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厚顔無恥、声高らかに

「……ミヤマダンジョン首脳陣に告げる! 我々は不当な扱いを受けている! これは是正されなければならない! 即刻、こちらの要求を受け入れるべし! それまで、トゥモロータウンは我々が占領する! これは当然の権利である」

「ミノリさん、あれが厚顔無恥というものだ。よく見ておくといいよ」

「叔父さん、ああいうのは地球にたくさんいますので今更見なくても大丈夫ですよ」

「そうかー。しっかり社会勉強してるんだなー」


 姪とのんびり話す。しばらくは相手側に喋らせておく。こっちは時間が欲しいのだ。焦れるまではこれでいい。


 拡声の為に何かしらの術を使っているようだ。天幕の中でもよく聞こえる。従卒が入れてくれた茶をのんびり飲みながらしばらく好き勝手喋るのを聞いている。


 やれ住むところが悪いだの食べ物や酒が粗末だの、寝言を並べている。さらに言えばムルタラ家がいかにヤルヴェンパーで重用されているかも滔々と語っている。ほーん、俺が聞いていた話と全然違うなあー。野次馬が扇動されては困るので、説明係を追加で配置する。連中の横暴さの被害者はそれなりにいるが、場の雰囲気に流されるのがヒトという生き物だ。


「聞くに堪えない妄言が垂れ流されておりますが、まだ止めないので?」

「おやエンナ師範。訓練所のお仕事は?」

「今日は夫が帰って来たので休みを取りました。こちらで買い物をしていたのです」

「どうも、ミヤマ様」


 ふらりと現れたのはエルダン、エンナ夫婦だった。確かに話の通り、買い物の為であろう余所行きの服装だ。戦闘の為のそれではない。……で、ありながらもしっかり木刀が入っているらしい袋を肩に背負っている。エルダンさんはレイピアを腰に下げている。あれ、普通に最高級の魔法の品だぞ……。


 さて、娘さんの縁でうちのダンジョンを拠点にしてくれている英雄冒険者一党。彼らの現在の仕事は、出張亜神退治である。……言葉にするとその無茶苦茶ぶりに改めて唖然とするが、純然たる事実である。


 ピンチのダンジョンがあるとデンジャラス&デラックス工務店、あるいはモンスター配送センターから連絡が来る。転送装置でさっそうと出撃。亜神、竜、巨人、三大侵略存在などなど問答無用でバッサリ退治。そんな事をなされている。


 ぶっちゃけ、普通ではありえない危険な仕事である。ダンジョンが総力を挙げて退治する大物だが、彼らにとっては手ごわい以上の相手ではないらしい。むしろ短時間でいい稼ぎになると、ジジーさんなどはゲラゲラ笑いながら請け負ってくれている。


 正直言って、彼らが働くことで得られる恩恵が大きすぎる。外のダンジョンには貸しができるし、稼いでくるお金を使ってくれるから経済効果も大きい(たった五人なのに!)。返せるものは微々たるものだ。店の品ぞろえとサービスを充実させたり、住居を用意したり。


 以前本人たちにこの事を相談したが、ダンジョンという安全な場所を気軽に使えるだけで十分だという言葉をいただいてしまった。そうであるならば、俺は粛々と仕事をするだけだ。大襲撃を無事に乗り切り、地方を復興する。借りは長い時間をかけて返していこう。それが恩返しになると信じている。


 とりあえずお二人には椅子を進めて説明もしておく。間違ってもこの二人が場の勢いだけで突撃しないように。この後の予定がえらい事になってしまう。


「……なるほど、承知しました。しかし時間稼ぎと言いましても、どうやらもうこらえ性が無くなっているようですが?」


 エンナさんの言う通り、連中の主張はいよいよこちらへの暴言と罵声に変化しつつある。流石にこれは放置できないので、段階を次に移すことにする。


「そのようで。じゃ、ちょっと行ってきます。三人とも、ここで成り行きを見ているように。万が一何かがあっても慌てない様に。こちらのエルフのお二人は、めちゃくちゃ強いから安心して」


 驚きの視線がエルフ夫妻に集まるのを横目で見つつ、群衆の方へ歩いていく。両脇にはバラサールとヨルマを控えさせる。もちろん、実際はそれ以上に兵を配備しているわけだけど。


