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聡慧なる使い魔  作者: k.okb
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革命の起こり

 「かなり鍛え上げられたのではないか?」

シャーリーが尻尾で器用に地面に置いた鹿狩帽(ディアストーカー)の砂埃を払いながら言った。

 「だいぶ慣れてきたっすね。身体全体を硬化させたいと思ったときに、身体強化の硬化のやり方を思い出した感じっす。」

 「ふむ。おそらくは己が意思、この場合は願望か。それに応じて、可能であれば、魔術の使い方が自然と理解される。そういう仕組みらしいね。」

 先日の一件。山羊殺しの事件から一週間ほどが経っていた。俺たちはまだその村に滞在してる。どうやら、一番近い都市に使いを出して、衛兵に来てもらい、罪人たちを移送することとなったらしい。本来、このような事件は村で対処するものらしいが、今回は事情が違うためだ。ショーン曰く、テイマーのギフトも得ていない者が魔物を手懐けたことが問題視されてるらしい。今後、そのようなことが頻発すれば国家の大事である。だから、調査のため移送することになったそうだ。そこで俺たちも、その移送と共に、都市を目指すことにした。その衛兵団が来るまでの間、少しでも強くなろうと言うことで、絶賛修行編というわけだ。

 『アクア・ラディウス(水の放撃)』

 そう唱えると、宙に浮いた水球から放射状に、水のレーザーが飛んでいく。ある程度、狙った方向には飛んでいくが、精度は低い。

 「多数を相手取るときに使えそうではある。」

 何か含みのある言い方だ。少しムッとする。

 「そっちこそどうなんすか!探知と変装じゃあ攻撃には向かないっすよね?」

 シャーリーの魔法は前衛での戦闘には向いていない。まさしく探偵向けの魔術と言えるだろう。

 「ふむ。私にはバリツがあるし、その代わりでは無いが、ステータスは上がりやすいらしい。それに、変装は便利だ。」

 そう言うと、ぼんっと煙に包まれた。煙が晴れた場所には、少し痩せこけた英国紳士が堂々と佇んでいた。

 「まじっすか……。変装というより変化じゃないっすか。」

 再び、ぼんっと煙と共に、元の子犬のシャーリーが現れる。

 「しかし、長期間は持たん。諜報活動には役立ちそうだな。」

 ニヤリと笑った顔から尻尾へと視線を向けると、ブンブンと元気よく左右に振れている。

 「まぁ君もいくつか、この一週間で物にしたようだし。さて、そろそろ戻るとしよう!我らの案内人が到着したようだ!」

 探知でも使ったのだろう。今日は衛兵団が村に到着する日だった。急いで村へと向かう。


 村に戻ると、入り口のところで老人が甲冑を着た人物と話をしている。

 「ショーンさん!ただいま戻りました!」

 彼はショーンという老人だ。村に初めて来たとき、彼が村長に渡りをつけてくれたおかげで、野宿から解放された。事件と引き換えにだが。

 「おお。あんたら戻ったか。ほれ。こちらが今回世話になる衛兵団の団長さんだ。」

 身長は俺よりもずいぶん大きい。190センチはあろうかと思う。兜を脱ぐと、そこにはイメージ通りの厳ついおっさんがいた。

 「ハットンだ。よろしく。」

 そう言いつつ、握手をするため、右手を差し出してきた。もちろん、俺も応じる。ギュッとキツく握られた手から、相当の強さを感じる。

 「ケイです。ケイ=キリュー。こっちは使い魔のシャーリーです。よろしくお願いします。」

 負けじとこちらも握り返す。ほう、やるな、と言った顔つきだ。

 「しかし、使い魔持ちとはまた稀有な存在だな。それに家名があるとは、どこぞの貴族かね?」

 しまったと思った。日本でもそうだが、全ての人間に苗字がつくのは近代以降。普通は名前だけだ。

 「我が主は記憶喪失であられる。名は覚えていても、そのほかは全て失われた。どうか容赦してほしい。」

 今まで黙りしていたシャーリーが助け舟を出す。

 「これは失礼した。その歳で記憶喪失か。しかも、ご老人に聞いたところ、一人と一匹で森を彷徨っていたとか。大変だったな。」

 可哀想な人間を見る目で、同情を持ってそう言った。

 「いえ。俺たち二人だったんで余裕っす!」

 そう言い放ってやった。そうか、そうかと子どもの強がりを見るように言ったあと、彼はショーンの案内でライルと村長の元へと向かっていった。

 「やけに突っかかっていたが、何か腹の立つことでもあったかい?」

 「あいつ、一匹って言いやがった。」

 確かに側から見れば、そうなのだろう。しかし、シャーリーをただの使い魔として見られたことが無性に腹が立った。

 「ハッ!君は愉快な人間だよ。」

 そう言って、シャーリーは村の中へと歩いて行った。後ろから見た尻尾は大きく振れていた。


 あれから誰もいなくなった村長の家に滞在させてもらっている。もちろん家主は不在だ。村の中を村長の家へと歩いているとき、家の前に立派な馬車が止まっているのが見えた。そのとき、馬車の戸が開く。中から銀髪の綺麗な少女が降りてきた。そして、こちらに気がつくと、歩み寄ってくる。

 「貴方たちが例の事件を解決した二人か?」

 足元から顔へと品定めするように、じっと見てからそう言った。

 「そうっすね……。ええと…そちら様は?」

 甲冑を着た美少女からはとても良い香りがした。

 「ああ。すまない。私はメイ=ブライアン。今回の件について気になったので、ハットンに無理を言って同行させてもらった。」

 口調から察するにそれなりのお家柄なのだろうか。とりあえず、悪い人ではなさそうだ。

 「俺は、えっと私はケイと言います。こっちは使い魔の。」

 「シャーリーと申します。以後、お見知り置きを。」

 さすが英国紳士。犬の姿だが、丁寧に紳士らしい振る舞いだ。

 「普通に接してくれていい。私も堅苦しいのは苦手なんだ。どうだろう?少し話を聞かせてくれはしないか?」

 「私は、えっと俺は大丈夫っす。良かったら中はどうぞ。」

 丁寧に話そうとしたときに、少し悲しそうな顔をしたので、どうにかいつもの口調に戻した。そして、俺たちは村長の家の中で事の次第を説明した。

 「なるほど。まさか本当に魔物を手懐けたとは。どうにか、その手段を聞き出さなくては!ただの狩人にそんな術は自力では到底身につけられん。おそらく裏で糸を引いてた者がいるはずだ。」

