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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
六章 慢心という名の落とし穴
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幕間 手に入れた者 奪われた者

 “頂点たるもの”アンビシオン。彼が物心ついた頃、世界は完全だった。祖霊アラニオス神の降臨した証である神樹。それを中心に広がった聖域は、美しく完結していた。


 精霊たちは輝きながら歌い、木々は陽光を浴びて健やかにのびていた。小川の水は透き通り、風は穏やかに流れ続けていた。手を伸ばせばいつでもどこでもみずみずしい果物が手に入り、飢えることも乾く事もなかった。


 ハイエルフの血族たちは互いを愛し、争うことなく寄り添って生きていた。王、兄弟、血族。それらに囲まれ、永遠の幸せの中にあり続ける。アンビシオンはそれを疑う事すらしなかった。


 しかし、いつからかその完全にほころびが生まれ始めた。神樹から、緩やかに輝きが失われ始めた。永遠に生い茂るはずの葉が、少しづつ。しかし確実に舞い落ち始めた。


 不可侵であったはずの森に、醜悪な魔物が入り込み始めた。ただの娯楽であったはずの弓矢を、武器として使わなければならなくなった時の不快感をよく覚えている。


 この頃から、アンビシオンと血族たちの意見は食い違うようになっていく。王子が求めたのは過去の完全さだ。神樹に元の力を取り戻させ、再びあの日々を取り戻す事。しかし血族の言葉は、彼の求めるものと違った。


 変化の時が来ただの、嵐に備える必要があるだの。枝の末であるとはいえ、ただのエルフを森に住まわせるようになった時などは一族の正気を疑った。


 彼の求める輝きの時代はどんどん遠くのものとなっていく。神樹はいよいよ枯れ始め、森の神聖さも失われていく。だというのに魔物の進入は止まらない。森を失って庇護を求めるエルフ達も止まらない。


 アンビシオンは嘆いた。星に、風に。己の悲しみと憤りを歌い上げた。しかし、それを聞く者はどんどん数を減らしていった。事もあろうに、血族たちは森から出ていきはじめたのだ。それも、逃げてきたエルフ達を連れて。


 エルフ達が出ていくのは分かる。森はもはや、彼らを受け入れられない。痩せて荒れた木々はエルフを養えないのだ。だからといって、ハイエルフが出ていくことはない。アンビシオンはそう説得したが、血族の誰一人としてそれを受け入れる者はいなかった。


 何が、エルフは同胞を見捨てないだ! 事には限度があるだろう! 何が、新たな森に移る時が来ただ! 素晴らしき森を取り戻すことこそ最善だろうが!


 どれほど言葉を募っても、思い通りにはならなかった。そしてついには、神樹が枯れ果てるという事態に陥った。


 その根元で、一体どれだけ嘆き続けた事だろう。転機は、一匹の子蜘蛛のささやきによってもたらされた。


 曰く、神樹の枝が根付いた森がある。そこは魔物によって支配されていたが、この度それが解放された。解放したのは始祖神ジャガル・フォルトの眷属。その末。地脈の力で地下に砦を築く者達。


 そこには、貴方が求めるすべてがある。雄大なる森。精霊の加護にあふれた土地。神樹の子たるホーリー・トレントの守護まである。


 その地を支配するのはその眷属。……それを許して良いのか? エルフの土地は、持ち主に帰されるべきではないのか? それを成すのは、王子たる貴方の仕事ではないのか?


 子蜘蛛はささやき続ける。貴方にはできる。秘宝たる神樹の琥珀をもってすれば、土地の支配権を奪い取れる。貴方にしか、できない事だ。


 それは、希望だった。枯れ葉の中で嘆き続ける事は、もはやできなくなった。アンビシオンは残っていた血族を集めると、子蜘蛛の提案を己のそれのように語って聞かせた。


 森に残っていたのは、王子と同じ心情の持ち主たち。古き時代を求める彼らは、アンビシオンに従った。後の事は早かった。


 子蜘蛛は、亜神の使徒だった。その亜神の部下の力を借りれば、件の森の子孫を見つけることは容易い事だった。


 しかし、ここで彼にとって想定外の事が起きた。エルフ達が、アンビシオンの言葉に逆らったのである。故郷を取り戻してくれた者に、刃を向けることはできないなどと寝言を言うのだ。


