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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
六章 慢心という名の落とし穴
140/207

かくて穴に落ちる

 ダンジョンの洞窟に入る。エルフ側の人員は、ダイロン氏以外は全員ハイエルフというこれでもかという露骨な編成だった。思いを踏みにじるとか、良くも言えたものだ。


 さっさと、隠し扉から地下へのエレベーターへ向かう。何も説明せずにやったから驚かせることに成功した。そして怒っていた。自分たちの思い通りにならない事は全て気に入らないらしい。


 精鋭達と一緒に、彼らには先にエレベーターに乗ってもらう。俺は後から。連中と密室に入るというのは、流石に無防備が過ぎるという事ぐらい俺でも分かる。


 そして、遅れて地下十一階に降りたのだが。早速彼らは爆発していた。


「何だこれは! これも、これも、これも! 忌まわしきダークエルフの物ではないか! 地下とはいえ、エルフの土地になぜこのような物が!」


 ぎゃあぎゃあ喚きちらして、探索基地の天幕で騒いでいる。


「お前たちには関係ない話だ! 余計なものに触るな!」

「薄汚いワーウルフめが! 我らを妨げるだと!?」


 ダニエルが吠える。ハイエルフが構える。あちこちですでに一触即発だ。


「そっちがウチに損害を出したら、誓いはご破算だぞ。ここから、無事に帰れると思っているのか?」


 俺が、後ろから声をかけてやっと動きが止まった。地の利はこちらにある事を思い出したようだ。


 ダニエルに食ってかかっていた者がこちらに向き直った。


「くっ……だが、説明はしてもらうぞ! なぜダークエルフの文字や道具がここにある!」

「我がダンジョンで雇用しているからだ」


 俺の言葉に、一同は動きを止める。……どうやら、俺の言葉を即座に理解できなかったらしい。


「は? ……はあ!? なんだそれは!? 常識外れにもほどがある! ダークエルフを、雇用!? 欺瞞と策謀の神の信者を!? まともな事ではない! そもそも成立などしないだろうに!」

「できたぞ。騙したり罠にかけたりでは得られない利益を彼らが求めたからな。レヴァランス神も、黙認されているようだ」

「邪神の名を軽々しく口にするな定命!」


 別のハイエルフがたまらず吠えるが、俺は涼しい顔でスルーする。彼らに何と言われようとどうでもいい事だ。しかし、やはりダークエルフ達に隠れてもらって正解だった。


「理解してもらったのなら、さっさと移動していただきたい。ここには遺産など一かけらもないのだからな。……もめごとを起こしたいのなら話は別だが」


 ここにいるのは俺たちだけではない。たくさんの冒険者達がいるのだ。彼らは皆、武装している。ここまでのやり取りで、武器に手をかけようとしている者も少なくない。俺がそれを手で制しているが。


 多勢に無勢。加えて取り囲まれている事に気づいた連中は、忌々し気に天幕から外に出ていく。


「おっと、ちょっと待て。一つやってもらいたいことがある」


 が、そこで俺は待ったをかける。相手は、先ほど吠えていたハイエルフだ。


「一体なんだ。こんな忌々しい場所、さっさと離れたいというのに」


 俺は、ダニエルと肩を組む。うむ、マッシブかつモフモフ。未来の侯爵閣下は身だしなみに気を付けるお洒落さんだ。


「あんたが侮辱した俺の部下に対する謝罪だ。名誉を傷つけて、そこで終わりというならこれを危害と受け取るぞ?」

「なんだ、と……!」


 言われた相手は、怒りで顔色を赤く変色させる。いやあ、こいつらここまでで一体どれだけ怒ってるんだろうな。うっかり脳の血管切れてくれないかな。


「名誉って大事だよなー。プラスで人並み、ゼロで人以下、マイナスだと生きる価値無しって見られるからなー。相手の名誉を損なう行為って、普通に加害行為だと思うんだよなー。はい、俺の意見に反論ある人ー!」


