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綺麗な声が聞こえる。あたしの名前を呼んでいるその声はどこか悲しそうだ。聞いた事のない声なのに、心臓が貫かれたように痛い、痛い。まるで魔法にかかったように、涙が出てくるのはどうしてだろう。
「やっと見つけた」
誰かがあたしの体を抱きしめて、放さない、放してくれない。視線の先には誰もいないのに、優しい温もりを感じてしまう。そのたびに涙が溢れて、どう止めればいいのか分からずにいる自分がいる。
「なん……でっ、とまら……ないのっ」
ぐしゃぐしゃな声は夜空に響いて、月へと語り続ける。
現実を直視しないように、両手で顔を隠す事しかできなかった。
◇◇◇◇
泣いている貴方がいる。
あたしはアタフタしながら彼の涙を唇ですくう。
「あたしがいるよ?」
一人じゃないからと、ギユッと抱きしめると彼の体は砕け、あたしは一人ぼっちになったの。
第一章~月が繋ぐ心
小さい頃、誰かから手鏡を貰った。記憶の中でぼやける人は男の子だった気がする。モノクロで彩られた景色の中であたしの手へと握らせる。彼の顔は真っ黒で、誰だか、どんな子なのか分からない。それでも懐かしさを感じながら、今のあたしは手鏡を大切そうになぞる。
「もう一度会えるよ、手鏡を持っていれば……きっと」
彼の声は聞こえないはずなのに、心にダイレクトに響いてくる言葉の数々。記憶が曖昧なのに、どうしてだか、その約束は事実だと思った。
忘れていても、無意識に覚えているのだろうか。
大切で大切で、手放す事なんか出来なかった。
【君に出会う為なら、どんな事も厭わない。それが君自身の人生を変える事になっても】
声は繋ぐ、涙が空を創る、君は僕を追いかけてくる。そして僕はこの世界で待ち続ける。
彼女は僕がプレゼントした手鏡で自分の顔を見つめる。目を腫らしながら、涙を拭く君を愛おしく思う。
これは僕の我儘かもしれない、それでももう一度、君と同じ時を生きていきたい。
「僕のところへとおいで」
鏡を通して見える君へと届くように言葉を創る。僕は大きな鏡にそっと手を翳すと、空間の歪みが少しずつ開いていく。この世界で起こる事は彼女の世界でも起こる。連動している世界はゆっくりと呼吸を取り戻しながら、彼女の体を包み込んだ。
シュンと、風の音と共に消える彼女の姿。今度は成功したようだ。
君に会いたいという願いを月の光が受け取り、現実を混ぜていく。
それはまるで絵具が混ざるように、美しい始まりだった。