 テイマーとは珍しいらしいし、その線で間違いないと思った。シャーリーを見る感じ、彼も同意見のようだ。

 「その、俺たちも都市へ行ってみたくて、同行したい旨を伝えていたと思うんですが、それは構わないっすか?」

 顎を触りながら、思慮に耽っていた彼女は少し目を見開き、こちらの向いた。

 「構わないよ。道中危険はあるが、我々も付いているし、貴方たちも腕が立つようだ。問題ないだろう。」

 断られることも予想していたので、胸を撫で下ろした。今日はここまでにして互いに休むことにした。明日はいよいよこの村を出ることになる。

 メイが家を出て、俺たちは寝室へと向かった。明日は朝から旅の準備を整えないといけない。早々に休むことにした。

 「主よ。」

 寝ようとしたとき、シャーリーが声をかけてきた。

 「どうかしたっすか?」

 「あの少女。悪い人間とは思えんが、些か気を許しすぎではないか?」

 もちろんシャーリーだって、メイが悪者だとは思ってもいないだろう。しかし、もしもの場合も想定しているからこその提言だろう。

 「そっすね。たぶん大丈夫っすよ。」

 「根拠は?」

 「彼女は、『二人』って言ってましたから。」

 シャーリーがにわかに目を見開き、首を持ち上げたのが見なくてもわかった。

 「はっ。それは理に適っているな。おやすみ。」

 嬉しそうな声が聞こえた。


 翌朝、例のごとくシャーリーは既に起きており、窓の外の様子を伺っている。

 「やぁ。主よ。よく寝られたかな?」

 「お陰様で、最高の目覚めっすよ。」

 目を擦りながら答えた。シャーリーが俺が寝ている間も周囲に注意を向けているのを、ここ数日の様子で知っていた。礼を言うのは無粋だと思い、何も言ってないが、お陰で安心して寝ていられた。

 「さて、いよいよだな。準備はできているのかい?」

 「もちろん!万全っす!」

 今日はこの村を去る日だ。数日をかけて、一番近くの都市を目指す。旅の準備はここ数日でショーンさんの力を借りて完了した。初めは無愛想な爺さんだなと思っていたが、存外世話好きの良い人らしい。

 都市に行くなら、パイプはあるだろうか。茶も嗜みたいものだ。そんなことをシャーリーがぶつぶつと言っている。どうだろうか。そんな会話をしながら階下へ降りた。

 「やあ!おはよう。お二人さん。昨夜はよく寝れたかな?今日は出発だが、昨日も言った通り道中は決して安全とは言いがたい。体調は万全でないとね。」

 鎧姿の綺麗な気品のある女性がそう声をかけてきた。昨日出会ったメイという少女だ。

 「大丈夫っす!ぐっすり眠れたっすよ!」

 本当に大丈夫だ、と伝わるよう元気に返事をする。それを見て、うんうんと笑顔で彼女は頷く。幼さと包容力が同居する素敵な笑顔だった。

 「さて。これを見てほしい。」

 そう言って机に彼女が広げたのは、この辺りの地図らしい。

 「ここが我々がいる村だ。そして、ここが目的の都市。ビスミラだ。」

 この村はかなり端にあったようだ。彼女が指さしたところが地図の右下の方だった。そこから、少し左上。中央の方がビスミラという都市らしい。

 「道中危険があるとのことだったが、どのような脅威が?」

 「うん。この向かう途中に森があるだろう?ここが一番魔物が出やすい。とはいえ、先の一件で君たちが殲滅した黒狗(ブラックドッグ)程度さ。まぁ、最近より強大な魔物が出たという噂があったが、ここへ向かう途中、形跡は無かったし、おそらく眉唾だろうね。」

 少し脅かしておこうと、悪戯っぽく彼女が笑いながら言った。

 (盛大にフラグを立ててくれた気もしなくないが……。)

 そんな一抹の不安を抱えながら、話の続きを聞く。

 「あと少しで出発だ!最終、荷物の確認は怠らないように!あとは挨拶をしておく人間が居れば、別れをしておくんだね。」

 そう言って彼女は家を出て行った。俺たちも朝食を済ませて、すぐに出ることにした。村の人たちにはお礼だけは言っておかないといけないと思ったからだ。

 畜舎に向かい、ハントに別れを告げ、その足でサラの元へも向かう。二人は結局、寄りを戻したようだ。二人とも、こちらが礼を言うどころか逆に礼を言われてしまった。

 「さすが逞しいっすね。」

 ハントたちが寄りを戻したことに、やや不満そうに俺はシャーリーに話しかけた。

 「そうでもしなければ生きて行けんのさ。ハントも義理堅さが村の人間に再認識されたようで、若いながらも次の村長候補らしいじゃないか。僥倖(ぎょうこう)だよ。」

 確かに誠実な人間が報われるところを見るのは気持ちが良かった。最後にショーンさんのところへ寄った。

 「そうか。行くか……。村のもんと話をして、用心棒として居てもらいたいと、そう思ってあったんじゃが。そうもいかんわな。」

 そう言われると嬉しくも心苦しくもある。

 「俺らもそうしたいんすけど、やっぱり色々見て回ってみたいんす。」

 やはり、どの世界でも別れは辛い。

 「私たちにとって、ここでの時間は悪くなかった。しかし、いつの時代も若者は旅に出るものだよ。寂しくはあるが、笑っていこうではないか。」

 そうシャーリーが言ってくれたのが嬉しかった。


 荷物を担ぎ、村の唯一の出入り口に立つ。鼻をすすり、足を踏み出した。そのとき、少し成長出来た気がした。小さな門のところには、あの時と同じように老人が寂しそうに座っていた。


 村を出て、2日経った。今のところ大きな問題はない。強いて言うなら、馬車の座り心地がイマイチなことくらいだ。

 「あとどれくらいで着くんすか?」

 向かいに座るメイに問いかける。向かいには甲冑を着た銀髪の少女が座っている。

 「そうだね……。この感じなら、あと2日もすれば着くんじゃないかな?良いペースだよ。」

 魔物もほとんど出くわしていない上、思っていた以上に衛兵団が屈強だったことから山賊にも出くわさず、安全な旅を今のところ続けていた。今はちょうど道中の森を中程過ぎまで進んだところのようだ。

 「主よ。」

 小さくシャーリーが声をかけてきた。

 「なんすか?トイレっすか?」

 完全に緊張感が失われていた。

 「ふざけているのか?君は。外に魔物がいるぞ。例の狗だ。数は10匹ほどかな、ものの数ではない。ただ、その奥に妙な気配を感じるが。」

 日和っていた自分が恥ずかしかった。思わず赤面し、手で顔を隠す。

 「どうする?この者たちでも対処は可能なようだが、我々の力を証明する好機だと思うが?」

 そのまま、シャーリーは続ける。確かに、ここらで見せておくと良いかもしれない。アピールの場は必要だった。

 「行きますか。」

 そう言って立ち上がる。

 「すみません。外に魔物が来ているみたいっす。数は大したことないみたいなんで、俺らでやっちゃって来ますね!」

 メイに告げる。

 「おい!大丈夫かい?何かあってはいけない。私も行くとしよう!すまない!一度止めてくれ!」

 御者にそう告げると、3人で馬車を降りる。衛兵たちは雰囲気から戦闘態勢に入る。よく訓練された良い兵士たちだ。

 「そっちの陰から、数匹。こちらは私が対処しよう。」

 シャーリーがそう言った時、草陰から黒狗が数匹飛び出してきた。

 「来たか!構え!1人で戦うな!数人で囲んで仕留めろ!黒狼(ブラックウルフ)だ!」

 的確な指示を出す。しかし、妙な言葉を聞いた気がする。

 (黒狼?黒狗ではなく?確かに若干、前見た奴よりも大きく、何か小さいツノも生えている。見た目だけであまり強そうなオーラではないけど……。)

 その時、草陰からメイを目掛けて、1匹が襲い掛かる。

 「くっ!」

 咄嗟にメイが防御しようとする。そこに、俺が横から跳び蹴りをかました。ギャンと鳴き、魔物が吹っ飛ぶ。しかし、すぐさま立ち上がり、こちらに向かってきた。

 (修行の成果を見せる時っすね!)

