こちらミヤマダンジョン地下11階エレベーター前広場
ダンジョンに入ってすぐ。ホーリー・トレントさんの根の影からダークエルフが現れる。彼はいわゆる門番だ。隠れているのはもちろん、不意打ちの為である。容赦なし。
「お帰りなさいませ、ダンジョンマスター。下へお戻りですか?」
「いや、ちょっと迷路部分を視察しようかと」
「かしこまりました。それでは案内役を用意しますのでしばしお待ちを」
彼は手に巻き付けていたダンジョンアイに指示を出す。すぐに、別の影から女性のダークエルフとコボルトが姿を現した。
「自分たちの家に案内が必要ってのも変な話だねぇ」
「しょうがない。俺たちが始めた頃とは姿がだいぶ変わったからなぁ」
「わん」
地上階、および地下一、二階は迷路の拡張がだいぶ進んだ。俺のダンジョンは元々は一つの山だったという。昔プルクラ・リムネーに住んでいたエルフたちが魔法だか奇跡だかで呼び出した山。それの名残が地上部分に突き出した岩山だ。
その関係で、一階部分は強度と広さに問題を抱えている。ダンジョンによる補強や、ホーリー・トレントさんの根によってある程度強度の方は補助が効く。しかし補助でしかなく、抜本的な解決は無理。広さの方はもっと無理。一応、ダンジョンカタログには空間拡張系の設備もある。が、そこまでコストをかける話でもない。
というわけで、早々に一階部分の拡張には見切りをつけた。代わりに、地下一、二階部分を広げていくことにした。
こちらに関しては、別に岩山部分を突き抜けても(上が崩落しない限り)何ら問題はない。常に強度に気を付けて広げていけばいいだけの話だ。現在、地下一階部分は地上階に比べて約五倍の広さとなっている。ダンジョンの力も使ったし、工事部も頑張ってくれた。さらに、ウチの知識人たちの協力により、迷路自体もより凶悪なものとなっている。
昔、俺が生まれる前。日本では巨大迷路がブームとなった時期があったという。日本各地にそれが作られ、大勢の人が楽しんだのだとか。現状の俺のダンジョンは、かつてあったとされるそれを大きく凌駕したと断言する。
まあ、防衛施設とアトラクションを一緒にする方がおかしいという意見は真摯に受け止める用意がある。
「それでは、私の後に続いてください。歩く場所も、大きく逸れてはいけません」
「ワンッ!」
案内役のダークエルフとコボルトに続く。なるべく、彼女の肩を見る。決して視線を下げてはいけない。ゆらゆら揺れる形の良いお尻とか、絶対見てはいけない。
「そういえばボス。ダークエルフの嫁は取らないのかい?」
「ぶふっ」
吹いた。この倫理観ゼロモンスターめ。唐突になんて話題を振ってくれやがる。
「お前なぁ……」
「バランスってモンがあんだろう? 燻る熾火氏族は、あんたを支える大事な柱になりつつあるんだ。そうであることを示すのも必要だろう?」
「そうしていただけるのは嬉しいですが、我らはまだまだ新参者。性急に事を進めては反感を買いますから」
「ほらな? ……いや、嬉しいって」
「ダンジョンマスターの寵愛を受けられるというのは、部族としては安泰に繋がりますので。私個人がお受けしても全く問題ないのですが、きっと上が喧しいでしょうね」
「……勘弁してくれ」
色っぽい流し目をされても困る。案内役は、間違いなく見目麗しい。ここで動揺しないのは、オスとして終わっているだろう。元気いっぱいな俺としては、毒でしかない。
だというのにここにきて、ミーティアが頭の上にずしんと重いものを乗せてくる。なにを、とはあえて言わない。歩きながら器用な事だ。
「ほらね? これがアンタの立場ってもんさ。これからも増えてくるよぉ?」
「なるほど。つまりダンジョンマスターの強権を発動させて、全部拒否ればいいんだな?」
「ここまで積み上げていたモノがブッ飛ぶから止めときなー。それでもやりたいならやればいいけどね」
痛い所を突く。たしかにその通り。俺は今まで、ダンジョンマスターという立場を担保に各所に借りを作ってきた。それを働きで返すことで信用を積み重ねてきた。この信用は、カネでは買えない大事な資産だ。横暴な振る舞いは、それを吹き飛ばしてしまう。
