そういうわけで、帝都に行こう
唐突に始まった放送は、同じように終わった。それに対する俺の感想は、シンプルなものだった。
「まあ、そうだよな」
あの人はやる。目的に沿わないダンジョンなどあるだけ無駄。さっさと潰して新しいものを作る。どれだけの臣民がそれによって不幸になろうとお構いなし。全ては世界防衛のために。……その心情は、また別の話だが。
「オリジン様がお怒りに……!」
「だ、大丈夫ですわ! ナツオ様のダンジョンは、いつも通りですもの!」
とりあえず、真っ青になっているイルマさんとロザリーさんをなだめつつこれからの事を考える。
現在、バルコ国民の帰還は計画通りに進んでいる。港へ行く労働者はすべてダンジョンを出た。現在三百人弱がダンジョンに残っている。主な内訳は過酷な労働が身体的理由でできない者、女性、子供、老人などである。この中の半分は、港町が復興次第家族が迎えに来る。
行く当てのない者達、約百五十名。この者達をどうするかが、今後の課題である。……まあ、正直言えば別にウチで暮らしてもらってもいいかなぁって思っている。彼ら彼女らの半数以上が、内乱で家も家族も財産も失った者達だ。外に放り出したら、死ぬか犯罪者になるかのニつしかないような人々だ。
これを放り出したら寝覚めが悪い所の話ではない。何のために一時とはいえダンジョンに住まわせたんだってなる。それに、一時はこのダンジョンに九百人を超える人々がいたのである。今更百五十人ぐらいでガタガタ言う俺ではない。いやあ、経験は力だなあ。
以前であればスポンサー様にどう説明するかで悩んだが、今は違う。彼らを理由に労働者を雇用する、という体で帝国民のダンジョン居住者を増やせばいいだけの事。向こうは念願かなってにっこり。俺は理由を作れてにっこり、である。
後は労働環境である。子供たちは孤児院を作ってそこで育てようと思う。寡婦や老人たちに面倒見てもらえば、働き先もできて一石二鳥。他にも飯炊き、清掃、洗濯……生活する限り仕事はたくさんある。わずかに残った男たちに関しても、雑務は山のようにあるのでいくらでも仕事はある。
もちろん、雇用者は俺である。給金支払うのも、俺。その金は何処から出すの? 当然、ダンジョン観光業である。この騒動が終息したら、今まで以上にお客様を受け入れられるだろう。何せ労働力が段違いだから。広さも。きっと何とかなる。借金だって返せる。たぶん、きっと。……ダメだったらお嫁さん(予定)に相談しよう。
「……放送の続きは無いようだし、とりあえずウチは安心だね」
「よそ様は今頃酷いことになっていそうですけど」
「というか、帝都から通信が届いたという事は、転送もできるのでは?」
「おお。ちょっと確かめますか」
食料が心もとなくなってきているし、何より帝都の様子が気になる。帝都にはヤルヴェンパー、ブラントーム両家の人員がいる。特に、ウルマス殿のお嫁さんと子供さんの安否も確認しなければならない。
本来ならば旦那さんと一緒に家のダンジョンで暮らす予定だったが、次々とバルコ側から人がやってくるため落ち着くまで待ってもらっていたのだ。その後、例の事件が起きて連絡が取れなくなっていた。本人口には出さなかったが、相当心配だっただろう。それなのに、サイゴウダンジョンではいろいろ手助けしてくれたのである。それに報いなければならない。
屋敷を出て、転送室に向かう。途中で、放送にざわめいている者達と出会ったのでこれを落ち着かせる。なあに、この間来たおねーちゃんがちょっとはしゃいだだけだってー。えー? あのおねーちゃん何者かってー? 帝国の神様。
若干時間を取られたが、ほどなくして目的地に到着した。すると、そこにいくばくかの人だかりがあるじゃないか。
「おーい、みんな集まっちゃって。やっぱり気になった?」
