セルバ国、現在復興準備中
旧セルバ国王都、そのすぐ側。北方の山脈から、南方のバルコ国まで伸びるプラータという名の川がある。十年前は多数の船が行き来し、様々な物資を運ぶ重要な商業路だった。帝国に併呑された後、バルコ国の内戦の影響もありその数はめっきりと減った。
昨今となっては、漁師が魚を捕るために川に船を浮かべる程度。大荷物を運ぶ姿は遠い過去のものとなっていた。今日この日までは。
最初にその騒ぎを見つけたのは街で働く衛兵だった。彼はそれを上司に報告。時間をかけてその情報は上へと伝えられていった。
昼を過ぎた時間。物々しい一団が川への道のりを歩いていた。騎乗した完全武装の鎧騎士数名。歩兵二十名弱。戦闘用ストーンゴーレム四体。儀礼用リビングメイル二体。主に張り付いた陸タコ一体。
王子マンフレート、ダンジョンマスターサイゴウ。そして洒落た帽子で日光から頭皮を守るデルフィーノ。護衛の中には先日の騒動にもいた騎士ブラス・モジャが。文官の中にはダリオの義兄アベル・グラシアの姿もあった。
一行のほとんどは独立準備委員会の面々である。彼らは、そろって目的地へ向かっていた。徒歩で。
本来ならば、馬車に乗るべき立場である。しかし、主要メンバーが全員乗れるだけの台数を準備できなかった。ならば全員歩けば良い、と王子が言い出し止める前にダンジョンマスターが同意してしまった。
おかげで全員が行列を作って移動することになった。距離はそれほど遠くないのが唯一の救いといえるだろうか。
「そういやあ、ミヤマん所。森切り開いて道引くってよ」
「ほう」
並んで歩くサイゴウとマンフレートの会話である。この並びを周囲はよく思っていないが、当人達はどこ吹く風である。
「ラーゴ森林はかなり深いと聞いています。相当な難行でしょう」
「所がよ、ヤルヴェンパーん所からわんさか土木系の道具やら何やら持ち込んで、ゴリゴリにやるって話でよ。こういうのを」
サイゴウが指さすのは、身長二メートルを超えるゴーレム。それを聞いて王子の片眉が上がる。
「……帝国の土木工事技術は、我々とは比べものにならぬと学びました。疲労しないゴーレムを主力としたそれは、恐ろしい速さで地面を整えていく。うらやましい限りです」
自然と、王子は今自分が歩く地面を見下ろした。平らではない。凹凸があり、水たまりも見える。馬車が車輪を取られたのだろう、泥のはねた後も見える。雑草だって、あちこちからのびている。
いや、それでも道の形をしているだけまだましなのだ。野原を歩くのに比べれば、雲泥の差。……だが帝国にあった滑らかな道を思い出すと、その隔絶した違いに暗澹たる気持ちになる。
なお、ここまで荒れているのはここ十年ろくに整備されていなかったことが原因である。王都周辺なのだ、見栄を張る必要もある。
そのように暗い顔の王子に、ダンジョンマスターは気楽に声をかけた。
「じゃあ、使うか? ゴーレム。うちに十体くらいあるからよ。ウッドのやつが」
「なんと」「それは」「よもや」
委員会メンバーが、驚嘆の声を漏らす。その表情は皆明るい。一人だけ違うのは、デルフィーノ。彼は即座に次の問題に思い至った。
「十体、ですか。大変ありがたいのですが……」
「足りねぇか」
「はい。王都に限定しましても、使いたい場所は山ほど思い当たります。……数を増やすことは?」
「出来ねぇってわけじゃ、ない。だけんども、ちぃっと難しいんだよなぁ」
後ろ頭をかきながら、サイゴウが続ける。
「ウッドゴーレムは、安い。戦闘力はホブゴブリンにタイマンで勝てる程度。材料安く、作成もそこまで手間を取らず、命令に忠実。さらに修理も割と楽。……つまるところ、ベストセラーってやつでよ。ダンジョンだけでなく帝国の貴族、大商人はみーんな欲しがるのよ」
「おお、なんと。……品薄というわけですか」
「そーいう事。俺も一応ダンマスだからよ、優先的に回してもらえはするんだ。だけどまあ、限度ってもんがあるから……もう十体が、限度じゃねぇかなぁ」
