帝国の上と下
帝都の物流拠点。転送ターミナルは今日も混みあっていた。イベントのない平日であっても、ゲートに並ぶヒトの多さは変わらない。ヒト、エルフ、ドワーフ、ハーフリング、オーク、コボルト、獣人、リザードマン、不確定名大目玉……。様々な種族が今日もこの世界を移動している。
ゲートから出現した俺たちは、係員に促されるまま建物の外への道を歩いていく。
「とりあえず、貴族会館に向かおうか。ヤルヴェンパー公爵家に挨拶して、その後ブラントーム侯爵家へ……」
「ミヤマ様、あちらを」
「うん?」
エラノールに促されるままそちらを見れば、見知った顔が居た。ご丁寧に『ミヤマダンジョンご一行様』と大書されたスケッチブックを掲げているのは背の低いコボルト、ペコ氏。そしてその隣にいるのは礼服を来た毛並みの良いコボルト、トッポ氏である。
「御久しゅうございます、皆さま。お待ちしておりました」
……この二人の主の事を考えれば、俺たちがここにいる事を知っているのは何ら不思議ではない。そして、迎えに来たという事は。
「……どうも、トッポさん。あの方が、お呼びですか?」
俺はあえて、丁寧にそして名前を伏せて聞いてみた。この場所で、先輩の名前は刺激的過ぎる。
「はい。おっしゃる通りです。車を用意しておりますので、どうぞこちらに」
「わんっ!」
二匹に促されるまま、俺たちは転送ターミナルのビルから出た。ビルの前の駐車スペースは混みあっている。大きな駅のタクシー乗り場もかくやといった感じだ。しかしそんな中にもVIP専用スペースというものがある。
コボルト幸せ社の車は、その場所に堂々と停車されていた。無論、その周辺には一台たりとも停まっていない。
「……このスペースに無断駐車したらどうなるんだろう」
「そうですねえ。気の短いものが見たら、乗り手諸共吹き飛ばされますな。嘆かわしい事です。皆さまはそのようなもの見かけたら帝都警察までご連絡を」
「わんわんっ!」
「ううん……警察は流石に、普通に対応する、はずです。ええ、吹き飛ばしたりはしない、はず」
自分が信じ切れないものを、他人にそうさせるのは至難である。俺は、無断駐車などしないと固く誓った。そもそも車持ってないけど。
走り出してしまえば、その後の移動はスムーズだった。信号に捕まりこそするものの、渋滞もなく俺たちは街の中央へと進んでいく。やがて進行方向は大きく視界が開ける。はじまりのダンジョン、その大穴のある中央区に到着する。
大穴があるせいか、中央区の道は環状交差点になっている。交通量は多いが、ここでは車が淀みなく進んでいく。そして、俺たちの乗った車両はとある建物の地下駐車場へと入っていく。
「帝都は本当、ハイテクだなあ」
自重って言葉をはるか遠くにぶん投げてますよね、先輩。という皮肉は口には出さない。
「オリジン様のお膝元でございますから、この程度は当然。本当はこれ以上にいくらでもできるのですが、流石に住人への配慮というものがありますので」
トッポさんが楽し気に説明してくれる。……これでまだ自重しているのか。どんだけテクノロジー蓄えてるんですか、先輩。
照明に照らされているがほの暗い駐車場を少しばかり走ると、ひときわ明るい場所が見えてくる。エレベーターホールだ。もちろん、警備の者がいる。……たぶん、いる。不定形の、もやもやとしたモンスターがいる。ガス生命体? こんなモンスターもいるんだなぁ。
車から降りた俺たちは警備のモンスターのチェックを受けた後、特別なエレベーターに乗せられた。どう特別かというと、入り口が隠し扉だった。一般人は存在すら気づけない。そうまでして隠してあるのだから、VIP用であるという事はよく分かる。
まったくと言っていいほど不快感を感じぬ上昇。ほどなくして、扉は開いた。
「お待ちしておりましたミヤマ様。どうぞこちらへ」
「お久しぶりです」
白毛のコボルト、白姫さんのお出迎え。促されるまま中に入る。空気、調度品、照明にいたるまで。あらゆるものが、特別な空間であるという事を知らせていた。
