私戦開始・大乱戦
そして当日。俺たちは街の広場に作られた会場で、魔法の輝きに照らされていた。
「我らがこの地に助けを求めた時。ダンジョンマスターは、その慈悲深さをもって迎え入れてくれた。迫りくるモンスターを倒し、傷と飢えを癒してくれた。そして、疲れ切った我々に、ひと時といえど安住の地を与えてくれた。この恩義に報いるため、私は……」
壇上で、ジルド殿が朗々と演説を述べている。現在オリジン祭のメインイベントの一つ、『オリジン主催ダンジョン私戦』の開会式の真っ最中。
専門のチームがやってきて、段取りの確認。スピーチの原稿つくってもらったり、リハーサルもしたり。会場作って、中継設備設置して。短い時間で完成させる当たり、流石はプロの仕事と言えた。
俺も壇上に登り、ジルド殿と開会式に参加中。帝国全土に中継されていると思うとゾっとすることこの上ない……のだが。散々命の危険を味わった今ともなると、肝もそれなりに鍛えられたらしい。少なくとも脚は震えていない。偉い人達との度重なる話し合いのおかげで、顔の引き締め方も覚えたからね。無様は晒していないはずだ。
「……以上をもって、全身全霊で戦う事を誓う。バルコ国次期国王、ジルド・カリディ・バルコ」
街の民から、万雷の拍手が送られる。この私戦が終われば、彼はバルコ国の国王となる。いかなる抵抗勢力がいようと変わらない。帝国がそうするのだ。
……スピーチで、最初にダンジョンへの恩義を語り始めたのも、視聴者へのアピールが含まれている。あそこの国王は、ダンジョンへの敬意があるぞ。そういう話が伝われば、帝国から良い話が舞い込んでくるとの事。俗っぽい表現だけど、押しアイドルが同じならば仲間意識が生まれるのと同じことだと思う。
もっとも、その辺の話を聞く前から大体似たようなスピーチ考えてたと初稿提出された時は正直むず痒いものがあったが。
「ジルド殿下、ありがとうございました。続きましてミヤマダンジョン・ダンジョンマスター、ナツオ・ミヤマ様。よろしくお願いします」
再び、拍手が巻き起こる。はい、俺の出番です。薄く深呼吸して、気持ちを整える。……よし。
「本日は、このような学びの場を与えてくださったことを、偉大なるオリジン様に感謝申し上げます。これによって我がダンジョンは更なる経験を積み、ダンジョンの守りはさらに精強となるでしょう。そしてそれはこの地に住まう者に安寧を……」
「そーんな殊勝な言葉より、もっと言いたい事が有るんじゃないですかー後輩くーん?」
俺のスピーチをぶった切る、先輩の一言。司会のお兄ーさんの顔が引きつる。スタッフが震える。白毛のコボルトが顔を覆う。例外的にニコニコ笑っている人もいるがそれはさておき。
「……頑張って練習したスピーチぶっ壊してくれてありがとうございます?」
「それは今の感想でしょう。もっともっと」
おーう。煽ってくれるじゃ、あーりませんか。ならばもう、遠慮せん。
「それじゃあ、お言葉に甘えまして……放送を見ている、すべての初代ダンジョンマスターの皆様! 本日私に、この機会がやってまいりました! 最強無敵のオリジン様に、一発反撃するこのチャンスが!」
はーい、スタッフさんが泡吹いて倒れ始めたよー。対応はうちの連中に任せよう。悪いのは先輩なんだ。
「無理やり連れてこられて人生設計おじゃん! 文句を言いたくても基本帝都の住人! 目の前に現れても強すぎて反撃すらろくにできない! だが今日! 『防衛成功したらほっぺにチュー!』という罰ゲームさせるチャンスがやってきた!」
住人たちは、ポカンとした表情。すまんな、君たちは全く分からん話だろう。俺は悪くない。悪いのはそこの悪の親玉だ。
