ひと時の日常
こうして、群衆は地上に戻っていった。ダンジョン背信者の仲間らしい連中は捕縛したままだが、それ以外の捕虜は解放した。
これからの事だが、まずはアベル氏の上役と話し合う事になる。現在の旧王都をまとめている人物だ。細かい話は彼としていく事になるだろう。
それから、残りのダンジョン背信者の捕縛。これについては一朝一夕にはいかないだろう。捕まえた者を尋問し、情報収集。その後に動くことになる。これ、どうしようって悩んでいたらヨルマが手を上げてくれた。
「得意分野です。お任せください。この旧王都で活動していた経験もありますので」
「……よろしく頼む」
なんて頼れる男なのだろう。というわけで、彼とバラサールの部下。さらに幾人かのダークエルフ達で……
「あ、私もお手伝いしましょう。若干心得がありますので」
「若干どころか、専門じゃろ。わしらのパーティーの斥候だったんじゃから」
「そうは言うがな、友よ。我々はそれほど街での冒険はしなかったじゃないか。大自然と遺跡、迷宮が主だったと記憶しているぞ」
……追加で、エルダンさんも。なかなかの面子が揃ったので、目的を達するのも遠い事ではないだろう。
あとはまあ、サイゴウダンジョンの手伝いに入ってもらうハイロウ貴族の選定があるのだけど、これはヤルヴェンパー公爵家と連絡が取れるようになるまで保留だ。こればかりはレイラインが落ち着いてくれるまで待たなくてはいけない。
まあ、何はともあれ。ここは人様のダンジョンである。俺のできる事は限られているし、手を出していい事も同じだ。状況が落ち着いたら帰る。長居しても迷惑だし、自分のダンジョンも心配だ。だけどその前にもう一つ、片付けておくことがある。
「今回は、世話になったな。あと、泥をかぶってもらって、スマン」
サイゴウさんが頭を下げる相手は、ウルマス殿だ。この為に、サイゴウさんは自分の邸宅の応接室に俺たちを連れてきた。……うん、すげー豪華だよ邸宅。どこの大統領官邸だって感じ。ゴーレムサーバントも何十体いるんだって位働いているし。
当然、その応接室もすさまじい。絵画、彫刻、シャンデリア! ここは王宮だと言われても信じるレベルである。まあ俺、王宮なんて行った事ないけどね。
「事前に決めた通りの事をしただけです。どうぞお気になさらず。これから、我が家の寄子もこちらでお世話になる事ですし」
ウルマス殿は鷹揚に対応する。二人の会話からもわかる通り、先の交渉でのやり取りはあらかじめ打ち合わせの上で行われた事だった。サイゴウさんは、償いをすると決めた。しかし、相手側がそれを受けてくれる状況に持っていかなければ望みはかなわない。
どうしたものかと話し合って、ほかの者にも相談した結果手を上げてくれたのがウルマス殿だった。やらかしたのは帝国なのだから、恨みはそちらに向けられるべきだと。そしてその役目を自分がやると。
極めて心苦しかったが、ほかにふさわしい人物もおらず。彼にお願いすることになったのだ。なお、話し合い途中でガチの部分があった。具体的には、ウルマス殿の暴徒への怒りと、サイゴウさんのハイロウ嫌いの部分。正直ちょっと冷や汗かいたよね。
なので、ウルマス殿の言葉にダンジョンマスターは苦い顔をする。
「あー……もちろん、それはする。セルバの復興も手借りるわけだしな。だけど……」
「はい。最低限で結構でございます。ダンジョンマスターのお気持ちが第一。我らとしましても、ここで急いでダンジョンに入っては風聞が悪すぎますので」
「それは……あれですね? ダンジョンマスターが四苦八苦しているのを幸いに、足元見て自分たちの我を通したと見られると」
「正しくその通りですミヤマ様。我らの寄子がそんなことをした日には、方々からどんな嫌味が飛んでくるやら。それだけならまだしも、それを理由にくちばしを突っ込んでくる輩も出てくるでしょう。そんなものを相手にしていたら、どれだけ手があっても足りません。ですので、どうぞお気持ちのままに」
「すまん」
サイゴウさんが再度頭を下げる。旧王都の住人たちが怒りを中々納められなかったように。彼もまた、十年間ハイロウに好き勝手された事で相当参っているらしい。
