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おいしいおみず

作者: 白米

 あるところに、蛇がとぐろを巻いた姿をした『この島』という島があります。

 この島には、数十人の魔法使い達が集まって暮らしています。

 そしてここの子どもたちは13歳を迎えたら、次の春の満月の晩に、島を旅立たなければいけません。

 今年も、1人の女の子がこの島を旅だって行きます。

 旅だった先で、世界中においしいお水を届ける使命があるのです。


 女の子は、旅立つ前に、長老のロカ様の元を訪れました。


「ロカ様、わたしは明日旅に出なければいけません。だからどうか教えてください。

わたしのお水がまずいとケチを付けられたら、どうすれば良いでしょうか?

わたしのお水じゃ嫌だって言われてしまったら、どうすれば良いでしょうか?

だいたい、おいしいお水を出すだけで、日々の衣食住がまかなえるでしょうか?」


 長老は自分の白くふさふさした長いひげをいじりながら。

「ほっほっほ、ほっほっほ、ほっほほほほ」

 と笑うだけでした。


「どこにいったら得ができるでしょうか?どこにいったら損がないでしょうか?

 どこにいった方が人から愛されるでしょうか?どこにいった方が人から嫌われずにすむでしょうか?どこへ行けば有名になれるでしょうか?どこへ行けばバカにされないでしょうか?」

 

「ほっほっほ、ほっほっほ、ほっほほほほ」


 女の子が真剣な顔をしているのに、やはり長老は笑うばかりです。


 しかも、今度は片足を上げ、身体を傾け笑っています。


 明日旅立たなければいけない女の子はむっとしてしまいました。


「長老!真剣に答えてくださいよ!」

 女の子がぷんぷん怒りました。


「行きたくなければいかなきゃ良いさ、ただわかっとかなきゃいけないのは、行かないと決めたことも自分の選択だということだ。

 この島には砂浜が無い。海の水かさが増す、春の温かいこの時期が一番旅立ちに適してるんじゃ。そんな機会を逃すだなんて、宝物を持ったまま腐らせたのと同じじゃ。」

 長老は片目を閉じて言いました。

 

 その時、何処からか、島の峠で茶屋を営んでいる峠の魔女様と、島の入り江の洞窟に住んで、島の内外の仲介人をしている入り江の魔法使い様があらわれました。


 ぼかん


「いって!」

 何処からかあらわれた峠の魔女様は長老の頭を杖で叩きました。


「何すんじゃ!このくそばばあ!」

「うっさいわ、くそじじい。」


 峠の魔女様は杖の先をぱんぱん左手に当てながら、長老を睨み付けました。

 そんな二人のやり取りを見て、入り江の魔法使い様は情けなさそうに、がっくり肩を落とし、また情けなさそうに溜息をついています。

「魔女様」

 女の子は、魔女様にしがみ付きました。


「安心おし、可愛い子、私達がしっかり海の先の陸地につなげてあげるから、その先どのくらいで帰ってくるのかは、自分で決めて良いんだよ?」


 魔女様は優しく抱きしめながら、女の子に言い聞かせました。


「でも、帰ってこない人もいますよね?連絡一つよこさない人もいますよね?帰って来ても旅の事を話さない人もいますよね?」

 女の子は魔女様に詰め寄りました。


「人生なんてどうなるかわからないんじゃ。どうしたいかが肝心なんじゃ。この島だって余りに住む奴が増えてしまったら、何時沈むかわからないんじゃぞ?」


 女の子は何も言わずに長老を睨み付けました。

 長老様は何故だか満足げに笑っています。

 入り江の魔法使い様はやっぱり情けなさそうに、肩を落としています。


 次の日、朝がくると、洪水のように空から雨が降ってきました。

 土が砕ける程に打ち付ける雨に、茶の間のお喋りすらかき消されてしまいます。

 しかし夜になると嘘のようにすっきりと晴れ上がり海の向こうの不二の山の斜め上にまんまるお月様が浮かんでいました。

 島のまわりの海の水かさが何時もよりまし、静かにゆらめきたゆたい、空の星々を映しだしていました。

  そして真夜中になると、お月様は不二の山の真上に昇り、この島の入り江まで光を注ぎ、一筋の輝くみちをつくりました。

 

