幕間 舞台裏でも物語は進む
城塞蜘蛛のアマンテは、窮地に追い込まれていた。初めから、勝ち目の薄い戦いであることは理解していたが、予想以上に苦戦させられている。
城のごときと形容される巨体には、多数の傷が刻まれていた。術によるものもあれば、刃や矢によってつけられたものもある。板金鎧よりも硬い、自慢の外骨格が土壁のように突破されている。
『グゥッ!』
また一矢、巨体に深々と刺さるのを感じ取った。しかし、射手がどこにいるかわからない。放つ一瞬だけは確かに気配を感じ取れるし、巨大な複眼がその姿を捕らえられる。しかし、次の瞬間には気配ごと消えているのだ。暗殺エルフなどと物騒なあだ名で呼ばれていた理由がよくわかる。知りたくなどなかったが。
とにかく、一矢一矢が確実に致命的な部位に刺さっている。大いに問題だった。巨体ゆえに余裕はあるが、無限の生命力を持っているというわけではない。数を重ねられると十分に脅威だった。
『ゲァァァァッ!』
苛立ちまぎれに糸をまき散らす。アマンテほどの大きさともなれば、吐き出す糸はそれだけで暴力だ。常人に当たれば内臓を押しつぶすだろう。……常人など、ここには一人もいないのだが。
案の定、望んだ結果は得られなかった。僧侶やドルイド、尼僧は当たっても平然としている。そして自力で引きちぎって行動阻害から抜け出してくる。魔法使いは瞬間移動で回避するし、エルフに至っては当たったかどうかもわからない。
「む。そろそろダメージ蓄積してきたかのう。欲望の神エグルよ、我らに活力を与えたまえ……」
で、これである。せっかく攻撃を当てても、すぐにこの僧侶が治療してしまう。麻痺やら毒やらも治されてしまう。いったいどれほどの魔法的リソースを蓄えているのか。一人で神殿一つを凌駕しているように思えた。
やはり何としてもこやつは仕留めねばならない。そう意思を新たにしたというのに、横合いから強烈な水流を叩き込まれた。まるで滝のようなそれには、さしもの城塞蜘蛛も大樹のような足を八本踏ん張っても押し流されてしまう。
「よし、離れた。術者には近づかないでくださいってな」
忌々しい! 先ほどから、やることなすことこのドルイドが邪魔してくる。何十本もの蔦や、今のような水流を使ってこちらの行動を阻害してくるのだ。おかげでいの一番に殺さなければならない回復役を仕留めきれない。
この巨体だ。ある程度暴れれば、大概のものは踏み潰せる。今までは全てそうだった。三大侵略存在といえど敵ではなかった。まともに戦って敗れた相手はオリジンのみ。だというのに何なのだこれらは。百年そこらしか生きていないような連中が、何故亜神にして三大守護神とまで呼ばれた自分を追い込めるのだ。
「い、やぁぁぁぁっ!」
おぞましい神秘が宿った刃が、アマンテの足に振るわれた。思っていた通り、ただの尼僧ではなかった。パラディンだったのだ。であれば、神の力を武器に乗せられるのは当然。一太刀ごとに死が近づくのも、また当然だった。
自分の身体でも、特に硬いはずの足が切り落とされた。岩石すらも容易く貫通する、自慢の足が。
『おのれ、定命ごときがぁぁァ!』
ハラワタが煮えくり返る。意識が沸騰する。憎悪が思考を汚染する。何もかもが気に入らなかった。矮小な者共に自分が追い込まれている事。計画がことごとく失敗している事。そして何より。
『オリジィィィン!』
「喧しいですよ。吠えなくても聞こえていますってば」
この、世間話でもするかのような声色が怒りをより掻き立てる。彼女の周りには、アマンテが呼び込んだ眷属たちが身動きを取れない状態にされていた。オリジンの持つ飛び道具。三大侵略存在だけでなく、あらゆる存在に効果を発揮する封印の武器。それから発射される小さなつぶてが命中すれば、相手は赤い結晶に覆われてしまう。
事実、アマンテほどではないが人の数倍もの大きさをもつ蜘蛛たちが何十匹も封じられているのだ。これらに戦況を変化させようとしていたのに、完全に妨害されてしまった。
目論見を阻害されたのは腹立たしい。だがそれ以上に、己の相手を木っ端どもにまかせっきりという態度も許せない。お前は私のものなのに、この期に及んで見向きもしないというのは到底納得できたものではない。
木っ端どもへの怒りより、オリジンへの愛憎が凌駕する。……そうであったのに、さらにそれを上回る激痛が胴を襲った。
『ギャァァァァァァ!』
「あっはっは! ざまーみろ!』
魔女が、南海の大商人が哄笑している。複眼が己の身に何が起きているかを捕らえた。『無』だ。なにもない、があった。黒い『無』が、己の腹を削り取っていた。
「どーだ! 伝説の死霊魔導士、魔神喰らいのエデリの秘宝! スフィア・オヴ・ボイドの味はー! エンシェントドラゴンも泣き叫んでたぞー!」
『小娘がぁぁァ!』
まずい。アマンテははっきりと命の危険を感じていた。この『無』は確実に己の命を削り取る。これに触れていては危うい。一刻も早く離れなければ。……だというのに!
