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聡慧なる使い魔  作者: k.okb
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《異世界で諮問探偵になる》

 真っ白な草原。それが第一印象だった。死んで、気がつくと、そんな景色が眼前に広がっていた。自分が死んだことはわかる。ただ、なぜ死んだのか、それが思い出せない…。

 (うぉぉ、マジか…。死んだよな?なんで…?ここは…?)

 何もわからないが、知識はあるようだ。その知識から、ここが死後の世界だろうと推測できた。

 「誰かいないっすか?!なんか、似たような感じで死んだ人とか…!」

 目は真剣だが、もし誰かいたら、そんな思いからか、口元は笑っている。

 (誰もいないのか…?)

 そう思ったとき、眼前閃輝(がんぜんせんき)、突然、老人が現れた。

 「目が覚めたか?キリュー・ケイ。哀れな魂よ。不遇な死を遂げた者。其方らに新しき生を与えよう…。」

 まさに神!と言わんばかりの姿をした爺さんが、神らしい文言を並べている。

 「えっと…。俺の名前も知ってるし、たぶん神様かなって感じなんで聞きますけど、たぶん…俺…死んだっすよね?」

 またも先程同様、目は真剣、口元は笑顔で聞いてみる。

 「いかにも。おそらく何故己が死したか、いかな死に様だったかは、覚えておらぬだろう…。凄惨な末路を迎え、不遇の死を遂げた者の記憶は消し去る。それが唯一の救いである。しかし、其の方には選択を与えよう。このまま全ての記憶を消し元の世界の輪廻に戻るか、新しき世界で人生の続きを謳歌するか。その選択の権利は其の方にある!」

 仰々しい台詞だが、つまりは記憶も何もかも消して元の世界で生まれ変わるか、新しい世界、それがどんな世界かわからないが、そこで記憶をそのままに転移して、人生の続きを楽しむか選べというわけのようだ。

 (正直、生まれ変わりたい気もするが、まだ10代の身体。結構鍛えてきたし、蓄えてきた知識もある。それがどこまで通用するか試したかったな…。それだけが心残りか…。)

 心のうちは決まった。ただ、出来る限りリスクは抑えたい。そこで、神らしき老人に質問をいくつかしてから判断することとした。

 「いくつか聞いてもいいっすか?」

 「答えられる範囲であれば、其の方の質問に真摯に応えよう。」

 答えられないことがあるのかよ…。少し訝しむが、質問に答えてくれるだけ良しとしよう。

 「(一度死んだけど)転移はどこまで現状が維持されるんすか?新しい世界とはどんな世界?その世界に渡るにあたって、恩恵は受けられるんすか?」

 矢継ぎ早に質問をする。しかし、そこは神というべきか、全てに適切な回答が即座に得られた。

 「現状の知識、人格、体力は維持される。今のまま転移されると考えて良い。しかし、体の成長や頭脳は転移後の世界の影響を少なからず受ける上、もちろん其の方の努力も関係しよう。そして、新しい世界だが、其方らの世界では幻想の世界と言われておった世界だと言えよう。最後に恩恵だが、其方自身には一つギフトを、さらに使い魔を一体与えるとしよう。」

 概ね期待通りだった。生前流行っていたアニメや漫画、小説の類と似たようなもののようだ。しかし、気になることもある。

 「ギフトとは選べるんすか?それに使い魔ってなんすか?」

 「うむ。ギフトについてはランダムである。そして、使い魔とは文字通り、其方の生涯味方となる従魔を生み出して進ぜよう。新しき世界では、才あるものには世界より使い魔を与えられる。転移後は今其方が望むままの使い魔が現れるようにして進ぜよう。」

 たぶん、ここが一番気に入っている台詞なのだろう。堂に入った様子で、スラスラと語ってくれた。

 「なるほど。それなら、俺の覚悟ができた!うん。俺は…転移を選びます!!」

 ギフトはもちろん選んだ要因の一つだが、何より使い魔が望むままというのが大きい!何でもありなんだから、最強の化け物だろうが、神だろうが前世の宗教に出てくる最強の奴を望めば良い。

 「…契約成立である。ギフトを与えよう。右手を前に…。」

 言われた通り右手を前に差し出す。すると、手の甲に見たこともない文様が現れた。

 「ふむ…。『創生』であるか。其方の具体的なイメージがあれば、世界の法則に反しない範囲で、新たな術を生み出すことが出来よう。ただし、イメージの具体化が出来なければ、その他のギフトに劣る諸刃の剣である。」

 当然何のリスクもない、努力の必要もない才などありはしないとわかっていた。だから、こちらについてはさほど気にも留めていない。本題は次だ!

 「では、使い魔であるが制約がある。一つは人智を超えたものは生み出せぬこと。そして、其方の世界にて実在するものは生み出せぬ。これらを踏まえた上で、其方が望むもの。イメージしたものを使い魔として生み出そう。イメージが具体的であればあるほど、其方の助けとなるものが生まれよう…。」

 落胆…まさにそれに尽きる。そんな制約があるなんて!

 「ちょっと!そんなことさっきは一言も…!?」

 「我は言うたぞ?答えられる範囲であれば、と。」

 まさかここで梯子を外されるとは…。

 (落ち着け…。まだ大丈夫。イメージさえすれば良いのだから。より具体的…。)

 そこで一つの妙案が浮かぶ。『実在せず、人智を超えた化け物でもなく、イメージが具体的なもの』であれば良い。そして、生前抱いていた、決して叶わなかった一つの願望も叶う。そんな最高の使い魔を生み出す方法がある。

 「よし!OK!イメージすれば良いんすよね?より具体的に…。」

 「その通り。…ほほう。たしかにこれは…。これはある意味で『人智を超え、実在する』と言えるほど具体的なイメージである。…面白い!契約はここに全て成った!最後に其方が新しき世界で幸多からんことを祈っている。」

 そう言うと、微笑みながら神らしき老人は消えていった。そして、俺自身も徐々に体が薄くなって、意識が無くなった。



 「眩しい…。これは…。そっか、転移したのか…。」

 ハッとして、慌てて起き上がる。転移だから、どこに飛ばされたのか、周りに危険はないか。どんでん返しで梯子を外して来たことから、やや神らしき老人に対して、疑心暗鬼になっていた。

 「とりあえずは周りに危険は無さそうだな。」

 そう言って胸を撫で下ろす。ここは深い森の中のようだ。サッと周りを見渡す限り人影はなく、生き物の気配も無い。体にも異常が無いか確認をする。服装は前世のようなものではなく、おそらくこちらの世界の一般的な服装なのだろう。ごわついた半袖にレザーのベスト、そして少し色褪せたレザーのズボンに、履き心地の悪いサンダルだった。

 「何かあんまり文明には期待できそうに無いなぁ…。」

 ため息混じりの笑い。これも定番かと、気にしないこととした。そのとき、背後からガサガサっと何かが動いた音がした。

 (生き物の気配は無かったと思ったのに!)