「たかが罰ゲーム! されど罰ゲーム! 必ずや勝利し、オリジン先輩に一矢報いる事を、ここに宣言する! ダンジョンマスター、ナツオ・ミヤマ!」
「よくぞ言い切りました小僧っ子! だがしかし、楽に勝てるなどと思わぬこと! 今日の日の為に、特別特訓を強いたバルコ国の精鋭! これを倒せぬようでは私に罰ゲームなど千年早い! 何度でもいいましょう! 弱いダンジョンなど不要! 無様を晒したら、更なる理不尽を味合わせてやりましょう。これ見ているダンジョンマスター! お前たちも他人事じゃないですからねーーー!」
いつもの現人神ぶりを放り投げ、ヒール演出するオリジン先輩。……あ、司会進行のお兄さんがぶっ倒れた。どう収拾つけるんだよ、と思っていたら一人立ち上がった。先輩が暴走開始してからも笑ってた人。そう、この人こそ。
「それでは、アルクス帝国皇帝クラトス・ニキアス・アルクスがここにダンジョン私戦の開催を宣言する。互いに、求める結果の為に全力を尽くす様に」
何故か帝都よりやって来た、皇帝陛下の宣言によって開会式は終了した。
/*/
もはや廃都とは表記できなくなりつつある、プルクラ・リムネー。防壁前の広場に設置された会場では、目前に迫った私戦開始を実況者と解説者が会話しながら待ちわびていた。
実況者は帝国放送局より、ベテラン実況者のビル・オルド。解説席に座っているのはアルクス帝国現皇帝クラトスである。何故皇帝がここにいるのか。それは、今回の催しがオリジン祭の一環だからである。
始祖の名を冠する、年に一度の帝都の祭り。その主役は帝国に至上の恩恵を与えてくださるオリジンその人。その傍で奉仕できるのは、皇帝にのみ許された特権である。なのでちょっと解説員とかやってみなさいよと本人に言われたら、帝都から離れて席に座ることを厭うはずもない。クラトス自身、普段やらない事に触れられて結構楽しんでいた。
「さて陛下。今回の私戦ですがどのような流れになると予想されますか?」
ベテラン実況者ビル、たとえ隣に座っているのが皇帝だろうと堅実に番組を盛り上げていく。
「うむ。バルコ国側は、長い内戦を潜り抜けてきた猛者ばかり。加えてオリジン様の対ダンジョン特訓を受けている。一般的な軍隊の、よくある失敗は無いと考えていいだろう。対するミヤマダンジョンは、開いてまだ半年も経っていない新人。しかし戦績が尋常ではない」
「はい。手元の資料によりますと、苦痛軍、殺戮機械群、異界の超生命と三大侵略存在と交戦済み。短期間でこれはかなりレアなスコアとなっています。相応の実力があるという事ですね」
「精強で知られるブラントームを取り入れている上に、一体いかなる交渉をしたのか。ダークエルフを部族ごと支配下に治めている。質という点においては、決して引けを取らないだろう」
「なるほど。白熱した戦いが期待できそうです……と、ここで帝都より様々なダンジョンマスター様から応援のお便りが届いております……が……その、大変過激なコメントばかりなので、大変申し訳ないのですが読み上げは控えさせていただきます。必ず後でミヤマダンジョンマスターにお届けいたします」
たっぷりと暴言が書き連ねられたコメントを黙読して、皇帝が一言。
「オリジン様への愛を感じるコメントばかりだな」
方便一つ使えずして、帝国のトップは務まらない。
「……さあ、いよいよ時間となりました。オリジン祭メインイベント、ダンジョン私戦のスタートです!」
高らかに、鐘の音が鳴り響いた。その音は魔法をもって、両陣営に届いている。ダンジョン前に陣取っているバルコ国側。ジルドが鬼教官であったオリジンに一つ頷いて見せると号令をかけた。
「進軍、開始!」
