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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
六章 慢心という名の落とし穴
135/207

グッドナイト・アンデッド

当作品、決戦世界のダンジョンマスターの書籍化が決定いたしました。

詳細については後日お知らせいたします。

皆さまにご愛読いただいたおかげです。今後ともよろしくお願いいたします。

 夜の闇を、閃光が切り裂いた。魔法の輝きが、夜の森を昼間のように照らす。照明用のマジックアイテムはたくさん持っている。こういう、照明弾のように使える道具も買いそろえてあるのだ。


「目標、見えましたー! アンデッドです!」


 緊急を知らせる鐘の音にも負けない、物見の声が響く。見やれば、もりの中から現れるのは確かにアンデッド。うっすらとした人影、名残リメンツ。ふらふらと歩み寄る白骨、スケルトン。うめき声を漏らしながら進む腐乱死体、リビングデッド。死体を喰らう死者、グール。


 種類はバラバラ。しかしその数は十や二十で済まされない。アンデッドの部隊が、このミヤマダンジョンへ向かっていた。


「もう! 毎回毎回! 夜になると押しかけてくるんだから!」


 イルマさんが、珍しく怒りをあらわにする。気持ちはよく分かる。ここ最近、日が落ちるとアンデッドが襲撃を仕掛けてくる。夜の時間に攻撃されるというのは、生活リズムを崩される。


 ロザリーさんもまた、言葉には出していないが獣毛が逆立っている。かなりご立腹のようだ。ふふふ、怖い。まあね、しょうがないね。夫婦の時間を削られるからね。睡眠優先になったりもするからね。


 ……話を戻そう。現在、ダンジョン前は大きく半円を書く形で壁に覆われている。丸太を組んだ柵に、ダンジョンの壁を組み合わせたものでゴブリンやアンデッド程度ではびくともしない。流石にトロルやオーガなどマッスル系モンスターには壊されてしまうが、修復は容易だ。


 広さとしては村ぐらいは入るような感じ。ただし、ダンジョンからまっすぐ続く道の正面は何もない。入りたい放題の構造だ。


 そして、その真っすぐの道の左右は、設置型の柵によって塞がれている。日本の戦国時代は、地面に置く盾というのがあったがそれのように柵を置いて固定している。つまり、脇道にそれることなくダンジョン内に誘導するようになっているのだ。


 この構造が、どのような結果を生むか。俺たちが行う迎撃が証明する。


「弓隊、かまえ! ……撃てー!」


 エラノールの号令により、矢が放たれる。壁の裏には足場が組まれていて、上から矢を放てる構造になっている。弓隊はエルフ、ダークエルフ、その他住人によって構成されている。腕前はまちまちであるが、相手は動きの遅いアンデッドだ。面白いように当たる。……のだが。アンデッドというのは生きていない。ちょっと矢が刺さってもあまり意味がない。一応、塩をまぶすようにしてあるので浄化の効果もあるのだが、矢だけで撃退するのは難しい。


 そんなわけで、矢ガモならぬ矢アンデッドが大量生産されダンジョン入口に向かって歩いてくる。無駄ではない。矢が刺さったものは動きが鈍くなる。それでなくてもそろっていない隊列がさらに崩れる。各個撃破のチャンスが生まれるわけだ。


「さあ、ミヤマ投手。今宵もマウンドに上がりました」


 少しばかり緊張した気持ちをほぐすため、野球な軽口を叩いてみる。そして手に持つのはいつもの鉄球である。狙うのはグール。この集団では一番強いアンデッドだ。動きもそこそこ素早いし、筋力もある。爪からは麻痺毒なんかも垂らしている。接近戦には危険が伴う。そんな奴はさっさと倒してしまうに限る。


「第一球……投げましたっ!」


 狙いは正確、重さは十分。そして速度は人外魔境。ダンジョンコアから与えられた怪力によって、今夜も凶器が空気を切り裂く。狙い通りにグールの頭部に命中、盛大に砕け散った。仰向けになって死体が転がる。すぐにそれは消え去った。下手に死体を野放しにすると共食いするんだよアンデッド。