 焦って振り返ると、鹿狩帽(ディアストーカー)を被った子犬がこちらに歩み寄ってくる。

 「君がケイ=キリュー君かね?」

 驚愕…。犬が喋っている。神様も幻想の世界と言っていたのだし、犬も喋るのかもしれない…。しかし、出立ちが奇妙すぎる。そのとき、ふと思い出す。

 「もしかして、使い魔…?」

 そうだ。神から与えられたものは二つ。一つはギフト、そしてもう一つは…。

 「その通り!私が君の使い魔である!かの霧の都随一の諮問探偵である。」

 イメージ通りだった。俺の中の名探偵のイメージはスマートな名探偵ではなく、昔見た古いイギリスのドラマの初老で、少しイカれた感じの雰囲気だった。今目の前に居る犬はまさに話口調とその抑揚は、かの名優が演じた名探偵そのものだった。

 「よっしゃー!大成功!いやぁ、助かったっす!このまま一人で森を彷徨うのは勘弁でしたから。」

 わざとらしく、大袈裟なリアクションをした。今は彼しか仲間と呼べる存在はいないのが現実だったからだ。とりあえず、いつものようにとっつきやすそうな振る舞いをする。

 「君のその口調や、大きな身振りから察するに、あまり他者を信用するタイプではないみたいだ。自分からは極力歩み寄らない質らしい。最悪の場合を想定した自己防衛の一種のようだね。心配せずとも、使い魔である私は、君から解約をしない限り離れることは叶わない様だ。」

 口調や仕草から自らの処世術を看破された。まさに、かの名探偵らしいプロファイリングだった。もう取り繕う必要もは無さそうだ。

 「口調や身振りについては容赦してほしいっす。もはや、染み付いてしまったんで。」

 冷めた表情を隠す気はもはやなかった。その上で、

 「とりあえず、今は今後の方針について話し合うってのはどうすか?というか、鹿狩帽の白い子犬って…。」

 俺はわざとらしく笑顔を貼りつけて、そう言った。

 「ふん。君こそ、姿も顔も凡夫そのものではないか。それなりの見てくれはしているようだがね。」

 そう言い合って、二人で少しだけ笑った。


 まず、何よりも一つでも多く情報が欲しい。そうお互いの意見が一致したため、周辺の探索に出た。

 「ときにケイ君。君は今我々が置かれている状況をどう見る?」

 二人で周囲に気を配りながら、細かく調査しているときに、問いかけられた。

 「まぁ、森のど真ん中に放り出されたわけっすから、完全に遭難っすね。ただ、それほど人里から離れているわけでも無さそうっす。」

 そう。周囲を探索してみたが、この森は原生林では無さそうだ。日本は山地の多い国だが、実はその多くは里山である。つまり、人の手が入った森というわけだ。そのため、日本人がイメージする森とはほとんど人の手が入っている森である。実際、周囲を探索した感じは日本の山にいるのとあまり変わらない様子だった。

 「よく見えているじゃないか。歩いてみれば、存外歩きやすい森であるから、おそらく何者かが管理をしているのだろう。先程、少々古くはあったが、切り株も見つけた。」

 やや早口で犬がそう話す。この状況だけ見れば、滑稽である。

 「です…ね。ただ、それでも人里まではどのくらい掛かるかは未知数っすけど。ひとまず探索はこれくらいにしますか?そろそろ、夜を明かす準備をしないと…。」

 森の中では意外と時間がわからなくなる。鬱蒼とした木々のせいで、基本的に薄暗く日が暮れると一気に暗くなってしまうからだ。

 「賢明だね。私も同じことを提案しようと思っていたところだ。私は犬だから周囲に対する警戒は主に引き受けるとしよう。」

 有難い提案だ。正直、かなり疲れている。いきなり森の中に放り出されたのだ。普通の神経であれば、もう使い古しのビデオテープのように擦り切れてしまっている。

 「途中、ちょうど良い感じの洞穴があったので、そこで寝ましょう。幸い薪には困らなさそうっすね。」

 洞穴は奥行きが2.3メートルほど。入り口を棒や石、そして広めの葉っぱで覆えば、簡易住居の完成である。入り口は少し空けて、その手前で火を焚くことにした。

 (そういや、異世界に来たんだから、魔法みたいなのって使えるのかな?)

 そう思った途端に、突然知識が流れ込んできた。不思議な感覚。大事な予定を忘れてしまっていて、何の前触れもなく思い出した時の寒気に似た感覚…。

 『イグニス(火)』

 そう言うと、意識を向けていた薪から火が上がった。

 「ほう。興味深い…。魔術の類かね。ふむ。なるほど。私もいくつか扱えるようだ。」

 「ふと、何気なしに使えるのかなって思った瞬間に知識が流れ込んで来たんすよ。というか、扱えるようだって、どういうことっすか?!」

 「おそらく君が体験した感覚と同じものだろうね。思い出したかのように私が使えるのであろうものの知識を得たようだ。」

 その後、少しずつ知識を『思い出して』いく。その中で分かったことは、心の内でステータスと唱えると目の前に自分のスペックと使える魔法とギフトのリストがぼんやりと見えることだった。

 それによると、基本情報はランクによって分類されるようで、①身体能力②魔力③魔法④ギフトの4つのようだ。俺は①D②E③火、水、身体強化④創生、だった。一方、使い魔の方は、①D②D③探知、変装④聡慧、らしい。使い魔にもギフトがあったのは驚きだが、その効果は不明だった。

 そして、夜も更けたころ、そろそろ寝ようかと横になったとき、後回しにしていた問題を思い出した。

 「あの…。ちょっと良いっすか?」

 「何だね?早く寝て、明日も早々に探索をし、成果を上げなければ、我々はまたこの我が家で一夜を過ごさなければならないわけだが?」

 犬なのに俺より野宿が嫌なのか、やや不機嫌そうに返答された。

 「いや、これからは相棒として、上手いことこの世界をやっていかないとダメなわけじゃないすか?それで、その…。なんて呼んだら良いのかなって…。」

 自分で具現化した使い魔だ。もちろん何をイメージしたかも承知している。しかし、何故だか『あの名前』を呼ぶ気にはならなかった。

 「そんなことか。好きにすれば良いさ。私は君の使い魔で、君は私の主なのだからね。」

 そう言われても、なんて呼べば良いのやら。かの御仁の名前を呼ぶのは気恥ずかしいし、かといって全く違う名前もおかしい気がする。犬だし…。

 ふと、そのとき思わず、

 「シャーリー…」

 と言葉がこぼれた。馴れ馴れしかったか?そう思い、慌てて取り繕おうとした。しかし、かの御仁は、

 「良いのではないか?君がその名で呼びたければ。私は一向に構わないが。」

 外を警戒しているため、後ろ姿しか分からなかったが、尻尾は左右に揺れているのが見えた。おやすみ。そう言って眠りに落ちた。


 翌朝、薪の燻った煙の匂いで目が覚めた。日は上がりきっていないらしい。固い地面の上で寝たからか、全身のあちこちが妙に痛かった。

 「おはよう。我が主よ。寝覚めはいかがかな?」

 妙に高いテンションの声を聞いて、自分の置かれている状況を改めて認識する。

 「(そうだ。もう今までの朝とは違うんだったな…。)おはよう、シャーリー。見張り助かったっす。」

 「何、構わんさ。それよりも体調はいかがかな?私は使い魔だからか、疲労とはあまり縁がないらしい。」

 「問題ないっす。とにかく、人里を見つけないと明日はそれこそ大丈夫じゃないかもしれないっすから。」

 正直、疲労がないと言えば嘘だ。そして、何より空腹で寝ていられなかった。

 「気丈に振る舞うのも紳士の努めだな。宜しい。では、探索に出向くとしよう。」


 今日は昨日の探索のおかげで、方向性が見えて来た。まずは水源である。昨日目が覚めた近くにあった泉から伸びている川を下ることにした。泉はどうやら湧き水が出ているらしいことから、この川はどこかの人里の生活用水とされたいる可能性を考えたからだ。