「いえ、それだけでも十分に助かります。デルフィーノ」
「は。戻り次第早速復興計画に加えます」
国の復興にかかわる重大事項が、道端で進んでいく。それに対してブラスやアベルなどは思う所があるのだが、彼らのような下っ端には発言権はない。
まあ、仮にあったとしても個人の感想である。良き国の為ならば、それを腹の中で治めておくのが正しい貴族の姿だ。王子とダンジョンマスターの周囲にいる者たちのように。
そのような重大な雑談をして歩くことしばし。遠目に、川とそのほとりの人だかりが見えてきた。
「おう、あれだろ。交易船」
「そのようです。……そして、揉めているようです」
彼らがわざわざ足を運んだ理由がコレにかかわる事である。朝方到着したこの河川用交易船。出発はバルコの港である。交易が再開されると耳ざとく聞きつけた商人が、さっそく荷物を満載させてやってきたのだ。
それ自体は、良い事である。特に、バルコから運ばれてくる塩はセルバだけでなく周辺諸国にとっても必要な物だ。それがここ十年途絶えていたから、各地で困窮することとなった。
だが、人の世は良い事だけで回っていない。一切の根回しなしに運び込まれたこの物資が、様々な問題を引き起こしたのだ。例えば、塩。ヒトが生きる上で必要不可欠な物資である。この十年、それを様々な商人が細々と流通させていた。
なのに、いきなり大量にそれが持ち込まれたら? 下手をすれば、複数の商人が首をくくるような事態になる。これと似たり寄ったりの事態が、品目の数だけ起こりうる。
そのようなわけで。商機を見込んで、大量投資の上で物資を運び込んだバルコ側商人と。地元商人を守るために、それに待ったをかけたセルバ側商人(ハリー会長など)が殺し合い寸前の交渉をずっと続けているというのが現状なのである。
これを止められるのは、責任ある立場の人間しかいない。今後の事を考えれば、双方に被害を出すわけにはいかない。交易そのものは有用で必要なのだ。
そんなわけで、ぞろぞろと連れ立って復興委員会が出動する羽目になったのである。……一部、というか半分は長々と続く書類仕事から逃げるために足を運んだというのは全員が目をつぶっている事である。
「む」
唐突に、サイゴウが呻いた。その直前に、彼の背に張り付いた陸タコが肩を足で叩いたのを気付いたのはマンフレートのみだった。
「あー……俺は、ここで待っている。お前らは仕事して来い。護衛も全員連れていけ」
「は? いや、そのような……第一、例の事もあるのです。サイゴウ様だけを残すなど、とてもできるわけが」
「こいつら見てわざわざ突っ込んでくるバカはいねぇよ」
王子は、指さされたそれの威容を見上げた。ストーンゴーレム、戦闘用カスタマイズ済。要所要所を金属で補強されており、背負った武装もまた凶悪。いくつものトゲが生えた、一抱えもある鉄球。戦闘となれば、鎖で繋がったそれをぶん回すのである。
鎧騎士であっても引っかけられただけで戦闘不能となる。個人武装の枠を超えたそれに、抗えるものはわずかだろう。
「それに、どっちにしろ俺はあそこまでたどり着けない。この間話したアレがあるからな。だから気にするな」
「は……」
マンフレートは、わずかに考えた。理由もなく、このダンジョンマスターがこのような事を言うだろうか? マスターはダンジョンから一定距離以上離れられない。それは聞いている。なのにわざわざついてきた。そして今、ここに留まるという。何かあるのだ。
「……わかりました。それでは我らは向かいます。どうぞ、お気をつけて」
「おう」
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「……しまったな。椅子の一つも持ってくるべきだったぜ」
寒空の下、サイゴウはぼやいた。防寒のマジックアイテムのおかげで寒さはない。昼間という事で冬の冷え込みがだいぶマシになっているというのもあったが。
