模擬戦反省会
苦痛軍。殺戮機械群。ゼノスライム。三大侵略存在と呼ばれる、この世界を脅かす存在達。これに加えて竜、巨人、亜神。これらを凌げて初めてダンジョンは一人前という評価を得られると聞く。
正直言って、要求レベルが高すぎると思う。しかし、大襲撃ともなればそういったものが襲ってくるのが当たり前になるのだと先輩がおっしゃる。であれば、どれほど無茶であっても備えなければいけない。
幸いにも我がダンジョンには水の大精霊レケンス、アラニオス神の眷属ホーリー・トレントという強力な仲間がいる。今回はレケンスを亜神に見立て、模擬戦をしようという計画を立てた。ぶっつけ本番よりも、練習で自分たちの足りない部分を見つけ出そうという考えだ。
竜だの巨人だのと言った連中は、単体では襲ってこない。かならず何かしらを兵士として連れてくると聞いている。そこで最初は、エルフ達をその役にするつもりだった。しかし、酒の席でサイゴウさんにこの計画を話すと『俺も混ぜてくれ!』と乗ってきた。
やはり彼もダンジョンマスター、備えの大切さは身に染みているんだろう。俺より先輩なのだから当然か。そんなサイゴウさんの声掛けにより、マンフレート王子が率いるセルバ騎士団が参戦。モンスター達と一緒に兵士役を買って出てくれた。ダリオ達周辺領主の皆さんもこちら側だ。
おかげで事前準備から色々大変になってしまった。特に大変だったのは、上司への事前報告。人がたくさん集まれば、これ幸いとモンスター処理を押し付けてくるのがグランドコアという存在だ。
しかし、全く話が通じない相手というわけでもない。ダンジョンの強化のための催しなので、今回は勘弁してください。代わりに近々に処理を請け負いますので、と申し出たおかげで模擬戦は無事開催できた。
……まあその、事前の処理で殺戮機械群を二ダース以上送り付けてきたのには普通にキレたが。多いんだよ! ヤバいんだよ! いつもは控えてもらっているレケンス達を動員するほどのピンチだったよ! 危うく計画そのものが潰れかけたわ。
ともあれ、すったもんだあったものの無事終了。片付けを部下たちに任せつつ、主要メンバーを集めて反省会を開始する。場所は門前町の広場。天幕を張って、テーブルを置き皆に囲んでもらっている。上座には俺とサイゴウさんが座っている。
「はい、それじゃあお疲れ様でした。これより反省会を始めます。まず俺から全体的な感想を。みんなとてもよくがんばっていた。襲撃側から見て、エルフ達もダンジョンチームもとても強かった」
「特にエルフがやばかったよなー。森の中じゃ本当、ボッコボコにされたぜ」
サイゴウさんも深く頷いている。エルフ達を率いていたダイロンも、俺たちの言葉を胸を張って聞いている。色々と厳しい立場だから、こういう時は花を持たせてあげたい。が、バランスを取る為かそれとも天然か。厳しい言葉がレケンスより告げられる。
『しかし城壁の守りがお粗末でしたね。私の水流だけで散らされるようでは、今後に期待が持てません』
「いや、流石にあれは厳しいと思うよ?」
『ドラゴンだってブレスを吐くのです。せっかくの高所からの射撃が、あの程度で沈黙するようではいけません』
「防御力の向上は考えなければいけない所ですね。ダンジョン設備も考慮すれば何か準備できるかと」
「そうだね。エルフの射撃力を損耗させるのはよろしくない。こちらで動こう」
イルマさんのアイデアに頷く。が、このやり取りに慌てたのはダイロンだ。
「あの、そのようにお手間を取らせるわけには……」
「これはダンジョン防衛にかかわる問題だ。必要だからやると言っているの。いいね?」
「は……。申し訳ありません」
強引に黙らせる。これ以上負債を増やしたくないという気持ちはよく分かるがね。
「マンフレート王子。直接戦った立場から、何かありますでしょうか?」
「はい、まずはお礼を。このような機会を与えていただいてありがとうございます。この苦戦の経験は、兵たちにも多くの学びを与えることができました。……彼らはこれから、間違ってもエルフの住む森で枝を折るような真似はしないでしょう」
笑いが起きる。うん、怖いからね。どっから矢が飛んでくるかわからないからね。
「今回辛うじて戦いの状態に持ち込めたのは、ひとえにエルフ側が打って出てきてくれたからです。距離を置いて射撃に専念されたら、このような状況にはなっていなかったでしょう」
「おお、確かに。ダイロン、これについては?」
「は。……申し訳ありません。指揮系統の問題で、細やかな動きはまだ」