 冒険者達に話を振ってみる。皆、首を振る。元ハイロウ貴族の面々などは、深々と頷いている。わかる、と表情と身体で語っている。


 で、件の相手は相変わらず怒りに表情をゆがめながらプルプル震えるだけ。


「ふうむ。諸君、我がダンジョンに侵入者がいるようだ。戦闘準備……」

「待て!」


 寸での所で、本人の叫び。本当にギリギリだった。冒険者達が、ハイエルフ達を取り囲もうと一斉に動こうとしていたからな。それを見て、相手は顔をさらに引きつらせた。


「……謝罪、する。言葉が、過ぎた」


 それが謝罪の態度か、と喉から出かかった。が、飲み込む。ダニエルが俺の方を見るので頷いて肩もたたいておく。


「謝罪を受け取る。ダンジョンマスターの慈悲にも感謝するがいい」

「ぐうっ……感謝する」


 そこまで絞り出して、ハイエルフは天幕から抜け出した。冒険者達から一斉に舌打ちや悪態が聞こえてくる。


「くっそー、もう少しだったのになー。あと一秒あったらやれてたよ」

「妹よ。あの調子ならチャンスはまだあるぞ。気を抜かずに状況を見守るのだ」


 某兄妹が物騒な事を言っている。もう少し小声でしゃべりなさいよ。それを見ていたら、ヘルム君が寄ってきた。


「ダンジョンマスター、このピリついた感じなんなんだよ。ナイヴァラも連中から隠れることになっちまったしよ」


 ナイヴァラさんはダークエルフだものな。パーティメンバーが欠けるというのは、確かに厳しい事だ。


「ああ、迷惑かけちゃってごめんね。上に兵士つれてあいつら突っ込んできたもんでね。今わりとギリギリの交渉中なんだわ」

「マジかよ。分かった、動けるようにしとくわ。でも、兵隊相手は厳しいぞ。俺たちは冒険者なんだからな」

「分かってる分かってる。無理はさせないよ。みんなも、そーいう感じだからよろしくね」


 黙ってやり取りを聞いていたほかの冒険者たちも頷いてくれた。いい人たちが集まってくれたもんだなあ。


「……ミヤマ様」


 おっと、肩を組んだままだったダニエルが困ったように俺を呼ぶ。手触りが良くてつい。流石に離れよう。


「おっほん。それにしても、連中かなり粘りますね」


 セヴェリがわざとらしく咳払いをして、話を切り替えてくれる。気遣いのできる男である。


「この状況をどうにかできる手札を握ってるって事だよね、これ」

「でなければ、自意識が過剰に肥大化しているあの連中がここまで我慢できるとは思えません。……動いたら、即座に首をねじ切ってやる」


 ぐるる、と喉を鳴らすワーウルフ。できるからなあ、彼の腕力なら。


「……連中離れたから、ちょっとグチるんだけど」

「どうぞ」


 聞いてくれるセヴェリ達にぼやく。


「俺、ハイエルフってもっとキラキラしたものだと思ってた。あんなひどいものだとは思っても見なかった」


 二人のガーディアンは互いに顔を見合わせてから、俺に詰め寄ってきた。


「ミヤマ様。特に義理はありませんが、それでもハイエルフの名誉のために語ります。連中はハイエルフの中でも最底辺です。あれを基準にしてはいけません」

「ダニエルの言う通りです。我が領は観光地なので稀にハイエルフを見かけることがありました。エルフの貴種の名に恥じぬ、輝く気品に満ち溢れた者達ばかりでした。本当に、あれらとは別格です」

「お、おう。君たちがそういうのなら……」


 そうか。俺はまだハイエルフに夢を見てもいいのか。俺も原作小説読んだしな。アニメも見たしな。日本にエルフおよびハイエルフ(そしてダークエルフ)というものを広めた偉大な作品を。


 リアルに存在する者に夢を見るのは間違っていると、分からない年齢じゃあないんだが。それでも守りたい幻想はある。とはいえ。


「……初めて会ったハイエルフが、最底辺ってのは。俺の運の悪さも極まって来たなぁ」


 はあと大きくため息をついたら、ガーディアン二人に背中を押された。


「さあ、ミヤマ様。休憩はおしまいです」

「えっと、ダニエル?」

「ほかの者に任せきりにしてはいけません。さあ、急ぎましょう」

「もしもし、セヴェリ? 何で二人ともそんな急かすの?」


 まあまあ、まあまあと言うだけで彼らは答えてくれない。背を押されるまま、俺は街へと向かった。


/*/


 ハイエルフ達を先導していたのは我が妻二人。だけどもちろん、彼女たちだけではない。各部署の優秀な部下たちも一緒だ。そして彼ら彼女らは、そのまま護衛でもある。ロザリーさんの部下たちは、仕事中獣化を解除したワーベアやワータイガーである。なのに今は露骨にケモってる。


