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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
六章 慢心という名の落とし穴
141/207

幕間 主のいないダンジョン

 連枝の館。その前面に広がっていた広場は、わずかな時間で無残な姿に成り果てた。整然と並べられた石畳は砕け、あるいはめくれあがっている。ハイエルフ達の矢の威力は、物理的なそれに止まらなかった。精霊の力を込められており、刺さった場所により致命的なダメージを与えるのだ。


 ミヤマがここに居たら、その理不尽な威力にロケットランチャーでもぶっ放しているのかと叫んだことだろう。


 しかし、それほどの威力であっても人員に被害はほとんど出ていなかった。正確には、出たとしても癒された。誰がそうしたかは言うまでもない。次元渡りの英雄冒険者、ジジー・オイボレターノその人の功績である。


 彼は、ミヤマ達を逃がした後は守勢に回った。守護者を前衛に置き、自分は防御と回復の奇跡を使用する。神官本来の立ち回りである。代わりに攻撃に回ったのはミヤマダンジョンの面々だ。


 ハイロウ達はレイラインの不調によりステータスがダウンしていたが、それでもできることはある。イルマは氷の壁を次々打ち立て移動を阻害。ロザリーは衝撃破でけん制。ほかの者達も石を投げる等、あらゆる手段でハイエルフに攻撃を仕掛けた。


 わずか十名のハイエルフ達は、この状況に困窮した。地上から兵を連れてくれば、まだ状況は変えられる。だがたった一人も外に走らせることが叶わない。幸い、怪我をしても神樹の力で治療できるが、このままでは先に干上がるのは彼らだ。矢玉にも限りがある。


 しかし、しばらくして彼らの思っても見なかったことが起きる。


「おーい。貴様ら、ワシと休戦せんかー?」


 唐突に、ジジーがこのような事を切り出してきたのである。アンビシオンは意図が分からず、困惑して声を荒げる。


「貴様! この期に及んで何を言うか!」

「いやもー、ダンジョンマスターは上手く逃げたし。ここで殴り合ってもお互い益はないじゃろ。わしはもう手を出さん。貴様らも、ワシと戦えぬ民に手を出さん。そういう約束で休戦でどうじゃ」

「ふ、ふざけるな! 休戦だけでも問題であるというのに、どうしてそこに民が入る!?」

「いやあこれでもワシ、一応神様に奇跡をお借りしている身じゃからのう。日々欲を胸に生きる民草がひどい目にあわされると、神様に対して申し訳が立たんでのう。つーわけで、そっちにも手を出すのはアウトじゃ。ワシ大暴れ」

「うぐ、ぐううう! 欲望神エグルの信徒……! 悪神ではないか! それが民草を守るだと!?」

「阿呆。善も悪もヒトが生きる為の方便じゃ。楽に生きるためにルールを定め、それに従って良し悪しといっとるだけ。命あるものはすべからく欲を持っている。我が神はそれを司っておるわけだから、民草も当然潜在的な信徒である。守ると神様喜ぶ。そういう事じゃ」

「拡大解釈が過ぎる! ……ええい、貴様とそんな問答をしている場合ではない!」


 怒りのあまり地団駄を踏むアンビシオン。従者の一人が、諫めながらも脳裏に浮かんだ案を口に出した。


「いえ、王子。ここは時間を掛けましょう。さすれば我らの事が成就したことを察した兵がここまで降りてきます。あの高僧とて、数で押し込めば何とでもなりましょう。時間は我らの味方です」

