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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
六章 慢心という名の落とし穴
149/207

レジェンダリー・アドベンチャラーズ!

「ご乗車ありがとうございます。ミヤマダンジョン行き、臨時便です。当車両はダンジョンまで直行。現在、移動区間の治安が悪化しております。お客様は窓からなるべく離れてご乗車ください」


 安全運転だったのは、陣地から離れるまでだった。道路に入った途端、エンジン音が轟き始める。三速、四速、五速とどんどんギアが上がっていく。比例して、窓の外の風景の流れる速度も速くなる。


 後続車両も同じ。無法地帯対応装備のバス合計三台が、最大速度で道を突き進んでいく。


「このバスって、いつもこんなに飛ばしているの!?」

「いや? いつもより少し早い程度だぞ」


 搭乗経験のあるレンさんがこともなげに言ってくれる。それを信じるならばいつもは、これより少し遅い程度で走っているって事で。……たしかに、この道には信号がない。反対車線を通る車もない。直線なら速度は出し放題だ。唯一気になるのは帝国の道路交通法による速度規制だが……。


 ともあれ、襲撃を受ける危険性を考えれば安全運転というのも言ってられない、か? そんな俺の心配をよそに、バスはどんどん道のりを走破していく。残念ながら左右は森が生い茂っている為、視界は悪い。今どのあたりを走っているのかが分からないのは、何とも気分が落ち着かない。そんな時だった。


「運転手! 前方に障害物だ!」

「ウキャーーー!?」


 エルダンさんの突然の警告。車掌の悲鳴。そして急ブレーキによる減速が車内を襲う。タイヤは悲鳴を上げ甲高い音を立てる。俺たちも前方に投げ出されそうになるのを必死の思いで耐える。


 運よく、ではなくあらかじめ車間距離を開けておいたおかげで後続車も追突することはなかった。危険予知大事!


「怪我をした者はいるか? 隣同士で確認してくれ」


 レンさんが車内の状態を確認してくれている。俺も、前の座席に強かに打ち付けられたものの怪我はない。


 しかし、一体どうして急停止する羽目になったのか。思わず前方を見やれば、これ見よがしにそれはあった。


「置石……石じゃないな、岩だな」


 一抱えもあるような岩がごろごろと、道路の上に置かれていた。結構な重量なはず。精霊の力を使ったのか。ここはうちのダンジョンから離れているから、エアルの時のようなボイコットもないだろう。


「不味いな。敵が周囲を取り囲み始めた。このままでは四方八方から矢の雨が降ってくる」


 エルダンさんが険しい顔で森を観察する。装甲まみれのこのバスが、矢でどうにかなるだろうか。……なるだろう。エルフの弓矢の腕を侮ってはいけない。嘘のような精密射撃で致命的部位を貫いてくる可能性は十分にある。


「じゃあ、あの岩をどうにかしようか。ついでに敵も蹴散らしてしまおう」


 気楽にそういってのけたラニさんは、ガラスの杖を前方へ向けた。


「コルプス・アムニス・リーベルタース! ダンスの時間だ、歌って踊れ、たとえ命が無かろうとも! アウェイクン・オブジェクト!」


 杖の先端から光が放たれる。それは障害物となっている岩に次々と吸い込まれていく。次に現れた事は目を疑いたくなるものだった。大人一人ではとても持ち上がりそうにない岩が、ふわりと浮かび上がったじゃないか。


「あれは……浮遊の呪文?」

「ちがうよー。短時間だけど、魔法生物にしたのさ。ゴーレムと同じだね。それいけー」


 魔法使いの号令によって、岩がひとりでに動いていく。その先にいるのは集まってきたエルフ兵だった。


「うわぁ!?」

「なんだこれは!?」

「ぶぅあ!」


 慌てて避ける。何とか避ける。避けれずに直撃する。身軽なエルフ兵たちも、浮かび上がって襲い掛かる岩の群れには手こずっている。矢を打ち込む者もいるが、相手は岩だ。弓矢で破壊するのは至難だろう。


「おお、すげえ……」

「運転手さーん。出発してー。この呪文、そんなに長く続かないからー」

「了解! 出発します! お立ちの方は席にお戻りください!」


 エンジン再始動。後続車に知らせるクラクションと共に、バスが再び発進する。が、エルフ達はそれを黙って見ていなかった。岩に追われながらも、次々に俺たちのバスへ矢を放ってきた。


