大根役者と盗賊退治
俺とバランさんはロクジョウの町に向かって馬を走らせている。
神殿とロクジョウの町をつなぐ山沿いの街道を神殿から北に向かって馬を走らせる。まっすぐ進んで突き当たりを東にいくとファカサゼン連邦、西に向かうとロクジョウの町だ。
神殿の方から町に向かっているので道行く人の大半は聖職者か巡礼者、たまに行商人や貴族っぽい一団くらいだ。このまま進んで国境とロクジョウの町をつなぐ街道に出ると雰囲気と往来する人の様子がガラッと変わるらしい。
陽が沈んだので野営の準備をする、比較的安全な場所まで来れたので警戒はいるが危険度は低いらしい。バランさんと交代で警戒と睡眠をとる、俺が警戒している時、ソルコマンダーにメッセージが届いた。
「大地くんが村を救ってバランさんを導いたことによってポイントが結構増えたので連絡します。小さなことであっても大地君の行動はこの世界に影響を与えるみたいです。テレビ電話の通話可能時間が1時間を超えてポイントが増えたら、ソルテ様を交えて話したい事と試したいことがあるので節約のためその時までは連絡を控えますが次は予定が合うスタッフにも声を掛けるから楽しみにしておいて下さい」
俺が何かをすればその結果地球との繋がりや能力が増えるのか。ソルテ様やスタッフと会うのも楽しみだな。
何事もなく野営を終え馬を走らせる。夜明け前に出発して日が完全に登る頃にはファカサゼン連邦とロクジョウの町を継なぐ街道に到達した。
なるほど確かにさっきまでとは雰囲気が違うな。神殿の方に向かう人達はいかにも聖職者や巡礼者といった礼儀正しい人達ばっかりだったけど。こっちの街道に入ってからは雑多な感じだ。
大きな幌馬車に荷物を載せて移動する商人達や武装して歩く人達、労働者風の人や背中に荷物を乗せて走る人。人種もいっぱいだ獣耳に獣尻尾を生やした人(コスプレじゃ無いよね)や二足歩行の動物みたいな人種(普通に会話してるしタバコも吸っている)耳の尖った人や背が低いけど成人してそうな人とかやっぱり地球とは違うんだな。
街道の人通りが多くなってきた頃、武装した旅人や傭兵風の人にボロボロの服を着て傷だらけの男の子がすがりついていた。黒髪に日焼けした肌に黒い猫耳と猫尻尾、コスプレじゃなくて本物だよな。
「村がモンスターに襲われて大変なんだよ誰か助けて! お礼はするから!」
傷は本物のようだがセリフが棒読みだ間違いなく罠として利用されている。
「大変だね案内してくれないか」
俺が猫少年に言うと、マジかよ! やめとけって! 騙されるぞ! と口々に言われるが気にせずに案内されるまま街道を外れ森の方へいく。
「へへへ、騙されやがったな。痛い目に遭いたく無けりゃ金と馬を置いていきな」
「けけけ、たった2人でこの人数勝ち目はねーぜぇ」
「めんどくさいから殺っちまおうぜ」
案内された先には、もの凄く分かり易い盗賊たちがいた。容姿といいセリフといいマニュアルでもあるのだろうか?俺は深くため息をついて言ってやる。
「あのなぁ、あんなヘッタクソな演技で旅人が騙されるとでも思ってるのか? セリフは棒だし目は泳ぎまくって挙動不審だし、アレで獲物が掛かると思うなんて頭に虫でも湧いてるんじゃないのか?」
「なんだとおぉぉ! テメエ! この人数に勝てるとでも思ってんのかあぁ!」
俺は無言で剣を抜き盗賊達のあいだを駆け抜ける。全部で13人の盗賊が一斉にパタリと倒れた、もちろん峰打ちだ。
「黒猫君もコイツら縛るの手伝ってくれ! はい、ロープ」
「流石だな、俺でも殺さずに一瞬であの人数はちょっと無理だ」
殺すなら出来るってことだよね。やっぱり傭兵稼業って物騒なんだな、さっさと引退してロッテと湯治場の経営でもしてもらいたいな。
盗賊達を縛り上げると黒猫君が土下座して謝った。ソルテ様といい、この世界って土下座が定着し過ぎだろ。
「さっきはごめんなさい! 言う通りにしないと姉ちゃんを酷い目にあわすって言われて仕方なくやったんだ!」
「ダイチィ、これも芝居かもしれないぜぇ」
ニヤニヤしながらバランさんが言う。結構意地の悪いおっさんだ。
「あの大根役者の後でこの迫真の演技出来たら凄すぎるよ。冗談は置いといて急ごうバランさん! もう酷い目にあっているかもしれない」
黒猫君の案内で盗賊のアジトだと言う洞穴に近づくと「いやぁぁぁ! やめてぇぇぇ!」と若い女性の悲鳴が聞こえる。俺はダッシュして洞穴の中の粗末な扉を蹴り破ると、高校生くらいの黒猫少女が3人の男に押さえつけられ服を破り取られている最中だった。
