反乱だ!
第五章の開始です。よろしくおねがいします。
修理の跡がはっきりとわかる、古びた鎧を着た男が叫ぶ。
「立て! 集え! 今こそ復讐の時!」
滅んだ国の旗を掲げたものが叫ぶ。
「失ったものを思い出せ! 奪われたものを取り返せ!」
武器やあり合わせの農具を掲げるすべての者が叫ぶ。
「帝国を追い出せ! 魔族を滅ぼせ! 我らの国を、取り返せ!」
突如起きた天変地異に、多くの国家が混乱するその日。東西を問わぬアルクス帝国辺境の各地で、一斉に反乱がおきた。ここ百年以内で併呑されたそれらの地域は、多くの不満をため込んでいた。
地位、財産、名声。先祖代々受け継いできた権益を奪われた王族貴族。交易路を荒らされた商人。治安の悪化により、盗賊が増加し被害を受ける農民。帝国の侵略によって不幸になった人々。
彼らが蜂起するのは、当然の事だった。だが、彼らの知らない事は多い。何故、彼らの地域はいまだ復興されないのか。治安が悪いままなのはどうしてか。そもそも、国家が滅ぼされた理由は『ダンジョンがあったから』だけだったのか。
さらには。自分たちの蜂起を手伝ってくれる者達の真意を知らない。ダンジョン制圧のための計画を細やかに立ててくれる理由も知らない。本当に自分たちを苦しめていたのが、この支援者であるという事に気づけない。
帝国に隣接した国家を滅ぼし。その地にあったダンジョンを、商業派閥を通じて自分たちの都合の良い帝国貴族にあっせん。間接的に支配する(直接支配しないのはダンジョン監査部に知られる危険を避けるため)。それを操って、滅んだ国家を荒れたままにする。
不満を持った人々を支援し蜂起の準備をさせ、来るべき時が来たら反乱を起こさせる。此方を信じ切っているバカな貴族の背を刺して、本命であるダンジョンを制圧する。
ダンジョン背信者たちが百年以上の長きにわたって秘密裏に進めてきた計画が、この日ついに実行に移された。
アルクス帝国、帝都の地下。多くの者に秘密にされたその場所で、背信者たちは計画を指揮していた。レイラインに依存した長距離通信ができない現在、本来ならばそれはできない事だった。
だが、背信者たちは異世界の知識から人工衛星の開発と打ち上げに成功していた。これによる衛星電話を使用した独自の通信網。彼らの暗躍を助け、今もなお武器として運用されていた。
「旧タラス国。ダンジョン侵入、成功。バックドアに問題なし」
同志の一人が報告する。背信者たちは、ダンジョン設備を一手に担うデンジャラス&デラックス工務店を半ば乗っ取っていた。内部の商業派閥は、ほぼ彼らの同志である。幹部であるモーガン・クローズ子爵などは、背信者たちの首領なのだ。
故に、ダンジョンにバックドアを仕掛けることができた。さらには。
「ダンジョン内部の同志と接触できました。これより最終フェーズ、マスターの交代作業に入ります」
ダンジョンマスターの血さえ引いていれば、交代が可能。不満を抱えた者をあらかじめ取り込んでおけば、ダンジョンの乗っ取りができてしまう。このような工作も、長年にわたって進めてきた。辺境各地で、である。
計画の初期段階、ダンジョンマスターの暗殺ができたのもこれによるものだった。商業派閥の手によってダンジョンをあっせんさせた貴族。その中に自分たちの手の者を潜ませるのはそれほど難しい事ではなかった。内応も、暗殺も思うがまま。そしてその成果が今現れていた。
テーブルの上に広げられた帝国の地図。そこに、攻略完了を示す赤いピンが刺さる。報告が上がるたびに、新しいピンが刺さる。少しづつ、確実に増えていく。
首領であるモーガンは、それを厳しいまなざしで見守る。その後ろから、年若い同志が報告する。
「首領。例の祭器が到着致しました。ですが……あれを、お使いになるのですか?」
普段は傲岸不遜な態度を崩さない若者が、声に不安をにじませる。
「そのつもりはない。だが、相手は帝国。オリジンを辺境に封じられるという幸運に恵まれたとはいえ、油断は出来ん。切り札は必要だ」
「……了解しました。」
二人が視線を向ける先、太い鎖で厳重に封じられた宝箱が運ばれていく。その最中にも、新しい赤いピンが刺さる。
ダンジョン背信者たちの計画は、順調に進行していく。首領モーガン・クローズ子爵と、もう一人の思惑通りに。
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人狼に戻ったダニエルの背におぶわれて、俺は地下十一階に戻ってきた。体の不調は、戻っていない。船酔いにでもなったかのように、足元がおぼつかないのだ。