 今の今まで、この森に居させてやった恩を忘れて! ハイエルフの王子である自分の言葉に逆らうなど、どうして許せるだろうか。身の程を弁えさせるのに、自らの手を使う必要があった事も彼を苛立たせた。


 その後、蜘蛛の部下を使ってエルフたちの部族の弱者を捕らえさせた。蜘蛛の糸に囚われた者どもを晒しての交渉は、大変楽に運んだ。エルフは同胞を見捨てない。初めからこうであれば、手荒な事はしなかったものを。


 そうして、アンビシオンたちは旅立った。森から森へ渡る秘術をもってすれば、その旅はそれほど長くはかからなかった。多くの不便を感じたが、先の希望の事を考えれば我慢できた。


 我慢できなかったのはその後だ。一かけらでも記憶が脳裏によぎれば、全身が沸騰した湯のように煮え立つ。


 ハイエルフの王子、“頂点たるもの”アンビシオンに対して敬意のかけらもない無礼な振る舞いの数々。そもそも直接声をかけること自体が無礼の極みだという事に気づきすらしない! 許可してもいないのに発言する事も、身の程を弁えていない証左だった。


 直接対面しただけでもこの始末。その後に目に映るもののすべてが彼の神経を逆なでした。これから自分のモノになる森の中に、不格好な建築物が無造作に立てられていたり。地脈の力で不快な迷宮を作り上げていたり。ダークエルフの集落が地下にあったことなどは意識が遠くなった。


 それら艱難辛苦を乗り越えて(悪神の高僧に殺されかけたのは絶対に忘れない)、ついに地脈の支配権を獲得した。あの無礼極まるジャガル・フォルトの眷属を取り逃がしたのは、片手落ちではあった。が、取り戻しに来ると分かっているのでその時に捕らえればいい。


 蜘蛛の亜神より、手ごまの補充も受け取った。あれもいちいち癇に障るが、森が完成した暁にはどうとでもなる。


 神樹はこの手の中にある。再び、輝き満ち足りた世界がやってくる。……そう思っていたのに。


「何故私の命令に従わない! ホーリー・トレント! レケンス!」


 連枝の館。神樹の間に設えた玉座で、アンビシオンは吠えていた。この地を支配するに必要な二柱は、あれから全く王子の言葉に答えようとしない。


 森を完全にするには、絶対的にその力が必要だった。ホーリー・トレントは森を活性化させ、また外敵を侵入させない結界を作る事ができる。レケンスは地脈の力を森の隅々までいきわたらせることができる。


 この二柱の力が合わされば、何物にも侵されない森が容易く作れる。そして、地脈の力は使いたい放題だ。正直、件の赤い巨石を見てアンビシオンも驚いた。地脈に、これほどの力がみなぎっているなど思いもよらない事だった。


 地脈の力は、星の寿命とも言い表せるもの。年月とともにそれは失われていく。自然の摂理だ。だからこそ若々しい神代においては強者に溢れ、時が経つにつれてそれらは消えていく。


 だが、巨石から感じるそれは神代を彷彿させる。ジャガル・フォルトはこの星に何をしているのだろうか。この石と関係しているのは間違いないのだろうが。


 それについての考察は、落ち着いた時にまたゆるりとするとして。今は喫緊の問題を片付けなければならない。


 神樹の琥珀の力を開放し、再び二柱に呼び掛ける。そうしてようやっと、レケンスの声が王座に響き渡った。


『簒奪者め。恥を知るならば、秘宝を手放しその身を水に投げるがいい。命だけは助けてやる。はるか海のかなたに流すがな』


 姿はない。放置されたワイングラス。その中にある酒が震えて音を放っている。その声は、嫌悪の毒がありありと込められていた。


「私は“頂点たるもの”アンビシオン! 古の森、始祖の森の正当なる後継者! 神樹の根付くこの地を受け継ぐ権利がある!」

『ない。我が契約者の言葉を貴様に送る。寝言は寝てから言え』

「それは貴様が決める事ではない! この琥珀を持つ私が! 地脈を支配した私がそう宣言しているのだ! この地の精霊たる貴様は、私に従わなければならない! これは義務だ!」

『黙るがいい痴れ者。手前勝手な戯言をこれ以上(さえず)るな。真に大地に認められたものであるならば、そんな秘宝は必要ない。お前が求められる者であるならば、石投げの娘は貴様にダンジョンを与えるだろう。そうでないからこの有様だ。いい加減身の程を弁えろ』

