最終章 冬の未来(ウィンター・フューチャー) 1
最終章 冬の未来
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九月になり二学期が始まると、あっという間に文化祭となり武志郎たちの
クラスではお化け屋敷を開催した。しぶしぶではあったが武志郎は落武者の
幽霊役を熱演、それなりに好評を博した。このころから週四日の予備校通い
を始め、週に三日は一学期と同様、放課後、香里とともに学習を続けた。
その甲斐があったのか、十月に入って行われた中間試験では高校入学以来
かつてない史上最高の成績を収めることができた。とはいってもあくまでも
武志郎史上というだけのことで、全体的に見ればまだまだではあるけれど。
同じ月には体育祭があったが、運動神経に難のある彼に活躍の機会はおとず
れなかった。あの薩摩浪士に取り憑ければ! などと思ってしまう武志郎で
あった。
そしてやはり同じ月の末に、いよいよ修学旅行が始まり、武志郎と香里は、
孝雄や勇人などの悪ガキどもに大いに翻弄され、しかし修学旅行実行委員
の任をなんとか無事、まっとうすることができた。香里とふたりで京都、
清水寺をブラブラと歩いていたとき、こんな会話があった。
「武志郎君さ、こうして見るとその制服、西郷さんたちの着ていた軍服みた
いだね」
「ああ、紗世ともそんな話したことあるよ。カラスみたいに黒いとかって
いってたな、あいつ」
「へえ……紗世と。──紗世も京都、連れてきてあげたかったね」
「…………」武志郎は素早く周囲を見わたし、香里の手をギュッと握る。
「なに?」
「あいつがいたら、こんなまねできないけど。それでもいいか?」
「……やだ」香里はあたりを彩る紅葉に負けないくらい真っ赤に頬を染め
ていた。
この旅を終え、十一月になると武志郎は積極的に学内外の受験セミナーや
講習会に参加しはじめた。このころには、武志郎の受験に対する姿勢の急激
な変化に懐疑的であった彼の両親も、担任教師の笹井までもが彼の内なる
本気を認めざるをえなくなり、応援してくれるまでになっていた。
そして十二月の初旬に実施された期末試験では、またワンランク上の成績
を収めることができた。剣道部の顧問であり体育教師である柳川に廊下で声
をかけられ、「がんばってるな、ブシロー」そういわれたときには不覚にも
泣きそうになった。
この期末考査のあとは当然のごとく勇人主催の慰労会があり、武志郎も
香里もはじけたように祭りを楽しんだ。ただし今回は酒を慎んだ。夜の
学習にさわるからである。
十二月二十一日、二学期終業式の前日にあたるこの日が、香里の誕生日で
あった。武志郎は勇人や孝雄、律子や蓮美に相談を持ちかけ、サプライズバ
ースデーを計画した。場所はもちろん『斗弥葉』であるが、翌日のことも
あるので全員、禁酒とした。まあ、この国の法律にそむく行為なのだから当
たり前の話である。香里が涙を流して喜んでくれたことで、夏の約束をひと
つ果たせた武志郎は安堵のため息をついた。ちなみに彼の香里へのプレゼ
ントはブランド品の髪留めであった。彼としてはがんばった方であろう。
そして、この次にはクリスマスがひかえている、それが武志郎の悩みの種で
あった。
クリスマスが過ぎ、除夜の鐘を聞き、三が日が明けると三学期が始まった。
月末の中間試験での武志郎の成績はクラスでいえば上の下。学年でいうと中
の上といったところであった。まだまだ道のりは遠い。気力が続かないとき
は、昨年の、あの夏を想うことで乗りきることができた。
二月は武志郎の誕生日、バレンタインデーといったささやかなイベントを
香里とともに過ごし(もちろん、昼間である)、迎えた三月の初旬には期末
試験があった。
「ブシロー、お前、マジどうしちゃったの?」教室で武志郎の答案の点数を
のぞき込んだ孝雄が目を剥いた。「天変地異の前ぶれか?」
「バカ、俺には香里先生がついてんだ。羨ましいか? タカも律子大先生に
教われば?」
「成績下がるわ、そんなん!」
「……こんないい方なんだけどさ」
「なんだよ? ブシロー」
「タカ、今年は部の主将だろ? 最後の夏の大会、がんばってな」
「てか、お前にだけはいわれたくねぇ!」
「てか、じゃあ、負けちまえ!」
「てか、うっせ!」
「なら、がんばれ!」
「おうよ!」
武志郎は思った。がんばれ! みんな。そして、俺──と。
(つづく)