 それは窓の鉄網を容赦なく貫き、車内に飛び込んでくる。もちろん勢いは弱まっていたが、決して侮れるものではなかった。


「皆、頭を下げろ! 窓よりも低く!」


 ジルド王が叫ぶ。兵士の一人が盾で守ろうとするが、それに矢が突き刺さった。怪我はないが、貫通している。


「本当! エルフの弓矢は怖い!」


 思わず叫ぶ。一本の矢が、俺の前の座席に深々と刺さった。網が破れる音はしなかった。まさか、一本目が開けた穴に通してきた!? まさか、いや、エルフならやる! 達人が混じってる!


 そもそも、矢というのは重さがある。正しく運動エネルギーが乗っていれば、その重さは威力に繋がるのだ。上手く当たれば鉄すら貫く。地球では銃が登場するまで世界中で使用された遠距離武器だったのだ。その有効性は歴史が証明してくれている。


 必死に頭を下げて矢の脅威から逃れる。幸いなことに、バスの速度が上がってくるとその勢いは弱まった。まあ、当然である。離れれば離れるほど、矢が届くために運動エネルギーが消費される。その分威力も弱まるわけだ。


「助かった……あいつら、追いかけてくるよね?」

「まあ、来るだろうね。でも、あれだけ派手にやったから居場所がばれた。今頃帝都エルフとダークエルフの二部隊から襲撃を受けているだろうさ」


 ラニさんが気軽に語る。……同士討ち、しないだろうか。しっかりそういう打ち合わせが行われている、と思いたい。彼らだってその可能性は十分理解しているはず。大丈夫だ、うん。


 車内で少数出た怪我人の治療が行われる。幸い皆、軽傷だ。もちろん、頭を下げたまま。今も、矢が車体を叩く音が時折する。先ほどの部隊は振り切ったが、森に潜むエルフはまだいるようだ。


 しかし、それらは軽快に進むバスを止めることはできない。幸いなことに、置石はあの一か所だけだった。おそらく、あれは直前になって用意したものあろう。下手に準備をしていたら、家のエルフ部隊に察知される。俺たちが道に入ったのを確認してから、隠し場所から持ち出して設置した、のではないだろうか。二か所目がない事からそんな風に思う。答え合わせは、この戦いに勝てばできるだろう。


 そしてついに俺たちは、ダンジョン前の車庫に到着した。そこはすでに陣地化されていて、多数の矢が刺さっているのが見えた。車庫の大扉が開き、バスがその中に入っていく。三台はいっても問題ないほど大きく作られた倉庫だ。


 当然中には騎士と兵士たちがおり、陣地を守っていた。


「待ってたぜ、大将」

「戦力連れてきたよ、ダリオ」


 きっちりと鎧に身を包んだ、ダリオ・アロンソ子爵が出迎えてくれた。彼は周辺領主達と先陣を切ってくれたのだ。ダークエルフ達の支援があったとはいえ、楽な仕事では決してなかっただろう。


 彼らをねぎらい、補給物資を運搬する。ラニさんがいわゆるマジックバックを持っててくれたおかげで、ずいぶん多くを持ち込むことができた。


 ラノベのそれのように、無限でもないし入れられる物の大きさも制限されているがそれでも助かった。というか、あんなもの現実にはあっていいものじゃないだろう。


「それで、ここはどんな感じ?」

「四方をエルフに囲まれてて身動きとれねぇよ。サイゴウ様のモンスターも、あんな状態だしよ」


 ダリオの促した先には、痛ましい光景があった。サイゴウさんのヒュドラが治療を受けている。身体には軽く見て十以上の矢が刺さっており、兵士達がその矢を引き抜いている所だ。


 返しの付いた矢は簡単には抜けない。傷口を広げる必要がある。ヒュドラの切ない泣き声が胸を打つ。傷ついているのはヒュドラだけではない。ストーンゴーレムは体中傷だらけ。他にも巨大な大蛇や蜥蜴、蟻や大蜘蛛がいるが、同じように治療を受けていた。