「道を開けよ! ダンジョンマスター様のお通りである!」

「後ろから順番に下がれ! 貴様から、離れよ! 離れよ!」


 入り口前の野次馬たちに通り道を作らせる。かき分けて進むとか、そんな危ない事は出来ない。確実に将棋倒しが起きる。あれは人が死ぬ事故だ。


 少々の時間がかかって、何とか通り道ができた。相手側もこの騒ぎに気付いたのか、罵声が止っている。時間も稼げて丁度良かった。前に出る。トゥモロータウンの入り口には、複数の反乱者が見える。身体のデカい禿げ頭、髭面のオッサン、毛並みの悪い人狼。


 それぞれ、ムルタラ家の当主オルヴォとその嫡男ソイニ。シュタインヴォルフ戦団の団長イーヴォだ。もちろん他にも兵は見える。今まで喋っていたのは別の兵だしね。でもまあ、これからはこいつらの出番だろう。


 とりあえず、先制パンチをブッパする。


「ミヤマダンジョンのマスター、ナツオ・ミヤマである。貴様らの振る舞いはダンジョンの運営に大きな支障を与えている! 即刻中止し解散せよ! この行動は全て大海竜ヤルヴェンパー様に報告させてもらう!」


 命令されて高ぶった感情が、偉大な存在の名を出されて冷や水をかけられる。だが散々主家に対して面の皮の厚い振る舞いをしていたオルヴォ・ムルタラ。即座に言い返してくる。


「大海竜様はダンジョンの守りでお忙しい! たとえ他所のマスターと言えどもすぐに会えるわけがない! 偉大なるお方を些事で煩わせるのは止めて頂こうか!」


 確かにまあ、その通りではある。海の中なら、亜神どもなど一ひねりなあのお方。グランドコアに大物処理を押し付けられて、お忙しいのは間違いない。しかし。


「我が方は、大海竜様へ黄金の果実を献上している! いつでも会いに来て良いとお墨付きをいただいているし、そうでなくても贈り物と一緒に手紙を付ければ済む事よ!」


 黄金の果実。昔アラニオス神より下賜された特別なそれの種を、エルフ達に任せて育ててもらった。無事芽吹いて木となり、いまでは収穫までできるようになっている。流石に最初のそれとは若干味が落ちた気もするが、食べた者を天上に連れて行くようなあの感じはそのままだ。


 販売用は種を取った加工品。贈呈用の果実は信用信頼できる相手のみに絞っている。帝国で長年有名な美食家であるヤルヴェンパー様が大絶賛した事から、瞬く間に知れ渡りプレミア価格がついた。


 今では一般販売不可能。世話になった各所へ規定量を下ろすのが精一杯である。生産量増加を求められるが、そもそもが神様から頂戴したものだ。人の欲でやっていいものではないだろう。全部枯れ果てる可能性は大いにある。


 遠方からやってきた大商人はこのように説明し諦めてもらっている。中にはいろいろ大暴れし、アラニオス神の天罰を与えられたのもちらほら。


 なお件の果樹園は外に作ってあったのだけど、大襲撃が来るのにそのままにしては置けない。ダンジョンの中に避難させて、人工太陽で栽培を継続している。早く外に出してやりたいものだ。


 今度お酒も造り始めました、と報告したら大変喜んでいらっしゃった。そんな間柄なので、いつでも会いに行けるのは間違いない。……仮に本気でクレーム入れたらえらい事になるな。竜の怒り、か。


「こ、これはあくまでヤルヴェンパー公爵家とミヤマダンジョンの問題! 大海竜様のお手を煩わせる必要はない! そちらとしても、外聞が悪いはずだ!」


 確かに、自分のダンジョンの問題にほかのマスターの力を借りるのは能力が足りていないと宣伝するようなもの。始めた頃ならいざ知らず、今の俺はそれなりに名が通っている。そんな状態なので、この問題を外に出すのはよろしくない。


 つまるところ、相手の勝ち筋はそこにある。立場ある者は、それを崩すことができない。下が支えて、初めて上に立つことができる。その上の人間がやらかせば、連鎖的にしたにも被害が出る。


