アンデッド退治競争開始
問い。決戦直前になって、イレギュラーな襲撃があるから対応してねと言われたダンジョンマスターの心境を答えよ。
『ふざけんなバーカ!!!』
と、叫びたくなる。だが、相手は白姫さんである。全力で怒りをぶつけるのは流石に躊躇われた。なによりコボルトだし。
こわばった表情から、理解したのだろう。わざわざうちのダンジョンにやってきた白いコボルトは丁寧に頭を下げる。
「お怒りはごもっともです。大物にバレないように、ギリギリまで伏せたのはこちらの都合。なので、これに関しては依頼という形にさせて頂きたく思うのですが」
その言葉は、俺の煮えくり返ったハラワタを急速冷却させた。頭の中でそろばんが景気良く振るわれる。
「具体的なお話を聞かせていただきたい」
「襲撃してきたビクスラーダンジョンの人員一人につき、賞金を出します。生死問わずですが、死体保存はお願いしますね」
「……賞金なのですが、ダンジョンコインでいただくことはできますか?」
「ええ、お望みならばそのように取り計らいますとも。あと、戦利品はそちらで自由にしてくださって構いません。音に聞こえたビクスラーダンジョンのハイロウです。さぞかしめかしこんでいるでしょうね」
捕らぬ狸の皮算用、と笑われても構わない。提示された利益の額に、リスクはチャンスにすり替わった。俺の中で。
「お任せください! ハイロウ襲撃者なにするものぞ!」
「まあ、頼もしい。それでは、アンデッド退治競争の方も頑張ってくださいね」
「はい! さ、クロマル。白姫さんをお送りして」
「わん! わん!」
競争までもう時間がない。開始宣言は彼女がするという事なので、長居はできないのだ。これでもかと尻尾を振るコボルトに苦笑しながら、彼女は転送部屋へと向かった。
見送ってから、俺は仲間たちに向き直る。
「と、言うわけだからみんなよろしく! ボーナス出すよ!」
「ダンジョンマスターは無茶をおっしゃる……魔法の品を祭りの飾りのごとく装備したハイロウ。オーガやワイバーンの方がよっぽどマシではないかと思うのですが」
「うん。無茶いっているのはよく分かる。だけどダイロン、どんだけ嘆いても現実変わらないんだ。だったらせめて、プラスな事を考えようよ」
「ミヤマ様。それは単純に現実逃避なのでは」
門前町の天幕の下、エラノールが冷静に突っ込んでくる。
「大丈夫、マイナスについても考えるから。というわけで、ギラギラハイロウの集団が突っ込んできます。……アンデッドと一緒に対応するのは、無理だよね?」
「無理ってか、やだ」
「素直な答えをありがとうミーティア」
まあ、俺も嫌だ。こちらの防衛を妨害し、アンデッドを侵攻させるとか俺でも簡単に思いつく。そしてそれはとても効果的で致命的だ。
「不可能ではありませんけど、相当な負担になりますわね。と、なりますと」
「また、いつものアレですね。……どうしてこう、我らのダンジョンマスターはこういう事になるんでしょうか」
妻二人が憐憫の視線を投げてくる。俺の運が悪いのはいつもの話じゃないか。今更今更。
「よし。じゃあ対処法はいつも通り。その上で、できる限りの準備をしようか」
時間は本当に限られている。一時間も無いと思う。しかし、ここは俺のダンジョン。一声かければ労働力は集まるし、物資だって蓄えてある。対アンデッド用に用意していた一部を流用して、ハイロウへの備えをした。
そして時間がやってきた。
『これより、ビクスラーダンジョン対サイゴウ&ミヤマダンジョンのアンデッド退治競争を開始いたします。どのダンジョンも、事故のないよう頑張ってください』
白いコボルトが幻影の姿で開始を宣言した。俺はそれを地下二階の一番奥で聞き終えると、持っていた旗に己の血を塗り付けた。
黒地に白い骸骨が描かれた、まるで海賊旗のようなそれ。帝国製のアンデッド招来マジックアイテムである。赤黒いオーラを漂わせ始めたのは、無事に起動した証だ。
「じゃ、ここはよろしく。またあとで」
「はい、お気をつけて」
陣地を守るダークエルフに挨拶してエレベーターへ。ここを抜かれると、地下十一階までほぼノンストップで降りられてしまう。なので守りは厚いし、ダンジョン内の戦力はこの場に集まるようになっている。
任せた彼ら彼女らに背を向けて、がしゃりがしゃりと鎧を鳴らしながらクロマルと共に歩く。今回は初めから、ブッチャー&クラッシャーを装備している。油断などするものか。ハイロウを敵に回した時の厄介さは、正月の模擬戦でいやというほど味わっているからな。
エレベーターに乗って地上階へ。隠し扉からダンジョンへ。そして門前町に出てみれば、遠くから聞こえてくるのは寄せ太鼓の音。早速始まっているようだな……相撲が!
