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ハレの日

 天井には、豪華極まるシャンデリア。壁には大きな絵画がいくつも飾られ。調度品は壺や剣が、ひたすら高そうなオーラを発している。


「俺、いい店連れてってくれって言ったんですよ」

「覚えてますよ? 一時間も経ってないじゃないですか」

「帝城に連れてってくれって言った覚えは、ないんですがね」


 先輩の後ろについていった先にあったのは、帝城でした。俺ね、何でって聞いたよ? いいからいいから、って先輩答えてくれなくて。そのまま連れ込まれて。


 ブッチャー&クラッシャー引っぺがされて。風呂に放り込まれて。お姉ちゃんが洗ってくれるっていうので勘弁してくださいってお願いしたら、イケメンに取り囲まれて。


 ピッカピッカにされて、めちゃ豪華な服着せられたと思ったらここに座らされました。俺の右隣に、皇帝陛下がいます。左隣には皇太子殿下もいます。先輩は対面の椅子に座っているんですが、その左右にはそれぞれ皇妃様と皇女様がいます。何でロイヤルファミリーに接待されてんだろうね、俺。


「だって、一番いいお酒があるのってここなんですもの」

「そりゃそーでしょーよ。だからって来るところじゃないと思うんですよね」

「どうぞお気になさらず。オリジン様のお客様を拒むことなどありません。心行くまでおくつろぎください」


 クラトス皇帝陛下が、ニコニコされながらそうおっしゃる。無理をおっしゃる。


「そうそう。帝都は私のダンジョン。つまりすべて私の家です。私がどこへ行こうと私の勝手!」

「いえ、さすがに下町や地下街へ向かわれるなら護衛を付けさせていただきます」

「なんでこー、歴代皇帝はいつもおんなじ事いうかなー!」

「それが常識だからでは?」

「そんな話ききたくないっ」


 先輩、かっ飛ばしていらっしゃる。もうね、すきっ腹にパカパカ酒ぶち込んでたからね。皇妃様と皇女様が一生懸命おつまみやらジュースやら配膳している。


「所で、俺のリビングメイルとインテリジェンスソードは……」

「メンテナンスのために工房に送りました。そうかからずお手元に戻せますので」

「それは、ご丁寧に。あと、家の連中に連絡を……」

「もちろん、済んでおります」

「御手数かけます……あの、一緒についてきたコボルトは」

「白姫様とご一緒に庭を散策中です」


 デートか。あ奴め、上手くやりやがって。さておき。いやあ、そつがない。伊達に先輩のお付きやってない。……いや、皇帝陛下にこういうのもおかしいのだけど、この国は特殊だからなぁ。


 とりあえず、グラスに注がれた酒をいただく。……香りが良い。舌触りがまろやか。などと、ありきたりな言葉しか浮かばない俺の貧乏舌よ。きっと、とんでもなくお高い蒸留酒なんだろうけど……違いが分からん。


 さて、そろそろいいか。俺は、だらしなく長椅子に寝っ転がった現人神に声をかける。なお、皇妃様に膝枕させたあげく皇女様にマッサージやらせている。


「先輩。今回の計画、上手くいかなかったんですか?」

「んー? まー、八割ぐらいは想定通りに片付きましたよ? なのでまあ、上等な部類ですよ。それ以上は偶然が絡みますからねぇ」

「その割には不満そうですが」


 サクランボっぽい果物の茎を口にはしに引っかけてた先輩、胡乱な目でこっちを見てくる。


「……何が言いたいんです?」

「そんなに、背信者たちに現状をひっくり返すような答えを出してもらえると期待してたんですか」


 すねた子供のように、口をへの字にして黙り込む。いやあ、表情変わってないけどロイヤルファミリーからの圧がすげぇなぁ! てめぇなにオリジン様にプレッシャーかけてるんだおおん? ってな感じ。


「ちなみに先輩、現状を変化させるような試みってなんかやったんです?」

「えー? うーん、なにかやりましたっけ……?」

「定期的に、見込みのありそうな者を選別して真実を伝える実験をしていらっしゃいますね。結果は……あまり振るっていませんが」

「あー……あれも、試みといえばそうですか」


 起き上がった先輩が、また一気飲み……しようとして皇妃様にジュースをインターセプトされている。むー、とか不貞腐れる。


「ほかにも、監査部を使って機能不全に陥ったダンジョンの再生を試みたり。新たなダンジョンを開いてみたり。オリジン様は多くの者に機会をお与えになられています。慈悲深く」

