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遠くから女の人の声が聞こえてくる。優しいお母さんのような声。体をカクカクと揺さぶられているみたい。少し頭が重たい気がする。
導かれるように目を開けると見た事もないドレスに身を包んでいる姿が視界に入ってきた。まるで舞踏会に出るような姿に見とれてしまいそうになる。
「大丈夫ですか?」
心配するように覗き込んでくる女性の顔を見ると、声を失った。どこかで見た事があると思いながら、ぼやけた頭で思い返すとあたしにそっくりだったのだ。
「貴女は……」
まだ状況が掴めないあたしは、とりあえず目の前の女性を見つめる。
彼女も驚いたような顔をし、数秒フリーズする。
(あたしと同じ反応、そりゃそうか)
だってそっくりなんだもの。まるで鏡で自分を見ているようだった。だから彼女の反応は正常。あたしも同じ反応をしていたはずだし、仕方ないわよね。
そんな事を考えていると、ふっと我に返ってきた彼女は困ったように口を開き、こういった。
「サリア……?」
「え?」
「貴女サリアよね、手鏡ダーシャ様と私が貴女にプレゼントしたものだもの」
あたしの名前は伊藤サリア。どうして名前を知っているのだろうと困っていると、急に抱きしめられた。
「やっと会えた。急にいなくなって……私達がどれほど心配したか分かっているの?」
彼女の言葉の意味が理解出来ないあたしは口をあんぐり開け、みっともない表情になっていると思う。この人の事なんて知らないし、どうしてあたしの名前を知っているのか分からずにいる。
「この十年間、どこにいたの……」
「あの……」
人違いだと言いかけた言葉を遮るように、後ろから抱き着かれた。あたしの前には女性がいる。後ろからぬっと出てきた手は男性の手のようで、身動きがとれずにいた。
「ひやっ」
急な出来事に驚いたあたしは変な声を出しながら、ビクリと反応する。後ろ髪をくすぐるように、囁きかける息。力強さを感じながらも、振り向こうとしていた。
「ダーシャ様、サリアが……サリアが」
あたしの後ろの人物の正体が分かったみたいだ。まだ把握出来ていないけど、ダーシャと言う人らしい。
「ヒエン、落ち着け。こうしてサリアが戻ってきたんだ。喜ぶのが先だろう?」
「そうですわね」
「なぁ?サリア」
ダーシャの鼻先があたしの首をくすぐる。どこかで同じ事があったように思いながらも、そのまま身を預けるしかなかった。
あたし達三人を包む景色は、緑色。大草原の中で立ち尽くしながらも、流れに身を任せる事の心地よさを感じているあたしがいたの。