なるほど。聖地化が伝わり、各地のエルフが住処を求めてここへやってきている。今回戦えるものたちは皆参加したわけだが、部隊としてはまだ始まったばかり。個人個人は優れた戦士でも、烏合の衆では実力を発揮できない。だから単純な射撃部隊と突撃部隊に分けたのか。
「ゆくゆくは王子殿下のおっしゃる通り短弓部隊なども準備し、距離を保って攻撃をするといった戦いも可能にしていく予定です」
「私からも一つよろしいか」
手を上げてくれたのは騎士ブラス。立ち上がり、咳ばらい一つ。
「エルフ側はせっかくの防衛戦であったのに、平地のような戦をしました。木々を上手く使っていたのはお見事でしたが、もったいないというのが正直な感想です。森の中に陣地を整備すれば、より有利な戦いができたでしょうに」
言われてみればその通りだと思った。この広い森全てにそんなことはできなくとも、ダンジョン入口周辺には十分可能だろう。……墨俣一夜城なんか、参考にできそうだな。
「そこも改善点だね、ありがとう。……他には」
ブラス氏が席に戻る。……うん、大体エルフについては出たか。彼らについてはこれからも伸びしろ大、という評価かな。
と、ここでわざとらしい咳払い一つ。立ち上がったのは、見目麗しく露出度もやや高いダークエルフの神官さん。
「さて、ではそろそろ狡猾に戦った我らの評価に移っていただこうか」
「うん。最悪にうざったかった」
ドストレートに心情を吐露してみたが、彼女もペレンもとても笑顔になった。そうだね、卑怯は誉め言葉だね君たちには。
「不意打ち決めて来たあと、速攻下がられた時は本当頭にキたぜ。兵士が追いかけるのを引き留めるのにどれだけ苦労したと思ってんだ」
「見事な手際だったぞダリオ。貴様の手勢でなかったら、もっとスコアを伸ばせたと思うのだがな」
「言いやがる」
ペレンも軽口を叩いてくる。ダイロンはじめエルフ達の鋭い視線もなんのその。いや、それすら彼らにとっては愉悦の燃料に違いない。
「実際、被害が出ると分かっていてなお兵士を前進させねばならないというのは中々貴重な経験でした。……二度とごめんだが」
マンフレート王子、最後の一言を小声で漏らす。気持ちはよく分かる。戦いは犠牲が出て当然と言えども、無謀な命令にはだれもが従いたくない。それでも必要なら命じなければならないし、従わせなければならない。争いは嫌なものだが、避けて通れるものでもない。
「まじめな話、常に背後から襲われるかもしれないという状態はとてもストレスだった。つかず離れず攻撃を続けるというのは、楽にできるもんじゃないというのは分かる。なのでとてもよく動けていたと思うよ」
「流石はミヤマ殿。我らへの正当な評価、確かに」
これ以上もなくご機嫌な神官さん。しかし、そこへ容赦のない言葉の冷水がぶっかけられる。
『しかし、ハラスメント以上ではなかったとも言えます。戦況を変えうる力は持っていない』
「なんと!? 水の大精霊の言葉と言えど聞き捨てならない!」
『では聞くがレヴァランスの神官よ。貴様らに大木戦士のような大戦力はあるのか?』
「うっ」
神官さんが頬を引きつらせる。ダークエルフに木の重さをゼロにする能力は無い。はるかな昔、祖先がアラニオス神を裏切った時に失ったのだと聞く。代わりに呪術の才能やら身体的強度を獲得したらしいが。
平地や地下で殴り合えばダークエルフが勝つ。森で戦えばエルフが勝つ。そんなバランスとのこと。
実際、ダークエルフは優秀な種族だ。眉目秀麗、長い寿命、高い身体能力、呪文の才能などなど。これに加えて地下世界生活の知識と経験を持つ。欠点は三つ。エルフと同じく数が増えにくい。成長が寿命に比例して遅い。そして欺瞞と策謀の神レヴァランスを崇めている。
……まとめてしまうと、優秀だが生まれ持った素質だけで覇権取れる種族ではない。それがダークエルフである。
『これがダンジョン内であれば、罠を使う事で被害を拡大することもできたでしょう。ですが外に出てしまえばこの有様。これをそのままにするのであれば、燻る熾火氏族はその程度ということで』
「……その挑発、余さず買わせてもらう。吠え面をかかせてやるぞ大精霊」
「ペレンー。あんまり無茶なのはだめよ? 使ったら自分らや身内にダメージが入るようなものは」
「無論です。我らのえげつなさに、ご期待ください」
力強いまなざしでそう答えてくる。神官さんは意欲に燃えているようだ。結果に期待しよう。さて、ペレン達はこれぐらいでいいだろう。さて、残るは。
