バランさんの過去と村人の思い。いざロクジョウの街へ!
村人の歓迎というか信仰ムードが盛り上がるが夜も更けて来たことだし村人全員が病み上がり状態なので、今日は休んで明日改めて挨拶とお礼をしたいと言われた。
今日はバランさんの奥さんの実家である村長宅に泊めてもらうことになった。行商人や役人が泊まることもあるので客室が用意されているからだ。
村人達がみんな俺のことをソルテラス様と言うのでバランさんが俺の名前はダイチであることを村長一族に説明してくれた。
「彼の名はダイチ、使命がありこの世界に使わされた天の使者だが市井に身を置き平民として暮らす事を望んでいる。ソルテラス様とは神の鎧を身に纏う者が持つ称号のようなモノだと思えばいい」
「ソルテラス様は光の剣でアークデーモンを一太刀で真っ二つにするんだから」
「先ほどの鎧から放たれた聖なる光は素晴らしかったですね! 本当にありがとうございます村が救われました!」
「ロッテもあの光ので治ったんだよ! ダイチの姿の時は普通の人だと思ってあげてね」
なんか神殿のみなさんやバラン親子によって俺の設定がドンドン盛られているような気がするけど……町に着いたらあまり派手にやり過ぎないよにしよう。
朝になると昨日の静かさが嘘のように村が活気付いていた。子供達が走り回り、大人は家畜の世話や農作業の準備をしている。
「ソルテラス様おはようございます」
「ソルテラス様のお陰です村が蘇りました」
「ソルテラス様、万歳!」
バランさんとリッタさんが村人達に俺の名はダイチで神の戦士ソルテラスが地上で過ごすための姿だから接するときは普通の人間として扱うようにお願いしている。俺が一般人としてこの世界で生きるのって、もしかしてハードル高い?
村はすっかり平穏を取り戻しているので今日は歓迎の宴を開いてくれると言うからご馳走になることになったので、ヤース伯爵領には明日出発することになった。今日は村の生活を見物して情報の整理をしよう。
ヨコナ村はエンリーク神殿領にある村で神殿に奉納する食料生産が主産業の村だ。エンリーク神殿領はオーミ王国に属してはいるが聖地であるので他国の人間も多く出入りするのである程度の自治権が認められている。
エンリーク神殿領のトップはフランチェスコ神殿長(思ったより偉かった)で雑務は王国から派遣された役人が行っている。聖職者が修行したり儀式を行う神殿を中心に、領の商業施設と宿泊施設が集中するモンゼーヌの町と食料等を生産する3つの村がある。住民は全体的に信心深く善良だ。
神殿領は東部のオーミ王国と隣国を隔てる険しい山脈以外はヤース伯爵領に隣接している。隣国であるミノフ共和国とファカサゼン連邦との関係は良好だが備えは必要なのでヤース伯爵が国境警備と入国管理の責任者となっている。
ヤース伯爵領はこの世界の宗教の総本山であるエンリーク神殿の警備、運営を担い、2つの隣国との国境を重ねる防衛と貿易の拠点でもあるオーミ王国の中でも最重要な領地らしい。
これから俺が拠点にしようとしているロクジョウの町はファカサゼン連邦との国境付近にあり国内の主要な街道が交わる位置にあるため交通流通の拠点として領都ヤスダムに次ぐ都市として栄えているらしい。
ソルコマンダーとバランさん達から入手した情報を整理してブラブラしていたらリッタさんと出会った。そういえばリッタさんに聞きたい事があったな。
「ちょっと聞きたいんだけど、バランさんがロッテが不遇を受けないように傭兵稼業で稼いだ金を渡してるって言ってたけど、ここの人達はお金を渡したりしなくてもそんなことは絶対にしないと思うんだ、他に何か理由があるのかと思って」
リッタさんは少し寂しそうな顔をして話してくれた。