それでも、ぼんやりと立ち尽くすというのは地味に苦痛だった。ストーンゴーレムの手でも変わりに使うか。そんな風に彼が思っていると、何やら近づいてくる人影が複数。
「……あれか?」
マスターは問いかけるが、答えはない。ふん、と鼻を鳴らす。そうこうしているうちに詳細な姿が見えてくる。それは、サイゴウの知っている人物だった。
「あの時の、やつか」
忘れもしない。この間ダンジョンに攻め込んできた民衆の一人。十年前に家族を失ったと叫んだあの青年だった。それが、年頃の同じ者たちを引き連れて近づいてきたのである。
青年たちは、少々間を空けて止まった。流石にゴーレムやリビングメイルの近くに寄りたくはなかったらしい。
「……ダンジョンマスター、あんたここで何やってる」
「ツレの仕事が終わるのを待っている。ほれ、アレだよ」
川辺の騒ぎを指さすと、青年の眉間にしわが寄る。
「何で、こんな何もない所にいるんだよ。あっちまで行けばいいじゃねぇか」
「あそこまで俺は行けないんだ。ダンジョンに縛られているからな」
「は?」
ヒマつぶしのつもりで、サイゴウは青年にダンジョンマスターについて語った。ダンジョンに縛られている事。一定距離以上、離れることができない事。自分の子供に継がせるまで、辞めることはできない事等々。
そこまで語って、顔をしかめた。無駄なことまで喋ったと。
「……いや、話が脱線してるな? 兎に角だ。ダンジョンの支配している土地から出ることができねえんだよ。だいたい、お前らの後ろあたりが現状の限界だ。それ以上は進めない」
青年たちは顔を見合わせた。余りにも彼らの常識、知識からはかけ離れた内容だった。ついでに自覚した事もあった。自分たちはあまりにもダンジョンマスターを知らないと。
そのような反応をされると、サイゴウとしても言葉に困った。もう一度鼻を鳴らして、話題を変えることにした。
「それで? そっちはここで何やってんだ?」
「……川辺の騒動の野次馬だよ。アレのせいで今日の仕事が中止になっちまった。俺たちは最近、あの辺の工事やってんだよ」
うんうん、と周囲の者達も首を縦に振る。よく見れば、誰も彼もがそこそこにしっかりした体格をしていた。工事労働に従事して培ったのだろう。
「なるほど、そいつは災難だったな。まあ、あいつらが入ったから何とかなるだろう。明日には……ん?」
サイゴウの肩を、陸タコの足がぺちりと叩いた。ほぼ同時に、青年たちの一人が一方を指さして慄いた。郊外、都の外縁部から土煙が見えるのだ。土煙『だけ』が。
「お、おい! あれ! あれを見ろ!」
「マジか……幽霊騎士団!?」
幽霊騎士団。それはここ数年旧セルバ国を蝕む悪夢だった。昼も夜も現れる、姿なき騎馬軍団。馬のいななき、馬蹄の音。鎧の金属音。それらはするのに、姿は見えない。それに襲われれば、命はない。誰も彼もがむごたらしく殺され、財産は失われる。
その所業から幽霊ではなく何らかの方法で姿を消した盗賊団だと推察されているが、今までそれを証明できたものはいない。
それが、川辺の騒ぎ目がけて進んでいる。意味する所は明白過ぎた。青年たちは顔を青くし、サイゴウは口の端を釣り上げた。
「よしよし、現れたか。狙い通りだ」
「あ、アンタ、何を言って……」
「アレを潰すために、わざわざダンジョンから出てきたんだよ、俺は」
ダンジョンマスターは、右手を前に伸ばす。親指を上に、人差し指を前に。残りは握りこんで、指鉄砲を幽霊騎士団に向けた。
「三、二、一……やれ」
最後の一言は、小さくつぶやいた。聞こえたのは、彼に張り付いた陸タコのみ。そして次の瞬間、『何か』が起きた。青年たちには、そうとしか表現できなかった。
不可視の波動が幽霊騎士団を襲った。それは肌で感じ取れた。不自然な土煙が次々に生まれた。同時に、複数の馬の悲痛な嘶き。そして、視界が晴れた後には、粗雑な鎧を纏った、十数名の男たちが馬と共に地面に転がっていた。
「人がいるぞ!? 見えるぞ!?」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花……とは少々違うか。まあ、種も仕掛けもあったって事だよなぁ……ハハン? アレだな。おい」
