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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
六章 慢心という名の落とし穴
139/207

古の森の貴きエルフ

 門前町では、すでに朝の作業が始まっていた。ハンマーで釘を打つ。のこぎりで木を切る。カンナでやすりをかける。鍛冶場では鉄を打つ。炭焼き窯から、小さく火の爆ぜる音。


 そんな中、ダンジョンの主要メンバーが入口へ向かっていく。視線を集めるが、そのまま作業をしろと指示を出しておく。


 袖の下に、ダンジョンアイを仕込んでおく。森の中にも端末が潜んでいるので、件の一行が確認できないかと意識を集中する。


「……いた。見えたぞ」


 幸いにも、その姿を捉えることができた。エルフだ。間違いなく、エルフの一団だった。数は多い。かつてのバルコの民がまとめてきたかのような数。間違いなく百は越えている。そして、その集団は明らかに奇妙だった。


「荷物が多い。……引っ越しのような感じだ」


 昔、うちのダンジョンを襲った鹿モドキ。軽トラほどの大きさに、角から雷。身体に鱗まであるというクリーチャー。どうやらこれを家畜化しているようで、馬のように荷車を引かせている。まあ、馬力はあるだろうから適任なんだろうが。


 それが、何台も同道している。乗せられた荷物は家財もあれば美術品のようなものもある。だが、それはまだ健全な光景と言えた。


「……雰囲気が、おかしいよね」

「はい。まるで……奴隷と主人のようです」


 エラノールの、苦々し気な声が耳を打つ。集団のエルフには二種類居た。まず、大荷物を背負っているエルフ。これが大半だ。エルフは自然物の重さをゼロにするという異能を持つ。なので、たとえ何トンあるような石材であっても担ぐことができるなら運べる。


 そういった能力を持っていると知っているが。一人が、自分の身の丈もあるような石像を背負っている姿は異様だった。それがぞろぞろと、暗い表情で歩いているのだ。


 そしてその集団の中で、明らかに軽装の者達が居る。弓矢や剣、槍で武装しており家財などは全くもっていない。そしてその顔には笑みが浮かんでいる。柔らかいものではない。……地球じゃあよく見た笑い方だ。


 そして、軽装の者達にはわかりやすい特徴があった。他のエルフ達よりも、耳が長い。


「ハイエルフ……。太古の森に住まう、貴い方々。何故、こんな所に」

「あれが、ハイエルフ」


 ファンタジーのお約束として、なんとなくいるとは思っていたが。こんな形で知る事になろうとは。とりあえず、指示を出そう。ダンジョンアイを使って思念を飛ばす。


『ダンジョンマスターよりすべてのダークエルフへ。非友好的なエルフの一団が接近中。ダンジョンからの一時退避を要請する』

『それは我らを捨てるという事か?』


 すぐさま、神官さんからの言葉が飛んでくる。その声色に、非難の色はない。


『全くもって否。起こりうるであろうトラブルを最小限に抑えたい故の処置である。現在のミヤマダンジョンに、ダークエルフは欠かせない存在だ。いなくなられては困る』

『承知した。すぐに行動に移る。しばし時間をもらうぞ』


 これで良し。顔を合わせて即ドンパチ、という事は避けられるはずだ。


「ダークエルフの戦力が使えなくなりますわね」

「そこが痛い所だけどね。穏便な対話の為には必要な処置だよ、ロザリーさん。……もっとも、相手側にその雰囲気が全くない所が頭の痛い所だが」


 そんなやり取りをしていると、外で動きがあった。二名の武装したエルフが、こちらに近づいてくる。いわゆる先ぶれというやつだ。いきなり集団で近づいたら侵攻と受け取られるからね。


 さて、その二人のエルフだが……顔色がさえない。悲壮な表情といっていい。そんな彼らが、身体を震わせて声を発する。


「我らは、最も古き森より来たりし者。貴きエルフの先触れである。この地の頭目に要求がある。疾く動かれよ」


 ……わお。最初っからぶっ放してきたな。バルコのブタ貴族(名前忘れた)でさえ、ここまでじゃなかったぞ。しかしまあ、漂う雰囲気と物言いのギャップがすごいな。望まずに言わされている、そういう話かな。