大天使が召喚され、己の行く手を阻んだ。何十本もの蔓が、身体を縛った。矢が複眼を貫き、痛みを走らせる。死の神の刃が、さらに足を一本切り落とした。
連携。何の言葉も交わさず、意思を一つにしている。矮小な存在が、力を合わせている。忌々しい、忌々しい、忌々しい!
「クロノス・コーロス・グランメー! 歴史の断層、果て無き歩み、確定せぬ未来! 永遠に隔てよ! ディメンジョン・ウォール!」
そして、壁に囲まれた。魔術の秘奥。空間の断絶。力や生半可な呪文では突破できない。同じく空間を自在とする技術を持っていなければ。今の彼女に、その術はない。
「王手ですよ、アマンテ。降参しなさい。しなくても蘇生費用が掛かる分、死ぬ方が損ですよー」
オリジンが、いつも通りの声色で声を掛けてくる。いつもそうだ。こっちは神に至ろうかという怪物なのに。コボルトにそうするように気軽に接してくる。縊り殺してやろうと思った回数は何百では済まない。それでもなお変わらず己の感情にさざ波を立ててくる。
これが、冒険者達からの言葉だったら頷きはしなかった。『無』に一かけら残さず削り取られても意地を通した。しかし……オリジンが相手なら、仕方がない。惚れた弱みよね、と独り言ちる。
『降参。助けてオリジン』
「はいはい。魔女っ子ー、そこまでにしてー」
「あ、はーい」
まるで家の手伝いを頼んだかのようなやり取りの後、次元の牢獄は消え去り恐るべきアイテムは身体から離れた。アマンテはその場に巨体を伏せた。端的に表現すれば、瀕死の重傷だった。
巨体のあちらこちらが欠損している。異物、矢が深々と刺さったまま。体液の流出が止まらない。放置していたら、流石の城塞蜘蛛と言えど死は免れないだろう。
『……治療を受けたいのだけど?』
「分かっていますよ。でもその前に色々誓ってもらいますからね。向こう三百年くらいは静かにしてもらいます」
「えー。永遠じゃダメなんですかー?」
大商人が喚いている。オリジンに近い。許せぬ。
「三百年くらいたつと、帝国の中身もだいぶ変わるのでまたこいつに引っ掻き回させるんですよ。そうすればまた長持ちします。で、大きくなり過ぎたらこうやって焼きます」
「うーん、エルフもびっくりな長期計画じゃのう。のう、エルダン?」
「大きな方ならではの考え方だな。ハイエルフでもなかなか無理だろう」
「計画はともかく、自然を混ぜっ返すのは勘弁してほしいんだが」
「私としては、アンデッドの私的利用の方が……」
やいのやいの、と英雄が騒いでいるのがアマンテにはうっとおしかった。いつの間にかやってきたコボルト達が、何枚もの書類を広げてくる。思念による操作でペンを動かし、サインを書いていく。酷い内容ばかりだ。財産の放棄、悪行の自白、常時監視の受け入れ……。まあ、いいと彼女は諦めと共に笑った。これから三百年はオリジンの使いっ走りだが、それだけ近くに居られるのだから。
あと、放棄した財産には危険物が山ほどある。せいぜいそれで苦労すればいいのだ。当分、オリジンの悲鳴と愚痴は止まらない事だろう。
すべての書類にサインした所で、僧侶による治療を受ける。帝都の大神殿の最高司祭に勝るほどの腕前。何でこんなのが無名で在野にいるのだ。これだからこの世界は油断ができない。
音を立てて矢が身体から抜け落ちていく。それをエルフが拾っていく。亜神である自分に勝った者が、どうしてこう貧乏くさい事をするのかと眩暈がした。仲間がそれを手伝い始めた所で、そちらを注視するのをアマンテは止めた。
「所でアマンテ。後輩君への嫌がらせ、ほかに何したんです?」
オリジンが、アマンテの独占欲に燃料を投下した。あだ名呼びする相手ができた。やはり看過できない事だった。オリジンは、長い人生の結果多くの悲しみを抱えてきた。今では、よほどの相手ではない限り相手の名前を覚えようとしない。
距離が近づいている証拠だ。やはりいつか殺そう。決意を新たにする。それはそれとして、問われたからには応えねばならない。先ほどの誓約が効果を発揮する。
