セルバ国はいかにして滅んだのか
大急ぎで、街にもどった。かつての衛兵詰め所の近くに設置した転送室は、確かに呼び出しのベルを鳴らし続けている。俺は、ロザリー殿と頷き合ってから受信作業を行った。
「……! やっと繋がった! おせーよ! もっと早く出ろよ!」
「お待たせして申し訳ない。どうしたんですかサイゴウさん」
映像が現れる。眼鏡をかけたひょろりとした青年が、顔を真っ赤にして吠えていた。サイゴウヒデト。サイゴウダンジョンのマスターだ。
「どーもこーもねーよ! 何が起きたか聞きてーのは俺だよ! なんかめっちゃ体調悪くなるしさぁ! そうかと思ったら街の連中が攻め込んでくるしさぁ!」
「攻め込んで!? 旧王都でも反乱が起きたんですか」
「反乱?」
「実は、いま帝国は各地で反乱がおきておりまして。俺たちの体調不良もそれに関連してます」
「マジかよ! なにやってんだよあのババァ! 普段偉そうなんだからしっかりしろよ!」
「本当それ」
隣でロザリー殿が声を出さずにナツオ様! と非難するが、気にしない。
「だよな!」
「あ、でもすでに帝都にお戻りなので、しばらくすれば治まるかと」
「待てねーよ! なんかドンドコ入ってくるんだぞあいつら! おかしーよ!」
「迎撃は? モンスターとトラップ。あと迷路」
「ハイロウいなくなったから動かせるのはモンスターだけ! でもあいつら手加減苦手だから下手すると殺っちまう! だもんで、今はトラップだけなんだけど……何であいつら迷路で迷わねーんだよ!」
……順路を知っているな、それ。内部を知っている者の犯行。そして、サイゴウダンジョンは帝国貴族が全排除されている。これはつまり。
「前に、そちらのダンジョンに住んでいた者が手引きしていますねそれ」
「あ、い、つ、ら~~~! ざっけんな!」
エキサイトするサイゴウさん。……さて、状況はかなり急を要する。このままいけば、惨劇は免れないだろう。ダンジョンが落ちることは無いと思うが、死人は出る。そしてその先にあるのは更なる怨嗟。それは俺にとっても都合が悪い。
「ロザリー殿、もうしわけない。うちの者に戦力を集めるよう言伝を頼んでよいでしょうか?」
「はい、直ちに! では、失礼いたします」
スカートの端をつまんで一礼し、彼女は転送室から立ち去った。
「……いまのおねーちゃん、どちらさん? 猫と鳥の獣人のハーフ?」
「ブラントーム伯爵。スフィンクスですよ。……サイゴウさん、とりあえず戦力を集めます。通信が通じたんだから、転送もできるでしょう。それまで何とか粘ってください」
「おお……助かる……」
深々と、ため息をつく。よほど精神的に追い詰められていたのだろう。……それでは、話を詰めていこう。いきなり本題は避けて、さっきの話の近い所から。
「それで、サイゴウさん。自分の所も、非殺傷装備で行くつもりですがよろしいですね?」
「モチだ。……つうか、そんな便利なモンよく持ってたな」
「先日の私戦で使ったゴム装備ですよ。あれなら悪くてもケガで済みますから」
「あー! あったなそれ! ナイスタイミング!」
俺もそう思う。無かったらかなりの苦戦を強いられていただろう。レケンスがいればよかったのだが、流石によそ様のダンジョンでは無理がある。彼女とホーリー・トレントはこのダンジョンが縄張りだからな。
とはいえ、どれほどの数を連れて行けるか。精霊とゴーレムは無理。スライムも無理。残るはコボルトとガーディアン。……反乱軍がどれほどいるかわからないが、明らかに不足している。
ダークエルフとバラサール一党にも頼むか。領主達は……どうかな。彼らがどう動くかちょと分からん。頼むだけ頼んでみるか。彼らが戦ってくれればかなり助かるんだが。
あとはお客様。お貴族様はどうだろう。しがらみあるだろうから、これも聞いてみないとわからんかな。
ともあれ、それなりの数は確保できるだろう。ヤルヴェンパーの冷水呪文があれば、多数を無力化できる事は先日によくわかっている。何とかなる。
さて、それでは本題を切り出そう。
「サイゴウさん。今のうちに話を詰めておきたいことがあります」
「おう、何よ?」
「侵入者たちと、どう話を付けるか。止めることはほぼ確実にできます。扇動しているであろう連中を殴り倒せばいい。問題はその後です」
「……突っ込んできている連中殴って終わり、じゃねえのかよ」
などと、本人も言葉とは裏腹に簡単に済まないことを察している様子。
「終わりません。扇動も、ただのきっかけに過ぎません。その根本は旧セルバ国の併呑、およびその後の治世への不満です」
