立派な姿である。流石に前線には立たないが、戦場に立つことは当たり前のようにやる。それがまた彼の王権を堅固にするわけだ。
まあ本人、次代への権力継承に苦労することになると嘆いていた。ウチで鍛えてくれないかとか言われたから、まあいいかなと思っている。お父さんと同じように町内会長やってもらおうね。
バルコ兵はフルプレートにラージシールド。しかも戦列を組んで前進中。魔法を封じられていても相手はハイロウにモンスター兵。並の相手ではないからこれぐらいの防御しても足りないぐらいだ。
正直、彼らが相手取るには荷が勝ちすぎる。しかし、負荷をかけるだけでもこの戦いにおいては大きく意味を持つ。相手側の余裕が無くなれば、それだけほかの面が有利になるのだ。
その役割を担う部隊がもう一つ。
「ほーら、投げろ投げろ。まともに当たるなよ、勝てねーからな!」
投石でハラスメント攻撃しているのは、ダリオ・アロンソ子爵。四十過ぎてもそのひょうひょうとした雰囲気は変わらなかった。相変わらず場をよく見ることができるようで、的確に手勢を動かしている。
その手腕は見事なもので、突出してきた相手を個人的に連れてきたハイロウに迎撃させて刈り取っている。おかげで相手は蹴散らすこともできず、さりとて無視もできない。複数名が釘付けにされて、戦力低下を受けている。
本来ならば、指揮官がまとめ上げなければいけない状況だ。だが、誰も彼もがそれどころではない。団長イーヴォは、二人のエルフ侍を相手取っていた。
「クソがぁ! エルフごときが俺様にぃ!」
「進歩がない。訓練が足りない。散々指摘しているのに全く成長も反省もない。……私もまだまだですね」
エンナさんが、木刀で的確に相手の行動の邪魔をしている。振り回す大剣は逸らされる。移動しようとすれば足を叩かれる。ダメージには至らないが、やりたい事もやらせてもらえない。
そこにエラノールの刀が滑り込む。鼻先、指、足の筋。相手はワーウルフ。再生力があるから多少の手傷などものともしない。それは十分に分かっているからこそ、やられてうっとおしい攻撃に終始している。
倒されない。しかし、蹴散らすこともできないし部隊指揮もできない。イーヴォはすっかり『ただの一兵』にされていた。本来ならば、彼こそが現状打破をしなければいけないのに。
「お前らは、最初から気に入らなかったんだよぉ! エルフごときが、女ごときがぁ! 偶然俺に勝ったからって偉そうに!」
「偶然!? 貴様、まだ現実を見れていなかったのか! ……哀れな」
「お、ま、ええええ!」
エラノールとのやりとりで激高し、その怒りのまま大きく飛び掛かる。しかし相手は、激戦を潜り抜けてきた猛者である。この程度の事対処できないはずもない。素早く身をかわし、立ち位置を変える。ただそれだけで、飛び掛かられる前とほぼ同じ状態に戻してしまう。
イーヴォはさぞかし焦っている事だろう。報告を見る限り、彼は上に立つものとしての様々な拙さを、最前線で戦果を挙げることで補っていた。強さこそが、彼を今の地位につかせている。それが曇っている。おかげで多くの人員が離反している。
それを取り戻したいのに、現状は変わらない。まあ、当然だ。実力が全く変わってないのに、今以上になれるはずがないのだ。今以下は、幾らでもなれるという事もこれから証明されるだろう。
「殺す! ぶっ殺す! バラして、死体をヤってやらぁぁぁ……ぐぶっ!?」
「妻と娘への暴言、許せるものではないな」
怒り散らしていた人狼の胸から、レイピアの鋭い刃が生えていた。ねじり、片肺を潰してから引き抜かれる。周囲の誰にも気づかれることなく、エルダンが背後に忍び寄っていたのだ。
「てめ……ごほっ、背後は、ひきょ……」
「人質をとって立てこもった貴様らに、名誉はない」
素早くもう一刺し。人狼であっても呼吸がまともにできなくては動くことはままならない。うちの手勢が、転がっているイーヴォを引きずって戦場から遠ざけていく。
「うそ、だ……おれが……こんな……」