 イルマさんの部下はもっと露骨だ。盾と斧、鎧をまとったムキムキマッチョマンの髭青年が彼女の横についている。なお、年齢は二十になったばかりだと聞く。


 そんなのに囲まれた状態なので、ハイエルフ達も露骨な行動はとれない。ひたすらフラストレーションをためて、時々我慢できず暴発し別の誰かに止められる。これがルーチンとなっている。


 そして、只々求められるまま進んでいるわけではない。要所要所で足を止めて、時間を浪費し揺さぶりをかけていく。例えば入口。


「現在、あのように破損個所を修理しております。幸いにも石材はこのダンジョン内に豊富に存在する為、運搬費用はほぼなし。加工だけで済んでいるのでその分の費用は圧縮できております」

「おお……戦士の壁が、元通りに。どれほど感謝の言葉を尽くしても足りぬほど……」

「んんっ! それは、後にせよ。感謝の詩を作るにしても時間が必要であろう」

「……は」


 たとえば、錬金術工房。


「現在、ダンジョンは地下世界の探索を主要産業の一つとしておりますの。あの工房は収穫してきた素材の加工所となっております。当然、これまで使用した分の料金はお支払いしますので」

「なんと地下世界の品々を収穫とは。危険極まる……なるほど、だから冒険者とダークエルフ。奇想天外とはこの事か。アラニオス神もよくぞお目こぼしを……」

「無駄話をしている時間はない。次へ進むぞ」


 そして、倉庫。ここには、街を整備していくにあたって回収した遺物が沢山収められているのだが。


「こちらの倉庫は美術品が主に収められていますね。魔法による保護も完璧で、当時のエルフ美術を現代に伝えてくれる品々ばかりです。此方の陶器などは本当に見事で、ヤルヴェンパー公爵家でもここまでの品物はそれほど多くは持っておりません」

「おお……祖父母の思い出の品々がこれほどに。これほどの数を、丁寧に扱うのは大変なご苦労があった事でしょう。我らは、一体いくつお礼を申し上げればよいやら……」

「次だ! 次!」

「では、いよいよお待ちかねの魔法の武具が詰まった倉庫です。どれもすさまじい逸品ですね。ご覧ください、こちらの大弓などは帝都でもなかなか作れる職人はおりません」

「こ、これは! この色、大きさ、何よりすさまじい力を称える弦! 一族の秘宝であった竜髭の弓では!? げ、弦を張ってもよろしいか?」

「私は全く問題ありませんが……」

「ぐうう……急げよ!」


 嫁さんたちが解説する。ダイロン氏が感動したり驚いたりする。王子達が先を急かす。これを繰り返している。よほど先へ進みたいらしい。……でも、魔法の弓は気になるのね。エルフだからかしらね。


 ここまでの行動で分かる事もある。連中の切り札は、この先にあるという事だ。隠してあるのか、すぐに分かるような何かがあるのか。そこまでは分からない。ともあれここまでで不審な行動はとっていないから、そこいらにあるものではないのだろう。


 俺たちとしても、むざむざそんな切り札を使わせる気は無い。近距離には俺達が居るし、周辺にはバラサールの部下が物陰から囲んでいる。もちろん陣頭指揮は本人だ。眠いだろうが頑張ってもらいたい。


 そうやってわざと寄り道を繰り返したが、結局連中が向かったのはある意味予想通りの場所だった。街の中央に立つ、不確定名領主の館。俺たちが触れずにいたその場所に、たどり着いた。


「おお……連枝の館……。皆が描いた絵の通りだ……」


 ダイロン氏が、こみ上げる感情に震えている。やはり、この街の象徴だったのだろう。逃がされた者達の、望郷の証。きっと多くの者が、再度目にすることを願って叶わなかった。それを前にしたのだ。