「お、おお! なるほど……なるほど! という事だぞ定命! 諦めよ、貴様ほどの高僧、我らとしても無下に扱う気は無い。ここは大人しく我が軍門に下るのが……」

「じゃ、ワシ神様に『奇跡』を嘆願するわ」


 気負いなしにジジーの口からこぼれ出たその言葉には、この場の全員に何かを気付かせる言霊がこもっていた。


 何とか立ち上がったロザリーが、代表して質問する。


「あの、ジジー様。奇跡、というのはもしかして、一般的に神から賜っている癒しなどのそれではなく……」

「うむ。マジモンの『奇跡』。海が割れたり、大嵐で船団が沈んだりするアレ。最高位の神官が賜る、神様の本気パワーじゃな」

「た、大言壮語はそこまでにしておいたらどうだ……さしもの貴様も、それは」


 アンビシオンの言葉に、先ほどまでの勢いはない。伝わってくるのだ。態度やまなざし、言葉の勢いからそれが真実であると。


 ジジーは何も言わず、腰にあったポーチから布を引き出した。あきらかにポーチに入りきらぬ質量であるがそこは歴戦の冒険者。見た目よりも物が入る袋などは、入手していて当然の道具である。


 その布を見て、敵味方問わず驚いた。布には、大粒のダイヤモンドが多数縫い付けられていたのだから。


「『奇跡』っちゅーもんは、めったに起きないから奇跡なんじゃ。だもんで、それを嘆願する以上、相応のもんを神様に捧げなきゃいかん。ワシの、とっておきのへそくり。これを使うのは、正直惜しいんじゃよなー。でも、使えばここまでの前提全部ひっくり返るぞ」

「なん、と……」


 アンビシオンは、足から力が抜けるのを感じた。間違いなく、ジジーは『奇跡』を嘆願できる。使われてしまったら、どうなるか。前提がひっくり返る。つまり、ダンジョンの支配権を取り戻せるといっているのだ。


 できるわけがない、と強弁するのは難しい。『奇跡』にはほぼ万能の力がある。何が起こっても不思議はない。


「どうじゃ? 休戦せんか? ちょいと、度量のデカい所を見せてみんか? んー?」

「……いいだろう。貴様と、無力な民草には手を出さん。それでよいな?」

「おうおう、それでばっちりじゃ。あ、休戦期間はダンジョンマスターが帰ってくるまででよろしくー。ほんじゃな」

「貴様ぁ!?」


 激高する王子など知った事じゃないと、ジジーは背を向ける。歩き出す前に、イルマ達に声をかけた。


「ワシが手出すのはこんな所じゃ。あとはお前さんらが頑張れや」

「はい。大変お世話になりました。ダンジョンマスターに代わりましてお礼を申し上げます。謝礼については、落ち着いた後で」

「美味い酒をたのむぞーい」


 ひらひらと手を振って、高僧は住宅地へ向けて歩き去る。代わりに、残されし者達がハイエルフ達と対峙する。


「ええい、腹立たしい……が、今は捨て置くとして。貴様らについては、奴との休戦協定には含まれておらんな。さて、どうしてくれようか」

「それはこちらのセリフです。不法占拠したダンジョンを、すぐに開放していただきたい」


 イルマの言葉を、当然ながらアンビシオンは鼻で笑う。


「笑止。我らのものを取り返しただけよ。不法占拠は貴様らの方である。この状況でまだそんな戯言をほざくか。ハイロウなどと特別な種族を気取っているようだが、しょせんは地脈の力に適応しただけの存在。素材が悪ければその程度よな」


 王子の罵詈雑言には眉一つ動かさず、イルマは一つ頷いた。


「アンビシオン王子の主張は、自分たちの物を取り返しただけである。それでよろしいですね?」

「繰り返す必要がどこにある? ダンジョンを奪われた事で認識力にも問題が出たか?」

「いいえ。これよりそちらの主張に対する反証を準備いたしますので、そのための確認です」

「何だと?」


 不快げに問いただすアンビシオン。それにロザリーが返す。


「言葉による問答は好かれませんか? それは残念。であれば、我らは総力をあげて奪還に挑むまでです。最後の一人になるまで」

「蛮人どもめ! 状況を理解できぬか!」

「対話を否定されてしまいましたから、致し方がなくそうするまでの事。それとも、我らの反証を、テーブルについて聞いていただけると?」

「ふん! 脅しか? 貴様らだけで何ができる」

「私の実家は千年続く帝国貴族。その悲願たるダンジョンが奪われた今、領民のすべてが立つでしょう。怒れる万の民衆を相手取る覚悟がおありで?」

「万!? ……ふ、ふん。馬鹿馬鹿しい。貴様の故郷がどこにあるか知らんが、近場ではあるまい。移動にどれだけかかるか……」


 そこでイルマが笑顔になる。いつもの柔らかなそれではなく、鋭利で挑発的な笑顔を。


「私の実家は海運に強いので、幾らでも運んで見せますが? 最近この地方の流通も足場が固まりましたし。あと、当然ながらこちらの実家も戦力を投入するでしょう。民衆ではなく、兵士が万単位で」