サイゴウは傍らに立っていたリビングメイルに声をかける。マスターの意をくみ取った鎧は、軽快な動きで走り出した。
「今度は何をする気だ!? いや、そもそも何をしたんだ!?」
「あー? ほれ、あそこに転がってる旗が見えるか? たぶん、あれが姿を隠してたマジックアイテムだ。なんとなく感じ取れるものがあるし、透明なのにわざわざ旗を掲げるなんておかしいだろ? だから取り上げちまおうってな」
指摘されて、青年たちはその場を見やる。たしかに、騎兵たちのすぐ近くに真っ黒な生地の旗が転がっている。風になびかせるためか、貴族が家紋を掲げるそれと違って長細い。素人の彼らにも、それが普通の物ではないと感じさせる何かがあった。それに向かってリビングメイルが一直線で進んでいる。
「そしてなにをしたか、だが。……流石にそいつは秘密だなぁ」
「はぁ!?」
「一応これでもダンジョンマスターなんでな。切り札の一つや二つは隠してあるんだよ。そうそうバラせねぇなあ、これは」
不満気な青年たちに、サイゴウは悪ぶって見せた。さて、彼の言う切り札。それはその背に張り付いた陸タコだった。もちろん、ただのタコではない。千匹を超えるサイゴウダンジョンのタコ達の中でただ一匹、異能に目覚めた特異個体。
超能力タコ。それがその正体だった。彼とも彼女ともわからぬこのタコの能力は幅広い。たった今見せたような精神衝撃波などは序の口。物理的なエネルギーに変換して放つことも可能。そのほかにはテレパシー、サイコキネシス、テレポーテーション(短距離)、透視。そして過去視と未来視までやってのける。
サイゴウが川辺までたどり着けないのに、今回の移動に付き合ったのも未来視を伝えられたのが理由だった。よくわからん盗賊っぽいものを、一網打尽にできるチャンスがある。今後の事を考えれば、片付けておくことに越したことはない。ここに立ち止まった事も、タコから追加で未来を見せられたから。
その結果がこうなった。誰にも伝えていない、強力なサイゴウの切り札。……なのだがこの超能力タコ、ガーディアンにまでしたのに気分屋なのが玉に瑕。これまでもピンチになった時に姿を隠すことが何度かあった。
昨今の事件ではダンジョン監査部の時。それから反乱の騒動でもタコは雲隠れした。結果的に現状があるので、今となっては中々文句も言い辛い。タコに暴れさせていたら、今に繋がらなかった可能性もあるのだから。
サイゴウはそんなあれそれを思い出しつつも、現状に集中する。旗を取りに行ったリビングメイルはどうなったか。いまだ地面に付したままの騎兵たちを見やって、首を傾げた。
「あれ? うちの鎧はどこいった?」
「……本当だ。どこにもいねぇ」
青年たちと一緒に探してみるが、姿が見えない。そして、かすかな金属音が近づいてきてやっとそれを思い出した。
「あ、そうか!」
マスターがそう叫んだ瞬間、旗をもったリビングメイルが目の前で停止した。何の事はない、マジックアイテムの力で姿が見えなくなっていただけだったのだ。
なあんだ、と一同は胸をなでおろした。そして、騎兵たちがゆっくりとした動作で立ち上がるのが遠方に見えた。その視線はサイゴウ達に、もっと言えば奪われた旗に注がれていた。
「おい……ヤバくないか?」
「まあ、奪い返しに来るだろうな。大事な物だろうし。ほれ、危ないからお前らはさっさと逃げろ」
「馬鹿言ってんじゃねえ!」
青年が啖呵を切る。サイゴウは目を見開いた。
「お前が死んだら、なんかいろいろヤバいってのは俺らでも分かるんだよ! ここでほったらかしにできっかよ!」
複雑な感情が、サイゴウの胸に生まれた。嬉しく、しかし罪悪感がそれを素直に喜んではいけないと締め付ける。
それらを誤魔化す様に、ダンジョンマスターは号令をかけた。
「ストーンゴーレム、前へ!」
