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がけっぷちのハイロウ

 泥の道。深さはヒトの大人のひざ下程度。移動阻害を目的にした罠……に、追加の仕掛けが施してある。木の杭が、中に沈めてあるのだ。上手く踏めば、足の裏に穴が開く。もちろん、霊薬ポーションなり治療の奇跡なり用意してあるだろう。リソースの消費を期待できる。


 設置はもちろんダークエルフ。俺が買った罠の本を持ってきて、目を輝かせて提案された。ちなみに、執筆者はベトナム帰還兵だったらしい。戦地から生きて帰ってきてダンジョンマスターとか、壮絶な人生送ったなあこの人。生死は分からんけど。


 眩暈めまいの壁。罠ガチャSSR。極彩色で塗りたくられた壁。魔法がかかっていて、見ると意識がもうろうとしてしまう。それほど強い効果ではないが、本人の意思で抵抗するか仲間に治してもらう必要がある。


 爆笑空間。同じく罠ガチャSSR。魔法抵抗に失敗すると部屋から出るまで笑いが止まらなくなる。我がダンジョンではこの部屋に、ストーンゴーレムのシュロムおよび魔法生物を配置している。呼吸する必要のない彼らに、この部屋の魔法は効かない。


 他にも罠は多数ある。中には泥の道のように、ダークエルフの匠の技が追加されより凶悪なそれに変貌したものもある。ハイロウ達には、これらに神経をとがらせていただく。


 そして、それだけでは片手落ち。罠にかかって行動にペナルティが入っている所に、奇襲をかける。直接的に殴りかかったりはしない。弓矢や魔法による不意打ち。所々に貯めてある冷水を浴びせかけたりもする。


 モンスター相手には壊滅的ダメージを与えられるのだが、相手はハイロウの集団。嫌がらせ程度にしかならない。しかし、塵も積もれば山となる。


『報告。侵入者一名に致命傷。集団はこれを放置して先に進む模様』

「……よし。それじゃあ、十分離れたら遺体を回収してくれ」


 ペレンからの通信に答え、ふうと息を吐く。遂に地下二階まで降りてきてしまった。身体は熱く、疲労も溜まっている。汗が流れるが、鎧を着ているから拭う事もできない。


「お待ちしておりましたマスター。まだ時間がありますので」


 待っていたのはダークエルフの男性、コボルト、そしてクリーンスライムだった。スライムはすぐに俺の足元に寄ってきて、隙間から中に入ってきた。


「ぬ、む。あ、ひんやりしてる……」

「自ら冷水に飛び込んで、準備しておりましたよ」

「冷やしスライム……新しい」


 汗も熱もスライムが持って行ってくれる。すごく助かる。ここでリフレッシュできたのはとても大きい。渡された水もゆっくり飲む。これから先も走るので、飲み過ぎてはいけない。量も器に半分ほどだ。それでも助かる。


 するり、とクラッシャーからスライムが抜けていく。これ、新しいサービスとして使えるんじゃなかろうか。今度提案しよう。


「ありがとう。……しかし、ここまで来てやっと一人か。厳しいな」

「いいえ。いよいよ相手のリソースが厳しくなってきた証拠かと。効果が出ているという事です」

「そういう見方もあるか。よし、移動しよう」


 ここまでで、こちら側にもそれなりに損害が出ている。罠部屋はほとんど破壊されてしまった。待ち伏せしていた魔法生物たちも、大半が中破および大破に追い込まれている。皆、メーカー修理行きだ。古参であるシュロムはかなり頑張ってくれたが、あいつが一番やられ方が厳しいと報告を受けた。


 ダークエルフも重傷者が何人も出ている。致命傷を受けたが、治癒の奇跡によりなんとか命を取り留めたというものも少なくない。本当に厳しい戦いだ。


 門前町の対アンデッドに関しては、変わらず優位に進んでいるらしいのでそこは安心できるポイントだ。こちらに集中できるのは助かる。


「襲撃チームは、まだ動ける?」

『問題ない。そちらは予定通りの移動を求める』

「了解。……じゃ、よろしく」

「はい。あと少しの辛抱です」

「わん!」


 励まされ、足を動かす。重い。一応、鎧を着たままの長距離走というのは何度も訓練している。必要な事だからと、厳しい指導を受けながらもこなした経験がある。しかし、ダンジョンの中を走るというのは初の試みだった。