「自覚ができたようで何より。そいじゃあ、ここいらでいじめるのは止めてあげようかね」
頭の上に載っていた物が退かされる。その感触を惜しいという感情を誤魔化して、本人に非難の視線を投げる。
「お前なぁ」
「ぬひひひ。ほらほら、仕事があるんだろ。前へ前へ」
こいつめ。……最近、いやもしかしたら最初からかもしれないが。ミーティアはかなり賢い気がする。半年前に聞いた話。彼女が亜神の生まれ変わりだとかなんとかいうアレ。与太話ではないのかもしれない。
実際、この一年でミーティアはかなり強くなった。まず、俺の血を定期的に摂取している事。元々血を吸うモンスターである事もプラスに働いたのか、これだけでも体に備わる能力が向上している。
筋力、瞬発力、持久力、体力、再生能力。どれをとってもダンジョンでトップクラス。ストーンゴーレムであるシュロムと力比べして負けないという時点でどれほどのものか察してほしい。
ちなみに、この血肉による強化。ウチのダンジョンで受け入れられるモンスターはかなり少ない。これは属性によるものらしく、悪だの混沌だのそっち側であれば喜ぶらしいのだがそうでない場合は拒否される。
トレヴァーに話を聞いたところによれば
『主を傷つける。命の証である血を喰らう。それをどうして喜べましょうか』
との事だった。まあ、気の優しいコボルト達じゃあそうなるだろうな。ただ、モンスター用の賦活剤としては間違いなく優秀だ。アミエーラにいっていざという時の薬の材料として少量ずつ提供している。
話が逸れた。次に、ミーティアはこのダンジョンで沢山の戦いを経験しているという事。私戦などの手加減をしなければならない戦いでは戦績がいまいちなのはしょうがないとして。それ以外の純粋な殺し合いにおいては華々しい戦果を上げ続けている。
苦痛軍やゼノスライムといった接近戦に問題のある敵以外は、物理戦闘力だけで撃破しているのだ。また、それができない相手には魔眼や呪術によってサポートできるので無力というわけでもない。
最後に、腕を競う相手がいる事。ここまで強くなったと持ち上げたが、しかしエラノールやエンナさんには全く勝てていない。どれだけスペックが上がっても、それを出させてもらえなくては勝ちようがない。
いわゆる、相性というやつだ。徹底的に技量でいなされてしまう。これは、母子が達人だから出来ることで、それ以外の冒険者達では技量だけでは押し込まれてしまう事が多い。ミーティア対優秀な冒険者パーティ全員、でやっと互角の戦いが発生する。ボスモンスターかな? 割とそうかも。
ただ、彼女もやられっぱなしではない。ミーティアも自分の身体に合った技を日々開発し、訓練で磨いている。対戦相手が達人だけあってそれが研磨される速度も速い。おかげで、ミーティアはこのダンジョンでも上位グループに位置している。
蛇足ながら、うちのダンジョンのトップグループを上げておこう。まず、オリジン先輩すら認めた英雄冒険者。エルダンさんとジジーさん、あとフラっと出たり戻ったりを繰り返すレンさん。この三人は殿堂入りで除外する。……いやね、味方であってくれているけど配下かというと違うからね。頼り過ぎてはいけない。同様に、ヘルプで来てくれるハイロウもこの位置に入れておく。クロードさんとか。
改めて最上位。まずはレジェンダリー・ウォーター・エレメンタルのレケンス。圧倒的な環境支配型モンスター。ダンジョン周辺の水を支配している。技量とか魔力とかそういうレベルではまず勝てない。それこそ環境破壊でもしないとね。
次に、昨晩も大暴れしたホーリー・トレントさん。アラニオス神の眷属なので奇跡が使えるし、加えて巨大な樹木であるから容赦ない質量攻撃ができる。
ダンジョン内での活動は限定的だが、その役割は大きい。内部補強もやってくれているし、隠し通路の操作もしてくれる。何だったら根っこで捕縛したり締めあげたりもする。間接的な火力支援と言えるだろう。
この二人、いや二柱がツートップ。我の強い住人達もこれに関してはそれで当然と納得する。次が、一般的な上位グループとなる。
