カルチャーショック
今日も、帝都の転送ターミナルは混雑していた。せわしなく移動する人々。カートを引っ張って大荷物を動かす作業員。送り出す者、そして迎える者。転送を終えた俺たちは、場所を開けるべく前へ進む。床の表示や係員の指示に従って歩いて行けば、巨大な玄関ホールにたどり着く。
迎えに来てくれた人々に挨拶する。
「お待たせしました。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。今日はドドンとお任せください! ……しかし、今宵はずいぶんと整えてまいりましたなぁ」
イケメンダンディ人狼、クロード・ブラントーム侯爵。礼服を決めた俺を見ての言葉である。似合わない、とかいう弱音はもう言ってられない。社交の場でダサい恰好は死につながる。
「舐められちゃいけないからね。俺もクロード殿ほどの貫禄がほしいよ」
「はっはっは。父祖より受け継いだ魔物のパワーがみなぎっておりますからなあ、我が身体には」
「叔父様、ここで長話は厳禁ですよ」
「おおっとそうだった。ささ、皆さまこちらですぞ」
クロード殿の先導で皆が出入り口まで進みだす。今回ダンジョンから来たのは俺の他にはイルマさんとロザリーさん、エラノールと付いてきたいと駄々こねたクロマルである。こいつがわがまま言うのは大変珍しくて、つい連れてきてしまった。
まあ、クロマルは弁えているから危なくなったら身を守れるところに走るだろう。心配はしなくてよい。
で。車までまだ距離があったので、つい雑談を続けてしまう。
「それにしても、セヴェリもダニエルも久しぶりだね。元気だった? ちょっと背が伸びた?」
「はい、ミヤマ様もお元気そうで何よりです」
屈託のない笑顔を浮かべる黒髪の貴公子。今日は身分にふさわしい装いであるため、いつも以上にきらきらと輝いている。
逆に、牙を見せて不満を浮かべるのは人狼青年。こちらも高そうな礼服を着こなして、父親譲りのイケメンぶりなのだが。
「正直申し上げまして、故郷の生活は窮屈です。ダンジョンに戻りたくて仕方がありません」
「ははは。しばらくは貴族生活がんばってね。いつでも遊びに来ていいから。いやあ、しかし二人とも今日はすげえカッコイイね。女の子が放っておかないね」
家で働いていた二人の立派な姿に思わずテンションが上がる。が、当の二人は苦笑いを浮かべてお互いを見やるじゃないか。
「……ミヤマ様。そういうお言葉は姉上たちにお願いします」
貴公子殿は、着飾った我が妻たちに視線を送る。うん、いつも美人だが服装が変わるとそれが更に引き立つね。二人とも既婚者という事で煽情的なドレスではないけれど、代わりに一流の職人による気品と豪華さにあふれたそれを纏っている。
「大丈夫ですよセヴェリ。旦那様はダンジョンでこれでもかと褒めてくださいましたから」
「一体何回、奇麗だ好きだ愛している結婚してくださいって言われたか数えておりませんわ。女性をほめる語彙が少ないのは、一周回って好ましいですけど」
「恥かしいのでご勘弁ください」
いや無理だろう。日常生活を送っていても、ふとした瞬間見惚れてしまうのだ。そんな彼女たちが着飾ったら、惚れ直すのは当たり前。万古不変の真理では? 百回結婚申し込んで当然では?
