幕間 革命最終段階
あと少しでひと段落という意味が半分。
帝都の地下。構成員のみが知る、秘密のホール。革命会堂と名づけられたそこの、執務用の机からモーガンはホールの壁を仰ぎ見る。張り付けられた地図は二つ。一つは帝国、一つは帝都。帝国地図には制圧、攻略中、失敗というマークが付けられている。これらはすべてダンジョンを示している。攻略されたダンジョンは、主に帝国外縁部とその隣国に集中している。
革命を開始して、半月が経過した。いくつかの失敗はあったものの、ダンジョン背信者たちはおおむね目標を達成していた。制圧したダンジョンの数は百を超える。
もちろん、帝国内だけでも数千とされるダンジョンの総数から見れば雀の涙である。だが、人質としてみればこれ以上の存在はない。なにせ、帝国はダンジョンの為に存在する。これを危険にさらすような選択を、帝国は取ることができない。
唯一の例外はオリジンだが、その存在は皇帝ごと辺境のダンジョンに隔離できている(と、ダンジョン背信者たちは思っている)。強硬手段でのダンジョン奪還はあり得ない。
実質的に、すでに勝利は確定しているとモーガンは考えている。彼としても、帝国打倒が一回の反乱で片付くなどと思ってはいない。
まずは一部を切り崩し自分たちの自由にできる場所を、国を手に入れる。そしてダンジョンの力を使って国力を増強させる。有効的にそれを使った国と、そうではない帝国。その差こそが、次への手となる。自分たちの主張の正当性を、そこで得ることができる。
既に必要部分は確保した。あとは決定権をもつオリジンや皇帝が帰ってくるまでにどれだけ交渉用のダンジョンを制圧できるか。今はもうその状態となっていた。
だが、ともう一方を見やるモーガンの表情は厳しい。そちらは帝都の地図が張られている。担当者たちは、開始から変わらずせわしない情報のやり取りを携帯電話で行っている。
「帝都第三貯水槽への工作部隊、撤退中です」
「名誉の殿堂孤児院、立てこもり犯が逮捕されました。これで、孤児院工作は全滅です」
「自警団を調査していた偵察班より報告。要注意戦士リストにリビングメイルとインテリジェンスソードのコンビを追加するとの事」
アルクス帝国の中心地。帝都の住人は化け物だらけだ。能力は言うに及ばず、吸血鬼や人狼など文字通りの存在も当たり前のように闊歩している。中にはヒトに化けたドラゴンまでいるのだから始末に負えない。そんな中で反乱軍など起こせるはずがない。たちどころに殲滅されてお終いである。
だから、徹底的に破壊工作を行った。初撃はもちろん、ライフラインの破壊である。真っ先に転送ターミナルを爆破した。オリジン祭の最終日に、転送網の中心を破壊できたのは最大の戦果だった。帝国内外から大量に流入した臣民と外国人。官民関わらず、とてつもない負担を強いることができた。
さらに、帝国放送局も同時に爆破した。移動と情報。この二つを初手で破壊できなければこの計画は破綻していた。何年もかけての入念な準備が実を結んだのである。
漏れ聞こえる情報によれば、盛大に破壊したにもかかわらず死者無しとの事。やはり帝国の住人はおかしい。モーガンは眩暈のような懊悩を振り払う。
もちろん、モンスター配送センターおよびデンジャラス&デラックス商店が保有する転送装置も破壊済みである。天変地異によって飛行船も離陸できない。帝国鉄道も運休。帝都は陸の孤島となっている。
さらに加えてあらゆる方法をもって大小さまざまな破壊、妨害工作を行っている。上下水道、食料および工業ビル、帝都環状線などの破壊。犯罪者や薬物中毒者を扇動しての様々な犯罪行為。外国諜報員への情報流出など、できうるすべての手を打っている。
だが、流石は帝都の守護者たち。初撃の混乱から立ち直った後は、すぐさま対処に乗り出してきた。交通網の破壊は修復された。水源の汚染は浄化された。犯罪者は次々と捕縛されている。追加も放ったが、結果は芳しくない。どれも使い捨てであるから、失っても惜しくはないが。
「……このままではここも危ういか」
この場の情報どころか、自分たちが何者であるかも伝えてはいない。だが、この世には魔法という便利で厄介なものがある。ちょっとした物品の欠片から、思いもよらぬ情報を引き出せてしまう。特にその手の調査が得意なのが、ほかならぬ帝都警察だ。貴族の様々な暗闘が、連中の手によって暴かれている。自分たちのような秘密結社も、いくつも表に引きずり出されているのだ。自分たちだけが安全などと、どうして思えるだろう。