 「ところで、人里に着いたら何と説明するつもりかね?」

 シャーリーが唐突に質問をした。確かに、いきなり現れた男と犬に警戒しないはずがない。ましてや、こちらの常識を知らないのだから、誤魔化すにも無計画にはいかない。

 「確かに考えてなかったっす。変に嘘をつくのもリスキーっすから、とりあえず記憶喪失ってのはどうっすかね?」

 苦し紛れの返答だった。記憶喪失こそ怪しいだろうに。

 「ふむ。正直、最善ではないね。しかし、現状では仕方あるまいよ。嘘はできる限り少ない方が良い。嘘を重ねるときりがない上、その嘘がバレる可能性が格段に上がるからね。」

 とりあえず及第点は得られたようだ。何かシャーリーと会話をすると試されている気がしてくるのは、考えすぎなのだろうか、それともそういう印象を持って生み出してしまったのだろうか。そんなことを考えて、足元を見ながら歩く。

 「見たまえ。森が開けてきたようだ。おそらく人里だろうよ。」

 そう言われて、前を見ると木々の隙間から小さな集落を見つけた。

 「村っすか?あまり大きくは無さそうっすね。」

 「そうか?バークシャーあたりには、こんな村がいくつかあったがね。何にせよ、これで野宿と空腹からは解放されるだろうよ。さあ行こう!」

 村に向けて、二人は歩き出した。


 村は小さな集落で、おそらく100人くらいだろう村民が生活しているようだ。柵で囲われた村の入り口へと向かう。すると、村の入り口で煙を燻らせ、座っている老人に声をかけられた。

 「何もんじゃ、お前さんたち?見たところ行商では無さそうじゃが…。」

 訝しむ視線を感じる。それも当然だろう。妙な帽子を被った犬と小汚い男が突然森の方からやってきたのだ。

 「森に迷いまして、一生懸命歩いてきたら人里が見えたので、助けてもらえないかと思ったんすけど…。」

 平身低頭、極力控えめに、無力な人間を演じた。

 「我々は記憶がないのだ老人よ。とはいえ、決して村に害を成す気は無いと誓おう。しばし、村に逗留させてはくれないかな?」

 老人は目を丸くして驚いている。

 「あんた、冒険者か?人語を操る使い魔を従えてる人間なんぞ、高位の冒険者か国お抱えの騎士殿くらいじゃ。」

 まさか使い魔がそんなに大層なものだったとは…。これは記憶喪失作戦にも暗雲が立ち込めてきたようだ。

 「いや、えっと、冒険者ってわけじゃ無いんすけど…。かといって、騎士ってわけでもなくて…。」

 少し警戒を緩めていた老人が再び、警戒心を強める。そのとき、シャーリーが、ハァっと呆れたようにため息を吐き、スッと息を吸うと、好々爺のように話し始めた。

 「そう神経を張りつめなくとも良いではないか?このものは我が主ではあるが、いかんせん記憶を失っているのだ。もちろん!私は全てを知っておるが、訳あって、君たちにも、そして主にも語ることは許されておらんのだ。怪しむのは当然仕方のないことと私たちも理解している。無理は承知で頼みたい。どうか暫しの逗留を認めてはくれないだろうか?」

 ん、と犬とは思えない柔和な表情で、シャーリーが願い出る。すると、老人は少し表情を緩め、数秒考えた後に、

 「見たところ、手ぶらなようだし、危険な雰囲気もない。むしろ、弱っちそうなくれぇだ。良いだろう。ワシが決めることはできんが、村長さんに話を通してみよう。着いてきな。」

 ほらな、と言わんばかりの視線を向けてくる。どうやら、何とかなりそうな流れが漂っていた。

 「意外と言ってみるもんすね!でも、何で?」

 「主のしどろもどろな言動が記憶喪失だという主張の後押しになったのさ。そして、老人の言う通り我らは丸腰。そして、私は記憶を失ってはいないが事情を話さんときた。使い魔を従えているというのはこの世界ではステータスのようだし、変に詮索して反感を買うより案を売るのも悪くないとそう思ったのだろうよ。」

 よくもまぁそこまで頭が回るもんだと感心した。この様子では、今後も助けられてばかりだろうと、少し不甲斐ない気持ちになる。

 そうこうしていると、村長の家らしき建物に着いた。お世辞にも豪勢とはいえない造りだ。先の老人が経緯を話しているようだ。時折、しかめっつらの初老の男性、おそらく村長がこちらをチラチラと見てくる。

 「事情は聞きました。記憶がないそうで…。苦労したことでしょう。何もないところですが、しばし疲れを癒やしてください。しかし、本当に何もないところです。男手も足りていない。代わりといっては何だが、村の仕事を手伝ってくれると助かるのだが…。」

 「あ、それくらい当然です!一宿一飯の恩ではないですけど、俺たちに出来ることで良ければ!」

 食い気味に答えてしまった。

 「そうか!それは有り難い。では、今日は我が家に泊まってください。部屋へと案内します。息子が使っていた部屋が余ってますので…。あっ、その前に大したものはありませんが食事でも。」

 そう言われて、食事をご馳走になった。硬めのパンに薄い野菜スープ。それでも空っぽの身体には最高の食事だった。食事の際には、色々と詮索されたが、その場はうまく誤魔化した。そして、食事も終えた後、俺たちは部屋へと案内された。何かあれば、気を使わず言って欲しい、そう言い残して、村長は部屋を後にした。

 「ふぅー。良い人そうで良かったっすねぇ…。たった1日だったけど、ベッドに寝転ぶのが久しぶりに感じるわぁ…。」

 そう言いながら、欠伸をして、ベッドに寝転がった。

 「安請け合いをしていたが良いのかね?」

 シャーリーが窓から夕暮れの村を観察しつつ話しかけてきた。

 「そりゃ、どんな手伝いが出来るのかわからないっすけど、泊めてもらうのだから、それくらいしないと。」

 「彼らは君のことはさほど当てにはしていないだろう。何せ記憶がないのだから。しかし、私は事情が違う。記憶がないのではなく、ただ語らないだけなのだから。そして、使い魔とは有用な存在らしい。場合によっては我々の領分を超えたことを依頼されるかも知れないよ?」

 もちろんその可能性は考えた。彼ほど聡明ではないかもしれないが、俺だって考え無しではない。

 「それはそうっすけど、それでも助けられたら、恩返ししたいのが人情ってもんすよ…。」

 心からの言葉だった。言動から軽そうだと思われることが多いが、これでも義理堅い人間だと自負している。

 「そうか。覚悟の上ならいいんだ。とりあえず今日は休むとしよう。考えてもわからんことは、悩んだところで何もわからんさ。」

 そういうと、犬らしく床に丸まり、寝てしまった。そして、俺も疲れが溜まっていたのだろう。そのまま眠りについた。


 翌朝、階下に降りると村長が朝食を用意してくれていた。

 「よく寝られましたか?昨日の残りですが、朝食を召し上がってください。」

 「最高の寝心地でした!それに朝飯まで。ありがとうございます!」

 それは良かったと、村長はにこりと微笑んだ。

 「私は用事がありますので、少し出ますがゆっくりとなさってください。」

 そう言って、村長は席を外し、外出していった。

 「俺が言うのもなんだけど、不用心っすね。」

 パンを頬張りながら、呟いた。

 「一応は警戒しているのだろうが、物盗りではないとは判断したのだろうよ。」

 ペチャペチャと床に置かれたスープを舐めながらシャーリーは答えた。こう見ると本当にただの犬だなと少し笑えてくる。そんな考えを読まれたのか、時折目を細め、こちらを睨みながらも舌はスープへと向かっていた。