 が。その感傷を全く気にすることなく、無遠慮に踏みにじった者がいる。言うまでもなく、王子だった。


「ふん、驚いたな。よもや封印にまったく手を触れていないとは。墓荒らしならば、ここは真っ先に暴くと思っていたが」

「うちのダンジョンにはそんな奴いないからな。仮にいたら、今頃ホーリー・トレントさんが神罰を代行している」


 ナチュラルに墓荒らし指定してきやがる。ここまでさんざん、補修やら遺品の管理やらしていたのを見せたはずだぞ。その上でこの発言か。こいつの目は節穴か。


 ……いや、こういう物か。人は見たいものを見る。色眼鏡で眺めれば、どんなものもその通りの色になる。こいつにとって俺たちは、取るに足らない定命の輩。何をしても評価するに値しない、と。いや取るに足らない、ではないか。腹立たしさが極まった、愚劣極まる……とか、そんな評価に違いない。


 俺も似たようなものだ。そこをどうこう言うのは止めよう。言わないから、容赦もしない。


「どうだかな。……さあ、ダイロン。扉を開けよ」

「は。では……」


 促され、ダイロン氏は懐から大きな鍵を取り出した。それは大人の手のひらよりも大きい、エルフの細工技術の粋を集めたかのような物だった。さながら、絡み合う樹木のよう。連枝の館の鍵といわれて、納得しかない。


 館の扉には、これまた芸術的な大樹がレリーフが刻まれている。彼はそれの前に立つと、その一部に手を触れた。すると、何の継ぎ目も見当たらなかったその場所が大きく凹んだではないか。


 ……強引に開けなくて、本当に良かった。あんなに手のかかってそうな仕掛けが施された場所なんて、一体どんなトラップが仕掛けられているかわかったものじゃない。そんな気がしていたから手を出さなかったが、その判断は正解だった。


 ダイロン氏はその凹みに鍵をはめ込んだ。


「連なる枝よ。歩みを共にする者よ。我ら、同じ森に住む……」

待て(・・)そうではないだろう(・・・・・・・・・)?」


 王子が、彼の肩を強く叩く。ダイロン氏はびくり、と身を震わせる。


「し、しかし……彼らは、我らの恩人で……」

「千年! 千年の庇護を与えたのは誰だ? そして、今もお前たちの同胞を守っている(・・・・・)のは誰だ? さあ、よく思い出せよダイロン」

「う、うう……っ」


 その、あからさまな不審行動を俺たちが見逃すはずもなかった。


「そこまでだ! 動くんじゃない!」


 仲間たちが武器を構える。ハイエルフもまた、こちらに刃を向けた。


「不埒者どもを、近づけるな!」

「取り押さえろ! レケンス!」


 容赦なし。初手で最強戦力を投入する。石畳の隙間から沸き上がった大量の水が、一斉にハイエルフに向かっていく。その量は、まるで滝のよう。


「やれぇ! ダイロンっ!」

「……許してくれ! 『神樹よ! 連なる者を守り給え!』」


 扉が、開いた。不可視の波、いや爆発がその場から放たれた。レケンスの水も、飛び掛かろうとしていた俺たちも、なすすべもなく吹き飛ばされる。地面に打ち据えられる。転がる。身体がしびれる。息が詰まる。


 ぐらぐらする頭で、何とか思考をまとめる。あれは、しっている。理力フォースだ。いや、この威力と範囲だから、理力爆発フォースエクスプロージュンか。無理やり開けなくて本当に良かった。じゃなくて。


「なんだ、これ……」


 爆発は治まったが、今もなお強い力が扉の内側から放たれている。まるで重石を乗せられたかのように、身体が自由に動かない。他の仲間たちも同じのようで、みんな地に伏せている。


 そこで、意識が一瞬とんだ。頭を思いっきり蹴り飛ばされたと分かったのは、痛みによって意識が引き戻されたからだ。


「この! 礼儀知らずの! 定命! ごときが! 私に! さんざん! 無礼を! 働きよって!!!」


 蹴られる、踏まれる、また蹴られる。長耳がここぞとばかりに憂さ晴らしをしてくる。まともに食らうと危ないので、最初の一発以外は腕を盾にする。もちろん、蹴られて踏まれた腕はボロボロだ。薬か奇跡でも貰わない限り、しばらくまともに物が持てないだろう。


「止めな……さいっ!」


 ロザリーの衝撃破。それが放たれるが、王子は軽やかに避けて見せる。近場にいたハイエルフが、彼女を蹴り飛ばす。自分が蹴り飛ばされた以上に、頭に血が上った。怒りで目の前が真っ赤になる。