それはそれとして、ほかの人にばらすのは勘弁してください。死んでしまいます。
「さあさあ皆さま、急ぎませんと。約束の時間にまにあいませんよ?」
「わんっ!」
エラノールとクロマルに急かされて、ブラントーム家が用意した送迎車に乗り込む。もちろんセヴェリはヤルヴェンパー家の車だ。互いに、護衛の車両が何台もついている。世間様から見て過剰でない程度に厳重に。乗っているのは両家が用意してくれた一騎当千の強者だ。
『亜神程度でしたらこの戦力で討伐可能ですぞ!』
と、クロード殿のお墨付きである。いやあ心強い。いっそ今ビクスラーダンジョンが手を出してきてくれないかなぁ。その方が話し合いの時に使えるカードが増えるんだが。
そんな邪な思いが良くなかったのか。車は無事目的地に到着してしまった。残念。さて、場所は中央区画の貴族街。ここには様々な用途の設備が存在し、必要なものに貸し出されている。今回のような夜会用のホールや、遊技場などは序の口。複数人からなる部隊同士で戦い合える練兵場。騎馬や戦車で競い合える競技場。果ては水生魔物用の水泳場などもあるらしい。流石帝都、いたるところに手が届く。届きすぎて節操がないまである。
何でこんなに貸し出し施設が充実しているか。聞いた話によるところ、理由ははるか昔にさかのぼる。アルクス帝国が豊かになり始めた頃、貴族たちはこぞってその財を示し始めた。大きなホールを建設したり、宮殿のような屋敷を作ったり。初めの頃はよかったが、帝国が続くにつれて貴族もまた増えていった。で、先人に倣ってそういったものを作っていくから場所はどんどん足りなくなる。ついに土地の争奪戦にまで発展したところで、先輩がキレ芸を披露した。
オリジンの意向を背負った時の皇帝、貴族保有の設備をすべて強制買取。出来が良かったり歴史があったりした一部を残して解体。共用施設を跡地に設置して、今のようになっている。
なので、地方の貴族も今回のようにホールを借りて夜会を開くことができるわけで。ビクスラーダンジョンのダンジョンマスターを輩出するクロイツァー伯爵家も、そのようにして今回俺たちを呼びつけた。
「そういえば、サイゴウさんは先に到着してるんだっけ?」
車から降りながら訪ねると、セヴェリが頷いてくれた。
「はい。ウルマス叔父上と共に到着されています。すでに中にいらっしゃるかと」
「それはよかった。それじゃあ俺たちも」
会場は、外から見ても華やかだった。白い外壁は宮殿のようで、魔法の輝きによってライトアップされて幻想的ですらあった。さらに花飾りもいっぱいで、その香りが上品に漂っている。
建物に入れば、昼間のような輝きと柔らかな赤い絨毯がお出迎え。世界で最も栄えている街の夜会にふさわしい、豪華さと特別さを演出している。
「いやあ、にぎわっているね」
「ええ。我らの目論見通りですぞ」
ワイルド極まりない、牙をぞろりと見える笑みを浮かべるクロード殿。彼の言う通り、入り口ホールは笑顔と怒りに溢れていた。
「これは、いったい、どういうことだ!!」
知らない、たぶん貴族っぽいのがキレ散らかしている。美形だし、服装だって整っているのにその振る舞いが台無しにしている。まるで子供かチンピラか。
そんな彼は身振りに手ぶり、地団駄を踏むなど全身で怒りを表している。正面に立つのは我がガーディアン。ヨルマ・ハカーナ・クローズ子爵である。
「どうもこうも。ミヤマ様とサイゴウ様。お二人もダンジョンマスターをお迎えするのです。お会いしたいという人々が集まっただけの事」
「呼んでいない!」
「はい。貴方方には関係ない事。我らで勝手に夜会を開いただけです。そちらのお隣で」
これが、ヨルマの作戦である。相手が俺たちを呼び出して拉致るつもりなら、こっちはそれ以上の戦力で囲んでやればいい。具体的に説明すると手順はこうである。
まず、クロイツァー伯爵家がホールを借りるのをチェックする。これは簡単だったらしい。ホールは帝国が一括管理しているので、担当部署に問い合わせるだけだった。で、貸出を確認したら、同じ建物の残りのホールをヤルヴェンパーとブラントームで確保。後は中身を詰めるだけ。
これに関しては、家のダンジョンで預かっているハイロウ貴族たちの実家を使った。俺たちとの縁を深めたいし、害を為そうとしている連中を袋叩きにしたいとノリノリで参加してくれている。