まず、ガーディアンのリーダーであるエラノール。たゆまぬ努力。実践でさらに磨かれた技。実直な性格。並み居る強豪を相手にしても一歩も引かない。彼女の前線指揮官の地位は揺るがない。最近は鉄の刀もだいぶ振れるようになってきたとか。彼女がいてくれて本当にありがたいと思っている。
彼女の母、武術師範のエンナさん。年末からダンジョンに本格的に住み始め、一躍トップグループに飛び込んだ女傑。外見は娘と大してかわらぬ少女のような姿だが。
とても厳しいが、指導者としては優秀だ。ウチの戦力がめきめきと腕を上げていっていると報告を受けている。俺も指導を受けているが……俺は凡人なので、うん。
これまた蛇足だが。ボコボコにされて何か扉を開いたのか、一部の冒険者が彼女に告白するという事件が発生している。もちろん丁重に断っているし、既婚者であることも伝えている。だがテンション高くなった極一部が、何を思ったのかエルダンさんに決闘を申し込むという珍事が発生。
いやあ……あれはすさまじかった。あんなに笑顔で怖いエルダンさん初めて見た。あと、その姿を見て機嫌のいいエンナさんも初めて見た。うん、惚気だよね。
俺のお嫁さん、ロザリー・ミヤマ。ハイレベルモンスターであるスフィンクスであり、同時にハイロウでもある。この恵まれた身体性能に加え、貴族として教育と訓練を受けている。実戦経験もある。本来ならば彼女がトップでも全くおかしくない。なんでロザリーさんに勝てるんだあの母子。
帝都からやってきた無頼漢のまとめ役、バラサール。まずスペックで強い。竜人という少数ながら高い潜在能力を持つ種族。そしてハイロウ。これだけでも一般人にはかなり絶望的だ。
加えて本人の努力がある。弱肉強食の帝都の地下で腕を磨き続け、血に流れる力を自分のものとした。短期決戦であるならば、エラノール達から勝ち星を上げられるというのだから推して知るべし。時代と場所が違えば、一国の王に成れたとはオリジン先輩の評価である。
最後に、シルフのエアル。サラマンダーのアグニ。そしてマッドマン達。連中もこのグループに入る。これも、相性によるものだ。意志をもつ魔法的な存在である彼ら彼女らは、対処方法を知らなければその時点で手も足も出なくなる。
考えてもらいたい。自由自在に逃げ回り、好き勝手攻撃してくるシルフ。攻防一体の炎を纏ったサラマンダー。いくら殴っても、飛び散った泥が合体して元に戻るマッドマン。一般人にどうやって倒せというのか。
これを退治できるのは魔力や異能でゴリ押せる連中か、魔法の武器で的確に攻撃できる達人ぐらいである。その領域にいるのは、ウチのダンジョンでも上位グループぐらいである。
とまあ、ミーティアを含めた以上が上位グループとなる。他にも、強い者達はたくさんいる。具体例としてイルマさん。魔法の腕ならたぶんダンジョンで一番だ。しかしやはり魔法使い。接近戦を仕掛けられると苦戦する。
ダニエルやセヴェリも十分強いが、上位メンバーには及ばない。日々の仕事の傍ら腕を磨いているが……目標に到達するのは難しいだろう。あと数年あれば話は違うのだが。
色々と思考が脱線した。兎も角、ミーティアは強くなった。そして知恵者としても侮れない実力がある。これで、飲兵衛だったり寝坊助だったり助平でなければ文句はないのだが……ぜいたくな悩みだろうか。
「ボス? 視察に身が入ってないよ?」
「あー、すまん」
今も、ぼんやりとしていたのを目ざとく指摘してくる。俺は気を引き締めることにした。
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迷路部分に問題はなかった。ダークエルフ達が管理してくれている場所だ。彼ら彼女らはまじめだから、不備があることはめったにない。とはいえ、別の人間の視点というのはやはり重要だ。
以前などは、明らかに過剰だったり分かりやすすぎた罠というのがあった。前者は火力を求め過ぎた。後者も威力を求め過ぎた。気持ちは大いにわかるがやりすぎである。
「ダンジョンで罠を設置していると、ダークエルフとしての矜持が満たされるのです。狡猾、冷酷、残忍。地下世界で当てもなく放浪していた頃では妄想でしかなかったそれが。なので、もっと、もっとと求めてしまい結果あのような事に」