「てめぇらぁ……がっ!?」


 また蹴り飛ばされる。流石に腕が動かず、まともに入った。


「吠えるなクズが。ふん、魔獣などを嫁にするとは汚らわしい。正気の沙汰ではないな。だが、私の受けた屈辱はこんなもので……ぐばぁ!?」


 長耳が、吹き飛んだ。ヤツに叩きつけられたものもまた、理力だった。


「こんクソボケがぁ! ワシん所の大家と嫁さんになに晒しとんじゃあ! 神の御許に直行させるぞドアホが!」


 ジジーさんが、吠えた。さて、奇跡も呪文も使用者の力量によってその威力を増大させるものと聞く。次元渡りすらした、大英雄の放つ理力の威力はいかほどのものか。


「が……ぐぐ……ごほっ」

「王子ーーー!!!」


 答え。瀕死の重傷。即死しなかったのは運が良かっただけ、みたいなレベル。耳、鼻、口から血を流し目はうつろ。自分では起き上がれず呻くだけ。お付き達が駆け寄って……扉の中に連れ込んでいる? そうだ、あの中には一体何があるのだ。


「だれか、あいつらを……」

『古き森の民よ! お前たちがそれに触れることはまかりなりません!』


 レケンスが再び形を作って、扉の中に飛び込んでいく。しかし再び理力が放たれ、彼女の形が崩されてしまう。こんな事で死にはしないだろうが、彼女をこうまで無力化させるものとは。


「ダイロン! 王子を癒すのだ! 急げ!」

「……神樹よ。同胞の傷に触れたまえ。その奇跡をもって癒したまえ」


 無理やり、体を起こしてそれをみる。扉の中には、ホールがあった。そしてその中心には、一本の若木があり……。


「……空? なんで?」


 そう。空が見えるのだ。若木の上には、青空が広がっている。ここは地下で、あそこは建物の中なのに。


『神樹アラニオス。かつて、この世界にアラニオス神が降り立った時。依り代とした若木がありました。それは巨樹となって森の中心となったのですが。あそこにある樹は、その巨樹の枝を育てたもの。アラニオス神の奇跡が宿っているのです』


 形を戻せぬレケンスが、それでも声だけは伝えてくれる。なるほど、だからこんな力があるのか。俺たちを押さえつける力は、あの樹から放たれている。あの青空も、神の奇跡というのなら納得するしかない。


「かはっ、はーっ、はーっ……お、おのれぇ……私に向かって、何たる無礼……」

「理力爆発!!!」


 ジジーさん容赦なし。事もあろうに、神樹ごと建物の中に理力爆発を叩き込んだ。理力ですら、王子を瀕死にする一撃である。より上位の奇跡であるそれを叩き込んだ日には、全滅は確実……。


「っち。神の分身っちゅーのはマジな話のようじゃのう。かき消されちまったわい」


 英雄がそう吐き捨てる。彼の言う通り、とてつもない威力をもつはずの奇跡はわずかな気配だけ残してかき消されてしまった。


「は、はは……あ、焦らせよって! 無駄だぁ! 神樹の力の前では、他所の神の奇跡などは通用せん! おとなしく……」

「じゃあ、直接ぶん殴るだけじゃのう。おう、そこを動くな」


 彼は、わずかながら稲妻を纏う戦槌を担ぎ上げた。間違いなく、強力な魔法がかけられたそれ。殴られて無事でいられるはずがない。そして、それは奇跡ではなく純粋たる物理暴力である。


「ひ、ひぃっ! あ、あれを出せ! 急げ!」

「はいっ!」


 その剣幕と実力に恐れをなして、長耳共は慌てて懐から何かを取り出した。小さな、過剰な装飾が施された箱。その中から出てきた物もまた、不可視の力を放つ強力なアイテム。一粒の琥珀。


 それが表に出たとたん、ダンジョン全体を大きなうねりが襲った。これには、覚えがある。忘れもしない半年前、いくつものダンジョンが破壊された時のアレ。レイラインが、反応している。


 それに呼応したのだろうか。神樹アラニオスと、ホーリー・トレントまでが同じように鳴動する。それに遅れて、ダンジョンコアまで。


「なんだ? これは、一体?」

「ふは、はははは! この琥珀はなぁ! 古き森にあった神樹アラニオスにより零れ落ちた樹液が、神秘と奇跡によって結晶化したもの! これと! ここにある神樹! そして、神樹の子であるホーリー・トレント! これらが揃えば、できぬ事など何もない!」