それから、嫁さんの実家の知り合いも呼んでいる。なんだかんだ世話になっているところも多いので、この際にという話になっていた。無事に済んだら方々にご挨拶せねば。
そんなわけで、両隣にぎっしり敵戦力が詰まった状態で話し合いがスタートします。俺も、相手がテーブルを蹴らないか心配したのだけどみんなが言うにはそれは無いとの事。
「何か問題がございますか? そちらの都合が悪いとおっしゃるのでしたら、延期にお付き合いするのもやぶさかではないのですが」
途端に、周囲から忍び笑いが聞こえてくる。淑女たちは扇で口元を隠し、紳士たちは余裕をもって。そして俺の隣でイルマさんがささやく。煽るための演技ですよー、と。へー、そうなんだー。流石だぜ帝国貴族。不確定名クロイツァー伯爵家の人、顔がどす黒く真っ赤になっている。
「ここで逃げたら、帝国社交界でさらし者になりますからね。家の名前が地に落ちますよ」
「地方貴族だから関係ないって突っぱねるんじゃ?」
「旦那様、地方貴族であっても帝国の影響は当然受けます。商業派閥からのあれやそれやも滞るでしょうね」
妻二人が、ほどほどの声で説明してくれる。当然周囲には聞こえるわけで、これまたざわめきを増やしていく。うーん、逃げ場無し。
「おう、ミヤマ。こんばんわ、だな」
酷い有様を眺めていたら、ウルマス殿と一緒に彼がやってきた。
「サイゴウさん、こんばんわ。かっこいい礼服じゃないですか」
「止めろ。マンフレート達がやいのやいの煩かったんだからよ」
いつもはいつもはガラの悪いオタ兄ちゃんといったサイゴウさんだが、髪型と服装を変えれば印象も変わる。細身だから貫禄はないが、抜き身の刀のような鋭く切れ味のある印象。そう、ヤクザの若頭……という表現は外聞が悪すぎるか。ともあれ、今の彼を見て侮るのはよほどのバカだろう。
「……ええい、当主様とダンジョンマスターがお待ちだ。さっさとついてこい!」
ついに案内人だったと思われる彼は、全身から憤懣を噴出させつつ歩いて行ってしまった。それを見て、ギャラリーはさらに嘲笑を深めるのだから……。いや本当、社交界は怖い所だな。
「お待たせしましたミヤマ様。さあ、こちらへ」
「ありがとう、よくやってくれた」
ヨルマをねぎらいながら、皆で進む。周囲には見知った顔があるから心強い。ナルシスとニナの兄妹も、今日は着飾って参加中だ。最近あの二人、冒険者ぶりが板について大きな成果を次々と上げてるんだよなあ。普段は武器をぶん回して怪物相手に大暴れしているのに、こういう場では見事な貴族ぶり。身についた技能というのはすごいものだよ。
しかしまあ、家で預かったハイロウ貴族がこういう形で役に立つとは思ってなかった。純粋戦力を求めた結果だったんだけどな。
仲間たちに見守られながら入ったのは、クロイツァー伯爵家の借りたホール。その中は、ギラギラと輝いていた。そう、本当にギラッギラだ。金ぴかの像、魔法の武具、宝石類。果ては花瓶に生けられた花すらも自己主張が激しい。
外観は社交の武具だとは散々自分で言ってきたけれど、これはひどい。マウント取るためにひたすら豪華なものを並べてある。自分ちで所持しているのかレンタル品なのかはわからんが、手間暇はかかっているだろう。それを差し引いてもただただ主張が鼻につく。シンプルに言えば……下品だ。
そして、中にいた連中もこれまたひどい。敵意と怒りをみなぎらせてこちらを睨みつけてくる。一人二人じゃない。数十人、男女問わずそんな感じだ。ほとんどがハイロウだから、見目はいい。力だって一般人が逆立ちしてもかなわないほど持ち合わせている。
だが、薄っぺらいのだ。これは俺が、一年以上にわたり本物の戦士をたくさん見たからこそ言える事だと思うのだが……底が浅い。まず、基本的に筋肉が足りていない。一対一の殴り合いで、ナルシスに勝てるのがこの中でどれほどいるやら。ニナにもほとんどが勝てないだろう。魔法無しで、である。
なぜそんなことがわかるかといえば、立ち姿が悪いのだ。まっすぐ立つ、というのはそれだけで筋肉を要求される。立ち姿を維持するのは大変なのだ。おれもエンナさんの訓練でそこは散々体感している。