『あのアンデッドの集合地点。色々呪いの道具を放り込んで作ったのだけどね?』
「まあ、貴女の伝手があればいくらでも集めれるでしょうね。それで?」
『ほったらかしにしてたら、ドラゴンゾンビがやってきたの。だから、そいつの鱗ひっぺがして、さらに呪いかけて特攻させたハイロウに持たせたの。それに引っ張られる形で、巣穴から出てくるわよ』
「オリジン様、やっぱ止め刺しませんかコレ?」
魔女が再び『無』の球を引き寄せる。尼僧もそれに無言で追随し剣を上段に構えた。しかし現人神は首を横に振る。
「ダメです。これにはまだまだ仕事してもらう予定なので。いちいち腹を立てていては続きませんよ」
『オリジン、愛してる』
「はいはい、卵は要りませんからね」
「しかしオリジン様。そうしますとミヤマダンジョンへ急がねば」
やや焦り気味のエルフに、しかしオリジンはからりと笑う。
「なあに、そこそこ戦力揃えた事だし大丈夫でしょう。竜退治ぐらいできなくて、大侵攻は乗り越えられません。彼には頑張ってもらいましょう」
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時はしばし巻き戻る。ミヤマダンジョンでハイロウが強襲をかけてきた頃の事。相撲興行で沸くプルクラ・リムネー。その観客席から少し離れた場所で、一人のエルフの少年が呆然としていた。
目の前にいらっしゃるのはエルフの祖神、アラニオスその人。もちろん本体ではなく、その幻影のようなもの。しかし大いなる神の影であることに間違いなく、放たれる言葉も本人のそれである。
なんとなく誰かに呼ばれた気がして、観戦席から離れてみればこれである。故郷を離れこの地にやってきてから日が浅いのに、どうにもせわしないことばかり続く。到着したその日にダンジョンマスターの勘気にふれ、アラニオス神の祠の前に足の痛くなる座り方をさせられ。神の影から直接説教を賜ることになった。
説教は不名誉だが、神の影に出会えるのは大変な名誉。移住早々めでたいことだと氏族は喜びに沸いた。ただ自分の扱いに腹を立てた父上が抗議に行った挙句、自分と同じ目に合ったと後で聞かされたときは身の置き場がなかったが。
そんなことがあったかと思えば、ほどなく避難訓練とやらが開催されて。地下のダークエルフと母上が一悶着起こす寸前になった。これもあのダンジョンマスターが関わっている。
彼はヒトとふれあう機会はほとんど無かった。この地にやってきて初めて挨拶以上の会話をした。今まで見てきたヒトとは違う、以外の評価をまだつけられぬ男。
「これより、この地に厄災が訪れる。対処出来るのはミヤマのみ。故に、連枝の館より琥珀を持ち出してミヤマに渡せ」
神の影はそれだけ告げて姿を消した。神官が受け取る神託とは違うが、お告げには違いない。祖神の言葉に従うのに否はない。しかし、ここでもダンジョンマスターの名が出てくる。
彼はいよいよ持って、この人物に興味がわいてきた。神を降臨させる機会を作り、失われた都をエルフに返した男。ダンジョンマスターは長命の加護を得るという。長く見ることが出来るのはよいことだ。見誤ることが少なくなる。
ともあれ、そうと決まれば急がねばならない。近習の者達に声をかけ、数名で街の中央にある連枝の館へと向かった。その場はしっかりと戦士達の見張りがいたのだが、少年達に気付く様子はなかった。そうなるであろうという、ある種の確信があった。説明していては時間を取られる。神の加護を感じながら、少年達はそれでも声を潜め足音を忍ばせながら内部に入った。
氏族の長の子である彼であっても、用がなければ入ることが出来ぬ聖なる場所。神樹アラニオスが、淡い輝きを持って中央で生い茂っている。そしてその根元にある小さな祠に奉られているのが神樹の琥珀である。
それを、取る。流石に素手で掴むのは躊躇われた。布地の上に置かれていたから、それごと拝借することにした。少年は、己の血が沸き立つのを感じる。神の血に等しいものを手にしているのだ。当然の反応だと理解した。