 素手で噛まれないよう、注意しながら敵の噛みつきをいなす。そして、修行で編み出した技を喰らわす。身体強化でパワーを強化。同時に右腕全体を硬化。炎で右腕をブーストさせて、加速させ、思いっきり拳を振り下ろす!

 『女王の鉄槌(ハンマートゥフォール)

 加速した拳が黒狗の顔面を直撃する。顔を歪ませ、斜め下の地面へとめり込んだ。めり込んだ地面は深く陥没するほどの衝撃だったようで、拳の先には魔物の首から下しか残っていなかった。

 「うおっ!グロ……。手が血だらけだ……。何か拭くもの!」

 あまりのグロテスクな光景に少し困惑気味である。しかし、それは周囲の方だった。衛兵団と銭湯していた黒狗は一目散に森へと逃げ帰った。

 「君たちは一体……。たった一撃で。それも殴っただけなんて……。」

 メイが呆然としている。手からは力が抜けたのか、剣がカランと音をして地面に落ちた。

 「いや、前にも戦ったんすよ!あのとき、初めは対処できなかったっすけど、慣れたら余裕でしたし、その後、シャーリーとかなり術の研究とかしてたんで!」

 化け物を見る目でこちらを見ていたので、慌てて、その場を取り繕う。

 「その話は聞いている。ただ、君たちが戦ったのは黒狗(・・)だろ?今のは、黒狼(・・)だぞ!黒狗10匹で黒狼1匹相手になるかどうか……。」

 まさか、黒狗ではなかったとは。身体の使い方、術の研究をしただけで、これだけ成果が出るとは。もしかすると、成長にもプラス補正でも働いているのだろうか。嬉しい誤算に心が躍った。

 「いや、何というか……。めっちゃ修行したんで。」

 言い訳になっていないのは承知だが、それしか言いようが無かった。

 「まあいい。機会があれば私もその修行とやらを体験してみたいものだ。」

 なんとかやり過ごせたようだ。というより、不問としてもらったというのが正しいのかもしれない。彼女は納得していない様子ではあるが、今は優先すべきではないと判断したようだ。今は他の団員に指示を出している。

 「今後はうまくやる必要があるようだね。どうやら我々の力はこの世界では、度を超えているらしい。」

 シャーリーが囁いてきた。俺は小さく頷く。ただでさえ記憶喪失の設定だ。目立って得はないだろう。

 

 翌日には森を抜け、その後は何事もなく都市へ着くことができた。大きな壁に囲まれている。城塞都市といった印象だ。都市に入るには、門を抜けなければならない。堀に架かる橋には、列が出来ている。おそらく税がかかるのだろう。身元の確認、積荷の確認、そして徴税を行なっているのだろう。それもそうだ。壁に囲まれているということは、外からの攻撃には強いが、内からの攻撃には弱いということだ。

 「ちょ、大丈夫っすか?!俺、身分証みたいなのは持ってないんすけど……。それに、えっと記憶喪失ですし。」

 ヤバいと思った。ここで文字通り門前払いは洒落にならない。

 「その点は安心してほしい。私が保証するよ。」

 笑顔でメイがそう言ってくれた。やはり、それなりの身分の持ち主で、ある程度融通が利く位には高いということだろう。一安心していると、我が衛兵団の番になった。すると、なぜか門が閉まる。

 「止まれ!積荷は何だ?」

 門番の1人が高圧的な態度で接してきた。

 「我らは罪人を護送中だ!それに私たちはこの都市の衛兵団の部隊である!身分証もこの通りだ。」

 そう言うと、彼女は胸元からペンダントを取り出した。円形の硬貨のようなものに、横顔と剣が描かれている。

 「ふん。最近、衛兵団を騙る賊がいるらしいのでな。それでは証明にならん。中から衛兵団の責任者を連れてくるので、面通しが済むまで申し訳ないが、待機して頂こう。」

 まさかの事態である。自分たちどころか、隊長である彼女すら怪しまれているようだ。もうすぐ日が落ちる。このままでは壁外での野宿なんてことにもなりかねない。さすがにそろそろベッドで寝たい。

 「なっ!?私はブライアン家の人間だ!この剣を見よ!ブライアン家の紋章があるだろう!」

 そう言って見せた剣の柄には見事な蛇と花が刻印されている。

 「そう言われても規則なので。すまないが、列から外れて待機してほしい。」

 そう言った兵士の顔はやや困り顔だった。何か事情があって通せないのだろうか。

 「シャーリー。どうする?このまま野宿っすかね?」

 「それはごめん被るね。どれ。一肌脱ごうではないか。何か事情があるようだが、事情を話してもらえれば何とかなるかもしれんしな。」

 そう言うと、俺の頭の上に飛び乗って、ほれ、と足蹴にする。やや屈辱的ではあるが、言う通りにメイと門番の兵士の元へ向かう。

 「いやいや、どうされました?何か困ったことでも?」

 どうも険悪なところに飛び込むときに、へらへらとしてしまうのが悪い癖だ。

 「ケイ。すまない。何かの手違いだと思うのだが、私の身分が保証されないらしい。」

 そう言って、彼女は横目で兵士を睨みつける。兵士は両手を挙げて、困ったと言わんばかりだ。

 「なるほど。なるほど。兵士殿は彼女をご存じない?ほお。それはそれは。」

 芝居がかった口調だが、全て頭の上のお犬様の指示だ。

 「知らんな。」

 兵士も頑なである。

 「では、もしも彼女の身分が証明されたあかつきには何かしらの処分が下ることも辞さないと?」

 一瞬たじろいだが、すぐに強く頷いた。どうやら、そのあたりは保証されているようだ。そこで切り口を変えてみる。

 「それじゃあ、なぜ門を閉めたのですか?先程までは開け放っていたのに?」

 兵士が、それは…と口籠る。

 「知ってたんでしょ?いくら衛兵団に偽装した賊が出るとはいえ、商人に偽装しない理由にはならないっすよね?俺らが来るのを知ってたんでしょ??ね?斥候でも放って。だっておかしいっすよね?万一にも無理に突破されないように閉めたんでしょ?それに衛兵団の誰かに面通しって………。まずは、自分の上司に報告じゃないの?知ってるから、予定通り衛兵団に掛け合うって言って時間稼ぐんすよね?」

 兵士はタジタジである。確たる証拠は一つもない。全てただの推測に過ぎない。しかし、それだけで追い詰めていく。兵士は困り果ててしまった。

 「上司呼んでもらっていいすか?あんたじゃ話にならない。」

 どこかで聞いたようなセリフだ。これではもはやクレーマーである。ここで、歩み寄る。

 「ね?そちらの事情も重々わかるっす。事情を話してくれないっすかね?悪いようにはしないっす。話してくれれば、やりようはあるでしょうに。」

 捲し立てれば何とかなるものだ。ついに、門番の兵士はひそひそと事情を語り出した。

 兵士曰く、上からのお達しで彼女たちを入れてはいけないとのことらしい。どうやら、今彼女に戻られると不都合らしい。一晩で良いから時間を稼げと。そこで、賊の話を持ち出し確認に時間を取ると、そう言って一度門前払いをしようとしたらしい。

 「と言うわけらしいっす。何かの心当たりはないっすか?」

 おそらく一番心当たりがあるであろうメイに問いかけてみた。今回の件は、俺たちではなく彼女を入れないことが目的のようだ。

 「なるほど。私のことで迷惑をかけたようだ。何、良くある家同士の揉め事だ。私たちブライアン家とジャコバン家が大層仲が悪くてね。向こうはこちらを取り込もうと私を三男の嫁にと申し出で来たのさ。もちろん断っていたよ?その三男が嫌な男だったしね。」

