東の大国
訓練終わって日が暮れて。反省会もつつがなく進み、お疲れさまでしたと解散。俺は新築の自宅に戻ってきた。戻るたびに思う。デカい。無駄にデカい。お客を迎えるためには必要だし、ダンジョンマスターの格を見られるからと説得されたが。単純に生活する場としてはあまりにもデカい。
維持するのにイルマさんやロザリーさんの実家から、執事やらメイドやら庭師やらを追加雇用することになった。……まあ、それに関しては両家への貢献になるからいいんだが。
屋敷専門の警備兵まで増やすことになった我が自宅。……まあ、この下にダンジョンコアがあるから無駄ではない。ちなみに、警備兵の給料はかなりよい。家も支給しているし、家族もダンジョンに住んでいる。
そこまで警備兵を優遇するのは理由がある。彼らはいざという時、命を投げ捨てても屋敷を守らなくてはいけないからだ。俺としてはそんなことはしてほしくない。危なくなったら逃げていい、と言いたい。だがダンジョンコアのある場所の警備を任されていざ逃げたとなった時、兵士達にアルクス帝国で生きていく場所は無い。
コアの破壊はダンジョンの死。ダンジョンの為に存在すると謡う帝国の臣民として、決してやってはいけない事なのだ。なので彼らはその時が来たら死なねばならない。全くもって酷い話だと思う。
そういうわけなので、兵士達への福利厚生はとても厚くしている。家族をダンジョンに招いているのもその一環だ。……本当いえば、自宅警備ではなくダンジョンの防衛に入ってほしい。兵士たちの腕は一流だ。エラノールやエンナさんと互角に戦えるレベルの精鋭なのだ。
が、これ位でなければ周囲が納得しないと言われれば引き下がるしかない。本当、俺のダンジョン複雑怪奇になり申した。
さて、そんな屋敷の談話室。やや疲れているが、相談事があってお客を招いていた。ヤルヴェンパー公爵家からセルバおよびバルコ地方を任されているウルマス殿だ。応対するのは俺とイルマさん、ロザリーさんのみである。世話係にノワールもいるが、話に参加しないからカウントしないものとする。
「大襲撃に向けた避難計画、ですか」
いつも明るく好青年であるウルマス殿、俺が振ったこの話題には表情を引き締めた。
「サイゴウさんから相談されたんだけどね。……前の大襲撃から、それなり時間が空いてるらしいじゃないですか。次を意識するには、十分なくらいに」
「……ええ、そうですね。直後という言葉はとうの昔に使えなくなっています」
大襲撃。三大侵略存在をはじめ、異世界の勢力が一斉にこの星に攻撃を仕掛ける時期。一般的な国家は跡形もなく崩壊し、生半可なダンジョンも踏み潰されるという大災厄。
残念なことに、これには決まった周期というものがないらしい。大襲撃が終わった直後は流石にない。だがそれから時間が立てば話は別。いつ起きてもおかしくないのだとか。一応、予兆らしいものはいろんな方面で捉えることができるらしい。
それは神託だったり、精霊のざわめきだったり。一番確実なのはオリジン先輩が発する警報で、これは外れたことがないとの事。そりゃあまあ地球から人さらいができるグランドコアがいれば、他所の世界を覗くなんてわけないのだろうけど。
幸いなことに、今のところそう言った予兆は無い。しかし油断していいものでもない。対策用の準備というのは、必要になってすぐ用意できるものじゃないのだ。
「サイゴウさん、セルバに強い責任感じているからいざという時はなるべく助けたいって。で、これを用意しようかと思ってるって話をしてくれて」
そういいながら、おれはダンジョンカタログを広げて彼に見せた。それは、本当に最後の方に掲載されていた。
『アーコロジー 五千コイン 都市一つ(アルクス帝国基準。他国であれば国一つ)を内包可能な巨大建築物です。居住区画、農業区画、商業区画、工業区画が建物内にそれぞれあり、ヒトが生存する上で必要なすべてが揃っています。事故や外部からの襲撃が無ければ百年の存続を保証します。外部からの補給物資があるならば、それ以上の継続使用が可能です。居住者のすべてが未教育であっても、教育用ゴーレム・サーバントが用意されています。治安維持も、対象がハイロウ以外であるならば問題なく制圧できる戦力が配備されています』