掛け声に合わせて、粛々と兵たちがダンジョンへ侵入していく。当然の事ではあるが、今回の為にダンジョンの各所には映像の送信が可能な魔導具が設置されている。会場からも当然、その姿を見ることができた。
「バルコ国側、行動を開始しました。……これは、一部隊六名ほどに分けていますね」
「うむ。ダンジョンに群れで進軍するのは愚策中の愚策。罠にかかれば回避できない。狭い通路では数の有利を発揮できない。範囲魔法などかけられては格好の的。良いところなど何もない。故に、冒険者のように少数のグループで進むが上策である」
先頭を進むのは斥候を前列に配置したチームだ。それが複数あり、分かれ道があればそれぞれ別の方向に進む。動きによどみがなく、無駄口もたたかない。最低限のやり取りだけで、行動を決定する。
追尾し映像を送る魔導具によって、その姿は会場にも届けられる。それを見て、皇帝が評価する。
「……よほど訓練を重ねたのだろう。並の兵であれはできない。オリジン様の指導がどれほど素晴らしいかは語るまでもないが、それについていくのは並大抵の努力では務まらない。見事なものだ」
半分、リップサービスである。しかし間違いでもない。サイゴウダンジョンでの短い訓練期間中、彼らは端的にいって地獄を見た。まず何も教えられない状態で進み、広範囲魔法や罠で全滅。
次はオリジンからのレクチャーを受けて、再突入。少人数で進むも斥候が慣れておらず、様々なトラップに引っかかり半壊。
その後もあの手この手でボコボコにされた。それでも彼らは特訓に耐えた。瞠目すべきことであったが、彼らにとっては当然の事だった。
「おっと、先頭部隊が停止しました。これは……罠ですね」
「床板……あの場では石だが、それとワイヤーを使用した典型的なものだ。しかし、薄暗いダンジョンで見つけるのは中々難しい」
実況と解説が話し合う間に、罠は解除された。目印をしっかり残して先に進む。
「素人がよくやりがちだが、安全と思う場所まで移動して罠を発動させ無力化を狙うものがある。連動式の罠、というものを思い至らない輩はそれで痛い目を見る」
「それをせず、堅実に進むバルコ国。流石はオリジン様の薫陶を受けしダンジョンチャレンジャー! なかなかの強敵です! ……ここで、今回の私戦で使用される道具について説明を」
ビルはスタッフから渡された道具を画面に映す。剣と矢、そしてボール。どれもが茶色い素材でできていた。間違っても金属ではない。
「こちら、南国の植物の樹脂を固めて作りましたゴム、という素材です。調合によりさまざまな振る舞いをする素材ですが、今回の物は固く作られております」
帝都や大都市以外ではなかなか目にすることのない素材の説明をする実況者。ゴムの剣で手を打って見せる。
「これで叩いても、相手は最悪でも怪我程度。私戦にふさわしい道具となっています。矢の先端や、トラップに使用されるこちらのボールも同じ物。様々な訓練に最適な此方の道具、提供はヤルヴェンパー領ケトル商会となっております。興味がございましたら、是非帝都商業区の店舗へ」
スポンサーの宣伝を差し込み義務を果たすと、続いてルールの説明にも移る。彼が堅実に仕事をこなしている間にも、ダンジョン内は状況が動いていた。
バルコ国の先頭集団は、順調に攻略を進めていた。しかし、それを成している者の心情は、別だった。
『だっれも攻撃してこねぇ……おっかねぇ……』
心中でそう呻くのは、斥候の一人として働いているジルドの従者カルロだった。彼の人生の道行きは一般的な平民と比べると、舗装道とダンジョンほどの違いがあった。