 笑いながら話すも、顔は笑っていなかった。貴族にありがちな政略結婚の嫌なところを見た。どうも両性の合意でのみ、結婚が認められる国で生きてきたせいか、この手の話には虫唾が走る。

 「で、今回おそらくだが、強硬手段に出てきたのだろう。こちらは伯爵家、あちらは侯爵家。身分としては、あちらが上さ。幸い人気がないから、あまり強気には出てこなかったのだが。なりふり構っていられない事情があるのかもしれない。」

 またも虫唾の走る話である。身分については、この際構わない。ただ立場を良いことに、思い通りになると思っている人間はどうもいけすかない。

 「ムカつく話っすね。他所様のことなんで、他人が口出しをすることじゃないのはわかってるんすけど。そんなのガツンと言ってやったら良いじゃないすか!」

 後半はできる限り、陽気に話した。あまり深入りし過ぎても良くない。

 「そうだね。ただ、簡単には袖にするには、身分の壁が大きいのだろう。我が国でも身分の壁を越えるのは、テムズ川を越えるよりも遥かに難しい。」

 ありそうな言い回しだが、記憶にないので、おそらく彼の自己流の言い回しだろう。しかし、事実そうなのだ。彼女の表情を見ればわかる。

 「軽率な発言でした。でも、何かあれば言ってくださいね?俺らにできることなら、お手伝いさせてもらうっす!」

 「ありがとう。そのときは頼りにしている。」

 儚げに笑う彼女を見て、心が痛くなった。もちろん、助けてくれと言われれば、可能な範囲で応じるだろう。しかし、それも本心かと言うと、やや怪しい。社交辞令がないと言えば嘘になる。そんな自分が恥ずかしかった。


 ガシャン。

 門の横にある小さな扉から、いかにも上司という感じの男がこちらにやってくる。

 「メイ=ブライアン様ですね?先程は部下が失礼しました。お詫び申し上げます。」

 そう言うと、彼は深々と頭を下げた。

 「いえ。彼も職務を全うしただけなのでしょう?兵士として誇らしいですね。」

 いつもは凛とした彼女が、そのときは聖女のように見えた。どちらが本当の彼女なのだろうか。

 「そう言っていただけると幸いです。早速、本題なのですが。」

 そう言い淀むと、こちらを横目で見た。部外者がいるけど良いのか?そう言わん顔だ。それを察したのか、彼女が頷く。

 「彼らは我が家の事情を知っている。もはや隠す必要などない。この場で話してくれ。」

 やや納得いっていない様子で、そうですか、と言い上司の男が話を始めた。

 「ご察しの通り、我らはお父上の要請でお嬢様を締め出している次第です。ザヴィエ=ジャコバン様がお嬢様を差し出せと、私兵を連れて屋敷に詰めかけたのです。おそらく脅しでしょうが、お嬢様の身を案じたお父上が落ち着くまで入れるなと。」

 思ったより状況は逼迫しているようだ。冷静を装ってはいるが、彼女の拳は強く握られていた。

 「そうか……。わかりました。しかし、この状況を当人が黙って、ほとぼりが冷めるのを待つなどできません!バレないようにするので、どうか壁内に入れてはもらえないだろうか?」

 強く、しかし嘆願するようにメイは男に伝える。一瞬、男は眉をひそめたが、初めからそのつもりだったようだ。

 「そうおっしゃると思っておりました。私たちもブライアン家の皆様には感謝しております。何とか増税を免れ、今年の冬を越せる目処がついたのも、あなた方のおかげです。市民の多くはあなた方の味方です。どうぞ。こちらへ。」

 どうやら、彼女の家は市民の味方らしい。彼の言葉からは、もし内乱が起これば、私たちは味方をします、と言っているようにも思えた。

 「すまない。この借りはいずれ。」

 メイは拳を胸元に置き、頭を下げた。そして、こちらを振り返る。

 「全員で行くことはできない。傍目には、外で締め出されているように装わなければならないのでね。そこで、私とハットン。そして、君たち2人に同行してもらいたい。」

 声がかかるかもしれないとは思っていたが、まさか本当にかかるとは。少し驚いた。

 「俺たちでいいんすか?」

 念のために聞いてみる。

 「ああ。君たちの強さは我が兵10人に勝る。今回は隠密行動だ。寡兵で挑むなら、1人の強さを求めるのが道理だろ?」

 この笑顔は凛々しい方の彼女だった。

 「ご指名とあらば、行かない訳にはいかんだろう!」

 シャーリーの尻尾は左右に大きく振れていた。


 壁内ではバレないように行動しなければならない。目深にフードを被り、日が暮れたのを見計らって入る。ちょうど夕食時なのか、家々には明かりが灯り、中からは家族の団欒の声がする。しかし、それも門からの大通りを一、二本入った通りくらいまでだ。さらに、大通りを外れると、建物はみすぼらしく、明かりも心なしか暗い。

 「貧富の差、ってやつっすね……。」

 資本主義では、貧富の差は大きくなると聞いたことがある。それでも、資本主義の日本でここまでの差はなかった。

 「国が発展するとは、すなわち置き去りにするということでもある。そして、やがて蝕まれた心は人を犯罪へと駆り立てる。それが私の飯の種だったわけだ。そう思うと、なんとも言えない感情になるね。」

 懺悔の言葉とは少し違う。しかし、どこか辛そうにシャーリーは言った。

 「それでも、救われる人がいるなら、まだマシだと思うしかないんじゃないっすか。」

 我ながら、何を偉そうにと思いつつも、これくらいしかかける言葉は見つからなかった。

 「まだマシ。……か。はっ。それもそうだな。」

 少し元気が出たようだ。反論されたら、面倒だと思っていたので、少し安心する。

 「しっ!」

 メイがそう言って、壁に身を寄せながら、左手で俺たちを制止する。いつの間にか小路を抜け、また別の大通りに出てきたらしい。

 「あれを見ろ。あの屋敷が我が家。そして、周りを囲っているのが、ジャコバンの私兵だろう。よくもあの状況で私の身を案じてくれたものだ。我が父ながら尊敬するよ。」

 屋敷の周りには松明を持った屈強な男たちが、20名ほどか、うろついている。

 「どうするんすか?屋敷に忍び込むのは難しそうっすね。」

 「そうだな……。あの様子だと、今すぐ屋敷を襲おうという感じでもないらしい。ひとまず無事は確認できた!私の息のかかった宿がある。一度、そこで作戦を練ろう。」

 無言で、俺たちは頷き、その場を後にする。シャーリーは少し屋敷の方を振り向き立ち止まり、何か考えているようだったが、すぐに後を追ってきた。


 宿は先の大通りから一本、路地を入ったところにあった。裏口から中に通され、2階の角の部屋をあてがわれた。やや埃っぽい部屋だ。おそらく貸し出してはいない部屋なのだろう。

