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歩くのは大変だからとダーシャの馬車へと乗る。ヒエンは別の馬車だ。ここが何処だか分からない。見た事もない景色。あたしは自分の家でいたはずなのに、どうしてこんな事になっているのかと頭を悩ませてしまう。
うろ覚えだけど、あの男の子から貰った手鏡で自分の顔を見ていたら、吸い込まれるようにこの訳の分からない状況になってしまったようだ。これは夢なの……かな?そう思う事で現実を見ようとしてなかった。
ダーシャと名乗る男、初めて見る人なのに、どうしてだか懐かしさを覚えてしまう。変な感じ。どこかで会った事があるような違和感を覚えながらも、抵抗をするより、二人についていく事に決めたの。自分の状況を確認するってより、これは夢だろうから、少し冒険したい気持ちが膨れたんだと思う。
ふうとため息をつきながら、景色を見つめた。綺麗な草原の中に牧場らしき場所がある。先ほどまで緑一色だったのに、急に表れた牧場光景を見ていると、なんだか癒されている自分がいた。
「綺麗な景色だろう?」
急に話しかけてくるダーシャの声が体を包み込んでくる。まるで抱きしめられているような錯覚を覚えたあたしは、顔を真っ赤に染めながら、コクンと頷いた。
「ヒエンは君の事を理解出来てない。君があちら側の世界から来た住人だと気づく事もないだろうから、安心しなさい」
「えっ……」
その言葉を聞いて、彼の方に視線を向けた。すると彼の瞳はジイッとあたしを見つめて離さない。柔らかな表情を向けるダーシャにドキドキしてしまう。
(知らない人なのよ?何ときめいてんの、あたし)
心の中で邪念を振り払う。これは夢、そうよ夢なんだからと言い聞かせてみるけど、現実の出来事のような気がして、心音は加速していくばかりだ。
「夢なんかじゃない。これは現実だ」
「なんで」
「君の考えている事ならなんでも分かるさ。だって僕がこの世界に君を連れてきたんだから」
夢だと思うのなら、自分の頬を抓ってみるといい、そうダーシャは言った。あたしは疑心暗鬼になりながら、右頬を抓る。
「痛い」
夢の中でこんな痛み感じるの?それとも寝ぼけているだけかしら?寝ながらつねっているかもしれないと思い、もう一度確かめてみる。うん、痛い。
「分かっただろう?これは夢なんかじゃない」
「……どうして」
「抵抗せず大人しくついてきたのは正解だな。まぁ君が逃げようとしても逃がさないけど」
ゴクッと唾を飲み込みながら、聞いてみた。ここは何処かって。すると彼は微笑みながらこの国がサザンウェーブという国だと教えてくれた。そして異世界で存在していたもう一人のあたしの生きていた場所だと。
「もう一人のあたし?」
「そう。ヒエンが勘違いしていただろう?」
「そんなの……」
「信じられないって?でもこれも現実なんだよサリア」
馬車はあたしの心とは裏腹に前に進んでいく。止めようと思っても止まらない時間に振り回されている自分がいた。