エスコートするのが当たり前なんだよ?
貴方の傍にいたかった。
貴方との日々を忘れたくなかった。
綺麗な心のあたしだけを見つめて──
汚いあたしは見ないで──
あたしの願いはいつでもちっぽけなもので、心に手を当てるとより自分の存在が小さいんだなって思ったりもする。この世界で生きていたあたしは、貴方にとってどんな存在だったのだろう。今のあたしには分からない。だけど言葉にする勇気はなくて、ひっそりと貴方の横顔を見つめた。ダーシャは気づいているのか、気づいていない振りをしているのか分からない。この空間はあたしとダーシャだけの居場所。
そう考えてしまうのは欲張りなのかな?
馬車はとある街に到着した。あたしはダーシャがこちらを向くタイミングを見計らって、顔を隠す。横顔を見ていたなんて気づかれていたら恥ずかしいし、どうしてだか見惚れていた事を認めたくない自分がいた。
「サリア、街に着いたよ、降りようか」
そう声をかけられ、あたしはダーシャの顔を見た。ふんわりとした優しい表情でにっこりと微笑んでくる。その姿が昔「約束」した彼によく似ているように思えた。
記憶の中の彼は真っ黒で色を失っている。最初からなかったように、塗りつぶされているの。顔なんて覚えてないのにヒエンが言っていた言葉を思い出すと、きっと同じ人なんだろうとぼんやりとした頭で考えていた。
「ねぇダーシャ?」
「どうしたんだい?」
愛しい者を見るような瞳であたしを見ないで……あたしは貴方が思っているような人間じゃない。優しくされる資格なんてないのに、喉に詰まった言葉達は姿を現す事はなかった。あたしはいつでも一人。孤独なんて慣れっこで、そんなふうに優しくされても、平気なはずだった。
先にダーシャが降りる。あたしは一端考える事を止めて、彼の背中についていこうとする。すると彼は降りた瞬間に、くるりと振り向き、手を差し伸べてきた。
「僕の手を掴んで、君をエスコートさせてほしい」
あたしは馬車から降りるのを躊躇いながら、彼の右手にそっと手を置く。優しく支えるようにあたしが躓かないように、サポートしてくれた。男の人にこんなふうに扱われる事自体が初めてのあたしはドキドキしながら、ゆっくりと足元を確認しながら地面に足をつける。
「この世界ではエスコートするのが当たり前なんだ。だから僕にもっと甘えてくれたらいい」
「っ……」
ボフッと顔が赤くなっていくのが分かる。まるで瞬間湯沸かし器のようだ。そんな優しく言われたら、断る事なんて出来ないよ。
髪の間からひょっこりと顔を出すあたしの瞳はダーシャの姿だけを捉えて、離さなかった。