色ボケした盗賊3人を一瞬で殴り倒し黒猫少女を救出する。うん、パンツは脱がされて無いからギリギリセーフだ。
盗賊はこれで全部みたいだな、とりあえず全員ふん縛っておこう。
全員簀巻きにしてアジトに転すとバランさんに町まで報告に行った。ここからだと馬を跳ばせばすぐに着くらしい。
待ってる間、退屈だから猫姉弟と話でもしとこうかな。姉には盗賊の盗品にワンピースがあったのでそれを着せておいた。耳と尻尾以外はほとんど人間だな、それだけにコスプレっぽい。
「なんで盗賊に捕まってたんだ?街道を歩いてたら人通りが多いから安全そうなのに」
「私達はファカサゼン連邦のエチン出身なんですけど、知り合いからロクジョウの町の食堂に住み込みで働かないかと誘われて弟と2人で向かっていたんです。半獣人族がよく使う水場に向かうと待ち伏せされていて」
「お兄さんありがとう、おかげで助かりました。お姉ちゃんがターニャで僕はジロです」
「俺はダイチだロクジョウの町に行って冒険者をしようと思ってる。ところでジロの演技は酷かったなあれじゃ誰もつかまらないぜ」
役者の端くれとしては見るに耐えなかったな、まあ素人のぶっつけ本番じゃあんなもんか。
「仕方ないよ芝居なんかしたことないし、お姉ちゃん助けることに必死だったから」
「ターニャもギリギリセーフだったな。もうちょっと遅かったら酷いことになっていた」
「ダイチさんありがとうございました。仕事が落ち着いたら何かお礼をさせて下さい、もしよかったら身体で払ってもいいですよ」
真っ赤な顔をして鼻息が荒い。
「お姉ちゃん好みのタイプの男にすぐ発情するのやめなよ、それでドン引きされて未だに彼氏出来ねえんだから」
そんなこんなで 話してるうちにバランさんが兵士を引き連れて帰ってきた。盗賊を引き渡し賞金をもらう。ターニャの服が着れなくなったので賞金から少し服代を渡した。
それからターニャとジロも一緒にロクジョウの町に向かうことになった。
オッサンと2人で行くより可愛い女の子と元気な男の子が一緒のほうがいいや。どうでもいいことだけど猫獣人って語尾にニャとかつけないんだな。
「ターニャが働くのはもしかしてジュリーの店か?」
「はい知ってるんでか?」
「獣人族や半獣人族の出稼ぎがよく行く店だ。店主のジュリーは俺の知り合いで半獣人族の若い店員が欲しいって言ってたからな、ついでだから連れて行ってやるよ」
「ありがとうございます、土地勘が無いので助かります」
何のかんの言ってるうちにロクジョウの町の正門までやって来た。盗賊退治をしたのでもう夕方だ。バランさんは門番に傭兵ギルドのバッヂを見せていたけどほとんど顔パスだ、姉弟は紹介状を見せると「ああ、ジュリーさんが住み込みの店員を雇うって言ってたな。忙しい店だけど頑張りな」と言って激励した。
俺が神殿から身分証明書代わりに持たされたペンダントを見せると門番は姿勢を正して敬礼をした。
「お勤めご苦労様です!」
えっと……なんか思ってた反応と違うんだけどもしかしてこれって身分の高い人が持つやつなんじゃないだろうか。
とりあえず黒猫姉弟を店に案内する事にした、そろそろ忙しい時間帯だが大丈夫だろうか? 表はまだ準備中の札がかかってたので裏口に回る。
「あら表の札、見えなかったかしら。まだ準備中なの……ってバランじゃない、どうしたの? 今、開店準備中なんだけど急用かしら」
ジュリーさんは二足歩行のホワイトタイガーだった。獣人にも色んなタイプがいるみたいだな。黒猫姉弟みたいな耳と尻尾だけから、顔つきが獣と人の中間みたいなタイプ、ジュリーさんみたいにまんま獣みたいな人もいる。ジュリーさんは女言葉だけど、どう見てもマッチョな男性だよな。この世界にもオネエっているんだ。
「盗賊に攫われてる姉弟を助けたら偶然ここに働きに来た子達でな、ついでだから連れて来たんだ」
「あら! ありがとう。思ったより早く着いたのね、明日か明後日になると思ってたわ。ターニャとジロだったかしら? ターニャは注文取り出来るのよね、ジロも洗い物や料理運ぶくらいは出来るわね? 早速働いてもらうわ」
着いたばかりでいきなり仕事かと思ったがこの世界では普通なのか2人共すぐに持ち場について説明を受ける。姉弟は飲食店で働いた経験があるらしく、テキパキと動いていた。
バランさんの知り合いが経営する宿にチェックインして近くの銭湯に行ってから休むことにする。風呂文化のある世界なのがありがたい。
バランさんは傭兵ギルドに挨拶に行って、そのまま泊まるそうだ。幹部クラスなので自室があるらしい。
明日は朝から冒険者ギルドに行って、いよいよこの世界での生活基盤作りだ。