 30分ほどだろうか、村長が帰宅した。ちょうど朝食を終えたところだった。

 「終わりましたかな?すぐに申し訳ないのですが、少し宜しいでしょうか?お力をお借りしたい件がございまして…。」

 ほら来たと、どうするのかと、呆れたような表情でシャーリーがこちらを見る。

 「俺たちで出来ることでしたら、ぜひ。」

 少し不安だったが、バレないよう精一杯の笑顔で対応した。

 村長に連れられ、村の外れへとやって来た。

 「こちらをご覧ください。村で飼っている山羊ですが、今日で3匹目です。先週から、突然襲われるようになりまして…。」

 見るとそこには山羊だったものが残されていた。辺りには食いちぎられたような破片が残っている。

 「失礼を承知で言いますが、初めはあなた方を見たとき、一瞬この惨劇の犯人かと疑いました。しかし、腹をすかせており、服を見ても返り血を浴びている様子もない。ましてや、使い魔を連れているので、このうように雑な犯行はしないだろうと。仮に犯人であれば、一晩泊めてしまえば、ボロを出すのではと思い、村に引き入れた次第でして…。」

 なるほど、村の入り口で会った老人が異様な警戒心を持っていたのはそれが理由だと得心がいった。

 「そうだったんすね。信じてもらえるかわからないっすけど、俺たちは犯人じゃありません!昨日も部屋に着くなり寝てしまってたし…。」

 「ええ、もちろん今は疑っておりません。実は昨夜、あなた方の部屋は監視させていただいておりました。夜中に外出する様子はありませんでした。」

 シャーリーが周囲を見回していたのは、見張りに気付いていたからだったのかと今気づいた。

 「村長は私たちに犯人を捕まえてほしいと、そう仰るわけですね?」

 シャーリーが問うた。

 「もちろん、犯人が捕まるに越したことはありません。が、せめて数日の間、山羊を守って欲しいのです。その間に畜舎を補強するなり対策を村で取りたいのです。」

 正直、こんな犯行を行う相手だ。そんな付け焼き刃の対策がどこまで効を奏すかわからない。それほどまでに村は逼迫した状況にあるのだろう。

 「わかりました。犯行は夜中に行われてるんすよね?今日から夜に見張りをさせてもらいます。」

 「ありがとうございます!何か必要なものがあればおっしゃってください。」

 そう言い残して、村長は畜舎を後にした。

 「さて、犯人を捕まえる算段はあるのかね?」

 「うーん…。正直、全く検討も付かないんすよね…。とりあえず、見張りは夜中なんで今のうちに聞き込みっすかね?」

 自分の向こう見ずさ加減に呆れ笑いながら、名探偵に伺いを立てる。

 「まぁ、妥当なところだろうな。」

 そう言うシャーリーの尻尾を見ると、ブンッブンッと左右に振れている。

 「ワクワクしてるんすね…。」

 苦笑いながら、呟いた。

 「はっ!大した案件ではなさそうだが、待ち侘びた事件だ!ここまで退屈で頭がおかしくなりそうだったよ!」

 余程待ち侘びていたらしい。恥ずかしがる様子もなく、犬がニヤリと笑うのを初めて見た。


 まずは、山羊の世話係の青年に話を聞いた。現状、最も疑わしいと思っている人物だ。

 「ども。ハントです。時間の夜は、畜舎横の小屋で寝てました。夜は野犬や狼が山羊を狙いにくることがごくたまにありますが、畜舎には扉もありますし、襲われることはないですね。」

 「ふむふむ。では、襲われるとは思っていなかったってことっすね。」

 「はい。」

 「事件が初めて起こったときは、そうだと思うのですが、その後はどうしてたんすか?」

 「夜通しを見張りをしてました。ただ、もう襲われないだろうと思ったときに限って事件が起こってしまって…。本当にロクな人生じゃないですよ…。」

 そう言う傍らには犬が寝そべっていた。ハントは話しながら、時折頭を撫でていた。犬は気持ちよさそうにしていた。

 (いつかやってみたいな…。)

 そんなことを、思いながらシャーリーを横目に見るが、本人はこちらを見向きもしなかった。

 ハントから話を聞いたが、有益と感じる情報はなかった。むしろ状況的に彼が一番犯行が可能そうだ。そして、彼の小屋を後にする。

 さすがに、小さな村とはいえ、全員に話を聞くわけにはいかないので、畜舎周辺に住んでいる村民に今日は絞って話を聞くこととした。

 次に話を聞いたのは、近所に住む猟師のライルである。

 「あぁ、その日は酒をかっくらって寝ていたよ。本当さ!俺は飲んで、寝ると起きられないんだ。翌朝まで何があったかなんて知らなかったよ。」

 「ちなみにライルさんは猟師なんすよね?あの死骸は見ました?」

 「あぁ。見たぜ。」

 「あれは何かの獣の仕業だと思います?」

 「そうだな…。どちらともいえないな。ただ、野生の獣の場合、あんなに食い散らかして残すことはないな。巣に持ち帰るか、帰るときに食っちまう。」

 「参考になりました。ありがとうございました。」

 そう言って、彼の家を後にした。

 「……。ずっと黙ってたっすけど、良かったんすか?待望の事件っすよ?」

 ここまで話を聞いていた際、シャーリーは黙ったまま、ただ話を聞いていた。

 「いや何。今生の助手も有望そうだと感心していたところだよ。その調子で聞き込みを続けたまえ。」

 世界一有名な助手である、かの元軍医の気持ちが少しわかった気がした。彼といると常に試されている感覚が付き纏うのだ。とはいえ、今回は自ら名乗り出たことなので、誠心誠意取り組むことにした。

 続いては、昨日出会った門番をしていた老人である。

 「あんたらか。なんぞ村長に頼まれたんだってな。ワシが話を通したんだから、変なことはせんでくれよ。」

 「もちろんっす。今、村長に頼まれた山羊を殺した犯人を探すため、話を聞いて回ってるところっす。おじいさんはいつもここで門番をしてるらしいっすね?何か事件の日に変わったことはなかったっすか?」

 「おじいさんではなく、ショーンという名がある。」

 「それは失礼した。それで変わったことはなかったかね?」

 すかさずシャーリーが口を挟んだ。少しカチンと来たので助かった。

 「ふむ。そうさな……。特に畜舎の方では、変わったことはなかったのぅ。」

 「畜舎に関係なくとも、些細なことで構わない。何か気になったことがあれば教えて欲しい。ショーン殿は村のことなら何でも知っていると。それほどまでに信頼を得ているらしいですしな。」

 にこりと笑いシャーリーが持ち上げる。

 「そうじゃな。ワシは何でも知っておるよ。ハントが村長に何やら後ろ暗いことがあることや、ライルが借金まみれであること。これは周知の事実かの。あとは、村長がええ歳のくせして村の若いのと恋仲になったとかの。」