 侵入者への対策のために、わざとアップダウンを入れた。分岐を多くして、見通しも悪くした。そして罠だ。もちろん俺は引っかかったりしないが、いちいち大げさにそれを避けなければならずこれもまた地味に疲労を蓄積させた。


 また、行き戻りの関係上相手に先回りされない様に移動経路の唐突な変更が何度もあった。メンタル的にはこれはかなりきつかった。同じ道を戻る時に感じる徒労感。穴ほって埋めるを繰り返すという拷問的訓練を受けていなかったらやばかった。ありがとうエンナさん。でもあれもう二度とやりたくない。


 完璧な案内人がいた俺ですらこのザマだ。ハイロウも相当に消耗している。そう信じたい。移動を続ける。そうしている間にも状況は動く。


『報告。侵入者が我々の襲撃ルートに気づいた。ホーリー・トレントの根を攻撃。反撃で三名撃破』

「疲れて思考が落ちているのか、間抜けなのか」


 ダンジョン全体を覆う根だぞ。一つの巨大なモンスターの中にいるのと同じ意味なんだぞ。そんなのに攻撃したらどんな反撃もらうか考えたりしなかったのか。……どちらでもいいか。スコア三名ごっちゃんです。


 坂を上る。罠をくぐる。細道をすり抜ける。後ろからまた派手な音。


『マッドマンと侵入者が交戦。我々も介入。撃破は出来なかったが、泥まみれになったもの多数。連中、身ぎれいにする余裕もなくなった模様』

「ナイスだマッドマン」


 持久戦はマッドマンが光る。どれだけ攻撃されても、コアが破壊されず泥があれば復活できる。そしてそのコアは地下十一階に設置してある。完全撃破など不可能よ。まともな攻撃方法がないのが玉にきずだけど、そこは仲間がフォローできる。


 再び、汗が全身から噴き出る。呼吸も荒くなる。


「もう半分を越えました。あと少しです」

「嬉しいやら、不安やら……これで、なんとかなれば」

『緊急報告。侵入者、大部隊と小部隊に分裂。小部隊が道を引き返している』

「は?」


 え。何してんのビクスラーダンジョンの連中。


『ダンジョンアイによる情報収集完了。仲間割れだ。小部隊が指揮系統から離反して、撤退を開始している』

「この状況で……? 冗談でしょ?」


 疲労して、リソースも消耗して。その状況で戻れると思ってるの?


「士気が保てていない確たる証拠ですね。相手は、ダンジョンマスター撃破という成果を上げられないままここまで追い込まれています。耐えられなくなっても不思議はありません」

「そうかー……ペレン。小部隊に投降を呼びかけろ。ダメだったらホーリー・トレントに手伝ってもらっていいから排除だ」

『了解した』


 楽に戦力が削れるならそれに越したことはない。本隊はまだ健在なのだから。……ここまで、何度も何度も奇襲と小規模な戦闘を繰り返した。玉ねぎの皮をはぐように、少しずつ相手に負担を押し付けた。その効果のほどがいよいよ現れ始めている。


 それは俺たちにとって望んだほどに達したのか。その答えが問われる時がいた。怪しい気配を漂わせる、黒い旗が見える。もうずいぶん前に離れたように思えるが、実際は一時間程度ではないだろうか。


 全身に疲労を抱えながら、ついに俺たちは地下二階の終端に到達した。迎撃用の広いホールに、手塩をかけて作ったバリケード。そして居並ぶ戦士たち。


「お疲れ様でした。後は我らにお任せを」

「よろしくぅ」


 皆に手伝ってもらって、防柵を乗り越える。鎧を着ているからはしごを使うのも一苦労。疲れ切っているからさらにきつい。推して貰ったり引っ張り上げてもらったり、何とも格好がつかないが、それでもどうにか間に合った。


 鎧姿の侵入者たち。罠と戦闘によってその姿は薄汚れていたが、その足取りはしっかりしていた。意外な事にあの太っちょ鎧も、金属製のグレートメイスをしっかり握りしめているではないか。


「追い詰めたぞダンジョンマスター! 姑息な不意打ちと罠はもう品切れのようだなぁ!」


 太っちょが声を張り上げた。身体に見合った、大声だった。言い返してやりたい所だが、こう疲れていては弱々しい声しか出せそうにない。察してくれたのか、代わりに前に出てくれたのは黒髪の貴公子。


