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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
間章 ミヤマダンジョン繁盛記
128/207

セルバ国再独立準備委員会

 未だ新たな名の決まらぬ、旧セルバ国王都。その近隣に立つ、サイゴウダンジョン入口砦。いよいよ冬本番の冷え込みがやってきた、ある日の朝。この砦の会議室で、久方ぶりの会議が行われていた。


 華美な会議室である。以前この場を使っていたのは、サイゴウダンジョンに住んでいた帝国の貴族たちだった。かつては美術品がこれでもかと飾られ、話し合いなどもろくに行われなかった。ダンジョン内での権益の取り合いや、相手を密やかに陥れるための言葉のやり取り。建設的なことなど何もなかった。


 現在はほとんどの美術品が仕舞われ、成金じみた装いは消えている。会議用の長テーブルや各々が座る椅子も新調され、部屋の名にふさわしい場が整えられていた。


 上座に座っているのは、二十歳を数えたばかりの青年だった。短い金髪、碧眼の彼の名をマンフレート・セルバという。帝国に送られていた、王国の遺児である。


 その周囲に座る者達も、似たような年齢の若人だ。彼らはかつて王国の要職についていた者達の子である。例外的に一人、壮年の男性が上座にいる。国が滅んでからの十年間、王都を維持し続けたデルフィーノ・ピエリ子爵である。その苦労のためか、単純に年齢と血によるものか。頭頂部はすっかり禿げ上がっていた。


 会議テーブルの半ばから下座までは、ピエリ子爵と同じかやや若い程度の者達が座っている。彼らは、旧セルバ国の貴族たち。それも地方のまとめ役をやっているような重鎮たちだ。一番下座にいるダリオ・アロンソ男爵が、地位的にも年齢的にも浮いていた。


 なぜ彼らがこの場に集まっているか。理由は単純で、ここしかこの人数を収容できる会議室が無かったからだ。王城は十年前に陥落して以降、最低限の管理しかされていない。破損個所が多く、会議はおろか居住すらできないありさまだ。


 そこで、王都周辺でもっとも立派な建物であったこの砦が選ばれた。王族および上級貴族の若人たちが、サイゴウダンジョンに宿を借りている事も理由に含まれる。


「……さて、時間だが。昨日の疲れが残っているようだな?」


 マンフレート王子の言葉に、若人以外の者達が表情を引き締めた。だが、その顔色は悪い。何故かといえば彼らはつい昨日、アルクス帝国帝都の日帰り見学をしてきたからだ。かつてのミヤマダンジョンの周辺領主たち同様、その威容に打ちのめされたのだ。


 何故そんなことをしたのか。セルバ国再独立の報によって集められていた彼らが、血気盛んに盛り上がり過ぎていたからだ。


 無理もない事ではあった。国が滅んで十年。衰退の十年だった。只々諦め、日々を過ごしていた所に望外の吉報である。王子達が国に戻されたのをその目でみれば、感情が爆発するのも当然の事だった。


 これは不味い。とても統制が取れない。そう嘆いた王子達がある人物に願い出て、見学ツアーを準備してもらった。その彼は王子の左後ろ、一人用のテーブルとソファーで会議の様子を眺めている。サイゴウダンジョンのマスター、サイゴウヒデトがそこにいた。


「皆、忙しい所を領地から集まってもらっている。時間を無駄にはできない。始めよう」


 マンフレートの言葉に、デルフィーノが立ち上がって宣言する。


「それではこれより、セルバ国再独立準備委員会の立ち上げ及び第一回会議の開始を宣言いたします!」


 セルバ国再独立準備委員会。国家の主要人物が軒並み死亡したセルバ国は、その運用方法が失伝している。今すぐに再独立など到底できたものではない。そこで、準備委員会である。国家運営の技術を再取得し、法を決め兵力を整える。法と兵と民。これら無くして国は成り立たない。


 第一回会議は、成立の目的とそのための道筋についての大まかな解説がなされた。王城から法典を探し出し、新法のたたき台にする事。帝国から講師を招いて文官を育成する事。王都衛兵隊の再編成と訓練。