もとは、小さな村の狩人である。重税に苦しみながらも、理解ある地元の騎士のおかげで何とかやっていた。だが、いよいよ立ち行かなくなりその騎士に連れられて皆で村を出た。そこまではまだ、なくはない話だった。
モンスターに追い掛け回され、ダンジョンにかくまわれ。地下の遺跡のような街で生活していたら、地元の騎士が実は王子様だったというではないか。おまけに、従者のようなことやっていた自分が騎士に任じられる予定になったとか聞かされる始末。
訳が分からないと混乱していたら、別のダンジョンで地獄の日々。むしろそっちの方がありがたかったまであった。そして今は、慣れ親しんだダンジョンを攻略中。全く人生は分からない。分からないといえば、相手側の意図だ。
『なんで襲撃してこない? ペレンの旦那が奇襲にマゴつくはずがねぇ……ぜってぇなんか企んでる……企まないはずねぇよなぁ。ダークエルフだもんなぁ』
いつも自信満々、嬉々として敵を罠にはめるダークエルフを思い出す。何度か参加したからその手腕も見ている。だからこそ警戒役をやっているのだ。
一つ一つ、罠を外して先へ進む。心をやすりがけされているかのよう。すでに地上階の半ばを過ぎた。そして、第一の目標地点へと到着した。ここは、ミヤマダンジョンの迎撃地点の一つ。そして、下へ向かうために(基本的に)必ず通らなければならないチョークポイント。
そっと鏡を使って覗き見れば案の定、鎧兜に身を包んだ騎士と兵士がバリケードの向こうで守りを固めていた。
「本陣に連絡。予定地点に到着。守りあり。戦力の進軍を」
「了解」
渡されていた魔道具を使って、騎士が連絡を取る。初めに渡された時は便利さとそれがもたらすものに絶望したものだが、今はもはや何も感じない。それ以上にひどいものをたくさん見たからだ。
周囲に気を配りつつ、一端道を戻る。バリケードの戦力が攻撃してきたら六人では歯が立たない。何もない時間を耐えることしばし、突如、入り口方面から聞こえてきた笛の音にカルロは飛び上がった。
「後ろから!? 何処に伏せていたんだ!?」
「うろたえるな……問題ない。全く恐ろしいな、帝国の始祖というのは」
「え?」
カルロの間の抜けた声に、騎士は首を振った。
「想定済みという事だ。謀るのは連中だけではない」
その状況を、実況席は正しく捉えていた。
「ダークエルフ部隊、奇襲! 前線へ移動していた戦力が一部隊、瞬く間に壊滅……笛?」
「ふむ。これは……」
皇帝が唸りながら眺める画面。ダークエルフの襲撃は成功していた。しかし、それを受けた部隊がやられる前に、笛を吹いているのだ。なお、倒されても吹いていた者は審判役として各所にいるオリジンのコボルトに注意を受けていた。
「ダークエルフ部隊は移動を……おっと! 接敵! バルコ側の部隊が走りこんできました! 他の場所でも、同様な状態に!」
「……ここで、ダークエルフを仕留めるつもりか!」
「陛下、それは一体!?」
「うむ! 奇襲の為に潜んでいたダークエルフ達だが、味方戦力からは遠く離れている! 孤立しているのだ! だからこそ、笛で居場所を教えて周囲の部隊で叩く! 初めからコレを狙っていたか!」
「いかにもそのとおり!」
ひょい、と現れた始祖オリジンに映像担当者が驚く。画面が激しく上下した。
「オリジン様、こちらにいらしてよろしいので?」
「ええ。教えるべきことは教えました。あとはジルド王子の仕事です。私が口を出したら彼らの戦果になりませんからね。というわけで私もここで観戦です」
お付きのコボルトが用意した椅子に座るオリジン。帝都の視聴率はこの瞬間からさらにウナギ昇りとなった。
「で、ダークエルフとの戦いはどうなっていますかね?」
