いつ咲くかわからない花 コボルト編
カタログの上にコインを置き、久しぶりの言葉を唱える。
「我、力を求める者なり。我、対価を支払うものなり。我、迷宮の支配者なり」
最初の一文は変わらない。これは俺自身を示す言葉。
「汝、銀を腐らせるもの。汝、鉱山に住むもの。汝、神秘の技を学ぶもの」
次の一文で対象を表す。コボルトで、錬金術師であると。シャーマンの時は最後が精霊の技を学ぶもの、だった。最後の一文で名前を呼べば召喚と契約は完成だ。
「我が声に答え現れ出でよ、コボルト・アルケミスト!」
魔方陣が光り、現れたのは小柄な犬頭。ローブに眼鏡、分厚い本。つぶらな瞳で俺を見てくる。
「はじめまして主様。コボルト・アルケミスト。契約に応じ参上しました」
「ああ、よろしく。俺はミヤマ・ナツオだ。でもって、こいつらがおまえの力無くては働けない同僚たち」
俺が指さすそこには、佇むものが三つ。一つは大きかった。分厚い胸板、太い腕、大地を踏みしめる両足。すべてが石でできている。古代の蛮戦士をモチーフにして作られた、ストーン・ゴーレムだ。
もう二つはずいぶん小柄。ヴィクトリアンスタイルとでもいえばいいのだろうか。正統派の侍女服に身を包んだゴーレム。陶器製であり、その造形も女性的だ。短いながら、ブラウンの髪まであるのだから。
アルケミストへ向けて、ゴーレム・サーバント達が一礼する。
「初めまして、コボルト・アルケミスト様。本日マスターと契約しましたゴーレム・サーバントです。ストーン・ゴーレム共々よろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ!」
ぶんぶん、と尻尾を振りながらサーバント達と握手するアルケミスト。ストーン・ゴーレムは軽く頭を下げた。とりあえず問題はないようだ。
「よし、それじゃあダンジョンのメンバーに紹介するからついてくるように」
俺を先頭に歩き出す。ストーン・ゴーレムの足音がすごいな。一歩一歩地面を殴っているような音がするぞ。おかげで何事かとコボルトたちがこっちを見に来てしまうありさまだ。む、お前はあの時の起きてきた黒毛のコボルト。真っ先に来るとは、意外と勇気があるな。耳思いっきり倒れててビビってるけど。
根性あるんだかないんだかよくわからんコボルトの頭をなでつつ、居住区に入る。すっかりコボルトたちが集まっていた。
「よーし、お前らー。新しい仲間がきたぞー。仲良くするようにー。じゃ、挨拶を」
「はい! えー、わたくしはー……」
新入りたちが挨拶を始める。コボルトたち、ちょっとビビり気味だがすぐに仲良くなるだろう。そよ風が一つ吹いて、シルフが居住区内を一周。新入りたちに手を振ってから出て行った。……スライムとマッドマン達には個別に挨拶に行くしかないな。あいつら足が遅いし。
ふと気配がして振り向けば、入り口方面からやってきたコボルト・シャーマンがいた……のだが。目を真ん丸にして、口もあんぐりと開きっぱなし。
「おう、どうしたよシャーマン」
「……あ、主様。あの、愛らしいお方はどなたでしょうか?」
「愛らしい? ……アルケミストの事?」
「アルケミスト! ……なんと知的な!」
ぶんぶんぶんぶん、と見たことないほど尻尾を振るシャーマン。えーと、これは、つまりそういう事?
「落ち着けシャーマン」
「おち! 落ち着いておりますよ私は! さ、さっそくご挨拶……いや、まだ皆との話が終わってないな、邪魔をしてはいけない」
意外と冷静……ではないな。めっちゃそわそわしてるぞ。これはいけない。
「しゃーまーん。今話しかけた場合、相手が受けるお前の印象は挙動不審者になるがいいのか?」
「そんな!? な、何故です!? 私にいったいどんな落ち度が!?」
「相手の気を引きたい思いが前面に出すぎてる。引かれるぞそれ」
めちゃくちゃショックを受けるシャーマン。まー、シャーマンの気持ちはよくわかる。挙動不審になるのも。しょうがない、ここは俺が一肌脱ぐか。これでしくじられて連携がうまく取れないとかになったら防衛に支障が出る。現状そういうの許容できないからな。
「シャーマン、挨拶は俺がやる。お前は最低限だけしゃべれ」
「は、はひ……」
というわけで面通しがおわったアルケミストたちの所へ。
「おーい、お前ら。こいつはコボルト・シャーマン。うちのコボルトたちのまとめ役だ。仲良くしてやってくれ」
「……よろしく、おねがいします」
「まあ! こちらこそよろしくお願いしますね!」
と、言う感じで何とか無事挨拶は終了。……なのだが、シャーマンのヤツの言葉が少ない少ない。本当にうまくやっていけるんだろうか。不安だが、恋の病につける薬はないからなぁ……。
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夜の森を駆ける影ひとつ。リアドン氏族のエラノール。いや、今はミヤマダンジョンのエラノールである。エルフの瞳は闇を見通す。夜であっても活動に支障なし。今夜は月も出ており、空に雲もなし。晴れ渡った夜空が広がっている。
エラノールは、星の位置からミヤマダンジョンがアルクス帝国内、ないしその近隣であると推察していた。天運に恵まれた、とエラノールは考える。