 さて、効果的な迎撃をするのは俺だけではない。


「そーれよーっと!」


 鉄球よりもさらに重量と硬度のあるものが投げられた。戦槌だ。およそ投擲に適していないはずのその武器は、しかし正確にグールの一体を捕らえ俺の鉄球以上にその身体を破壊して見せた。


「ブギャラバッ!」

「わっはっは。神の御許へ行くがいい!」


 投げたのは、すっかり我がダンジョンの住人となってくれたジジー・オイボレターノ司祭。その武器は、冒険者時代に手に入れた魔法の逸品。グールの胴体中央に致命的ダメージを与えたそれは、すぐにジジーさんの手に戻った。そう、投げても戻ってくるタイプの武器なのである。正直に言おう。映画で見たことあるよその武器! 雷神様が使ってたやつ!


 ……高位の神官である彼は、あの戦槌以上にアンデッドに効果的な攻撃ができる。が、奇跡や魔法の攻撃は、現在は絞ってもらっている。今見えている敵が、今回攻めてきているすべてとは限らない。大物がやってきた時に、手札が足りないでは困るのだ。


 そんなわけで、現在はひたすら物理攻撃と塩で防衛中。


「コボルトスリング隊、かまえ!」

「ワンッ!」


 ロザリーさんの号令で、鼻をしっかりと布で覆ったコボルトが壁の上に並ぶ。そしてスリングで固めた塩を回し始める。鼻を覆った理由? うっかり吸い込んでひどい目にあうコボルトが続出したからだよ! なお、それでも目に入って悶絶する者が時々いる。しょうがないね。


「打て―!」

「ワンッ!」


 だいぶ近寄ってきていたアンデッドに聖別された塩が叩き込まれていく。なんだかんだ、こいつらも戦いなれたベテランだ。中には専門の訓練を受けてコボルト・アーチャーという職に就いたやつもいる。効果的に塩を当ててアンデッドにダメージを与えるくらいできるようになっているのだ。


 期待通り、名残リメンツやスケルトンのような弱いアンデッドが塩を浴びて形を崩していく。呪いが払われてしまえば形を保てない。


 考えなしに(そもそもほとんどのアンデッドには思考能力がない)壁に張り付いた者などは、直接塩を振りかけられている。昔、格好つけて塩をふる人の動画がSNSで流れてきたが、あんな感じでは決してなく。容赦なく一握り、そしてぶっかける。それによってどんどん弱っていく。


 迎撃は順調だ。しかし数は多い。正面からどんどん、アンデッドがダンジョンに向けて進んでいく。もちろん、それを黙って通してやるわけではない。直線の左右の柵は、通り抜けこそできないが隙間がある。そこから攻撃は十分できる。


「槍隊、突けー!」

「ヤァッ!」


 ダニエルの号令が下ると、長槍を構えた兵たちが一斉に隙間から槍を突き出す。三メートルを超えるそれは、道を進むアンデッドを突きさすに十分の長さ。ついでにいえば、距離を置いて安全に攻撃できるという点も大きい。一方的に攻撃できる。戦力が損なわれない。こういった状態を作り出せるのも、防衛戦ならではだろう。


 突き刺し攻撃なので、矢と同じくアンデッドに対する効果は薄い。しかし、矢よりもより深く身体に損害を与えられる。一度突かれるごとに動きが鈍くなる。何度も突かれれば、ダメージが行動を許してくれなくなる。一体、また一体と道に倒れ伏していく。


 順調だ、と思いつつ気を配っていると案の定それは現れた。


「ミヤマ様! スペクターです!」


 エラノールの注意喚起に目をみはれば、そこにあったのは極めて濃い瘴気の塊。名残リメンツなど比べ物にならない、圧倒的な怨念と呪いの塊。見るだけで生気を奪われそうになるそれがスペクターというアンデッドだった。


「目標スペクター! 魔法攻撃開始!」


 見た目通り、スペクターは実体がない。物理的攻撃は効果が薄いのだ。温存していたリソースの投入時だ。


「フランム・フランム・フランム! 野火のごとく走れ! フレイムストライク!」


 イルマさんが、最近使っている火炎魔法をぶっぱなす。下位であるが、使い勝手が良いという話。実際、アンデッドにはよく効く。彼女の掲げる護符から、炎の槍が三つ飛び出す。スペクターにそれらがすべて吸い込まれ、たちまち炎が巻き上がった。