「結果的に破滅する者もいるので、慈悲ってなんだろうってなりますけどねー」

「……破滅するのはそいつらの行動の結果でしょう。大人なんだから、自分の行動に責任を持つべきかと」


 先輩の目が座る。皇女様が遠ざけていた酒のグラスを回収して、あおる。


「リソースは青天井。技術は天と地の差。大人と子供よりもなお酷い。そんな状態の私が好き勝手すれば、何でもできる。なのに責任をほかの者に押し付けるのは卑怯どころの話じゃないでしょう」

「先輩の仕事は、この地に生きる連中を幸せにすることじゃないでしょう。終わりの日まで、世界防衛を続ける事でしょう。……つーか先輩。やろうと思えば、もっとこの世界を地獄に変えられますよね?」


 心底、嫌そうな顔をなさる。そしてロイヤルファミリーから放たれる気配がいよいよ殺気になってきた。でも、引かない。グラスが空になる。手酌でつぐ。


「適当に鼻先にエサをぶら下げて。どいつもこいつもダンジョン防衛戦力に仕立て上げ。……異世界からも、ありったけ攫ってくれば。もっと攻撃的な防衛が可能なのでは?」

「そんなひどいことできますか!」


 立ち上がって吠える。今にも泣きそうだ。だから、俺はなるべく優しく声をかける。


「オリジン様。貴女は多くの者達に、自由な人生をお与えになっている。本来ならば、とっくに失われているものです。ダンジョンによる防衛が無ければ、何もかもが食われ果てているのですから。だから、自分は間違っているだとか外道だとかおっしゃらないでください。ご自分を、責めたりしないでください」

「でも! 私は騙している! 本当のことを言っていない! 安全な場所があるのに逃がしていない! ……異世界から、関係のない者まで駆り出している! こんな事、許されていいはずがない!」


 いよいよもって俺も立ち上がる。そして、吠える。


「全く逆です! 貴女を許さない者がいていいはずがない! 許さないというのなら、それこそ貴女以上に世界を守れなければならない! 感情で気に入らないなどと寝言を言うやつが現れたら、俺たちがぶっ飛ばす! 皇帝陛下!」

「言われるまでもない! 世界だろうと異世界だろうと! オリジン様の敵は我らの敵! 我らは、貴女様の支えとなることを本望とする者! その偉業に敬服する者! 目的叶うその時まで、どうぞお側で使えることをお許しください」


 彼女は、しばらく我慢したが。ついに感極まってしまって。


「う……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


 泣きだした。子供のような、ガン泣きである。すぐさま、皇妃様と皇女様が寄り添われて慰める。それでも大泣きが続く。


 ……俺、殺されるわ。そんな覚悟を静かに決めたのだが。


「ダンジョンマスター様、どうぞお座りを。ささ、グラスが開いておりますぞ」


 何故か上機嫌で、皇帝陛下がお酌の構え。皇太子様も、次々と美味しそうな料理を配膳してくれる。


「ええっとその。毒入りワインを飲む流れでしょうか?」

「はっはっは、まさかまさか。……オリジン様は聡明であり、慈悲深きお方。故に辛さを常に胸の中に秘められる。あのように泣くことができるのは、良い事なのです。辛さを吐き出すことができるというのは。なので、咎などはまったく。むしろ深く感謝している所ですとも」

「……それならよかった」

「ああ。でも、オリジン様が泣き虫などという侮辱をなされた時はお覚悟を。昔、遠い国がウチの外交官の前でそれをやりましてね。発言者の王子をぶちのめし、妨害する衛兵をなぎ倒し外交官は帰還。その後、宣戦布告の後に軍で城取り囲んで王と王子が泣くまで殴ったという事がですね」

「本当、そういう所ですよ帝国」


 新しい酒をいただきながら、思う。この神と崇められてしまった人は、心優しく弱いからこそここまでこれた。他者を思いやる心が無ければ、組織は作れない。弱いからこそ、常に工夫を考え続ける。


 そしてその結果、常に泣き続けている。罪の意識にさいなまれている。だから本来ならば打ち倒すべき反逆者にさえ救いを求める。


 彼女は多くの人を犠牲にしている。だが、彼女自身もまた犠牲者である。その犠牲によって今日まで世界は保たれている。……それをどうにかしてやることなど、俺にはできない。より良い方法など思い浮かばない。


