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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
六章 慢心という名の落とし穴
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ミヤマダンジョンの門前町

 翌朝。昨日の片づけの為にダンジョン入口にやってきた。お嫁さん二人は元気に事務仕事の為に出勤していった。側にいるのはクロマルとミーティアである。朝からミーティアが起きているのは珍しい。何故かと聞いてみたら何のことはない、夕べ酒だけ飲んで食事を忘れた為、腹が減って起きたのだとか。この飲兵衛め。


 ダンジョン入口から見える光景は、この一年でずいぶん変わった。雑草が生い茂るだけだった場所は、すっかり切り開かれた。まず目に入るのは、昨晩も戦場になったまっすぐ伸びる道である。


 これは、我がダンジョンの工事部の仕事である。研修を受けてコボルト・ワーカーに昇格した連中を中核とするこの部署は、現在様々な仕事をこなしてくれている。主な仕事は道路工事だが。


 早速今日も仕事中。目の前の道の補修作業をしている。……昨晩、ホーリー・トレントさんがデュラハンをゴアにスクラップにした場所だ。丸太のような根っこを何度も振り下ろせば、その下にある道だって無事じゃすまない。別に魔法とかかかってるわけでもないしね。


「おはよう。トメキチ、どんな塩梅?」

「おはようございます、大将。昼までには終わりまさぁ」


 返事を返したのは、工事部をまとめているコボルト・ワーカーのトメキチである。彼はワーカーになった後しばらくして竜語を学び始めた。細やかな指示をするためには言葉が必要だと感じたらしい。今ではこのように流暢にしゃべって見せる。見事な努力であると感心する次第だ。


 トメキチの言う通り、作業は順調のようだ。彼らが帝都で習ってきた道路の作り方は、ローマ工法という名で呼ばれている。……まあ間違いなく、かつてのローマ帝国の住人から伝えられた物だろう。


 この技法のいい所は、特別な資材がいらない事だ。材料は石と砂と砂利。道具も簡単に作ったり調達できたりする。魔法もいらない。つくづく、古代ローマ帝国というのは偉大な文明だったのだなぁと異世界で思いをはせる俺である。


 作業員となったコボルト達が仕事をしている。砕けた石を取り除き、無事な物と別にする。凹みのできた所は砂や砂利で埋めて、さらに叩いて均す。均し作業は、購入したウッドゴーレムに踏ませると早い。彼らが足踏みするだけで、簡単に固められる。流石ベストセラーモンスターである。


 腕力の必要な仕事はゴーレムに、細やかな仕事はコボルトに。分業ができていて素晴らしい。ここにさらに、トメキチが喋れるようになったから人間も加えられる。工事部は順調に成長している。


「壁や柵の修理も問題なく。……ですが大将、このまま続くとキツイですぜ」

「分かっている。その為にエルダンさん達に出発してもらったんだ」


 ここ最近続いているアンデッドの襲撃。発生源は地下世界なのだが、いまだ拠点は捜索中。加えて、日に日に強いモンスターが発生している。並の冒険者では解決できない問題が発生しているのでは。というのがベテランの意見だった。


 そこで、対アンデッドのプロフェッショナルをお呼びすることにした。エルダンさん達の昔の仲間に、そういう人がいるらしいのだ。だがその人、生きながらにして神様に直接仕えている為神界にいるのだとか。


 流石に歩いていけないのだが、もう一人いるかつての仲間がそこへ直接行ける道具を預かっているらしい。その人に会うために、エルダンさんとエンナさんは洋上の人となった。


 場所は、はるか南の大島。前にオリジン先輩から聞いた冒険の舞台。幸いなことに、ヤルヴェンパー家はそこと貿易をしていた。バルコ国の港からも直通の船があったのは本当に助かった。


 帰りは魔法を使いますので、それほどお待たせしないかと。というエルダンさんの言葉を信じて、今はじっと耐久戦である。


「まだ焦る状況じゃない。ここは耐え所だ。頼んだぞ」

「へい!」


 工事を任せて、ほかの場所を視察する。ダンジョンの前に、街を広げていくというのはこの世界では普通の事であると前に教えてもらった。実際、外の方がはかどる仕事というのは多い。


 食料生産などはその代表とするところなのだが……残念ながら我がダンジョンはその点に関して立地が悪い。森を切り開かなければ土地を確保できないのだが、その木というのがこれがまたどいつもこいつも立派過ぎるのだ。