「能力任せに暴れるな。仲間と離れるな。視野を広くもて。何度も教えたのですが、最後まで己を顧みることができない男でした。……新兵訓練の教訓にしましょう」
見送りながら、エンナさんが深々とため息をつく。
「父上、母上。助力に感謝します……ですが今日はお休みだったのでは?」
「ちょうど近くに居たので、つい」
「あなた。ここはダンジョンの為に奉公したという所です」
「……そういう事だよ、エラノール」
娘と頓珍漢なやり取りをしている父親だが、イーヴォの裏に回る過程で数人を手早く無力化している。ことごとく、背後からの一撃である。この乱戦の中、確実に相手の背後に滑り込む技量。亜神を日常的に撃破しているのは伊達ではない。
大駒が落ちたことは大きい。周囲の兵士が浮足立ち始める。そのうち全体に波及する事だろう。これを何とかするべきはムルタラ家なのだが、連中も余裕が無い。与えていない。
「ユリ、ユリウス様、ひぃ! お許し、おゆるしをっ!」
「……シッ!」
オルヴォが目の前で刃を振るう男に許しを請う。しかし相手の刃には殺意しか籠っていない。的確に、鎧のない部分を削っていく。彼が死んでいないのは、たっぷり装備したマジックアイテムのおかげ。傷口がふさがっていくからこそ、失血死は免れている。
「おまえら、助け、助けろっ!」
「うぉぉぉっ!」
当主の命令に従って、大男が前に出る。グレートアックスが振り下ろされる。レイピアの細さでは、到底受け止めきれるものではない。当然ながら、ユリウス殿はそんな行動を選択しない。
一歩踏み込むのと同時に、刃を上方に振り上げる。振り下ろしていた腕を斬られた相手側は、わずかに怯んだ。しかし、戦いの熱で頭がゆだっているのか傷をものともしない。再び大斧を振り回す。しかし、腕を傷つけられて先ほどと同じ速度が出せるはずもない。
次の攻防では腕を。その次は足を。確実に戦闘力を下げられていく。己はノーダメージ。エンナさんと同じといえばそれまでだが、達人たる彼女と肩を並べている時点でユリウス殿の技量が分かるというもの。
相手は治療系のアイテムを持っていなかったようだ。傷はふさがらない。しかし流れ出る血は少ない。そこは流石ハイロウというべきか。まだまだ戦いは終わらないだろう。これが決闘であったのなら。
「ぐっ!?」
彼の太ももに、深々とナイフが突き刺さった。それはまさしく魔法のように消え去り、投げた人物の手元に戻る。
「無言での手出し、失礼」
「なんの、感謝する。これは不良品の駆除作業! 名誉は不要!」
ヨルマにそう返事をすると、彼は攻撃の手を速めた。ほどなくして両肩に穴を開けられ、戦士は武器を取り落とす。そのわきを通りすぎ、いよいよ本懐であるオルヴォの前へとたどり着く。
「ユリウス様! 我らムルタラ家は代々……ひぁっ!」
正しく問答無用。わずかな隙を見るや、即座にレイピアを繰り出す。硬い鎧と、かけられた魔法の力もあってそれはかろうじて表面を滑っていく。だが、彼の振るう武器は軽い。瞬く間に第二撃が繰り出される。
オルヴォも決して素人ではない。何とか自分の武器であるロングソードを前に構えて、間合いを取ろうとする。しかし、技量の差はある。身の軽さを活かした足運びが、攻撃の機会を逃さない。
「貴様らムルタラ家は、代々我がヤルヴェンパー家に寄生した」
そんな彼が口を開く。会話の為ではない。相手の隙を作るため、そして漏れ出る怒りのためにそうしたのだ。
「寄生などっ!?」
突き込まれた刃を、なんとか防ぐ。口を開けば刃が差し込まれると理解すれば、反論もできなくなる。当然、ユリウス殿はさらに言葉を強める。
「只々、自分の家を富ませるためにふるまった。我らにどれほど迷惑がかかろうとお構いなしで」
二人の戦いに割って入る者はいない。ヨルマもバラサールも、邪魔が入らぬように立ち回っている。手勢が近寄れなくなっている。逃げ道も塞がれている。オルヴォの顔色はさらに悪くなる。