「ミヤマ様はこちらへ。お付きの方々はここでお待ちください」
通されたのは、応接室……とは名ばかりの謁見の間だった。わざわざ、三段高い所に二つの豪華な椅子。下の段にぽつんと、一つだけ貧相な椅子が置かれている。
企業の圧迫面接だってここまで露骨ではない。だが、おかげで俺も理解できた。この場が糾弾の為のそれであるという事が。
「座りなさい。ナツオ・ミヤマ」
硬い声で二つの席のうちの一つ、右側に座ったオリジンが命令する。俺は大人しく従った。今日のいで立ちは、帝国民の前に立つときのように豪奢で威圧感を出すもの。この場にそぐわない服装をしているのは俺だけだった。
「ダンジョンを奪われたそうですね。新人」
「はい……申し訳ありません」
左側の席に座った黒髪の少女が冷たく言い放つ。……たしか、年末の祭りの時に見たな。帝国三大守護神のひと柱。城塞蜘蛛のアマンテ、だったか。
オリジンが扇子で自らの手のひらを打つ。乾いた音が部屋に響いた。
「自らのダンジョンを守るのは、マスターの義務。しくじった以上、本来は死あるのみですが……相手側の思惑で、まだ生きている。その思惑がなくば、いつ死んでもおかしくない。その自覚はありますか?」
「……ありませんでした」
我ながら、どうかしていた。そうだ。ダンジョンコアが失われれば、俺は死ぬんだった。正直、くやしさと不安と焦燥感でそこまで意識が回らなかった。
「……叱責はしません。自分の命に責任を持つのは、あらゆる生命の大前提。死んでから後悔しては遅い。皆、死霊になってから嘆き喚くのです。長く長く、魂が擦り切れ果てるまで。貴方もそうなりたいですか?」
「……いいえ」
死後の世界がはっきりあるから、こういう言葉が出てくる。
「で、あれば一刻も早くダンジョンを奪還する事です。ですが……」
ここで、オリジンは言いよどんだ。もう一度、扇子を鳴らすものの、言葉は出なかった。代わりに口を開いたのはアマンテだった。
「貴方は今、ダンジョンを失っている。ダンジョンマスターとは言えない立場です。それはおわかり?」
「……はい」
「帝国はダンジョンの為にある。彼らはダンジョンの為に用意されたコマ。己のダンジョンを守り切れなかったマスターに使用する資格はありません。なので、奪還に帝国貴族を使用することは許しません」
「そんな!? 流石にそれは厳しすぎる! ミスがあったのは認める! だけどダンジョン奪還のための戦力を絞るのは!」
「これはペナルティよ、新人。もし相手側がその気なら、貴方はもう生きていないの。つまり、大事なダンジョンが失われていたという事。私たちにとってそれは、最も看過できない事なの。お分かり?」
必要とあれば処分する程度の『大事さ』だろうに。とは口にできなかった。アマンテの視線は、槍のように俺に刺さっていた。いや標本にされた虫のように、だから針と表現するべきか。その鋭さに貫かれて、言葉どころか呼吸も難しい。
少女の姿をしているが、間違えようもなく彼女は怪物、怪獣なのだ。その気になれば、俺など一瞬で踏みつぶされる。
俺が身動きできないでいる中、ことさら大きく息をしてオリジンが語る。
「ナツオ・ミヤマ。貴方はダンジョンマスターになってから、その仁徳によって多くの者を助けました。結果、貴方は良き縁を繋ぎたくさんの力ある者を仲間に引き入れました。それは大いに評価する点ですが、欠点でもあります」
彼女は立ち上がると、後ろを向いた。そちらには大きな窓がある。眼下にはきっと、帝都の街並みが広がっているのだろう。
「多くを懐に抱え込めば、その分だけ危険やトラブルも増える。今回は、私たちが意図的に起こしました。だからこの程度で済んでいる。次は、この程度では済まないかもしれません」
流石に、この衝撃的な言葉には驚きを隠せなかった。
「あの、ハイエルフ共をダンジョンへ送り込んだのは……」