 地方においては、各地の領主との情報共有。街道の整備と治安維持活動の活性化。この十年で後退した国境の調査など。


 多くの者が夢見た現状打開の道筋。それを朗々と説明されれば、集った者達が色めき立つのも無理のない事だった。だが、同時に顔色を悪くする者もいる。一人の領主が、手を上げた。


「失礼、よろしいか。……これだけの事を成すための資金は、誰が出すのですか」


 密やかに活気づいていた会議室に、重い空気が生まれた。この十年、景気の良かった領地などどこにもない。皆、破綻させないように必死でやりくりしていたのだ。これだけの大事業を動かすだけの資金を持っているものなど、どこにもいないのだ。


 しかし、マンフレート王子は堂々と答えた。


「サイゴウ様に、お借りする」

「なんと!?」


 貴族たちの視線が、一斉にダンジョンマスターへ向けられる。本人は、揺らぐことなく真っすぐ見返した。


「俺が貸す。記録も残す。利子は普通に、毎年取り立てる。好きなだけ借りろ。金は山ほどあるからな」

「ふざけるな!」


 年配の貴族が、椅子を蹴倒しながら叫んだ。


「そもそも、我らの苦境は貴様が原因だろうが! それを事もあろうに利子を取る!? これからさらに我らを食い物にするつもりか! 何様のつもりだ!」

「ダンジョンマスター様だ」

「貴様ぁ!?」

「止めよ」


 王子が、そして上座の若人たちが一斉に立ち上がった。年配の貴族の勢いに乗せられ、今にも飛び掛かりそうだった領主達は、辛うじて踏みとどまる。


「皆よ、我が言葉を聞け。我らは国の為にサイゴウ様から金を借り、利子を支払わなければならない。その確固たる理由があるのだ」

「何を馬鹿な! そんな理由がどこに……」

「帝国貴族だ」

「!?」


 激高する領主に、マンフレートが言葉を刃のように放った。そこに、サイゴウも続ける。


「地元住民とのもめ事を何とかしてくれっていって、国一つ潰すような連中だぞ。俺がただで金を出したら、どうなると思う?」

「それは……」


 昇っていた血が、一気に引いていく。彼らの脳裏には、十年前の悪夢がよぎっていた。若人の一人が、努めて冷静に説明する。


「しかし、借金という事なら話は変わる。我が国は、サイゴウ様の商売相手となる。これは非常に大きな意味を持つ。我が国が害されれば、その不利益は誰に行く?」


 領主たちの顔に、理解の色が広がっていく。何をしてくるかわからない帝国貴族に、はっきりと伝わるけん制となる。彼らが理解する以上に、これは大きな庇護であった。


「資金の問題を解決し、帝国貴族の介入を防ぐ。その為に、サイゴウ様に借金をする必要がある。理解してもらえただろうか?」

「……は。浅慮、お許しください」


 領主達が、居住まいを正して席に戻った。マンフレート王子はその振る舞いをしばし眺め、席を立つとサイゴウに頭を下げた。領主達がざわめく。


「申し訳ありませんサイゴウ様。失礼をいたしました」

「当然の反応だ。俺は気にしない」

「御心遣いに感謝します」


 その振る舞いに、言葉こそ出さないが皆不満の表情を浮かべる。先ほどの反応からもわかる通り、年配の領主達のサイゴウへの恨みは深い。そういう反応をしていないのは、王子と若人たち。デルフィーノとダリオだけである。


 咳ばらい一つして、デルフィーノが立ち上がる。


「それでは、次の話に移りたいと思う。再独立への準備をする傍ら、別の計画も進めていきたいと考えている。これについて、この計画の発起人であるダリオ・アロンソ男爵に話してもらいたい」


 皆の視線が、一番の下座へと注がれる。それに揺らぐことなく立ち上がったダリオは、堂々と言葉を紡ぎ始めた。


「発言の機会をいただき感謝します。私のような身分の低いものがここで話すこと御不快になられる方もおられるでしょうが……」

「そのようなものはおらん! 気にせず大いに語るがいいぞ!」


 そうだ! と追従する野太い声が続く。全く意図した事ではなかったが、ダリオは先日の帝都見学で彼らから大きな信頼を得ることができた。カルチャーショックに足元がおぼつかない上級貴族たちに、二回目であったダリオはフォローに回ったのだ。