「これは、ミヤマ様」
部屋の入口から姿を現したのはエラノールだった。眉尻を下げて困り顔。これは何かあったか。
「実は、ソウマ領から連絡がありまして。今、父が対応しております」
「ソウマ領から? 一体何が……」
俺の疑問は、すぐさま現れたエルダンさんが答えてくれた。
「ソウマダンジョンのダンジョンマスター、ヤタロウ様および領主一行の捜索と保護を打診されました。ヤタロウ様は、オリジン祭に参加されていたのです。連絡が取れず、領地の者も心配しているのですが主要な者達が出払っておりまして。それでこちらに連絡を取ってきたのですが……」
「よし、行こう」
俺は即座に決断した。
「……よろしいのですか?」
「よろしいも何も。溜まりに溜まったご恩、ここで返さずいつ返す。帝都の様子も気になるし。緊急招集!」
びし、と近場にいたコボルトを指させば力強く頷いて大きく息を吸い込む。
「わおーーーーーん!!!」
一吠えすれば、あちこちから遠吠えが答える。さらに、ダンジョンアイを使えば完璧だ。皆が続々と集まってくる。
「とりあえず、トレヴァーは留守番な」
「うう……やはりですか」
意気揚々とやって来たコボルトシャーマン、がっくりと項垂れる。
「お前が一番精霊たちと上手くやれるからなあ。いざという時の防衛の要だ。アミエーラと頑張ってくれ」
「承知しました。どうか、お気をつけて」
この間のサイゴウダンジョンの時と同じく、連れていける者には制限がある。街の中を移動する関係で、足の遅い者達はダンジョンに残ってもらう。レケンスやホーリー・トレントなどはそもそもダンジョンから離れられないので、自動的に居残り。
それから、ダークエルフたちは本人たちからできれば遠慮したいという話が出た。
「ダンジョンマスターの為に働くことを否というつもりはもちろんない。が、街の中というのはどうにも勝手が違う。正直、この間の一件でも上手く動けた気がしない」
というペレンの自己申告である。そういうのであれば彼らにも残ってもらおう。ダンジョンの留守を守ってもらうのも大事な事だ。
そんなこんなで、帝都行きは以下のメンバーとなった。俺。ガーディアン三名。ミーティア。イルマさんとロザリーさん。ウルマス殿とクロード殿。ヨルマとバラサール。エルダンさん、エンナさん、ジジーさん。合計十四名。
かの地は混乱の最中にあると思われるため少数精鋭が望ましい、というみんなの意見でこうなった。捜索メンバーは以上だが、これに加えて帝国放送局の皆さんも加わる。彼らも帝都の住人、家族が気になるのだろう。
いつものごとく武装を整えて、いざ鎌倉! 転送装置に帝都行きをリクエスト! ……すると、今まで見たことのない表示が現れた。
『現在、大変込み合っております。順番が来るまで、しばらくお待ちください。現在の待ち時間、三十分以上……』
流れる文字に、茫然とする。なにこれ。
「……転送ターミナルが込み合っているようですね。元旦などで帝都参拝に行くときはよく見ます」
「ああ、そういう」
エルダンさんの言葉に納得する。……そういえば、事件が起きたのはオリジン祭の最終日。帝都には多数の者達が居たに違いない。その中には当然、ソウマ様と同じくダンジョンマスターがいたわけで。俺たちのように捜索に出る者達もかなりいるだろう。
「こりゃあ、今のうちに便所に行っといたほうがいいかのう。向こうじゃ列作ってそうだしな」
ジジーさんの言葉に、思い出したことがある。日本各地で起きる震災。そのたびにボランティアが行くのだが、無計画の者が気持ちだけで向かって現場に迷惑をかけるというもの。物流が滞っている場所で食料を買い求めたり、宿泊場所も決めていなかったり。
……このまま行ったら、俺たちもそれになってしまうのでは?