「黙れ、帝国の面汚し! 恐れ多くもオリジン様の催しのルールを破った破廉恥ども! 人様のダンジョンに乗り込んで、どうしてそんな横柄な態度が取れるのか。恥を知れ!」

「若造ごときが偉そうに! 名を名乗れ!」

「ヤルヴェンパー公爵家が長子、セヴェリ! 貴様は誰だ!」


 仲間を引き連れた駆けつけてくれた元ガーディアンの問いかけに、相手側は分かりやすく動揺した。


「公爵家……? なぜこんな木っ端ダンジョンに」

「どうなっている。聞いていないぞこんな話」

「どうした! 名乗る事もできないのかビクスラーダンジョンの田舎者共!」

「我らを田舎者といったかぁ!?」


 瞬間湯沸かし器のごとく、速攻で挑発に乗ってしまう。動揺していた事すら忘れていそうだ。


「ウド・フンペ子爵である! 公爵家の長子だと? バカも休み休み言え! 証拠を見せろ!」

「だから貴様らを田舎者だというのだ! この一年、我が家がこのダンジョンにどれほどかかわっているかを何も知らない! 情報収集すらしていない! そんなだから、こんなざまに成り果てる!」

「言わせておけばこの小僧っ!」


 セヴェリらしくない、強い口調。帝都での一件がよほど腹に据えかねていたか。まあ、うっぷん晴らしになって何よりだ。相手側もいい感じに乗っているし、これなら時間稼ぎになる。


「ええい、たとえ公爵家だろうと我らのやる事に口出しする権利などないわ!」

「帝国貴族の義務を放り出した貴様らがどの口で権利などと! バカも休み休み言え!」

「ええい、小僧ごときがこの私を侮辱するとは! 生きて帰れると思うなよ!」

「それはこちらのセリフだ! そもそも侵入してきたのは貴様ら! ダンジョンの侵入者がどう扱われるか、忘れたとは言わせぬぞ!」

「煩い! もはや問答無用……」


 お。気づいたか。流石に大人数が背後から迫れば当然か。そう、迂回路を使って別働隊を後ろに回したのだ。ダイロン率いる、エルフの精鋭戦士団。大木戦士も連れてきている。加えて、ダニエルの人獣部隊も同道している。


 挟み撃ちにされては、いかにハイロウが強力でも無事では済まないはずだ。


「ふ、フンペ子爵殿……」

「狼狽えるな! 目的を忘れるな! 我らが狙うはダンジョンマスターの首一つ!」


 だというのに、ここにきてでぶっちょ子爵は揺るがなかった。先ほどまで程度の低い罵り合いをしていたとは思えない肝の座りよう。その気迫は益々吹き上がる。


「いいか! ここでしくじれば、我らはダンジョンを失うのだ! それに比べれば、あらゆる困難など取るに足らぬ! 背後の兵など無視しろ! 目の前の壁などぶち壊せ! 行くぞ、我らのダンジョンの為に!」


 そして彼は走り出した。鈍重な姿からは思いもよらぬ勢いで。それはまさに一つの砲弾のようだった。


「わ、我らのダンジョンの為に……」

「我らの、ダンジョンの為に」

「我らのダンジョンの為に!」


 残りの者達も、その背を見て走り出す。本気で、背後を気にしない。迫る相手の足止め要員すら置いたりしない。全員が、バリケード目がけて突貫してくる。


「迎撃!」


 セヴェリの合図で、こちらも攻撃を開始する。弓矢、呪文、短杖ワンドなど、ここぞとばかりに戦闘用リソースを開放する。


 しかし、それでも連中は止まらなかった。もはや対抗呪文カウンターマジックすら使わない。装甲と身体能力に任せて突貫してくる。


 俺は、恐怖を感じた。ただのろくでなし貴族だと思っていた。実際、そうなのだろう。だがそれだけじゃなかった。彼らは、ハイロウだ。それも、ダンジョンを失う瀬戸際に立つハイロウだ。どれだけ罠にかかろうとも、不意打ちで仲間を失おうとも諦めない。……違う。ダンジョンに住む事に執着してそれ以外を考えられなくなっている。


 今、改めて思う。ハイロウって何なんだ。


「おおお、突貫!」

「「「突貫!!!」」」


 子爵の号令と共に、ハイロウ達が各々の得物をバリケードに叩きつけた。壊れる。丸太を何本も組み合わせ真新しいロープで締め上げた強固な防柵が、合わせ技とはいえたった一撃で穴が開く。なんて馬鹿力だ!