 吊り橋効果、というわけでもなかったが。自分たちの常識を崩す帝都の在り様を、同じ視点を持ちながら揺らがぬダリオの姿は彼らを大きく勇気づけたのだ。


 集まった当初はどうしてこんな下級貴族が、という態度を隠しもしなかった彼らだが。帝都から戻る頃には皆がすっかりダリオに縋りつく有様だった。それほどまでに、帝都の威容は彼らの精神と常識を揺さぶったのだ。


 ともあれ、そのような理由があったのでダリオを排斥する声はない。内心、なんだかなぁと思いつつも言葉をつづけた。


「ありがとうございます。……さて、無事に国が再独立したとします。そうなれば当然、北方と東方の国境問題に対処することになるでしょう」


 旧セルバ国は、四方を別の国に囲まれた土地にあった。西方はアルクス帝国。南方はバルコ国。北方と東方にもそれぞれ別の国がある。そして、セルバが滅んでから十年、帝国(正確にはここを支配していたマジナ伯爵)はろくに国境を守らなかった。その結果、とても妥協などできないレベルで土地を奪われているという現状があった。


 なお、南方はその限りではない。バルコ国が内乱をしていたからである。国境付近の地方領主が兵を率いて略奪に来ることはあったが。


「西方は安泰。それは、あの帝都を見た皆さまならご理解いただけるでしょう。……彼らは土地を求めない」


 苦笑するダリオ。貴族たちも、苦々しい表情で同意する。


「では、南方はどうかと申しますと……まあ、今は安泰です。バルコ国は内乱から復興しようとしている最中。帝国のヤルヴェンパー公爵家の強力な後押しもあります。少なくとも十年はそれにかかりっきりでしょう。国内の引き締めもするでしょうから、国境付近の連中も押さえてくれるはずです」


 朗々と言葉を響かせるダリオに、一番上座にいる王子が声をかける。


「だが……その後は不安あると?」

「ジルド王の統治が盤石であるうちは、問題ないかと。南方にあるミヤマダンジョンの主に恩義を感じていますから、彼の周辺を荒らすようなことはしないでしょう」


 努めて明るく。しかしここからは表情を引き締める。


「しかし、その子や孫となりますと……未来は誰にもわからない。そこで今だからこそできる防壁を築いておきませんか、というのが私からの提案なのです」

「防壁、とな? そのような労力は……」

「いやまて。今だからこそ、なる言い回しをしたぞアロンソ男爵は。どういう事だ?」


 ざわつく面々を手で制する。心中で冷や汗を流しつつ、ダリオは腹案を披露した。


「はい。……まあ、ふたを開けてしまえばなんだ、と言われてしまうかもしれませんが。ここでも帝国を利用する、というだけの話でして」

「帝国を? ……いかにしてそれを成すというのだ」

「ミヤマダンジョンの周囲一帯、バルコ国との国境付近を帝国に租借してもらうのです」


 会議の場が、一瞬時を止めた。瞬間的にその言葉の意味を理解できなかったからだ。それが脳にしみわたると、次は疑問があふれ出た。


「んんん!? いやまて! 租借だと!? せっかく取り返す我らが土地を!?」

「そうだ! とんでもない話だぞ! ……いや、そもそも帝国が借りるか? 連中が領土を求めぬことなど、今更語るまでもないではないか」

「ミヤマダンジョン」


 騒ぎが広がるテーブルに、ダリオが一つの単語を放り込んだ。


「そう、ダンジョンです。帝国が最も求めるもの。より正確に言えば、とうとむものといいましょうか。かのダンジョンの為に、土地を借りてくれないかといえばあの国は首を縦に振りましょう」

「むむ、む。……いや、しかしそれでも。我らが守ればいい話ではないか。ここで帝国に預けたら、我が国の格が落ちる」

「ああ、いえ。防衛ではなく商売のためです。実はあのダンジョンなのですが、帝国から旅行者を呼び込むという一風変わった商売をやっておりまして。……あの周辺がセルバ国に戻りますと、国境を超える事になるのです」


 会議の場がまたも騒がしくなった。国が分かたれる以上、勝手に国境を越えられては威信にかかわる。検問を通ってもらわねばならぬ。アルクス帝国に、それを求める? またぞろ問題が起きやしないか?