 未だ血まみれだというのに、それを拭うことなく高笑いする王子。その手にある琥珀が、はっきりとした輝きに包まれる。


「さあ、神樹の琥珀よ! この地を我らの物に! 正しき主に従う地へと変えたまえ!」


 琥珀が。神樹が。そして地下十一階の天井を支えるホーリー・トレントの根が。同質の輝きを放つ。再び、レイラインが鼓動する。


「が……あ?」


 俺は、急速に力を失う感覚に襲われていた。ダンジョンコアから送られてきていたパワーが、極めて少なくなる。コアが支配していたレイライン。それを、奪われた。つまりダンジョンそのものを奪われたのだ。


 その効果は多くに波及した。


「ち、力が……」

「ぐぐぐ、うううっ」


 イルマとロザリーが苦しげに呻く。やはり、半年前と同じだ。ハイロウはレイラインの影響をもろに受ける。神樹からのプレッシャーもあって立ち上がる事もできない。ダニエルやセヴェリも同じだ。


 魔法生物たちも、力を失っている。ダンジョンアイが、俺の袖から零れ落ちた。他の者達も、小さな黒蛇が足元に転がっている。ブッチャー&クラッシャーが、大きな金音を立てて転がる。鎧もバラバラだ。


 ダンジョンの戦闘力の大半が失われた。相手の用意があったとはいえ、何たるざまだ。あれ程何かあると分かっていたのに!


「ぶはははははは! 無様! 貴様らに似合いの無様さ加減よ! そうそう、これだ! これこそ正しい上下関係! お前たちはそうやって、我らの足元に這いつくばるべきだったのだ! 初めからこうしておれば、痛い目を見ずに済んだのになぁ。まあ、許しはしないが」


 今がまさに絶頂期とばかりに爆笑する長耳。他のハイエルフ共も、徹底的にこちらを見下した笑みを浮かべている。一人、ダイロン氏だけが項垂れながら、神樹に祈りを捧げている。


「『守護天使よ! 降臨し我らを守り給え! 守護者招来コール・ガーディアン!』」


 そんな連中の眼前に、天井を突き抜けて閃光が突き刺さった。その中に立つのは、独特な曲剣を握った強面の天使。


「おうおう、イキっとるのは構わんがのう。ワシをわすれとりゃせんか? 地脈がどーなろうとダンジョンがどーなろうとワシは全然平気へっちゃら! ビンビンバリバリじゃぞ?」


 英雄、動じず。ハンマー振り上げながら、ジジーさんが仁王立ちしていた。


「ええい! 何処の高僧かは知らんが、この状況でいつまでも暴れられると思うなよ! 神樹の加護があれば、貴様などに後れは取らん! 弓矢、かまえ!」


 王子の号令に従って、ハイエルフ共が戦闘状態に入る。それをけん制するように、守護者が剣を振るう。


「おう、何とか時間稼ぎするから今のうちに誰かダンジョンマスターを外に逃がせや」

「そんな……ジジーさん……」

「もたもたするな。ここは負けじゃ。負けでも後でひっくり返せばええ。そいでもって、お前さんが捕まったら完全に負けじゃ。今は逃げるしかないぞ。あと、ワシは時間稼ぎしたらてきとーにするでな。奪還はお前さんがやるんじゃ。ええな?」


 しっし、と猫を追っ払うかのような適当さで促してくる。怒りと悔しさ、後悔とやるせなさで頭もはらわたも煮えくり返っている。だけど俺には責任がある。目的もできた。この感情、今は押し込めるべきだという理性に従う。