「やらせるな! マスターをお守りしろ!」


 追いついてきたダイロン達が、侵入者の背後へ襲い掛かる。それに高速で反応し、振り返ると同時に薙ぎ払う。あの動きは見覚えがある。加速ヘイストの呪文だ。あれは連続して使えるものじゃない。いよいよ切り札を切って来たか。


 それにしても、改めてとんでもない。完全に包囲されているのに、戦意は折れないし戦いも継続している。野蛮人バーバリアンを彷彿させる暴れっぷりだ。バリケードを越えてきた連中に対して、セヴェリが対処しているが……正直押されている。


「退けぇ、小僧ッ!」

「くっ!?」


 グレートメイスが唸りを上げる。勢い余って周囲の物品にぶつかっているが、ことごとくを粉砕している。備品を壊すなちくしょうが!


「そんな細っこい剣で、止められると思うな!」


 たしかに、細剣レイピアでは分が悪い。本来、あれは装甲の隙間を突く武器だ。セヴェリはそれができる技量がある。しかし、子爵の気迫と勢いに押されている。相性としてはセヴェリが有利なはずなのに、暴れっぷりだけでそれを覆している。追い詰められたハイロウが、こんなに危険なものだったとは。


「ウォォォォンッ!」


 追いついたダニエルが、咆哮と共に子爵へと飛び掛かる。


「させるかぁ!」

「ガァ!?」


 しかし、別のハイロウがそれを邪魔する。捨身に近い、シールドを使ったタックルで迎撃した。


「お前も、道を開けてもらおうかぁ!」

「おのれ、邪魔をぉ!」


 聞き覚えのないほどに苛立ったセヴェリの声。彼もまた襲撃者によって行動を阻害されてしまった。そして俺の前には、息を切らせながらもグレートメイスを大上段に構える子爵が立っていた。


「追い詰めたぞ、ダンジョンマスター……」

「……御見事」


 ブッチャーを構えながら、素直に賞賛する。気迫一つで、不利な状況を完全にぶち抜いたのだ。認めざるを得ない。


「潔く首を出せ! 一撃で葬ってくれようぞ!」

「断る。誰が死んでやるものか」

「誰が口答えを許したかぁ!」


 鉄塊が、振り回される。上からの振り下ろし。とても防げたものじゃない。クラッシャーが素早く反応し、攻撃範囲から離れる。しかし、驚くほど素早い反撃が繰り出される。自分の重量を土台にして、さらにハイロウの筋力によってそれを可能としている。


 人の形をした重戦車。恐るべき破壊魔。ダンジョン三階分を歩きまわされてなお、疲労というものを見せない。


「その鎧! マジックアイテムだな!? アイテムに頼っているようではぁ!」

「ぐぅっ!」


 横なぎの振り回しが迫る。再び、鎧が自動的に動いて回避を……。


「だから引っかかるっ!」

「がっ!?」


 グレートメイスが途中でピタリと止まり、そのままこちらに向けて突き出された。人の身体能力では不可能な、冗談のような動き。魔法との合わせ技だろうが、どちらにしても一撃貰ってしまった。


 無理な動きであったおかげで、勢いはない。しかし相手の武器は重量物。どうしてもバランスを崩される。


「貰ったぁ!」

『ざけんなぁ!』


 吠えたのはブッチャー。自らを盾として、さらなる突き込みを防いでくれた。ダメージはないが、再びたたらを踏まされる。こうも攻撃されては立て直すこともできない。……加速を使うしかないのか。しかしあれは、使用後の体力消費が酷い。現状の体調で使えば、動けなくなるのは間違いない。


 勝てればいいが、相手はハイロウ。ほかの者が使った所を見るに、相手も同じ切り札を握っている可能性は十分にある。性急に結果を求めれば、致命傷となりうる。ここは我慢しかない。


「全部! 貴様が悪いっ!」


 金属同士の激突音。体当たりを受けた。ブッチャー&クラッシャーに身体制御を全部預けて、どうにか転倒を堪える。


「我々が窮地に追い込まれたのも!」


 鉄塊を腹に受けた。ダンジョンコアのエネルギーを注ぎこみ、防御力を最大に。それでも衝撃が体の中心を抜ける。呼吸が止まる。


「ダンジョンを失いそうになるのも!」


 メイスの柄の部分で頭を殴られた。意識と視界が揺れる。回避すらままならず、能力で無理やり防御するので手一杯。それも、俺がまともに考えられる間だけ。


「お前らが我らに逆らうからぁ!」


 振り回したグレートメイスの、直撃。クリーンヒットしたボールのように、吹き飛ばされた。何度もバウンドしながら、床を転がる。あまりの衝撃に、身体の感覚がおかしくなる。