「全くすげえタフガイ達だぜ? 矢抜いてひと眠りすれば大抵治っちまうんだからな。ゴーレムは呪文が必要みたいだけどよ」

「流石はサイゴウさんのモンスター」

「十年ダンジョンは伊達じゃねえよな。で、報告したけど門前町には真昼間だってのにアンデッドがごっちゃりだ。どうなってんだろうね、あれ」


 お手上げ、というジェスチャーをされる。俺としても唸るしかない。と、そこにエルダンさんがやってきた。


「失礼。とりあえず自分は周囲の掃除を始めます。皆さんは突撃の準備をしてお待ちください」

「エルダン。ある程度集めてくれたら、こっちでドカンってやるよ?」

「追い詰められたら、そちらの案を採用しよう。では」


 彼はポケットから一つの指輪を取り出すと、ため息一つついてからそれをはめた。途端に、姿が描き消える。


「エルダンさん、本当あの指輪嫌ってるよね」

「強すぎる力は身を亡ぼす。あいつはそれをよくわかっているのさ」


 旅を共にしたドルイドがそう語る。まあ、分かる。俺だってダンジョンっていうデカい力を背負っているものな。仮に、俺がダンジョンマスター様だって偉ぶったら、あっという間に身の破滅だ。……あのハイエルフ王子なんて、それの具体例じゃないか。


 ともあれ、いつでもエルダンさんの援護ができるようにしつつ突撃の準備をする。具体的にどうアンデッドを攻略するかについてだけど。


「とりあえず最初の一手はこっちでやるよ。それでザコは掃除できると思う。あとは大物の数でどう対処するか決めようか」


 件の専門家によほどの自信があるのだろう。ラニさんの方針に従う事にした。しばらくして、周囲に変化があった。周囲の森の切れ目の部分に、血を流して倒れているエルフ兵がいくつも見えるようになってきたのだ。


「……あのあんちゃん、一人であれだけやってんのかよ。しかも、バレずに」

「伊達にオリジン先輩に暗殺エルフ呼ばわりされないよね」

「本人話されると嫌がるけど、昔タイマンでミノタウロスぶっ殺してるからねエルダン」


 うすら寒い思いでその状況を眺めていると、いつの間にか入り口に抜き身のレイピアを握ったエルフが立っていた。その刃はもちろん、血に濡れている。それを用意した布切れで拭いながら、エルダンさんがこともなげに言う。


「周辺は一通り掃除しました。今ならいけるかと」

「よし、行こう。ジルド王!」

「バルコ前進!」

「「「バルコ前進!」」」


 王の号令を受けて、騎士と兵が隊列を組んで前進する。エルフの射撃を警戒しての、正方形の陣形。最前列、側面および最後尾の兵は大盾を全方位に構える。その後ろの兵は頭上に盾を構える。


 通常であれば、鉄壁の防御であるといえる。しかし、相手はエルフだ。空気を割く音が陣形に迫れば、たちまち兵から悲鳴が上がる。エルダンさんが数を減らしてくれたとはいえ、全員ではないのだ。


 なお、サイゴウさんのモンスター達は留守番だ。ここまでよく頑張ってくれた。ゆっくり休んでもらおう。


 前進を開始してすぐに、鋭く風を裂く音が響く。


「ぐぁっ」

「下がらせろ! 次、前へ!」


 足に矢が刺さった兵が、仲間に引っ張られ後列に下がる。新しい兵が前に出て穴を埋め、再び前進を開始する。もちろん、俺たちもやられっぱなしではない。


 車庫の防衛をしているダリオ達が、矢が放たれた方向へ反撃する。エルフほどの射撃の腕はないが、そこは数で補う。雨あられと打ち込まれては、俺たちへ攻撃することもできない。


「俺が出て蹴散らすこともできるが?」

「対アンデッド戦があるので、予定通りこのままで。治療を手伝ってくれているだけでも助かってますから」

「そうか。ダンジョンマスターが言うなら、そうしよう」


 陣形の中央で守られながら、負傷した兵士の治療をする。レンさんの、ドルイドの治療というのは中々ユニークだ。一口サイズの、小さな果実を対象に食べさせる。すると傷が治るというもの。これも術であるらしい。


 ちなみに、そこそこ酸っぱいらしく平時だと好んで食べたくないとの事。ただし、痛みで苦しんでいるものには気付けになるらしい。今も口に含んだ兵士がむぅー、と酸っぱさの衝撃で目を見開いている。その間に傷が治るのだから、ちょっと面白い。