 だが、実際問題として身体が動かない。這いずっているようではすぐに時間切れとなるだろう。どうすれば、と思っていたらひょいと持ち上げられた。


「やれやれ、こんな事になるとはねぇ」

「ミーティア、お前平気なのか?」


 俺を両肩に乗せる、いわゆるファイヤーマンズキャリーという状態を確保してラミアが動き始める。


「んーまあ、ちょっぴりダルいけどそれぐらいだね。そっちもだろう? エラノール」

「ミヤマ様を頼むぞ。私は殿だ」


 木槍を構えながら、侍エルフが立ち上がる。俺は、彼女の肩越しに皆を見る。倒れ伏して、こちらを見ている。その瞳に批難の色はない。此方への信頼と心配がある。


「必ず、戻ってくる」


 声はろくに出ない。それでも、はっきりとそう口にする。決意する。ミーティアが蛇体をくねらせて逃走を開始する。


「逃がすな! あの愚劣な定命の輩を捕らえるのだ!」

「やらせるかアホンダラ! ハイエルフのミンチ肉にしたるぞぉ!」


 背後で、戦闘音。歯を食いしばる。ひたすら耐える。苦しむなど、今の俺には贅沢な感情だ。それよりも考えろ。ここからどうする? どうやって逃げる?


「不味いぞ。転送装置は多分使えない。ダンジョンのシステムが乗っ取られているから」

「ああん? そーすると……ボスってば、ここから逃げられなくない? 基本、ダンジョンの外には出られないんだろう?」


 そうなのである。転送装置でほかのダンジョンに行く、というのはどちらかといえば裏技的なものだった。基本的に俺はこのダンジョンに縛られている。それができないのだから、早くも絶望的だ。


「いや、ダンジョンの核が力を失っている今なら出られるだろう。拘束する力も失っているだろうからな」


 その声は、すぐ横から聞こえた。見れば、闇色の外套に身を包んだダークエルフの神官さんがいるではないか。


「神官さん、避難したんじゃ」

「戦えぬ者はな。そうでないものはいざという時の為に伏せておったのだ。よもや、このような事態になるとは思ってなかったがな」

「申し訳ない……」

「謝罪よりも行動と結果だ。我らが逃走を手助けしよう。で、逃がす手段だが……む?」


 神官さんが眉間に少し皺を寄せる。彼女が視線を送る先には、バラサールの店。そこから、ふらふらと一人の女性が出てきた。


「パメラさん……」

「ダンジョンマスター、これもってってぇ」


 彼女の手の中に握られていたのは、蒼い宝石がはまった指輪だった。いくつもある。


「これ、あたしたちが使った水中呼吸の指輪ぁ。これがあれば、湖から外に出られるよぉ」

「良いのか? 貴様らが逃げられなくなるぞ?」

「帝都育ちをナメないでぇ。これぐらいなんとかするしー」


 続いて店から現れたのは、白衣のハーフエルフ。その手には、極彩色の液体が入った試験管。錬金術師のジア。


「こんな事もあろうかと。いろんな薬を作っておいた。連中に目にもの見せる。だからダンジョンマスターはさっさと逃げて」


 こうまで言ってもらっては、グダグダなどしていられるはずもない。彼女たちにも必ず戻ると告げて、指輪を受け取る。


 背後の戦闘音は激しさを増す。ジジーさんだけでなく、倒れていた者たちも参加しているようだ。早く逃げなければ、彼ら彼女らも危険になる。


 街を抜ける。住人たちの視線を感じる。説明する事すらできない。


 門をくぐる。城壁の職人たちから、どうなっているんだと当然の疑問が投げられる。応えられない。


 道を進む。冒険者の斥候達が、こちらを窺っている。何も、伝えられない。


 湖にたどり着く。三人、それぞれが指輪を付ける。


「神官さんは?」

「ダークエルフを舐めないで貰いたい。逃げる方法はいくらでも用意してある。我々は、少しばかりハイエルフに嫌がらせをしてから逃げる。ダリオ子爵の街で会おう」


 そういって、彼女は身を翻した。どうやらあの外套は魔法の品のようで、すぐに姿が見えなくなった。


「そんじゃ、とんずらだね」

「ミヤマ様を頼むぞ」


 二人に支えながら、水の中に入る。俺は。俺のダンジョンから、逃げ出した。


イベント:ダンジョン乗っ取り。

それでは、今回もミヤマと地獄に付き合ってもらう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勝手に思ってたのよりだいぶ悪いこと起こってるー! ここから逆転のめがあるんですかねー不安! 気になるしハラハラするし面白いし!
[一言] これはしゃーない負けイベ。 返すって誓約してたしね… さ、切り替えて行こう!悪質クレーマーからレイダーにジョブチェンジしてくれた事だしね!(邪笑
[良い点] わあい、久々の絶殺案件だあ
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