「私はな。当主の座を捨てて貴様ら全員を切り捨てるつもりだった。私一人では為しえないという現実と、ヤルヴェンパー様に止められたことであきらめた。しかし、待ってみるものだな。娘の夫が、私にこんなプレゼントを用意してくれた」
笑みを浮かべるのを、我慢しているのだろう。だからこそ彼の表情は凄惨だ。
「ずっとこの日を夢見てきた。ゴブリンよりも劣るオルヴォよ。一度や二度死んだ程度で許されると思うなよ? 何度でも蘇らせ、また殺してやるからなぁ!」
「そんなに恨まれる筋合いはない!」
攻防の事すら忘れ、恐怖で絶叫する。いよいよ堪えられなくなり、美麗な顔に極まった笑みを浮かべてユリウス殿が叫ぶ。
「だから貴様は生かしておけんのだ、オルヴォ!」
さて、父親が絶体絶命の窮地に追い込まれているのに息子ソイニはどうしているのか。端的に言えば、逃げ出していた。配下を壁にして、後方へと走っていた。俺をひょろひょろ呼ばわりするだけあって、彼自身は十分に戦士の体格をしている。しかしそれでも戦うという選択をしなかったのは、不利を理解する頭が残っていたからか。
それだけの知性があるのに、あんな振る舞いをするのだから視野狭窄というのは恐ろしい。彼の世界では、あんな物言いが許されていたのだろうな。まあ、現実は非情だが。
反乱者は、数がそれなりにいる。質も玉石混交だがそれなりにある。なので、すぐに追いつかれるという事もない。向かう先を考えるに、とりあえず包囲を突破する目論見のようだ。その後の事は分からない。別の目算があるのかもしれないし、何も考えていないのかもしれない。
しかし、残念ながら彼には運がない。天に認められるような事をしていれば、こんな事にはなっていなかったし。
混乱の中にあって、その音は大きく響いた。重く大きなものが、床をはいずる音だ。その独特な響きに、敵味方の区別なく困惑する。
「やっと来たか……二年も寝たんだ。仕事しろ」
『あいよー』
ダンジョンアイを使って指示したが、答えは大音量で帰ってきた。周囲の明かりで、やっとその姿が朧に現れる。
「巨人! ダンジョンの中に巨人がいるぞ!」
確かに、その姿は大きかった。背丈は二階建ての建物よりもなお高い。燃え盛るように赤い髪が、近づくことで鮮明になる。成熟した女の姿は、巨大であることである種の神秘性を放っている。
そしてやがて、その特徴的な下半身が見えるようになる。分厚い鱗に覆われた、蛇体。
「ら、ラミアだ! 巨大なラミア! 巨人のラミアだ!」
反乱者側が、野次馬たちが驚く。しかし、仲間たちは違う。武器を掲げ、戦友の帰還を寿ぐ。
「ガーディアン、ミーティア!」
「我らが友! 酒飲み選手権永久追放!」
「ミヤマダンジョンの守護神! 亜神ミーティア!」
大襲撃始まってすぐの頃。ダンジョンは一体の亜神を討伐した。最前線で戦っていたミーティアは、そいつの血をたらふく飲むと唐突にこう言ってきた。
『ボス。なんかパワーが溜まったみたいだから、寝るわ。起きたらすごく強くなるから許してね』
眠そうな顔でそう言い切ると、俺が返答する前にふらふらと移動してしまった。で、姿が見えなくなって探してみれば、地下十一階の誰も近づかない端っこで寝ていた。その時点で、俺たちの知る彼女より二回りは大きくなっていた。
動かしようもないからしょうがない。監視のコボルトを交代で置くことで良しとした。二年間、何も食べていないはずなのにずんずん大きくなっていく彼女を見守っていた。で、本日唐突に目覚めたわけである。
当然ながら、買い与えたビキニアーマーは使い物にならなくなっている。代わりにデリケートゾーンに鱗を生やして対処しているようだ。唐突に成人指定な状態で現れると現場が混乱するからね。しょうがないね。今でも十分セクシーな事はこの際おいておこう。
さて、亜神ミーティアは現場に到着すると無双を始めた。行動は簡単だった。まず、敵を掴む。
「う、うわぁ、はなせぇ!」
『ほいよ』
「あ、あああああっ!」