「そりゃあ!」
「ええ。サイゴウさんがやったわけでは無い。ですが、きっかけは間違いなくサイゴウダンジョンによるものです。……殴って鎮圧しても、不満は残ります。ご存じの通り、ハイロウ達は自分たちの為にダンジョンを育てます。貴族やら豪商やらが今後サイゴウさんの所に戻ってきても、旧王都周辺の為には働きません。遺恨は残り続ける」
「……」
苦虫をかみ潰したようとはこの事か。渋い顔で俯いている。だけど、避けて通れる話ではない。むしろ今こそ前を向くときなのだ。
「今回の事は、チャンスとも言えます。相手側と話し合う機会を得られる。……だからこそ、お伺いしたい。十年前に、一体何があったのかを」
「……お前には、関係ないだろう」
苛立った、弱々しい声。しかし俺は首を横に振る。
「いいえ、これからはそうも言っていられません。私のいる地域の治安向上のためには、そちらの問題を残したままにできないので。……それに、サイゴウさんもこのままでいいとは思ってないんでしょう?」
「……何でそう思うよ」
「そちらのダンジョンにいるモンスター、すべて出せば問題なく侵入者を排除できるのでしょう? ですがそうしなかった。相手側の事を考える心がなければ、追いつめられることもなかったのでは?」
サイゴウさんは、バツが悪そうに黙った。俺も、急かしはしない。時間はないが、追いつめては言葉も出てこなくなる。
しばらく、といっても一分も経っていないだろう。かれはぽつりぽつりと、話し始めた。
「……ゴブリンを使ったのが、そもそもの間違いだったんだよ」
十年前、ダンジョンマスターにされてしまったサイゴウさんは困窮していた。コイン五十枚では最低限の生活環境もろくに整えられない。迎撃用のモンスターだって必要だ。そして、初手から借金をする度胸もなかった。
「だって、アレ怪しいだろ!? あんなの誰が手ぇ出すよ!?」
「わかります」
「だよなぁ!?」
少しでも節約し、戦力を整えるためにゴブリンを配備した。その時は悪くない考えだと思ったのだという。ゴブリンは食料と戦闘があればじわじわと強くなっていくそうだ。ホブゴブリン化すれば戦力が一気に増強される。ほかのバリエーションに変化してくれてもいい。何より、一コインで三十体だ。
「リーズナブルだって思ったんだよ。ゲームだったら、こういうのって初手から育てるものだろ?」
「そうですねぇ」
「……でも、これは現実。それを俺は分かっちゃいなかった。異世界でダンジョンマスターにされて、現実感がどっかに行ってた。現実逃避していたのかもしれない。だから、しくじった」
ゴブリン三十体分の食料というのは、中々に負担になる。最低限の食料は与えていたが、相手はゴブリン。すぐに不平不満で騒ぎだした。監督役のモンスターも雇ったが、制御はなかなか難しく。だから、食費を浮かすためもあって外に出すようになった。
セルバの旧王都周辺には、いくつかの農村があった。サイゴウダンジョンのすぐ近くにも。外に出されたゴブリンが、どこから食料を調達するのか。その農村の存在を知らなかったサイゴウさんには、思いつかない事だった。
「野菜とか取ってきた時に気づくべきだったんだ。ある日、武装した人間。いわゆる冒険者の集団がやってきてな。ゴブリンばっさばっさぶっ殺されるの。何とか追い返したけど、その時点でどうしようもなくなってな。……借金した後は、坂を転がり落ちるようだったよ」
貸主のハイロウがダンジョンに来るようになり。襲撃者の撃退に協力。このままではダンジョンが潰されてしまう。どうか私にお任せを。その言葉に首を縦に振った。サイゴウさんにはどうしようもない事だったから。
てっきり、話し合いをしてくれると思ったのだそうだ。俺だって、そう思うだろう。
「……ある程度たって、唐突に国を滅ぼしたって聞かされたよ。もう、頭を抱えるしかなかった。何だよそれ、おかしいよお前ら。そう口に出すのも怖かった」
その後は、もう流されるままだったという。ハイロウ達の支えがあれば、モンスターの迎撃は楽な物だった。稼いだコインはダンジョンの拡張に費やされ広大な迷路とトラップゾーン、そして居住区画が整備されていった。
丁寧だが有無を言わさぬ勢いで促され、それにあらがう気力もなかった。あれよあれよという間に十年が過ぎ、ダンジョンの事に煩わされる時間はほとんどなくなった。
と、思っていたら。
「唐突に真っ白なコボルトがやってきて、何もかんも掃除していったよ。何だよ、違法カジノとか奴隷市場って。知らねーよそんなの。いつの間に作ったんだよ。ボコられるし、散々だったぜ」
