快刀一閃 エルフ侍
シルフ索敵&コボルト・シャーマンの遠視術というコンボにより、敵が分かった。ゴブリン、数はなんと五十。さらに率いているのがオーガ、鬼である。二メートルを超える筋肉の化け物。この時点で二人の援軍を断る理由がなくなった。断ったら全滅だ。
戦闘は、エラノールさんの大弓から始まった。うちの自然洞窟部分は曲がりくねっているため、入り口までとどく射線には限界がある。そのギリギリから矢を放った。
物語に出るエルフの射撃は見事の一言。一射一殺。弦が鳴るごとにゴブリンの断末魔が聞こえてきた。
「ゴァァァァァァァァァァァァ!」
大音量の、咆哮。オーガとゴブリンの進軍を確認すると、俺たちは洞窟奥へと走りだす。弓一つあるだけで、引き込みがこんなに簡単とは。もちろん、彼女の腕前あってのことだけど。
整備の進んだ洞窟は、前回よりも走りやすい。たとえ長槍を担いでいても、だ。精神的余裕もある。
「ミヤマ様!」
「応!」
走りながらぐいと突き出された弓と矢筒。落とさぬように抱え込み、代わりに槍を手渡す。背後からはオーガとゴブリンの足音、声。すべて順調。
前方に、明かりが見える。魔法の明かりだ。すぐに、前回よりも強固になったバリケードが現れる。そして、その前に仁王立ちするヤルヴェンパー女史。
「ヒュノス・ヒュノス・ニワーリス! 終わらぬ冬、長き夜、吹き付ける氷雪よ! 生ける者を眠らせたまえ!」
凍えるほどの風が吹く。青白いオーラが吹きあがる。とんでもないのが来る!
「二人ともそのまま! 『ランページ・ブリザード』!」
俺たち二人の間を、青白い何かが通り抜けた。そして、背中越しに伝わる極低温の嵐! 振り返れば大量のこぶし大の氷が寒風と共に荒れ狂っている。あれを食らってはひとたまりもない。
「ガァァァァァァァァァ!」
が、なんと! 体の複数個所から血を流しつつも、咆哮を挙げてオーガが飛び出してきた。洞窟が震える。コボルトの耳が倒れる。そしてエラノールさんが長槍をさながら釣りのキャスティングのように握ってオーガへ突撃。
「ふっ!」
振った。だめだ、いくらここの天井が高くても、長槍と彼女の身長を足したら天井に当たる……はずだったのに。
彼女の細腕から繰り出された結果とは思えぬほどの快音が、オーガの頭部で響いた。なぜ天井に当たらなかったか。彼女自身が、転びかねないほどに身をかがめていたから。倒れるような体の動きも使い、打撃力を生み出した。
「グゥルオッ!」
……ッ、惜しい。オーガは腕で頭部を守った。野太い腕で守られては、あの一撃でも大したダメージにはならないだろう。コボルトから武器をもらわねば、と思ったその時。
「仕留めました」
エラノールさんの一言。次に、オーガが喉を押さえて苦しみ出した。押さえ切れぬ血が、体を伝っていく。……喉を、突いた?
