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幸せは皆で作るもの

 目的地も定まって、二人で大通りを進んでいく。時刻的には夕方なので、人通りはそれなりにある。ある者は家路につき、ある者は身を清めに共同風呂へ。大通り沿いにある家々からは、家族の笑い声。もう少しすれば、バラサールの店から賑やかな騒がしさが響いてくることになるだろう。


 人々の表情は明るい。ここに来た時とは雲泥の差があった。俺たちが必死になって受け入れたのも無駄ではなかったと思える。……まあ、そんなことができたのもダンジョンとこの街があったからこそ。さらには多くの人の助けがあったからこそなんだが。


 気分よく足を進めると、明かりのついた家がなくなる。この先は、誰も住んでいないのだ。当然ながら人々の姿は見えなくなり、騒がしさは遠くなる。自分たちの足音が良く響く。


 ともすれば、恐ろしさがこみ上げそうになる。が、ここは俺のダンジョン。恐れる必要がどこにある。幽霊はとっくに払った。暗がりに近づかなければ安全だ。


「……やはり、エルフの建築物は優美さがありますわね。帝国様式はどうしても実用性第一となってしまいますので、芸術性が欠けるのです」

「長く使っていくなら、当然でしょう。……故郷の図書館にですね、デザイン性を優先して本の保存も保管も損なったものがありましてね」

「それはなんとも。極端すぎるのもよろしくありませんわね」

「本当ですね。ほどほどが一番ですよ。……その点、エルフは芸術性を保ったまま実用性も確保しているので見事なんですが」

「そうですね。ドワーフも、方向性は違うのですが作る物は見事ですし。ハーフリングたちの村も、独特な文化と機能性を持っています。妖精族はそういうものが得意なんですね」

「なるほど」


 そういうものを、目にする機会は来るだろうか。……ソウマ領は、その手の種族が多いと聞いたな。ダンジョン同士なら移動できると聞いたし、行けば望みが叶うかもしれない。落ち着いたら考えてみるかな。


 そんな会話をしていたら、館の目の前まで来ていた。大きく、そして美しい。どのような手法によるものか、流れる風のような曲線がふんだんに用いられている。美術と技術が正しく融合している。館一つがそのまま芸術品のように思えた。


 かつての遠い日には、多くのエルフたちがここに詰めていたのだろう。街の、そして地域の中心だった建物だ。


「この中には、一体何が詰まっているんでしょうね」

「……まあ間違いなく、えげつないトラップはあると思いますよ」


 これまでの調査でも、あちこちに強烈かつ極悪な罠が仕掛けられていた。建物一つがそのまま倒壊するなんてのはまだ優しい方で。触れたものを腐らせる呪い。遅効性で確実に体機能をマヒさせる毒。ドワーフもかくやという大量の爆薬など。


 苦痛軍アーミー・オヴ・ペインズ殺すべし、慈悲はない。というエルフの殺意がこれでもかと込められた罠の数々。これを発見し解除、無害化してくれた調査隊には本当に感謝しかない。全てが終わった暁には、彼らに許可証を発行するつもりである。


「あとはまあ、美術品などもそれなりには。逃げる事を考えれば、かさばる物は置いて行ったでしょうしね」

「ナツオ様は、それを己の物にしようとは思わないのですよね?」

「死んでもなお、この街を守っていた者達を見てますしね……アラニオス神ともお約束しましたし、子孫の方にお返ししたいんですよ」


 まあ確かに、金は欲しい。しかし借金は、これからのキャンプ業があれば返済可能だ。この街という箱が手に入ったし、従業員も増えたから受け入れられるキャパが大きく広がった。これから先は、大繁盛間違いなしだ。


「素晴らしいお考えかと。そのような行いは、ナツオ様とこのダンジョンの名を高めます。それらはきっと、この館の中身以上のものを得る事に繋がると思いますわ」

「そうだといいんですけどね。なかなかどうして、俺の運勢荒れ模様なので……」

「確かにそうではありますけども、出会いの運に関してはなかなかのものだと思うのですけど?」


 彼女にそういわれると、確かにと思い当たる部分が多々ある。一番最初に出会ったのがイルマさん。ヨルマとは最初アレだったが、今では欠かすことのできない仲間だ。エラノールがガーディアンになってくれたおかげでソウマ様と知り合えた。ヨルマの繋がりでブラントーム家とこういう関係になれた。