「そろそろ俺たちの評価だな。どうよマスター、ばっちり大駒落として見せたぜ?」
「見たよバラサール。まさかヒュドラをアウトに追い込むとは」
したり顔で周囲を眺める彼に賞賛を送る。彼が率いていたダンジョン戦力も、一部を除いて同じ表情だ。一部、というのはイルマさんやロザリーさん。あとはエルフ母子だ。彼女たちは渋い顔をしている。……ミーティア? あいつは眠そうに会議全体を眺めているだけ。サボれる時はサボるのがミーティアというラミアなのだ。
「エルフ達との戦いの後で、ダークエルフの奇襲を警戒していた。疲労と損耗を抱えている状況だったから、というのは言い訳でしかないのですが。我らセルバ騎士団には、彼らは強敵でした。万全な状態であっても、苦戦を強いられたでしょう」
手も足も出ずにボッコボコにされました、と身もふたもない事実は面子があるので話さない。相手を立てることで、自分たちの面子も保つ。マンフレート王子、見事である。
正直な所、常日頃からダンジョンで実践をこなすうちの連中と設立間もないセルバ騎士団では実力差があり過ぎた。専門の軍隊ではないが、小さなチームで集団戦は数多くこなしている。一流の軍団には敵わないものの、セルバ騎士団より実力は上。これに加えて圧倒的な個人の実力差がある。
ハイロウ、冒険者、そしてモンスター。まともな戦いに等なろうはずがない。鎧袖一触で蹴散らされなかったのは、サイゴウさんのモンスターがある程度受け止めてくれたからだ。
我がダンジョンの戦力も、頼もしく育ってくれた。この間のようにレイラインが制圧されたりしなければ、彼らが単純な戦闘で負けることはまずないだろう。もちろん、大襲撃はその単純な戦闘には当てはまらない。交代戦力の拡充、医療体制の充実、ドラゴン等への対策は引き続き必要だ。今回の模擬戦がまさにそれなのだし。
「他所のダンジョンのモンスターにも負けず、自分たちよりも数の多い兵士も打ち倒した。完璧だよなぁ?」
そうだ! と野次馬している冒険者やハイロウが声を上げた。いろいろ言われた前の二組は渋い顔をしている。
が、しかし。そんな彼らに、冬の吹雪のごとき言葉が叩きつけられる。
「戦士としての働きは認めましょう。ですが、ガーディアンとしては0点です」
「はあ? なん……で、ですかね。武術師範殿?」
ヒートアップしたバラサールの声が、すぐさまトーンダウンする。彼が直接戦って勝てない数少ない相手の一人、エンナさんが相手なのでしょうがない。
「この期に及んで理解できていないのは救いようがない。……防衛する者が、陣地を飛び出して何としますか」
「あ」
これには俺もぽん、と手を打ってしまった。確かにその通りだ。終盤、バラサール達は防衛陣地から飛び出してきた。その勢いでセルバ騎士団は蹴散らされてしまったので、特に問題があったとは思わなったのだが。
「いや……でもあれは、現場の勢いってもんが」
「勢い結構。そういうものがある事は私も理解する所です」
「だろう?」
「勢いだけで戦ってよいのは兵まで。将である貴様は、それ以外についても気を回さねばならないと分かりませんか」
「うっ……」
理路整然と理由を並べられては、帝都の無頼漢をまとめていた男も分が悪い。そして、我らが武術師範の攻撃の手は緩まない。
「貴様らが勢い任せで飛び出した後、なにがあったか知っていますか? ミヤマ殿の奥の手、姿隠しの旗を使用したハイランのパーティが陣地に忍び込もうとしていたのを」
「は? マジか!?」
驚愕に目を開いたバラサールが、テーブルの端に座っていたハイランさんを見やる。彼は軽く手を上げて答えて苦笑い。
「何とか中に入れたんだが、そこでコボルトに見つかってしまったんだ。見つかったというか、鼻に引っかかったというか」
「ああ、臭いだったか。それはバレるか」
最後の切り札がどうやって潰されたのか気になってはいたのだ。コボルト、お手柄だったな。
「わんわんと吠えられたところに、ミーティアさんやウッドゴーレムが現れてね。囲まれてアウトにされてしまったよ」
「金属鎧を着て、静かに忍び込めるわけないんだよねー」
眠そうな顔のミーティアが、のんびりとコメント。まあ、がちゃがちゃと音が出るものね。戦場が近ければそちらの音でごまかせるだろうけど、陣地の中ではそうもいかないと。もっとうまく使うべきだったなあ、旗もハイランさん達も。
「結局、乱痴気騒ぎの尻ぬぐいを奥方様方にお願いすることになってしまった。ダイロンやペレンと比べてたら、貴様が最も問題だという事をよく理解しておくように」