この症状はハイロウ達やモンスター達にも出ている。つまりダニエルも苦しいはずなのだが、自分が一番体力があるからとこの役を買って出てくれた。
エレベーターを降りると、待っていたのは先にアウトになった競技参加者たちだった。
「大将、大丈夫か!?」
「なんか、ふらふらするんだよ……ほかに、調子の悪いのはいるかな」
駆け寄ってきたダリオに答える。
「人狼の大将がさっきへたり込んでよ。その後ブラントームの連中が揃って目回した感じになってるぜ。……大将、こりゃあなんかあるぜ」
「だよね。俺、ハイロウ、モンスター……この共通点は」
「おそらく、地脈だ」
救護班として待機していた、ダークエルフの神官さん。俺らの会話に、眉根に皺を寄せつつ参加である。
「昔から、ハイロウが何故強いのか疑問であった。確証はないが、今回の不調を見ると仮説が浮かぶ。ハイロウは地脈から力を得ていたのではないか、と。何より、先ほどこの身ですらはっきりわかるほどに地脈が乱れたからな」
「……ダンジョンもその辺のパワーを使ってるって聞くし、モンスターもコアと契約で繋がってるからな。理由はそれか」
今も、波のように力がうねっているのを感じる。こんなのはこの世界に来て初めてだ。何かとんでもない災害が起きたのだろうか。
「ガーディアン殿よ。あんたもきついだろうから、変わろうか?」
「……無用の心配だ。ブラントームの男はこれしきでへこたれない」
「よくぞ言ったぞダニエル。その調子だ」
重い足取りで、人狼化したクロード殿もやってきた。やはり、体調がよくなさそうだ。
「クロード殿、無理をなさらず」
「なんの、船酔いになったようなものです。これしき気合で……」
ぐらっと、上体が崩れる。が、その大きな口を食いしばって立て直す。
「……気合で! 何とでもしますとも!」
「大将、こりゃみんな休ませないとまずいぜ」
「俺もそう思う。バルコのみんなも限界だしね」
バルコ側は、地脈云々ではなく普通に限界だった。気力体力のすべてを出し尽くして競技に当たったのだから当然だ。最終戦に参加した兵士たちは冷水に冷風で、体調を崩す寸前だ。ジルド殿に至っては気を失っている。
「とにかく、街にもどろう。先輩ならこの状況についても知ってるだろうしね」
「申し訳ないのですが、急ぎ帝都に帰らねばなりません。ので、詳しい話はまた今度ですね」
うおう、と声を上げそうになった。街からの道を歩いてきたのは、アルクス帝国の始祖オリジン様。その後ろにクラトス・ニキアス・アルクス皇帝陛下。さらにロザリー殿やウルマス殿など帝国貴族様がぞろぞろと。白毛のコボルトさんや鎧騎士もいるが。
大名行列のようであるが、身分を考えると圧倒的に少ない。いくら先輩が世界最強と言えど限度がないだろうか。少なくともこの十倍は必要だと思うのだがなあ。
……所で、鎧騎士の人が簀巻きになった人物を担いでいるんだがあれは何だろうか。
「やっぱり、何かあったんですか」
「ええ。ダンジョンマスターが二十六人殺害されました。当然それだけのダンジョンがいっぺんに消滅。おかげでレイラインが大荒れで天変地異が各地で発生してますよ。困ったものです」
……待って? 情報の処理が追い付かない。ダンジョンマスターが、殺害? 殺された?
頭の上にハテナを浮かべまくる俺たちの横を通って、先輩はエレベーターの上ボタンを押した。箱はこの階にあったので、すぐに扉が開いた。
「待って待って待って。先輩、詳しく!」
「だから、時間が無いと言ってるじゃないですか。とりあえずお乗りなさいな」
「ダニエル!」
「はいっ!」
ぞろぞろと乗り込むご一同。それに何とか同道する。大きなエレベーターでよかった。そして扉が閉まった。
「まあ、ざっくり言えば反乱です。ほとんどが暴徒ですが、一部に手練れがいるようで。内部からの手引きもあって、あっちこっちのダンジョンが制圧されています」
「……なんか、どこかで聞いたような話なんですが」
「でしょうね。このダンジョンで起きた事、元々は反乱用に準備していたものの流用だと思いますよ。反乱がおきている所、全部辺境とか最近併呑された場所ですし」
体調がすぐれないのに、ここに来てさらに頭の痛くなる話である。つまり、なんだ? 俺がダンジョンマスターを始めてからこっち、工務店の商業派閥にちょっかいかけられていたのは反乱のため?