「それ自体は、貴方が招いた事ですよ新人。アラニオス神にわざわざ神託なんてさせて。廃都の末裔たちだけなら平和に済みましたが、エルフ達がどこに住んでいるかを考えるべきだったわ。窮地に追い込まれていたハイエルフ達は、ここぞとばかりに飛びついたのよ」
「……一から話を聞いても、よろしいでしょうか?」
城塞蜘蛛は、淡々と事のあらましを語ってくれた。曰く、ハイエルフ達の住まう太古の森は寿命が来ていた。アラニオス神の依り代となった大樹も永遠ではない。枯れて朽ちて、新しい森の苗床となろうとしていた。
しかし、住んでいたハイエルフ達にとっては看過できない事だった。長年、聖域であったからこそ大侵攻にも耐えられた。神の奇跡の残り香は、豊かな暮らしを約束していた。それらがすべて失われる。そして、それに支えられていた彼らの権威も。
帝国が生まれるよりもはるか以前から、大地の王のような振る舞いをしていたハイエルフ達である。今更、それを失う事は耐えられるものでは無かった。
「……まあ、正確に言えば。耐えられない連中が森に残っていたというのが本当なんだけど。新しい時代に適応しようとするハイエルフは、とっくに森を出ているし」
解決策がないまま、無為な時間を過ごしていたある日。難民として暮らしていたエルフ達が、アラニオス神から神託を授かった。ダンジョンマスターによって、彼らの故郷が解放されたと。歓喜したエルフ達は、さっそく方々に散っていた一族に連絡し引っ越しを計画し始めた。
ハイエルフ達は、そこに待ったをかけた。聞けば、神樹の子であるホーリー・トレントまでそのダンジョンにいるという話ではないか。自分たちの新しい森にふさわしい。その地はエルフの物なのだから、ダンジョンマスターには退場してもらおう。
当然、エルフ達は反発した。恩人に対してそんなことはできないと。しかしハイエルフ達は聞き入れない。すでに後がない者たちだ、受け入れるはずもない。
そしてついにはエルフ達の女や子、老人を人質にとり。無理やりダンジョン乗っ取り計画に協力するよう要求。かくして、今回の事件が起きたという話だった。
「当初の計画はもっと荒っぽいものだったわ。貴方を呪いやらなにやらでがんじがらめにして、意のままに操るとかそういうの。それを、あの琥珀を利用した方法に変更させたのが私。つまり、恩人というわけ。おわかり?」
「は……ご配慮に感謝します」
ある程度の察しはついていたが、やはりそういう話だったか。そりゃアラニオス神に直接問いただすのを嫌がるはずだ。事の次第がバレる。あの時点できっちり調べておけば、ここまでの事にはならなかった。
しかしかといってあそこでゴリ押した場合、エルフ側にも大きな被害が出た事だろう。アラニオス神への約束がある手前、それは避けなければならない事だった。
以上の事から考えると最適解は……ダンジョン内にハイエルフ達を引き込んで少数になったあの時。あの時点で神にお伺いを立てていれば……。これを、あの時点で思い浮かんでおかなければいけないって事だよな。
「さて、雑談はこれでお終い。さあ新人、さっさと自分のものを取り返しに行きなさいな。それとも貴族共やオリジンに助けてもらわないと無理、とでもいうのかしら?」
「いいえ。すぐに取り掛かります。失礼しました」
俺は立ち上がり、頭を下げて退室した。オリジンは、後ろを向いたままこちらを見ることはなかった。
「ミヤマ様、お話はなんと……?」
「厄介なことになった。詳しくは外で話す」
エラノールにそう答えると、白姫さんが再び俺たちの元に現れた。
「そういう事でしたら、下に談話室がありますのでご利用ください。ご友人の方々もいらっしゃっておりますので」
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手回しがいいって、こういう事を言うんだなぁ。俺は、コボルト幸せ社の談話室に集まった三人と挨拶しながらそう思った。