 流石に、門番にこれの対応をさせるのは辛いだろう。本当は俺が出たい所だが……、エラノールを見やる。彼女は頷いて外に出た。


「遠き森の同胞よ。挨拶もなしに、その物言いはいかなることか。ここはダンジョンマスターが治める地である。礼儀をどこへ忘れてきたか」


 前に出てきた彼女の言葉に、先触れの二人の眉間には皺が寄る。持っていた槍の石突で地面を叩いた。


「否! この地は、我らが祖先の土地! 勝手に支配したものを、統治者とは認めぬ! 貴きお方達はこの無法にご立腹である! 頭目は我らが前に出頭せよ!」

「ダンジョンマスターは、この地の怪物を退治し森を管理している! 大精霊レケンスにも認められたお方! 無礼にもほどがある!」

「レケンス様……なんと……」


 大精霊の名前を聞いて、先触れ達の雰囲気が驚愕に揺らぐ。だが、それも一瞬。再び、苦しげな表情で強固な態度を取り始める。


 ここまで言われると、仲間たちも黙ってはいられない。いよいよ、雰囲気が剣呑なものになっていく。らちが明かないので俺が前に出ようとする……が、お嫁さん二人に袖を掴まれて止められる。まだ、という事らしい。


 そこから押し問答だ。とにかくこちらを下という扱いにしたい先触れエルフ。それを突っぱねるエラノール。先に住んでいたのはあちら、今支配しているのはこちら。口先だけでは解決しないから、時間だけが過ぎていく。


 そして、いよいよ相手の本隊が現れた。エルフの弓兵、槍兵を前に。その後ろに指揮官らしい上等な装備の長耳が数名。さらにその後ろに飛び切りデカい鹿モドキに引かれた神秘的な馬車が見える。


 妻たちに促され、いよいよ俺も前に出る。先触れのエルフたちは下がっていった。代わりに、長耳が堂々と最前列より前に出てきた。


「俺はダンジョンマスターミヤマ。この地の支配者だ。兵士に大荷物。ずいぶんと仰々しいが一体何の用だ」

「口の利き方を弁えよ、ジャガル・フォルトの眷属よ。我々は貴様らよりもはるか昔から、この地の守護をしてきたのだ。礼儀というものを知らんのか」

「いきなり武装して居住地に近づいてくる相手に礼儀が必要とは思えんな。まさか、先触れを出せば許されるとでも思っていると?」

「許す、というのはこちらが持つ選択肢。貴様らはただ諾々と飲めばいいだけの事。礼儀だけでなく物まで知らんか。定命の者というのは、賢くなるまでに寿命を終えてしまうからなあ。かといって、致し方がないでは済まされないが」


 数度言葉を交わして、こいつのカテゴリーを悪質クレーマーに割り振る。つまり限りなくエネミーに近いという事である。


「それで? 今日はわざわざそんな大荷物を抱えて一体何の用だ」

「見てわからぬか? アラニオス神が我らに与えし新たな土地に赴いた。それだけの事である。さあ、分かったら疾くこの場を去るがいい!」


 ……なるほど、神託はこれですかアラニオス神。仲間たちが怒りをにじませる。ばかな、勝手な事をいうな。同じ気持ちだ。そしてみんなのおかげで頭に血が上りそうだった所を何とか収める。