心底、肝が冷える。商業派閥から借金したり、連中の息のかかった貴族と手を結んでいたりしたら。プルクラ・リムネーを解放できていなかったら。バルコ国の流民を制御できていなかったら。……最悪で死。それ以外でも、相当ろくでもないことになっていたに違いない。
そんな俺の思い悩みは、エレベーターの移動速度に何ら影響を与えない。当然の話だが。なので、あっさりと地上階に到着した。
エレベーターの前に立っていたのは、先輩お付きの鎧騎士。やはり彼も、簀巻きになった人物を抱えている。……話の前後から察すると。
「先輩? この簀巻きの人たちって例の?」
「ええ。ダンジョン背信者ですね。撮影スタッフに紛れていたんですよ。中のは私の監視。外のは外部との連絡役ですね。携帯式衛星電話を持ち込んでいたようです」
また、聞き捨てならない単語が飛び出した。が、それを話している時間はないらしい。先輩たちはそのまま足を進めていく。俺たちもそれに続こうとして……ダニエルがついに限界を迎えた。崩れ落ちはしなかったが、足が前に出なくなったのだ。
「ああ、すまん。もういいから!」
「……いえ、なんの、これしき」
「そのとおり。もうちょっとですから頑張りましょうね」
と、ロザリー殿の声と共になんだか身体の重さが減ったような。ダニエルも、すくりと姿勢を正せた。振り返ってみれば、ロザリー殿の羽がうっすらと輝いているではないか。
「自分で空を舞う時の力を応用しておりますの。生来備わった魔法の力ですわ」
「なるほど」
たしかに。彼女の羽の大きさでは、空を飛ぶなんて無理だ。そういった力があってこそ、あんなふうに自在に飛び回れているんだな。ともあれありがたい。ダニエルも遅れを取り戻す勢いで早く歩けている。
しかしながら、話を聞く時間は取れなかった。エレベーターは、入り口近くに設置してある。すぐに外に出てしまった。そしてダンジョン前の広場には、見慣れぬ構造物が鎮座していた。
強いてそれを言葉で表現するなら、金属でできた三階建てビルだろうか。ランディングギアらしき足が伸びている者をビルと表現してよいのであれば、だが。
「先輩、なんですかこれ!?」
「迎えですよ。レイラインが乱れて転送室が使えませんからね。これに搭載した短距離ワープゲートで帰るんです」
……止めた。ツッコミが追い付かない。言葉の衝撃に混乱しているうちに、先輩はひょいひょいと機械の中に入って行く。その後ろに続くのは皇帝陛下とお付きの人々だけ。帝国貴族は俺と一緒にこちら側だ。
「あれ? ロザリー殿も一緒に行くんじゃ?」
「そんな、恐れ多い! オリジン様の飛空艇に同乗など、私では許されることではありません!」
「ヤルヴェンパー様ならば、という位のお話になりますね」
ウルマス殿が付け加えてくれた言葉で、結構な大事なのだなと納得する。不確定名飛空艇にのった先輩がこっちに振り返る。
「それじゃー、事が落ち着くまで撮影スタッフとかバルコとかお願いしますねー! 身の回りには十分気を付けて―!」
「はぁい! 先輩もお気をつけて―!」
互いに手を振って分かれる。扉が閉まり、しばらくすると何やら飛空艇のエンジンらしき駆動機関が甲高い音を立てて出力を上げていく。そして、やおら頂点にあったアンテナらしき部品が強く輝いた。……ワープゲートとやらが、作動したんだろう。
本当、あの人だけSF世界の住人だよな。機械化惑星とか持ってるわけだし。
「あ、浮かびましたわ! ……お気をつけてー!」
ロザリー殿やウルマス殿が手を振って見送る。飛空艇は極めて身軽に浮かび上がると、かなりの加速で空へと舞い上がっていった。……あれもきっと、半重力装置とかそういうアレによるものなんだろうなぁ。
で。飛空艇が見えなくなった途端、ダニエル含む三人とも地面にへたり込んでしまった。……そうだ。皆ハイロウだ。レイラインの影響による体調不良であるはずなんだ。……今まで気合で普通の振りをしていたのか!
「三人とも、無茶しすぎだよ!」
「帝国貴族たるもの、オリジン様の前で無様を晒すわけには……」
ひっくり返ったウルマス殿がそう呻く。
「それにしたって限度があるでしょう! エアル! 誰か連れてきて!」
「……!」
シルフに頼み込んで、ダンジョン内に飛んでもらう。俺自身も、ダニエルが沈んだので地面に転がっている。
いやはや、しかし本当にえらい事になった。……ダンジョンマスターである俺は、この地から動くことはできない。反乱、上手く静まってくれるといいが。