ヤルヴェンパー公爵家、ウルマス。ブラントーム侯爵家当主、クロード。そして我がダンジョンのガーディアンでありクローズ子爵家当主のヨルマ。皆がそれぞれ、困惑と悔恨の表情を浮かべていた。
「何故私がダンジョンにいない時にこんな事が……」
悔し気に唸るウルマス殿。彼は今回、仕事で家族と一緒に帝都に戻っていたのだ。その為今回の事件に巻き込まれなかったのだが。
正直、裏で先輩が手を回した可能性はある。何せウルマス殿とそのお嫁さんはとても強い。単純な戦闘技能で、我がダンジョンの武術師範エンナと同等以上の腕前なのだ。加えて、ハイロウとしての能力もある。
連枝の館の場面でこの夫婦がいた場合、腕力でひっくり返せた可能性が高い。ジジーさんの補助も入れば完璧である。
「しかも、今回は我らの手だし厳禁というお達し。せめて血族の者だけでも、と嘆願したのでしたがお許しは出ず……」
しょんぼりするグレーターワーウルフ。うん、クロードさんとブレーズさんが参戦するだけで戦力バランス傾くからね。ピンボールのようにエルフ兵が吹き飛ぶさまが目に浮かぶ。
「私個人は、ガーディアンという事もあり許されましたが。……レイライン、抑えられてしまっているのですよね?」
「うん。なのであっちに行ったら影響出ると思う」
「実は、現状でも少々調子が出ない状態でして。現場での参戦は足を引っ張ってしまうでしょうね。残念です」
ヨルマは苦笑する程度だが、内心は穏やかではないだろう。彼の幼馴染たちもダンジョンにいるのだから。
「しかし困ったな。突破力がないと、厳しい戦いになる」
セルバとサイゴウさんの協力により、ある程度の数を確保できている。現状でも、相手と正対する程度は可能だろう。しかし、拠点防衛するエルフというのはとてつもなく厄介だ。
俺は、エルフに与えてはいけないものが三つあると思っている。距離、高さ、そして弓矢。この三つを揃えたエルフは極めて厄介な種族となる。
まず、距離。攻撃が届かなければ反撃できない。エルフは華奢な種族だが、攻撃を受けなければその弱点は無視できる。
高さは攻撃力を増加する。物を落とすだけで武器になる。位置エネルギーが、バフ効果を発揮する。そしてその位置エネルギーが、反撃を困難にする。上に物を持ち上げるだけで、運動エネルギーは消費される。下から弓矢を撃っても、威力が弱まるというわけだ。防御力まで向上する。地の利を得たぞ、と喜ぶわけである。
そして弓矢。上記ふたつをこれ以上なく利用できる、エルフたちのメインウェポン。生来、弓術が得意なエルフ達。一方的に攻撃できる場所を確保されたら、手が付けられなくなる。
以上の事を踏まえて、彼らが立てこもっている場所を考えてみよう。まず、森である。もうこの時点で地獄しかない。小高い木などいくらでもある。生い茂る枝葉は彼らをよく隠す。そもそもエルフは森の妖精、ホームグラウンドで戦って弱いはずがない。
それからもう一点、俺のダンジョン。これまた不味い。門前町には櫓がある。射撃用の足場もある。エルフ達が利用するには十分の場所だ。さらに、プルクラ・リムネーの城壁もある。あれなどもう、完璧な防衛設備だ。修復が完全でないのが救いだが、だからと言って楽に落とせるわけでは決してない。
以上の事から、現状戦力では突破が困難と言わざるを得ない。ダークエルフ達も戦ってくれるだろうが、彼らは戦列を組んで戦うのは苦手なタイプだ。別の仕事を頼みたい事だし、何としても帝都で突破用の戦力を確保したい。エルフの矢雨をものともしない、重戦車のような突破戦力を。
「貴族ではない、戦力。ええ、ありますね」
悩み果てていた俺に、ヨルマはこともなげに言ってのけた。
「……貴様、それは古巣の事を言っているのか?」
極めて嫌そうに、クロードさんがぐるると唸る。
「地下街、ですか……たしかに、貴族の息はかかっていない。オリジン様の御意向にも背かない。だが、あのような無頼の輩を使うというのは……」
「ですがウルマス殿、必要なのは質です。信用できる少数さえ雇えれば良いのですから、玉石混交のあの場でも求める人材は探せるかと」