 クラッシャー。動け。中の俺がどうなってもいい。生きていれば何とでもなる。だから逃げ回れ。俺の言葉が届いたのか、鎧は全体をきしませながら無理やり立つ。相棒をつっかえ棒にして何とか身を起こすと、敵もまた己の武器を杖にしている有様だった。息を切らせている。やっと限界が来たか。


「ぜぃ、ぜぃ……ええい、しぶとい。良い鎧のようだが、使い手が三流以下ではな……だが、それもこれまでよ」

「そりゃあ……こっちのセリフだ。好き勝手できるのも、ここまでだ」


 何とか、声を絞り出す。息をするだけで体がきしむ。どこか骨にヒビでも入っただろうか。気にする事じゃない。俺は生きているだけでいい。勝つのは仲間の仕事なのだから。


「強がりを言うのも大概に……」

「えいしゃおらぁ!」

「ぶふぅっ!?」


 丸太もかくやといった質量と、鞭のごときしなやかさを伴ったものが子爵を襲った。それは、ラミアの蛇体だった。グレートメイスの十八番を奪う、強力な振り回し。逆立ち姿でそれを決めたのはもちろん我がダンジョンの精鋭、ミーティアだ。


 彼女は、門前町の防衛をやっていた。しかしここが苦戦していると知るや、速攻で現場を放棄してこの階層まで駆け付けたのだ。正直、ダンジョンアイ越しに知らせを聞いた時は驚いた。


 めちゃくちゃな速さだった。門前町をまっすぐ駆け抜けて、ダンジョンに飛び込み。階段を落ちるように滑り降りてここまでやってきた。同じことをできる者が、このダンジョンにどれだけいるだろうか。


「好き勝手やりすぎたね小僧! 覚悟しな!」

「ラミアごとき……ぐっ!?」


 ミーティアの瞳が輝く。金縛りの魔眼が見事に決まる。……聞くところによれば、精神力や魔力の高いものは呪文への抵抗力が優れているらしい。ハイロウであり、おそらくは対策もしているはずの子爵の抵抗を即座に破る当たり、やはりミーティアは底が知れない。


 が、相手も簡単にはやられてくれない。小さな破砕音が聞こえたかと思うと、細やかな破片が子爵の鎧の下からこぼれ出た。


「おのれ! ラミアごときに護符を使わされるとは!」

「ざまぁないねぇ!」


 状態異常をキャンセルするアイテムを持っていたようだ。確かに、あれば事故は減らせる。仲間に僧侶がいないのなら、余計に必要だ。……敵側で、治療の奇跡を嘆願する声は聞こえてこないから、そういう事なんだろう。


 先ほどよりも幾分か遅い、グレートメイスのぶん回し。しかし、ミーティアはこれを華麗に回避。上体を逸らすダッキング。豊かな胸にすらかすりもしない。


 子爵の追撃が二度、三度と続く。しかしそれも当たらない。相性が悪い。蛇体を使った滑るようなフットワーク。加えて重心が蛇の方にあるおかげで、上半身は好きなだけ傾けられる。


 見てから避ける、というのが簡単にできるのだ。ミーティアがビキニアーマー装備で、回避行動を全く阻害されない装いというのも大きいだろう。


「あらよっと!」

「ぬあぁ!? 小癪っ……」


 避けられ続けて、スタミナが切れた子爵の足元を蛇の尾で払う。疲れが足に来たのか、ここで大いによろめいてしまう。それはあまりにも致命的な隙だった。


「いよっ……しゃぁ!」

「ぐぶっ!」


 ミーティアの十八番。逆立ちからの蛇体浴びせ蹴り。勢いと筋力の合わせ技をもろに食らって、金属鎧の子爵がさっきの俺のように転がっていく。彼女はさらに追撃する。両手を組み合わせると、それを頭上に掲げた。そして蛇体を大きく上に伸ばす。当然彼女の上半身は上へ。三メートル弱は昇ったろうか。そのまま、反動をつけて勢いよく倒れこむ。目標は当然、ぶっ倒れたままの子爵だ。