 そんなことはごめん被ると、支える者たちが騒げば上は何もできない。ムルタラ家の狙いはそこだろう。


「我らの要求はあくまで待遇の改善! 立場にふさわしい扱いを求めているだけ! 間違っている者を正すことを要求しているのみ!」

「我がダンジョンの設備を占領していていう事か」

「今まで何度も同じ要求をしてきたが、聞き入れていただけなかった! 真剣に向き合っていただくための苦肉の策! 悪意など欠片もない!」


 お前それ、アラニオス神の前でも言えるのか。という言葉が喉まで出かかったけど飲み込む。こんな事で神様を頼ってはいけないのだ。


 さて、ぶっちゃけ言い負かすのは不可能に近い。相手は散々公爵家を引っ掻き回した悪狸である。何を言っても論点をはぐらかす。ひたすらゴネ倒す。テーブルに着くこと自体間違っているレベル。


 そろそろ準備も終わる事だし、切り上げようと考えていた所で髭面が前に出てきた。父親が止めようと手を伸ばすが遅い。


「加えてもう一つ! イルマタルを開放しろ! あれは俺の女だ!」


 ざわめいていた周囲が、奇妙に静かになった。皆、発言を理解できず言葉を失ったのだ。俺は知っていたのでただ微妙な表情を浮かべるのみ。本人はどや顔、父親はしかめっ面。人狼イーヴォは野次馬と同じくぽかんとしている。


 もうちょっとだけ時間が欲しかった所。ちょうど良いので乗ってやる。


「彼女はヤルヴェンパー家と我がダンジョンとの繋がりの証であり、公私共に私を支えるパートナー……」

「黙れ、ひょろひょろのクソ小僧がっ!」


 ……戦士としての才能ないと言われても、毎日訓練はしているんだ。服の下にはしっかり筋肉ついているんだ。そして、人種的な理由から若く見られるのはしょうがない。不老だし。


「いいか!? イルマタルは俺の妻になるはずだった! なのに貴様がダンジョンマスターだからというただ一つの理由だけでかっさらっていった! 金も、権威も、能力もないブ男の貴様が! イルマタルにふさわしいわけがないだろうが!」


 若干、刺さる所はある。確かに俺がマスターにならなければ、彼女と結婚することは無かっただろう。それは間違いない事だ。出会う事すらなかった。しかしまあ結婚後は彼女にふさわしい、立派なマスターになるべく邁進してきた。そこは胸を張って言える事だ。


 この、脳みそまで筋肉でできているバカにどう言い返すべきか。罵声を浴びつつ少々悩んでいた所で、俺の隣に立つ人が。イルマさんのお付きのメイドである。彼女が前を睨みつつ、折りたたまれた手紙を渡してきた。


 開く。読む。……よくもこの文量をこの短時間で用意できたな。字が彼女のそれと違うから魔法か、代筆の人の力か。それはともかく。


「……エアル、ちょっと頼む」

『♪』


 一言つぶやけば、風の妖精は一瞬だけ姿を現すと俺の願いをかなえてくれた。頼み事は簡単だ。俺の声を少しばかり大きく、それ以外の声は静かに。髭面ソイニの罵声も弱くなり、本人も戸惑っている。その隙をつく。


「えー、本人であるイルマタル・ミヤマよりソイニ・ムルタラとの関係についての説明が届きました。代読いたします」


・自分、イルマタル・ミヤマ(旧姓ヤルヴェンパー)とソイニ・ムルタラは幼馴染である。自分が公爵家の娘で、彼は家臣の長男。子供の頃は身分の差を意識しなかったので友人ではあった。


・思春期近くになって私を嫁にすると宣言された。その頃は私も自分の身分を理解していたので不可能だと伝えたが本人は聞き入れなかった。


・ほどなくして身分の低い娘を無理やり押し倒したと聞いて心底幻滅した。さらにそれを金と身分でもみ消したと聞いた時ははっきりと軽蔑した。


・その後も同様の事柄を何度となく繰り返し、妊娠させたまま放逐、強制的な流産、殺人などの凶行を行ったと報告を受けた。この一族がヤルヴェンパーの家門に連なっている事実に恥を感じた。