「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


 ぞっとするような悲鳴。非常によく効いているようだが、まだ消滅はしない。駆け出し冒険者くらいならば、一体で一パーティ全滅させることができるレベルの強さがある。万が一、誰かが倒されたら問題だ。なんとこいつ、倒した相手もスペクターにできるという特殊能力を持っているのだ。うっかり農村が襲われたら、大惨事が発生する。


 だから、ここで倒しきらねばならない。俺も塩でも投げてやろうか、と構えようとしたがその必要はなかった。


「カァッ!」


 ロザリーさんが、口から衝撃破を放つ。彼女は生来、風を操る魔法の力を持つ。それを攻撃に使えばこの通り。炎で弱まっていたスペクターは、止めを刺された。……ちょっと思う事が一つ。


「ロザリーさん。なんだか最近、色々能力上がってない?」


 さっきの衝撃破といい、飛行能力といい。今日は使ってないが、リドルによるデバフとかも効果が向上しているように思うのだ。


 問いかけられた我が妻は、にっこりと微笑む。


「当然ですわ。ダンジョンマスターの寵愛をいただいておりますもの」

「……なるほど」


 ダンジョンマスターの血は、モンスターの能力を向上させる。具体例としてミーティアがいる。あいつも契約したころと比べれば、格段に能力が上がっているものな。そしてロザリーさんは……うむ、言うだけ野暮だ。


 蛇足だが、ヒトを含む亜人種がダンジョンマスターの血肉を摂取しても劇的なパワーアップはしないそうである。この辺は、モンスターの特権であるらしい。


 気持ちを戦場に戻す。スペクターは一体だけではなかった。が、こちらの魔法戦力も少数ではない。次々に呪文や奇跡が放たれ、厄介なアンデッドは処理されていく。今回の大物は、あれで終わりだろうか。であるならば、あとは数で押してくるザコを掃除するだけで今夜は……。


「正面ーーー! デュラハン三騎、突撃してきます!」


 物見の再びの叫び。そして聞こえてくる蹄の音。しかし嘶きの声はない。主と合わせているのか、首のない馬が駆けてくる。その背に跨る騎士の首も、やはりない。


 デュラハンは、スペクターよりもさらに上のアンデッドだ。それが三騎も現れるとは。


「回数を重ねるごとに手ごわくなりますね!」

「まだまだ耐えられるが……ともあれ、ジジーさん!」

「おーう、まかせーい」


 俺の合図を受けて、高僧が神へ祈りを捧げる。


「生への妄執は欲望にあらじ。疾く黄泉路へ至るべし! 悪霊退散ターンアンデッド!」


 欲望神の神秘が放たれる。欲望とは生きる為のもの。死者には許されぬもの。そのように定めた神意が戦場に広がれば、弱いアンデッドはたちまち崩れ去る。辛うじて形を残すのは、グール、スペクター、そしてデュラハン。


 それらの動きも確実に鈍くなった。あれほど恐るべき速度で駆け込んできていた首無し馬も、だく足程度の速度に落ちた。だが、それでも騎馬。門を抜け、ダンジョンへ確実に近づいていく。


 ダンジョン内にも戦力はしっかり配置している。通り抜けられても問題ないのだが、だからと言って手を抜くのも違う話だ。もう一発、叩き込もうと号令のために手を上げる。しかし、それは必要なかった。


「……あ」


 空気を震わせて、それは頭上からやってきた。大質量。木の幹に匹敵する野太いそれが、容赦なくデュラハンに振り下ろされた。首のない彼らは、悲鳴を上げることができない。そもそも、そんな時間すらなかった。


 強烈な打撃が、叩き込まれた。一発ではない。一本目が持ち上がると、次は二本目が振り下ろされる。ダメ押しに、三本目もあった。それらが順番にループする。


「うわー……」

「いつものことながら、容赦ありませんわね」


 デュラハンは頑丈な鎧に包まれている。本体自体、高い耐久力を持っている。だからと言って、この連打には耐えきれるものではなかった。なんといっても、やっているのがホーリー・トレントだ。アラニオス神の眷属である彼、または彼女は名前の通り聖属性。自分の足元に逆属性のアンデッドがウロチョロしていて愉快であるはずもない。