……他人事ではないだろう。俺も何かしらの大きな失敗をすれば、彼と同じような状態になる可能性はある。そんな時に、どうやってそこから抜け出せばいいか。ハイロウ達に大きな負債があって、それを理由に身動きが取れなくなったら。……真っ先にオリジン先輩が思い浮かぶのは、安易すぎるだろうか。あの人も決して俺たちに甘いわけではないからなあ。
「セルバ国の件に関しては、帝国の罪は間違いなく大きい。彼らが我々ハイロウを魔族と呼ぶのも、理解できます。……何せ、本当に私たちは他国にほとんど関心が持てない。それ以上に心がダンジョンを求めている」
深々とため息をつく彼の瞳には、諦念が宿っていた。
「彼らには理解できないでしょう。ダンジョンにいないという事が、我々の心をどれほど苛むのか。どれほど力を手に入れても、財産や地位を手に入れても。常に焦燥が心にあるのです。……もちろん、それが言い訳にならないのは分かっております。踏みにじったのはこちら。蹂躙されたのはあちら。刃を向けられるのは当然の事。……もっとも、それを素直に受けるかはまた別の話ですが」
歌うように、お道化るように。そして、嘆くように。ウルマス殿は語って見せる。俺たちはハイロウではない。なので、本当の意味で彼らを理解することは無理だろう。まあ、そもそも他人を理解すること自体が極めて難しい事なのだが。
ともあれ、そんなハイロウ達の国であるアルクス帝国の力に俺たちは頼っている。人材、経済、技術力。グランドコアの超技術の支えの上に建てられた、三千年の大国。その恩恵がなかったら、今日このように過ごしてはいられなかっただろう。俺たちも、その罪の中にある。
サイゴウさんが、重い息を吐いた。
「……まあ、なんだ。そういう連中だと割り切って付き合っていくしかないわけだ」
「ご理解いただき幸いです」
「どうだかな。……俺も人の事言えないしなぁ。まあ、ボチボチやってくわ。なあ、ミヤマ」
「そーですね。ダンジョンの為にも。……最終的には自分たちの周りに、帝国の対大襲撃対策を浸透させたいですね。それができるぐらいの余裕を持たせたい」
「ああ……やべぇらしいもんな、あれ」
サイゴウさんも頷いてくれる。国が滅ぶほどの攻勢がかけられる大襲撃。ダリオをはじめとして、周辺領主の村々がこれに耐えられるとはとても思えない。せっかく復興を始めるバルコ国も、対策が取れなければ酷いことになるだろう。そしてそれは、これからのセルバ国も同じ。
台無しになどされてたまるか。そう思うのだから、そのためすることは決まっている。長い仕事になるだろう。しかし、求める成果の為ならば苦労を惜しむ気はない。
「それで、だ。謝礼の話に入ろう。……ぶっちゃけるんだけどよ、幾ら渡すのが相場なんだ?」
「うわーい、本気でぶっちゃけましたね。渡される側に聞きますそれ?」
「だってよ、俺よそ様に手借りたの初めてだもんよ。……あ、貴族共は抜いてな?」
「ええ、はい。でもそれ言ったら、おれだって……いや?」
……よくよく思い返せば、俺はかなりいろんな帝国貴族の手を借りている。ソウマ様や、間接的ではあるが大海竜ヤルヴェンパー様の御力も。経験は豊富であるといっていいだろう。だが、金銭で礼をしたかといえば……。
「……ハイロウも、ダンジョンマスターも。わりと金に困ってないんですよね。だもんで、礼はもっぱらそっちよりもダンジョン系の権利でやり取りしてましたねぇ」
「それ、俺らに適応するか?」
「あー……それこそ、今回見たく手が足りない時に援軍送ってもらうって感じの貸し借りぐらいがちょうど良いのでは?」
「えー? 本気か? もっと欲張るべきじゃねーの? うち、色々あるぞ? マジックアイテムとか、ダンジョンコインとか、金銀財宝とか」
「んんん。欲しくないといえば嘘になりますけど、それよりギリギリの時に頼れる戦力が欲しい。……俺、なにかっていうと難敵に遭遇する事多いんで」
「マジか」
「マジです。具体的にはですね……」
俺が指折り今までのイベントを数えていく。サイゴウさんの表情がみるみる変化する。かわいそうなものを見る目を向けられる。
「お前さあ、呪われてるんじゃねーの? ほれ、ここファンタジー世界だしよ。神様も悪魔もいるっぽいしよ」