 酒を飲む。酒精が胸を焼く。酔いが少し回る。大分勢いは治まったが、いまだ泣く彼女を見る。


「……今より良い、じゃなくてマシな悪さをする。というのはどうだろうか」

「ほう? といいますと?」


 皇帝陛下が乗ってくる。口が回るまま適当に述べてみる。


「だましてようとなんだろうと、生きていればよし。生活できれば良し。国家や文化が続けばよし。でもって世界防衛に役立てば、なおよし」

「おっしゃる通りです」

「だからもう、適当にニセ宗教立ち上げてですね。世界防衛に都合のいい教義ぶち込んでですね。正義の為に戦ってもらえばいいんじゃないですかね」

「なんてひどい事を言い出すのこの後輩!」


 泣いたカラスが怒り出した。


「この計画のいい所はですね。帝国以外に大襲撃に耐えうる国家を実験的に作り出せる所でしてね。何だったら地下にダンジョン仕込んで、コイン回収システム作ってですね。ついでに……ダンジョンメイカー(グランドコア)の討伐依頼も押し付けて見たり」

『考慮に値する提案と判断』


 あ、グランドコアさんチッスチッス。


「ひどいにもほどがある! クラトス、なんか言ってやりなさい!」

「ニセ宗教ではなく実際の神を信奉させれば、奇跡も使えてより強固な国家になるのでは?」

「そういうのじゃなくて!」

「それやると、いざ邪魔になった時に宗派分裂させて内乱解体とかやると神様に怒られるじゃないですか」

「さらに酷いこと言いだした!」


 酒の酔いに任せながら、色々寝言みたいな話を繰り出してみる。先輩怒る。ロイヤルファミリー笑う。グランドコアがガチで考えたりする。先輩また怒る。


 これからも、この世界は変わらずこのままだ。多くのヒトが、世界の真実を知らずに生き続ける。生まれて、戦って、死んでいく。そうしなければ世界が終わってしまうから。


 それを俺は変えることができない。できる事は、ダンジョンマスターとして戦う事だけ。魂擦り切れるその時まで、それを全うしよう。世界の真実を知る者として。この、強くて弱い人の隣人として。


/*/


 帝都のごたごたからしばらくして。俺は自分のダンジョンの外にいた。アラニオス神の祠の前。太陽光降り注ぐ、良き陽気の日に。


「これより、ダンジョンマスターナツオ・ミヤマ。ヤルヴェンパー公爵家が娘イルマタル。ブラントーム伯爵家が娘ロザリーの結婚式を執り行う」


 厳かに式の開始を宣言するのは、ソウマ領アラニオス神殿の神殿長リンタロウ・ソウマ氏。そう、本日は俺たちの結婚式なのだ。


 正直、こんなに早くやるとは思っていなかった。両家に報告したら、あっという間に日取りが決まってこうなった。大概の事はお家の人々がやってくれたので、気が付いたらこの日を迎えていた。


 参列者は非常に多い。ウチのダンジョンのみんな。いまだに残ってるバルコ国の人々。ダリオと周辺領主のみなさん。ヤルヴェンパー公爵家からご両親と兄夫婦二組。ブラントーム家からは次期当主のクロード殿と妻のアンナさん。叔父ブレーズさんもいる。


 帝都からはイルマさんの同僚の皆様。上司であるマニウス・ポンペイウス・ルフスさんが配下を連れてやってきた。若干複雑そうな表情を浮かべた男女がいたが、その心中を察するのはあえてやめておく。


 今回初めてお会いした、新婦たちの地元のご友人も参列している。まー、皆さまお貴族様ばかりである。美男美女が揃っている。注目したらあらぬ誤解を受けそうなので、視線を送るのはほどほどに。


 ソウマ領からはなんとソウマ様とハルヒコ殿が参列してくれた。ハガネヤマ親方とオオツルギ関も忙しいだろうに来てくれた。もちろん、エルダンさんとエンナさんもいる。ジジーさんはもう酒飲んでる。


 酒飲んでいるといえば。呼んでないのに豪華なドレスで参列してくださったコボルト仮面様がいらっしゃるのだが。なんか座った目でこっち見てくるんだが。その上でパカパカ飲んでるんだが。なんでそんな機嫌悪いんですか先輩。今かまえませんよ。やっぱり何故かいらっしゃる皇帝陛下何とかしてください。