 「ふぅー。コソコソするのは疲れるっすね。まだ心臓がバクバクしてる。」

 「おそらく私が門の外に居ると思っているのだろう。屋敷以外はマークされていないらしい。」

 実際、宿にも敵の手はかかっていなかったし、屋敷までも危なげなく進むことができた。しかし、問題はここからだ。

 「どうするおつもりですか?まさか、乗り込むなんてことはないですよね?」

 久しぶりにハットンが喋った。少し、存在を忘れていた。

 「あぁ。そういえば君もいたね。忘れていたよ。」

 悪気なくシャーリーが言う。ハットンがやや顔をしかめる。

 「落ち着け。まずは当面の目標だが。どうやって奴らの手を引かせる?こちらから手出しはできないぞ?」

 「そうですね。あちらは侯爵家ですし。あなたを取り込んで、最終的には家ごと取り込む算段でしょう。彼らジャコバン家は人気がありませんから。領主不在のこの都市で次の領主に名乗りを上げるにはブライアン家が目の上のタンコブですからな……。」

 領主が不在?そういえばこの世界に来てから、田舎と森しか経験していない。どういう仕組みで社会が成り立っているのか、知らなかった。

 「すまない。我が主には記憶がない。非常時なのは重々承知ではあるが、ここは一つ懇切丁寧に社会の仕組みとやらをご教授願えないだろうか?」

 可哀想だろ?と言わんばかりの顔でシャーリーが2人に頭を下げた。自分だって知らない癖に。

 「ああ。そうだったね。構わないよ。今は少しでも知恵が欲しいのでね。」

 優しい笑顔でメイがこちらを見ながら、そう言ってくれた。その顔が見れたので、シャーリーのことは許すことにする。

 「この都市が所属するのは、中央大都市連合国と言われる国だ。国と言っても、帝国のようなものとは一線を画す。3つの大きな都市と小さな王国から成り立っていてね。一つは、我が城塞都市ビスミラと商業都市フィガロ。そして、宗教都市ピサロだ。そこに王国ファルークを加えた連合国の形をとっている。形式的には三都市が王家に忠誠を誓う形だが、実質はそれぞれの領主が都市の政治の実権を握っているというわけだ。そして、領主は各都市の貴族が代々担うのだが、数年前までビスミラの領主だった家が断絶してしまってね。それで、我一族とジャコバンの一族で次の領主を争っているのだ。彼は身分こそ上だが、人気がなくてね。そこで、我が家と繋がりさえ持ってしまえば、王も領主として、認めざるを得ないのだよ。」

 なるほど。わかったような、わからないような。とにかく、ジャコバンからすれば、無理矢理にでも同じ一族であるといえる状況になれば、勝ち。晴れて領主となり、好き勝手ができると。そういうわけらしい。

 「どこにでも小悪党というのはいるらしい。不快だよ。しかし、そうなると事態は複雑ですな。あなたは結婚はしたくないが、かと言って、『ジャコバンさん、あなたは嫌われているでしょう?』と面と向かって断るのも身分的にも難しいというわけだ。」

 ここでも身分が邪魔をするようだ。

 「そうだな。こればっかりは仕方がない。兄上は家を継がなければならない。そうすると、一番年齢も近く、都合が良いのが私というわけだ。仮に私が居なかったら、幼い妹にも手を出しかねん。それは避けたい。気に食わんがな……。」

 兄妹がいたとは。少し興味が湧く。しかし、今は聞ける雰囲気ではないので、言葉を飲んでおく。

 「わかったことはなす術がないということでしょうか?しかし、いつまでもこの膠着状態を続けるわけにもいきませんし。」

 ハットンが話を戻した。声を聞くまで、またもや存在を忘れていた。もはや才能だな。

 「うむ……。明日明後日に向こうが何か仕掛けてくるとは思えんしな。いっそのこと王国に出向き、王に直談判でもするか?」

 冗句なのか本気なのか。苦笑いをしながら彼女は言った。

 「そんな時間はないかもしれませんよ?」

 シャーリーが窓の外を見ながら、そう投げかけた。

 「どういうことだ?」

 怪訝そうにメイが聞く。

 「先程、屋敷を後にするとき、屋敷の中の様子を伺っていたが。あまりに静かすぎる。危険な状況とはいえ食事もするだろうし、召使いはまだ働いている時間だろうに。明かりも少なかった。」

 「確かに普段であれば夕食を楽しむ時間だっただろうね。しかし、この状況だ。大人しくもするだろうに。」

 彼女の言う通りだ。家の周りを武装した男たちが取り囲んでいるのだ。悠長にディナーとはいかないだろう。

 「あなたの家はこの状況で見張りをほとんど付けない主義なのかね?私が見たところ、2、3名を出入り口に立たせているくらいだったが?」

 確かに言われてみれば、あれだけの兵に囲まれていながら、彼女の家にはほとんど兵は見当たらなかった。それが何を意味するのか彼女には見当がついたらしい。前のめりになりながら、突如立ち上がり、声を荒げた。

 「まさか!討って出るというのか?!そのための準備をしていたと?だから、兵も少なく静かだったのか。悟られないために……。」

 その場の空気が慌ただしくなる。

 「まずいです!全面抗争になれば、少なくとも無事ではいられません!市民にも被害が!」

 ハットンが焦ったように声を上げた。この状況でも、いたのか、と少しびっくりする。

 「最悪同士討ち。私だけでも生き残れば、どうにかなると……。だから門の中に入れまいとしたのか。」

 どうやら、彼女の父は覚悟を決めていたらしい。この状況がまずいことは俺にでもわかる。それほど状況は逼迫しているようだ。

 「しかし、打つ手がない!こうなると、私も戦うしかないか!」

 このままでは、彼女にも危険が及ぶ。もちろん、当事者として、今から逃げるなどという選択はないのだろう。しかし、それで解決するとは思えない。ここで、疑問に思っていたことを投げかけてみた。この空気の中で多少勇気があったと思う。

 「あの……。一ついいっすか?こんなことで領主になったところで、誰も認めないと思うんすけど?それでも、意味はあるんすか?」

 一瞬、空気が固まる。写真を見ているように。そして、はぁ、っとハットンが溜息をつきながら答えた。

 「話を聞いていたかい?認めるもなにも、彼らは侯爵家だ。次の領主になるのが筋だろう?確かに王に任命権はあるが、形式的なもの、ただの儀式だ。各都市の政治には基本的に口出しをしないのだよ。」

 呆れた様子だ。少し腹が立って、あぁいたのか、と言いかけたが飲み込んだ。

 「だからっすよ!ジャコバンは市民から人気がないんすよね?そんな奴らが領主になったところでまともに治めることなんて無理じゃないっすか?俺だったら、自分たちのボスは自分たちで決めたいけどな!」

 声を荒げてしまった。作り上げたキャラが崩壊しそうになって、言い切った後に小さく謝った。

 「そうか……。市民革命か。都市のあり方は、その都市が決めるのであれば、どのように領主を選ぶかも、都市次第!ハッ!我々は少し先入観に囚われていたらしい!ローマではローマ人のように振る舞えとは言うが、世界を変えるのは個人のわがままなのかも知れんな!」

 シャーリーが興奮している。良くやったと言わんばかりの顔だ。

 「どういうことだ?市民革命?!話が読めないが……。」

 メイが困惑した様子でこちらを見ている。見られても、俺にもさっぱりだ。

 「何も輩と無駄な争いをする必要はないのだよ!多少の衝突は覚悟しなければならないだろうが。古き慣習を捨て、新しい時代へと進めば良いのだ。民主主義の始まりだよ。」

 にやりとシャーリーが笑った。つまり、革命を起こす気らしい。メイもハットンも当たり前のように、身分が上だから、ジャコバンが領主になるものだと思っていた。しかし、そもそもそのルールをぶち壊そうというのだ。王が認めるのではなく、市民に認められたものが領主になる。そういうルールに。