 求める疑問の言葉が聞こえた所で、再びダリオは口を開く。


「御言葉の通り。帝国の旅行者に対する入国問題。普通に道を歩いてきてくれるなら、まあ何とかなります。しかし、かの国の移動手段は我々の常識を超えている。先日、皆さまが体感したあの転送装置を思い出してください。ダンジョン間は、あれで移動が可能です。帝都からの旅行者の大半はあれを使います」


 理解しがたい体験を思い出して、多くの者の表情が珍妙に歪む。そして、それが含む問題点も同時に気が付いてしまう。


「転送装置を使わない場合、次の手段は……あの忌々しい飛行船です。空の上に検問は築けません。これまた、検査に難儀する。最後はこれから増えるであろう海路。こちらは河港でやればなんとかなりますが……ここだけやっても、意味がない」


 ううむ、と皆が唸り声を上げる。自分たちの手の届かない技術を使用される。かつての無力感を想起させる。暗い空気を深めていく場を変えるべく、ダリオが声を張る。


「だからこその、租借です。帝国の土地としてしまえば、この問題は解決します。ミヤマダンジョンも客に困らなくなり、貸しが作れます。帝国という壁を得ることにより、南方の脅威を押さえられます。貸すわけですから、それなりの金銭も得られるでしょう。サイゴウ様への借金の額も減らせるというもの。租借によって得られることは、多いのです」


 感嘆交じりの唸りが、テーブルのあちこちから洩れた。ある程度の納得を得られたことを確認し、ダリオは畳みかける。


「もちろん、威信が揺らぐことは間違いありません。ですが正直申し上げまして……再独立したばかりとなる我らが国のそれは、諸外国から見て地の底にあります。何をどうしたって笑ってくるでしょう。特に北と東は。ですが、連中と土地をめぐって殴り合う事は確定しているようなもの。であれば、返答は刃をもって行うだけではありませんか」


 そうだ! と同意する声が複数上がる。そちらに領地を持つ貴族達だ。十年の間苦汁を飲んでいるだけあって、彼らの戦意はすこぶる高い。


「以上が、ミヤマダンジョン周辺租借案であります。いかがでしょうか、皆さま」


 反応を、見る。眉根に皺を寄せる者は多い。しかしそれでも、反対の声は出ない。彼らもわかっているのだ。全ての事を同時にこなすことはできない。楽ができるなら、その方がいいのだ。


 が、ここで一人の貴族が手を上げた。ダリオに緊張が走る。


「一つ確認したいのだが……租借地に住まう民や貴族の所属はどうなるのだ?」


 その疑問に、会場がざわつく。セルバ国が戻る以上、吸収されて帝国所属になっていた者たちはそこから外れるのが当然。しかし、租借地は帝国のまま。どうするべきかと、各々が意見を交わす。土地に従うか、国に従うか。

 上座に座る一人の青年貴族が手を上げた。王子が促す。


「あえて、所属を二重にするのはいかがでしょう?」

「なんと!? それは二国に仕えることになるぞ!? 不忠ではないか!」

「一般的に考えれば、確かにその通り。しかし片方は帝国です。……帝国が、忠義を求めてきたことがありますか?」


 また、ざわめきが起きる。今度は喉が詰まったようなうめき声もある。帝国本国からは、ほぼほったらかしにされていたのがこの地域だ。税を治めろとも労役に着けともいわれたことがないのだ。


「もっと言うならば。彼らが帝国の側に入っている事は我々にもメリットがあります。帝国貴族ならば、あちら側ともスムーズに接触ができる。ダンジョンの傍であるという事もありますし」

「あー……ミヤマん所は色々貴族が出入りしているからな。俺の所からじゃあ触れんものもいけるんじゃね?」


 サイゴウの突け足しに、騒いでいた貴族たちも納得の表情を浮かべる。十年前の屈辱を繰り返さないための手段は多い方がいい。こちら側の貴族を帝国に少しでも食い込ませておける機会だ。使わない手はない。