「だがね。そもそも連中はダンジョンに行くこともせず年がら年中戦ってばかりの暴れん坊どもだ。果たして、ダンジョンとマスターに忠義を尽くすだろうか?」
「そこはそれ、我らのダンジョンマスターの仁徳がありますので」
三人の視線が、俺に向けられた。……え。何それ。カリスマ系スキルなんてチート貰った覚え無いんですけど?
「……うむ。ミヤマ様なら、無法共すら絆されるやもしれん。勝機はあるか」
「クロードさん? なんかよくわからん納得されても困るんですけど?」
「おっほん。まあ、さておき。ダンジョンとの縁はやはり大きなもの。それも連中との交渉材料として使えるでしょう」
俺の抗議を、わざとらしく咳払いして誤魔化すダンディ。……地下街。ヨルマやバラサール達のホームグラウンド。荒くれ者たちの住処。犯罪の温床。いわゆるスラム。
贅沢は言ってられない。ここは、腹をくくるしかないだろう。
「分かった。案内してくれ、ヨルマ」
「はい、それでは早速車を……と、思いましたが家の者を使うと例の話に抵触しそうですね。路面電車を使いますか」
「私は、バルコにかかわる者として動けることがないか探ってみることにします。後々、家族と共にサイゴウダンジョンに向かいますので」
「……我が家は、後始末の準備をしておきましょう。どうぞ存分に、全力を尽くしてください」
「助かります」
クロードさん達が退室する。俺たちも下に向かおうとするが、そこでエラノールの表情に気づく。彼女は悩まし気に唸っていた。
「どうしたの?」
「いえその……ご存じのように、私も以前帝都に滞在していた時期がございまして」
「ああ、フォレストバーサーカー」
「それは言及しないでいただきたい! ……こほん。ええまあ、はい。それ関係で知り合いがそれなりにいますので、そちらに声をかけて見るのはどうかと悩んでおりました」
「信用できそうな心当たりがあるの?」
「……どいつもこいつも癖の塊のような輩ばかりで。正直、知り合いでいるのも恥ずかしいような者もいますので」
なるほど、それは唸るはずである。しかし、それでもなお唸って悩む程度には実力があるとエラノールは判断してもいるといわけで。
「もし都合がつくのなら会ってみるのはアリかもしれない。雇うかどうかはその後で決めればいいし」
「は。それではあちらに到着次第、連絡が付くかどうか伝手を当たってみます」
さてさて。帝都の地下には貴族に仕えず、軍にもダンジョンにも入ろうとしない強豪たちが潜んでいる。そう聞いたのはいつの事だったか。そんな彼らを俺はスカウトできるんだろうか。……いや、しなくてはいけないのだ。
決意を胸に移動する。白姫さんに挨拶してコボルト幸せ社を後にして。停留所で路面電車を待ち。ゆったりとした速度で進むそれに乗って、帝都外縁部へ向かっていく。
こちら側に来るのは初めてである。びっしりと立ち並ぶのは工業用ビル。特徴としてはとにかく騒音を奏でている事だろう。それから、大量の空気清浄システムが外側の壁に張り付いているのも上げられる。おかげで空気の汚染はほとんど感じられない。わずかに臭気があったり粉っぽいかな思うくらいか。
このビル一つ一つでウン千人以上が働いていると聞くのだから、改めてこの街の抱える人口の多さに驚かされる。街づくりゲームで百万人都市とか目指したものだが、それに近いのではなかろうかなどと思ったり。
そのようなビルを下から眺めていたら、目的の停留所に到着する。降りてみると、中央区のそれとはまた別世界が広がっていた。
「わお、怖い」
「ははは。こけおどしですよ。ご安心ください」
「ええ。この場の輩など雑兵以下ですから」
元地下街育ちと、元地下闘技場常連選手が笑ってくれるが一般人の俺としてはとてもそんな気分にはなれなかった。
落書き。バリケード。ドラム缶のたき火。放置されたごみ。スクラップになった車。あまりにもわかりやすい無法地帯がそこにあった。先輩ー! 貴女の街大丈夫なんですかー?