今から12年前。ファカサゼン連邦で内紛があり、負けた軍の敗残兵が盗賊化してこの村を襲ったそうだ死者こそ片手で数えれるくらいだったが物資は略奪され、村人は捕らえられて奴隷商人に売られるのを待つ状態だった。
その時に颯爽と現れ総勢18人の盗賊を倒し村を救ったのがバランさんだった。やっぱり強いんだなバランさん、この世界での能力強化が無ければ、俺が敵う相手じゃ無かったと思う。
村人は物凄く感謝し、少ないながらも取り返した金品を謝礼として渡そうとしたが彼は受け取らなかった。この村を救ったのはあくまでも自分の為だと言って。
バランさんが住んでいた村は彼が13才のときに盗賊団に襲われかなり酷い事になったらしい。家族は幼い兄弟も含めて皆殺しにされ村は無惨に焼き払われたと言う。
生き残ったバランさんは討伐に来た傭兵団に助けられ団長の好意で見習いとして入団させてもらったと言う。
義理人情に厚いその傭兵団で頭角を現し10年後には「連撃のバラン」の2つ名で呼ばれることになる。
そして今から12年前、ファカサゼン連邦の内紛の鎮圧に参加していた時に盗賊化した敗残兵が周囲の村を襲っていると聞いた時、居ても立っても居られなくなり次に襲われるだろうと予想されたヨコナ村に駆けつけ、盗賊団を倒し村を救った。
俺が救いたかったのはこの村では無く自分の心だと言って謝礼を断ったが村長の好意で村長宅に部屋をもらい、いつでも滞在してほしい、この村の岩山に温泉が湧いているので疲れたら湯治にくると良いと勧められた。
何度か滞在してるうちに村長の次女ラナさんといい感じになり結婚してロッテが生まれたが産後の肥立ちが悪くラナさんは亡くなってしまう。
村長の娘ラナと村の英雄バランさんの娘であるロッテはみんなに可愛がられていた。リッタさんが三男のトッドを産んだばかりで乳も豊富に出たので兄妹のように仲良く元気に育っていった。
バランさんは唯一の肉親であるロッテを溺愛している。村人のことは信用しているが万が一村が苦境に立たされた時最初に切り捨てられるのはロッテだと思い、保険として高額のお金を渡してるそうだ。
「私としてはロッテちゃんは自分の娘みたいなもんだしトッド達も本当に妹だと思っている。バランさんだって不器用だけど義理堅くて優しいいい男だってみんなに好かれてるんだけどねー。受け取ってはいるけどバランさんのお金に手を付けて無いわよ」
やっぱり傭兵稼業が長いと無条件で人を信用するのは難しいんだろうな。家族だと思って接しているリッタさんから見ると他人行儀で余所余所しいんだと思う。
それよりもさっきの話の中で温泉という言葉が出た事は聞き捨てならない。
「この村に温泉があるんですか?」
「ええ、あそこに岩山があるでしょう。道を真っ直ぐにいくと洞穴があるから入って右に行くと岩から熱い蒸気が吹き出ていて、左に行くと温泉が湧き出ているわ。いつでも好きな時に入っていいけど、どっちも熱いから気をつけてね」
天然のスチームサウナと温泉か、早速入りに行こう。もちろんまずは温泉だ一応入浴じのら作法を聞いたがほとんど日本と同じだった。混浴だが村の人はその辺が大らかであまり気にならないらしい。入ってみると確かにスーパー銭湯とかに比べると少し熱いが俺好みの湯加減だ。
程よい硫黄の匂いに癒されているとバランさんとロッテが入ってきた。タオルとかで隠さないところが銭湯文化に慣れ親しんだ俺には好感が持てる。ロッテは男湯に入れるギリギリくらいの年齢かな? 混浴だから関係ないけど。
「なあバランさん、村の人達はあんたの事を個々の住人だと思ってるしリッタさんは家族だと思ってるぜ、もう少し気をゆるしてもいいんじゃないか」
「お父さん、お爺ちゃんやリッタ叔母さんにお金を渡してるけど使わずに貯めてるよ、家族からはお金を取れないって」