 ライルが借金まみれなのはなんとなく想像がつく。話を聞いたとき家の中が見えたが、空の酒瓶だらけだった。

 「その村長は独身なんすか?息子がいたって言ってたんすけど。」

 「そうだな。おったよ。三年前に死んだ息子がな。メイソンと言う息子がおったのだが、森の中の崖から足を滑らせたらしい。ライルが猟のときに見つけた。ライルは猟のときにはハントの犬を借りるんじゃが、その犬が崖の下に向かって大層吠えていたそうな。それで見つかったんじゃ。村長は奥さんを早くに亡くしての。父子二人だけの家族だったんじゃがな。」

 息子さんの部屋が使われている様子がなかったことに得心がいった。亡くなってから、そのままにしていたのだろう。寝具だけが綺麗でそれ以外は埃まみれだったのだ。

 「ちなみにその恋仲というのは?」

 シャーリーが気を使いもせず話を促す。

 「うん?ああ。村長と村の娘のサラというのがな。良い仲なんじゃ。ワシはてっきりハントと良い仲じゃと思ってあったんじゃがな。ハントは村長の息子と仲が良かったんじゃが、亡くなる前日、口論をしているところをワシは見たんじゃ。だから、ワシは信じとうはないが、村長の息子をハントが崖から突き落としたんじゃないかと……。」

 ひとしきり話を聞いたところで、やや日が落ちてきたことに気がついた。シャーリーと話し、そのサラという少女に話を聞いて最後にすることとした。


 村の真ん中付近にあるというサラの家へ向かいながら、シャーリーに問いかけた。

 「どうっすか?何かわかったっすか?」

 名探偵といえば、こちらが見当もついていない段階で、ある程度真実に近づいているのが定石である。

 「ふむ。あくまでまだ組み立てている途中だな。私は自分が正しいと確信を得るまでは、口外はしない主義だ。君も中途半端に口にしないことをお勧めするね。」

 リアルで、彼の名言を聞けるとは思っていなかった。犬だが……。言われた通り、中途半端に口にするのはやめる。

 「ここっすかね?すみませーん。村長に頼まれて、話を聞きに来たんすけど…。」

 ガタガタと人の気配がする。扉の向こうにいるようだ。しかし、なかなか扉は開かない。こちらから、開けようとドアノブに手をかけたとき…。

 ガンッ。思い切り開け放たれた扉に鼻を強打する。

 「あっ!すみません!えっと……大丈夫ですか?」

 少女が開け放った扉から下を覗き込むようにしながら、そう言った。その下では1人と1匹が鼻を押さえて、痛みのせいか唸っている。好奇心は猫をも殺すと言うが、犬も探偵も同じらしい。

 「あっ……、すみません!大丈夫ですか?」

 「だ、大丈夫っす……。」

 苦し紛れにそう言いながら横を見ると、シャーリーは何事もなかったフリをしていた。

 「それで、お嬢さんがサラさんで間違いないかな?」

 「ええ。えっと、あなた達は?」

 人語を操る妙な帽子の犬に目を丸くしつつ、彼女は質問をした。

 「俺らは村長さんから、山羊の件で依頼を受けたんすよ。それで、話を聞いて回ってて…。」

 ここまで、聞いた話を彼女に伝え、不躾なとは思いつつ、直球で質問をした。

 「あなたは村長と良い仲だと伺ったのですよ。しかし、ショーンと言ったかな、かのご老人曰く、ハントとも噂があったと。そのあたりのお話を聞かせていただけないかな?」

 好奇心が勝ると配慮が欠けるらしい。率直にシャーリーが聞く。それを聞いて、やや不機嫌そうに彼女が返事をした。

 「そうね。村の人には言ってなかったけど、確かにハントとはそういう関係だったわ。ただ、ハントが村長の息子のメイソンを殺したって聞いて……。ハントに問いただしても、何も言わないし。それでハントは村で少し浮いちゃってね。私も親がいない上に、弟が二人いて。初めは、ハントとも上手くやろうとしてたのよ?でも弟たちを養うためにも、村長さんに頼るしかなかったのよ。それがここ1年くらいのことかしら。」

 罰の悪そうに彼女は言った。少し印象は悪い。しかし、これでますますハントの容疑が深まったように思えた。

 「ふむ。」

 そう言って、シャーリーは黙り込んでしまったので、仕方なく話を続けた。

 「わかりました。あと、山羊の件について何か気になることとかないっすか?些細なことでいいんで。」

 彼女に聞いても、仕方がないと思いつつ、場が持たなかったので、聞いてみることにした。

 「正直、ハントと疎遠になってから、あまり行ってないの。あそこの犬、よく吠えるしね。」

 「あの番犬ですか?」

 「そうそう、もともとライルさんが拾ってきたのよ。それをハントに押し付けちゃって……。昔はよくライルさんも狩のとき、連れて行っていたらしいけど、最近はあまり狩りに行かないしね。」

 元はライルが拾ってきたとはいえ、もう長年ハントの世話になっている犬だ。ハントを訪ねたときも、俺たちに対する警戒は解いていなかったように見えた。それだけ優秀な犬なのだろう。

 「あの犬は大層、優秀だと私も思うね。」

 俺の考えをまたも見透かして、先回りして、シャーリーは言った。同じ犬同士。通じるものもあるかもしれない。そのときだった。村人の悲鳴が聞こえてきた。男性女性、複数の悲鳴。シャーリーに目配せをして、急いで声の元へと向かった。


 悲鳴の先では、恐ろしい光景が広がっていた。野犬、いや野犬よりも禍々しい(まがまがしい)生き物。魔物と呼ぶにふさわしいものがそこにはいた。

 腰を抜かして、必死に逃げようとしているショーンを見つけ、駆け寄り肩を貸し、問いかけた。

 「大丈夫っすか?!なんすか?!あの犬みたいな化け物は?」

 「助けてくれぃ!ありゃ黒狗(ブラックドッグ)じゃ!恐ろしい魔物じゃよ!村には滅多に近寄らん。それが群れでやってくるとは!」

 まさか本当に魔物とは、確かに見るからに恐ろしい形相をしている。遠目では野犬に見えるが、近づくとその違いがわかる。明らかにどす黒いオーラを身に纏い、サーベルタイガーのような牙が伸びている。それも鋭そうだ。

 「わかったっすから!立ってください!!逃げましょう!」

 必死で抱えて立ち上がろうとするが、腰の抜けた老人は濡れた毛布のように持ち上げにくく、さらに根が張ったように重い。もたついていると、1匹の黒狗(ブラックドッグ)がこちらに気づき、突っ込んで来た。

 (くそっ!見捨てるか?いや、ここで見捨てたら、何も変わっちゃいない!)