 ……正直言えば。この英雄冒険者達に任せれば、かなり俺たちは楽になる。そうしてもらいたい気持ちは非常に強い。しかし、その代償は後で支払う事になる。


 彼らとて万能ではない。森に隠れて矢を放つエルフを倒すとなれば、その手段は大雑把で高火力なものとなる。森は傷つくし、相手も確実に死ぬだろう。


 ハイエルフ達に脅されて戦っている連中だ。攻撃してくる以上容赦はしないが、さりとてむやみやたらに全滅させるのもよろしくない。むごい事だ、と思う心はある。でもそれ以上に戦後を考えて、なるべく捕虜を取るようにしようという判断をした。


 この方針は、こちらに戻った時に全員に伝えてもらった。この戦場が落ち着いたら、エルダンさんがやったあれもダリオ達が回収することになっている。


 車庫からダンジョン入口までは、それほど離れているわけではない。だというのに、とてつもなく長く感じる時間だった。それも終わり。いよいよ、俺は帰ってきた。俺のダンジョンに。


「うーん、聞いていたとおりに一杯だね」


 ラニさんの言葉通り、アンデッドたちが俺たちの門前町にひしめいている。名残リメンツ、リビングデッド、スケルトン、グール、スペクター、エトセトラ。見たこともない怪物もちらほら散見される。設備もあっちこっち壊れているし、その様に怒りがこみあげてくる。


「結界、だろうな。ジジーが居てくれればもっとはっきりとわかったのだが」

「じゃあレン。例のヤツ始めるから前に立ってね。今回はエルダンも」

「となれば、一つ派手な術も必要か」

「我らの魔女の仰せのままに」


 陣形の中から、三人の英雄が前に出る。ラニさんは、バックの中からハンドベルを取り出した。それを振る。とても澄んだ、もの悲しい音が一帯に響いた。


「葬送の鐘だ……」

「死の神キアノスの鐘だ……」


 兵士達がつぶやく。一定間隔で、鐘の音が響く。効果はすぐに訪れた。まず、実体を持たない名残が消えていく。スケルトンやリビングデッドの動きが目に見えて鈍くなる。そしてすべてのアンデッドの、情念のこもった視線がこちらに向けられた。


「うわ、効果てきめん」

「キアノス神は、死を司る神だ。死後は皆、キアノス神の御許に行く。……別の神様を信仰していたら話は別なんだけどそれはさておき。で、キアノス神はアンデッドを許さない。死んでいるのにふらふら現世に残っているなんてダメって話で。だからこの鐘の音は、連中にとっては救いで裁きなんだ」


 魔法使いが、鐘を鳴らしながら教えてくれる。そして、そんな話をしている間もアンデッドはこちらににじり寄ってきている。


「現世に残るほどの未練がある連中にとっては、これほど耳障りな物はないよね。だから襲ってくる。レンー、エルダンー。でばーん」

「では早速」


 エルダンさんの姿が消える。一体いかなる方法を使ったのか、次に姿を現した時には防壁裏の足場の上にいた。その手には当然、大弓。以前の戦いの時にも見せてもらった、対アンデッドの加護がされているという弓だった。


 放たれた矢は狙いたがわずグールの頭部を貫通する。先頭を進んでいたそれがたまらず転び、後続を巻き込んだ。


 そしてレンさんは、大粒の翡翠を手に呪文を吠える。それは今まで見たどの呪文よりも強く、世界に変化を与えるものだった。


「根源よ、変幻するものよ、我に宿り給え。変わらぬものは無し。果てぬものもなし。故に我は全てに成り代わる。いざ、悪逆非道の姿をここに! マスカレード!」


 凄まじい力を伴った輝きが、ドルイドを包んだ。虹色だったそれは、すぐに黒一色となり大きく膨らむ。そしてそれがはじけた後に残ったのは、見覚えのある禍々しい姿だった。


「上級悪魔……」


 特徴的な四本の腕。鎧のような真っ黒の外骨格。赤々と燃える瞳。かつて帝都で見た、恐るべき悪魔がその場にいた。


『暴れるには、都合のいい姿なんでな』


 それは、圧倒的な暴力だった。一度拳が振るわれるごとに、アンデッドが死体に戻っていく。グールだろうと、スペクターだろうとお構いなし。最前列でレンさんが暴れ、上段からエルダンさんの正確無比な矢が降り注ぐ。世にも恐ろしい光景だ。