「今回は直接見れないのが残念だなぁ」
「わん」
アンデッド退治なら相撲を呼ばねばならぬ。今回もソウマ様にお願いをした所、いつも通り快諾していただいた。それだけではなく、ソウマ伯爵をはじめとしたエルフ侍部隊まで派遣してくださったのだ。毎度のことながら、本当に助かる。
もちろんお返しは色々用意している。地下世界の薬草や貴重品、それから作った霊薬などだ。こういったものでお返しできるようになったのも、ソウマ様のご助力があったからだ。アラニオス様から頂いた果実の木が成長したら、実をたくさん送ろうと考えている。ご恩返しになればいいが。
相撲が執り行われるのはプルクラ・リムネーの連枝の館。その前にある大広場だ。……歩くのはクラッシャーに任せて、ちょっとダンジョンアイで様子を見てみよう。
『キャァァァァァァッ!』
……よもや、エルフの娘さんたちがこんな黄色い歓声をあげるとは。エルフ力士のまわし姿が、そんなに刺激的だったのだろうか。今回、聖地化した記念という事もあり普段は巡業で引っ張りだこになっているエルフ力士にも来てもらったのだが。
アイドルもかくやという人気ぶりである。そんなに裸体がうれしいのか。
『嘆かわしい。ああ、嘆かわしい。肌を見るだけでこの騒ぎよう。今は初っ切りを楽しむ時間だというのに。練習を重ねた結果、あのように分かりやすく相撲を説明できている。それを称賛するべきなのだ。何故それがわからんのだ我が子らよ』
アラニオス神、すみません愚痴がこっちに流れ込んでくるんですが。なお初っ切りというのは相撲の取り組みの前に行われる、禁じ手を面白おかしく解説する見世物の事だ。グーパンチしてはいけないとか、髷を掴んではいけないとかそういうやつだな。まあ、この世界の力士は髷を結ってはないのだけど。この神事を始めて見る者も多い事から、ついでに基本的なルール解説もやっている。
エルフやドワーフが参加するので、追加された禁じ手もある。ドワーフの髭を引っ張ってはならない。エルフの耳を引っ張ってはならない、などがそれである。
しかし、アラニオス神の嘆きもわからないでもない。初っ切りは中々コミカルで俺も好きな出し物だ。ぶっちゃけると、こっちの世界で初めて見た催しだった。テレビの中継じゃあやってるの見たことないし。
さておき、そんな見事な見世物にするには練習が必要だ。だけどお姉さんたちは、エルフ力士の裸に夢中。正直気持ちは分からないでもない。鍛えられ、磨き上げられたエルフの裸体というのは男のそれであっても色気がある。なるほど、エルフ力士があっちこっちの興行で引っ張りだこになるというのもわかる話だ。
エルフを慈しむアラニオス神としては、力士の努力を見てもらえないのが悔しいんだなぁ。
「まあ、相撲が始まればまた違ってくるだろうけど」
「わう?」
「ああいや、こっちの事。さて……お?」
警鐘が鳴り響く。どうやらアンデッドがやってきたようだ。さて、ここしばらくうちのダンジョンを悩ませていたアンデッドの群れ。先輩の話によれば、元はダンジョン背信者達が、反乱の為に用意した戦力だったらしい。本来なら、あの事件の時に使用されて、ここいら一帯に混乱をまき散らしていたようだ。
しかし、手違いがあった。ビクスラーダンジョンの傘下になった、ウチと比較的近場にあったそこ。なんと、件の事件の時に反乱があってダンジョンマスターが殺されたとの事。
ダンジョン背信者の息がかかっていたはずなのに何をやっているんだ、と思ったのだがどうにも原因はまさにソレらしく。ビクスラーダンジョンやアマンテのバックアップを受けて好き勝手やるダンジョンマスターに腹を据えかねた内部勢力が、反逆したのだと。
事故だったのか、それとも覚悟の上だったのか。ともあれそのダンジョンは消滅。アンデッドを使った混乱計画もおじゃんと成り果てた。巻き込まれた人の事を思えば哀れとも思うが、ミヤマダンジョンの主としては正直助かった。