 前の世界の苦い記憶が一瞬、俺を迷わせた。しかし、もうそこまで敵は迫っている。終わった。そう思い、目を閉じた。そのときだった。

 「キャンっ。」ドサッ。

 後ろで何かが落ちる音がした。振り返ると、黒狗がひっくり返り、足をばたつかせている。

 「情け無いものだ。そのような体たらくでは私の助手が務まるか、甚だ疑問だね。」

 声の方を振り返ると、シャーリーが仁王立ちで、こちらを見下ろしていた。

 「君は極東の出身だろう。バリツを身につけて来なかったのかね?探偵というものは、頭脳だけではやっていけない場面に何度も出くわすものだよ。」

 そういや、そんな格闘技を身につけていたんだった。かの名探偵はバリツという謎の武術を操る。

 「いやいや、そんなとっさに闘えないっすよ……。」

 思わず苦笑いをする。

 「後ろじゃ!」

 気が抜けていたのか、シャーリーの後ろから迫る2匹の黒狗に気が付かなかった。しかし、シャーリーは涼しげな様子で、振り返りもせず2匹の噛みつきを避ける。避けた流れで、まずは1匹。前足を咥えて、受け流すように倒す。そして、振り返りざまにもう1匹の喉元に噛みついた。噛みつかれた方の目からみるみる光が消えていった。そして、生き絶えた確信が得られるとすぐさまもう一方にトドメを刺した。

 「犬になったからか、鼻が効くようだ。目に見えずともわかっていたさ。」

 「見た目は、子犬なんすけどね。頼もしいっす!とりあえず礼は後で。急ぎましょう。」

 俺たちは急いで他の黒狗を制圧に向かった。魔物の動きから、悲鳴の元は畜舎のようだ。

 「右から来るぞ!」

 シャーリーが黒狗に対処している隙に、俺の方を狙ってきた。明らかに弱いと見たのだろう。

 「もう大丈夫っす!」

 裏拳で犬っころの鼻先を叩き落とす。そのまま首を絞めて殺した。

 「意外とやるじゃあないか。何か武術の心得でもあったのかね?」

 ニヤリとシャーリーが笑いながら聞いてきた。

 「歳の離れた姉が総合格闘技やったんすよ。その影響であらゆる格闘技から、古武術までいろいろ身につけてたっす。まさかこんなところで役に立つとは。」

 以前は護身のためとはいえ、格闘技の試合にでも出ない限り、披露することはなかった。それでも、咄嗟に動けたのは、一度恐怖を味わえたからなのかもしれない。

 「いやいや、なかなかいざという時に動けるものではないさ。誇って良い。君には才能があるね。」

 憧れていた人物に才能があると褒められると、涙が出るんだと。こんなことは初めてだった。

 「ハッ!まだまだ坊やだったようだ!さあ!行くぞ!」

 彼も少し興奮したのか。またテンションの高い口調になっていた。


 畜舎に着くと、そこには無惨にも引き裂かれた山羊の死体が散らばっている。そこに人の死体が無かったことが幸いだった。

 「ハントさん!どこですか?!」

 そのとき、番犬の吠える声がした。

 「バウッ!バウッ!」

 畜舎の裏の方だ。

 「居た!この野郎っ!」

 怪我をして、うずくまるハントを見て怒りが昇って来た。ハントと番犬に今にも襲いかかろうとする魔物たちを二人で蹴散らす。

 「大丈夫ですか?!くそっ!」

 傷は深かった。辛うじて息はあるが、早く治療しなければ、危ない。ただ、治療しようにもここでは何もできはしない。何よりもまずは、この魔物どもを追い払うか、皆殺しにしないといけなかった。

 「シャーリー!まだいけるっすか?!」

 「ハッ!この程度、ライヘンバッハでの犯罪卿と繰り広げた死闘に比べれば取るに足らないね!」

 本当に頼りになる相棒だ。ほんの一瞬、目を瞑り、コクンと頷く。怖くないといえば嘘になる。それでも、恐怖を怒りと正義が乗り越えてくれる。ハントを横目で見て立ち上がる。黒狗どもがたじろぐ。俺たちは敵に向かって吠え、真っ直ぐに突っ込んでいった。

 1匹、また、1匹と二人でなぎ倒していく。どれほど時が経ったかわからない。気がつけば、辺りは一面、魔物の死骸だらけだった。フッ!と息を吐く。そして今しがたまで息をするのを忘れていたかと思うほど、大きく息を吸い込んだ。ふと、体を見ると、淡い緑色のオーラのようなものが見える。直感的に理解する。

 (なるほど。これが魔力ってやつか……。力がみなぎる。無意識に身体強化を使ってたのかな?)

 感覚的にどうすれば、魔力を纏えるのかわかった気がした。そのとき、ハッとして振り返る。ハントはまだ息があるようだ。急ぎ、彼に駆け寄り、抱え上げ、走り出す。急がなければならない。村全体に聞こえるように大きな声で助けを求める。

 「誰か!誰か医者を!怪我人がいるんです!早くいないと間に合わないッ!!」

 その声を聞いて、数人の村人が物陰から姿を見せた。彼らは辺りを見回すと危険が去ったことを理解したようだ。数人の男性が駆け寄って来た。彼らに状況を説明する。魔物は全て倒したこと。ハントが一刻を争う状態であること。話を聞いた男たちは、一瞬身を引いたが、すぐにハントを抱えて、近くの家に入っていく。そのとき、気が抜けたのか、そのまま倒れ込んでしまった。薄れゆく意識の中、医者を呼ぶ声が聞こえた。

 (良かった。この村にも一応医者がいて……。)

 そのまま、俺は意識を失った。


 気がつくと、俺は村長の家の二階で寝ていた。どれほどの時が経ったのだろう。身体は包帯で至る所、ぐるぐる巻きである。身体を起こそうとしたとき、脇腹あたりに鼓動を感じた。首をもたげ見てみると、そこにはシャーリーが丸まって寝ていた。

 「ふむ……。起きたかね?あれから半日も経っておらん。今は安心して眠ると良い。おっと、その前にそこのグラスに口をつけると良い。何やら滋養強壮に効くものらしい。」

 ベッド脇のテーブルを見ると、確かにグラスがある。どうにか身体を起こす。節々が痛むが動けないほどではない。こっちに来て、身体も頑丈になったようだ。

 「うぇっ。まずい……。」

 その辺の草を絞ったような感じだ。そんな経験はないが、おそらく実際に飲んでみるとそうなんだと思う。

 「総じて、そういった類のものは美味くはないものだ。」

 他人事であるからか、シャーリーはどこか冷めた態度だ。しかし、彼は大丈夫なのだろうか。見たところは平気そうだが。

 「そっちはどうなんすか?身体は?」

 「多少疲れた。君ほどではないがダメージはあったさ。余程この身体は頑丈らしい。」

 とりあえずは安心した。今二人ともがダウンしてしまうと何か危険な気がした。

 「なんだったんすかね?あの化け物は。」

 「奇妙な術や、ギフトなんぞもある世界だ。化け物の1匹や2匹いるのだろうよ。」

 確かに。魔法はあるけど、モンスターはいない。そんなファンタジーはファンタジーではない。

 「普段は襲われることは無いって言ってたっすよね?なんで今回のようなことになったか不思議に思ってたんすよ。どう思います?」

 そうだ。今回、俺たちの対応はそれなりに早かったと思う。だからこそ、被害はほとんど畜舎あたりだけのようだった。

 「そうだね。様子を見る限り、被害は畜舎のみ。怪我人もほとんどいなかったらしい。ハント、我々、そして足を挫いた老人以外はね。」

 良かった。そう思った。それと同時に少し疑問に思う。明らかに畜舎を狙った銃撃だった。だとすると、今までの犯人は黒狗(ブラックドッグ)なのだろうか。だったら、なぜ今までと違って、夜中に狙うのではなく、白昼堂々と襲撃して来たのか?