 とりあえず、こっちを下として扱うこいつに俺だけでは分が悪い。援軍を呼ぼう。


「……向こうさんはあんなことを言っているけど。レケンスは何か聞いている?」

『いいえ。全くもって覚えのない事です』


 俺の斜め前に、水柱が立ち上がる。それはすぐさま、女性の形を象る。大精霊レケンス。威厳とわかりやすさを出すためか、いつもより大きい三メートルほどのサイズである。


 彼女の姿を見て、三割程度のエルフが地に伏せて祈りを捧げている。中には、涙を浮かべている者も見えた。


『そこなるハイエルフ。その妄言、一体どこで吹き込まれましたか』

「大精霊……ッ! なぜそのような物言いをする! 我らが何者か、認識すらできぬほどに摩耗したか!?」

『ハイエルフと呼んでいるではありませんか。貴様こそ、精霊の状態すら見抜けぬほどに衰えましたか?』

「なあ!? わ、私に対して何たる言葉! いかに精霊と言えど許せぬ……後悔せよッ!」


 長耳の手の中で風が渦巻く。それに煽られて、何人ものエルフたちが立っていられない状態となる。しかし構わず風を強める……が、それが唐突に消滅した。


「なんと!? なぜ私に従わぬ、風の精霊よ!」


 驚愕する長耳。姿を現した風の精霊、エアルはおもいっきりあっかんべーとNOを突き付けた。


『この娘は我が友。どうして貴様に力を貸すと思うのですか』

「おのれぇ! 私を誰だと思っている! 貴きエルフの頂点! 次代を継ぐ者! ”頂点たるもの”アンビシオンであるぞ! 大精霊ごときが!」


 ハイエルフの……王子様、って感じか。ってことはあの豪華な馬車に乗ってるのは王様か女王様か。


 とりあえず、このまま進めるとエルフ兵に攻撃を指示しかねない。次の話題を振るとしよう。


「あー、ハイエルフの王子様。この土地がアンタらに明け渡されるものだとするとだ。どうしてホーリー・トレントさんはうちのダンジョンと契約したんだ?」

「貴様……地脈を扱うものがそんなこともわからんか。地脈とは土地の生命線。そこを押さえるという事は土地の守護者であり支配者であるという事。貴様らが使うジャガル・フォルトの秘宝はそれをする道具であろうが。それと繋がるためには、契約が最も手っ取り早い。ただそれだけの事よ!」

「って、いってますけど。トレントさーん?」


 俺が振り向いて声をかける。トレントさんは、大きな枝を動かして、はっきりと意思を伝えてきた。バツ印。ちがうよ!


「本人はああいっているが?」

「アラニオス神が伝えていないだけの事よ。本人が知らなければ嘘をつくことにはならんからな!」


 大見得を切る長耳。なお、彼の発言があるたびにひたすらトレントさんがバツを作ってアピールしてくる。うん、信じてますから。大丈夫ですから。


「ならば、直接聞いてみればよい」


 ここまで黙っていたジジーさんがここで口を開く。


「神より賜る奇跡には、神の意志を直接伺う事が出来るものがある。ホーリー・トレントならば使えるじゃろう。それで解決よ」

「なるほど」

「下賤の者が口を出してくるな! 躾がなっていないぞ!」

「俺より強くて偉大な人に躾とか恐れ多い。ともあれ、そーいう話ですけど、トレントさーん!」


 呼びかけると、ダンジョン上の大樹は枝を大きく上に掲げてわずかに発光しだす。その姿に大慌てになるのはほかならぬ長耳。


「ま、待て! そのような事は不要だ!」

「不要って言われても、神の意向を語るあんたの言葉の真偽を調べるには本人に聞く以外方法ないじゃないか」

「我が言葉を疑うこと自体が不敬である! それに……それにだ! そう! 軽々しく奇跡を使ってはならん! それは神がこの世を正すために信徒に貸し与えたもの! 己らの欲や利益のために使用するなど、恥を知れ!」


 盗人にも三分の理、という言葉があるが。神の奇跡への解釈については間違ってはいない。確かにその通りで、便利使いしていいものではない。


「ならば、どうする? この地の明け渡しがアラニオス神の意志である、という証明。これをアンタはどうする気だ。ぶっちゃけるが、そもそもあんた自身の身分の証明もできていないんだが? 本当にハイエルフの王子様?」

「貴様ぁ……私、私をそこまで愚弄するか……!」


 瞬間湯沸かし器を、すぐに怒り出す者のたとえとして出すことがあるが。この長耳はまさにそれ。スイッチオンですぐ沸騰。しかもその温度は熱湯を作るどころじゃない。自分まで燃やし尽くしそうな憤怒。


 ……この王子様、さてはろくに口喧嘩したことないな? 侮辱に対する耐性ゼロだな? ハイエルフが何年生きるかさっぱりだが、何百年箱入り環境で生きてたんだろうな。まあ、知ったこっちゃないが。