目的のものは無事確保した。次はこれを届けねばならない。地上を移動するのは無理だ。街の外は、アンデッドがひっきりなしに現れている。遠く離れているのに、薄気味悪い気配を感じ取ることが出来た。
幸いな事に、別の手段がある。ダンジョンマスターが設置した昇降機だ。ドワーフすらも作るのに苦労しそうな機械を一瞬で設置する。まこと恐るべき異能だと考える。いかにして彼はこれを手にしたのか。いずれ聞いてみたいものだと思った。
昇降機は、砦によって守られている。街の中にあるので、小さなものだ。しかし、生半可な怪物などは太刀打ちできない防御力と戦士によって守られている。ここもまた、とがめられることなく移動することが出来た。
「問題は、この後か」
昇降機が動く。気付いた戦士達が混乱しているようだが、今はどうしようもない。後で起きるであろう様々な事柄も、神のお言葉があったの一言でどうにか……なってほしい。ともあれ、思い悩んでも仕方が無いことは放置する。
「アラニオス神の加護があれば、この先も大丈夫なのでは?」
「今まではエルフだけだった。この先は違うであろう」
腹立たしきダークエルフに、ハイロウなる特殊な者ども。そしてダンジョンのモンスター。これらに説明して、果たして納得してもらえるだろうか。大人達に止められたりしないだろうか。
今になって、自分が子供であることを憂う。なんと無知無力であることか。なんと今までを漫然と過ごしてきたことか。知識も技もない。神からの使命を果たせない。
いくら悩んでも答えが出てこない。それに情けなさを感じていると、昇降機の扉が開いた。すると驚いた事に、いつぞや見たダークエルフの少年たちが居たではないか。
「遅い。何をもたついていた」
しかも開口一番がこれである。少年の頭に血が上る。
「何を貴様! どうしてここに……」
「煩い。気づかれたらどうする。理由が知りたければ教えてやる。説教神から仕事を押し付けられたんだよ。まったく」
「な」
怒りの熱がすぐさま引いた。祖神が何故、ダークエルフに。そういえばこいつらもお叱りを受けていたが、その繋がりなのか。いかなる思惑なのかさっぱり理解できないが、それが御意向とあれば是非もない。
少年は布越しに、琥珀を少し強く握った。この重みが、彼に使命を思い出させる。
「……それで、貴様らの仕事は?」
「ふん。お前をダンジョンマスターの所まで連れて行けだとよ。まあ、エルフのガキが地下をぶらついてたら取っ捕まるからな。手助けは必要だろう。俺たちのように、詳しい者のな」
「偉そうに……」
「あん?」
近習の一人が苛立ちのままつぶやく。少年としても気持ちは大変よくわかる。こちらを侮る視線でこうも語られれば、それは当然のように口から出るものだ。
しかし、使命がそれを許さない。
「止めろ。……配下が失礼をした。詫びる」
「ほぉう」
「ダークエルフに謝罪するなど!」
「止めろと言ったぞ。アラニオス神からの使命を忘れるな。……時間を取らせた。重ねて詫びる。それで、どう動く」
はらわたが煮えくり返るのは少年も同じだった。詫びる自分を見て、ダークエルフに笑われれば当然だ。しかし自分の屈辱よりも優先せねばいけない事がある。どれほど笑われたとしても、である。
「ふん、いいだろう。まずはこれを着ろ。見た目を誤魔化す」
投げ渡されたのは、フード付きの外套だった。きちんと洗ってあるので、不快感はない。
「行くぞ。こっちだ」
「……そっちは道ではないが」
「馬鹿。どこで見られるかわからんのに、わざわざ道など通るか。こっちの方が遮蔽もある」
地下十一階は、道からそれると途端に地面が荒れる。身の丈を越える岩石が珍しくもない。その隙間を縫っていくのは確かに隠れて移動するのにうってつけだった。歩きづらいのは難儀したが、ダークエルフが軽やかに前を進めば弱音を吐くわけにはいかなかった。
「このまま行けるのか?」