「止めてくださいよガチっぽく聞こえるじゃないですか……でも今度お祓いしてもらいます」
「そーしとけ。しかし、そうか。本当に礼はそれでいいんだな?」
「はい。是非にお願いします。あのヒュドラの戦闘力とか超期待します」
「まあな。うちのエースだからな。えぐいぞー? 毒からの六連噛みつき。さらに巨体による蹂躙ってやつはよぉ」
「うひょー!」
などという感じで話は進んだ。なお、ウルマス殿への謝礼はとりあえず居住区の屋敷一つという事になった。残念ながら現在サイゴウさんは『ダンジョン一時退避許可証』すら発行できぬ身である。監査から認められたら、改めてそれも出すとの事。
ウルマス殿は、この屋敷をヤルヴェンパー公爵家にさらに貸すらしい。もちろん、サイゴウさんの許可の上でだ。この屋敷を拠点に、旧王都での仕事を進めていくつもりらしい。
「……そういえば、いいかげん旧王都ってのどうなんですかね」
「あー。そーだな。国も復興するし、新しく名前決めてもらうのもいいなぁ」
そんなとりとめのないやり取りの後。俺たちは自分のダンジョンへと戻った。騒動、ひと段落。しかしながら天変地異いまだ止まず。早く終わってくれないかしら。……さしものオリジン先輩も、自然の驚異は抗えないか。
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飛び込みの仕事が終われば、日常業務が待っている。サラリーマンもダンジョンマスターもこれは変わらない。働いている以上、逃れられないのだ。
そもそも、うちのダンジョンはこの間の私戦から積み重なった仕事がたっぷりと残っている。それを片付けていかなくてはいけない。やれば、終わる。そう信じて手を動かすしかないのだ。
何はともあれ、まずはバルコ国へ避難民の送り返しをやっていかなくてはいけない。レケンスのおかげでプラータ川の流れはいつも通りの穏やかさになっているらしい。なので移送用の船は順調に移動できているという報告だ。
そうであるならば、動かないわけにはいかない。サイゴウダンジョンの騒動の翌朝、早速第一弾がダンジョンから出発することになった。いやあもう、送り出しから何から突貫になってしまった。だけど食料の消費量を考えると遅延は許されなかった。本当はお別れ会とかやってあげたかったんだけどねえ。
せめてもの心遣いということで、俺も外に出て見送ったわけなんだけど。
「ミヤマ様! ありがとうございました!」
「このご恩は一生忘れません! 末代まで語り継いでいきます!」
「一日でも早く、嫁や子らをこっちに迎えられるよう頑張ります!」
と、感謝の言葉を散々浴びることになった。……皆、立派な体格の男たちである。彼らは選抜された労働者である。港町復興のために、労働力を送ることになったのだ。そんな彼らが目を潤ませてこのように言ってくるのだ。うん、いや。俺も目頭が熱くなるところではある。あるのだが……むさくるしい、と思ってしまうのは許されると思うのだ。
なお、この一団には三十名ほどの兵が随伴する。さらに補助やら何やらが二十名。労働者たちは百名ほど。約百五十名が、ダンジョンを去ることになった。
……まだまだ、ダンジョンの負担は多い。明日でダリオ以外の領主さん達も帰還されるとの事なので、その分は楽になるのだが。……いや、彼らは俺が呼んだのだから負担とか言ってはいけない。もちろん口に出してもいない。……余裕がなくなっているなあ。反省。
で。なんでダリオが残るかというと、ウルマス殿に相談事があるのだとか。まあ、ダリオの町はこれから河川運搬でいろいろ忙しくなるから、その辺の事なんだろうと思っている。
さてさて。送り出しただけでは仕事は終わらない。今日は今日でやる事が有る。船の移動に備えて第二陣の準備。並行して、日常生活もある。森への食料調達。薪の入手。洗濯。ゴミの処理。人が生きるにはものがいる。どれだけ物が動いたか把握しなければ先の予定が立たない。記録するから書類が溜まる。さあ、今日もデスクワークが待っている。