「時間あるし、今のうちに持ち物の確認をしよう。あと、行動計画も立てておこう」
「そうですね。闇雲に帝都を探し回るのは効率が悪すぎますから」
イルマさんの同意を受けて、準備と計画を再点検することにした。水と食料は最低限しかもっていなかったので追加。傷薬や治療道具なども増やした。アミエーラがコツコツ準備していたものだった。助かる。
最悪、野宿する事も考えてキャンプ道具を持ち込もうかと思ったが、これはヨルマにストップをかけられた。必ず宿を確保してみせるからそこはご心配なさらずとの事。さらにイルマさんからもアテがあるとの事だったので、この辺は任せてよさそうだ。
それから、帝都の地図を広げて帝都での動きを考える。この地図、観光者用で持ち出し自由との事。……さすが帝国、首都の地形知られた程度どうという事はないという自信の表れだ。
それらを一通り準備して、トイレも改めて済ませて休憩して。やっと転送順番が一桁になった。申請してから一時間弱が経過していた。……帝都の状況を考えると、これでもまだ早い方ではと思えてしまう。果たして、一体どうなっているのやら。
軽やかな鐘の音が響く。
『転送準備が整いました。移動される方は、転送範囲内にお入りください。転送は自動で開始されます……』
「入ってー! 急いで―!」
大急ぎで準備する。うちの転送室はノーマル品。大量の人間に対応していない。なのですし詰め状態になってしまう。いつもだったら人を分けて送るわけだが、今回ばかりはそうもいかない。
「痛え! 背中にゴリゴリ当たってる!」
「足踏まれた―!」
「つぶれ、潰れるぅ……!」
もう、誰が悲鳴を上げているのかすら分からん。
『転送を開始します』
鐘の音。あのジェットコースター+コーヒーカップな体感を再び味わう。数秒後にそれから解放され、代わりに騒音が四方八方から浴びせられることになった。
「立ち止まらないでくださいー! 移動してくださーい!」
「現在、転送は六時間待ちとなっておりまーす! 整理券を受け取ってから、ターミナルの外でお待ちくださーい!」
「こちらのゲートは、ダンジョン解放部隊専用でーす! 一般の方はご利用できませーん!」
案の定というべきか。初めて訪れた帝都は、ヒトに溢れていた。転送ターミナルと呼ばれるこの施設に、多くの人が行き交っている。壁の端で、疲れ切った集団が列をなしていた。おそらく、帝都から出る者達だろう。服も汚れており、バルコからやって来た民を思い出させる様子だ。
そうかと思えば、足早に武装した集団が通り抜けていく。さっき聞こえた開放部隊とやらだろうか。騒がしさ、悲鳴、泣き声。混乱という言葉が音とヒトの形をして見聞きできるような状態だった。
「転送された方は、速やかに移動してくださーい!」
「おっと。皆、とりあえず動こう!」
号令をかけて動き出す。幸いなことに、外への矢印があちこちに掲げられているから、迷う事はなかった。騒乱の極みという感じの転送ターミナルから外へ出る。そこもまた、秩序という言葉が見えない場所だった。
まず、戦闘の痕跡がある。歩道も車道もあちこちに焦げ跡がある。何か水物の汚れも多い。建物が崩れてできたらしい瓦礫も散乱している。そんな中、人々が身を寄せ合っている。
「最初の目標へ向かいまーす! みなさん、付いてきてくださーい!」
ロザリーさんが先導する。一番初めに向かうのは、貴族会館と呼ばれる場所である。その名の通り、帝国貴族が住まうビルディングだとか。いやはや、流石オリジン先輩の都である。見回せば、みっしりと高層ビルが林立しているではないか。
東京とも、海外の都市とも違う。徹底的に計画されて構築された場所。さながら、都市作成シミュレーションゲームのよう。ヒトの都合ではなく、都市の都合を優先させて作られた街。
地平線が見えそうなほどに真っすぐ引かれた道などは、その最たるものじゃないかと思う。聞けば、街の外まで続いていて襲撃してくるモンスターの通り道になっているとか。間違いなく、ダンジョンのための街である。
