美しいダーシャ
あたし達はゆっくりと歩いている。歩くのが遅いあたしを気遣いながら歩幅を合わせてくれる。ダーシャは何処かの王子のような服装だ。まるでゲームや漫画に出てくる登場人物のようで、夢を見ているみたいだった。顔も整っている彼は、確実に女性からモテるだろう。彼はあたしを特別視しているようだけれど、きっと美しいお姫様みたいな人が現れると、何処か遠くへ行ってしまうんじゃないかって思ってしまう。
傍にいたくても、手の届かない存在──
頭の中は不安でいっぱい。知らない世界で知らない人々が行き交う街並み。あたしの知っている日常とは全くの別物だから、現実感が全くないの。ふう、と息を吐くと寒さの中で色を取り戻していく。遠くに忘れていた色が映えるように、再び動き出すように、あたしの白い息が目の前に広がってゆく。
「ここはライカの街。他の街には雪は降らないのに、この街だけは違う」
「そうなの?」
「ああ。毎日降っているんだ。寒いけど美しい」
「……貴方みたい」
ポツリと呟くように吐いた言葉は当然彼の耳には届かなかった。ダーシャは「何か言ったかい?」と顔を覗き込むように聞いてきたけど、何も言ってないと断言する。咄嗟に出た言葉は純粋なもので、そこには何の汚れもない。どうしてだか「素直」になれないあたしがいる。
雪がホロホロと舞い散りながら、全身を包み込んでいく。ぶるる、と体を震わすと、ダーシャは自分の羽織っているものを私の背中に回した。
「寒いよね。少しはマシになるといいんだけど……」
「風邪ひいちゃうよ?」
「僕は頑丈なんだ。それに寒さには慣れてる。この街を中心に動いているからね」
「……そうなんだ」
「ありがとう」の一言が中々出てこない。簡単なようで伝える事の難しさに揺られながら、さっきまで彼が来ていた服にそっと右手を添える。ほんのりとダーシャの体温が残っている。まるで抱きしめられているみたい。目を閉じながら彼の残り香に酔いしれていると、頭に手を置く感触がした。何事が起ったのかと視界を開くと、真ん前に彼がいて、あたしの頭に飛んできた雪の結晶を払ってくれた。
「サリア、行こうか。君こそ風邪をひいてしまうよ?」
「……うん」
あたしの心を汲み取りながら言葉を紡いでいく彼の姿は眩しくて、美しい。まるで雪が妖精のように彼を愛している。あたしも貴方と同じ世界で生きてみたい。その資格があるのか分からない。貴方の横を歩くのに相応しくないのかもしれない。
──でも。
あたしはゆっくりと彼の表情を確認しながら、同じ時を歩いていった。