 しかし、アンデッドもただやられ続けるわけではない。数が多い。二人の猛攻だけでは、物量で押し返されてしまう。


 助勢するべきか。そんな考えが頭によぎったがしかし、状況は動いた。何度目かの鐘の音が響くと、ラニさんの後ろに巨大な白い門が現れたのだ。その白さは、神聖さを表していなかった。骨の色、死の色だった。


 音を立ててそれが開く。俺たちの方から、その向こう側を見ることはできなかった。それでよかったのだろう。死の世界を生きている者が覗いて無事で済むはずがない。


 いつの間にか、門の前に銀の髪をなびかせる一人の女性が居た。尼僧の姿であるが、赤く輝く金属鎧を身に纏っている。手に携えるのは両手剣。どこまでも実用的で、死を与える剣。


「皆さまこんにちわ。死の神キアノスの使徒エウラリアと申します。本日はこちらにアンデッドがいると伺い、お迎えに参上しました」


 しかしてその声は、とても柔らかな物だった。どこかのご令嬢かと思わせる、丁寧な口調。そんな彼女が散歩をするかのように前に出る。それに突撃してくるのは、デュラハンだ。右手に剣、左手に己の頭。大上段に振りかぶって、尼僧へと振り下ろさんと走りこんでくる。


 背筋が震える。産毛が立つ。死だ。尼僧から放たれる、絶対的な終わりの気配。離れていてもなお、感じさせられる。生きるものも死ぬものも、等しく恐怖を覚えさせられる気迫が放たれる。


 そして、尼僧の剣が振るわれた。ただのひと振り。デュラハンは、崩れ落ちた。動かない。ああ、分かる。分かってしまう。あいつは死んだのだ。終わってしまったのだ。向こう側に連れていかれたのだ。


「このようにキアノス神より授かりしこの剣で首をはねられれば、いかなるアンデッドもこれこの通り……首?」

「エウラリアー、久しぶりー」


 振り返った彼女は、たった今見せた絶技の事などみじんも感じさせぬ笑顔を見せた。さながら、ヒマワリのような微笑みだ。


「ラニさん! お久しぶりです! この前にお会いしたのはいつでしたかしら。どうにもあちら側にいますと時の流れに疎くなりまして」

「半年ぶりくらいかなー? ごめんね、中々会いに行けなくて」

「いいえ。こうしてお会いできるだけでも喜ばしい事で。あ、エルダンさん! レンさんも! お元気でしたか?」


 すぐ目の前にアンデッドがいるというのに、さながら女子高生のようなはしゃぎ様。なお、近づいてくる敵に対しては大変的確に刃を叩き込んでいる。まあそれは、エルダンさんもレンさんも一緒なんだけど。


「本当に、久しいな。元気そうで何よりだ」

『デーモンに化けているのに、よくわかったものだ』

「それはもう。神界でも修行の日々ですからね。この程度は。……所で、皆様にお伺いするのですがデュラハンの首とは何処なのでしょう? この刃でキアノス神の御許に送った以上、首をはねたはずなのですがデュラハンのソレは初めから切れておりまして……?」

「うーん、神様が死ねおんどりゃって言えば死ぬんだよきっと!」

「……そうですね!」


 などとほのぼの会話している間にグール三体、スペクター二体を処理している。物理攻撃の効果が薄いスペクターも、魔法の武器を使えば(そして使用者が達人なら)煙を散らすように消滅させてしまう。