そして、深々とため息をついた。……なんとも、言葉が出ない。一歩間違えていれば、俺も彼と同じ立場にあっただろう。仮に、彼と同じ状態だったとして。俺がこの惨劇を回避できただろうか? たとえ初手ゴブリンを回避しても、近距離にあったという農村とのトラブルは確実に起きただろう。
初期ダンジョンが、それを無事にしのぎ切るのは難しいものがある。そもそも、相手側に聞く耳があるかどうかも不明だ。交渉というものは、相手側と同じだけの立場や腕力があって初めて成立する。この異郷の地に慣れつつ、それを用意するというのは本当に難易度が高い。
彼を責めるのは、かなり酷な事だ。しかし、原因の一端を担ってしまっている。首謀者がいなくなった。しかしサイゴウさんはこの地を離れることができない。そうである以上、やはりこの問題とは向きあわなければならない。
「……お辛い事を話していただき、ありがとうございました」
「辛い、で済まない目に合った連中が山ほどいる。……俺が言っちゃだめだろ」
「それでも、サイゴウさんが辛いのは間違いない事ですから。……さて、それでは地元の人たちとどう向き合うか。それについて、話していきましょう」
サイゴウさんが、しょげた顔をこちらに向けてくる。
「いや……無理だろ。国が滅んで、偉いやつが軒並みぶっ殺されている。取り返しがつかねぇ。それで話って」
「それでも、話し合わなければならないんです。そうしなければ、もっとひどい事が起きる。俺たちがやらなくても、帝国がやる」
画面の向こうの表情が、盛大にしがめられる。十年前を思い出しているんだろう。
「帝国は反乱を治めるために動き出しています。彼らが反乱を起こしている相手に対して、穏便な手を使うとはとても思えない。一方的な蹂躙、虐殺が行われてもおかしくない」
皇帝陛下も、出会った貴族たちもまともに見えた。十分話せる相手だ。だがもう一方で、ダンジョンに係らないことに関しては何処までも薄情だ。それが帝国で、ハイロウだ。
「今しかないんですよサイゴウさん。ケジメを付ける機会は」
彼は、頭を抱えた。その表情は歪み切っている。悲痛なうめき声を漏らす。
「……なんで、こんな事になっちまったんだ」
三分の一が運。三分の一が本人の行動。最後の三分の一は、彼を選んだグランドコアのせい。そういう事もできたが、黙る。悲しいかな、言った所で何にもならないのだ。
しばらくして、彼は全身の力を抜くような溜息をついた。しかし、
「何をすれば、いいと思う?」
その目は、決意の輝きが宿っていた。
/*/
転送室から外に出た。そこには、予想以上の人数が集まっていた。
「とりあえず、主要なものたちを呼び集めましたわ!」
「ありがとうございます、ロザリー殿」
大きく羽根を動かす彼女に礼をいう。ずらりと居並ぶのはエラノール達ガーディアンとイルマ、ダークエルフのペレンと神官さん、バラサールとバルバラ、クロード殿とウルマス殿、エルダンさんとジジーのおっさん、そしてダリオとジルド殿だった。
「ミヤマ様、北のダンジョンより救援要請が届いたと伺いましたが」
エラノールの質問に頷く。
「ああ。反乱が旧王都にも起きている。これを鎮圧して、周辺地域の治安をより良いものとする。十年前の禍根に決着の道を付ける」
「マジかよ……本気か大将。旧王都の連中の恨みは、ハンパ無いぞ」
ダリオが呻く。当事者の言葉は重い。
「分かっている。でも、ここで最低でも鎮圧させないと帝国軍が容赦なく蹴散らす。後には更なる禍根が生まれる。とてもじゃないが、飲めたもんじゃない」
「はい。帝国軍が動けばそうなるでしょう。反逆者に容赦などするはずがありませんので」
元守護騎士団のウルマス殿が、惨劇の未来を保障してくれる。それを回避するためには動くしかないとはっきりした。
「と、言うわけで援軍を送る。武装は、私戦で使ったゴム装備。もちろん、自分たちの命が最優先。ケガ人が出ても治療できれば良しとする。……レケンス、周辺のレイラインの状態は?」
名前を呼べば現れる水の乙女。
『未だ乱れはあります。が、短時間であれば治めて見せましょう』
「助かる。これで転送は可能となった。それで送る戦力だけど……まず、ウチから私戦参加メンバー」
「お任せください。暴徒など物の数ではありません!」
人狼モードのダニエルが胸を張る。私戦じゃあルールのせいで存分に戦えなかったものな。今回は大暴れしてくれそうだ。ゴム武器ならひどいケガもさせないだろうし。