次に、湖に向かって投げる。相手は盛大に水面に叩きつけられる。例え水でも、勢いが酷い。骨の数本は確実に折れている事だろう。一応、レケンスに指示して回収してもらう。水際に仲間を配置すれば、そこまで負担にはならないだろう。
これを繰り返す。無体。あまりに無体。鍛えた技も、高価な装備も関係ない。捕まれば終わり。俺もダンジョンでさんざん相手の能力を発揮させない戦いをしてきたが、ここまでの問答無用はしてこなかったと思う。
もちろん、反乱者も必死で抵抗する。剣、槍、大槌、大斧。あらゆる武器で攻撃する。しかし、巨大化した事で獲得した竜のごとき鱗の前には全く効果がない。ならば女の身体を攻撃しようとしても、高さがあって届かない。商業施設が残っていれば屋根から飛び掛かる事もできただろうが、今のここには建物など一つも残っていない。
そして、下手に蛇体に近づきすぎると丸太よりもなお太い尾によって薙ぎ払われる。ハイロウ、モンスターであっても耐えられたものではない。車にはねられるように、バタバタと弾き飛ばされていく。
「な、なんだあれは! なんなんだ!」
ソイニが絶叫している。反乱者達には伝えていなかった。動けない彼女に何かされても困るからというのが理由だったが、とてつもない不意打ちになった。何が功を奏するかわからんものである。
意図した事ではなかったが、奴の逃走経路に巨大な障害が現れた。脇を抜けられれば逃げられるかもしれないが、ソイニにそんな度胸は無かったようだ。逃走経路の変更を選択した。そして、それが仇となった。
正面から次々と現れたのは、屈強なる戦士たち。装備の雰囲気が、ソイニに似ている。つまり、ヤルヴェンパー領出身という事だ。真ん中にいたひときわ体格の良い戦士が、グレートアックスを大上段に構える。普段はイルマさんの護衛をしている戦士だった。
「痴れ者ソイニ! 追い詰めたぞ!」
「貴様あ! 俺に向かってその態度は何だ!」
「この期に及んで自分の立場が分かってないやつには、痴れ者呼ばわりすらも上等だこの阿呆!」
「阿呆!? この俺によくもそんな……貴様! 思い出したぞ、うちの親戚筋であるくせに、刃を向けるとは何事だ!」
「とっくの昔に縁を切ったわ! お前がうちの血族の娘にしたことを忘れたか!」
「あの程度でぐだぐだと! たかが女の一人や二人で大げさなのだ!」
斧が投げ放たれた。手斧であるが、刃の鋭さも鉄の重さも人を殺すには十分だ。危うい所でソイニはそれを円盾で防ぎ切った。魔法の品だからこそ、辛うじて間に合った。
「き、貴様! 殺されたいらしいな! 血族全員、ただでは済まさんぞ!」
囲んでいたうちの一人、若い戦士は全身を怒りで震わせながら一言絞り出す。
「我が妻の恥辱を、晴らさせてもらう」
「は! 誰だ? 顔も思い出せぬ女が多いからな。しかし、俺のおさがりを貰えたのだ。何故喜ばんのだ?」
彼がまともな言葉を放てたのはここまでだった。このセリフをまともと表現することに大いに抵抗を覚えるがそれはともかく。
彼に振るわれた攻撃は、苛烈という単語すら生ぬるいものだった。一人一人が、一切の防御を捨てて刃を突き立てたのだ。その身体が刺されても斬られても、より深く敵に武器をえぐりこませた。ソイニを守ろうとする護衛達は、その気迫に押されて次々と倒された。
しかし、護衛が倒され切る前に痴れ者の首は落ちていた。
「こんなこと、ゆるされな、い……」
「許されないのは貴様だ。これから、真の地獄が待っている」
最後まで、自分が何故追い込まれているかわかっていない表情だった。誰がやったかについては、語るまでもないだろう。
ダンジョンアイで事の成り行きを見守っていた俺は、エアルに頼んで再度声を大きくしてもらった。声を張り上げる。
「ムルタラ家のオルヴォ、ソイニ! シュタインヴォルフ戦団、団長イーヴォ! すべて討ち取った! 我らの勝利だ! 勝どきをあげよ!」
「「「うぉぉぉーーー!!!」」」
怒りと歓喜が入り混じった声が、ダンジョンに響いた。こうして、俺としては三年弱。関係者にとっては長い長い汚物処理がやっと終わったのだった。