「だりゃぁっ!」


 新技が決まった。暴力的運動エネルギーを叩き込まれた子爵の身体が大きく跳ねた。素手で金属を殴ったとは思えないような甲高い音も響いた。手からグレートメイスが離れる。どうやら、決着がついたようだ。


 俺も、駆け付けたダークエルフから霊薬を貰ってそれを飲み干す。効果が出るまで少々かかるが、痛みで動けないという状態からは脱した。


「ミーティア。駆けつけてくれて、ありがとう」

「小僧共が居れば何とかなると思ったんだけどねぇ。見積もりが甘かったよ」

「本当だな。俺も連中がここまで暴れるとは思ってなかった」


 周囲を見渡せば、戦いは大体片付いていた。讃嘆たる有様だった。三倍以上の戦力差だったというのに、こちらの被害が結構出ている。死体保存プリザベーションを使用する姿が、あちこちに見える。それは敵にも、味方にもだ。


 簡易蘇生ならエルフ神官のアドランもできる。犠牲者はゼロにできるだろう。


「ぐ……う。おの、れ。おのれおのれ……木っ端ダンジョンごときが……」


 子爵は、まだ生きていた。ダメージで立ち上がれない様子だが、まだ切り札を隠し持っているかもしれない。


「動くな。抵抗しなければ無体はしない」

「誰が、貴様なぞに……」

「ミーティア」


 容赦なく、浴びせ蹴りを叩き込む。警告はした。そして相手はハイロウ。油断などしない。盛大に咳き込む相手に刃を突き付ける。


「動くな。抵抗しなければ無体はしないが、少しでも妙な動きをしたら容赦しない」

「……先に、そちらのセリフを聞きたかった」

「それは失礼。……武装解除を頼む」


 控えていたダークエルフ達が、さっそく子爵にむらがっていく。もちろん片手には毒が塗りたくられたナイフを構えて。油断なくその様を見張っていると、ダニエル達がこちらへと近づいてきた。


 二人とも酷い有様だった。傷はふさがっているものの、セヴェリは肩口に刃を貰ったらしく上着が血に汚れている。ダニエルは上半身の毛皮があっちこっち血まみれだ。口にまで付いているから、たぶん噛みついたんだな。


「ミーティアさん。ご助力感謝します。わが身の不甲斐なさのせいで」

「気にしなくていいよセヴェリ。今回は相手が上手だったって話だよ」

「地元に戻って訓練していたつもりでしたが、逆に鈍っていたとは。恥ずかしい限り」


 狼の耳が伏せている。何か気の利いた事を言ってやらなきゃと口を開いたが、声が出る前にその気配を感じた。子爵の鎧の下から出てきた、大人の手のひらほどの物体。白い布で何重にも巻かれていたそれをほどいてみれば、真っ黒な鱗が姿を現した。


 冷たく、おぞましい邪悪な気配。ここ最近、すっかりなじみになったそれはアンデッドのもの。思わず問いただす。


「子爵、それは?」

「し……しらん! いや、本当に知らんぞ!? なんだそれは。どうして私の懐からそんなものが出てくる!?」


 兜を取られ素顔が見える。美形を太らせると出来上がる、何とも不思議な造形。目を大きく開き慌てている。どうやら演技ではなさそうだ。


 本人に気づかせず、こんなものを懐に入れる事ができるのか? ……魔法があるんだ、その程度は簡単だろう。改めて、これは一体何なのだろうか。魔法使いに見てもらう必要があるか、と思ったその時。


『ヴォォォォォォォォ……』


 地上から、その咆哮は響いてきた。凄まじい大音量。巨大な生物から放たれているであろうそれ。だが何よりおぞましいのは、鱗と同じ気配を感じ取れるという事。すなわち、アンデッドだ。


「そんな……まさか!? そういうことなのか? おのれ、おのれ、アマンテめぇぇぇ! この私を、捨て石にしただとぉ!?」


 子爵の激怒の声。放り出された鱗に、かの蜘蛛の糸を見た気がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 敵ながらやりおるわw
[一言] まぁ、お腹に小蜘蛛を仕込まれてチェストバスターしなくて良かったねとしか
[一言] ビクスラーダンジョン大将、自分を客観視出来なくて、視野が狭く、自業自得で、逆恨みでしたが、背水の陣を引いて一太刀入れたのはお見事でした。 動機がとても酷いですけど。
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