・地元を離れて帝都で暮らすようになったのは、ムルタラ家を視界に入れたくなかったからという理由もあった。


・ミヤマダンジョンにムルタラ家が避難してくると聞いて、当時体調が思わしくなかったこともあり倒れる羽目になった。最近外出を控える理由もムルタラ家である。


・以上の事から私がソイニおよびムルタラ家に対する思いは嫌悪である。ヤルヴェンパー公爵家の血に連なる者として、ダンジョンの運営を妨害するかの家に厳罰を望みます。


・今回の件でご迷惑をかけた住人の皆様に、個人として深くお詫び申し上げます。


「……以上。重ねて、ミヤマダンジョンのマスターとして謝罪します。可及的速やかに、問題解決をする所存です」


 エアルに頼んで、音を戻してもらう。一気にざわめきが戻ってきた。野次馬たちからムルタラ家に向けられる視線は、嫌悪と侮蔑だ。……これが名もない誰かの発言だったら信ぴょう性は低く半信半疑だったことだろう。ダンジョンの主として前に出て働いていた俺だからこそ、民衆には良く通った。これが知名度というものである。


「全くの事実無根だ! 我が家の名誉を著しく損ねている! たとえダンジョンマスターと言えど、ゆるされることじゃない!」

「お前の息子が俺に対して暴言吐いた事をまず謝罪するのが筋じゃないのか、名家ぶるならなぁ!」


 慌てて否定する禿親父に怒鳴りつける。そうだそうだ、と野次馬たちも乗ってくる。そんな一般人に馬鹿にされたことが耐えられないらしく、ソイニが顔を真っ赤にして怒鳴り返す。


「黙れ愚民ども! ヤルヴェンパー公爵領の名家であるムルタラに対してそんな口をきいて、タダで済むと思っているのか! この場で叩き殺してやろうか!」

「ダンジョンマスターとして、許可できないな」

「煩い! 黙っていろ雑魚! 貴様ごときが俺に口答えするな!」

「では私が言おう。これ以上、偉大なる竜の名に泥を塗るのは許さんと」


 その人物は、群衆の中から現れた。人々を押しのけず、さりとて身を縮こませもせず。水が流れ出るように、するりと。ユリウス・ヤルヴェンパー。イルマさんの父親にして、前公爵閣下。そしてヤルヴェンパーダンジョンのガーディアン。


 出てきたのは彼だけではない。次々と、武装した戦士たちがトゥモロータウンを包囲するように姿を現す。元々、ムルタラ家が反乱おこしたら潰すというのはヤルヴェンパー家と決めていた事。その為、いざことが起きたら連絡して鎮圧に参加してもらう手筈になっていた。全部ウチに押し付けてはメンツが立たないという話でもあるのだ。


 そんなわけで、かの家に積年の怒りを募らせたユリウス殿が手勢を率いてご到着である。


「げぇ!? ゆ、ユリウス様!?」

「やあ、オルヴォ。醜態極まったな。事ここに至っては、貴様を守るものは何もないぞ」

「そんな! 我らは代々……」

「その言い訳は、これまでの失態を保留にしたことで使い切った。エドヴァルドがその説明は十分にしたはずだぞ? 忘れたとは言わせん。あと、保留だ。帳消しではない。意味は分かっているな?」


 ユリウス殿がゆっくりと歩み寄る。にこやかに、散歩でもするように。しかし、放たれる気配は間違いなく殺気だ。求める距離まで近づいたら、腰のレイピアはたちどころに抜かれるだろう。それに気づいて、イーヴォなどは毛皮を逆立てて警戒し始めている。遅い。


 俺はダンジョンアイで仲間たちのやり取りを聞く。


『準備、すべてよし。作戦開始』

『トゥモロータウン包囲完了。地上準備よし』

『滑空兵、目標上空まで五、四、三、ストライク、ストライク!』


 ダンジョンの天井すれすれを飛ぶ、羽根を持つモンスター達からそれが投下される。俺はダンジョンコインを握って一言。


「配置変更!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 配置変更来ると電撃的土俵構築を思いだしてこまる
[一言] いやあ蜘蛛は強敵でしたね・・・としか感想が浮かばないww
[良い点] イルマさん、バッサリだー。ところで体調不良、もしかしてアレですね?確定するのを楽しみにしてます。 [一言] 相手が進退極まってコトを起こさせてからシメる、これが貴族のイクサよ…!(貴族とは…
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