「いや。もう一つの昇降機に乗らなければならない。だけど俺たちでもそれは無理だ。だから、ハイロウに渡りをつけた」
「大丈夫なのか?」
「燻る熾火氏族を舐めないで貰おうか。大人どもならともかく、ガキなら何とでも言いくるめられる」
自分もガキではないか、という言葉は飲み込んだ。正直そんなに上手くいくものだろうかと疑問がよぎる。しかし、自分では全く思いつかないのだ。ダークエルフを信じる……のは難しい。ので、アラニオス神の選択を信じることにした。
ほどなくして、明かりが強くなる。塔のように伸びる昇降機が見えてくる。目的地が近いようだ。
「いたぞ、あそこだ」
見れば、数名の少年少女が荷台を準備していた。よくよく観察すると服装が違う。派手過ぎないが、上品な服を着た者達。それとは逆に、使い込まれた作業服の者達。少年にはそれ以上の違いが判らなかったが、それぞれ元貴族と下町生まれの子供たちだった。
「首尾はどうなっている」
「台車はこの通りだ。今、お屋敷の連中に最後の準備をしてもらっている」
「準備、とは?」
ダークエルフは荷台を指さす。少年たちが入るには十分な箱だ。
「そっちのダンジョンで働いている連中に、台車で昇降機に入ってもらう。お前らをマスターの所まで連れていくにはこれしかない」
「……なるほど」
琥珀だけ、誰かに頼むという考えは少年にはなかった。言われたら全力で断るつもりだった。ダークエルフもそれが分かっていたので、初めから計画に入れなかった。祖神が関わっているのだ。こだわって当然。
「しかし、昇降機を使うには名目が必要だ。今、それを準備してもらっている」
「……できるものなのか?」
「普通は無理だ。しかし、それを可能にできる協力者に当てがある……のだが。遅いな」
ダークエルフが眉根に皺を寄せるのを見て、少年もまた昇降機の方を見やる。あとどれほどの時間があるのだろうか。ただ待つしかできないのは、何とも焦れる。
「ええい、信じるしかないというのはな。しくじった」
「別の手段も準備しておくべきだったんじゃないか?」
「時間が無かったんだから仕方がないだろう。おい、兎に角荷物に入っていろ。協力者が着次第すぐに出るぞ」
「わ、分かった」
少年は、不安と興奮で胸が高鳴るのを感じていた。生まれてこの方、氏族長に恥ずかしくない人生を送ってきた。いたずらなど、せいぜい子供用弓矢を持ち出してこっそり練習していたくらい。このように箱に隠れるなどしたことがない。
気持ち足早に台車に乗り込もうとしていたら、いつの間にか背後に忍び寄っていたダークエルフにささやかれた。
「愚か者どもの裏をかくのは、楽しいぞ?」
「!? や、やめろ! 誘惑には乗らんぞ!」
密やかに芽生えていた気持ちを突かれ、冷や汗が流れた。レヴァランス神は、こうやってダークエルフの始祖を堕落させたのか。少年は身をもって歴史を学んだ……気がした。
ともあれ準備は完了した。しかし、まだ協力者は来ない。皆が焦れていた。再度人を出そうという発言が漏れ始めた頃、こちらに近寄ってくる集団が見えた。皆、小柄だった。
「遅いぞ!」
「無事に連れてきたのだから文句をいうな!」
元貴族組と、屋敷組で言い合う。待っていた者達にはわからぬことだったが、捜索は困難だった。下手に大人に聞くこともできず、使える手立ては限定的。結局避難してきていた孤児院組に応援を頼んで、協力者を探し出した。それをあえて口にしない。時間が無いというのが表向きの理由。本当は見栄を張るためだ。子供とてそういう事をするものだ。
「よっし、そろった。これで行けるぞ。台車を押せ! ……それじゃあ頼むぞ、クロマルさん!」
「わんっ!」
協力者として連れてこられた黒毛のコボルトは、任せろと胸を張った。少年は、本当に大丈夫なのだろうかと不安を覚えたが。
オリジンの銃は、状態異常特化型。ダンジョンコインを材料にした弾丸を打ち出します。
状態異常:封印を叩き込み相手を行動不能にします。呪文より便利。コストは高い。