「分かってはいるんだが不安だったんだ、内乱や裏切り、盗賊退治とか世の中の汚い部分を見ているし、普段善良な人々でも自分達を守るために家族を売ったり、親友同士で殺し合うこともある。人間を信じたいが信じきれないことが苦しかった」
「不安だった?苦しかった?今はちがうのか?」
「ああ、クソ魔道士のせいで散々な目にあったが結果的は良かったのかもしれない。ダイチに出会えたからな」
「そうだね、お父さん。ちゃんと神様はいるし奇跡はあるって分かったもんね」
「俺!? 何かしたっけ? 成り行きで王女と聖女と神様助けて悪魔やっつけて、ロッテや村の人達を助け……え! 俺この世界に来てから色々やってる!?」
「ダイチはこのまま思うように動けばいい、お前が動けば世界が良くなるはずだ。実際に俺を含めて良い変化をうけていると思う」
ロクジョウの町は結構大都市らしいから俺が動いて影響を与えることは今まで以上だろう。楽しみでもあり不安でもあるが、やることは目の前の困った人達を助ける、悪い奴をやっつける等いつも通りだ。結果は後からついて来るさ。
その後バランさんと雑談をしながら温泉を堪能した俺は村人総出の歓迎を受けた。ヒーリングライトは魂を抜かれた後遺症を治しただけで無く、持病や怪我も治して体調も良くなったらしい。おまけに畑の土の質が良くなり家畜も元気になったそうだ。
ローストポークとかローストチキンがメインで焼き野菜や温野菜、じゃがバターや加工肉が並び、酒の振る舞いもある。酒は麦焼酎に良く似た感じで飲みやすかったし料理もシンプルな味付けで美味しかった。
大変な目に遭ったバランさんや村人達だがみんな元気で明るくなって本当に良かったと思う。宴も酣になったときバランさんが村人に向かって話し始めた。
「みんな聞いてくれ!俺がこの村に来てもう12年になる。村長の娘と結婚してロッテという娘まで作りながら自分はこの村にとって部外者で何かあった時は余所者扱いされると思い村長に仕事で稼いだ金を渡していた」
そう言うと村長が「受け取った金は使わずにとってある」と言い村人達も口々に「水臭いぜバラン!」「あんたは村の英雄だろ!」とか「金なんか無くてもあんたはこの村の住民だ!」「傭兵出来なくなっても村で養ってやる!」と言い出した。
「俺は傭兵稼業で世の中の汚い部分を見過ぎて人を信じきれなかった。しかし今回の件で神と人の心を信じたいと思い、ダイチと話して本当に村の一員になろうと思ったんだ」
もしかして温泉で俺が言ってた事を実行する気なのか?
「この村には天然の温泉があるが村の住民か行商人くらいしか入らないだろ。村のみんなが良ければ預けている金と貯めた金を使って温泉周辺を整備して宿を作って湯治場にしようと思うんだがどうだろう?」
村人たちは大賛成だ、バランさんは村営にしようと言ったがバランさんをオーナーにして、町から接客のプロを雇い村人を教育してもらって村の新しい産業にしようという話になった。お客は行商人や神殿関係者に宣伝してもらえばすぐに来るだろう。
「俺はこれからダイチをロクジョウの町に連れて行き、この世界での生活に慣れるまで傭兵をらしながら付き合うつもりだ。その後は人を雇い村に戻り、宿と湯治場を経営しようと思う」
村人達はみんな賛成してくれた。そして俺の旅路の安全と今後の幸運を祈ってくれた。救済の旅とか世直しの旅とか世界に光を! とか言ってたことは気にしない。
その夜はみんなでスチームサウナと温泉に入って語らい、明日に備えて早めに寝ることにした。
翌朝リッタさんが用意してくれたお弁当を持ってロクジョウの町に向かう。ロクジョウの町は少し遠いので一度野営が必要らしく寝袋と保存食を用意してくれた。そしてハヤテに跨り村を出る、これからどんな事があるかは分からないが俺は今まで通り目の前の問題に全力で立ち向かうだけだ。
いざロクジョウへ