あの混乱期に、大量のアンデッドの相手をさせられては相当な苦労を強いられたことだろう。エルダンさんやジジーさんがいたから、壊滅は無かったと思いたいが万が一の事態も十分考えられる。
まあその結果、集められたアンデッドはしばらく放置され。うちのダンジョンへの嫌がらせとして再利用される事態になったのだから何ともはや。それでも、かつてと比べて今の方が圧倒的に対応力が上がっているからまだマシなんだけど。
「お待たせしました。現状、どうなってます?」
門前町の天幕に入ると、甲冑姿のエラノールが素早く近づいてきた。この甲冑、言うまでもなくソウマ領で制作されたもの。懐に余裕ができたので、彼女の為にオーダーメイドしてもらった。
注文自体は結構前だったのだが、向こうの職人さんがそれはそれは丹精込めて作ったため時間がかかってしまった。その甲斐あって、フルプレートアーマーに匹敵する防御力とそれを凌駕する機動力を両立させることに成功したのだとか。
性能は十分、そしてエラノールも目を輝かせて喜んでくれたのでいい買い物だった思う。
「門前町前方に、事前の連絡通り『門』が出現しました。そこからアンデッドが多数現れております」
いうまでもなく、それを手配したのはオリジン先輩……というよりグランドコアだ。件のアンデッドの巣窟と各ダンジョンを門を使って繋げたと。加えて先ほど俺も使ったあの招来旗だ。招き寄せるための方法としては十分であることが、今の状態からして証明されている。
「今回は、今まで以上に強力なアンデッドが現れておる。あの旗の力だというのなら、事が終わったら譲ってほしいものだな」
「高そうだし、アレ使った策謀は怖い人に叱られるから止めた方がいいよ神官さん」
「ほう? 一体だれが我らを叱ると?」
「エウラリアさんとキアノス神」
「……自重しよう」
流石のダークエルフの神官さんも、英雄相手は分が悪いらしい。……控えめにいって、信仰に関してはガチだからなああの人。普段は物腰柔らかだから、勘違いしたり油断したりする連中がたまに居る。そして事故る。
「あー……それで、どんなアンデッドが来ているの?」
「う、む。そうだな、ゾンビ、スケルトン、グール、デュラハンなどの他には、ソウルイーターが確認されている。名前の通り、生きる者の魂を喰らう呪われた怪物だな。四つ足で、でかい口を持つやつだ」
神官さんの説明に、ダンジョンアイを使って現場を確認してみる。門前町の防壁では、さっそく射撃部隊が応戦していた。アンデッドの動きは鈍い。まず、昼間であるだけでも連中にはマイナスだ。加えてここはアラニオス神の聖地であり、それに奉じる儀式が現在大盛り上がりで進行中だ。
なので、ゾンビ、スケルトン、グールなどは歩くだけでも消耗している。これに対アンデッド用錬金術薬が塗られた矢玉が叩き込まれれば、一発二発で容易く行動不能に陥る。もっとも数のいる連中がこのように処理できるのは助かる。矢玉は山のように準備したが、無限ではないのだから。
で、件の怪物を戦場で探せばそれは割と簡単に見つかった。なにせ、集中砲火を受けている。プルクラ・リムネーの防壁から長距離射撃が届いており、これがまた深々と突き刺さっているのだ。
「ガァァァァァァァ!」
おぞましい咆哮が戦場に響いている。身体構造は虎に似ているが、体毛は全くない。分厚く不気味な血色の皮がむき出しになっている。頭部は神官さんの言う通り、兎に角口部が肥大化していて、頬がない。まともな生き物では無いという事がよくわかる。
冒険者がダンジョンで遭遇すれば、間違いなく強敵扱いだろう。それこそヘルム君のパーティのような、経験と装備が整った一流どころでなければ対処できないレベル。しかしここは俺のダンジョンで、現状は冒険ではなく防衛だ。状況が変われば脅威度も変わる。
何本もの矢が突き刺さって動きが鈍っていた所に、それはやってきた。真上から落とされた小樽。聖別された塩がたっぷり詰め込まれたソレをまともに食らってしまえばお終いだ。