「……そう考えると、俺はかなり運が良いのではと思えてきますね」

「そうでしょうとも。悪運を蹴り飛ばせるほど、そちら運は強く大きいものを持っておられると思いますわよ?」


 ……さっきから、励まされてばかりだ。よほど俺は参っているように見えるのだろう。何とも情けない。これでは、例の事を切り出すのはいつになるやら。


 ……いや、だめだ。そんなことを考えていたらいつまでたっても始まらない。ここは、再び覚悟を決める時だ。幸い、ここには俺たちしかいない。領主の館前で二人っきり。前回よりよほど良いシチュエーションだ。何より俺が酔っ払っていない。


「……所でナツオ様? つかぬことをお伺いするのですけど」

「はい、なんでしょう?」

「イルマタル様を妻として娶る事になられたとか」

「……はい」


 うわーい、先手を取られた―! しかもすっごく話しづらい話題できたー! 冷や汗がどばりとにじみ出るのがわかる。先ほどまで癒しを与えてくれた彼女の笑顔がとても怖い。この状況から、どうやって話を進めていったらいいんだ……。


「具体的に、どのような形でそのようなお話になったのです?」


 その話題振りは! めちゃくちゃ助かる!!!


「酔っぱらった勢いで、告白しました!」


 がくり、と彼女の姿勢が崩れた。会話のイニシアティブ、もらったぁ!


「ぐっだぐだな状態でなんとかOK貰ったんですが、それで酒が回りすぎてトイレに直行しました!」

「最悪ですわ!」

「反省しております。ので、このゴタゴタが片付いたら改めて告白するつもりです」

「その方がよろしいかと。絶対後に引くお話ですよそれ。なんといっても……いえ、うん? ……………笑い話で終わる分、全然問題のないお話ですわね、よく考えますと」

「はい? 我ながら、死ぬまで言われるエピソードだと思っているのですけどこれが問題ない?」


 先ほどまでエキサイトしていた彼女。今は顎に指をあてて何やら思い出し始める。


「被害が当人たちに収まっておりますので、全然ですわね。恋愛沙汰でのしくじりでよく聞くものですと、ダンジョンマスターへの恋のさや当てが行き過ぎて不興を買いついには出入り禁止を言い渡された……とか」

「それって帝国的にとても不味いというやつでは?」

「貴族社会的に死刑宣告ですわ。なんとか解除してもらって国外追放を免れても、一生ダンジョンへは入れませんのでハイロウ的に敗北人生です。家の名前にも泥が付きますので、家人や領民も相当苦労することになりますわ」

「うーん、被害甚大」

「でもまだ穏当な方です」

「これで」

「帝国の歴史は長く、民は多く、結婚恋愛は命の営み。そしてヒトはしくじる生き物ですから、この手の話は尽きません。さっきの話の一段階悪いものになるとお家が取り潰しになるケースもあります。そして下を見れば奈落の底が」

「……こういうのもアレですけど、比べる対象が悪すぎません?」

「ピンからキリまであるのがこの話題です。どうしても極端になるのは致し方がない事ですわ。というわけで、かの告白に関してはマシな方という事になります。ひどいお話でしたけど」

「はい。反省しております」


 ……ああ。こんな事ならその手のハウトゥー本でも読んでおけばよかった。後悔は先に立たない。飾ることができないから、結局今回も素で行くしかないわけだ。


「ロザリー殿……いえ、ロザリーさん」

「はい」


 彼女は俺をまっすぐ見てくる。俺もまた、見つめ返す。


「自分はこの通りの男です。至らぬところばかりです。果たさないといけない責任があり、それをする決意はありますが力が足りません。これからは、私人としても支えてはいただけないでしょうか。代わりに、できうる限りで自分もあなたを支えます」


 彼女の返答は、完璧に整った一礼だった。スカートの両端をつまんで軽く持ち上げる、カーテシー。


「謹んで、お受けさせていただきます。幾久しく、よろしくお願いいたします」


 その言葉を理解する暇もなく。


「わおーーーーーーん!!!」


 と、コボルトの遠吠えが割と近距離で響いてきた。流石に俺たちは驚きで飛び上がった。


「はあ!?」

「な、なんですの!?」


 大通りを見やれば、すぐ近くの物陰にコボルトが群れを成しているじゃないか。


「こら! 何で吠えたの! 静かにしてなきゃダメって言ったでしょ!」

「まったくだぞ! お祝いはみんなでするものだ!」


 などと叱るのはアミエーラとトラヴァーのコボルトトップ二匹。


「お前ら! 何でそこに居るんだよ!?」


 俺も一応、魔法の強化人間である。流石にこの距離、この数ならば臭いや物音で気づくはず。なのにさっぱりわからなかった。いや、俺以上に気配に敏感であるはずのロザリーさんも、驚いていた。これは、普通じゃないぞ?