 それを見て、マンフレート王子は大きく頷いた。


「大いに得るものがある案だと考える。帝国との折衝は必要だと思うが……詳細を詰める為にも、これは進めていこうと思う。異議はあるか?」


 会議の場が静まり返ったのを見て、王子はもう一度頷いた。


「よろしい。それでは進めていくとしよう。アロンソ男爵、ご苦労だった」

「は」


 ダリオは椅子に腰かける。そして薄く、ゆっくりと息を吐いた。安堵の息である。何とかなったぞ、という。


 なぜダリオがこんな話を出してきたか。それは、ミヤマ達がサイゴウダンジョンに援軍に入ったあの日にさかのぼる。ミヤマが唐突に持ち出したセルバ国再独立計画。それを聞いた時、内心ダリオは思いっきり頭を抱えたのだった。


 その理由は彼の領地にある。彼は、自分の領地の一部をブラントーム伯爵家に貸し出しているのだ。本来ならば、問題はない。同じ国の、貴族同士の取り決めなのだから。だが、独立した後は?


 国が再独立した場合の取り決めなどしてない。思いもよらぬことだったのだからしょうがない。租借を解除することは、非常に厳しい事だった。経済、戦力、権威。ブラントームの飛行場がある事で得られる恩恵はあまりにも大きかった。


 河川交易が始まるからと言って、諦められるものではなかった。むしろそれが始まるからこそ、より必要になる物だった。


 かといって、維持もまた難しい。これから他国になるのに、入れるからとすいすい空を来られては困る。国中から批判の声が上がるだろう。その結果領地がどうなるか、考えるだけでも胃が痛い。


 何とかうまい事できないか。ダメ元でウルマス・ヤルヴェンパーに相談した結果が、この答えである。ダリオ自身もアイデアを出したが、流石は帝国の貴族。長い歴史の中には、似たような事例もあったと聞かされ、それを参考にしたのだ。


 予想外の幸運により、重鎮貴族たちからの支持も得られた。正直言えば二重所属については予想外だったが、これで俺たちの周囲は安泰だ。本当はやったー、と大声を上げて走り回りたい気持ちを押さえて背筋を伸ばす。


 その姿を、不満を持って眺める男が一人いる。デルフィーノ・ピエリ子爵はサイゴウダンジョンでの詳細を知っている。ダリオがミヤマダンジョンを中心とした派閥にいることを理解しているのだ。


 ミヤマダンジョンとサイゴウダンジョン。周辺弱小貴族の守護者と、王国貴族と禍根を持つもの。本人たちは争わないだろう。だが、周囲の者共は争うだろう。ヒトとはそういうモノだ。


 再独立後の面倒事が生まれたことに、デルフィーノは静かにため息をついた。


/*/


 その日の夜。ミヤマダンジョン、バラサールの店。二階の貴賓席に、幾人かの姿があった。ミヤマ、サイゴウ、ダリオ、そしてマンフレート王子である。


 ミヤマは唐突にやって来た王子様に深々と頭を下げて挨拶。いまだに量販店店員の気質が抜けていない。自国の一大勢力のトップに丁寧な挨拶をされ、逆に王子が戸惑うなどという一面もあった。


 ともあれ、今はテーブルを囲んで酒と料理を楽しんでいた。ただし、サイゴウは機嫌が悪い。


「こんなはずじゃなかったんだよなー」

「何がですか」

「王子たちの事だよ。俺の事は話すなって言っておいたんだけどよぉ」


 いささか以上に速いペースでグラスを傾けながらサイゴウが愚痴るところによれば。十年前、国を滅ぼしたと言われて頭を真っ白にしたその時。帝国貴族たちに、子供たちは絶対に殺すなと強く命じたという。実際は半狂乱になりながら叫んだのだが、もはやこれは本人だけの秘密である。