現在は、まだ混乱の最中。帝都警察も諸々の対処に手を焼いている。だからこそ、今動くべきだ。そこまで考えてから、一度モーガンはある場所へと首を向けた。
会堂の一角。重要資材の置き場所に、それはあった。神聖なる祝福を受けた銀の鎖で丁寧かつ強固に封じられた、一つの宝箱。その中にあるモノに思いをはせ、それを振り払う。
使うべき時ではない。切り札だが、諸刃の剣でもある。自分たちを傷つけるどころか、命を奪いかねない危険物。これを使わねばならないほど、追い込まれているわけではない。モーガンは決断した。
「潮時だな。諸君、計画を次の段階に移す」
ダンジョンの確保は続いている。それは各現場で進行していて、ここで指揮しているわけではない。帝国との交渉は、自分たちの安全を確保した後でも十分できる。むしろそれを疎かにしては、すべてが水の泡となる。
帝都の外へと脱出するべく、移動を指示しようとしたその時。突き上げるような縦揺れが革命会堂を襲った。
「うわぁ、なんだ!?」
「テーブルの下へ隠れろ! 巨人族か大地竜の呪文だ!」
「ばかな! 警報は出ていなかったぞ!?」
彼らも帝都の住人である。地震の経験もそれなりにある。すぐさま適切な対処を取った。この日の為に帝都の外よりやってきた者達も、それに倣う。
幸いなことに、大きな揺れは一度きりだった。余震のようなものも、ほとんど感じない。しかし、それで安心できない事を彼らはよく知っていた。
「……今のうち、だな。移動を開始するぞ」
「はい! 資料と機材を集めろ!」
「今の地震で通路が崩れていないか確認を……」
そんな彼らの耳に、聞き覚えのある鐘の音が届いた。地下であっても響くそれは、帝都広報の知らせ。その後に続いた声に、一同は驚愕した。
『帝都のみなさん、こんにちわ! オリジンです!』
「ばかな!? 辺境から戻ったというのか!?」
モーガンの悲鳴を他所に、始祖の明るい声が響き渡る。
『まずは業務連絡。只今の揺れによる被害は、すぐに最寄りの帝都警察に伝えるように。けが人がいたら、周囲で助けあって病院まで連れて行くように。では、いったん皇帝に代わります』
『守護騎士団、防衛体制に入れ。これより転移襲撃が来る。門の数は二。第一と第六である。帝国軍は待機。民兵は住民と来客者の守護を第一とせよ』
「皇帝まで……。首領!」
「撤退だ! 幸い、襲撃があるのだからこちらへはまだ来ない! 急げ!」
ダンジョン背信者たちが、慌ただしく走り回る。しかし、放送は次々と聞き捨てならない情報を彼らに投げてくる。
『変わりましてオリジンです。まず業務連絡。転送ターミナル、帝国放送局、モンスター配送センター、デンジャラス&デラックス商店。これらを復旧させました。従業員は速やかに持ち場についてください』
「なんだと!?」
「地上班から報告! 赤い輝きと共に、転送ターミナルが元に戻ったと!」
「ほかの設備も、同様の報告が!」
ダンジョンの基本機能、設置物の置き換え。それによって破損した建物や設備を置き換えたのだが、その事実を知ったところで状況は変わらない。彼らの戦果がたった一瞬で帳消しにされた。それだけである。
『続きましてー……ダンジョンの支配権を奪われた間抜け共に告げる。これから一日以内に、必ずそれを奪還する事。たかが反乱ごときで中枢を掌握されるなど言語道断。これを守れなかった場合、そのダンジョンは消滅させる』
「なぁーーーーーー!?」
背信者たちの思考が、白く停止する。オリジンの言葉は、彼らの作戦の根幹を破壊するものだった。
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オリジンの宣言の後に、反乱によって乗っ取られたダンジョンに警報が鳴り響きだした。
『緊急、緊急。ダンジョンメイカー権限によって、当設備の放棄が決定されました。居住者は速やかにダンジョンより退避してください。ダンジョン消滅まで、残り二十三時間……』
その放送は、居住者たちの心胆を寒からしめるに十分な代物だった。その多くは、ダンジョン争奪闘争の勝利者およびその親族または子孫。ダンジョンに住んでいるのが当たり前、そんな生活に心身ともに浸りきった者達。
だからこそ、この警報は安寧の世界から彼ら彼女らを叩き出した。
「なんだこれは、どうなっている!?」
「我々の居住権は保証する、そういう話ではなかったのか!」
「今すぐ止めろ!」
