王子の真実
話し合いの場は、バラサール達の酒場とした。残念ながら、公民館のような施設は全部流民受け入れに使ってしまっている。多人数を入れて座れるような場は、酒場しかなかった。
いくつものテーブルを無理やりくっ付けて、とりあえずの場を作る。そしてダンジョン側と、バルコ側に分かれる。
俺の前に、王子が座る。よし、まずはそこからだな。
「そこに座るのは君じゃない。離れなさい偽王子」
「なぁ!?」
「ヨルマ、頼む」
いつもの、工務店の背広に着替えたヨルマが一礼した後に一枚の書状を広げた。
「フォーリノ子爵家三男、ピエトロ・フォーリノ殿。確かにあなたには極めて薄いもののバルコ王家の血が流れている。だが、このレベルならバルコ貴族の三分の一ぐらいは当てはまる。これで王権を継ぐというのは無理がある」
バルコ貴族たちの反応は大まかに分けて二つ。真っ青になる者達と、真っ赤になる者達だ。騙していた側と、騙されていた側。
「だから、夭折した第三王子が生きていたという事にしたのでしょうが。申し訳ないが、今後の事を考えると連中の工作が入っていては先が危ぶまれる。その席を降りていただきたいのです。はい、こちら。偽造した『王の手紙』の写しとなっております。ご精査ください」
ヨルマが差し出した書類を、貴族の一人が奪い取る。目を滑らせていくと、震えが増す。それは怒りか絶望か。
「な、何故、これを持っているのだ……」
「製造元を押さえたからに決まってるじゃないですか。これに係る工作をした連中を一通り。こんなものを作っていた理由はたぶん、事が成った暁にはこれ使って貴方がたを強請るつもりだったんじゃないですかね」
怒号と絶叫が酒場に響き渡る。騙されていた者たちが、首謀者たちに殴りかかる。武装解除しておいてよかった。でなければ殺し合いになっていた事だろう。
今回の件が始まってからこっち、ヨルマには商業派閥が行ったであろうバルコ国への工作を調べてもらっていた。それが、今回の解決策へと繋がるだろうと思ったのだ。俺および各家当主の見解である。
本来ならば困難な話である。しかし、元々ヨルマはその工作員もどきであった。さらに、すでに一人手先になっていた商人を保護していた。それらを手掛かりに、バルコ国に侵入。あらかじめ現地入りしていたヤルヴェンパー公爵家のエージェントと協力して、今回の事を調べ上げてくれたのだ。
そしてそれのおかげで、今回の解決案が導き出された。
「グルァァァァァァァァァッ!」
いつものごとく、ダニエル君が吠える。大変便利であるが、こういう役回りばかりも悪いと思う今日この頃。何か考えておこう。
人狼の殺気に当てられて乱闘を止めた者たちに、手を打ち鳴らして注意を引く。
「はい、そこまで。それの遺恨は後でやってくれ。今じゃない。それじゃあ、席に戻ってー。ケガ人は治療するから申告するようにー」
のろのろと、貴族たちが席に座る。荒々しく座る者、身の置き場のないように縮こまる者。いろいろだが、とりあえず場は元に戻った。
が、ここでマルコ殿が手を上げる。発言を促す。
「ダンジョンマスター……その。これを言うのも恥ずかしい話なのですが。たった今、この集まりの連帯が崩れました。なので、何かしらの決まり事をしましても、後が……」
「ああ。もちろんそれは分かっている。だから、ふさわしいものを立てるだけだ」
そして俺は、彼を見やる。その人物は、決意の表情を浮かべて立ち上がった。
「お集りの方々。名を名乗らせていただく。私はジルド・カリディ。代々、騎士の位に任じられるカリディ家に連なる者」
「騎士が何の用……カリディ?」
一人の貴族が、何かに気づいた。ジルド殿は一つ頷くと、先ほど彼がハリーより受け取った書状を広げた。
「いかにも。前王が若き日に地方修行の行き先となった土地を治めていたのがカリディ家。我が母は、その家の娘。そして、我が本当の父は前王陛下。これが、それを証明する書状。さらに、王家の紋の入った短剣もこちらに」
このカミングアウトに対して、バルコ側の反応は鈍かった。まあ、当然だ。たった今まで第三王子と名乗る者に騙されていたのだ。鵜呑みにするほど馬鹿ではない。
なので、ジルド殿は覚悟を決めて言葉を放った。
「我が出生、我が言葉に偽りがない事を……偉大なる森の神、アラニオスに誓う」
一同に、戦慄が走る。一斉に周囲を見合わす。しかし、何も起こらない。そよ風一つ、吹き込まない。それが意味する所を時間を取ってよく認識させてから、俺は駄目押しをする。
「君たちは、このダンジョンの上に巨大な樹があった事を覚えていると思う。あれはアラニオス神の眷属、ホーリー・トレントだ。なので、かの神の耳に届かなかったというオチはない」
「と、いう事は……ほ、本当に!?」
事実を受け入れ、驚き戸惑う。無理もない。俺もそうだった。ジルド殿が第四王子だったという話を聞いた時には飛び上がったものだ。まさか、解決策の要が自分からダンジョンに来ていたとは。しかも初期から、である。
ウルマス殿があの時、俺の運は悪いだけでは無いなどといった意味はこれの事。……少しでも運があるのなら、もうちょっと平穏であってほしいのだが。