自分の目で空を見やれば、大きく羽根を広げた者達が何人も見える。ブラントーム侯爵家より派遣された、飛行可能モンスターたちが存分にその力を発揮していた。
「やっぱ、上を取れるって強いなぁ」
「ええ。ダンジョン防衛の幅が大きく広がったと言えましょう」
筆頭ガーディアンのエラノール、満足気に上空を眺めている。うちは周辺が森であるため、攻撃できるポイントはかなり狭い。だからといって、ダンジョン攻略に来た連中が、対空装備を持っているかといえばまずないわけで。
射撃および上空爆撃から逃れたいなら森に逃げるしかない。しかしそこにいてはいつまでたってもダンジョンは攻略できない。そしてアンデッドはそういう事をする知恵すらない。結果的に袋叩きにされるしかないのが現状である。
それにしても、流石はブラントームの精鋭だ。ほぼぶっつけ本番だというのに、それを感じさせずスコアを伸ばしている。……その中に、うちの嫁さんが入って大はしゃぎしている事は目をつぶる事にする。何やってんですかねえ総務部長。
「スケルトンジャイアント、撃破。アンデッドの相手は順調だな」
神官さんも、現状に満足げの様子。ちなみにスケルトンジャイアントというモンスターは名前の通り巨人がスケルトンになったもの、ではない。たくさんの骨と呪いが寄り集まり、巨人のような形を作った怪物である。強さとしてはデュラハン以上……なのだが、しっかりした準備と集中砲火を浴びせれば撃破は難しくない。
「こっちは順調。……サイゴウさんは大丈夫かな?」
「ウルマス兄上と義姉が向かわれましたから、心配無用ですよ」
笑顔でイルマさんがそう太鼓判を押してくれる。実は俺もそこまで心配していない。サイゴウさんのダンジョンは少々戦力不足に陥っていた。彼のダンジョンは、きわめて強力な防衛設備が整っている。トラップや迷路の深さはウチなど遠く及ばない。
問題はモンスターだ。ヒュドラやゴーレムなどがおり、通常の防衛なら問題なくこなせる。しかしこういう大規模の戦いだと数が足りなくなる。ハイロウ貴族たちが叩き出された弊害がここに出ているのだ。
モンスターを増やすことである程度補っているのだが、指揮官が足りていない。後々はそれもモンスターで何とかする予定らしいのだが、今回は間に合わなかった。マンフレート王子達も国境の戦争に参加しており、今回は手が回らない。
そこで、ウルマス殿が手を上げた。奥方と一緒に助っ人に名乗り出たのだ。一騎当千の二人が参加すればまず安泰……だったのだが、ここであの二人はさらに戦力を増強した。
よりにもよって二人の古巣、守護騎士団のOBに声をかけちゃったのだ。一人でもドラゴンを倒せるようなガチの英雄の集まりである。現役引退しているとはいえ、全く戦えないならそもそも誘いに乗ったりはしない。
そんなわけで現在、サイゴウダンジョンは本気で難攻不落のダンジョンとなっている。あれを落とそうとしたら、それこそ三大侵略存在を山のように注ぎ込む必要があるだろう。
「それもそうだね。と、なれば後の問題は……」
などと口にしたのが悪かったのか。再び警鐘が、今度は一層けたたましく叩かれる。同時に、防壁で次々と爆炎が広がる。魔法攻撃だ。
「来たか。エラノール」
「はい。呪文防壁を展開。負傷者を下がらせます」
門前町の防柵を守るように、氷や岩の壁が追加されていく。呪文というのは、見えない相手にはそれを使う事ができない。じゃあダンジョンアイの目を借りれば使いたい放題かといえば答えは否。よほど特殊な状況でもない限り、間接的な方法を用いた呪文使用は不可能と聞いている。
そう考えると、コボルトシャーマンの『対象の臭いを目標にして呪文を使用する』というのがとてつもない特殊の力なんじゃないかと思えてくる。昔ダニエルに聞いたけど、人狼はそんな器用な事できないって言ってた。
まああいつ、一年以上修行しているけどいまだに攻撃呪文は一つも使えないんだよな。便利な呪文は色々覚えたんだ。戦闘で使えるのも一つだけ。全身に虫刺されのような「かゆみ」を与える呪文で、命のやり取りしている最中にはなかなか効果的なやつだ。まともな生物にしか効果がないのが玉に瑕だが。