……まあ、なんというか。先輩すげぇもん用意してますねって思った。過去にほかのダンジョンマスターから泣きつかれたんだろうか。懇意にしている周辺住民を助けたいって。
どんな要望があったかは分からないけど、アンサーとして用意した結果がこれ。めんどくさくなって容赦なくデカい箱をぶつけた。なんだかそんな感じがひしひしと感じ取れる。ファンタジー世界の住人には伝わりませんよ先輩、アーコロジーとか。
ともあれ、欲しい機能は完璧に備わっている。生活、労働、治安維持。ダンジョンマスターの負担は最低限で、多数の人々を大襲撃から救える施設だ。コイン五千枚も納得、むしろ安いまである。……これと同額で買えるモンスター、アントクイーン。改めてどんな性能なのか地味に気になる。
ページを確認したウルマス殿は、なるほどと頷いた。
「こことサイゴウダンジョン、それぞれがこれを用意するならばセルバとバルコは十分に足りるでしょう。幸か不幸か片や衰退で、もう片方は内乱で人が減っている……というのは帝国の臣民である私が言っていい事ではありませんが」
「ダンジョン背信者がやらかしたことだから、気にしすぎてもどうかと思うけど。……でもそうか。ウルマス殿がそう言ってくれるなら、ここいらについては一棟でいいか」
「一棟、とおっしゃるからにはほかにも?」
「ブラントーム領の住民も、受け入れる必要があるから」
ロザリーさんの実家は我がダンジョンのメインスポンサーである。こちらをないがしろにして周辺住人を受け入れるのは大きな問題となる。詳しい話は改めてクロード殿としなければならないが、できうる限りは受け入れたいと思っている。
「ふむ。という事は、私への相談というのはダンジョンコインの貸出を我が実家へ口利きしてほしい……いや違いますか。この程度ならイルマに頼めばいいわけで」
「ええ。なるべくは地力で稼ぐつもりですけどね。当てもありますし」
地下世界に生息する多数のモンスター。冒険者が遭遇して退治したり、ダンジョンへ向かって侵攻してきたり。これらの対処により、コインはかなりの頻度で手に入る。
加えて、グランドコアへの間引き協力。毎回ひどい目にあうが、こなすたびにまとまった数の報酬を貰えている。これらを勘案すると五千枚、そして一万枚という数字は決して遠いものではない。一棟目は数か月で、二棟目も来年の春ぐらいには用意できそうだ。
もちろんこれは、捕らぬ狸の皮算用。何事もない事を前提にしている。……何かとトラブルが絶えない我がダンジョン。波乱のひとつやふたつ、あって当然なくて不自然。嫁さんの実家に頼るのは最後の手段にしたい所。いざとなったら躊躇うつもりもないが。
「ウルマス殿に相談したいのは東の国、ディアマン王国についてです。あの国が今後どう動くか。そしてあの国のダンジョンの動向も」
ディアマン王国は、大国だ。国土面積はセルバとバルコを足したよりなお広い。かつては小国だったが、ダンジョンの支援を受けて強大化。周辺国家を併呑して今の状態になったと聞く。
三つのダンジョンが国内にあったが、件の反乱事件の際に一つ消滅している。それでずいぶん混乱したらしいが、最近になってやっと落ち着いたとか。……そんな状態でもセルバに対する嫌がらせや国境争いは継続していたっていうんだから、大国の底力というか度し難さというか。
こういったあらましは方々から聞いている。しかし今後の為にはより正確な情報が必要だ。そこでウルマス殿である。セルバとバルコの復興の指揮を取っている彼は、実家の部下を使って地域周辺の情報を集めている。今夜御足労願ったのはこれが理由だった。
「そういう事ですか。確かに面倒ではありますね。実を言えば、バルコ側もずいぶんと土地を取られている事が発覚しまして。内乱でそちら側に手が回らなかったらしいんですよね」