「いえ! これはその。ちょっとエアル殿とレケンス様の御力を借りてですね……」

「お前な! そういう事に精霊使うなよ!」


 そうなのである。トラヴァーはシャーマンである。精霊と言葉を交わせるため、俺とは別の方法で力を借りることができる。精霊込みならば、うちのダンジョンの上位ランカーなのである、実は。


 トラヴァーならば、俺以上に細やかに精霊に指示できる。そりゃあ、こんな芸当も可能だろう。……とおもったら、ロザリーさんが一歩前に出た。


「ここまで見事な身隠しの術、精霊の力だけではないでしょう。……このダンジョンで、高度な術を使用できる人物は限られています。いらっしゃいますね、イルマタル様!」

「はいっ!」


 すぽん! とコボルトの群れの中から現れたのはイルマさんだった!


「何してんの!?」

「いえ。二人していい雰囲気で連れ立って歩いていくのが見えましたんで、つい」

「つい、じゃあありません! ヤルヴェンパー公爵家の御方が何たることを!」

「だってナツオ様、私の時思いっきりアレだったんですもの!」

「ナツオ様が悪いですね」

「あれーーー!? これっぽっちも言い返せない!」


 まさかのカウンターである。コボルト達も一斉に頷いている。完全なるアウェイ。何故だ。俺はこのダンジョンのマスターなのに! ……はい。自業自得です。


 がっくりと肩を落としていると、猛スピードで走りこんでくる人狼あり。クロード殿だった。


「おめでとう、という遠吠えが聞こえたので何かと思ったら、もしや!?」

「叔父様、念願成就でございます!」


 ロザリーさん、勝利のVサイン。クロード殿、決勝ゴールを決めたストライカーのごとき、全身でのガッツポーズ。


「よくやったーーー! おめでとうございます領主様! 兄上ーーー! ロザリーはやりましたぞーーー!」


 天に届けとばかりの咆哮だった。正直喧しいが、それを言うのは野暮すぎる。で、コボルト達が釣られてワンワン吠えれば、街の連中もやってくる。で、クロード殿の次にやって来たのはダリオだった。


「おいおい、なんだかいい雰囲気じゃないか。これはお目出たい話か?」

「まあ、そうだけどね……」

「じゃあ、宴会だな!」

「飲んで騒ぎたいだけじゃねーか!」

「いいじゃんか! どーせ明日には領主連中も帰るんだし。サイゴウダンジョンの戦勝会もやってねーんだからよー! なー、大将ー!」


 そうだそうだ、という周りの雰囲気。これでNOと叫ぶのは空気が読めないにもほどがある。


「わかったよ! 明日まともに歩けなかったらレケンスに洗わせるからな!」


 地底湖水泳の刑である。わざと冷水にしてもらうからなちくしょう。そんな俺の胸裏など知る由もなく、一同はウェーイと大喜びだ。


 こいつらめ、と眺めていたら右手を取られた。羽根をわっさわさと動かし、とてもご機嫌な表情で。


「それでは参りましょうか。お祝いでしたら、主役が参りませんと」


 返事をする前に、左手も取られた。さっきまでコボルトの所にいましたよね? いつの間に移動したんです?


「飲み過ぎは注意していただかないと。ええ、他意はありませんよ?」


 ロザリーさんとイルマさん。両手に華。なのにとっても恐ろしい。おかしいな、捕まった宇宙人の写真が脳裏によぎるぞ?


「道を空けよ! ダンジョンマスターのお通りだ!」


 クロード殿が号令すれば、ブラントームの家臣たちが喝采を上げる。


「ダンジョンマスター万歳ばんざーい! ブラントーム家、万歳ばんざーい!」


 と、言う流れで婚約報告会&戦勝会が開催された。最近の忙しさや反乱の不安やらでフラストレーションがたまっていたのだろう。皆盛大にハメを外していた。俺は消費される食料と酒に青い顔。しかも、よってたかって飲ませてくるものだから。


 もう、どうにでもなーれと飲み干しまくった。美女二人を左右に侍らせて、まさしくこの世の春。それは間違いない。


「幸せにしてくださいね?」


 と、言ったのはどちらやら。しかしどちらであっても答えは一つ。


「もちろん! ……うぇっぷ」


 うわー! という悲鳴がやたらと遠くに聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おめでたい。この調子で残り物の方達も娶ってあげて欲しいね…エルフ侍さんとか…
[一言] ミヤマダンジョンと邂逅前のクロード殿に、今の幸福絶頂の未来を教えてあげても絶対信じないなwww
[一言] わおーーん!(お祝いの雄叫び)
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