 「ふむ。正直、あの狗どもに考える知恵があるとは思えん。力量差も測れんような愚か者どもにはね。となると、裏で糸を引いた者がいると考える必要がある。今までとの違いといえば、我々だね。焦らざるを得ない理由があったのかもしれない。」

 「つまり、犯人はハントさんではないってことっすよね?」

 ハントは大怪我をした。シャーリーが何も言ってこないあたり、一命は取り留めたようだ。そんな危ない橋を渡って、容疑者から外れるなんて真似、普通はしない。

 「可能性としては限りなく低くなったが正しいがね。思い込みは推理の敵だよ。まあ私も同意見だが。」

 それでは、誰がこんなことをしたのか?そう考えると恐ろしくなってきた。

 「まあ、わからないことは幾ら考えてもわからないものだ。我々は知らないことを知っているからね。一つずつ可能性を除外していき、証拠を集め、推理を組み立てていくしかないさ。とりあえずは休もう。明日、朝早くに出かけるぞ。村長の息子とやらが死んだ崖を見に行ってみたい。それに畜舎も検分しなくてはな。」

 そう言って、シャーリーは寝息をたてた。そして、俺も眠りに落ちた。


 翌朝、シャーリーに起こされる。

 「さて!行こうか。今日中にはケリをつけよう。」

 朝からハイテンションモードだった。促されるままに着替える。下に降りると、朝食が用意されていたが、村長の姿はない。硬いパンを頬張り、家を後にした。

 家を出て、村の外に向かう途中に出会ったショーンさんに崖の位置を詳しく聞いた。そのとき、昨日の礼を言われたが、大したことはしていないと言っておいた。人に感謝されるのは気持ちが良いものだ。それも偏屈な人間からだと特に。

 「浮かれるのもわかるが、注意深く周囲を観察するのだ。些細なことが糸口になる。」

 そう言われて、気を引き締める。シャーリーの目は鋭かった。目で、鼻で、耳で周囲から多くの情報を得ているように見えた。

 「ここが例の崖っすね。下まで5メートルほどっすかね。当たりどころ次第で十分死ねるっすね。」

 「そうだね。それにこの辺りはあまり人も入ってこないらしい。道らしい道はなかったし、あるのは獣道だけだ。」

 「何でまたこんなところに来たんすかね?」

 純粋な疑問だった。狩りをするならともかく、普通の人間には用事が無いように思える。

 「良いところに気がついたね。君が起きる少し前に村の者に話を聞いて回ったのだが、村長の息子のメイソンは森に入ることはほとんどなかったらしい。森に入ったとしても、共を連れずになんてことは初めてだったようだね。」

 まさか、あれより早く起きて聞き込みをしているとは恐ろしい事件に対する執念を感じずにはいられない。それはさておき、そうなるとハント犯人説も可能性を捨てきれない。

 「そうなると、誰かと一緒だったって可能性が高いっすよね?森に入るところまでは一人で途中から合流したとか。一緒に森に入るところを見られるわけにはいかない人物とか。」

 「その可能性が一番高いかな。おや、これは……。」

 シャーリーが何かを見つけたようだ。鼻先には、人の足跡と犬のような足跡があった。

 「これは、狩人の使う靴の足跡だな。見ろ。跡が足の形はしているが歪だ。狩人は匂いを消すために獣の皮を靴に巻きつけることがあるらしい。かの狩人の家にも同様のものがあった。もう一方は先の化け物のものか。」

 「まさか、ライルがここに来てた?黒狗を狩りに来てたとかっすかね?」

 「ふん、それならば足跡にもその形跡が見て取れるさ。その様子もない。こちらには山羊の骨があるな。」

 ふむふむと彼の中で推理が組み上がっていくようだ。

 「村に戻ろう。あの狩人が怪しいが動機がわからん。直接的ではないにせよ、何か理由があって、このような形跡が残っているのだから、それを確かめることが解決の糸口になるかもしれん!」

 そう言って走りだした。急いで跡を追う。必死に追いかけるが途中で離されてしまった。村の入り口でどこにいるのか探していたところ、犬の鳴き声が聞こえて来た。声の方は向かうと、シャーリーは畜舎にいた。

 「ちょっと…はぁ…ゆっくり頼むっす…。」

 息も絶え絶えである。犬に吠えられ、ビクッとする。

 「ちゃんと番犬してるんすね。」

 そのとき、後ろから声がした。

 「おい!あんたら!こんなところで何してんだ?」

 振り返ると、ライルがいた。

 「いや、ちょっと色々調べてまして…。」

 出来るだけ怒らせないように、申し訳なさそうに答えた。

 「ふん!どうせあのガキが何か企んでて、しくじったんだろうよ!さあ!行った行った!」

 あっちに行けと追い払われる。そのとき、シャーリーがニヤリと笑ったような気がした。

 村長の家の二階に戻るとシャーリーが小さな声で話しだした。

 「外で誰かが聞き耳を立てている。声は出さず、耳だけを向けろ。」

 横目で窓の外を見る。誰もいないようだが。

 「そっちではない。家の中だ。扉の前までは来ていないようだが。いいか、声を出すなよ?」

 静かに頷いた。

 「山羊殺しの犯人に見当がついた。事件の真相を確かめるため、一芝居打とうと思う。そこでだ。君に頼みがある。」

 そう言って、シャーリーは幾つか俺に指示を出した。

 「わかったっす。でも何で自分でやらないんすか?」

 「私はこの世界では犬だ。それも君の使い魔のな。主を立てるのも臣下の務めだよ。騎士の精神かな。」

 そう言って、こちらに視線を向けたシャーリーが正装に身を包んだ英国紳士に見えた。


 数分後、俺は一人でライルの下に向かった。そして、シャーリーの指示通り伝えた後、その足で次の目的地へと向かい、二つ目の指示もこなした。これで、犯人と真相がわかるらしい。俺は最後の指示に従い、畜舎横の小屋へと向かった。

 「……。」

 ぎいっと扉が開く。誰かが入ってきた。そして、ベッドへと向かい、そのまま膨れ上がった布団を剥ぎ取った。

 「居ない!どこだ?!」

 そのとき、扉が開く。

 「貴様何をしている?!」

 声の主は村長だった。

 「あんたか!ちょうど良かった。ハントの野郎が吐いちまったらしい!今なら、俺が殺して、逃げればなんとかなる!金はあとからもらうがな!」

 「何!?ハントが?私はまた黒狗どもが村の近くに来たと聞いて、貴様が早まったのではないかと思ってやって来たのだ。すると、ここに入るのが見えたので、跡を追ってきたのだが……?クソっ!」

 村長が何かに気づいた時には遅かった。扉のところで、俺たちが逃げ道を塞いでいた。

 「どうやら、まんまと釣られたみたいっすね!」

 渾身のドヤ顔をしてやった。

 「ふむ。私の推理は当たっていたらしい。まあ今回でしくじったときには別の手も考えていたので、楽に終わって拍子抜けだがな。」

 シャーリーもドヤ顔だ。

 「なんのことかな?たまたまここであったんだが?」

 村長が仮面のような笑顔を貼りつけて言う。

 「まぁ落ち着きましょう。あなた方のしたことはもうわかっているんですよ。ライル。君があの黒狗どもを操っていたんだね?」

 ライルが唇を噛んで下を向く。

 「まずおかしいと思ったのは、襲撃の時だ。君は畜舎の近くの家に住んでいるのにそこは襲われていなかった。そして、森で化け物と君の足跡を見つけた。争った形跡もない。あるのは、山羊の食い散らかした跡のみ。つまり、あそこで黒狗どもに餌を与えて飼い慣らしていたのだろう。そう。長い時間をかけてね。」