四体のストーンゴーレムが横一列に並んだ。お互いの邪魔にならない様にある程度の幅を空けているというのに、まるで壁ができたかのよう。しかも、ゴーレムたちは一斉に鉄球を振り回し始めた。風を切る、などという表現は生易しい。空気を砕くかのような背筋を寒くする音が響き始める。
こうなっては、騎兵たちもすぐに突撃できない。無事だった馬を立ち上がらせ、機動戦を計画し始める。足を使われては厄介だ。だが、サイゴウは慌てない。
「おい、そういや名前を聞いてなかったな」
「は? こんな時に、何を」
「いいから、名前。ほら」
青年は眉根に皺寄せて、ほんの少し黙った後。
「ライン! マンネスの子ラインだ! 俺の名前が何なんだ、ダンジョンマスター!」
やけくそ気味に叫んだ。サイゴウは余裕をもって笑う。
「ようし、ライン。特等席で拝ませてやるよ。ダンジョンマスターがどんだけえげつないかって所をよ」
「……えげつない?」
数分後、ラインの疑問は答えを示された。ゴーレムを迂回して行われた騎兵突撃。それに対し、サイゴウは『配置変更』で壁を立てた。その結果は語るまでもない。ライン達の顔はこれでもかと引きつった。
騒ぎを聞きつけて駆け付けたマンフレート達に出来たことは、辛うじて生きていた者の捕縛くらいだった。死体の片づけは、別の者の仕事となった。
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日が傾いた頃。急遽設置された天幕の下で、マンフレートとサイゴウが茶を飲んでいた。
「やっぱり、破壊工作員ってやつか」
「ええ。東の国の者である可能性が疑われると。まだ調べ始めたばかりで断定はできませんが」
ゴーレムが踏み固めた地面の上に、テーブルとイスが置かれている。なので外であるが座り心地は悪くない。騒動の疲れをを癒しながら、二人は情報を共有する。
「しかし王都の近くで暴れるたあ、連中も思い切った事をする」
「……我々は、侮られているのです。だからこんなふざけた真似をされる」
王子は、悔し気に歯を食いしばる。それを見て、サイゴウも口をへの字にした。それもまた己の罪であると考えたからだ。謝罪は終わっている。言葉よりも行動だ。
「だが、潰した。マジックアイテムも取り上げた。生き残りを尋問して、拠点を潰せばとりあえずは片付く。その間にコマを次へ動かすぞ。……交渉はどうなった?」
「ええ、それはなんとか話し合いのテーブルに乗せることができました。時間はかかりますが、着地点を見つけるつもりです」
「よし、よし。あとは……お」
サイゴウは茶を飲み干すと、カップをテーブルに置く。そして、天幕の外に歩き出した。彼が向かう先には、疲れた表情のライン達が居た。
「おう、終わったか」
「……終わったよ。死体の片づけ。まいどあり」
表情を歪めて答える。日当で生活している彼らは、今日の仕事が無かった。そんな愚痴を聞いたサイゴウが、彼らに仕事を与えたのだ。もちろん報酬は相場より高く、である。
「明日からはここいらで土木工事が始まるからな。仕事のないやつはお前らで声かけて集めておけよ」
「ここ? 何作るんだよ」
「地面を平らにならすだけだ。そんなに大がかりじゃない。ただ、ひろーくやるからな」
「は? そんな事して何になるんだ?」
「冷蔵庫だ。バカでかい、冷蔵庫の倉庫をここに設置する。さっき壁を置いたようにな」
「はー? 冷蔵庫ってなんだ? 名前からして冷たいのか?」
ライン達は分かっていない。サイゴウはにやにやと笑って説明する。マンフレートは遠くから、それを穏やかな表情で見守る。
「おう、その通りだ。冷たいから中身が腐るのが遅くなる。デカいからいっぱい詰め込める。そして目と鼻の先に物流の拠点となる川。これがどういう事に繋がるかわかるか?」
「わかんねぇ」
「わかった! 冬に雪を山ほど詰め込んで、夏に売るんだ!」
「お前天才か」
やいのやいのと、騒ぎは続く。護衛のリビングメイルの足元で、陸タコが壺から顔を出した。しばらくそれを眺めていたが、やがて興味を失ったのか再び壺に戻った。