 以前の世界では、王政に、貴族文化に直に触れることはなかった。革命が世の中のルールを変えていたからだ。当たり前に選挙をし、多数決で自分たちのリーダーを決める。そういう仕組みだった。それが当たり前で、他所の国の選挙すらニュースになる。そんな世界だった。しかし、ここは違う。血が、家が、身分が支配階級を生み出す。それに縛られている。その仕組みを壊すというのだ。

 「ちょっと待ってくれ!クーデターでも起こすつもりか?!そんなことになれば、市民の安全が脅かされる!それでは、元も子もないではないか!」

 メイがテーブルに手をつき、立ち上がった。それもそうだ。彼女は最初から市民の命を、安全を第一に考えていた。

 「もちろん、確実な安全は保証できません。それでも、できる限り穏便に事を進めるつもりですよ。」

 シャーリーが彼女を宥めるように、穏やかに返答した。確かに、英国では過去に血を流さない革命を成した実績はある。しかし、それは結果的にだ。今回も同様とはいかないだろう。

 「でも、具体案はあるんすか?市民を扇動するんだろうけど、それこそ血が流れるんじゃ……。」

 「ふむ。市民に立ち上がってもらう必要はあるだろうな。しかし、矢面に立つのはブライアン家のものたちだよ?そうでなければ、革命後の実権は握れまい。」

 いまいち、読めないが何か考えはあるのだろうか?シャーリーはそう答えた後、少し俯き何か考えているようだった。

 「つまり、我が家が先頭に立ち、現行の領主制度の廃止を訴える。それに市民が従う形というわけか。もし、戦闘になったとしても、我が兵たちとジャコバンとの戦いになると。しかし、それで果たしてジャコバンの者どもが大人しく従うだろうか?」

 その可能性は否定できない。むしろ、その可能性の方が高いだろう。革命が成されるまでは、彼らの身分の方が上で、主張次第では優位とも取れる。

 「そこは両面から攻めよう。実際に可能かは分からないが、かの家の身分を下げてしまえば良い。叩けば埃が出るようだ。そこはこれからだね。」

 「なるほど。今はまだ黒い噂程度のものを公にして、確実に信頼を失墜させてしまうわけっすね?」

 ここまでの会話はまさに悪党の会話だが、実際の革命だって、こんなものだったのかも知れない。

 「しかし、そんなにうまくいくものでしょうか?」

 もうハットンが話し出しても、焦らない。俺は彼が存在することを知っている。

 「かといって代案があるわけではないだろう?現行の体制を変えるといっても、完全に市民に委ねるわけではない。貴族制は残すし、誰でも領主になれるわけではない。単に形式上、市民が選んだ状況を作れば良いのさ。市民に政治に介入した。そういう事実を与えるだけなのだから。」

 少しずつわかってきた。市民には体制を壊して、新しく領主を選ぼうと扇動をする。しかし、あくまで新しい体制は、貴族であるブライアン家が決める。その体制の中に市民の介入という事実さえ、仕込んでしまうというわけだ。

 「しかし、それでは納得のいかない市民もいるのでは?騙されたと感じるだろう?」

 確かに、それも否めない。しかし、俺は知っている。貴族と市民がともに権力に触れていた時代を。

 「議会制にして、さらに二院制にするんすね?いわゆる上院と下院の二つに。」

 そう。かつての日本もそうだった。未だにその形式を取っている国もある。

 「そうだ。貴族で構成される貴族院と市民から選ばれた庶民院。これであれば、貴族制も続き、市民も政治に参加できる。もちろん、圧倒的な権力差を貴族院には持たせてね。」

 そう。英国は未だに貴族制のある民主主義国家と言えるだろう。現在では貴族の権力はさほど高くはないが、かつては圧倒的権力を誇った。しかし、その先を俺は知っている。だが、今はそれをいうべきではない。

 「ふむ……。斬新なアイディアだ。気になるところが無いわけではないが、この都市の未来とこの状況を収めるには、君の案に乗るのが良さそうだ。よし!そうと決まれば、まずは時間が必要だな。どうする?」

 彼女も何か引っかかっているようだが、今は言及しない。

 「話し合いの場を設ける、というのはいかがでしょう?こちらが相手の提案に乗ると思わせて時間を延ばすのです。あちらも武力衝突が望みではないでしょう。多少の無理は通ると思いますが?」

 やっと、それなりの意見をハットンが持ち出した。

 「そうだな。時間もない。今はそれしかないだろう。」

 メイが提案に乗った。ハットンは、ふぅ、と胸を撫で下ろし安心した様子だ。


 数時間後、宿を出た俺たちは堂々とブライアン家に正面から向かっていった。門に到着したとき、まだ何も起こっていなかったので、皆安心した。すでに争いに発展していれば、作戦もあったものではない。門の前にやってくると、ジャコバンの兵の1人が声をかけてきた。

 「貴方様はメイ様ですね?今どのような状況かはお分かりか?」

 やや威圧的な口調である。メイさえ大人しく従えば、事は収まると言った物言いだ。

 「あぁ。もちろん承知している。しかし、何よりもまずは家族のことが心配だ。私は逃げも隠れもしない。」

 メイの毅然とした態度に兵は気圧されたのか、無言で道を譲った。堂々とした様子で彼女は家の中へと入っていった。それに俺たちも続いた。家に入ると、慌ただしく、家の者が駆け回っている。

 「これからってところだったんすかね?ヤバかったっすね……。」

 思わず冷や汗が流れる。すると、上から大きな声が聞こえてきた。

 「メイ!メイではないか!?なぜ帰ってきた?!」

 見上げると二階の廊下から、階段を大きな声を上げながら降りてくる初老の男性がいた。

 「お父様!ただいま戻りました。事の次第は承知しております。まずは落ち着いて話を聞いてください!」

 メイがひとまず危険な行動に出ないように先回りして話す。

 「むぅ……。その様子では、もはや無駄のようだ。おい!討って出るのは止めだ!!武装を解いて、ひとまずいつも通りにしなさい。」

 鶴の一声を聞いた召使いや兵士たちが、手を足を止め、そして各々がゆっくりとした足取りで持ち場へと戻っていった。

 「とにかく、広間に来なさい。で、そちらは?」

 やや目を細め、俺たちの方に視線を向ける。

 「彼らは此度の一件でスカウトした者です。かなり腕が立ちますし、頭も切れる。信頼出来る者たちです。」

 まだ半信半疑のようだが、今は一刻を争う。俺たちのことは一度、保留にしたのだろうか。渋々、認めて広間へと案内される。

 「綺麗な屋敷っすね。」

 小声でシャーリーに話しかけた。広間へと移動する際に、あたりを見回した率直な感想を誰かに聞いてほしかった。

 「確かに見事ではあるが……。貴族にしては質素だね。この世界では普通なのか?」

 彼の知る貴族とはやや違うらしい。俺は貴族なんて無縁の生活だったから、全てが新鮮だった。そんな風に田舎者感を醸し出していると、後ろからハットンが咳払いをして、じっと見てきた。少し自重することとした。そうこうしていると、広間に到着したようだ。扉を開けた途端、美しい女性がメイに抱きついてきた。