貴族会館は、そんな帝都の中央地区に存在する。この中央地区はそのまま帝国の中枢でもあるとかで、俺が散々世話になっているモンスター配送センターやデンジャラス&デラックス商店もここにあるとか。
そして、帝国放送局もまたここにあるわけで。
「ダンジョンマスター様。職場が近くなってきましたので、自分たちはこれにて失礼いたします」
私戦からこっち色々世話になったビル・オルド氏と放送局の皆さん。ここでお別れである。
「御世話になりました。お気をつけて」
「こちらこそ、緊急時とはいえダンジョンに逗留させていただき感謝いたします。このお礼はいずれ必ずや。それでは、失礼いたします」
彼らは素早く身を翻して、会社へと戻っていく。なんという勤労精神……
「おおお、俺の編集データどうなったーーーー!」
「領収書がなくなると経費の報告がーーー!」
「無断欠勤扱いにしてたら許さねぇーーー!」
……では、ないな。世界が変わっても社会人の本質に変わりなし! 元気よく走り去る彼らの背を見送って、俺たちは改めて目的地へと足を向けた。それ自体は、もう見えていた。
ここらあたりは見晴らしがいい。中央地区、帝都アイアンフォートのド真ん中には大穴が開いている。落下防止の網に囲まれたそれは、それこそ並のビル一つ丸々飲み込んでしまえそうなほどに広く、深い。これがはじまりのダンジョン。オリジン先輩の、ダンジョン。
これを中心に広く土地が取られており、さらにそれを囲むように重要施設が連なっている。俺たちが出てきた転送ターミナルもそうだし、配送センターや工務店もある。なので貴族会館も見えているし、なんなら皇帝の住まう城すらあるのだ。
まさに中央、中枢。帝国の粋がここにある。……という話を移動中、帝都在住経験のある皆々様から受けた俺である。こんな時じゃなかったら、観光とかしたかったねえ。街を歩くのは久しぶりだし。
そんな所ではあるが、足早に行きかう人々は物騒だ。皆程度の差はあれど武装しているし、余裕のない表情をしている。襲撃だ、モンスターだという声もあちらこちらから聞こえてくるのだ。それから、第一とか第六とかいう数字も繰り返し。
「どうやら、モンスターの群れが襲ってきているようですね」
物騒な話を、まるで天気の事を話す様にヨルマが言う。
「それって、普通の事?」
「それはもちろん。帝都もまたダンジョンの一部ですので、日常です」
モンスターが群れで突撃してくる国家中枢。それを当たり前のように受け止める住人達。帝国のアレな部分を育てる一端がここにある気がしてならない。
「……モンスター来ているなら、対応した方が良くない?」
「帝都の者が戦いますので、ご心配なく。必要になったら放送がかかりますし」
たくましい、の一言で片づけてよいものか。まあ、部外者が口を出すと迷惑か。俺は皆に促されるまま足を進める。
そして、貴族会館の前に到着した。まあ、デカい。そしてごつい。地震大国日本に立っていても、全く問題がないであろうと思われるタフさを外観から感じる。その上で、外壁は赤と黒で美しく塗装されているのが何とも印象深い。他にもデカいビルは多いが、その大きさゆえに外壁がこうなっている者は少なかったのだ。
「これが、帝都貴族の住まいかー」
「といっても、百分の一も住んでいないのですけどね」
と、答えてくれるのはイルマさん。
「昔々は、このビル一つで収まり切ったらしいのですが時が経ちますと帝国も広くなりまして。その分貴族が増えてあっという間に手狭になり。今では、ごく一部の古い家を除く大多数が別のビルに部屋を持っております」
「こんなに大きいのに……」
「内部は、その多くが共用スペースとなっておりまして。社交に使う宴会場。大小さまざまな会議室と議会場。運動場に決闘場。領地と繋がる通信設備。その他遊興施設などなどが複数詰め込まれております」
「……待って? 決闘場?」
聞き捨てならない単語が入ってた。決闘場が、複数?