 普段は我慢してもらっているが(何せ強すぎて、頼りきりになると俺たちが弱くなる)最近のアンデッド戦ではこのように手を……もとい、根を出してくる。不愉快さを、物理的な勢いに変換して殴っている。


 聖属性で、かつ大質量の打撃。デュラハンと言えど耐えきれるものではなく。ほどなくして、鉄と肉のまじりあったゴアな存在に成り果てた。すぐにダンジョンに食われて消えたが。


 本来は、結構な強さなのである。先日などはダニエルがタイマンしてそこそこ時間がかかった。月が出ていて、戦闘力が最大値になった彼だったのに、である。


 ……まあ、ハイロウかつワーウルフであっても、デュラハンと一対一で戦うのはかなり厳しいのが普通であるらしい。それなのに時間はかかったが危なげなく勝利したダニエルは、戦士として立派に成長しているという事だ。


 それはさておき。強力なアンデッドはデュラハンが最後だったようだ。ジジーさんの悪霊退散ターンアンデッドでザコも大体掃除済。残党が、ゆっくりと道を進んでいる。これを掃除すれば今夜はおしまいと見ていいだろう。


「イルマさん、トラヴァーに合図を」

「はい。せーのっ」


 赤い輝きが、空に生まれる。すると、ダンジョンからまっすぐに強力な炎の流れがほとばしった。巻き込まれたアンデッドはなすすべもなく焼かれていく。アンデッドは炎に弱い。炎には浄化という概念が含まれているから、だそうだ。怨念そのものを焼かれては、存在を保てない。


 炎はアンデッドだけを焼く。道も、左右の木枠も焦げ目一つない。導入してまだ日が浅い、新たな戦力なのだが今の所文句は全くない。切り札の一つとしてこれからの活躍も期待できそうだ。


「討ち漏らしがないか確認を頼むー!」

「かしこまりましたー!」


 俺が声を上げれば、あちこちから了解の合図が送られてくる。全くもって頼もしい。……これだけのアンデッドに、俺一人で挑めばなすすべもなく死ぬしかない。しかし、俺にはたくさんの仲間がいる。彼らと一緒に戦えば負けることはない。そして、しっかりとした備え、壁や道具をそろえておくことで誰一人として酷い怪我を負うことなく勝利できる。


 これがダンジョンマスターの戦い方。我がダンジョン、順調に成長中である。


「さて、と。それじゃあ見回りを……」


 と、足場から降りたところで二人の妻に、左右それぞれから捕まえられた。


「……もしもし? 二人とも?」

「皆さん。ダンジョンマスターはお疲れです。これで下がっていただきます」

「ダニエル、後は任せましたから。いいですね?」

「はい、奥様。お休みなさいませ」

「待って? ねえ二人とも? 俺は責任者としてもう少しここに残るべきだと思うんだ。ねえ、みんなもそう思うでしょ? なんで目を逸らすの。ダニエル、なんで笑顔で手を振るの。ねえ、みなさーん?」


 俺の言葉は届かない。ホーリー・トレントさんすらこちらを見ようとしない。いや、目なんて無いんだがそんな感じがする。


 ダンジョンで一番偉いのは俺。しかし家庭で一番偉いのは嫁さんである。ダンジョンの事柄が片付いたら家庭の時間。もはや誰も止められない。そういう事か。うん、最近の襲撃のせいで滞ってたからね。しょうがないね。


 そんなわけで、俺は市場で売られる子牛のごとく連行されていくのだった。……まあ、幸せな事である。


 俺がダンジョンマスターになって、一年が経過していた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 章のタイトルが怖いですわー!
[一言] 再開してた! と、思ったら書籍化来てた!? 買いまーす!
[良い点] なんかアンデッド退治を見てるはずがナメクジの駆除を見てるみたいな(幻視 [一言] 色々とおめでとうございます
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