と、案内人のダークエルフさんは恥ずかしそうに述べていた。彼女もかかわった一人だったようだ。まあ、サバイバルで精一杯だったようだからね、みんな。
視察を終え、彼女らと別れて地下に戻る。エレベーターは静かに下り、目的地である地下十一階に到着。扉が開くと、いつも通りのにぎやかさが俺たちを迎えてくれた。
「上に荷運びするよー。ついでに運ぶものがあったらこっちまでー」
「誰かー、ここにあった炭束しらないー?」
「警備の者だが、昨日ここであったケンカについて聞きたいことが……」
地上と地下を繋ぐ交流点。エレベーター前は今日もにぎやかだ。一応壁際に階段を設置したのだが、緊急時でもない限り誰もあの長い階段を上り下りしたいとは思わない。……体力づくりのために上る者は少なからずいる。俺も武術師範に静かに薦められたのでやっている。とても辛い。下りは膝を悪くするのでやるなと止められている。
エレベータ前に整備した施設はいくつかある。まず、出張錬金術工房である。
「アンダーワイバーンの毒袋入りまーす!」
「清めコケが二袋ですね。確かにお預かりしました。此方の札をもって本店までお願いします」
工房などと名がついているが、実際は最低限の処理ができる程度。それでも、時間経過で劣化するような素材を処理する事はできる。
これは錬金術師と冒険者、双方の要望で設置したものだ。せっかく持ち帰ったものが無駄になるのは損失だ。できるだけ早く処置をしたい。分かる話だったし、うちの利益にも繋がる事だったので許可した。
実際、成果は上がっている。薬草、キノコ、怪物の臓器。そういったものが持ち込まれ、長期保存の下準備がされる。本格的な処理を行うのはもちろん、街の本店だ。この手の素材はその入手難易度から高価で取引される。また、そういう足の速い素材でなくてもここで引き取られていく。
「遺物の鑑定ですね。お預かりします。こちらの番号札をもってお待ちください」
やはり冒険者達としても、重い荷物は早く下ろしたいのだ。素材の買取だけでなく、拾ってきた遺物の鑑定もしてくれる。
地下世界は何処の世界の物ともわからないマジックアイテムが入手できる場所だ。それは間違いなく利益となるが、うっかり危険物や呪われた装備であったら目も当てられない。それを安全に調べてもらえるのは、探索者にとって有益なサービスだ。
もちろん、鑑定料は徴収している。ブラントーム領から専門家を雇用したのだから、費用が発生しているのだ。本人達は飛び上がるほど喜んでうちに来てくれたが。
錬金術工房よりも早く開始された施設がある。それが探索基地だ。
「地下一階のB3にコボルトの巣があった? そんな表層で今までよく無事だったな……ダンジョンマスターに報告だ」
「新しい遺跡群の発見報告だ。地図をくれ。地下四階だ」
「やはり地下六階よりも下は危険が大きすぎるな。当分は探索を控えた方が……」
基地などと言っているが、実際はいくつもの天幕が広げられた休憩所のような場所だ。軽食も出しているし、トイレもある。しかし、一番のメインはそれではない。
まず、情報収集及び共有の場であるという事。地下世界は広い。一パーティでは調べきれないし、誰かが探索し終わった場所を調べるのは二度手間な上に実入りも少ない。探索場所が被って成果の取り合いになる事もない。実際、冒険者を受け入れて早々にそういうトラブルがあったのだ。
なので、情報を共有させることにした。どこにどんなものがあったか。危険はどの程度か。どんな怪物が生息していたか。うちとしても冒険者としても利益に繋がる。もちろん、一度調べたらそこでお終いという事にはならない。最初の冒険者が調べきれなかった事は当然あるし、探索後にモンスターが移動してくることもある。
何より、地下世界は時折その姿をがらりと変える。理由は分からない。まるでダンジョンの『配置変更』でもやったかのように、部屋や通路ががらりと変わるのだ。情報を記録しておくことで、その場が変わった事がわかる。新しい宝物や危険があるかもしれない。冒険者の出番というわけだ。