話がずれた。ともあれ新しく発生した壁により、相手側の呪文攻撃は一端終わった……かにみえた。次の瞬間、門が爆音を上げて吹き飛んだ。
「くそ、やってくれる! じゃあ、後は予定通りに!」
「はい、お気をつけて!」
エラノール達に見送られ、俺は門前町の中央道に立つ。ダンジョン入口から、たった今吹き飛んだ門までまっすぐ続く道だ。当然、その下手人たちからも視線が届く。
「トレント!」
俺が手を上げて合図を送ると、ダンジョンの守護者は手筈通りにそれを広げてくれた。祭りなどでよくある、横断幕。横に広がるそれには、こう書かれている。
『歓迎ビクスラーダンジョン御一行様。↓私がダンジョンマスターです!』
もちろん、矢印の下には俺がいる。両手を上げてアピールする。……相手側が少々、茫然と立ちすくんでしまった。大丈夫かと一瞬不安を覚えたが杞憂だった。豪華な鎧姿の侵入者たちの中でひときわ目立つ、大柄というか太っちょ鎧が激しいアクションで俺を指さす。その動きで、停止していた襲撃者達が身震いした。
「……あ、動き出した」
『マスター! もう逃げないとやばいぜ!』
ブッチャーの焦った声に、俺はぐるりと百八十度向きを変える。そしてダンジョン目がけて走り出す。
「ブッチャー! クラッシャー! 命預けるからよろしく!」
『おお! ダンジョンモンスターの本懐! やるぜ相棒!』
喋れないリビングメイルは、手足の振りでやる気をアピールしてくれる。中に俺が入っているからほどほどにしてほしいな。と、いうわけでミヤマダンジョンお家芸、マスター囮戦法である。毎度毎度、これが一番効率いいってのは何だろうね本当。
だが、ハイロウは強敵だ。豊富な魔力に、優れた身体能力。粗製ながらも的確な訓練。そして豊富なマジックアイテム。トロルやオーガといった大型モンスターを一人で楽々倒しきる、敵に回すとこれ以上もないほど厄介な存在だ。しかも寿命が長くて美男美女ばかり。うん。今まで俺も恩恵を受けているからあえて口にしなかったけど、チートにもほどがある。
これを正面から受け止めるのはかなり厳しい。打ち合わせでもあったが、ハイロウだけならまだ頑張れるがアンデッドと一緒となれば努力ではどうにもならない所まで行く。
レケンスとホーリー・トレントを投入すればまた違うが、切り札をここで使うのは避けたい。なのでいつものお家芸というわけである。
走る俺の背後から、次々と何かが迫ってくる気配。見なくてもわかる。魔法攻撃だ。爆発する火球、氷雪の嵐、幾筋もの雷。そんなものを立て続けに食らっては、いかにクラッシャーを着て魔法防御力が格段に向上していても大怪我間違いなし。
しかしここは俺のダンジョンである。
『マスター! ばっちり奥方達が呪文を打ち消してくれたぜ!』
「助かった! 信じていたけど怖かった!」
『うはは、だよな!』
背中に背負ったブッチャーが後方を見てくれている。わざわざ振り向く必要はない。繰り返すが、呪文は視線が通れば相手に使う事ができる。俺が見えれば、攻撃してくるのは当然。ならば対策を取っておくのもまた当然。
イルマさんをはじめ一部の呪文戦力に、このための準備をしてもらっておいたのだ。その支援を受けながら俺はダンジョンの入り口に入る。視線が通らなくなり、逃げ込まれた場合連中はどうするか。
身体を動かすのはブッチャーに任せ、ダンジョンアイの能力を使う。蛇は懐に忍ばせてあるので俺から触れる必要はない。肌触りはもう慣れた。
視点は、ホーリ・トレントの枝の一つ。門前町が見下ろせる。入口から、重装備のハイロウ達がなだれ込んでくる。仲間たちはそれを邪魔しない。アンデッドの対処と負傷者を下がらせるので手一杯というのもある。
当然のことながら、アンデッドは連中を攻撃しない。あらかじめこの状況で襲撃を仕掛ける予定だったのだろう。攻撃されないよう対策を取るのは当然の事だ。相手は金持ちだから道具をそろえるのも容易だろうし。