「上を防げば守りが空きます。簡単なことです」
さながらカンフー映画のごとく、エラノールさんの袖が鳴る。槍の突き戻しは一瞬だった。オーガの右目に穴が開いていた。巨体が、崩れ落ちた。残るのは、吹雪によって半死半生となったゴブリンのみ。
……呆けている場合じゃない。
「止めを刺せ、コボルト・ワーカーズ!」
「わ……わんっ!」
スコップとつるはしを担いだコボルトたちが駆けていく。エラノールさんも、槍から木刀に持ち替えて残敵掃討に入った。
「いやあ、上手く呪文が決まってよかったです。エラノールさんの見せ場も作れましたし。低位呪文でしたからちょっと不安だったんですけどね!」
変わらずテンションの高いヤルヴェンパー女史。あれで、低位か……これがハイロウか。
「ありがとうございました。おかげで皆ケガもなく無事です」
「いえいえ! ハイロウとして当然の勤めですから! こういう機会でもなければダンジョンで戦うなんて一生なかったですから! むしろ私がありがとうございますという所で!」
そろそろ落ち着いてくれんかなー。無理かなー。正直ぐいぐい来てて押され気味だなー。だいぶギャップがすごい。悪いとは言わないが。
「わんわんわんっ! わんわんわおーん!」
あ、勝鬨。武器を掲げるコボルトたちの中心に、エラノールさん。彼女もまた、木刀を誇らしげに掲げていた。
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コアルーム。コアの前。俺は、彼女に向けて厳かに告げる。
「長き秋の森生まれ、リアドン氏族のエラノール。貴女を我がダンジョンのガーディアンとして迎えます。その武勇を存分にふるってください」
「謹んで、お受けいたします」
十枚のダンジョンコインが俺の手から宙に舞う。コインはエラノールさんを囲み、それぞれが赤光の玉に変化。一斉に彼女に吸い込まれ、同時にダンジョンコアが強く輝いた。これで、エラノールさんの情報がコアに登録された。コインによる蘇生が可能になったというわけだ。なお、モンスターの場合は召喚時に登録される。ただしそれは配送センターを通した場合で、野良モンスターとの契約ではガーディアンと同じ処理になる。という説明を契約前にヤルヴェンパー女史から受けた。
「契約完了。無事、ガーディアンとして登録されましたね。おめでとうございます」
ヤルヴェンパー女史の祝福の言葉。居並ぶコボルトたちの代表としてシャーマンが号令をかける。
「我らのガーディアンに祝福あれ! ダンジョンに、マスターに祝福あれ!」
「わんわんわおーん!」
コボルトも一斉に吠えて祝福する。シルフも踊る。ここに、新たな仲間を迎えたわけだ。もっと立派な式典を挙げたかったが、今はこれが精一杯。
「はい、それじゃ各自持ち場に戻るように。シャーマン、戦利品はどうだった?」
「前回とほぼ変わらず、といった所です。オーガも棍棒を持っていましたが、あれはどうしましょうか?」
「さすがにあんなの持てないし、薪にするしかないな」
ちなみに、今回のコイン収入はなんと七枚である。たぶん、あのオーガが五枚くらいと思われる。……援軍二人がいなかったら本気で壊滅していたかもしれない。
横道にそれた。シャーマンへの指示を続ける。
「とりあえず、薪割の所に運び込んでおいてくれ」
「かしこまりました」
ぞろぞろ戻っていくコボルトの後に、シャーマンが続く。壁際でその流れを遮らぬよう立っていてくれている彼女に声をかける。
「さて……改めて、今回はありがとうございましたヤルヴェンパーさん」
「イルマでいい、といいましたよ? イルマタルの、イルマです」
「ああ……その、すみません。女性を名前とか愛称で呼ぶのが慣れていませんで」
「エラノールさんは最初から名前呼びなのに?」
それを言われると弱いのだが。隣に奇麗な姿勢で控える彼女に尋ねる。
「氏族名って、苗字とは別の扱いですよね?」
「はい。一族全体で使うものですので、家ごとのそれとは。同族に言えばどういう素性のものかそれだけで伝わるので」
……氏族名を語れないだけで、色々察するとかそういう感じになるんだろうなぁ。
「そんなわけでエラノールさんの場合は選択肢がなかったかなーみたいな」
「なるほどそうですね。それで私は?」
ぐいぐいくるなぁ! 何? どこかで好感度爆上げイベント引いた? そんなまさかゲームじゃあるまいし。何より俺が女性の好意を得るとか異世界よりも信じられん。……とはいえ、ここまで言われて断るのも失礼か。
「えー、では、今後ともよろしくお願いいたします、イルマさん」
「はい! では早速ですが、襲撃で後回しになっていた受け入れの最終かくに、ん、を……」
さあ、っとイルマさんの顔から血の気が引く。……ああ、そうか。最終確認する前に、契約しちゃったな。つい、戦いの勢いで。
「や、やっちゃったーーーーー!」
イルマさんの悲鳴が、ダンジョンに響いた。
エルフ 特殊能力(一部)
エルフは必要筋力値以下の武器を敏捷度または器用度で命中、ダメージ判定することができる(通常は筋力値)。ただし金属を使用した装備は必要筋力値を二倍として計算する。アダマンタイト製の場合は四倍とする。