周囲の連中は全くそれができていない。舐められない様に調度品をこんなに並べてるんだろうけど、中身が全く伴ってないじゃないか。
そして何より、これから話し合いをするという場で自分たちの感情をそのままぶつけてくるというのは論外だ。相手を尊重するという態度が欠片も存在しない。クレームを言えば何でも思い通りになると思っている。迷惑来店者と同じだ。
以上の事からビクスラーダンジョンへの第一印象は、最悪の一言に尽きる。
「よくもこんなふざけた真似をしてくれたな!」
そして第一声は、罵声から始まった。挨拶も無し。部屋の中の連中が、好き勝手吠え始める。
「我らビクスラーダンジョンを何だと思っている! 三百年の実績があるのだぞ!」
「発生したばかりのダンジョンが粋がりおって! 格の違いもわからんか!」
「謝罪しろ! 地面に這いつくばって! それから賠償金……」
半包囲されて、ひたすら怒りを浴びせられる。誰が何を言っているのかもわからない。うんざりするが、一声出した所で止まるとも思えない。どうしたものかと思っていたら、一人の人物が身を乗り出した。大きく息を吸って。
「喧しいわこの木っ端どもがぁぁぁぁぁぁぁ!」
大咆哮。クロード殿が全身を震わせながら吠えたける。藁や材木でできた家なら一息で吹き飛ばせそうである。グレーターワーウルフの激怒を浴びせかけられて、好き勝手罵声を吠えていた連中は全身を震え上がらせた。
「恐れ多くもダンジョンマスターに、そして侯爵であるこの私に! 田舎で引きこもっている貴様らごときが喧嘩を売ってくるとはいい度胸だ! 買うぞ、喜んでな! 今すぐ飛行船団を送り出して貴様ら御自慢の大国とやらを灰に変えてくれるわ!」
「クロード殿、落ち着いて、落ち着いて」
今すぐ飛び掛からんとする彼の背をなでる。うん、演技かと思ったらわりとマジギレされてるんだもの。これは危ない。本気でこいつらを八つ裂きにしそう。たぶんできる。それも楽に。
クロード殿の圧が一瞬緩んだところで、するりと一歩を踏み出したのはヨルマだった。
「挨拶もせず囲んで罵倒。これがビクスラーダンジョンの、そしてクロイツァー伯爵家の流儀ですか。これは斬新です。今年の社交界はこの事でしばらく持ち切りでしょうね」
「我らを愚弄するか!?」
「事実を申し上げたまでです。実際あまりにもお粗末な振る舞いが目立ちすぎます。貴方がた、入り口で私たちの確認すらしなかったでしょう。ここに居るのが誰なのかすら理解できていない。だから開口一番で罵倒するなんて愚かな事をしてしまう。本当、今までどのような夜会に出席されていたのです?」
そういえばそうだったな。何の確認も受けていない。何だったら、武装しているかどうかすらチェックを受けていない。……なんかね、さっきの罵倒を思い返すとこう考えてしまう。
完全に、格下を呼びつけた気になっていたのだと。相手は自分たちに頭を下げに来たのであって、反抗などこれっぽっちも想定していなかったのだと。
あまりにもお粗末。あれだけ頭を悩ませたビクスラーダンジョンの中身がこれか。これは……アレだ。昔うちのダンジョンから追放したブタ、じゃなかったイタロ子爵と同じタイプなんだ。もしかしたらあれより悪いかも。……あ、たしかおとり潰しになったって聞いたからイタロ元子爵だったっけ。
恐怖と憤怒と混乱でまともに物を考えられない連中に対して、ヨルマは淡々と言い放つ。
「先ほど入口にいらっしゃった方にもお伝えしましたが。話し合いの準備ができていないというのなら、今回は延期という事に致しましょう。我らの事はご心配なく。すぐ隣で縁のある夜会が開かれておりますので」
「あっはっは」
声を出して、わざとらしく笑って見せる。わお、周囲の皆さんの顔色が、青から赤にまた変わった。最初は真っ赤だったし、こんなに急激に血の気が変動したら身体に悪そうだな。どうでもいいが。
いよいよもって話し合いの雰囲気ではない。ここは一度帰ってもいいか。今回の事を交渉のカードにして次のテーブルで有利に……。
「大変失礼いたしました。そしてお待ちしておりました。テーブルをご用意しておりますので、どうかこちらへ」
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