「はい! 現在、次々と現れるバルコ国部隊に押され始めています! さしもの奇襲のプロも、道を塞がれては逃げ隠れできない! これは壊滅もやむなし……」
「む。ダンジョン側で動きがあったぞ」
時間は、笛の音がダンジョンに響いた頃に遡る。ダンジョンアイで異変を見ていたミヤマは、冷や汗を流していた。
「まっずい! どんどん兵士が集まってくる! ペレンが危ない!」
「ナツオ殿! ここは我らが参ります!」
雄々しくそういってのけたのは、軽鎧を身を纏ったクロードだった。
「行くって、敵の真っただ中だよ!?」
「みっしり詰まっているわけではございませぬ。蹴散らせば済む事。そして、この中でそれが成せるのは我らだけでしょう。ここで、ペレンたちをそのまま全滅させるわけにはまいりません」
ミヤマは考えようとした。しかし思いとどまった。時間をかけるのは不味い。直観的な気づきだった。
「任せた!」
「承知! ブラントーム! 出撃だ!」
「「「応!!!」」」
精鋭モンスター軍団が行く。彼らは駆け抜ける。その距離は、決して短いものではない。ミヤマが本陣とした場所は、地下一階の半ば。最終迎撃地点として準備している場所。ペレン達のいる場所は、地上一階の入り口側。
エレベーターは使えない。背面を晒してしまう。地上階も地下一階もそれほど広くはないが、緊急を要するこの場面においては救援は絶望的。
特に、第一防衛拠点の前にはバルコ国の兵が集結しつつあった。彼らと戦っていては、確実に間に合わない。
それを理解していたクロードの取った行動は。
「せいやぁ!」
「があっ!?」
気合一発。正面に立ちふさがった兵士の構えた盾、それを思いっきり蹴り飛ばした。手勢たちも同じだ。ケンタウロスが槍で鎧をぶっ叩く。カエル人が舌で足を引っ張る。これらは、ルール上撃破とはならない。
だが、道は開く。彼らは自分たちのアドバンテージ、あまりある腕力を使って敵兵力の『一時的除去』を選択したのだ。もちろん、この強引な方法で無事に済むわけでは無い。一部の足の遅い兵はゴム武器を叩きつけられてアウトとなった。特に、カエル人のタロロなどは舌を叩かれたものだから悶絶することになった。
しかしながら、強引な突破の甲斐はあった。事前にしっかりダンジョンの地形を学んでいた事、さらにバルコ国が道中のトラップを解除し終わっていた事。これらが合わさって、驚くべき速さでクロード達はダークエルフの窮地に駆け付けることに成功した。
「待たせたなぁ!」
「おお! 人狼大将!」
クロードが吠え、ペレンが驚愕と喜びをもって迎えるその場はある意味で最高の狩場だった。ダークエルフたちは、立ち止まって迎え撃つなどという愚は犯さなかった。笛で位置がばれたと気づくや、即座に走って逃走を開始。バルコ側は道を塞ぐように移動。徐々に包囲網を狭め、数で押しつぶすという作戦。それは、クロード達が到着しなければこれ以上に無い確実なものだった。
しかし、結果はどうか。バルコ側はダークエルフたちを囲んでいる。それはつまり、クロード達に背を向けているという事だ。ブラントームの精鋭に対して、だ。
「かかれぇ!」
「ふ、防げぇ!?」
苛烈に、しかし大けがにならないように最低限の注意をもってゴム武器が振り下ろされていく。瞬く間に数名がアウト判定をもらい、数合すればその数はさらに増えていく。結局、バルコ側が立て直すことは不可能だった。壁は貫通され、クロードとペレンは合流を果たす。
「無事か!」
「三分の一持っていかれた。こやつら動きがいいぞ!」
「流石はオリジン様の薫陶を受けし者共よ! 敵ながら見事! ……そして」