「ああ? お貴族様がえらそうな口きいてくれるじゃねぇか?」
「ここは観光地じゃないんだぜ? 痛い目会いたくなかったら、金置いてさっさと消えな」
案の定、近くをたむろしていたチンピラA&Bが因縁をつけてきた。ハイロウではなくヒトのようだが、しっかりトゲ付き棍棒で武装している。世紀末救世主のいらっしゃる世界の住人のようだ。
「観光地じゃないのに入場料をせしめるとは……」
「あぁ!?」
つい、口を滑らせた。当然すごまれる。ひぃ、ごめんなさい。と叫ぶ前に、ずいと前に出る者あり。ミーティアが、とてつもない笑顔で二人を見下ろした。
「威勢のいいのがいるじゃないか。早速どれぐらい使えるかテストの時間だねぇ」
「な、なんだこのラミア!? ただもんじゃねぇぞ!?」
「てめえ! ここが刃流場路意のテリトリーだって……」
「知ってる。トップの面も、よーくな」
ここで、ヨルマが動いた。なんだかいつもと雰囲気が違う。
「四面獣神の爺は相変わらずか? 偶には上にでて日光浴でもしろと忠告したらどうだ?」
「は? てめえ、お頭の名前……あ、あああっ!? よ、ヨルマ! 血風呂のヨルマ!」
「げぇ!? ヨルマっていえば、中央で貴族になったって! 嘘だろ、今更何の用だ!?」
「いいからさっさと通せよ。それとも何か? 通行料が必要とでも? 困ったな、持ち合わせがこれしかないんだが?」
そう言って彼は、上着の合わせを開いて見せた。俺からはその中に何が入っているかは見えない。しかし、チンピラたちの顔を青くさせるには十分だったようだ。
「止めろ止めろ! 冗談じゃねぇ! 誰が好き好んでヨルマとやり合うかよ! さっさと通れ!」
「……はい、お待たせしました。それでは参りましょうか」
「ヨルマってば、すごいのね」
「お恥ずかしい。昔少々やんちゃしまして」
はにかむ彼の言葉に、まだ近くにいたチンピラたちはリビングデッドでも見たかのような表情を浮かべた。
「少々……?」
「やんちゃ……?」
「あ? てめぇら、何か言いたいことがあるのか? 聞いてやるぞたっぷりな」
「ねえよ! さっさと下に行けよ!」
悲鳴を上げる彼らに促され、俺たちはビルの併設された地下への階段を下っていく。
「いやあ、なんだか楽しそうなところだねぇ。ワクワクしてきたよ」
「遊びに来たのではないのだぞ」
紫色のライト。蛍光色の落書き。遠くから聞こえる重低音のサウンド。怒号、悲鳴、破砕音。俺たちは、別世界に足を踏み入れていた。