「で、残りは自主参加なんだけど……行ってくれる人、いる?」
俺の言葉に、数多くの手が上がった。
「滅んだとは言え、自分の国の話だ。俺は行くぜ。他の連中にも声をかける。全員動くはずだ」
ダリオが力強く宣言。
「ブラントーム一同、当然参加ですぞ。サイゴウダンジョンマスターの人となりをこの目で見るいい機会ですからな」
「今回は私も参加です! 私戦に出られなかった分、頑張ります!」
ブラントーム勢が気炎を上げる。私戦じゃあ望んだ活躍ができなかったと、少々悔やみ気味だった。そのうっぷんをここで晴らそうとするが如く、だ。
「ペレン。我らも行くぞ。ただし、主力としては働かん」
「……諜報か。まあ、我らはそれが相応しいか。よろしいか、ダンジョンマスター」
「ああ。内部への進入をほう助している連中がいる。それらの対処を任せたい」
事、企みに関してはやはりダークエルフは頼もしい。……反乱を煽っている連中を何とかするのも、話し合いのテーブルを作るには必要な事。
「じゃあ、その分は俺らが気合いれるか」
「道具、一杯もっていかないとねえ。むしろ手加減が大変かも」
帝都の武侠たちもやる気のようだ。こちらも、ルールに足を引っ張られた手合い。気合の入りようがやはり違う。
「お兄様はどうされるのですか?」
「当然向かうさ。家としても、旧王都には手を伸ばすつもりだしね。軍に更地にされては色々面倒だ。イルマはどうするんだい?」
「行くに決まってるじゃないですか。旦那様をお支えするは帝国乙女の誉れですよ」
「!?」
……ウルマス殿とイルマもやる気、なのはいいんだが。うん、ロザリー殿が首をすごい勢いで巡らせた。さー、後で大変だぞー。
「ミヤマ殿。どうか我らバルコもお使いください。相手は数が多いと思われます。兵は多い方がよいかと」
「いいんですか?」
「いいもなにも。これほど近くでの内乱ともなれば、バルコも無関係ではいられません。ミヤマ殿だけでなく、帝国にも多くの恩を受けました。ここで返さねば恥知らずというものです」
「ありがとうございます、ジルド殿」
不屈のバルコ兵、参戦決定。……あのバルコ兵たちを敵に回す暴徒たちには哀れみさえ覚える。
集まってくれた皆が参加してくれるなら、相当な戦力となる。サイゴウダンジョンの戦力も合わされば、相手の意気を挫くには十分だろう。
……心残りがあるとすれば。
「俺も、行ければなあ」
このダンジョンから離れられない俺は、参加できない。交渉の場には通信で参加することになるだろう。それで、何とかなればいいんだが。
「はい?」
が、イルマがここで首をかしげて見せた。そして、
「ナツオ様、サイゴウダンジョンに向かいたいのですか?」
「そりゃあ、行ければ。でも……」
「行けますよ?」
「……なんと?」
「ダンジョンマスターは、ほかのダンジョンにならば移動できます。他ならぬオリジン様がこちらにいらっしゃっていたじゃありませんか」
「……あれ、オリジン先輩の特別スキルじゃなかったんだ」
……まじかー。そうかー。一生、このダンジョンの中にいるんだって思ってた。うわー、まじかー。脳の中で、目ぇかっ開いた猫が宇宙をバックに茫然としている。あまりに衝撃的で思考が停止する。
……いや、茫然としている場合じゃない。
「よーし! そうであるならば、俺もいく! それじゃあ各自準備開始! 装備整え!」
「「「はい!!!」」」
それぞれが、仲間の元へ駆けていく。俺も装備を準備しなきゃな、と思っていたら残った二人に声をかけられた。
「お主、中々に欲深いのう」
にんまりと笑うジジーのおっさん。その言葉に責める色はない。誉めているようにすら聞こえた。
「欲深いぐらいでやっていかないと、ダンジョンを強くしていくのは難しいからね」
「うむうむ。あとはそれに溺れんようにせんといかんぞ。まー、頑張ってくるとええ」
「何を言うジジー。我らも参加するぞ。けが人が出るだろうから、神官の出番だ」
「ええー? 金にならんような仕事はのぅ」
ぐずる高僧に、古くからの友人が一言。
「乙女を助けて感謝を稼げ」
「それじゃ!」
わー。俗極まりなーい。……まあ、半分冗談めいたやり取りだ。高位神官が来てくれるなら、いざという時も安心だ。
「お二人とも、よろしくお願いします」
「お任せを」
「しゃーないのー。酒代ぐらいは働くか」
さて、それでは改めて準備に入ろう。サイゴウダンジョンで無法を働く暴徒の数はどれほどのものか。そして、それを操る連中の数も、気になるところだ。