「答えられないなら問答は終了だ。さっさと帰ってもらおうか。力づくでここを奪うというなら、また別の対応をすることになるが」


 俺の言葉に、待ってましたと皆が反応する。武器に手をかける者。爪や牙をむき出しにする者。風を切るほどの勢いで枝を震わすホーリー・トレント。体積をさらに増やして巨人のようになるレケンス。


 エルフ兵たちは慄く。ハイエルフ達は忌々し気に顔をゆがめる。そして、王子は。


「ええいっ! ……そうだ。そうだった! プルクラ・リムネーの遺産! それをこちらに返却する! それはお前から申し出た話だったはず!」

「そうだよ。街から去った人々または子孫に返却する。そういうふうにアラニオス神に申し出た。あんたは、古い森とやらに棲んでいたんだろう? 渡す相手が違う」

「こいつだ! こいつがプルクラ・リムネーに住んでいた者達の子! そのまとめ役だ!」


 王子がエルフ兵の一人を腕を掴んで引っ張り出す。よろめきながら現れたのは、エルフの青年だ。顔立ちは、エルフであるから美しいのは当然として。背筋が伸びていて、立ち振る舞いも気品がある。だが、戦士らしいかといえば否というしかない。


「……そちらさん、今の言葉は本当ですか?」

「はい。ハシント氏族のダイロンと申します。我が祖父は、この地にあった都から落ち延び、古き森に庇護を求めました。私やほかの者は、そこで生まれ育ちました。此方に赴いたのは、我らの神官が神託を頂戴したが故の事」

「その神官は?」


 俺の問いかけに、元々冴えない表情だったダイロンはさらに消沈する。


「……体調不良により、この旅には同行しておりません」

「左様で。一応確認させていただく。貴方および同行されたエルフの方々が、プルクラ・リムネーの子孫である。これはアラニオス神の名に誓って真実ですか?」

「同道したエルフのうち半数は、私と同じ氏族の血を引いております。残る者たちもまた、私たちと同じく大襲撃で故郷を失った者達の末裔です。アラニオス神に誓って」


 ……ふむ。神様の名を出した以上、信じるに値する。という事は、彼らが遺産の継承者という事になる。


「そちらのダイロンさんに、遺産を渡す。そこは了承しよう。……だが、王子様の物言いを受け入れる理由にはならない。そこはどう説明する?」

「貸しがある! 千年以上、こやつらを森に受け入れ守ってやったという貸しがな! それを返して貰うまでの事!」

「……千年前の貸しを、子孫から回収しようと? 命の危機を救ったからと言って、遺産に手を伸ばすとは……墓荒らしに近い所業だと理解されているか?」

「侮辱は許さん! それに、これはエルフの問題だ。貴様に口出しされるいわれはない! エルフは同胞を見捨てないのだ!」


 なんともひどい表情でドヤる長耳。……さて、こうなってくると突っぱねるのはだいぶ難しい。となると、相手の要求がどこまでかを知る必要が出てくるな。


「ダイロンさんにお伺いする。俺は、プルクラ・リムネーの遺産を返還する意思がある。貴方は、どのような形でそれを受け取られるおつもりか?」

「どのような形、とは……?」

「そちらの王子様への負債。それがどの程度あるかは私にはわからない。マジックアイテムなどの動産だけ渡して終わるのか。土地や建物の不動産まで要求されているのか。貴方が求めるならば、遺産のすべてを渡すつもりではある。だが現状、それは容易ではない。なので、どの程度が求められているか……」