……そうやってここ数日でたまった書類を片付けていたら、あっという間に夕方となった。久方ぶりに会社時代に戻ったように思えた。売り場とバックヤードと事務所をせわしなく移動しているうちに一日が終わったあの頃のように。
「……終わるか」
「お疲れ様でした」
労ってくれるルージュに手で挨拶して、執務室を出る。夕食までどうするか。机仕事で凝り固まった背筋を伸ばしながら歩いていると、一人の女性と出くわした。
「ナツオ様、今日のお仕事はもう?」
「ロザリー殿。ええ、今日は上がりにしました」
現れたのは、羽根を持つ可憐なる乙女。ブラントーム伯爵だった。
「お疲れ様でございました。これからのご予定を伺っても?」
「もちろん。と、いっても特に何もないんですが」
「それでは……少々、街歩きに付き合っていただけませんか?」
そういう事になった。家の者に、その旨を伝えて外へ出た。伯爵様と二人っきりというのは、その立場からすれば普通は不味い。が、ここは我がダンジョン。敵はいない。不審者もいない。万が一何かあれば、レケンスが即座に対応してくれる。伝説級は伊達ではない。
プルクラ・リムネーの路地は、魔法の明かりに照らされている。これらは、うちの者の手によって設置されていて、とある意図がある。もちろん照明としてのそれもあるけれど、それ以上に『ここは歩いて大丈夫』という事を視覚的に示しているのだ。
罠だらけだったこの廃都を、ブラントームの調査隊が地道に調べて行ってくれた。最初は彼ら独自の符号だったのだが、避難民たちに伝える際これがとても分かりやすかったのでそのまま採用となった。暗い所は危ないからいくな、というのは子供ですらわかる事だった。
……サイゴウさんの街を思い出す。あそこには魔法の太陽が輝いていた。地上のそれと連動して昼と夜を演出してくれるらしい。地下住まいでも、陽光を浴びているのと同じになるとか。
実にうらやましい。でも、あれコイン五十枚も必要なんだよなあ。五十枚……戦力増強、ダンジョン拡張、それ以前に今回の借金……あああ。
「どうかなさいまして?」
顔に出ていたらしい。ロザリー殿を心配させてしまった。
「いえ、大したことでは……」
「まあ。そのように懊悩されて大したことでないというのは無理がありますわ」
「あー……はい。いえその。もっとダンジョンを良くしたいけど、心配事が多すぎて」
「なるほど。ですが、問題は解決に向かっています。帝都にオリジン様もお戻りになりましたし、反乱も長くは続きませんわ」
「……そうですね。自然災害さえ収まれば、そうなりますよね」
先輩が負けるなどという事はあり得ない。短い付き合いではあるが、断言できる。あの人は、何というかジャンルが違う。俺たちはファンタジー世界。先輩はSF世界である。火力も物量も桁違い。肩を並べるのもおこがましいのである。……その割には、部下のコボルトに容赦なく扱われてたりするが。
ともあれそんな先輩が本拠地に戻った以上、何が起きても問題ないだろう。それこそ、大襲撃が起きても何とかしてしまうに違いない。実際、帝国を三千年存続させているのだし。
「災害が収まれば、バルコの民たちもどんどんダンジョンから去るでしょう。食料についても、転送室が使えるようになれば我が領地からいくらでも運び込めます。つまるところ、時間が解決してくれるのです。お悩みになる必要などありませんわ」
花が咲くような笑顔で、断言してくれた。その姿と言葉に、心が軽くなるのを感じた。大領主の言葉というのもあるが。
「そう……ですね。ええ。もうちょっと頑張ればいいだけと」
「はい! 出口は見えているので、後は歩くだけです」
力強い言葉に足取りも軽くなる。そこでふと気づいた。
「そういえば……あそこまでは行けるようになったんだよな」
「あそこ?」
「ええ、見えますか? ほら、この通りの先にある。この街で一番大きな館ですよ」
俺が指さす先。大通りの一番向こうにそびえたつ、エルフ建築の粋を集めたような豪奢な館。王または領主の館ではないかと目されているが、民の住居確保のために調査は後回しにされていた。
「大通りの調査は終わったと聞いていたんですが、忙しくて今まで足を運んだことが無かったんですよ。……行ってみますか?」
「ええ、お供させていただきますわ」