「ふざけるな! 我らにとっては貴重な森だが、貴様らにとっては一地方のそれにすぎんだろう!? なぜそんな事になる!」

「「帝国は、ダンジョンの為にある」」


 二人が声を揃えたその国是に、王子も言葉を詰まらせる。


「貴方は帝国とその民の逆鱗に触れておりますの。それをご理解いただけますか?」

「ダンジョン保護の為ならば、そこにある国だろうと王だろうと踏みつぶすのが帝国です。元の所有者? 知った事ではありません」

「蛮族……否、魔族め!」

「この街の遺物をしかるべき相手に返却する。ダンジョンマスターのご温情をこのような形で踏みにじった輩に言われる筋合いはありませんわ。さて……それでは改めて、そして最後の問いかけです。テーブルに着きますか? それとも戦争ですか?」


 ロザリーの問いかけに、従者が身を乗り出す。先ほど、彼女を蹴り飛ばした男だった。


「王子、詐術に騙されてはなりません! 口から出まかせ、何の証拠も……」


 男の言葉の勢いが、尻すぼみになっていく。イルマが胸元から取り出した、護符の気配を感じ取ったからだ。大海竜の鱗、荒々しき海の気配を放つ護符。ハイエルフ達は、それを感じ取れてしまう。


「実家が仕えるダンジョンの主、北の大海竜ヤルヴェンパー様。偉大なるお方より賜りし鱗です。これが、はったりで手に入るものだと思われますか?」

「馬鹿な……」


 呻く従者に目もくれず、ロザリーは王子を睨みつける。


「それで、返答はいかに?」

「……いいだろう。好きなだけ反証とやらを積み上げるがいい。それでどうにかなると思うならばな」

「承知しました。ではダンジョンを実効支配している現状を認め、あなた方の滞在をマスターに代わり許可します。住居および設備の使用はご自由に。ただし我々に対し無体を強いるならば徹底抗戦をもって答えます。よろしいですね?」

「ふん。気丈に振舞えるのも今のうちであることを知るがいい」


 話し合いは終わり。両陣営がこれからの為に動き出す。イルマ達は住民の慰撫と、実家への連絡を。ハイエルフ達は地上に残している兵をダンジョン内に招き入れる作業を。


 それぞれが忙しく動く中、当然今後についても話し合いが持たれる。連枝の館に集ったハイエルフ達。残されていた、氏族長の冠を身につけたアンビシオンは上機嫌に指示を飛ばす。


「なすべきことは二つだ。一つ、各地のエルフにこの地を新たな聖地であると伝達する事。その為の氏族会議の開催するとな。さすれば、兵も物資も集まる」


 冠のかぶり心地がよろしくないようで、王子は定期的にそれに触れて位置を変える。わずかに輝く編み草の冠は動かすたびにすこし、彼の肌を傷つけた。


「……二つ目、迷いの森の結界。これの設置を急ぐことだ。幸い、森は十分育っている。レイラインの力もある。形さえ整えれば立ち上げは容易い。ダイロン、これは貴様らが成せ。よいな?」