「全て、だ! 遺産のすべてを要求する! 一かけらでも着服してみろ! 神罰が下るぞ!」

「……アンビシオン様の、おっしゃる通りに」


 長耳が吠える。ダイロンさんが項垂れる。……まあ、確かにそう誓った以上その通りになるけれど。何でこいつにこんなドヤ顔でいわれにゃならんのだ。


「承知した。では遺産のすべてを返還しよう。しかし街はこの下、ダンジョンの中にある。そして、俺はそちらを住人として迎え入れるつもりは毛頭ない」

「言葉が矛盾しているではないか! 神罰を疑うか!?」

「話は最後まで聞け。なので、プルクラ・リムネーを地表に出す。ダンジョンの力を使えば、地上に引き上げるのは可能だ」

「なんと……」


 ダイロンさん及びエルフたちが信じられぬと声を上げる。長耳は、面白くもないと鼻を鳴らす。


「フン。星を作りしジャガル・フォルトの眷属だ。神よりそのような技を授けられているだけに過ぎん。賢しげに囀るな」

『……ダンジョンマスター。投げると自分に戻ってくる武器の名前は、ブーメランといいましたか?』

「うん、そうだよ」

『ありがとうございます。確認したかっただけです』


 レケンスが、酷く冷めた目で長耳を見ている。きっと俺も同じ目をしているに違いない。


「話を戻すが。先ほどの話をより正確に説明すると、ダンジョンの地表部分にプルクラ・リムネーを移動させることができる。支配地域内でしか移動させることができない。……なので、そこに住む場合は土地使用料を徴収させていただく」

「……なんだと!?」

「何もおかしい話じゃないだろう? ここは俺のダンジョンだ。トップは俺。住む者を認めるのも俺。地下に住むのは認めないが、地表に住むのは許す。そう言ってるんだが?」

「ふざけるな! 定命ごときが何様のつもりだ!」

「ダンジョンマスター様だ! レケンス」

『はい。周辺一帯の地脈の支配者であることは、アラニオス神が認めた事実。この地に住まう者達の長であるのは、貴方です』

「ついでにいえば、マスターであるうちは不老長寿らしいから定命ってやつにも入らないぞ」

「我らに向かって、何たる言い草か! 身の程を知れと言っている! さらにいうなれば、この地はエルフの物だぞ! それを奪うというのか!」

『アラニオス神が認められた。それが事実です。付け加えるならば、エルフはこの土地を守り切れなかった。これもまた、事実です』


 歯ぎしりする長耳。彼の長い人生で、ここまで怒った事があったのだろうか。思うがままにならなかった事があったのだろうか。多分両方ない。決めつけてはいけないと思うが、きっとイージーな人生だったんだろうなあ。ああ、うらやましい。


「あとプルクラ・リムネーを明け渡す以上、今までかかった経費を請求させてもらうぞ」

「こ、この上まだ!? 何処まで侮辱を……!」

「経理部長」

「はい。街を住居可能な状態にするにあたり、まず防衛時に設置された罠の調査及び解除を行いました。これに関しては専門家をチームで雇い対応。次に、多くの建物が放置されていた関係で住めない状態でした。内部を清掃し、使用中の建物には家具等を入れました。これに関しては我々も使用した事から、かかった経費から使用料を引かせていただきます。それから、街全体の修理と補修について。現在使用している区画の上下水道の整備。現在行っている外壁の補修工事。具体的金額は後で書類を提出させていただきますが、現在でも金貨で一万枚は越えておりますね」

「いち、まん……」


 エルフ側が、全員絶句している。一万枚は、正直どんぶり勘定で言っている。金貨一枚は、日本円で大体一万円の感覚だ。金貨一万枚は、一億円。一区画だけとはいえ、都市を復旧させるのにその程度で済むはずがない。二倍以上に膨らむ可能性すらある。


「街を地上に移動させる経費は別途請求なのでそちらもよろしく」

「この期に及んでまだ強請るというのか! 何処まで強欲を極めるつもりだ! この世で最も唾棄すべき盗賊は、貴様の事だ!」

「いいや、その称号は別の者にこそふさわしい。何せ、俺以上に強欲な事を言ったやつがいるからな。神様が自分たちに与えたなどとうそぶいて、この土地を持っていこうとした奴が」

「……ッ!」


 あ。ついに怒りで言葉が出なくなったか。……ふうむ? てっきりぶち切れて攻撃してくるかと思っていたのだが。あ、いや、違うのか。さっきからエアルが奴に向けて腕でバツ印を作っている。また風を使って攻撃しようとしていたな、これは。


 見かねたのか、数名のハイエルフが王子を取り囲んで何やら小声で話し込む。……唇を読む、なんて器用な事が出来る者は残念ながらここにはいない。呪文や精霊の力を使ったら確実にばれる。


 数分ばかり、そんな状態が続いた。まあ、かかった時間の大半は王子の怒りを鎮めるためのようだったが。苦虫を噛み潰したような顔をした王子は、これまた言葉を出すのも腹立たしいといった態度。