この世にダンジョンが現れ三千年。帝国の威信は世界に広がれど、無知蒙昧な輩がいなくなることはない。自然洞窟に怪物が住み着いたのか、新たなダンジョンが生まれたのか。確認もせずに襲い掛かる輩は後を絶たない。
しかし、この立地ならば期待は持てる。上手くすればこの地方を治める領主とも協力関係を構築できるだろう。これはダンジョンの発展に大きく寄与する。いまだ外に出ることのできないダンジョンマスターに代わり、その任につくのはガーディアンたるエラノールだ。
そのことに、エラノールは不安を覚えていた。武芸を学んだ。学問を治めた。礼節も身に着けた。しかし、それだけでヒトとの交渉がうまくいくなら苦労はない。長い帝国史を紐解けば、交渉に失敗し最終的に殺し合いに発展した話など山のように転がっている。
帝国内でそれだ。ダンジョンが帝国の外に発生し、その国が短絡的な行動に出た場合、待っているのは戦争だ。ダンジョンと外国が、ではない。帝国と外国が、である。ダンジョンに強い思いを抱くハイロウたちが、田舎小国の暴虐を放置するはずもない。
ダンジョンの成長を阻む行為には注意が入る。ほかならぬ神がごとき始まりのダンジョンマスター、オリジンから。それさえ配慮すればお咎めなし。別に国も土地も欲しくはないが、ダンジョンをないがしろにするのは勘弁ならぬ。
この繰り返しで、帝国は大国になってしまった。ダンジョン愛しの一念で数多くの国を飲み干した帝国をどう評価するべきか。多くの国家を足蹴にしたことを糾弾すべきか。多くの民が救われていることを称えるべきか。エラノールは答えを持たない。
ただ、帝国の力を知る者たちはダンジョンに手を出そうなどと考えない。今はそれが重要であるとエラノールは考える。それが、ミヤマダンジョンを守ることにつながるのだから。
さらに言えば、ヤルヴェンパー公爵家とつながりが持てたことも大きい。北海の大海竜、ダンジョンマスター・ヤルヴェンパー。その庇護を受ける、二千年前より海洋交易で財をなすヤルヴェンパー公爵家。血ではなくダンジョンで繋がった信頼は二千年間揺るぐことない。
モンスター配送センターの担当が、かの家の令嬢であったことは極めて幸運だったといえる。自分自身こうやって紹介を受けられたのだし。
「やはりミヤマ様は、天運を持っている……いや、それは私もか」
配送センターを信頼していたとはいえ、今回の紹介は望外のものだった。一族にとって大恩あるソウマダンジョンマスターにわずかながらも縁ある人物。克己心があり、モンスターたちを大事に扱う。ダンジョンマスターとしては、最上の人柄であろう。異界に送られたショックで心が荒れているダンジョンマスターは珍しくない。
そのようなダンジョンマスターと巡り合い、ガーディアンとして働くことができている。これ以上は、まずないと見ていいだろう。であれば後は己の問題。心技体、すべてを持って役目を果たし忠義を示す。
……私人としては。常道でないとはいえ風呂を用意してくれたことに本当に感謝している。毎日お風呂。素晴らしい。ミヤマ様万歳。お風呂万歳。だけどはしゃぐとみっともないと母に叱られるので心に秘める。母上怖い。さておき。
エラノールは、己の身長を超えるほどの大岩を、手をかけることなく一息で登りきる。鍛錬を積んだエルフなら容易いことだ。高い視野を得て、森の中に視線をやる。そこにあるのは、あからさまな野営の後。焚火の痕跡、散らかされたごみ、複数の足跡。いまだ残る悪臭から、おそらくはゴブリンの野営だ。ここはダンジョンから近い。一番最初の襲撃者の拠点。
「……やはり、煽る者がいるか」
岩山を駆け下り、野営跡に近づく。気配はない。ゴブリンどもは残らずダンジョンに食われたのだ。近づいてみれば、いくつかの物資がそのまま残っている。あくまで、ゴブリンの物資。エラノールの目にはごみの山にしか見えない。
ともあれ、ここまで痕跡が残っているのにダンジョンへ複数の勢力が進行してきた。懸念は当たったと見ていいだろう。
「では、誰が?」
ゴブリンの野営地を抜けて先に進む。扇動者は、ミヤマダンジョンの位置を知っている。発生したばかりのダンジョンの情報を知ることができるのは、ごくわずかしかいない。近辺を縄張りにするモンスターたち。残りは、
「モンスター配送センターと、デンジャラス&デラックス工務店」
この、どちらか。確率が低い方は配送センター。自分自身、顔見知りもいる。ダンジョンを陥れようなどとかけらも思わないはず。逆に、可能性が高いのは工務店。かの組織の内部派閥、商業を目的としている者たち。ハイロウでないものも多く、ダンジョンへの敬意もあこがれも持ち合わせていないと聞く。ならば、自分たちの利益のために何でもやるだろう。
「なんとしても、尻尾を掴まねば」
月明かりの森を、さらに奥へ。手掛かりは、おそらくほかの襲撃者の縄張りにある。それさえ見つければ、対処の方策も立つというもの。
……ただ、森に足を踏み入れた時から感じる、異質な何か。これの正体が何なのか。追い求めるものであればいい。そうでなければ。エラノールは足早に進んだ。