「精霊の分際で、私に対して無礼極まる! あの愚かな定命もそうだった! なぜ敬意を払わぬ!」

『貴様にその価値がないからだ』

「ハイエルフの王子だぞ!」

『たまたまそう生まれただけだろうが』


 気が付けばアンビシオンは、ワイングラスを蹴り飛ばしていた。壁に当たってそれは割れ、ワインのしずくが壁と床を汚す。

 そのしずくが小さく震える。聞こえる音は変わらず、込められた侮蔑も同じだった。


『図星を突かれて我を忘れたか。そうやって幼子のように我儘を喚き散らしていればいい。何も学ばず、愚者のままであればいい』

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! いいだろう、貴様がその気なら私にも考えがある! 幸い、地脈の力は天井知らずだ! 少しばかり術を凝らせば、貴様を縛るのは容易い事! 魂を縛り上げられて、その苦痛に悲鳴を上げるがいい!」

『ははは! それの何処がハイエルフの王子か。ダークエルフ、否、ゴブリンのごとき有様よ!』

「黙れぇぇぇ!」


 この地で唯一、己の意に従う光の精霊の力を呼び起こしワインのしずくを消し飛ばす。後に残ったのは壁の汚れのみ。


「どいつもこいつも! 私を誰だと思っている! “頂点たるもの”アンビシオンだぞ! この地の支配者なんだぞ!」


 蹴る。蹴る。蹴り飛ばす。館の中から引っ張り出された調度品を、芸術品を、家具を。それらは長い時を凌ぐために魔法の力が込められていたので、傷つくことはなかった。ただ汚れ、倒れただけだった。


 それを止めたのは理性が戻ったからでも、誰かが止めたからでもない。エルフの騒ぎ声が、耳に入ったからだ。


「侵入者ー! 森に侵入者ー! ヒトの兵士が、鉄の箱に乗って向かってくるぞー!」

「……来たか」


 アンビシオンの顔に、肉食獣じみた笑顔が浮かんだ。諸々の不快感をぶつける、いい相手がやってきてくれた。


「だれか! 誰かあるか! あの女どもを呼びつけろ! 連中に働いてもらうぞ! それから術者だ! 手すきの者を集めよ!」


 不快な者どもを、潰し合わせる。心躍るひらめきだった。きっと良く喚いてくれるだろう。それはどれだけ自分の留飲を下げるだろう。思い描いただけで楽しくなってくる。


 思わず漏れる笑い声を発しながら、アンビシオンは準備に取り掛かった。


/*/


 一方そのころ。ざわめくプルクラ・リムネーの片隅。路地裏の死角に、ハシント氏族のダイロンの姿があった。座り込み、項垂れていた。


 このような事をしてる場合でないと、理性では分かっていた。だが、感情が彼をこの場に縛り付けていた。恩をあだで返し、今なお多くの人々を苦しめている事。罪の意識が、後悔の思いが際限なく湧き上がっていた。


 子供が、病人が、老いたるものが人質に取られている。氏族をまとめるものとして、彼らを守る義務がある。だがそれはこの地に住まう人々には関係ない事だ。


 アラニオス神に、祖先に顔向けできない振る舞いをしている。さりとて、自分たちではどうしようもない。自分たちよりも大きい巨大蜘蛛が何匹も、常に人質たちを見張っている。安全を確保するよりも早く、犠牲者が出るだろう。倒しきれるかも怪しいし、ハイエルフ達が援軍に来たら負けは確実だ。


「アラニオス神よ……どうか我らを救いたまえ……」


 これほど身勝手な願いはないだろう。しかしそれでも祈らずにはいられない。この願いが叶うならば、自分はどれほどの試練であろうと立ち向かう。だからどうか……と、只々嘆いていた。


