忘れていた
「!! 美味しい」
初めて口にする果実に抵抗はあったけど、勇気を振り絞ってかじってみる。ふんわりと甘い香りと共に果汁が口の中に広がっていく。かじった瞬間から甘みが出てきてまるでジュースを飲んでいるような感覚だった。
どこか懐かしい味がするのは気のせいだろうか。あたしはそう思いながらもペロリと平らげていく。そんなあたしの姿を見ているダーシャは唇を隠すように手を添えて笑っている。
「美味しそうに食べるね。そんなに気に入った?」
「凄く美味しい」
「それはよかった。君が好きそうな味だと思ったから安心したよ」
あたしの好きそうな味? まるで好みを知っているような口ぶりに違和感を感じてしまう自分がいた。そりゃそうか。この世界であたしの存在はダーシャが知っているものね。なのにあたしの記憶の中には微かな香りしかないなんて信じられなくなってしまう。
色々考える事はあるけど、今は彼と同じ空間の中で安らぎたい、微笑みたい。だからあえて、その事に関しては追及するのは止めておこう。時が来たら聞く事が出来るのだから、今の雰囲気を壊してまで聞く事じゃないから。
自分対して言い訳を作る事で二人の関係を保とうとしている自分がいる事に気付く事など出来なかった。そんな事よりも、この美しい世界に酔いしれている方が楽しいから。そんな気持ちを持つのかダメなのかな……
「お二人とも、やっと見つけた」
「「あ」」
「人の事を忘れるのはいいですが……そろそろお時間ですよ」
あたしとダーシャはヒエンがいた事をすっかり忘れていた。行く先を伝えずに自分達の思うまま行動していたのだから心配かけるのは当たり前。舞い上がっていた自分を恥ずかしく思うのと同時に罪悪感を抱えてしまう。
しょんぼりしているあたしを見て、ダーシャはあたしを庇うように言った。
「僕が連れまわしたんだ。この国を知ってもらいたくてね」
「ダーシャ様、貴方は昔から……」
ため息を吐きながら苦笑いをするヒエンの姿が少し寂しそうに見えた。ここで守られているばかりではいけないと思ったあたしは一言、伝えたくて声を発した。
「ごめんなさい」
ダーシャの後ろにいたあたしは左の隙間から顔を出して、悲しそうな顔で繕った。偽物の感情ではないけど、なんとなくこうした方がいいと感じたの。
「サリアが謝る事じゃないよ。ほらヒエンも、もうこの辺にしとこう」
「そうですね」
「もう時間なのだろう? 向かうとするか。サリアも行こう」
そう言われて頷くあたしはいつも以上にか弱く見えた。