「……分かった。仕方がない。街を外に出すことは諦めよう。元々、そのようなことは想定していなかったしな。だが、遺産はこちらに引き渡してもらう」

「街への居住については?」

「貴様が認めぬのだろう? 我らとて、この状態で殺し合いなどごめんだ」


 王子が、後ろを軽く振り向く。そちらには、非戦闘員が荷物を抱えた状態でいる。この状態で戦いが始まったら、いらない被害が生まれるのは確かだ。


 うーむ……あからさまに怪しい。俺は左手を地面と並行に、右手をそれの下から垂直に立てた。


「タイム」

「……たいむ? なんだそれは」

「時間をもらう、という俺の世界のジェスチャーだ。そっちも時間をかけて相談した。こっちだってもらっていいだろう」

「何故我らがそんな……」

「殿下、ここは押さえてくださいませ」

「無礼者共ではありますが、こちらが器量を見せることも必要です」

「う、むむ……長くは待たないぞ!」


 御供に抑えられ、王子が申し出を飲んだ。俺はいったん下がって仲間と相談する。


「くっそ怪しいんじゃが」

「アラニオス神に確認されることを嫌がった。部族丸ごと引っ越しするかのような荷物を抱えてきている。エルフたちの表情。隠す気が全くないって感じですわ旦那様」

「ロザリーさんの言う通りです。加えて、最後の旦那様との問答も怪しい。あのハイエルフ、街を諦めるとは言ってないのですから」


 妻二人が簡潔にまとめてくれた。うーん、改めて聞くときな臭さしかない。ジジーさんが、整えた髭をなでつつさらに言葉をくれる。


「じゃが、ここで突っぱねるの難しかろう? 返還は神との約束。加えて、エルフとハイエルフの軍勢じゃ。この場でよーいドンと戦ったら、矢の豪雨が降ってくる。わしはどうとでもなるが、ほかは助からんぞ」

「流石っすね……。渡すことは了承するとして、何か相手に制限をかける方法ないかな?」


 素早く意見交換し、連中の前に戻る。王子は焦れて機嫌が悪いが、どうでもいい。


「結論が出た。そちらのダイロン氏の指定する遺産をそちらに提出する。そしてその運搬には、我が方の労働力をもって行う」

「む? ……何を企んでいる」

「企むも何も。プルクラ・リムネーには現在、多数の非戦闘員がいる。具体的に言えば女性、子供、老人などだ。そんな場に見知らぬ兵士が入ってきたら混乱、または恐慌を引きおこす。それを避けたいと考えただけだ」

「それは……しかし……」


 王子が抗議をしようとするが、上手く言葉が見当たらないらしい。代わりにお付きのハイエルフが吠える。


「長年、血族の土地に戻る事を夢見ていた者たちが多数いる。それらの思いを踏みにじるというのか!?」

「なるほど、では考慮しよう。ただし武装は外してもらう。また、一度に入る人数も制限を掛けさせていただく。問題あるか?」

「馬鹿な。武器を持たずに貴様らの住処に入れと? お前らが心変わりを起こさぬとどうして信じられようか!」


 お付きも、やはりこちらをまともな交渉相手として見てない。まあ、それは俺も同じだ。なので、攻める所は攻める。


「アラニオス神に誓って! そちら側が我がダンジョン及び住人に不利益を与えない限り、こちら側も攻撃しない!」

「ぐぅっ! ……定命が、軽々に神に誓うなど。愚者にしても度が過ぎている」


 忌々しい、とお付きが睨みつけてくるがそこまで。彼も口を閉じてしまった。……そして、反論はない。


「それでは、ダイロン氏以外で入る人員をそちらで決めてくれ」


 ……なお、ここからさらに何人で入るかでひと揉めした。非常に疲れる。が、まだ終わりではない。果たして、こいつらは一体どんな札を伏せているのやら。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「神秘的な馬車が見える」のところの1つ下の「。」は改行ミスでしょうか?
[一言] アラニオス神はフッ軽で人相手には直ぐに神罰下す印象でした 自分の眷属であるエルフには甘いのですかね?神託を下すくらいに注目している案件だと思うのですが
[気になる点] ん? 一千万円? 金貨一枚=一万円✕一万枚=一億円じゃ?
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