「はい、決闘場です。コミュニケーションとしての手合わせもあれば、殴らねばわからぬ阿呆を張り倒すためにも使います。名誉や権益を掛けたものなど、様々な需要がありますので」
「帝国貴族たるもの、武を身につけねば一人前とは言えません」
極めて物騒な話をしてくれる婚約者お二人。ふと思ったので試しに聞いてみる。
「……ちなみに、二人は使ったことある?」
「淑女のたしなみとして、多少は」
「友人と勝負したり、家の名誉のために戦ったりで……五、六回くらいは」
言葉を濁すイルマさんと、指折り数えるロザリーさん。視線をガーディアン二人に向けてみる。ダニエルが四回、セヴェリが二回。
貴族大人二人に目を向ける。両手の指を全部折り、開く。そしてまた折り……どんだけやってるねん。これが帝国貴族のフォーマルだとでもいうのか。
さて、そんな色々ある貴族会館。入り口前はバリケードが築かれていた。ありもので作ったようなそれではなく、常日頃から準備されている組み立て式のもの。鉄やコンクリ製であるが故に、極めて頑丈そうだ。……コンクリ壁かぁ。家のバリケードもそろそろ導入するかなぁ。
「お待ちを。お家の名前を拝聴いたします」
門番として立っていたフルアーマーのオークが聞いてくる。実用性と見栄えを兼ね備えたアーマーだ。さぞかし高いのだろうなあ。
「ヤルヴェンパー家のウルマスだ。……通常襲撃でこの備え。天変地異の後によほどの事が有ったのだな?」
「はい、おっしゃる通りです。申し訳ありませんが、全員身体検査を受けていただきます。テロ対策です」
「なるほどな。ダンジョンマスター様、そういう話ですのでご協力お願いいたします」
「はい、もちろんです」
貴族だからスルー! ってならないのはさすが帝国である。皆、文句を言わずに係員の指示に従う。俺も、身なりのしっかりとした兵士(たぶん彼も貴族)による身体検査と質問を受けた。特に隠すものなどないので正直に答える。
「御名前をお願いします」
「ミヤマダンジョンのダンジョンマスター。ナツオ・ミヤマです」
「来館理由を伺います」
「オリジン祭に向かって連絡が取れないソウマダンジョンのマスター、ヤタロウ・ソウマ様を探しに来ました。此方に情報があるかと思いまして」
「滞在のご予定はどれほどでしょうか?」
「ヤルヴェンパー家に一泊二日の予定です。ソウマ様が見つかって転送ターミナルが空いたら、それより早く帰るかもしれません」
「承知しました。それではあちらにお進みください」
よどみない対応を受けて、解放される。いよいよ会館の中に足を踏み入れた。広い。その一言に尽きる。吹き抜けは四、五階分はあるだろう。大きな帝国の旗が中央に掲げられ、ほかにもいくつもの貴族のものが飾られていた。その中には当然、見知った波を泳ぐ竜の紋章、ヤルヴェンパーの物もあった。
床は顔が映るほどに磨かれていて、歩くと小気味よい音を奏でてくれる。壁には大画がいくつも飾られている。どれも、俺のような美術の素人が見ても圧倒されるような物ばかり。流石は帝国貴族の集う場所。入り口ですらこれである。
ここにも、人はいる。武装もしている。しかしながら、その表情は街の人々よりも余裕がある。油断ではない。腹の座り方が違うのだろうか。
「まずは、あちらに向かいましょう。ソウマ様の情報も聞けるはずです」
そうウルマス殿が指さす先は、さながら陣中のような物々しさを放つ一角。武装した貴族達が帝都らしき大きな地図を広げている。これまた、設備がいい。こういった事も日常的にやっている証左だった。
歩み寄る俺たちに気づいて、幾人かがこちらに顔を向ける。その中の一人に良く知っている方……に、よく似た人がいた。イルマさんのお兄さん、エドヴァルド殿によく似ていた。
「やあ、ウルマス。イルマタルも。転送ターミナルが復旧したとは聞いていたけど、良くこれたものだね。混みあっていただろう?」
「父上。こちらにいらっしゃったのですか」
「ヤルヴェンパー様がお祭りに参加されたのでね。供回りというわけさ」
父上。父上といったかウルマス殿は。つまりイルマさんのお父さん。……彼女のお父さん! ぎやぁぁぁぁぁ! なんでだぁぁぁぁ! 不意打ち過ぎるうううう! 背広! 背広をくれ! 菓子折りも用意してない! ご挨拶しなきゃいけないのにぃ!