また、ダークエルフを雇えるのもこの場である。正直、最初の頃は本当苦労した。ハイランさんやヘルム君はうちのダンジョンの特異性を知っている。しかし、他所の紹介を受けてやってきた冒険者はその限りじゃない。
彼らに初対面のダークエルフを信じろというのは無理な話だった。なので保証は俺がした。彼らが裏切ったり不利益な真似をした場合はこちらで謝罪し賠償すると。色々な意味で幸いなことに、ダークエルフたちは俺と冒険者を裏切ることは一度もなかった。的確に難解にして魔境たる地下世界の案内人として働いてくれた。
もちろん、トラブルがなかったわけじゃない。大小さまざまあった。小さなものはエルフダークエルフ問題。恋愛問題。信仰問題。ダークエルフの尻がエロすぎてつい触ってしまったら法外な金額を請求された問題などなど(男女両方で!)。
思い出せる大きな問題といえば、ダークエルフが裏切ったと冒険者が申告してきたこと。神前裁判してみたら冒険者が仕掛けた詐欺だと分かったのでダンジョンから追放した。紹介者にはクレームを入れておいた。
とはいえ、全体からしてみれば大いに順調といえるだろう。現在、二十組弱の冒険者パーティがウチのダンジョンで活動している。日によって実入りの大きさに変動はあるものの、皆十分以上に成果を上げ続けている。
と、ひときわ大きく基地の前で騒いでいる連中がいる。
「エラノール、何の騒ぎ?」
ちょうどすぐ近くにいた彼女に声をかける。……ミーティアがにやにやしている。ええい、変な話を思い出せるんじゃないよ。
「これはミヤマ様。申し訳ありません。また、あの兄妹です」
やるせなさにため息をつく侍エルフ。
「そうか。またあいつらか……」
その言葉に、俺もまたあきらめる。あいつらでは、しょうがない。
「どーだクソアニキ! このでっかいアンダーワイバーン! 損傷最低限で抑えたうちのパーティの腕! 毒袋も無事だったんだぞ!」
ブレストプレートに包まれた胸を大きく逸らしてイキり散らすのは元ドゥーニ子爵家令嬢のニナである。自慢のグレートソードを傍らに置き、輝く笑顔で言ってのける。
その彼女の目の前に立つのは、『元』ドゥーニ子爵家当主。ニナの兄、ナルシスだ。彼は矢避けのマントを翻して妹に語り掛ける。
「ふ。認めよう。確かに、たーしーかーに! 見事だ。国境最良の呼び声は伊達ではないと改めて認識したとも。しかぁし! この私が所属するパーティの、今回の成果は一味ちがーう!」
ここが舞台の上であるかのように、大仰な手振りでアピールする。
「はー? 清めコケ二袋でなに偉そうに言ってんの? あんなの何処でも取れるじゃん。地下で変なガスでも吸った?」
「はっはっは。そうであれば優秀なる我らが神官デルク殿が浄化してくれるとも! しかし、幸いにもこの喜びは状態異常にあらず! いいか愚かなる我が妹! 今回私たちが見つけたのは、群生地。清めコケの群生地だ! これが一体何を意味するか分かるか? んんー?」
「うっわ、腹立つ。それが何だってのさ!」
「分からぬかオタンコナス。清めコケの群生できる場所。そこを研究すれば、栽培方法もわかるという事! それがどれだけこのダンジョンに利益を与えると思う?」
この騒ぎを聞きつけたほかの冒険者や住民が、やっと理解の色を示して驚きの声を上げた。それに気を良くしてさらにナルシスはテンションを上げる。
「お気づきの通りだ紳士淑女の諸君! 地下資源を安全に、安定して入手できる! 農業の難しいこのダンジョンであるが、代わりに特別な栽培も可能であると私は考える! 更なる利益、更なる雇用! ダンジョンを豊かにする知識が我らの前に現れたのだ!」
「めっちゃ偉そうに言ってるけど、見つけたのアニキじゃないよね?」
「うむ。我らが優秀なる斥候、ネピス女史の手腕によるものである。どうか皆さま、彼女の成果に拍手を!」
沸き上がる拍手。顔を真っ赤にして隠れる小柄な少女斥候。他の冒険者も囃し立てたり冷やかしたり。何とも賑やかな事である。
さて、どうして彼がここにいるか。事は年始にあった私戦の一件にさかのぼる。ドゥーニ子爵家及び汚名持ちのハイロウ法衣貴族連合。それらとの一戦に、我がダンジョンは勝利した。実に大変な戦いだった。