 望んだとおりのスペシャリスト。圧倒的、問答無用の戦闘力。かつて世界を救った英雄冒険者の威容だった。


「ダンジョンマスター! それじゃあ、ここは私たちが何とかするからダンジョン入っちゃって!」


 こちらを振り向いたラニさんが、気軽に言ってのける。彼女が指さす先には、いまだに大量のアンデッドがひしめいているのだが。


「いや、あれ突っ込むのはきついっすよ!? それより全員で対処した方がいいのでは?」

「数がいるから、それなりにかかるよ? 相手にあんまり時間与えたらだめでしょ。だからここは私たちに任せて。あと、道はこっちで作るから心配しないで」

「あの、ラニさん。あちらの方々は?」

「ごめんねエウラリア。後で説明するからちょっと待っててね」

「はい」

「あと、注意事項ね」


 彼女は目の前にある大きな門を指さし。


「これを越えた後は、絶対振り向いちゃいけないよ? 大変な事になるから」

「大変な事」

「あら。そんなことはありませんよ? 皆さま誰一人変わりなく、最後には向かう先なのですから。私共もしっかりお迎えいたしますよ?」


 めっちゃ無邪気に、とても怖い事をおっしゃる尼僧の方。そうか、つまり……死後の世界が見えてしまうのか。


「みんな聞いたなー!? 絶対振り向いちゃだめだぞー!? 返事!」

「「「応!」」」

「よーし、それじゃあ行こう。ジルド王!」

「バルコ前進!」

「「「バルコ前進! イチ、ニ、イチ、ニ!」」」


 掛け声を上げながら、兵たちが一糸乱れぬ歩みでダンジョンへ進む。俺たちの前進に合わせて、偉大なる魔女が呪文を紡ぐ。


「フルメン・トニトルス・サルターティオ! 雷神の怒り、踊る輝き、彼方まで届く轟きよ! 貫き進め! ライトニング・バースト!」


 稲妻が、ガラスの杖より解き放たれた。瞬く間、一瞬の光。空気を引き裂き轟きを響かせながら、ダンジョン入口手前にいた哀れなグールに突き刺さる。


 しかしてその稲妻はそこで終わらなかった。グールに吸い込まれた稲妻は、今度は三つに分かれそれぞれ別のアンデッドへと飛来する。当然、着弾点との間にいたアンデッドは、すべて感電する。恐るべき稲妻に貫かれ、ほとんどの亡者たちは動きを止めた。わずかに残った高位のそれらは、肉体のほとんどを損壊させている。


 世の中にはこんな魔術もあるのか。爆裂火球エクスプロージュン・ファイアーボールもそうだったが、一発貰うだけで戦列が瓦解する。ファンタジー怖い。


 そして俺たちは、白い門をくぐった。その瞬間、たまらぬ悪寒が全身に走った。まるで、一瞬心臓が止まったかのような。己のすべてが消えたかのような。だからこそ、次の瞬間呼吸ができた事、心臓が動いた事、自分がここに在る事がとてつもなく素晴らしいと実感した。


 だが、それに囚われていてはいけない。前に進まなくてはいけない。


「バルコ前進! 掛け声!」


 王でもないのに号令を叫ぶ。兵だけでなく、同道する全ての者が声をそろえる。


「「「イチ! ニ! イチ! ニ!」」」


 門を越える。門前町に入る。アンデッドを蹴散らす。……背後から、とても強い視線を感じる。それは俺たちを見ている。ずっと、変わらず。決して、目を逸らさない。そしていつかは、追いつかれる……。


「声出せ! 前進!」

「「「応!!!」」」


 だけどそれは今ではない。だから振り向かない。今は前へ、ひたすら前へ。途中、建設中の建物の上から、何発かの投石があった。


 見上げてみれば、十数匹のゴブリンがそこにいた。


「ギャーギャー、ゲッゲ! ギギャー!!」


 ゴブリン共は混乱していた。おそらく、門の向こう側を見てしまったのだろう。……それにしても、アンデッドだらけの中でどうやって無事に過ごしていたのか。そもそも、なんでこんなとこにいるのか。疑問は尽きないが、関わっている暇はない。エルダンさん達が何とかしてくれるだろう。


 見上げる。いつも頼もしいホーリー・トレントはピクリともしない。その意志を感じない。眠っているかのようだ。無事なのだろうかという不安がある。操られて攻撃してこないのだなという安心もある。


 ともあれ、やる事は一つだ。ダンジョンを取り戻す。その為に帰ってきた。


レンが使った変身魔法。隕石落としと同じ最上位の呪文です。

変身した対象の能力を完全に模倣します。

それには対象をしっかり見たことがある(知識判定に成功)必要があります。

ドラゴンを知っていれば、それに変身も可能。

レンもできるのですが、現場に配慮して今回の姿になりました。

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