 「よくぞ無事で!心配したのよ?」

 「ご心配お掛けしました母上。この通り無事でございます。彼らがよく働いてくれたおかげです。」

 そう言って、こちらを見る。

 「そうだったのね!ありがとうございます。メイの母でございます。少し慌ただしくて、満足なおもてなしもできませんが、少しでもゆっくりしてくださいね?」

 綺麗な銀の髪に、ふくよかながらスタイルな良い女性だ。メイはおそらく17.8歳くらいだろう。それに兄がいるのだから、年齢は決して若くはない。しかし、そんな感じは全くない。

 「とにかく立ち話もなんですし、まずは座っていただこうではないですか。母上も落ち着いて。」

 女性の後ろから、青年の声がする。覗き込むと、これまた端正な顔立ちの男前が座っていた。

 「そうですね。どうぞお座りください。」

 落ち着きを取り戻した母親の案内で席へと着く。

 「先程は妻が失礼した。メイの父のモーリス=ブライアンだ。妻のメアリ。これは長男のセラン。そして、次女のアンだ。」

 妹もまだ幼いが整った顔立ちだ。大きくなればメイのように美少女になることだろう。

 「こちらはケイという。ここへ戻る道中、黒狼に襲われたのだが、一蹴してしまうほどの力量の持ち主だ。今回、護衛を頼んだ。そして、彼の使い魔であるシャーリーだ。2人とも、戦闘においても、知恵においても、非常に力強い。そして、我が衛兵団のハットン。まぁ彼については知っているだろうから説明は省略させてもらう。」

 時間が惜しいのか淡々とメイが俺たちを紹介してくれた。おかげで記憶喪失など面倒な説明はあとまわしにできそうだ。

 「ほう。使い魔とは珍しい。確かに、それは心強いな。」

 モーリスの顔がやや緩む。やはり使い魔持ちは稀有な存在らしい。信頼を得る意味でも助かっているようだった。

 「で、話があるそうだが?メイ。兄としてはあんな奴にお前をくれてやるわけにはいかん。父上も母上も同じでしょう?」

 そう言って、セランが両親に目配せをする。2人とも目を瞑り、黙って頷いた。

 「わたくしも嫌でございます!姉様には幸せになってほしいと……。」

 小さな声だが、はっきりとアンが涙目で訴えた。それだけで彼女がどれだけ家族に愛されているのかがわかる。

 「もちろんです!私は最悪の場合も覚悟はしておりました。しかし、昨夜彼らと話をし、一筋の光明が見えたのです。それを話に戻ってまいりました。」

 そう言うと、メイは昨夜の宿での話を事細かに説明しだした。初めは、驚いた表情を浮かべて聞いていたが、次第に皆、納得した表情へと変わっていく。

 「まさか、革命とは……。しかし、それも良いだろう。その方が私の理想とする世の中に、少しでも近づくことができるのやもしれん。今の腐敗した貴族にこの都市を治める資格などないのだろう。」

 モーリスのセリフから、遅かれ早かれ似たような結果は訪れていたのだろう。そう思わせるだけの雰囲気が彼からは伝わってきた。


 そこから、昨夜の計画を細かく彼らに伝えた。

 「貴族院と庶民院か……。なるほど。貴族さえ承知してしまえば、その方法でこの都市は生まれ変わるな。しかし、万全を期すためとはいえ可能なのか?奴らの尻尾を捕まえることは。」

 モーリスの疑念も当然だ。だが、それはこれから。そのために時間が必要だ。

 「父上の言う通りです。そこで、彼らにはブライアン家が此度の婚姻を承知したように見せかけるのです。彼らは是が非でも婚姻を結びたい。そのためであれば多少の猶予は与えるでしょう。」

 「具体的にはどのくらいの時間を引き延ばすんだ?」

 兄のセランはまだ不安そうだ。手を机の上に組みながら、メイに静かに聞いた。

 「出来れば1ヶ月は欲しいところ。少なくても2週間が限界だと思います……。」

 それでもかなり厳しい。向こうに怪しまれず、革命の準備と不正を暴く。この2つのミッションをクリアしないことには成功はあり得ない。

 「……。わかった。可能かはわからないが話をしてみよう。」

 セランがそう言って立ち上がった。

 「父上。使者として私を送ってください。ジャコバン家は気に食わないですが、あそこの次男とは知らない仲ではありません。彼もあの家では異端扱いですが、私が話せば上手く取り計らってくれるはずです。」

 どうやら、多少まともな人間もいるようだ。そこからどうにか時間を生み出す可能性を上げるつもりらしい。

 「そうだな。それがよかろう。任せたぞ。」

 モーリスの言葉に黙って頷いたセランは従者を呼び、すぐに説得へと向かっていった。

 「セランが上手くやってくれることを祈ろう。我々はその間に最善を尽くすしかあるまい。そなたらは今すぐ市井(しせい)に出向き、手がかりを探してきてくれ。」

 メイは立ち上がり、セランと同様に強く頷き、こちらを向いた。

 「さぁ。行こうか。もちろん、来てくれるね?礼はする。」

 困っている女の子を見捨てては男が廃る(すたる)。シャーリーも同意見らしい。黙って立ち上がり、俺たちは静かに強く頷いた。それを見たメイは少し微笑み、すぐに元の凛々しい表情に戻る。そして、ハットンに声をかけ、ドアの方へと歩いていった。俺たちも少し遅れて、それに続く。ドアのところに差し掛かったとき、後ろからモーリスに声をかけられた。

 「娘を頼む。」

 一言そう言い、頭を下げた。顔を上げたモーリスを真っ直ぐに見て、また力強く俺たちは頷いた。


 ブライアン家の屋敷を出て、二手に別れた。メイは何か考えがあるらしく、ハットンとどこかへ行ってしまった。残された俺たちはとりあえず当てもなく歩き出す。

 「なかなか男らしかったじゃあないか?我が主は。」

 冷やかすようにシャーリーが言う。

 「そう言うけど、おたくも相当だったすよ?」

 笑いながら答える。笑いながらシャーリーが鼻を鳴らす。しかし、カッコつけたは良いがどうしたものか。全く見当がつかない。悪事が簡単に暴けるのであれば、歴史はもっと単純だっただろう。

 「何、捜査の基本はまずは足さ。情報が無いことには何も始まらないよ?さぁ。聞き込みを始めるとしよう!かの村でもそこからだったではないか。」

 そうだった。些細なことから調べていく。そうやって、俺たちは最初の時間を解決した。少し頼られて、自分が凄いと勘違いしていたようだ。両手で軽く頬を叩き気合いを入れる。

 「そうっすね!まずは聞き込みをしましょう!」

 「ハッ!調子が出てきたようだね。行こう!」

 2人で街へと走り出した。


 2時間ほどが経った。今回は時間がないため、シャーリーと別れ、各々が聞き込みをすることとしていた。俺は街の中心から少し逸れた住宅区画までをいろいろと聞いて回ってみたが、これと言った情報は無かった。落胆しつつも、事前に取り決めていた待ち合わせ場所へと向かった。待ち合わせは一番目立つ街の中心にある広場だ。広場からは放射状に数本道が伸びており、そのうちの一つは商店街のようになっている。広場へ着くと中心には大きな木がそびえ立っていた。その木陰にシャーリーが座って、犬らしく後ろ足で頭をかいていた。