居住者たちは、ダンジョンの乗っ取りに対して特に抵抗を示さなかった。あらかじめ、妨害しなければ居住者に迷惑をかけない。それどころか今以上の利益を約束されていたからだ。
「落ち着け! 話を……」
「だったらあれを止めてよ!」
「話にならん! 反乱軍を追い出せ!」
「ダンジョンを守れ!」
彼らは、己の保身のために動いた。ある意味、首尾一貫しているともいえる。そのほとんどがろくに戦闘訓練を行ったことがない、帝都住まいから言わせればハイロウの面汚しである。
だが、彼らには財産がある。生まれ持った才能がある。これらを組みあわせれば、雑兵の集まりである反乱軍を蹴散らすのは、そう難しい事ではなかった。ともあれ、こういった動きが各地で起きていくばくかのダンジョンが奪還される。
しかしながら、このようにシンプルに事が進んだところは少数である。ややこしい事態になっている所の方が多い。
例えば、とある地方のダンジョン。発生から数百年を数え、初代はマスターの座を譲ってこの世を去り。今ではすっかりハイロウ一族の私物となってしまったダンジョン。この一族の末が、ダンジョン背信者の口車に乗ってしまったからさあ大変。
冷や飯ぐらい達をかき集め、背信者たちと共謀。反乱の隙を突いて、マスターを強襲。なんと、その座を奪ってしまったのだ。立場の逆転。この世の春。が、それはたった二週間で終わってしまった。
今では、マスタールームに立てこもるしかできない。
「今すぐ、ダンジョンマスターの座を明け渡せ!」
「大人しくすれば、悪いようにはしない!」
ドアの外から聞こえる言葉を、彼らは信じない。
「嘘をつくなー! 座を渡したら、俺を殺すつもりだろうがー!」
マスターとなった青年は、一族でろくな扱いを受けていなかった。そんな彼が、外の声を信じるはずもない。連中をひどい目に合わせられるなら、このままダンジョンが消滅しても構わない。青年は本気でそう思っていた。
結論から言えば、彼の望みは半分ほど適った。突入した住人たちが、勢い余って彼を殺してしまったのだ。ダンジョンマスターの殺害による、自爆装置の作動。三十分後、そのダンジョンは消滅した。
このようなケースが、いくつか散見された。もちろん、賢く立ち回った者達もいる。転送装置を奪還し、外部から実力者を召喚。プロフェッショナルの技術により、安全にマスターを確保。権限を委譲させる。しかしながら、これは少数の成功例。大多数のダンジョンはまったくもって様にならない、素人の感情任せな動きによって混沌とした有様となっていた。
このような有様が、次々と革命会堂に伝達された。攻略されたダンジョンが一つ、また一つと奪い返されていく。あるいは、消滅していく。
「馬鹿な……嘘だ……」
「無法だ……無法に過ぎる。ダンジョンを消すなど、ありえない……」
あまりの事に、背信者たちも現実に追いつけないでいる。彼らも、いや彼らだからこそダンジョンの価値を熟知している。ダンジョン一つでどれだけの権威と金が動かせるか。それこそ、国一つ以上の価値があるといっても過言ではない。
それを消すなどという事は、帝国に住まう住人として思考の片隅にも置かない。それが成されている事実に、呆然と立ち尽くしてしまうのはしょうがない事だった。
それどころか。今回の一件は、彼らの計画の根幹を破壊してしまった。組織は疲弊し、プランは白紙となった。今までの積み重ねが、あと一歩という所でほとんど吹き飛ばされたのだ。その衝撃は尋常ではない。茫然となるのも致し方がない事だった。
しかし、彼らも自らをエリートであると自惚れる程度には能力がある者達。ある一人が、顔を真っ青にしながら一つの事柄に気づく。
「首領! オリジンが帰ってきた今、我らの撤退ルートに影響が出るのでは!?」
その悲鳴にも似た叫びに、一同が我に返る。彼らの用意したルートは、地下に走る物流用鉄道を用いたものだった。一応、欺瞞の為の工作は施していた。が、しかし。
「オリジンが帰ってきた今、鉄道を使うのは危うい。されど、ほかのルートでは追いつかれる危険性がある。せめて、上の戦闘がもっと大規模なものであれば。それこそ大迎撃レベルの……」
モーガンはそこまで口にして、ある気づきに目を見開いた。そして、冷や汗を流しながらそこを見た。
銀の鎖を巻かれた宝箱が、そこにあった。ただし、その鍵は外れていた。誰も触れていないのに、である。
モーガンは、新しい決断を迫られていた。破滅寸前の決断を。
全部台無しになって一発逆転にかけるしかないというのが半分。