「ぬう、ぐ……」
まさしく、ぐうの音も出ないとはこの事。バラサールは、そこいらのチンピラではない。自分のミスを反省できる男だ。……が、だからと言って衆人の前で恥をかかされて心穏やかでいられるほど、完璧でもない。
「まあ、三人の中で単純戦闘力が一番高いのもバラサールだしね。アグニとのコンビネーションとかすごかったし」
「ミヤマ殿」
うわ怖い。エンナさんが甘い顔すんな、ってめっちゃ睨んでくる。でも、ここでエンナさんが恨まれるのもよろしく無い。彼女自身がその役をやろうとしてくれているのは分かるけどね。
「まあまあ。バラサール、次はしくじらんよね?」
「……ああ、もちろんだ」
「大変結構。俺はお前ができないなんて思ってない。今回の反省を次に活かしてくれ。……聞いたなお前らー! 調子に乗りすぎんなって事だぞー! 返事ー!」
やじ馬たちにも一声かける。
「はい!」「おー!」「うぇーい!」
「返事は統一しなさいよ! まったく。さてさて、反省はこれぐらい……あ、思い出した。ロザリーさんちょっと良い? 最後の攻撃、やたらと高く飛んでたけどどうやったの?」
「ああ、あれですか? ホーリー・トレント様に、放り投げてもらったんです。上へひょいと」
「また無茶するなあ」
振り返れば、枝の一つを巨樹が揺らして見せてくる。あのパワーがあれば、確かに上空への投擲は楽々可能だろう。
「ついでですのでこの場で提案を。空を飛べるモンスターや獣人を集めて、滑空部隊を組織するのはいかがでしょうか。上を取れるというのは、戦いの状況を大きく動かすことができます。実家にはそういった者達が沢山おりますので」
「うーん、魅力的な意見だ。経理部長、新しい人員受け入れについて試算よろしく」
「はい、承りましたダンジョンマスター」
イルマさんに仕事を振って、さてさて後は。
「レケンス。俺たちは竜や亜神を倒せると思う?」
『今回の反省点を埋めれば、それほど大きな被害もなく対処できるようになるでしょう。私やホーリー・トレントもいる事ですしね。最悪、私一人でも竜の相手は可能です』
「流石は伝説の大精霊」
『相性が悪ければ負けますが』
「もしもし大精霊?」
『なので油断なさらぬように。竜殺しの剣や弓矢などを用意しておくことをお勧めします』
「……了解。ほかに何かある人」
「はい!」
勢い良く手を上げたのは、ここまで黙っていたウルマス・ヤルヴェンパー氏。今回は参加せず審判役をお願いしていた。
「……どうぞ」
「次回は私も参加したいです! できれば妻も」
「すみません。一人で竜退治できそうな人が入るとバランスが崩れるんで……」
「いやいやいや。私でも流石に、完全フル装備でもなければ一人で竜退治は厳しいですよははは」
「厳しいって言葉が出来る時点で規格外なんですがね。……ちなみに奥様だと?」
「確実に勝てますね! うちの妻は最強なので」
「うん、次回もご遠慮いただきたい」
そんなー、と嘆かれてもOKは出せない。ウルマスさんの奥さん、くっそ強いからなー。魔法無しの縛りで、エンナさんと互角以上の戦いするからなー。一説によれば、そのせいで最近エンナさんの技術が向上しているのだとか。バカな、まだ伸びしろがあっただと……?
ともあれ、話題を変える。粘られても困るしな。
「えーと、ほかにはー? ……ないか。じゃあ最後、俺について何か反省点とか気づいた人は?」
まあ、ただの電池役だったので反省もくそも無いと思うんだが……。
「はい! ダンジョンマスターには、演説の訓練を改めて受けてもらう必要があると思います!」
しかし、イルマさんの容赦のないツッコミが俺の油断を撃ち抜いた。しまったー、最初にノリで吠えたアレかー。
「いやその、普段からその辺の訓練はしてもらってるよ?」
「それであの体たらくはいけません」
エラノールがゆるゆると首を振った。やめて、子供が0点取ったみたいに見ないで。いや本当に訓練しているんだ。声を張り上げるのだって、練習しなければ上手くいかない。肝心かなめの時に大声があげられないようでは指揮官は務まらないと常日頃から鍛えられている。
もちろん演説の一つや二つ、即興で組み上げる方法も学んでいる。
「だってさあ! 敵を迎え撃つための言葉はいっぱい学んだけど、襲い掛かるための言葉は練習してなかったんだものしょうがなくない!?」
「では、次からはそちらも学びましょうね」
武術師範の容赦のない言葉に、俺はがっくりと肩を落とした。とまあ、色んな反省点を見つけて模擬戦は無事終了となったのだ。