 ウッドゴーレムや、一部の力自慢ならなんとかできるらしい。だが、それらを伐採作業にだけ割り振ってられない。力が必要な場面は他にもあるのだから。


 なので、畑の設置はすっきりと諦めることにした。別に、食料自体が手に入らない環境というわけではないのだ。採取活動で得られるものは多い。間伐などで環境を整えてやることで、それを増やすことも可能。


 それに、なにも自給自足しなくてはいけないなどという話はない。金を出して、外から買えばいい。その為に使える道が、春の初めに完成した。


 ダリオの町、グルージャからまっすぐうちのダンジョンまでを繋ぐ道路。帝国の技術により、アスファルトじみた舗装道路が完成した。工事は大変だったが、同時に早くもあった。森の木々は、ホーリー・トレントさんが『説得』して移動してもらった。


 これが多用できるなら、土地の確保も簡単なのだが本人曰くそんなに楽な事じゃないとの事。残念。


 とはいえ、この道ができた事による恩恵は計り知れない。今まで、森を突っ切ってうちのダンジョンにたどり着くには数日の時間を要したという。整備されていない地形は移動を困難にし、モンスターの襲撃も警戒しなければならなかった。


 しかし、これからは早朝に出発すれば日暮れまでには到着できるようになった。ヤルヴェンパー公爵家が持ち込んだ車両を使用すれば、数時間で移動が可能らしい。俺は乗れないから体感できないのだが。


 この間など、その車に乗ってダリオがお嫁さんと息子を連れてきた。一度ダンジョンを見せてやりたかったらしい。もちろん歓迎したとも。


 だが、それはオマケ。本題は食料および物資の搬入速度及び物量の向上。これからもっと人が増える。とある理由から、転送装置をこれからは頼れなくなる。周辺領主やセルバ、バルコ国からの購入が、これからは主流になっていく。正しくライフライン。生命線である。


 道の話はこれぐらいにして。畑をやらないこの門前町で、うちは何をやっているかというと。


「ここらもすっかり煙の臭いが染みついたねぇ」

「しょうがない。そういう所なんだから」


 俺たちの目の前には、うっすらと煙を上げる土に埋まった施設があった。いわゆる、炭焼き窯である。


 燃料問題の改善は急務だった。バルコ国から大量の人々がやってきた時は本当に厳しかった。どれだけ森から倒木を拾ってきても追いつかないレベルだったのだ。人が生きるには火が必要だ。燃料もそれだけ必要になる。


 だが、それを薪だけで賄おうとするととんでもない量が必要となる。節約するためには、炭が必要だった。薪よりもはるかに火の持ちがいいし、熱量も高いからだ。


 そんなわけで、ソウマ領から職人を招いて炭焼き窯を作った。現在、三つの窯で生産中。労働者が確保出来次第、後二つは増やすつもりだ。この炭、ダリオ達からも購入したいという打診があった。この件も、道が役立つ。


 ともあれ、炭作りは順調のようだ。今も、竈番が火の状態をしっかり監視している。と、その竈から小さな炎が飛び出してきた。それは、すぐに炎をまとった赤いトカゲの姿に変わった。


「おう、アグニ。おはよう、昨日はおつかれさん」

「……ッ!」


 アグニと名前を付けた赤いトカゲは、舌のような小さな火を吐いて俺に答えて見せる。


 火の精霊、サラマンダー。そのワンランク上のエリート。炭焼き窯を設置したことで呼べるようになった精霊だ。精霊は環境に影響を受ける。風のない所にシルフを置くと正気を失ってしまう。同様に、火の気のない場所ではサラマンダーは正気を保てない。


 なので、常に炎を使う施設が必要だった。家庭で使う火は弱く、ダンジョンの為のサラマンダーを維持するには足りない。


 ついでにいえば、炭焼き窯だけでも足りない。確かに炎を使う設備ではあるのだが、常に燃えているわけではない。炭化とは、その素材の持つ炭素だけを抽出させることだ。炭焼き窯は、高温をもってそれを促進させる。しかし、普通に燃やしただけでは灰になるだけ。なので酸素を遮断させて燻らせる。こうすることで余分なものが放出され、炭だけが残る。以上、職人からの受け売り。