 入り江にはすでに、小舟が1隻用意されていました。


「おまえは不安定に揺れる水の上を、月の光だけを辿り頼りに、先に進まないといけない。」

 入り江の魔法使い様が厳かな面持ちでしゃべり始めました。


「空も、海も、心も、未来も、ころころ変わる不安定なものだ。それを分かった上で、自分という舟を進めていく。それが、確かな自分の土台を築いて行く事になるからね。」


「ふん、かっこつけやがって。」

 長老様は鼻をほじりながら、入り江の魔法使い様にケチをつけました。

 長老様は呪文をうたう時くらいしか素直になれないので、入り江の魔法使い様が羨ましいのです。


 入り江の魔法使い様は心が大きな方なので、長老様の言葉をその場は聞かなかったことにしました。


 長老は女の子が舟に乗るのを確認すると、腰かけていた岩から立ち上がり、今日この時、入り江の崖のきわまで量のました海と、雲一つない空に感謝の一礼を捧げました。

 

 女の子は昨日の事で、長老にちょっとまだ腹を立てていましたが、長老の顔を間近で見て「行ってきます。」と、笑顔でみんなに向って言いました。


 長老は、厳かに両手をうちから外に回し、天に杖を掲げました。


「お空のガスの塊が、おまえが見上げて星になる。

 お前が希望を抱いたら、世界はそれを映し出す。

 形ない不安を希望に変えて、形ある未来を築いていく。」


「変えられないものを許してみれば、変化と繋がる愛が生まれる。」

長老様に続いて、峠の魔女様がうたいます。


「さぁ、おいき可愛い子、わたしたちの自慢の子。」

 入り江から、3メートル程高い崖の上に立っていた数十人の魔法使いたちがうたいました。



「おまえがつくるまだ見ぬ未来を、わたしたちは手放しで信じている。」

 一番最後に杖を掲げた入り江の魔法使い様が長老様の直ぐ後ろでうたいました。


 すると、女の子の乗った舟が、月の照らす道を、カモメが空を飛ぶ速さで走りはじめました。

 


 女の子が目覚めると、既に朝が来ていて、初めての陸地についていました。


 幼いころから眺めていた不二の山が何時もより、ずっと近くに見えました。

 女の子は取り合えず、不二の山に登ってみたいと思いました。




 それから女の子は20年間この島に戻りませんでした。

 しかし、ある春の日に、夫と娘を連れ、ひょっこり帰って来ました。

 何の連絡もなく、帰って来たので、島の皆は心底びっくりしました。

 女の子はもうとうに女の子でなく、今ではもうすっかり不二の山の魔女として、自分の家族と楽しく暮らしていたのです。



「なんて事だ。」

 長老のロカ様は不二の山の魔女に手をひかれている女の子の顔を見て驚き、切なげに顔を歪めました。


「この子は昔、わたしを樹海で助けてくれた、白い雪の女神様にそっくりじゃないか。」

 ロカ様は大粒の涙をぼたぼた零して、声を上げて泣きました。


 その夜は、三日月の下。この島の桜の大樹の元に大勢が集まり、春夜のパーティが行われました。

 良く晴れた星の美しい空で、人の眼では到底見えるはずの無い星さえも、今晩は地上と強くつながり、ずっと遠くで輝いているのが感じられる様です。


 次の日、破壊と再生の星が248年の時を経て、地上から見て248年前と同じ空の位置に返って来ました。

 その時、この島の長老のロカ様は248歳の生涯を終えました。

 桜咲く、春の朝の事で、長老のロカ様の目の先には、不二の山が太陽に照らされ、宝石よりも眩しく輝いていたそうです。




 おいしいみずだと朝日さんに怒られるかも知れないと思い、こういう題名にしました。

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