敵兵が次々と己たちを囲んでいく。これが本当の戦場ならば死体が多少なりともそれを妨げるのだが、これは模擬戦。倒れ伏していた者も起き上がり、審判コボルトに連れられてダンジョン外へ移動していく。
それらを見て、クロードは清々しさすら感じさせる笑顔を浮かべた。
「逃げ帰るのは、無理だな!」
「貴様! 何のためにここまで来た!」
「いやはや、面目次第もない。と、いうわけでブラントーム! ここを死地とする! ノルマは一人四人ぞ!」
「「「応!!!」」」
「応、ではない! ええいこの脳筋どもが!」
かくて、死闘の幕が上がる。退路がないが故に暴れ倒すブラントーム。それを壁に矢の雨を降らすダークエルフ。被害を出しながらも堅実に包囲を狭めるバルコ国。
映像でその奮戦を見守る実況席。オリジンが唸る。
「ううん……これは、痛み分けになりますねぇ」
「ダークエルフとブラントーム。大駒二枚失うのですから、ダンジョン側の方が被害甚大では?」
皇帝の質問に、始祖は首を振った。
「バルコ側三百、ダンジョン百。この人数差において、戦果微小でダークエルフが失われる方がダンジョンは痛いんですよ。ですが、ブラントームが到着したことで壁ができた。ダークエルフが戦力として戻った。と、なれば……」
「オリジン様のおっしゃる通り! ブラントーム、猛攻! 次々と蹴散らされるバルコ兵! 文字通りの意味で!」
まともな攻撃は防具で受けられてしまう。だったら蹴り飛ばして体勢を崩し、守れない状態にすればいい。人外の身体能力を十分に生かし、一騎当千の働きを見せる。
通常であるならば、心を折られる。しかしバルコ側はくじけない。怪物のように強い個人を知っているから。そう、三百対一で負けた経験があるのだ。相手はもちろん、オリジンである。
あれに比べれば、ブラントーム何するものぞ。ダークエルフ恐れるに足りず。被害を出しつつ、一人一人確実にアウトに追い込んでいく。なまじ、これが私戦であったからこそ戦いは苛烈に白熱した。
そしてついに。
「わんっ!」
「むむぅ! 無念っ!」
鬼神のごとき戦いっぷりを披露していたクロードも、アウトとなる。彼を討ち取ったのは、騎士ではないただの一般兵。素っ転ぶように飛び込んで、クロードの足を打ったのだ。さしもの人狼紳士も対応しきれぬ一発だった。
クロードを失った事で柱が折れた。加速度的に被害が増えていくダンジョン側。ペレンも逃げきれず、ダークエルフ達も討ち取られついに全滅と相成った。
「えー、現在双方のアウト人数の集計が……今終わりました。ダンジョン側、四十名。バルコ側……百四名、です!」
「ダンジョン側の作戦失敗を、ブラントームの戦闘力で無理やり痛み分けに持ち込んだ、か」
唸るクラトスを横に、オリジンは己を扇ぎながら戦場を語る。
「ダンジョン側に慢心があったのが作戦失敗の理由ですね。確かに、ダークエルフは奇襲のプロ。さらにダンジョンという地形は彼らの能力を最大限に発揮させる。のろまな兵士などいいカモに見えた事でしょう。だから足元をすくわれた」
「その失敗をここまでリカバーしたのですから、ブラントーム家の働きは見事な物といえるのではないでしょうか?」
なお、クロードは本気でこの状況をひっくり返せると思っていた。本当の戦場だったら可能だった。私戦のルールがどこまで己を縛るかを掴み切れていなかったので彼にもミスはある。結局のところ、ダンジョン側全員のミスだった。
「有利な環境に悦に浸っていると、しっぺ返しを食らう。さぞかし後輩君にはいい勉強になった事でしょう」
笑うはオリジンばかりなり。余談だが、観客席のブラントーム家当主は気丈にふるまっていたが内心頭を抱えていた。
「バルコ国側、進軍を再開しました。戦場は、第一防衛地点に移るようです」