 そんなダイロンの前に、暗闇の塊のような男がいつの間にか立っていた。それが、黒装束のダークエルフだと気づくまで、時間がかかった。


 生理的な嫌悪感は湧き出た。不審者に対して叫ぶべきかとも思った。しかしそのどちらも、彼を苛む後悔と罪悪感を凌ぐものではなかった。


「神に縋ってなにもしないつもりか?」


 明らかな嘲笑にも、反論することができない。漏れ出るのは、弱音だけ。


「何をしろと、言うのだ……。連中には勝てぬ。我らは負けたのだ。逆らって事を成せるなら、そもそも手先になどなっていない」


 俯くダイロンの髪が掴まれ、引き上げられた。目の前にあるのは、らんらんと輝くダークエルフの瞳。男は、燃えあがるような輝きを宿した瞳で睨みつけながら言った。


「裏切って、謀れといっている」

「レヴァランス神の使徒になれと言うか」

「そこまでは言わん。貴様らのような者が配下になっても神は喜ばぬだろうしな」


 いよいよもって、怒りが諦念を押しのけ始めた。相手の手を払って、己の髪を自由にする。しかし瞳は合わせたまま。にらみ合ったままだ。


「謀って、何とする」

「知れた事。ダンジョンの民の解放。ダンジョンコアの解放。そしてハイエルフの打倒。この我らの望みの中に、貴様らの仲間の解放を入れてやる。だから協力しろと言っているのだ」

「戯言を。そんな事をできる力が、一体どこにある。貴様が無双の英雄だとでもいうのか?」

「まさか。この騒ぎが聞こえていないのか? 力は外から来る。ダンジョンマスターが、多くの力を束ねてここに戻ってきたのだ」


 そういわれてやっと、ダイロンは騒ぎに意識を向けることができた。外から兵がやってきたと。


「ヒトの兵だけで、上の守りを突破できると? よしんばできたとして、ここまでたどり着けるものなのか?」

「できる。ここはあの方のダンジョンだ。この場の事は、誰よりも我らが知っている。……さあ、どうする。罪を償い、仲間を助け、神とダンジョンマスターに謝罪するか。それともハイエルフの手先として、この先も家畜のように生きるか。それとも、この場で俺と殺し合うか」


 ギラつく瞳を睨み返す。目を逸らすことなどできない。これが最後の機会であることを、ダイロンは肌で感じ取っていた。


 だが。相手は欺瞞と策謀の神レヴァランスの使徒。この言葉をそのまま飲み込むのは、ゴブリンに誠実さを求めるに等しい愚行であると学んでいる。


「何に誓う?」

「なんだと?」

「我らの同胞を助けるという言葉、一体何に誓うと聞いているのだ。よもやレヴァランス神とは言うまいな?」

「確かに、我らが神に誓うことほど嘘くさい事はない。で、あるならば……」


 ダークエルフは、煽りを込めて笑って見せる。


「ダンジョンマスターであるミヤマ様に。お前たちの都市を開放し、しかして裏切られたあのお方に。俺たち燻る熾火氏族に安住の地を与えてくださったミヤマ様に誓おう。我らは、あの方だけは裏切らぬと誓っているからな」

「うぐ、ぐ……」


 屈辱だった。ハイエルフ達に蹴散らされ、隷属させられた時よりもなおそう感じた。信用ならぬダークエルフ以下の振る舞いをしていると、自覚させられた。


「……いいだろう。信じるとする」

「ほう、これは驚きだ」

「我らは、かの方を裏切った。情けない限りだ。恥ずかしいにもほどがある。……そんな我らと同じになるなど、貴様らは己の誇りが許さぬだろう。お前たちではなく、それを信じることにする」

「ふん! なるほどたしかに。そればかりは願い下げだ」


 エルフとダークエルフ。互いに対する感情は根深い。だからこその理解もある。ダイロンは立ち上がった。もちろん、相手の手など借りずに。


「名前を聞かせろ、ダークエルフ。我が名はダイロン。ハシント氏族の族長代理だ」

「ペレン。燻る熾火氏族の狩人長。ミヤマ様の信頼篤き者よ。よく覚えておくがいい」


 街が騒がしくなる中、遠い昔に同じ祖を持つ者たちは動き出した。


ダークエルフらしい働きや謀りができて、ペレン大喜び

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― 新着の感想 ―
[一言] >エルフは同胞を見捨てない つまりそれを見捨てたり、奴隷として扱ってる王子はもうエルフじゃないってことになるよね ナチュラルに他人見下してるから自覚ないんだろうけど、自分で自分の生まれを否定…
[一言] もしホーリー・トレントさんが無口じゃなければ、 二人がかりでいじめられて王子様の脳の血管切れてそう。
[気になる点] ゴブリンだって頑張って生きてるのにあまりに失礼では? [一言] ハイエルフ王子が悪口になる日も近い
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