 そして、保護した子供たちを安全な所で不自由なく育てろとも命じた。教育に必要なものは全て与えろ用意しろ。


 これは罪滅ぼし。本人からしてみれば罪からの逃避であった。だから、自分の事は話すなとしっかりと命じておいたのだが。


「あいつら、全然守らねぇでやんの! 初日からバラしてやがったの! 王子達に初めて顔合わせた時に、膝曲げられて礼言われた俺の気持ちわかるぅーーー!?」

「あー……いたたまれないやつ」

「それだよ!」


 サイゴウは怒りを込めて、から揚げをほおばる。そして揚げたての熱に悲鳴を上げた。マンフレートはおろおろするばかりである。そつなくダリオが水を差しだした。


「あー……火傷した。ダンマスでよかったわ」

「普通の人間より、治りがはやいですもんね」

「それな。……で、なんだっけ。ああ、そう。つーわけでよ、ミヤマ。ちっとこの王子にいってやってくれよ」

「何をですか」

「感謝する必要ねぇって。……恨むべきだってよ」


 ミヤマは、困り顔で笑うしかない。つい最近、彼と似たような人を見たことを思い出す。オリジンである。彼女も、サイゴウも一つの共通点がある。


 己の罪を自覚している。償いたいと思っている。どれだけ償っても、許されないと嘆いている。本質的に、やさしくまじめなのだ。


 放っておけないよな、とミヤマは思った。


「……殿下。十年前の詳細は、ご存じですか?」

「もちろんだ。帝国で保護されていた頃から、ある程度は聞かされていた。……自分たちで調べもした」

「なるほど。……サイゴウさん。殿下はもう大人です。自分で判断して、考えなければならない年齢です。十年前の事柄についても、本人の考えと意思に任せるべきじゃないんですかね。押し付けるべきじゃない」

「いや、でもなあ!」

「恨み続けるって、苦しい事ですよ」


 苦味を顔に広げたサイゴウは、自棄になって酒をあおった。火傷がまだ治り切っていないため、さらに顔をしがめる。


 マンフレートはグラスをテーブルに置くと、サイゴウに対して姿勢を正した。


「……サイゴウ様。確かに、我々は貴方を恨みました。貴方が命じたと、そう聞いていたのですから。ですが時が経ち、分別が付くようになってみれば話に齟齬がある事に気づきました。……一時期はずいぶんと思い悩みもしましたが、恨み続けることはできなくなりました」


 サイゴウの表情にはいまだ苦みがあった。罪の意識が彼を苛んでいる。


「ミヤマ様がおっしゃった通りです。恨み続けることは辛い。……我が国の民も、そうでしょう。すぐには、無理でしょうが。いつかすべての者が、これから解放される日が来るよう努めていきたいと考えています」


 王子の言葉には、その外にもう一つの意味が込められていた。すなわち、貴方のその罪が許されますようにという。


 しばらく、場が静かになった。サイゴウは動かず、マンフレートは視線を外さず。ミヤマとダリオは、それを崩さない様にしていた。


 やおら、下の階から大きな歓声が上がった。


「うぉぉぉあああああああ!」


 ミヤマダンジョンのガーディアン、セヴェリの絶叫だった。思わずミヤマが身を乗り出して下を眺める。両腕を上げるセヴェリと、白目をむいているヒトの姿のダニエルがいた。


「うっそだろ!? セヴェリ、素手の組み合いでダニエルに勝ったの!? 今まで全敗だったのに!」

「うーわー、大金星ですなあ。おーおー、大騒ぎだ」


 ダリオが、賭場を見やる。多くの者が札を放り投げる中、ジジー・オイボレターノが一人馬鹿笑いしていた。


「大勝じゃーーーい! おおい! 皆に一杯くれてやっとくれー! わしにもー!」

「おーおー、景気のいい事で。俺らももらえるんですかねぇ」

「はは、どうかなぁ……景気がいいといえば、これからのセルバ国もそうなるんだよね?」

「バルコから船が来るようになりますからね。これから忙しくなりますよ、殿下」

「む? う、む。そう聞いているな。労働者を集めて、河港を整備せねばな……」


 それを聞いて、ぽつりとサイゴウが漏らす。


「……そういや、パンフレットにでっけぇ冷蔵庫乗ってたな」

「でっけぇって……あのクソ高いやつですか? 倉庫のやつ」

「おう。……セルバって農業国だったんだろ? アレがあれば、色々はかどるんじゃねぇかなって」

「おー、いい話ですね! とりあえず、仕切り直しで乾杯してから詳しく!」


 ダリオがそう仕切って、皆にグラスを持たせていく。やや強引なその様に、苦笑しつつ皆付き合った。


「えー、それでは。セルバ国の未来に!」

「あと、うちのセヴェリの初勝利に」

「乾杯!」


 グラスが重なり、涼やかな音を立てた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 力のダニエルと技のセヴェリ、ミヤマダンジョンの2枚看板が育ってきてにっこり。今後も波乱が起きそうですね。ミヤマ殿の悪運で。
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