最終章 冬の未来 2
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季節は移り、夏が過ぎ、秋を迎え、冬を越し、また春がくる。晴れて高校
を卒業する武志郎は超難関といわれている大学を受験し、そして落ちた。
すべり止め二校には合格することができたのだが、彼はこの春から浪人生と
なることを選んだ。一年間、よけいに金がかかるため、父、伸宜それに母、
篤子へ必死に頼みこんでのことである。香里は当然、一流といわれる大学に
見事合格し、彼女の夢への第一歩を踏みだした。
三月上旬、卒業式の翌日。この日は関東地方に大寒波が訪れ大雪となっ
た。まさしく寒の戻り、冬の再来のようなこの日、武志郎と香里は待ち
合わせて『斗弥葉』へと向かっていた。もちろん勇人主催の卒業記念
パーティーがとり行われるのである。三年生になり、文系、理系クラスの
選択があって二年生のころの仲間たちとはバラけてしまった。しかし勇人
は同学年の者には誰かれかまわず声をかけたようである。一年のころ、
二年のころ、そして最後の同級生が勢ぞろいしたら、とても『斗弥葉』には入
りきらないが、できるだけ多くの仲間たちと騒ぎたいと彼はいっていた。
「香里、ブシロー君!」背後から声がかかり、ふたりが傘ごしに見ると、メイ
クをバッチリと決めている丘蓮美が笑っていた。彼女はスポーツ推薦による
大学入学が早い段階で決まっていた。意外にも現在は、山原勇人の彼女であ
る。当の勇人はというと彼自身、多くを語らないが、大学へ進学すること
なく、この春から一青年実業家として起業するらしい。それがどんな商売
なのかは、現時点では彼氏の彼女である蓮美ですら知らされていないのだ
という。
その事業の共同経営者に名を連ねているのが、神奈川県の先輩女子、一年
半前の夏、就職にいきづまっていた坂主朋慧だというのが、もっかの
ところ、蓮美にとっては最重要の不安要素であるようだ。クールを信条と
するバレー部エースアタッカーの彼女は、決して誰にも打ちあけたりは
していないのだけれど。
「──冷えるよねぇ。勇人のヤツ、天気予報くらいチェックしとけっ
ての!」白い息を吐きながら、蓮美は、紅をさした唇をとがらす。
「本当だよな。電車止まったら最悪だよ」武志郎がぼやくと香里も同意する。
「わあ、可能性あるよね。大丈夫かな?」
「昨日までは、電車が止まれば学校休めるとか思ったけどね」
「うふふ、もう卒業生ぶってる」手袋をした手を口元にそえて微笑む香里。
「うっせーよ、香里」武志郎も笑う。
「相変わらず仲いいのね、童貞に処女。帰れなかったらふたりでラブホに泊ま
れば? もういいんじゃない? 卒業したんだしさ」蓮美のこの軽口に思わず
押し黙ってしまうふたり。幽霊キスならぬ初キスこそ、ふたりがともに過ごす
きっかけとなった修学旅行、その最後の夜にすませてはいたが、武志郎は父と
の約束を守り、香里も合意の上で、その先には進まずにきているのである。
「……俺、浪人生だし。金ないし」
「蓮美、山原君とつき合ってからずいぶんと明るいというか、軽くなったよ
ね?」
「香里、それはお互いさま。じゃない?」
三人はしんしんと降りしきる雪の中、赤、青、透明の傘を並べ、たあいの
ないお喋りを楽しみつつ、ひとけのほとんどない住宅街を、ギュッギュッと
いう白い水蒸気の結晶を踏みしめる音を鳴らしながら、ときにはステップを
踏みながら、足を積雪にとられて転びながら、爆笑しながら、痛ぇと
泣き声をあげながら、前へ前へ、先へ先へ、てくてくと歩んでいった。
(つづく) ──次回、最終回。