 というわけで、サラマンダーを維持するには若干不安が残る。だけど、その分はもう一つの設備が解決してくれている。今も、鉄を打つ音が響いている。


「くぅん」

「本当。喧しいったら」

「これも必要なんだよ。鍛冶場があるのは色々助かるんだ」


 鍛冶場。常に火を使う場所だ。その燃料は炭焼きで確保できる。この二つの施設をもって、サラマンダーの生活環境を整える。職人からも、炎の管理が楽になると好評だ。


 もちろん、サラマンダーの為だけに鍛冶場を作ったわけではない。よりよい生活の為には、何かと鉄器が必要になる。小物で言えば釘にねじ。蝶番がなければドアも作れない。鍋やフライパン、包丁などの調理器具。工事部からはスコップにハンマーなど、道具の発注がたっぷりだ。


 なお、武器防具の製造はやっていない。時間も手間もかかるし、一流の職人を用意するのは色々大変だ。修理やメンテナンスは請け負うが。


「お前のその鎧だって、ここで直して貰ったりできるようになったんだぞ?」

「あたしは、裸でも全然平気なんだけどねぇ」

「おばか。昔と違って今はいろんな人が出入りしているんだ。そんな風にしたら風紀が乱れるだろうが」


 そう叱ったのに、ミーティアは逆に笑顔になる始末。


「んんー? 何? 嫉妬? 大丈夫だって。あたしはボスのモノなんだからさぁ」

「やめろ。嫁さんたちに聞かれたら殺される」


 ゾッとする。色っぽいダークエルフさん達を眺めていると、めっちゃ怖い笑顔を向けてくるんだぞ。ダークエルフに限らずウチのダンジョン綺麗所増えたから、そっちに目を取られていても同じことになる。


 もちろん、俺の行動は一つ。誠意を持った謝罪である。土下座も辞さない。うん、無理だしね。お嫁さんは二人で十分。俺は幸せ者ですはい。


「大丈夫大丈夫。あの二人もその辺は弁えているからさ。腹がポコっとなったら次はアタシらの番だって」

「おばかおばか。嫁さん妊娠したら即浮気って、最低オブ最低の行為だぞ。だれがやるか。あと、アタシらって、他に誰がいるんだよ」

「そりゃもちろん、あの堅物にきまってるじゃないか」

「は?」


 堅物。ミーティアが堅物などと呼ぶ人物は一人しかいない。


「エラノール? おいおい、冗談はよせ」

「でも、あれの母親はそう言ってたよ?」

「エンナさーーーん!?」


 洋上の人に全力で非難を叫ぶ。あの人何言ってんだ。エキセントリックにもほどがあるぞ! ……あの人、基本的にまじめで愛が深い。娘をあんなに厳しくしつけたのも娘を思ってのものだったし鍛えたのもそう。


 だから、そういったのだってたぶん娘を思ってのものだろう。もちろん、相手を思っていれば何してもいいなどとは口が裂けても言わないが。


「まあ、気になるんだったら本人に聞いてみるんだね。特に隠すこともなくすんなり喋ると思うけど」

「聞けるわけないだろう、そんなデリケートな事……セクハラで訴えられるわい」


 俺の嫁さんが妊娠したら次の嫁さんになってくれる? ……俺、そんな事口走ってるやつが目の前に居たら間違いなくぶん殴ってるわ。


「まったく、自分の立場がわかってないねぇ……まあいいや。それで? 次は何処へ行くんだい?」

「うん? ああ、ダンジョンの中を軽く視察して、地下に戻るよ」

「わん!」


 ここでいつまでも喋っていてもしょうがない。アグニに別れを告げて、俺たちはダンジョンへ戻る。途中あちこちに見えるのは、建設中の集合住宅だ。すでに建っているものもいくつかある。


 ダンジョン内の設備は充実してきたが、やはり地上と遜色ない生活というのはまだできない。特に、太陽の光を浴びるという重要な行動が地下では当然のことながらできない。ヒトは、太陽光を浴びないと免疫力が低下したり骨に異常をきたすらしい。


 一応現在も一日一回は外に出なさいと住人たちに指示しているが、忙しくてそれができないという者もしばしばいる。改善するには、やはり生活環境を地上に作るのが一番だ。


 あとまあ、パトロンへの配慮というものがある。ハイロウ達はとにかくダンジョンに住みたがる。ブラントーム領には、それを我慢している者達が大量にいるわけだ。なのに、やむを得ない事情があるとはいえ自分たちを差し置いて住んでいる者達が居る。嫉妬するなというのが無理な話なのだ。


 そんなわけで、地上部分は建設音が絶えない。多くの者が行き交っている。これもまた、ウチのダンジョンが成長した証拠だろう。それを横目に、俺たちは入り口をくぐった。

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