「人の出会いは偶然と必然。天然自然がそう形作られるように、人の縁もあるがままに紡がれる。本日、そのような形で出会った男女が結ばれる。自然に出会った者は、そのままでは吹かれる砂のように散っていくだけ。結び付くには、当人たちの努力が不可欠」


 リンタロウ司祭のありがたい言葉が続く。俺は、両隣の二人を視線だけで見る。


 イルマさんは、純白のウエディングドレス姿。刺繍がこれでもかとされており、細やかな白い華がドレス一杯に咲いている。ただ美しい。女神すら凌駕する。


 ロザリーさんは、肩も背も大きく露出したこれまたセクシーなウエディングドレス姿。彼女の場合、背に翼があるから当然といえば当然。だけどそれがまた、とてつもなく似合っている。


 ……ふと、これは現実ではないのではなどという思考が頭を支配する。俺は会社に行きたくないので布団の中で夢を見ていて。何もかもが妄想の産物なのでは、と。


 俺がダンジョンマスターになって、モンスターと戦って、美人のお嫁さんを二人も迎える。全くもって現実味がない。妄想も大概にしろという話である。


 などと現実逃避していたら、非物質的な棒で頭を叩かれた。


『大事な式の最中に気持ちを飛ばすとは何事か』

『申し訳ございませんアラニオス様!』


 他の人はほぼ反応していない。司祭がちょっと耳を動かした程度。神様だからね、見えなくて当然だね。


「それでは、誓いの言葉を。ナツオ、汝は春夏秋冬、あらゆる日々を妻と共に乗り越えていくとアラニオス神に誓うか?」

「誓います」

「ユリウスの娘イルマタル。夫と共に誓うか?」

「誓います」

「ジスランの娘ロザリー。夫と共に誓うか?」

「誓います」

「ここに誓いは成された。夫婦の行く末に幸大からんことを」


 花火が上がる。拍手が巻き起こる。祝福の言葉が皆からかけられる。……それでも実感がない。豪華な儀式に参加しているなあ、という気分だけ。


 イルマさんとロザリーさんがブーケトス。この風習、一体だれが持ち込んだやら。高々と投げられるブーケ。女性陣がかなり本気で取りに行く。


「とりゃー!」


 おおっと、ミーティアが蛇の下半身を最大限に生かして超跳躍ー! 様々な方法で大きく飛ぶ皆から頭一つ分飛び出すー! あいつ、本当に神様の生まれ変わりなのかしらね? ……まあ、悪魔のいう事だったしなぁ。


「あっ!」


 おおっとミーティア、ブーケを取りこぼす! 皆の手からこぼれる! こぼれる! 落ちる……!


「わんっ!」


 クロマル取ったーーー! そのまま走る! 走る! 白姫さんにプレゼントーーー!


「あらまあ、どうしましょう?」

「ここで受け取らないのは無粋でしょう」

「そうはおっしゃいますけどねオリジン様。私と彼とじゃ……」

「年齢を言い訳にしない。ほら、彼、待ってますよ」


 なかなか熱いやり取りがされているじゃないか。……ブーケはもう一つあったが、そっちは誰が取ったのか。


「やりました! ……所でこれって何の意味があるんです?」


 エラノールがゲットしていた。しかし、分かっていない。もしもしエンナさん? 娘にどのような教育を? ソウマ領にはブーケトスの風習伝わってないのかしら。


「皆さん、楽しそうですね」

「そうだね、イルマさん」

「ナツオ様は、楽しそうじゃありませんね?」

「そんなことはないですよロザリーさん。ただ、挨拶と片付けに意識がいっているだけで」


 これからあいさつ回り。とりあえず初手コボルト仮面として、その後はどっちのご家族から回るべきか。


「これはいけませんね、ロザリーさん」

「いけませんわね、イルマさん」


 などと考えていたら、お嫁さん二人が頬にちゅーしてくれた。


「やっほう!」


 俺大喜び。幸せ。ダンジョンマスターになってよかった!

以上で、第五章の終了となります。今回もお付き合いいただきありがとうございました。

次回からは間章となります。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神の怒りが怖いなら、グランドコアを奉り上げれば良いのでは? 討伐依頼も神からの試練と言って、積極的に参加させられるし。
[良い点] 5章乙です
[一言] 両手に花ですね。おめでとうミヤマ殿、末永く爆発しろ
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