迷路と不意打ちを多用して、少しづつ戦力を削り。大駒は罠と大戦力を当てて潰し。それでも足りなくて結局俺もブッチャー&クラッシャーを装備してギリギリの大立ち回りをする事になった。
私戦は終了し、謝罪と賠償をドゥーニ子爵家から引き出した。ついでに、参加した貴族家からも参加の際にした掛金を徴収(もちろん、負けた場合は俺が同額払っていた)。が、そこで終わっては片手落ちだった。俺は、敗北の責任を取って家を追い出される元ハイロウ貴族たちを引き取った。もちろん、ただ迎え入れたというわけではない。
彼らはうちのダンジョンで働き、家に与えた損害を補填するのだ。ダンジョンでの労働という実績と、金銭の補填。これをもって家の汚名を雪ぎ、自分たちも家に戻れるようにする。
もちろん、慈善事業ではない。ハイロウは強い。しかし、ダンジョンと縁の出来る者は皆貴族。実家の力が強く、下手に接触をするとマウントを取られる。だが彼ら彼女らは実家と縁が切れている、という立場である。しかも、恩を売れる相手。此方で制御できるハイロウが手に入る。デカい借金を追う可能性というリスクを負ってでも、手を出すに値する勝負だった。
そして俺たちは勝った。貴族として質の良い教育と訓練を受けたハイロウ、三十名弱。彼らを、ダークエルフと同じく冒険者と組ませて地下世界探索に送り出している。成果は上々だ。最初はやはりトラブルもあったが、高い戦闘力と知識は冒険者の役に立っているようだ。
中には、探索ではなくほかの仕事をしている者もいる。錬金術工房で働いたり、工事部に参加したり。ダンジョンの役に立つので、許可した。
なお、実家に送る金は報酬から天引きとしている。下手に借金返済を優先されると、冒険の為の投資をしないと思ったからの方針だったが……杞憂だった。ハイロウ達は長くダンジョンに居たい。それを自分から短くすることなどないのだ。むしろこれを感謝されたぐらいである。お前らなぁ……。
「おう、兄ちゃんよ。そろそろ街にもどるぞ」
騒ぎ倒すナルシスに声をかけたのは、ヘルム君だった。彼のパーティに面倒を見てもらっているわけだが、上手くいっているようだ。
「おおっと、すまないねリーダー! ではな妹よ。私は街にもどって先生のお仕事だ!」
「あー、はいはい。さっさと帰れ。生徒になめられないようにねー」
「それもいいけどよ兄ちゃん。師範が出かけているうちに俺らも腕磨いておかねぇとよ……」
「う、うむ。そうだな。怠けていたなどと思われたら、その後が恐ろしいからな……」
などと騒ぎながら、ヘルム君パーティは街へ向かっていく。俺は残されたニナ……ではなく、彼女が所属するパーティーのリーダーに話しかけた。
「どうも、ハイランさん。大物を仕留めたようで」
「これはダンジョンマスター。ええ、そうなんですが……すっかり話題をかっさらわれました。ああいう立ち回りは、勝てませんね」
困り顔で国境最良の冒険者は笑う。ダリオの紹介でやってきた彼らは、うちのダンジョンでも順調に成果を上げていた。それで稼いだ報酬を装備の向上に使用している為、スペックはさらに上がっている。
「……御守、やっぱり大変です? 無理ならいつでも言ってくださいね」
で、俺はそんな彼らにニナの御守を頼んでいた。彼らぐらいしっかりしていないと、この娘は御しきれないと思ったからだ。もちろんその分の報酬は支払っている。金ではなく各種施設の優待という形で。
……ここまでする必要もないのでは、という声もある。しかし、一応俺が預かるといった手前放置するわけにもいかない。責任というものがあるんだ。
「いえ。最近はそうでもないです。言ったことは守ってくれますし、魔法戦士としてはしっかりとした実力がありますからね。……これでちょっとの事で調子に乗る事を改めてくれれば言うことないんですが」
ははは、と笑う彼。
「……エンナさんが帰ってきたら、伝えておきます」
「それがいいかと。彼女の言う事は守りますから。……時々スポンと頭から抜け落ちるのはご愛敬ですが」
人目が無ければ、思いっきり頭を下げていた。そうできないのが、ダンジョンマスターという地位である。ままならない。