「それについても背信者が引っ掻き回してたのでしょうし、しょうがない所でしょう。……今後も、セルバとバルコを削りに来ると思いますか?」
「そうする気はあるでしょう。周辺の国を併呑し、帝国に負けぬ力を! ……と、拡大路線を開始してからずっとやっているようですからねディアマン王国は」
「身の程を知らなさすぎでは?」
国一つ隔てているとはいえ、帝国との国境がすぐ近くにあるのにその認識は何なんだ。俺が呆れると、イルマさんが苦笑して説明してくれる。
「ナツオ様。たとえディアマン王国のような……外国では大国などと呼ばれる国であっても、他国を正しく認識している知識層は少ないのです。多くの民にとっては、帝国は大きな外国程度の認識でしょう」
「イルマのいう通り。私はバルコで多くの民と接しましたが、農夫たちの認識はおおむねそのような感じでしたね。流石に商業に携わる者たちはより高い知識と認識を備えていましたが……それにも程度の差がありました。一人で行李を背負って行商をする者などは、農夫と変わらぬ者もおりました。彼らにとっては遠くの帝国よりも明日の銭なのでしょう」
ウルマス殿が肩をすくめる。ロザリーも何やら遠い目をして思い出す。
「……ブラントームの領民も、村住まいのものはそんな感じでしたわ。実家と街についてはギリギリ知っているレベルでしたが、帝都については皇帝陛下が住む大きな街程度で。オリジン様については神様扱いで深い知識がないとかざらでしたもの」
うーむ、知識格差。それじゃあ妄言に踊らされても無理ないわ。たとえ知識層がまともなこと言っても、民衆の声に押し流されるだろう。貴族や王様が力を持っていても限度がある。
「そしてそういった拡大主義を煽っているのがほかでもない、かの国にあるダンジョンです。国の上層部から下々まで、すっかり毒されています。ダンジョン壊滅の混乱時でも国境を脅かしていたのはそういった背景によるものです」
「ダンジョン何やってんの」
思わす辛辣な声が出た。でもこれはしょうがないだろう。俺たちの本分は、ダンジョンを守る事にある。周辺地域の安定はそれに寄与するが、他国への侵略を煽るのはやり過ぎだ。……いや、別の可能性があるか。
「そこまでしないとダンジョンの安全が得られなかったと?」
戦国時代のように、どこの国も奪い合って当然みたいな空気であればやむなしなのではないか。そんな考えに至った俺の問いに、しかしウルマス殿は首を振る。
「ダンジョン成立の初期には、わずかながらそんな空気もあったようですが。王国がダンジョンの支援を受けるようになった後は、周辺との国力差が開くようになりました。わざわざ戦争して併呑しなくてもダンジョンは安全だったでしょう」
「では、なぜ?」
「それはもちろん利益があるからでしょう」
ロザリーさんが順序だてて説明してくれる。国が大きくなればそれだけ経済規模も膨れ上がる。小さな国相手では得られないものがダンジョンに入ってくる。国家のパトロンになる事は、ダンジョンにとって利益があるのだ。特に、帝国の外にあるダンジョンには。
理解はできた。だがもろ手を挙げて肯定はしがたい。確かに、金銭があればできることは増える。ダンジョンの為には覚悟を決めて諸々の事に手を出す必要がある事も認める。しかしだからと言って戦争を起こすのはやり過ぎだ。ヒトが死ぬのだ。恨みを買うのだ。金銭や権力の為に、敵を増やしてどうするというのだ。
……セルバやバルコがディアマン王国に奪われた土地を奪還するのに手を貸そうとしている今、人の事を言える身では無いのかもしれない。だがそれでも、このやりようは認めたくも納得もしたくない。
何とも言えぬ苛立ちがふつふつと煮え立つ。黙る事でそれを押さえている俺の横で、イルマさんがふとそれを口にした。
「あの、お兄様。そもそも件のダンジョンは、それほど利益を必要としているのですか? 大国とまで呼ばれているのですから、ダンジョン運営にはもう十分なのでは? 更に領土を拡大させる理由は……」
「ないよ。ダンジョンの為に利益を欲しているのではない。住まう者たちの贅沢の為に欲しているのさ」