 襲われなかったのは、黒狗を飼い慣らして操っていたのがライルだったから。おそらく本来はあのような大規模な襲撃ではなく、どこかでハントだけを襲う予定だったのだろう。

 「そして、それは村長と企てたことだった。そうだな。理由としては、あのサラとか言うお嬢さんかな?金に困っていたあんた。ハントが邪魔だった村長。利害が一致したのだろう。その企てを息子にバレてしまった。まぁ。殺す気はなかったのだろうな。何かの拍子に崖から落としてしまったのだろう。それをハントは目撃してしまった。気の良い彼は息子を意図せず殺してしまった村長の慮った(おもんぱかった)のだろうよ。」

 「だから、誰にも言えなかったんすね……。自分が殺したと疑われても。村長だけでなく、親友の名誉のためにも。」

 死んだだけでなく、父親を人殺しにはさせたくない。そんな親友の思いを汲み取った行動だったに違いない。

 「そうかもしれないね。しかし、それは逆に村長に利用されてしまう結果となったわけだが。そして、計画は着々と進められた。しかし!予想外のことが起こってしまった。」

 「そっか!俺たちが来てしまったんすね?」

 「そう。君は使い魔を連れた主を見て焦った。ショーンの話を聞いたときには上手く手伝いをさせて、すぐに村から出してしまえば良いと。しかし、使い魔を連れているうえ、聞き込みまでする熱心さ。これでは計画そのものが破綻してしまうかもしれない。そこでライルにハントを襲わせて、全てを闇に葬ろうとした。死人に口無しとはよく言ったものだ。」

 ハントが生きていれば、真実を語る可能性が出てくる。例え、俺たちが真相に辿り着いてもハントの証言無しではどうしようもない。それで焦って事を起こしたのだ。

 「だとしたらなんだ!殺すか?そもそもハントの自作自演の可能性だって……。」

 「それはないっすよ。だって、ハントさんが犯人ならそもそも自分が死ぬかもしれない作戦は取らないですし。」

 ハントは本当に危ない状況だった。そこまでリスクを負うとは思えない。

 「あいつはバカだからわからなかったんじゃねえのか?」

 ライルが久しぶりに口を聞いた。

 「もし彼が黒狗を操れたのなら、もう少し上手くやると思いますがね。それに彼には山羊を襲う理由がない。自分を襲わせて、あなたたちに罪を着せるつもりなら、なぜ自分が山羊の見張りをしているときにやらなかったのです?彼が無能だと思わせたかったのでしょうが、結果的に彼の無実の可能性を高めてしまってましたね。」

 ちっ、そうライルが舌打ちをした。もはや反論する気も無くなったらしい。

 「ああめんどくせえ。もうこいつらも殺してしまおう。あんたはあの娘とどこかに逃げちまえ。この村は俺が狗どもに襲わせて、金目のものは全部いただくからよ!」

 「馬鹿者!それではここまでの苦労が!何のために息子を殺してしまったのかわからんではないか!」

 もはや、自白したのと等しい。

 「じゃあ、認めるんすね?」

 「認めるも何も。確かに私はサラに恋している。ショーンあたりから聞いているのだろう?状況証拠は確かだな。このクソが黒狗どもを操ったのは、自白した通りだ。しかし、私が裏で指示をした証拠は?」

 「先程、君はこの者に対価を支払う約束をしていたとのことだったが?」

 「それはこいつが勝手に言っていたことだろう?私は関係ないね!この村の人間は馬鹿ばかりだ!こいつの話は信用されずとも、私の話なら信じるだろうよ!」

 成った。そう確信した。初めから、この事件のゴールは決まっていたのだ。山羊を殺した犯人を見つけること。そして、それを食い止める。これはカイルを抑えたので問題ない。そして、どうにかしてやりたいと思ったのは、ハントだ。あまりに優しすぎる少年をどうにかしてやりたかった。サラだって、こんなやつと一緒になるよりはハントの方が良いに決まってる。そして、その目的は達成できた。

 「村長。君は勘違いしている。私だって、こんなものは事件とは呼べない。そして、この解決だって推理とはおよそ言えないほど陳腐なものに成り下がってしまった。真相なんて、明らかになれば陳腐なものなのかもしれないな。事件は解いているときが一番楽しい。」

 シャーリーが哀愁に浸っている。その様子に腹が立ったのか、理解が追いつかず腹が立ったのかわからない。村長が激昂する。

 「何を訳のわからないことを!さあ!さっさとそこを退け!この者だけ捕まえて晒せば良かろう!」

 俺たちは扉から少し横に避けた。そこには、サラ、ショーン、それに数人の村人たちが立っていた。

 「な、お前たち…。いつから?」

 「初めからじゃよ。この方達に呼ばれてな。ワシとサラ。そして、信用できる村人を数人連れてこいと言われた。」

 そう。初めから目的は証拠を叩きつけて、完膚なきまでに叩きのめすことではなかった。

 「俺らの目的に気がつかなかった村長の負けっす。初めから大した証拠は要らなかったんすよ。あんたの本性が暴けて、多少なり自白すれば。そうすれば、あんたの野望は防げるんだからな!!」

 村長がその場で膝から崩れ落ちた。サラは蔑んだ目で村長を見ていた。

 その後、村長が語った真実は概ね予想通りだった。息子に森へと呼び出され、サラに言い寄るのを咎められた。そのとき、揉み合って崖から落としてしまった。不慮の事故だったと。それをハントに見られていたこと。幸い会話の内容までは聞かれていなかったらしい。そして、借金を理由にライルを懐柔したことも吐いた。


 「それにしても、結構危ない橋だったっすね!」

 まさか、状況証拠だけ、それもほとんどが予想の範疇を出ていない中での賭けだった。

 「そうかね?私は依頼人の希望を叶えられ、かつ主の信義に則った解決をしたまでだが?」

 確かに、目的は山羊が襲われる件について、力を貸して欲しいということだったし、俺の心情としても村長みたいな人間に蔑ろにされるハントとサラは見たくなかった。

 「いや、それでもライルが山羊を殺していたこととかは、あまり確証がなかったし…。」

 「あぁそれか。それはほぼ間違いなかったよ。森から帰ってきて、畜舎に寄ったとき、ライルがやってきたね?そのときと、君がやってきたときとの違いはなんだ?」

 意味がわからなかった。違い?あのときは、犬の声が聞こえて、畜舎に……。

 「そうか!俺たちには番犬は吠えたのに、ライルが来たときには全く吠えなかったんだ!」

 「その通り!あの犬が吠えないのはライルとハントだけだったのさ。ハントが犯人でないとすれば自ずと答えは導き出せる。まあ、シルヴァー・ブレイズの事件のようなもんさ。あれほどの痛快さはなかったがね。」

 あれは、間違いなく後世の推理小説に革命を起こした。そう感心した記憶がある。

 「しかし、主よ。目的を果たしたは良いが、我々は今夜どこで寝るのだろう?まさか自分を追い詰めた人間と追い詰められた人間とが一つ屋根の下。なんてことはあり得んだろう?」

 そう言われて、やはりやり過ぎたかなと、少し反省した。

 「とりあえず、ショーンさんところにでも行ってみますか……。」

 二人のシルエットが夕焼けに照らされる。少しうなだれたシルエットだった。

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[一言] まさかの犬が探偵
2020/11/25 12:09 退会済み
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