 「全然っすね……。走り回って疲れたっす。もう喉がカラカラっすよ!」

 なかなか良い情報に当たらなかったためか、焦りから水を飲むのも忘れ、走り回っていたようだ。

 「そうだね。ただ、今は点でも小さなきっかけで点が繋がり、線となるものだ。それも探偵の醍醐味だよ。飲み物でも探しながら、お互いの情報を共有しようではないか。」

 2人で商店街の方へと歩く。

 「わかったことといえば、ジャコバンの嫌われようくらいっすね。税を上げようとしているだ、街のならず者を使って好き勝手にしているだの。話を聞く限り絵に描いたような悪党っすよ。その上、貴族の特権で商売も牛耳ろうとしているとか。中でも、ポーションの貿易を牛耳ってるみたいっすね。この街は城塞都市だからポーションの生産が一つの産業として都市を支えているとか……。」

 この都市には自由市場というものがないようだ。靴屋をやりたければ、靴屋に弟子入りをして暖簾分けをしなければならない。そして、貴族の許可の下で商売をする。無許可で商売をしようものなら、牢屋行きだ。

 「ふむ。私が得た情報も似たようなものだったよ。ただ、アプローチの仕方が少し違ったようだ。ジャコバンの話を聞くと同時にブライアンの話も探ってみた。ジャコバンの家に比べると、もちろん評価は高かったが、やはり貴族というのは鼻持ちならないらしい。嫌味も少なからず聞いたよ。よく耳にしたのはガラスの販売かな。」

 確かにジャコバンの話を聞くだけではなく、ブライアンの話も聞くべきだった。なぜなら、揉めているのはその両家。一方だけでは客観的に観察することは難しい。おそらくメイに肩入れしている分、聞きたくなかったのだろう。シャーリーの話を聞く限りでは、ジャコバンはポーション、ブライアンはガラスの販売権を有しているようだ。ガラスについては、この街の産業の発展のためと数代前のブライアン家当主が始めたらしい。そのガラスの加工技術が認められて今では一大産業のようだ。そんな感じで話をしながら情報をすり合わせつつ歩いていると、怒鳴り声が聞こえてきた。

 「おい!小僧!!誰の許可を得て、ここで商売してんだ?ああ?」

 見るからに悪役と言った人相の悪い男たちが子どもを取り囲んでいる。

 「すみません!でも、ここは父ちゃんが残した店なんです!税金は必ずお支払いしますから!もう少し。もう少しだけ待ってください!!」

 涙ながらに子どもが地面に頭をつけ、謝っている。しかし、男たちは容赦しない。

 「ポーションの販売にはジャコバン様の許可がいるのは知ってるよな?その許可は税金が払えないと切れちまうんだよ!お前のところはもう今年は払えないだろ?そうなる前に店の商品で手を打ってやろうつってんだろ?!ああ?」

 どうやらジャコバンお抱えのならず者らしい。泣いている子どもに容赦なく蹴りを入れた。うずくまっていた子どもがこちらに転がってきた。

 「うぅ……。」

 あまり関わらないようにと思っていたが、これ以上は我慢できなかった。

 「大丈夫っすか?!ちょっと見せて?骨は折れてないようだけど、かなり打撲が酷い。じっとしていた方が良い。」

 「でも……。み、店が……。」

 嗚咽混じりのか細い声だ。怒りが込み上げて来る。

 「大丈夫。なんとかするから。」

 出来る限り語気を抑えて、宥める(なだめる)ように言った。

 「主。構わんだろう。子どもを足蹴にするなど紳士の風上にも置けん。」

 シャーリーもかなり限界のようだ。

 「なんだあ?関係ない奴は引っ込んでな。死にたくなかったらな。」

 セリフまで悪党らしい。心置きなくぶっ飛ばせると思った。

 「事情は詳しくはわからないっすけど、泣いて謝っている子どもを蹴り飛ばす奴をほっとけるほど腐ってないんすよ。謝って、どっかに行くなら許してやる。」

 「ガキが粋がるなよ?おい!」

 そう言うとゾロゾロと仲間が俺たちを取り囲む。20人近くか。正直、勝算あってのことではなかった。考えられるほど心に余裕は無かった。

 「やれ。」

 リーダー格の男の声を皮切りに男たちが襲いかかる。この感じなら練習台にちょうどいい。

 『アクア・ラディウス(水の放撃)!』

 掲げた手のひらから放射状に水が飛んでいく。距離が近かったからか、かなりの精度で命中した。半数以上の男が後ろへと吹っ飛ぶ。

 「くそっ!いけっ!そいつは隙だらけだ!」

 魔術の反動か残りの敵にすぐ反応できない。しかし、全く問題はなかった。

 「頭だけでなく目も悪いらしい。」

 そう言うと、こちらに攻撃してきた男たちをシャーリーが上手くいなしながら投げ飛ばしていく。器用に口と後ろ足を使って、巴投げのような技も時折交えている。

 「なんだこの犬っころ!?」

 もうほとんどの男が吹き飛ばされ、投げ飛ばされ伸びてしまっている。残るはリーダー格の男と、その横に立つ屈強な男だ。

 「おい!あんた!わざわざ護衛として雇ってんだ!仕事しろ!」

 どうやら屈強な男は雇われらしい。他のチンピラとは様子が違う。

 「すまねぇな坊主。これも仕事でな!」

 口では申し訳ないと言いながら顔はニヤリと笑っている。どうやらコイツも根っからの悪党らしい。棍棒のようなものを振り上げながら、こちらへと突っ込んできた。

 「主よ。そいつは任せた。私はもう1人の男を抑えるとしよう!」

 そう言うとシャーリーが上手に棍棒男を躱し走り抜け、リーダー格の男の方へと向かっていった。シャーリーを逃した棍棒男は、そのまま舌打ちをしつつ、こちらへと攻撃して来る。上段から振り下ろされる棍棒を紙一重で躱す。

 (やっぱり動体視力も身体強化で上がってるみたいだ。)

 二撃目、三撃目と余裕で躱す。

 「ちょこまかと!もう知らねえ!殺す!」

 そう言うと男の右腕にオーラのようなものが見えた。次の瞬間、右手が二倍ほどに太くなる。そして、ものすごい勢いで、こちらへと振り下ろされる。

 「ふはは!どうだ俺の身体強化は?もうぺしゃんこで聞こえてねぇか?」

 棍棒男が高笑いを上げる。振り下ろされた先は砂埃で見えない。だが、こちらはすんでのところで躱し、後ろへと回り込んでいた。

 「今のは少し危なかったっす。じゃあ、こっちもちょっと本気出させてもらう。」

 そう言って、右腕を振りかぶる。

 『女王の鉄槌(ハンマートゥフォール)

 轟音が鳴り響く。地面に亀裂が入り、拳が棍棒男の顔面を捉えていた。どうやら気絶しているようだ。顎の骨は折れているかもしれない。

 「半分くらいの力で殴ったんすけどね。」

 手加減をしたつもりが、気持ちが入りすぎていたらしい。手を振り、棍棒男を見下ろしていたとき、はっと思い出す。

 「もう1人は?!シャーリー?!」

 振り返ると、リーダー格の男が前足で頭を地面に押さえつけられていた。心配無用だったらしい。

 「ただのチンピラだな。話を聞いても、大した情報は得られそうにない。」

 徒労だよ、と言わんばかりのうんざりした顔でシャーリーが言った。その尻尾は大きく左右に振れていた。

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