なのでハイロウ達はスムーズに、中央通りを走り抜けた。そして予測通り、ダンジョンの入り口で足を緩めた。当然の事だ。罠と待ち伏せが満載の場所に、勢い任せで飛び込む馬鹿はいない。ダンジョン住まいのハイロウならば当たり前だ。
明らかな隙なので、そこを叩かせてもらう。側面から、上から。呪文や落下物による集中攻撃がハイロウ目掛けて放たれる。人数が固まっているなら範囲攻撃。基本である。しかし相手も簡単にはやられてくれない。対抗魔法で呪文打消し。盾の呪文で落下物に対処。ノーダメージで切り抜けられてしまう。
だが、それでいい。この攻撃の目的は、相手の呪文リソースを削る事だ。攻撃を凌ぎ切ったハイロウ達が、上を指さし慌てている。ダンジョンアイが乗った枝が激しく動き始めたので、見るのを止めた。
足元に敵が来たら殴っていいよと、ホーリー・トレントに伝えてあった。今頃フンガー! とやる気満々で枝やら根っこやら使って大質量攻撃しているに違いない。ちょっと地響きも伝わって来たし。もちろん、これでも対処しきれるとは思っていない。
「お待ちしておりました」
「わん!」
一階の案内役であるダークエルフの女性とコボルトが迎えてくれる。
「よろしく。一番えげつないコースを頼む」
「はい。お望みのままに」
艶やかに微笑んでから、彼女は俺を先導する。クラッシャーを着こんだ俺が歩くたびに、金音がにぎやかに響く。これでいい。連中はすぐに追ってくる。この音を聞いて、俺の後を。
そして、ダンジョンの罠にかかる。かからなくても、迷路と不意打ちを警戒して消耗する。いかにハイスペックを誇るハイロウと言えど、無限のリソースを持っているわけではない。だから、削る。
手塩をかけて強化し続けたミヤマダンジョン。迷路部分一階から地下二階まで。ここを最大限使って、侵入者のアイテムと呪文と体力を削りに削る。かつてソウマ伯爵に教えてもらった事を、ここで忠実に実行する。
まずは入り口はいっての十字路を右へ。まっすぐ進み、前進と左への三叉路にたどりつく。作った当初、左側は行き止まりだったがそれは過去の話。今はそちら側もしっかりと迷路と罠が満載されている。が、今回はそちらに向かわないようだ。
直進する。見えてくるのは上り坂。
「ここ、ワイヤーお気をつけて」
「了解」
うっかり忘れそうになるトラップを引っかからない様にまたぎ、坂を上っていく。クラッシャーのパワーアシストのおかげで楽に。さらにホーリー・トレントが根で階段モドキを作ってくれたので困る事は無かった。もちろん、侵入者にこのサービスはない。
「引っかかってくれるかなぁ」
「あの罠を作動させる間抜けはめったにおりません。期待は薄いかと」
「わうー」
だよねえあははと笑いつつ小走りで移動していたら、背後から重く硬い落下音。そして岩が坂を転がる重音に加えて悲鳴まで聞こえてきた。
「うっそだろ……」
「これは稀に見る間抜け」
「わふ」
例の太っちょのミスかしら。まあ、岩の一つや二つで戦闘不能になるとは思えない。少しばかりでもリソースを削る事が出来たら御の字だ。期待しすぎてはいけない。
各階層は、かつての一本道ではなくなっている。ゲーム的なダンジョンとは違い、徹底的に迷うように組んでいる。監修はもちろんダークエルフの皆さんだ。なので行ったり戻ったりを繰り返し、罠や通路をまんべんなく使ってから次の階層に降りる予定だ。
長い戦いになるだろう。小走りとはいえ三階層を進む俺は、体力が厳しいかもしれない。幸いなことにクラッシャーは自分で走る事ができる。最悪俺自身疲れ切って動けなくなっても、鎧に任せれば先に進むことはできる。動きは確実に遅くなるから、そうならないのが一番だけど。
ダークエルフさんたち? それぞれ担当階層が違うから、階段降りたら別の人と交代になる。なので心配はいらない。
俺は侵入者を更なる地獄に誘い込むために、ことさら鎧を鳴らしながら歩みを進めた。