 部屋の隅に控えていたエルフは、険しい表情で頷く。彼の視線は、王子の冠に注がれる。本来、身に着けるべきは彼なのだ。


「は。……ですが王子、その前に願いが一つ。我らが幼子達への面会を希望します」

「子供らは、我らが丁重に『保護』している。案ずることはない」

「面会を希望します」


 有無を言わさぬその態度に、王子だけでなく従者も不快げに鼻に皺を寄せる。


「……いいだろう。一人、代表者をよこすがいい」

「は。では、作業のために席を離れます」


 大股で館より去っていくダイロンを見送るハイエルフ達の目は、不出来な家畜を見るものだった。


「まったく、大願であった故郷に帰してやったのは誰か理解しているのか? 我らに対してあのような態度を取るなど、枝の末にある者としての自覚は何処へ行った」

「困窮していたのは祖父の世代。とはいえ、孫だから恩義を忘れてよいなどという話はない。そもそも、今回の移動に対して反論すること自体が論外だったのだ」

「それでも、アレらは逆らえぬ。行く当てもないし、氏族の者もこちらで『保護』しているのだからな」


 それぞれが、好き勝手口を開く。優雅なふりをしているが、行動は山賊のそれ。今も館から調度品を引っ張り出して、神樹のホールを宮殿のように飾り立てている。その際に見つけた酒なども勝手に開けているのだから。


 特殊な製法と魔法、そして保存方法のおかげでエルフの酒は長持ちする。千年前のそれなどは、宝石ひとすくい分の価値があるだろう。


 それらを遠慮なく飲みながら、アンビシオンは笑う。


「まあいい。色々あったが、結果は望み通りだ。このまま順調にいけば、大願成就は果たされる」

『上機嫌のようね、アンビシオン』


 彼らの前に、少女の幻影が現れた。黒衣で身を包んだ、ウェーブのかかった黒髪の少女。帝国三大守護神、大神八足の君、城塞蜘蛛。アマンテである。


 王子もアマンテには礼をもって迎えるしかない。膝をつき、臣下のようにふるまう。圧倒的力の差があると、理解しているのだ。


「これは、八つ足の君。ご機嫌麗しゅう」

『目論見の達成、おめでとうと言っておくわ。私も投資が無駄にならずほっとしている所よ』

「は。全ては御身の支援あってこそ。我ら、恩義は決して忘れませぬ」

『忘れたとしても、必ず取り立てるから心配いらないわ。だから、くれぐれもダンジョンの奪還などされないようにね。帝国貴族はこちらで抑えるけど』

「おお、ありがたい! それさえなければ、我らの勝利は約束されたも同然!」

『どうかしらね……? そこのダンジョンマスター、オリジンのお気に入りのようだから。叩かれなれてるから、限界まで折れないでしょうし。相当粘られる覚悟だけは、しておいた方がいいかもね』


 アマンテの物言いに、王子は不機嫌を表に出さぬよう苦労する。侮られていると感じたのだ。その対象はアマンテであり、ミヤマでもあった。


『それじゃあ、例の連中をダンジョンに向かわせるわ。兵力としては使えないから、せいぜい障害物として利用しなさい』

「は。御心遣いに感謝します」

『結果を期待するわ。それじゃあね』


 幻影は薄れ、何もなくなった。王子は預かっていた小粒の宝玉を取り出すと、発動を現す輝きが失われているのを確認する。


「ええい、いまいましい。大蜘蛛ごときに頭を下げねばならんとは!」

「……王子。全くもってその通りですが、アレの金と伝手は有用です。もうしばらく、堪える必要があるかと」

「分かっている!」


 なおも騒ぐハイエルフ達。彼らは気づかない。天井の梁の上で、眠たげな黒蛇が一匹、その様を見下ろしている事に。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔法生物達が無事そうなこと。 [一言] ミヤマダンジョンの魔法生物は踊る金貨商会の古参兵、弱体化していても経験がある。
[一言] あー、嫉妬に狂った蜘蛛が原因か。もしも事がバレたら、グランドマスター及びグランドマスターコアから何らかの制裁くらい覚悟しないといけないだろうな。 大海竜さんも、自分の眷属の娘へと無体な事を…
[一言] ジジーのおかげでシリアスになりにくい縛りゲーが始まる! 蜘蛛姫さまの真意や如何に!?  後方先達面のパイセン「君ならできるよ(笑)」「ほら、しっかり(笑)」「がんばれ♡ がんばれ♡」 味…
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