こうなれば、ここは一端やり過ごして後日……。
「父上、ご紹介いたします。ダンジョンマスターのナツオ・ミヤマ様です」
しかし、俺の思惑を知らないウルマス殿は御父上をご紹介してくれた。がってむ。
「始めまして。ナツオ・ミヤマと申します。ご家族の皆さまには大変お世話になっております」
「こちらこそ。前ヤルヴェンパー家当主のユリウスです。息子たちがお世話になりまして。今回はそのようないでたちで一体どのようなご用件で? 我が方としましてもできうる限りご協力いたしますとも」
「はい、ありがとうございます。……ですが、そのお話の前に」
そう。目的の前に、最低限のけじめを付けなくてはいけない。頭を下げる。
「後日、ご息女のイルマタルさんとのことで、正式にご挨拶に伺います。大切なお話ですので、仔細は日を改めて」
「……なるほど。ええ、その時は改めてお迎えさせていただきます」
柔らかに、ユリウスさんは笑ってくださった。うん、流石にね。この場で娘さんくださいをやるわけにはいかないからね。なお、イルマさんが顔を赤らめていらっしゃる事は、意識しないようにしておく。こっちも赤くなりそうだからね! 今はそんな場合じゃない。
気持ちを切り替えるために、本題を切り出そうと口を開く。が、声を出す前に横合いから新たな気配がやってきた。それは尋常じゃない、とても大きなもの。うちのレケンスに似て非なる、肌で感じ取れるほどの存在感。
見やれば、そこには長身長髪の美女がいた。目の覚めるような青のドレスは、生地からして一級品。見事な肉体美がはっきりとわかるその作りは、作り手の技量の高さをうかがわせる。
しかし、そんなドレスは添え物にすぎない。男ならだれもが放っておかないような美貌にもかかわらず、下卑た気持ちは欠片も浮かべさせない絶対的存在感。オリジン先輩も相当だったが、あの人とは別種の頂点にあるのだと感じ取らされる。
そんな彼女が、イルマさんによく似た女性に連れられて現れたのだ。俺たちは、自然と頭を下げて迎える事となった。
「これはヤルヴェンパー様。散策でしょうか?」
ユリウスさんの声掛けに、やはりという気持ちが浮かんだ。彼女が、北海の大海竜。偉大にして強大なるダンジョンマスター。イルマさん達の主。ヤルヴェンパー様か。竜であれば、この気配は納得しかない。ヒトの姿でありながら、まるで海原を目の前にしているかのような気分になる。
「ええ。せっかく巣穴からでてきたのに、部屋でまどろんでばかりもつまらぬと思いまして。何やら表が騒がしいようですし、物見にでも……おっ!?」
唐突に、海竜様が足をもつれさせた。とっさにバランスを取るべく、前に出された両腕。それを素早くユリウスさんとお付きの女性が取って転倒を防いだ。
「ふ、うう。助かりましたユリウス、クリスタも。いけませんね、やはり歩かないとすぐに鈍る。今日は多く歩きませんと。……おや、ウルマスにイルマタル。それにセヴェリもいるではではありませんか。帝都にきていたのですね」
「ご無沙汰しておりました、ヤルヴェンパー様。転送ターミナルが復旧しましたので、帰還いたしました」
「ふむ。ではそろそろこの騒ぎも……まあ、さておき。そこの若人はいずこのものです? ダンジョンマスターのようですが……ああ! 思い出しましたよその顔!」
「は、はい?」
唐突に指さされれば驚きもする。はて、なんで俺の顔を知っていらっしゃるのだ?
「石投げの小娘に、思いっきり景気のいい啖呵切ってた若人ですね! いやあ、あれには久方ぶりに腹を抱えて笑いました! 見事見事!」
「は、あ。ありがとうございます」
頭を撫でられる俺である。兜脱いでおいて良かったのか悪かったのか。しかし、石投げ……? 啖呵……? んんん? もしかしてあれか? 私戦の時にオリジン先輩にやったあれのことか? というか、あれ以外ないよな。
「うんうん。しかも見事に勝って、アレに罰ゲームを与える権利を勝ち取るとは。よくやりましたと褒めましょう。で? チューはどーなりました?」
「いえその、あれからすぐに大騒ぎとなったのでまだ……」
「それは重畳! この騒ぎが片付いたら、祭にして思いっきり煽ってやりましょう。ユリウス、差配なさい」
「かしこまりました、ヤルヴェンパー様」
「えええええ……」
なんかスゲーこと言い出したぞこの大海竜様。助けを求めてイルマさんに視線を送る。……ゆるゆると首を横に振られた。公爵家の皆様はニコニコしているし、居合わせた別の貴族の方々は我関わらずと距離を置くし。救いはないのか。
「そうそう。お勧めはですね、チューの瞬間に相手の方を向いて唇を吸ってやるというのがですね……」
「それやったら殺されそうなんで勘弁してくださいませんかねぇ!?」