さておき。ヤルヴェンパー家は第四王子の件を、割と早い段階で掴んでいたらしい。正確には、それを利用しようとする連中を捕縛して存在を知ったとの話。
うちのダンジョンで発見した後は、当人を説得。この場に出ることを了承させた、と。その胸の内を、ジルド殿が語り出す。
「お歴々、どうかしばしの間、私の話を聞いてほしい。……正直を言えば、私は出生の秘密を墓まで持っていくつもりだった。例え王の血があったとしても、内乱を治められない事を第一、第二王子がその命で示していた」
幾人かが下を向く。マルコ殿もその一人。思う所が多々あるのだろう。
「ましてや、王族としての教育も受けていなければ社交界に出たこともない。そんな私が表に出ても混乱を呼ぶだけ。誰も知らないのだから、秘めていればいい。そう思っていたのに、奴らは来た。自分たちが支援すれば貴方は王だと。……私は、恐ろしかった」
頭を振るジルド殿。その表情は苦々しさで歪んでいた。
「その時は、ただの妄想だったのだが……何もかもが、奴らの脚本によるもののように思えた。だから、村の者達を連れて国外に逃れようとしたのだが……その先にも、奴らの手回しがあった。その時のおぞましさと言ったらない」
が、ここで彼が皮肉気に微笑み俺に顔を向けてきた。
「……しかし、それ以上の存在があった。ダンジョンと、ミヤマ殿だ。お歴々には語るまでもないだろうが、人の生活の場というのはたやすく成るものではない。入念な計画と準備と資金があって、はじめて作り上げることができるもの。しかし、ここではそれが容易く行われる」
「いや、楽じゃあなかったけどね?」
「失礼。しかし、貴方は成された。転送室なる摩訶不思議な設備を使用して、はるかな遠方から次々と食料や物資を運び込まれた。おかげでここに逃げ込むことができた流民は、一人も飢えず、凍えることがない。それがどれほどの意味をもつか。皆さまにはお分かりだろう」
居並ぶ一人が、鉛を飲んだような表情で呻く。
「……ジルド殿。そのナンタラという設備は、人も移動できるのか」
「無論」
「悪夢だ……無限に援軍が呼べるではないか。物資も蓄えられるではないか。ああ、奴らがダンジョンを欲しがるはずだ。このような強固な要塞、聞いた事がない!」
「まさしく。そして、ここを守るは巨木の精霊と水の大精霊。罠と不意打ちを得意とするダークエルフ。そして怪力無双のモンスターたち。鉄壁の守り、無限の補給。それがダンジョンというもの。奴らは底知れぬ怪しさがあった。しかし、ダンジョンははっきりとわかる強者でした」
「うちなんてまだまだだけどね」
うーん、バルコ側が一斉に絶望的な表情を浮かべたぞぅ。だけど本当だし。よーしそれじゃあ最大級をちょろっと。
「ウルマス殿。ヤルヴェンパーダンジョンのすごい所、自慢してくださいな」
「喜んで! 何を置いてもまず誇るべきは我らがダンジョンマスター、大海竜ヤルヴェンパー様! 海において無敵無双! ダンジョン内でも万夫不当! 亜神級モンスターといえど恐れるに足りず! そしてダンジョンは海水に満ちた難所の中の難所! 水中への適性なくして進む事すらかなわず! なまじ入ったといえども、縦横無尽に泳ぐモンスターとガーディアンによって海の藻屑と成り果てる! そしてぇ!」
「ウルマス殿、ウルマス殿。その辺で、一つ」
「まだ始まりにすぎませんぞ!?」
「時間ができたら、ゆっくり聞かせてもらいますので。酒飲みながら。……というわけで、帝国屈指のダンジョンともなるとこれぐらいになります。ね? 俺はまだまだでしょう?」
テンションアゲアゲだったウルマス殿にクールダウンを要求しつつ、彼らを見る。……あれ、大して変わらないな。
「ミヤマ様。大変申し訳ないのですが」
「なんでしょう」
「我らにとっては、巨人もドラゴンも変わりませぬ。等しく勝てません。巨人がドラゴンを見てあっちの方が強いよ言われましても、その……」
「……それは失敬」
俺、巨人なんかじゃないんだけどなぁ。もちろん、虎でも鯉でもない。などという野球ボケはさておき。
ジルド殿が咳ばらいを一つ。
「話が逸れましたが。奴らの手から逃れなくては、我らの国は平和にならない。そしてここに、連中以上の存在がいらっしゃる。幾多の迷惑と無礼を働いて厚顔無恥な事この上ないが、それでももうこの方におすがりするしかない。そのように私は考えます。そして……その話し合いをするには、ダンジョンに詳しい者でなければテーブルに着くことも難しい。……王家の血を引いているからではなく、祖国を憂いる者として。私に、その椅子に座ることをお許しいただきたい」
彼が指さすのは、中心の椅子。王子の座った所。バルコ貴族たちは互いを見合う。しばしの後に、全員が立ち上がり椅子への道を開いた。
そこに、決意をもって彼が座る。厳かな、拍手が響く。リベリオ殿、マルコ殿、貴族たち、偽王子まで。話し合いの為の交渉人を迎える者ではない。ここに、確かに新たなリーダーが生まれたのだ。
そして、これは俺たちも望んだこと。これでやっと、事の始末が付けられる。